辺境伯は狙われている 作:彼岸花
「……知ってる天井だ。」
「ん……?おお!ようやく目覚めたか、気分はどうだ?」
「どうやらまだツイてるみたいだ。流石に死んだかと思ったが。」
「馬鹿め、こんなところで死なれてたまるか。いい加減親から孫をせがまれてるんだ。」
「そうか………………いや、それと私になんの関係が?」
「関係しかないだろー!?お前が■■■を私の■■■に■■■しないと子供は産まれないだろうが。座学はちゃんと受けたよな?」
「……卿の戯言を聴くと現世に戻ってきた実感が湧くよ。」
残念な女である。
黙ってさえいれば咲き誇る花も羨むような美人だというのに、あまりに酷い。
とはいえ私は友が残念な女であることは良く理解していた。
逆に……ラインハルトが真っ当な言葉しか吐かなくなったら、そう考えたら恐ろしい。
世界線を違えたと確信した私は真っ先に自害するだろうな。
ある意味の信頼すらあった。
「殿下は何処に?」
「ああ、結局途中になっちまった儀式を完遂するって一人で泉に向かったぞ。」
「おひとりでか!?何故止めなかった!!!」
「落ち着けよ、傷が開くぞ。」
「また同じようになったらどうするのだ。」
「お前は大袈裟過ぎる。本人が大丈夫ってんだし大丈夫だろ?」
ラインハルトという人間を私は一切信用していないが、ラインハルトという騎士のことは然と信頼している。
ケラケラと笑いながら軽く言う彼女の目は酒と狂気に蕩けた瞳ではなく、あくまで然と先を見据えていた。
それを見て流石に荒らげた声を修める。
彼女の態度を見るに……何かしらの確信があるのだ。
それが何なのかは私にはまるで分からないのだが、それならば考えるのは無駄。
「殿下に何かあったのか?」
「マサムネ、私は殿下で抜けるよ。」
「何言ってんだお前。」
「まぁ聞け、殿下は私の情欲を誘う。同時に私にとっては避けられぬライバルでもある。姉殿下らは所詮出涸らしの末妹などと内心思っているのだろうが私は正しく警戒しているよ。だから隙あらば引き摺り落とすべきというのは理解している。その上で………」
「ふむ。」
一度切って舌先で唇を湿らせる。 行儀の悪いと咎められもするが、気にしなかった。
ラインハルトの無駄に長い……体格差のある私よりもやたらと長い舌が一瞬見える。
即ち詐欺師の舌である。
その口先から根拠のない薄っぺらな妄言を吐くことに長けた舌であった。
「私は野暮ではないよ、覚悟を決めた乙女を邪魔するなど創造主とて許しまい。」
「……よく分からんが、大丈夫なんだな?」
「へーきへーき、駄目ならそん時ゃそん時よ。その為に私らが居るんだろ?」
「それはそうか……血が抜け過ぎた、私はもう少し寝る。」
「そうしろ、お前も無事目覚めたことだし私は酒をタカりに行ってくる。」
程々にしておけよ。 その言葉をは言ったか言わずか。
どうやら思っていたよりずっと体力を消耗していたようで。
緩やかに意識は闇に沈んでいく。
身震いする程冷たい水に浸かる。
身体の芯まで冷え切り、凍てつくような錯覚を感じつつあの時のように。
再度私は泉の中心へと歩み出す。
彼に迷惑をかけてしまった。
全ては私の心弱き故に。
取り返しのつかないことになるところであった。
それを止めてくれたのも他でもない彼。
迷惑をかけた、傷を付けた。それは事実であったとしても。
彼が私を助けてくれた、その事実だけで胸がいっぱいになるのだ。
彼の守るべき存在に自分が含まれていることが本当に嬉しい。
ああ、悪い女である。
浅ましくも想い人に守られ、その命を危険に晒させさえする。
だが、それさえを肯定された。
私は改めて、改めてマサムネという男の器を再確認する。
自らを覆う劣等の全てを振り払ったワケではない。
しかしその全てが最早彼への想いに置き換えられてしまった。
冷えきった身体に奇妙な熱が宿る。
見ていてくれたのだ。
主君の妹として、王族としての私ではなく。
クラウディアという一人の女のことを見ていてくれたのだ。
それが堪らなく愛おしい。
泉の中心、一段また深くなる場所にて再び我が意思は闇に溶けていく。
となれば当然、聞こえてくるのは同じ声。
妬み、怒り、悲しみに満ちた弱々しく情けない泣き言。
あの時は耳を塞がねば耐え難い程の苦痛。
しかし、今では囀りのようなものだ。雑音である。
泣き声が響く闇の中をゆっくりと進み、力強く言葉を紡ぐ。
「私のすべき事を。誰もに役割があり、それを全うする為に人は在るというなら……私は私の務めを果たすわ。戦う力はなくとも、私にだけ与えられたこの奇妙な癒しの力が皆の助けにならんことを。せめて戦い続ける彼を支える、その一助として。私は我が悲しみを受け入れる。」
身体の芯まで染み渡った熱が辺りをじんわりと温める。
凍てつく程の冷たさは、耐えられぬでもない程であった。
「私自身を。無力で弱く、誰かの助けなくば何も出来ない私を認める。間違ってた、一人で何もかも為そうなんてあまりに烏滸がましいでしょう?今やれることだけを見続ける。今の私に出来ることをやる。私は我が怒りを受け入れる。」
虚空に向かって手を伸ばす。
見えない物を掴もうとして。
熱が伝播して、身体と水の境目が虚ろになっていく。
「私の想いを。もう誰にも遠慮はしないわ、姉上たちにもね。戦いの場に立ってすらいないというのに妬み辛みはみっともないでしょう?その上で私は私らしく立ち回るわ。私は我が嫉妬を受け入れる。」
完全に溶け込んだ。
我が身体と泉が一つに混じりあって再びカタチを成していく。
拒絶することでも、対峙するでもない。
だからといって愛することも出来そうにない。
ただ許した。
自分自身を。自らを取り巻く環境を許して受け入れた。
闇の中にぼんやりと影が写る。
私だ。
顔を伺うことは出来ないが、私であると言う確信があった。
ふらふらと彷徨うように手を伸ばす。
やがて自らと触れ合って指が絡まる。
そのまま力強く引き、抱き締めた。
「受け入れるわ、私の弱さ、私の悪、私の闇。それすら飲み干して前に進む。」
『それがお前の答えか?』
「ええ。」
『……然と記憶したぞ、グランマリス・フォン・クラウディア。その想いを偽らぬ事だ。』
言うまでもない。
「ありがとう、私の闇よ。お陰で吹っ切れたわ。」
『闇か………』
「ん?」
『正しくは違うが、ある意味でならそれは真であるとも言える。』
「どういう事?」
『汝は我、我は汝。我はクラウディアという女の一側面である。だが、怒りや悲しみ、妬みといった悪感情は既に汝の中に戻っている。我はそれはとは違う一つの感情を司る側面。』
しかし、闇というのも間違っていないというのだ。
ならば、これは一体………
ふと触れ合ったところから記憶が流れ込んでくる。
これはこの感情が持つ記憶。
マサムネの裸体であった。
「は?」
『我は汝のスケベ心である、汝の秘めたるむっつりである。』
服越しに分かるほど彫刻のように彫りの深い筋肉の引き締まった尻。
或いは一昨日の晩に見た戦の神が如き荒々しい肉体。
全てを私は目に焼き付けていた。
次々に、次々と記憶が掘り起こされていく。
『まぁ……なんだ。生き物として恥じることではない……』
「キャンセル!キャンセルさせて!!!」
『受け入れると言ったのはお前自身だぞ、精々頑張れよ。』
「違う!私は……!!!違うってば!!!!!」
最早誰に言い訳をしているのか。
既に返事の無くなった泉で一人、私は絶叫するのだった。
殿下が救助された。
何があったのかよく分からないが力尽きて泉にぷかぷかと浮かんでいたらしい。
やはりおひとりで行かせたのは間違いだったのでは……
などと思いつつ、当の殿下は成し遂げたと主張している。
多分だが、自らの内面と対話。見事調伏せしめたのだろう。
結果として大きな被害もなく成人の儀は完遂されたと言える。
良かった良かった……
私はそれなりに手傷を負ったがそれはそれ。
致命傷くらいなら別に珍しいモノではない。
結局生き延びているしな。
アンジェの時は泉に何の反応もなかった。
本当に何事もなく、緩やかに終わってしまった。
リズベットも早かったな。
ほんの一瞬泉が爆発的に氾濫したと思ったら即座に収束した。
流石というか一瞬で自らの闇を飲み干したのだろう。
そして私はというと……まぁ、酷かった。
自身の中の鬼を受け入れることに無事失敗し、氾濫した須らくを斬り伏せた。
なので正確には私はこの儀式を完遂していなかったりする。
とはいえ王位継承権など一応付随しているだけの身分である。
私にとってはどうでも良いと言うのが正直なところであった。
どう考えても向いておらぬ。
為政者というのがそもそも私に合っていないのだろう。
何も考えず一振りの剣として立ち塞がるあらゆる障害を叩き壊す。
それが私のあるべき姿だ。
「マサムネ。」
「はい殿下。」
「今回の件、本当に感謝してるわ。貴方がいなければ私は愚かにも道を違え、守るべき臣民を巻き込んでいたかもしれない。王族として貴族として、最も許されざる過ちを犯すところだったかもしれない。」
「私めの助力など極々僅かなモノでしかありませぬ。過程がどうあれ、殿下は立派にお務めを果たされました。それは何よりも誇るべきことです。寧ろ我々がお詫びしたく。」
「お詫び?」
「殿下の御心を図りかねました。殿下の苦しみに気付くことが出来ませんでした。アレだけ秀でた姉君に囲まれて、思うところがないという方が寧ろ不自然であったのです。しかし我々はそこに考えが至らなかった___」
「………何処までも真面目で、自罰的なのね。」
「至らぬ身です、日々後悔は募るばかりでして。」
出来ぬことばかりだ。
それでも私にしか出来ぬ務めが確かにある。
来たる北方の戦役。
西方からの騎馬民族の侵攻。
南には非道なる帝国の脅威。
そして東は辺境伯たる使命、極東からの防人。
その全てにこの私が。
アマツカゼ領辺境伯代行たる私が必要であることを理解している。
自惚れなどでは決してない。
一つ確実な事実であった。
つまり私の使命とは、戦うことである。
王の為、国の為、領地の領民の為、家族や友の為。
この身を捨てて戦い、遍く外敵を討ち払う。
その為の身体と力を与えられたのだ。
その為にこのような死狂いの魂を宿したのだ。
戦いこそ我が人生。
「大丈夫かマサムネ。顔が怖いぞ?」
「……元からだよ、無愛想なツラで悪いな。」
「そんな事ないと思うけど……少なくとも私は好きよ。貴方の内面を良く表してるもの。」
「内面ですか、自覚らしいモノはないのですが。」
「真面目で無骨で、傍目から見たら恐ろしささえ覚える……だけどその実、誰よりも優しくて誰よりも他人のことを慮ることが出来る人。貴方は否定するでしょうけど、立派だと思うわ。」
そうだろうか。
周りからは良く目付きが悪いと言われる。
具体的には妹にはかなりこっぴどく諭される。
意識してどうにかなるものではないのだが……
「ん……本当に大っきいわね。」
「身体ばかり大きくなりましたからな。」
「それにしても高過ぎよ……」
「しからばこれで。」
足元に跪く。
「……まだ大きいわ。」
「いやしかし、失礼ながら殿下が小柄なのもあると思いますが。」
250である。
跪いたところでその体躯は精々が並の女性と同等程度。
一際小柄な殿下からすれば、未だに見上げるのも致し方あるまい。
ちょいちょいと指で近付くように指示する殿下の意のままに身体を目いっぱい折り曲げる。
一方の殿下も爪先に渾身の力を込めて必死にその高さを補填する。
そこまでして漸く……いやまだ私の方が高いが、ギリギリ目と目が合う位置となるのだった。
「……我がグランマリスの最たる猛き騎士よ、誉れ髙きアマツカゼの武士よ、此度の戦働き実に見事であった。その武勇、その心意気をグランマリスは心から歓迎する。これからも騎士たる者、領主たる者、その在るべき姿の手本としてアマツカゼ辺境伯が有り続けることを王家末席、クラウディアは望む。」
「無論。」
「それから………ええと、どうして姉上はあんなにスラスラと言葉が出るのかしら。」
「天賦の才、でしょうな。こればかりは向き不向きがあります、私も苦手です。」
「じゃあ改めて……そしてグランマリス王家として、感謝するわ。」
「勿体ないお言葉です。」
顔の高さが近いからか、緑の瞳が美しく輝くのが見える。
切り出された美しい
それはこの私も同様である。
尤も私などは随分良く言って濁った質の悪い翡翠と言ったところだが。
そして目と目が合う。
数瞬合った後に殿下の視点がキョロキョロと泳ぐ。
何か考え込んでいる時の目だ。
長姉たるアンジェも嘘をつくのがヘタクソで同じ所作をする。
まるで似てないようでやはり姉妹なのだ。
「それから……えっと……そうね、うん。」
「大丈夫ですか?」
「ごめん、もうちょっと近寄れるかしら。」
「……何とか。」
甲冑が無かったのは幸いであった。
限界を超える程に身体を倒して更に高さを合わせる。
そして首に手を回され、殿下との距離が縮まる。
「先に言っておくわ、私初めてだから。」
「?何が…………」
その言葉を言い切る前に首に回された手に力が入り、その距離が零になる。
彼女が好んで使うレモングラスの香水の香りが鼻腔を満たした。
恐らくは足りない高さを稼ぐ為に随分と無理な勢いを付けたのだろう。
がちりと歯と歯がぶつかる鈍い音も内から感じ取った。
「もう遠慮しないわ。貴方には悪いけど……これが私なりの宣戦布告よ。」
アプデ内容
第三王女だけスタートラインにも立ててなかったので調整しました。
スキル 恋愛強者を付与
積極性を向上
また、スキル むっつりスケベを上位版のむっつりドスケベに変更致しました。
これにより大外からの差しを活かしたキャラとして区別化される予定です。
また、以上の文は全て適当です。