辺境伯は狙われている 作:彼岸花
気絶から目覚めて、深く後悔。
起きて早々、寝起きの私たちは親衛隊長に問う。
『アマツカゼ卿は何処に』と。
すると彼女はカラカラと笑いながら『第三王女殿下と外出なさいました。』と。
しまった、出遅れた。
それを自覚した時には時既に遅し、失った時間はあまりに尊い。
領地の重要度故、彼が王都に滞在するのは非常に稀___一年を通して十日もあるかだろう。
その一日を馬鹿みたいに眠って過ごしたのだ。
『昨晩は酔い潰して連れ込もうとしましたがよく考えたら卿のが酒強かったです。
上手いこといけば既に第一子を拵えて居たところだったのですが。』
そう馬鹿な事を言った腹心にアンジェが殴りかかって暫く。
抵抗する彼女にマウントしながら殴り続ける。
押さえつけながら逃げられないようにパウンドを重ねていく。
おお、良いのが入った。ラインハルトもしぶといな。
『いけー!殺せー!!!』
『隊長!先月の給料全部貴女に賭けてるんですから勝って下さいよ!?』
そんな中、我らが忠実なる親衛隊は二人の殴り合いで賭けをしていた。
そしてとんでもない事を口走っている。端的に言って最悪だ。
『身分貴賎を問わず、腕に覚えのある者。死を恐れぬ者を求む。』
騎士学校を卒業し、自ら率いる配下を探した姉はそう言った。
王女付きの部隊。聞こえの良い響きに釣られた兵。
その殆どを殴り倒し、立ち上がった者だけに配下と呼ばれるを許した。
僅か30の精鋭は、初陣から彼女に付き従う愚連隊だ。
これで一応忠誠心はあるのだから分からない。
個としての武はからきしの私には分からない感覚だ……
とはいえ頃合いか。
「双方それまで。アンジェ、お前は落ち着け。ここでラインハルトを殴っても何も好転せぬ。
そしてラインハルト、元はと言えばお前がくだらない事を口走るのが悪い。反省せよ。」
仲裁に入りながら溜息をつく。
一先ず考えるべき事は他にあるだろう。
今は何処かにいる愛しい男と妹の事を思う。
クラウディアは今年で十四。歳の離れた妹であり、彼の妹とも歳は近い。
だからかアマツカゼは特にアイツに甘い。
あくまで妹と同じように見ている、そしてアマツカゼ本人は気付いていない。
クラウが急激に雌として色付いてきているというのに気付かない。
無防備で馬鹿な男である、好きだ。
まだ子供だと思っているのだろうが、普通十五ならば既に成人と看做すのだ。
その一つ前なら、心身はかなり成熟している。
私の見立てではクラウはかなりのむっつりスケベである。
時々アマツカゼの尻をひっそりと凝視している。
着眼点からして妹との血の繋がりを感じた。
というかグランマリス王家の者は皆一様にスケベである。
伝え聞くに開祖マリスからして二十を超える子がいるのだ。
だからスケベである事は恥ではない、隠す必要もない。
そういう考えなのが私とアンジェだ。
公然の場で卿にセクハラをし、時々やり過ぎて彼の部下に半殺しにされる。
然し、アマツカゼが悪いと思うのだ。
この国の美醜感覚にそぐわない、そう本人も思っているからだろうか。
何かと無防備すぎる。
風呂に入っている時に突撃しても全く動じないし、普通に女子の前で着替える。
アレで未だ貞操を守れているというのは奇跡としか言いようがない。
私に彼を凌駕する膂力があったならもうブチ犯し確定だ。
貞操観というものを何処ぞに置いてきてしまったのだろうか。
可哀想な男である、心配なのでさっさと婿入りさせてしまいたい。
「……ムラついてきた。」
「急にどうした!?」
「リズベット殿下は国随一の頭脳で膨大な思考をした後、それらの説明をすっ飛ばして発言なされますからね。多分思考の結果急に発情したのです。」
つまりは発情期のサルと大差ありませんね。
むっつりとオープン、両方のスケベを併せ持つという事か……
二人の妄言を聞き流し、更なる思案に入る。
そして妙案を導き出す。
「邪魔しに行こう。」
「「乗った!」」
配下同様、モラルの欠片もない三人であった。
「流石にくたびれたわ……」
「お疲れ様です。」
グランマリス城下、診療所。
此度の戦役にて負傷した者の多くがここに運ばれていた。
軽傷の者は殆どが既に回復し、それぞれの場所への帰還が叶い、そうでない者は先程で最後。
「殿下のお力が無ければ多くの命が失われた事でしょう。兵らに代わって感謝致します。」
「でも、全部じゃない。そうでしょう?」
「即死であれば、ですがね。」
「私に与えられた力は全て国と民の為にある、そう思ってる。
でも、全ては救えない。この情けない小さな手では零れ落ちてしまう。」
「……失われた命に囚われなさるな。戦場に出た以上彼女らも覚悟の上です。
戦場に散った者ども。騎士と雑兵と、その名を皆知るわけではありませぬが。
然し女王陛下に仕える武人ならば、未練こそあれ後悔は無いでしょう。」
大小を問わず戦に出るならば、命を惜しむ事なかれ。
討ち取った首の数は死後の名誉に非ず。
主君が為、力の限り戦い、殺し、死んでこそが誉れなり。
我が郷里では乳飲み子からそう教えられて育つ。
それは男子である自分も同様であった。
記憶の中、朧気に浮かぶ母の姿を思い出す。
『許されるなら、戦場で太刀を枕に死にたいものだ。』
縁起でもないと父に叱られていたが、本当に死んでしまった母を。
好きに生きて好きに死んだ、そんな人だったと記憶しているが。
自らも戦場に立ち、幾度となく命のやり取りをした今ならば分かる。
あれはつい口から出た本心なのだ。
武人として極みに至った母の、その内にある修羅の声だったのだと。
「……過ぎたことは、どうしようもないか。」
「それが良いかと、見るべきは常に前ですからな。」
「そうね、あともう公務じゃないから堅苦しい口調は要らないわ。
殿下って呼ぶのも止めてね、そもそも三姉妹なんだから……」
「そうですね……クラウディア様、これで宜しいでしょうか。」
「『様』も要らないんだけど……今は良いわ。」
「……姉御殿と似てきましたな、クラウディア様。」
我が強くて人の話をさっぱり聞かないところとか特に。
そう言葉にはしないアマツカゼであった。
見えてる虎の尾を踏むほど愚かでは無いのだ。
クラウディア・グランマリスは覚悟を決めていた。
即ち、目の前の男__我が国の辺境伯であり、従兄である彼。
アマツカゼを何がなんでも落とすのだ。
一切偽りない本心を語るならば、私は彼の事が好きだ。
筋骨隆々で巌のような身体も、抜けているとされる実直さも。
しかし、問題は二人の姉の想い人でもある事であった。
歳も近く、それぞれ武と智に長け。双方共に比類なき程の美人。
まぁ、つまりだ。
正攻法では勝ち目がない。
聡明とは言い難いこの身でもそれくらいは理解出来る。
そもそも武官である姉らと違い、私は基本的に最前線に立つことがない。
それすらも大きな問題であった。彼と交流する機会すら無いのだから。
卿の背中がどうだとか、浴場で見た裸体が素晴らしかったとか。
発情期の猿ですらもっと理性的に話すだろう下賎な会話である。
姉への敬意はある、それなりに愛されている自覚もある。
それはそれとして腹は立つ。
聞く度に頭と子宮がイラつくのだ。
クラウディアは前を歩くアマツカゼの背を見、少しづつ視線を下げていき、尻で止まる。
そのままじっとりと眺めていた。
剣を振るう時は肉食獣のようにしなやかに。
敵の刃を受け止め、或いは拳で粉砕する程堅く。
荒れ狂う暴風のように戦場を駆け、脈動する肉体。
それを想像すると無意識のウチに口の中に涎が溜まるのだ。
原初は戦いに適さぬこの身故の憧憬。
やがてそれは女としての色を伴って情欲に塗り潰された。
クラウディアは自分は少なくとも姉らよりはマトモな人間だと考えている。
しかし、自分の事をマトモだと考える人間は大抵そうでもない。
例に漏れず、彼女もまたスケベであった。
姉らと違うのは、それを表に出さない事。
燻っていた、そしてムラついていた。
真性のムッツリであった。
どうにかして今日中に既成事実を作れないだろうか。
アマツカゼ卿を手篭めに出来ないだろうか。
そういった思考で頭が埋まっていく。
「__と我が妹は考えているに違いない。」
「頭おかしいのかお前?」「頭おかしいんですか?」
「何だよ!私の推理がおかしいってのか!?」
「クラウはお前が思ってるほど歪んでないわ!」
「それは長姉故の贔屓目だ!奴も我々同様スケベに違いない!」
街を歩く姫君とその騎士……を後ろから監視する巨女三人。
一応は隠れるつもりはあるようだが、如何せん身体が大柄過ぎた。
三人もいれば隠れた露店の影から明らかにはみ出す。
一番小柄なリズベットで180はある、残り二人は言わずもがな。
「ママー!あれ王女様じゃない?」
「しっ!見ちゃ行けません!」
完全に不審者であった。
「ええい!ラインハルト!何故お前は甲冑のままなのだ!」
「一応自分今職務中なんですよ、さっきまで殿下と殴り合ってましたが。」
「明らかに浮いてるんだよお前だけ!」
「貴方も礼服でしょうに……」
尚、前を歩くアマツカゼは当然後ろの三人に気付いている。
武人としての勘が冴え渡っていた。
それはそうと『妹君が心配なのだな……』と考えていた。
やはり彼は馬鹿なのだ。
そして不審者一行は繁華街を歩き、色街への分岐路に差し掛かる。
挙動不審になりながら左右をキョロキョロと見回し、意を決して道を曲がる。
「クラウディア殿下、其方は城の方ではありませんが。」
「へっ!?あ、あぁ、うん。そうね、間違えちゃったわ!」
弱い。
クラウディアはあまりに弱かった。
これがもし、姉二人であれば何かしらの理由をつけて連れ込むだろう。
そして理由が無くとも強引に同行させるくらいはする、そういう女である。
しかし彼女はクソザコであった。
「なんでそこで引くんだ……!」
元々は、邪魔しにきたつもりの三人。
しかし、あまりに弱い妹君の姿を見てそんな邪念は容易く霧散してしまった。
気分は雛鳥の巣立ちを見守る親の気分。
「まだ王城への道のりには分岐がある、仕掛けろ……!」
「本当に弱い、我々なら既に連れ込み宿の前でアマツカゼに泣きついてるだろうに。」
「待って下さい殿下、宿の前で男に泣きついてるの最悪ですよ。」
「だって大人しく入ってくれる気がしないし……」
古人曰く、三人寄らば姦しい。
クラウディアに対して好き勝手言いたい放題であった。
しかし、忘れてはならない。
ここにいる全員は未だ処女である。
未通の身でありながら勝手を言う姿は滑稽極まりない。
実際に自分がクラウディアの立場になったら凡そ大差ない無様を晒すだろうに。
結局口ばかりは何とでも言えるのだった。
「……駄目そうだな、帰るか。」
「結局何もしなくても自滅してたなこれ。」
「お労しや妹上……」
可哀想なモノを見る目で妹を見やり、ひっそりと帰還する三人。
尚、アマツカゼが自らの領土に帰った頃にこの姿が新聞に取り上げられ、
心労で倒れた陛下に三人とも殴り飛ばされる事になるのだが、それは先の話。
彼女たちは基本的に素行が終わってます、ヤカラです。
世界線が別ならモヒカンでバイクに乗っています。