辺境伯は狙われている   作:彼岸花

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アマツカゼに弱兵なし


狂血を継ぐ者たち

「一本。」

「ぐぉ…………もう一度願う!」

「勿論、我ら三名気が済むまでお付き合いしよう。」

「精が出るな。」

「……御館様!挨拶もなく申し訳ございませぬ。」

「いや、良いのだ。勝手に顔を出したのは此方であるからな。」

 

アマツカゼの館、その稽古場。

三人に囲まれて膝を付きへバるテレジアを見やる。

 

「お前たちから見てどうだ?変わったところはあるだろうか。」

「………本当に素晴らしい。日を跨ぐ度……或いは手合わせの度に戦い続ける体力が満ちているのを感じます。」

「息吹もすぐに身につけましたしね、それだけで半年かかる者もいるのですが。」

「ゼッ………ヒュー……ハァ………」

「だが、呼吸が乱れているな。ちょうど良いので一度切り上げとしよう。」

「御意に、私どももそろそろ小休止など挟もうと思った所です。」

 

そう言ってテレジアに稽古をつける三人を散らす。

ああは言うが全く肩が動いていない。

文字通り息ひとつ乱していないのだ。

 

「強いだろ?」

「……どうなってるんだお前の兵は。」

 

うつ伏せに倒れるテレジアに立ったまま語りかける。

これまたこっぴどくやられたな。

「アマツカゼの兵の中でも精鋭……遠征を許した二百、その中でも選りすぐりだ。 無謀にさえ見える私と野分の単騎駆けを追えるのはそう多くない。三十余り程だが、その分強い。」

「力では、勝っている。速度も此方が上回っているのに……常に先手を打たれている。どうやっても此方のやりたい事を先んじて封じられてしまっている。」

「厳密には彼女自体が超人体質というワケではないんだがな、先程お前を這いつくばらせた者……彼女は漁師の娘だ。アマツカゼの徴兵を経験する前まで剣を握った事など無かったんだが。アマツカゼの民は血が濃い。無論今ではグランマリスとの交流もあり、血の交わりすらも多くはあるが……」

 

例として私などはその最たるモノだ。

王弟たる父と領主たる母の間の子である。

 

「超人体質は遺伝する、強き血は更に強き血を育て。今に至るまで二百年余り、内々にてその身に宿す狂血を継いでいったアマツカゼの民は実に猛々しい。それに見合った技、戦法が根ざせば必然、その分兵らの強さも引き上がる。」

「それにしたってアレは最早意味がわからないぞ。」

 

それについては同意する。

最早僅か先の未来が見えているのではと見まごうばかりの先読み。

動き出す肉の震え、目線の以降、呼吸の旋律。

そのようなモノを見続け、ヒトが放つ気の起こり。

先の先を捉えることが出来るようになっているのだ。

狂気的な程の鍛錬によって彼女はそれを習得している。

私でも終ぞ理解出来なかった一種の局地である。

 

「しかし……正直億劫なのも事実だな。」

「何かあったのか?」

「再び出向命令だ。私など、政には何ら干渉していないので構わないと言えば構わないのだが……私ばかり西にも東にも走らされているようでなぁ。」

 

とはいえ、理由自体には理解を示している。

私がグランマリスの単体最強戦力たる以上、それを最大限に振り回さねば瓦解するのだ。

本来東の防人であったアマツカゼは、今やグランマリスをあらゆる敵から守らねばならぬ。

私以上に、王族たるアンジェやリズベットらは苦心しているだろう。

であれば、騎士として友として、その一助たらんとするのは通常の事だ。

 

 

 

 

「という訳で私が来た!!!!」

「殿下も御機嫌よろしく。わざわざ遠方までありがとうございます。」

「いいや、私が来たがったのだ。それと敬称は止めろよ、私たちの仲だろう。」

「……まぁ、それが良いというのなら。」

 

何せ王女命令であり、友の頼みである。

 

「実の所何度も何度もお前に頼るようで申し訳ないのだがな。」

「気にするな、執務無き日は朝から晩まで専ら剣を振るっているだけだしな。」

「騎士の鑑だな……何はともあれ飯だ飯!ここに来るのは久しぶりだ……!」

 

アマツカゼ領は王都から距離があると同時に、極東からの移民。

そして唯一の海岸を有する領地である為、独自の食文化が発達している。

特に豊かな海魚らは最早王都でも欠かせない貴重な品。

しかしどうしても水揚げから数日の日にちを要求するが為、何らかの加工を施すのが殆ど。

鮮度の高い海鮮を求めるなら結局のところ現地に来るしかないのだ。

 

王都では中々手に入らないアマツカゼの海魚をアンジェは心から愛していた。

196cm■■■kg、猛きグランマリス王家でも随一の恵体である。

そして無論、相応の健啖家である。

騎士としての教育と同時に、訓練生らは膨大な飯を食わされる。

比較的少食なリズベットですら常人の倍量は容易く平らげるだろう。

特に重要視されるのが肉と豆。

肉は全身の筋肉を増大化させ、豆はそれを硬く締め上げる。

少なくとも彼らはそうならっており、拷問めいた食事を行っていた。

 

つまるところ、アンジェはうんざりであった。

別に嫌いというワケではなく、美味しく頂く事は出来る。

単にうんざりであった。

三生分の肉を食らったので、お魚が食べたいのだ。

 

「第一王女殿下となればそう簡単に出てこれやしないか。」

「ラインハルトに至っては入り浸ってるらしいじゃないか、狡いぞ。」

「どうやって都合つけてるんだろうなアレ……一度来たら5日程度は空けるだろうに。」

「とにかく私を案内しろ、お腹空いた!!!」

 

……大丈夫だろうか。

心做しか幼児時代に退行しているというか、うむ。

初めて会った頃を思い出すような……

やはり王家ともなるとそんな激務なのだろうか。

 

今の姿を親衛隊の面々に見られたら……見られた……うーん……

それはそれで悦びそうである。

奴らは基本素行は終わっているし、所作が下品だし禁制の賭博を堂々と開帳しているしと問題点は枚挙に遑がないのだが、少なくとも忠誠心だけは真である。上司のラインハルトの事を舐め腐っているが、主たる王女殿下の事は然と仕えるべき王と認めている。

 

一方で割と倒錯的というか、歪んだ偏愛を抱く者がいるのも事実であった。

主の行く末を阻むような真似は絶対にしないが、そうでないなら歯止めが効かぬ。

アンジェ以外に手綱を握れぬ狂兵の群れだ。

 

「でしたら僭越ながらこのマサムネ、ご案内させて頂きます。」

「うむ、大義である。」

 

わざとらしく仰々しい態度をとる私にアンジェも応える。

友人であれ、主従である。

相応しい態度というものがあるのだ。

尤も今は誰が見るでもなし、二人してふざけているだけである。

 

 

 

 

 

 

 

時刻は昼過ぎ、午前の仕事を終えた者、早々に昼食を済ませた者。

街行く者どもが皆各々のルーティーンを終えた時分であった。

 

「変装の必要がないってのは楽だなぁ。」

「王都から遠く離れた田舎者ばかりなら、そりゃあ誰も顔など知らぬ存ぜぬだろう。」

 

流石に現王たる母の面くらいは把握しているだろうが。

未だ王女たる身分の私の事など分かるまい。

なんとも情けない姿ばかり晒しているが、私は王族なのだ。

なので王都で下手を打つとまぁ……後々大変である。

 

クラウの後を追いかけて城下で醜態を晒した時は本当に酷かった。

偉大なる祖マリスの威光をその身に宿したような母の剣幕は本当に怖い。

イヤマジで怖かった、リズベットとか泣いてたし。

私も泣きそうだったが長女として最後の矜恃が堤を守りきった。

 

因みに一番怖いのは父上である。

体格も比較的小柄な、文官上がりの父である。

怒る時にも決して語気を荒げる事もない。

ただ淡々と事実と正論の暴力で詰めてくる。

 

普段は穏やかで心優しい父であるが、例外として___

私たちがマサムネにやらかした時などはこっぴどく叱られる。

彼は基本的に私らが何をしても怒らないのでそれを窘める形だ。

別に愛されていないというワケもないし、父母を強く尊敬しているが。

なんというか、私らよりマサムネを可愛がってる気がするのだ。

理不尽極まりない。

 

普通に考えて日々厄介事を起こし、ロクでなしを束ねて猿山で大将をしている実の娘。

国に忠を尽くしその障害となるありとあらゆる敵を討ち滅ぼして尚、叛意の一つも見せぬ甥。

どちらが可愛いかなど明白だ。

全て自ら撒いた種である。

 

ポテポテと不貞腐れながら歩いて数分、何やら雰囲気のある店に辿り着く。

 

「どうも大将、急で悪いのだが入れないだろうか……?」

「……連れは?」

「一人だ、詳しくは言わないが友人でして。」

「……食うのか?」

「並の数倍は優に。」

 

年の程は70か或いはそれ以上か?

老齢の店主とマサムネが会話する。

寡黙な印象を受けるが、短い言葉からも親しさが伝わってくる。

 

マサムネ、事実だが恥ずかしいぞ。

私にも乙女心というものがあるのだ。

食事にがっつくみたいに言われるのは少しばかり傷付く。

 

「……………入んな。クチナシ!今日は店終いだ、外閉めな。」

「爺ちゃん!?この後すぐに『壟断組』の方がお見えになるんじゃ!?」

「マサムネの坊が来てんなら奴らも納得するだろ……」

「あー……別に一緒でも大丈夫なのですが。」

「来たら聞いとけ……早く入れ。」

「なんというか……凄いな……」

 

武人のそれとはまた違う、仕事人の凄みを垣間見た。

アマツカゼ領には独自の文化が根付き、それを支える相伝の技がある。

故にこの地は多くの職人を抱えているのだった。

 

「……何か注文は、あるか?」

「いえ、殿下も確か食べぬ物などは……あ。」

「……気にしちゃいねぇよ。口に合ぇや良いが。」

 

そう言って支度をする大将を前に、マサムネは項垂れて後悔していた。

 

「しまった……」

「お前本当に嘘ついたりするのヘタクソだな。」

「苦手なんだよ、腹芸とかそういうのは他に任せている。」

 

まぁそういう所が好ましいのだが。

万婦不当の武勇を誇り、それでいて子供のような純を失わぬ。

口下手で頭が追いつかぬ故に伝わりにくいが、誰よりも優しい。

マサムネという男の美徳とは結局それに尽きる。

 

「へいよ……酒はちと切らしててな。奴らが持ってくるのを待っててくれ。」

「いえお構いなく……おお、これは何とも……」

 

()()()

最初の感想はそれであった。

海で捕れた青魚を、光沢を損なうことなく締め、肉が死に気付く前に握る。

魔法のような手際で魚を米の上に被せて握る。

 

「アマツカゼ領、そして遠く極東では生魚をこのようにして食す。」

「生魚をか……私の知る限り体内の虫の影響で生食には適さぬと。」

「川魚は、そうだな。しかし海の魚には虫が入りにくい、またアマツカゼの職人が捌く刹那に然と虫の類いが巣食っておらぬか確認している。故にこそ、領内でのみ生食を許している。」

 

僅かな拒否感を無視し、握られた魚と飯を摘んで口に放り込む。

………なるほど。

 

「これは……何とも独特な旨味だ、例えようもないが……」

「口に合うようで良かった、私が幼き日から世話になってる店でな……」

「いやほんと……美味いな。何とか王都でも食えたりしないか?」

「鮮魚を運ぶのは極めて難しい問題だ、不可能ではないにせよ……」

「安全性に難があるということか、残念だ。」

 

マジで美味い、凄いなこれ。

何とか王都で流行らせる方法とかないかなぁ。

繰り返すが、肉食忌避とかではないのだが。

向こうは肉!油!のような食事ばかりである。

肉体労働者も相応に多く、多数の兵を抱える都だから仕方ないのだが。

どうにも味付けが濃いのだ。

疲れた心と身体にガツンと効くと言えど、寿命を大いに減じてる気すらする。

 

「貸し切りなのが幸いか、落ち着いて食えよ?」

「う。」

 

無心でガッツいていた。

卑しい女だと思われてしまう。

私の乙女ゲージ、底なしに落ち続けてないだろうか。

 

「まだ幾らでも有らぁ。好きに食いな。」

 

手の止まった私を擁護するように店主からの有難いお言葉。

……こう言われて遠慮する方が騎士の恥である。

私はそう断じて再度食事へ手を伸ばした。

 

『ジジイ!!!貸し切りってどういう事だ!?』

 

突如として店を揺るがす程の爆音が響く。

扉がガタガタと震え、マサムネは茶を取りこぼして悶えている。

急激に修羅場めいた店内を切り裂くように威勢よく扉が蹴り飛ばされた。

 

「お前ウチの曾孫が折角こんなボロ屋に来たいってから声掛けたのに……!」

「喧しい、手前らはいつでも来れんだから後にしやがれ博徒共が。」

 

年老いていて、それでいながら力強い女であった。

相当な歳に見える、にも関わらず二本の脚で然と大地を掴み。背筋にピンと一本通っている。

身の丈は170程、恐らく若き頃は私と同じくらいの背丈であろう。

長煙管から紫煙を曇らせ、怒気を隠すこともなくズカズカと入り込む。

 

「お婆ちゃん……だから別の日でも良いって言うたのに。」

「良いんだよこの爺とは古馴染みだし、たまにゃガツンと……ん、マサムネじゃないか。」

「どうも……どうやらご迷惑おかけしてしまったみたいで。」

 

老いた女傑はじろりとマサムネを見た後、私の方へ目線を移す。

そして沈黙。

 

 

 

 

 

「あっはっはっはっは!!!!!何だ!そういう事なら言ってくれりゃ良かったのに!!!」

「クチナシがそう言ったハズだろ……」

「私は体験主義でね、自分で見聞きモノしか信じないのさ!」

「……その、組長。貸し切りとはして貰ったが……もし、もしも宜しいならご一緒というのは如何だろうか。」

「おおそりゃ良い!邪魔させて貰おうかね!ジジイ!酒だ酒、冷やしたのと温いの両方!」

「煩ぇのが来やがった……やれやれ……」

 

大口を開けて爆笑した老女はどかっとマサムネの隣に陣取ると酒をせがむ。

下品とも取れる姿だが、奇妙にもそれが道に入ってる。

 

「あー……すいません、お隣宜しいでしょうか?」

「ん……?あ、ああ!勿論!どうぞどうぞ!?」

 

反対側にいた私の隣に連れ立った歳若い女が座る。

組長と呼ばれた豪快な女とは正反対に、その曾孫らしい女は静かに席に着く。

その所作も、何処か風流とすら感じるような。

 

「……僭越ながら、貴女様は第一王女殿下とお見受け致しますが。」

「え!?………ああ、そうだが。そんな直ぐ気付くのか?」

「これでも手前ら、王都への流通を仕切らせて貰っておりまして。名をロウダン商会と申します。」

「確か王都に支店を持つ、アマツカゼの特産品を卸す商人だったか。」

「ご存知とは光栄の極み、何分私も高祖母も非学の身。ご無礼をお許し頂けるでしょうか。」

「そこまで畏まらなくても別に構わないのだが……」

 

寧ろ店主に詫びるべきではないだろうか。

ヤクザ者が店を叩き壊して酒をせびっているようにしか見えぬ。

 

「マサムネ兄さんが日頃お世話になっているようで、いつかお礼にと思っておりましたが……」

()()()?……その、失礼ながらマサムネとの関係は?」

 

マサムネの母、先代アマツカゼは彼の妹を産んだその歳に亡くなった。

そして彼にモミジ以外の親族は居なかったと記憶しているのだが……

 

「一応は凄く遠縁の親類に当たりまして……かつてから長らく共に育ちました。関係、というとまぁ……」

 

つまりアレか、幼馴染。

……いや良かった、正直我々の知らない所にまだ見ぬ敵がいたのかと。

正直これ以上ライバルが増えるのはごめんである。

 

私は努めて平静を装いながら安堵していた。

 

そうか……幼馴染……

マサムネのやつ、寡黙なところがあるから私ら以外に交流が浅いと思ったが。

地元には一応それなりに交友があるようで安心した。

「……一応、彼の妻ということになるんでしょうか?」

そうだよな、妻の一人や二人…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妻…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

べキリ。

 

私の身体の中で、何かが割れる音がした。

 




恋愛弱者……
身体だけはとんでもないんだけどね……
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