辺境伯は狙われている 作:彼岸花
あと気付いたらブクマが1000超えてました、本当にありがとうございます。
これからもお付き合い頂けると幸いです。
「というのが今回の顛末です。」
「そうか……悪いな、迷惑を掛けたか?」
「私よりアマツカゼ卿を労ってやって下さい。やはり純然たる暴で彼に叶う者はいませぬ。」
グランマリス王城に併設された軍司令部。
その執務室にて何処か恍惚とした近衛の隊長から王女らは報告を受けていた。
「公的なモノは以上となりますが、その上で。騎士としてではなく同志として、友人としての発言は許されるでしょうか。」
「勿論だ、許す。」
「殿下は相当気合入ってますよ。大人しい性格だと思い込んでましたがあの泉で何があったのやら……て、当のマサムネは困惑したまま領地に帰りました。」
「なるほど、取り敢えず下がって良いぞ。今日は非番として処理するように通達してある。」
「マジか、酒が抜けてたんで助かる……先に飲んでるんで後で飲みましょう。」
……お前が出入りするような店でか?とは流石に言わない。
別に店に問題があるわけでもない。
幾ら我々の身分が王族であるとして、街に出れば酒を求める亡者である。
それはそれとして、周りはそうでもないのだ。
平和にいつも通り、荒くれ兵士や町人らを相手にしていたら急に王族諸侯が来店するのだ、店主からしても他の客からしても天災の類いである。
「にしても……そうか、クラウがか。」
「意外だな、お前は驚愕して錯乱するかと思ったんだが。」
「流石にそこまで節穴じゃないよ私は。クラウがマサムネに惚れていること自体は火を見るより明らかだった。ラインハルトのバカは私が認めないと思ってたようだがね。」
「まぁ良かったんじゃないか?いつまでも姉妹で骨肉の争いをしているワケにもいくまい。これで晴れて我らグランマリス三姉妹は将来の竿姉妹となる事が確定した訳だ。」
「あまり下品なことを言うな……クラウにそういうのはなんか嫌なんだ。」
「潔癖な長姉め。」
グイグイ行くようで実際は奥手、そしてそれが万人に共通だと思い込んでいる。
そういう意味では間違いなく、彼女は三姉妹では一番の恋愛弱者である。
絶望的なことに、彼女自身はそれに気付いていない。
尤も私はわざわざ指摘などはしないのだが。
「とはいえ驚いたのも事実だ、あの子にそこまで押すタイプだとは。」
「ネチネチしてても手に入らねぇからだろ?それより私はお前の方が心配だよ。」
「何がだ?」
「やっぱり気付いてないか……クラウがマサムネの初めてを奪ったというのに。」
「……?いや、待て待て。確かに面食らったが彼の最初の相手は私だぞ。お前もその場に居たんだから知ってるだろうが。」
「……お前、本気で言ってんのか?」
私は多分『本気で言ってんのか?』という顔をしただろう。
言動が全て顔に出るほどに呆れ返っていた。
「え、何で?分からないぞ、何がおかしいんだ?」
「あのなぁ……確かによ、私らは共謀してマサムネの唇を奪ったことがあったな。それは事実だ。」
「うむ。」
「正確には寝ている奴の、と枕詞が付く訳だが。」
「そうだったな。」
「私もしたから、善悪とかは言わないよ。一般的には夜這いに当たるし、褒められた行為ではないのは言うまでもないからな。その上でだ。」
未だに分かっていない姉に呆れながら、自らも想定外の事態である事を悔いつつ。
溜息一つ吐いてから、死んだような目でアンジェを見据える。
「マサムネの視点で考えたらどうなると思うよお前。」
「どうってそりゃ………あ。」
ここまで導かれてようやくアンジェは答えに辿り着く。
執務の為に走らせていたペンが手を離れ、床に転がり落ちる。
そして目を見開いたまま硬直し、僅かな後にガタガタと微細動を始める。
「もしかして__マサムネからしたら今が初めてって事か!?」
「そうだよ……やられた、完全に裏をかかれた。」
聡明さを売りにしてる私でさえ頭を抱えるしかなかった。
伏兵も伏兵、真の敵は身内にあり。
こうも完璧なタイミングで差されてはどうしようもない。
「待て、待て待てクラウはまだ14だ、まだ慌てるには早い。」
「
冷静になったアンジェはじっくりと過去を思い返す。
14の頃。懐かしき騎士学校時代である。
夜間に宿舎を抜け出して未成年飲酒を試みたラインハルトが捕まった。
連帯責任として全員が酷く叱られた。
他の部屋に消灯後入り浸って賭けをしていたラインハルトが捕まった。
連帯責任として全員が酷く叱られた。
教官殿が庶務でお休みの翌日、誰かが『教官殿の百回忌をお祈り申し上げて!』と叫んだ後、ちょっとした祭りのように神輿を担いで大騒ぎした。
もちろん連帯責任として酷く叱られた。
「アイツ……アイツマジで………」
「なんか別の事思い当たってないか。」
「ラインハルトの奴は何故ああなんだ?頭おかしいぞ。」
「……教官の生前葬は笑ったなぁ。」
「全くだ、お祖母様に話したら大笑いされたぞ。」
責任を転嫁しているものの、実態としてはアンジェらも参加していた。
普段は真面目で堅苦しいマサムネでさえその場に合わせて騒ぎ散らし、纏めて折檻されたのだからさもありならん。
ボコボコにされて顔を痣だらけにしながら既に隠居なさっていた先代王、つまり我らの祖母に泣きついたのも良い思い出である。
「思い出したら腹立ってきたな、不敬罪でしょっぴけないか。」
「無理に決まってるだろ……お祖母様にとっても師であるのだぞ。」
「……よくよく考えたら幾つなんだあのババア、見た目なら母上とあんま変わらないぞ。」
「余計なことを言うんじゃない、わざわざ見えてる虎の尾を踏むな。」
「妄言はともかく、確かにまぁ、そうだな。随分と色に狂っていた時分だった。」
「同じ歳なんだよあの子も、そういうお年頃なの。」
色を知る年頃である。
私としてはまぁ、可もなく不可もなくと言ったところ。
いずれこうなるとは予測していた、少しばかり早かったが。
色ボケ話は楽しいが、そろそろ王族としての仕事もせねばならない。
「さて……本題に戻るぞ。」
「ああ、確か……北壁の話だったか?」
「そうだ。」
グランマリス北端にある長き城壁。
これはかつてグランマリスが尤もログマルムに押し込まれていた時代の戦線であり、今尚来たる有事に備えていつでも使えるようにしている、そういった地であった。
「前回の本陣はこの城壁よりも北、グランマリス国境沿いに敷いた。結果は知っての通り大敗だったワケだが……」
「とはいえ前線を壁まで戻す訳にはいかんだろ。」
「私たちが敗走したにも関わらず奴が奮戦してくれたお陰で国境自体は微動だにしていない。……とはいえ、影響圏としては押し込まれた。実際問題正面からじゃ不利な此方が使わない手はない。」
書類を手に取って机の上に広げる。
それは北壁の東端、ぶち当たる山の山頂から見下ろした仔細な図面であった。
擬似的に戦場を俯瞰できるというのは防衛側たるコチラだけの特権、存分に使わせてもらおう。
「それにしても長いな……これほどの壁を作るほど押されていたのか。」
「これさえ越えられかけたんだよ、アマツカゼの先代が決死の覚悟で狼王を撃退し、北壁を守り切ったからこそ未だ我らの防塁としてここは機能している。」
「一帯を支配してるのは確か……そうか。」
「ああ、もう一つの
長きに渡る北方戦役を支える女傑が支配する地である。
「視察……という体で見回る必要がある。北壁の防御能力は未だ健在かどうか、そして何より近頃此方の辺境領では北方蛮族の影が見え隠れしている。」
「……工作か?」
「ほぼ間違いなく。実際前回の撤退時に私らと違う敗走をした兵らが助かったのはほぼほぼこの壁が存在したからだ、蛮族共の追撃もこれを越えられずに止んだ。」
「だから視察なのか……一つ良いか。」
「なんだ。」
「マサムネは来るのかそれ。」
「……本音を言うなら来させたくはない。奴にも休息が必要だし、何せ親が最期を迎えた地だ。気分が良い筈もない……ないが……」
「その反応だと来させるんだな。」
「私の作戦は常にアイツありきだよ、だから呼ばないワケにゃいかないんだ。」
「……だったらその視察、私が行って良いか?」
ダメ元である。
全てが顔に出ていた。
つくづくこういう所は残念な姉である、しかしカリスマ性はあるんだよな……
「良いぞ、というか元々そのつもりだったし。」
「やはり無理か…………ん?」
「良いぞ。」
なんで驚いてるのだこの馬鹿は。自分で言い出したんだろ。
「いや、その……言っといて何だが良いのか?お前は嫌がるかと。」
「そりゃ嫌だわ、嫌だけど別に私はお前の敵というワケでもないんだぞ。余所者にくれてやるのは癪だが、血を分けた姉妹くらいなら別に構わんさ……」
「……おお、おお! 私は今生まれて初めてお前が妹で良かったと思ってるぞ!」
シバくぞ。
だが仕方ないのだ。
私個人の感情というのは勿論あるのだが、最も優先すべきは国の行く末である。
今のグランマリスは恐らく史上最強、アンジェやラインハルトなど粒揃いの強者が一世代に集中して揃って万全な布陣だ。
だがそれはそれとして、最強を支えるのはマサムネの存在が最も大きい。
良くも悪くも、奴次第で戦いの行く末は右にも左にも動くのだ。
単純な武力というのなら一人で他グランマリス軍に比肩する。
戦力の圧倒的な偏重である。
兵站に於いてこれは実に不健全な状態と言える。
しかし更に未来、百年千年と国が続く行く末を見定めればこれは頂けない。
マサムネが、あの恐ろしい程強い個人が老いて戦いから退いたその時。
グランマリス軍はこのままの戦力を保持出来るか?絶対に不可能である。
だからこそ、後に続く者が必要なのだ。
グランマリスで最強の騎士、マサムネ。
それに次ぐのがアンジェである。
納得いかない事ではあるが……二人の間に出来た子供は間違いなく強者である。
魔法がそうであるように、超人めいた身体能力も遺伝する。
国の為だけを思うならば今すぐにでも、子を成して貰いたいのだ。
最低でも十数人は作って貰いたいというのが、参謀としての本音である。
だと言うのに我が姉は本当にポンコツであった。
「その代わり、マジで今回はちゃんと決めろよお前。」
「何がだ?」
「確かにクラウディアが大外から差してきたのは事実だよ、それが慌てるべき事態なのも間違いはない……んだけどさ、お前今んとこ出走すら出来てないからな。」
「なんて事を言うんだ……」
「事実だろうが……私なりに後押ししてやってんだから感謝しろよ。それこそ今回ヤって来いとまでは言わないけどさ、想いの丈をブチ撒けるくらいはして来い。」
何が悲しくて恋敵の背を押さなければならぬのだ。
しかし何処かで発破かけないと多分、一人だけ一生膜付きまで有り得る。
それは困る、対外的にも軍事的にも本当に困るのだ。
頼むからここで一度バシッと決めてくれ。
「でも……だがなぁ……」
「何だよ歯切れ悪いな。」
「…………何か、恥ずかしくないか……?ふしだらな女だと思われたら……」
瞬間、我が全身の血液は沸騰した。
「たたっき殺すぞお前なぁ!?今更だろ!一緒になってアホ程セクハラしてんだろ!」
「違うじゃん!冗談っぽく笑ってくれるのと本気のは違うじゃん!」
「ガタガタうるせぇんだよ馬鹿野郎!そんな雄々しい事言ってんなボケッ!!!」
「でも……」
ああほんと、マジでコイツ……
「あのなぁ、私は知ってるよ、お前が意外と少女趣味な事とか。」
「は!?……証拠はあるのか!?」
「男の方からアプローチかけてくれる……みたいなのに憧れてんのは分かる。」
「ウッ」
あ、倒れた。
頭を抱えてゴロゴロと転がり回っていやがる。
いい気味だ、そのまま苦しめ。
「そういう趣味を否定はしないよ、しないが……ことマサムネにそれを期待するのは酷だろ。」
「…………………まぁ、そうだな。」
「頭じゃ分かってるだろ、アイツ鈍いしとてつもなく馬鹿だぞ。」
クラウディアに唇を奪われて尚、多分そこまで分かってないぞ。
十代に人気の小説の主人公のような鈍感というより、すんごい馬鹿なのである。
そこが愛おしくあるのだが……恋する側としては実に苦しい。焦らせてくれる。
「遠回しな言い方とか伝え方じゃあの堅物は動かんぞ、だからこそ我々が散々セクハラを繰り返しても笑って見過ごせてるワケだろ?」
「しかし、それならどうすれば良いんだ。」
「もう攻めるしかない、面と向かって言え。『お前に惚れてる、お前の子を孕みたいから抱かせろ』ってな。」
「他人事だからって好き勝手言いやがる。」
「実際他人事だよ、だがそれくらいやらなきゃダメな段階なんだもう。」
アンジェは23、私らは22。
普通に嫁ぎ遅れの歳である、危機感持った方が良い歳である。
私自身、そこまでアンジェを責めることは出来ない……
「まぁ、覚悟を決めておけ。どの道マサムネにも休息は必要だ。そうだな……二週間くらい待ってから知らせを出そう、実際に出立して向こうに着くのはひと月後くらいか。」
あらゆる所で彼に依存してしまっているが……それでも押し通すしかない。
セクハラは良いが告白は恥ずい、そんな乙女心