辺境伯は狙われている   作:彼岸花

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コウシン、コウシン


壟断の龍

「………何かどっと疲れたな……」

「申し訳ない、アレはああいう生き物なんです。」

 

私は正直頭がどうにかなりそうであった。

 

来て早々馬鹿みたいな酒をキメてぶっ倒れ、二日酔いに苦しみながら愛しい男の顔を見に来たら全裸の変態がマサムネに膝枕をしていた。何を言ってるか分からないと思うが自分でも分からん。

世界の理がおかしくなったのだろうか。

我々の周りにいて一番ヤバい女とはつまりラインハルトである。

奴は素行が悪く、酒癖は最悪で金使いは荒い。

世間的にはカスという人種に該当する。

 

一方で、仕事はしっかりやるのだ。

サボったり色々するが、確かに結果だけは持ち帰ってくる。

なので私もリズベットもそこに関しては信用している。

多少………多大な問題点にも目は逸らせるのだ。

 

だがあの女はそのラインハルトすら軽く凌駕してるだろう。

一体何処に全裸膝枕で男の耳掃除などする奴がいるのだ。

クソが、羨ましい。いや違う。

それに対してマサムネが全く動じてないのもおかしい。

私だけがおかしいのかと不安にさえなった。

普段は良識あるお前までそっち側に回らないでくれ。

 

私たち義姉弟では私とマサムネが良心なのだ。

つまり、マサムネがふざけると私一人が異端になってしまう。

イカれた世界である。

 

「彼女……ロウダン組若頭、シズク・ロウダンは普段は真面目なのです。」

「何処がだよ。全裸の淑女なんていねぇよ!」

「我らがアマツカゼ領の表なら、ロウダン組は裏。双方が連携して流通の要所として日々多くの人や物が行き交うこの街を陰に日向に管理しているので。彼女は若くしてその二番手……実権としては頂点に位置します。」

 

……ここまで言うのだから、なるほど。

普段は確かにシゴデキなのだろう。

マサムネが頻繁に領地を空けるのを認めるくらいに、妹とシズクを信用してるのだろう。

 

「ただ……」

「……」

「彼女は脱ぐんです。一見の、絶対に許されない所を除けば常に。」

「頭おかしいだろ。ヤバすぎない?」

「……一応街中だと半裸止まりなのです、下着は身に付けてます。」

「そういう問題じゃないだろ……あと普通は家ん中でも全裸生活しないのよ。」

「……おっしゃる通りで。」

 

しまった、言い負かしてしまった。

いやマサムネの言い分の方が絶対におかしいのだが。

奴は口下手なのであまりに容易く言い負かしてしまう。

あんまり圧をかけると全て話す前に話を切ってしまう。

 

「………一応、理由がありまして。」

「なるほど、聞こう。」

「彼女の身体に刻まれている刺青はご覧になりましたか?」

「ああ……極東や北方の文化だと聞いてたが……」

「北方のそれとはまた違った意味合いが強いのですがね……アレは一種の魔術刻印です。」

 

魔術刻印。

武具や鎧に刻み込み、理に反する性質を纏わせる秘術。

扱える技術者が実に希少である事から、グランマリスでは全ての技師は登録制だが……

 

「不認可のモノです。技術としては既存のモノとまるで違う故。」

「それはまぁ良い。良いと言っちゃならん身分だが、何処の領主もそうだろう。」

 

有能な技術者を身内で囲う。

当たり前の事だ。

王家としてもある程度そんなものが横行するのを折り込み済での登録制なのだ。

 

「博徒の長としての任をロウダンに与えた祖との盟約だと聞きます。」

「なるほど……それなら多分、他にもあるだろ?咎めるつもりはない、ただ知りたいのだ。」

「……酒蔵での密造、それと賭博の開帳ですね。」

「普通だな?それくらいなら多分皆やってるぞ。」

 

密造酒に関しては最早取り締まるのが不可能である。

領地ぐるみのモノから個人間で精製したモノまであまりに多岐にわたるからだ。

そして賭博、これもまたグランマリスでは許可制としてはいるが……

飲む、打つ、買うが人生の華というように。

酒と同様此方も実際には見過ごしているというのが現状だった。

 

なんなら私の親衛隊の方がずっとヤバい。

あの馬鹿どもは平然と私らの痴話喧嘩を賭博の対象にする。

それだけなら個々人間のつまらない賭け事なのでまぁ良いとして。

騎士や兵卒が比武ををするのを軍全域を巻き込んだ賭博にしている。

頭おかしい。

 

無論グランマリスでは不認可の賭博事業が禁じられているものの、あくまで観戦者達は乱闘の見物料を支払っているだけという形を取る事でその制約をすり抜けているのだとか、酷い理屈である。

また、予想が的中すると景品として数字の書かれた木札を渡される。

この木札は数字が書かれただけのただの木札であるが……

親衛隊員の一人が営内で開業している古物商店にて買い取って貰う事が出来る。

ふざけた事に取扱資格・開業認可は両方とも取得済であるのだと。

運営は古物商店に出資してるだけで無関係を主張している。

 

 

 

「話を戻しますか、あの刺青ですが……」

「そこから先はウチが話しましょ。」

「シズク殿か……服は着ているのだな。」

「姫様を驚かしてしまうからようですから。」

 

クスクスと目を細めて微笑む。

胡散臭いとも思える笑い顔だが、マサムネの言葉通りなら後暗い所はないのだろう。

 

「だが、自らの身体に直接刻印を刻むとは……随分と無理をしてるように思えるな。」

「極東では西国では既に喪われた……或いは存在しない技術が多数あると伝え聞きます。これと同じように。」

 

そう言ってマサムネは自らの大太刀を手に持つ。

 

変容。使い手に最も相応しい形に。

不壊。極限の戦いにて壊れぬよう。

 

どちらか一つでもこの国に存在せぬ希少なモノ。

それを二つも込められているのだからあまりに珍しい。

尤もこの刀は美術品などでなく、戦場で振るわれてこそ美しいのだが。

 

「ウチらのご先祖は考えはった、『幾ら強力な武具を創っても、戦場で失えばそれで終わり』と。そして永き試行の果て、そんまで階級や権威の象徴でしかなかった刺青にその力を篭めることにした。」

「戦場で失わぬ武器、それは自らの五体ということか。」

「せや、ほんで私や婆ちゃんの刺青は中でも特別でな。【寸鉄を帯びず】、この条件で強化されるんよ。」

「………悪い、どういう意味だ?」

「身を守る鎧も、殺傷する刃も持たず裸一貫で敵と対峙する、という事です。」

「そ、つまりは抜けば脱ぐ程強くなるんや。まぁウチも普段は短刀(ドス)持ってるけどね、便利やし。」

 

……驚愕の内容ではあるが、納得は出来る。

確かにそれなら普段から可能な限りは身につけるモノは減らしたいな。

 

「ま、そんな感じでウチらロウダン組、やらせて貰ってます。」

「なるほど……初見が故驚いたが、相応の理あっての事なのだな。」

「………まぁシズクの場合、単に脱ぐのが好きだからというのもあるのですが。」

「脱いだ方が気持ち良えやん?」

「なら何だったんだよこの会話!私の納得を返せ!!!」

 

私は心の中ですっ転んだ。

最後に会話全体をひっくり返すんじゃない。

本当に何だったのだここまでの会話。

 

「あとウチのは密造酒やけど、王都にも普通に卸してるんよ。」

「王都にアマツカゼの特産品を直売する店がありますからね。」

「それは把握してる……海鮮と酒、それに塩がアマツカゼの主要な商品だからな。」

「願わくばこれからロウダン()()をご贔屓に願います。」

 

ぺこりと一礼したシズクを見て、一先ず。

一応という形にはなるが、私は理解を得た。

 

「ほなら……兄さん、素振りやね?」

「……何故分かった?」

「そないにソワソワしてたら子供でも分かるわ……今んうちに済ませてき。」

 

図星であったことに一瞬驚いた表情を見せたマサムネは、すぐさま会釈してその場を離れた。

奴の無双の武勇はその天与の剛体と、それに甘んじぬ鍛錬によるものと理解している。

一日たりとも欠かせず練り上げたそればかりは、私にはとても追いつけぬモノであった。

 

「……いやぁ、一度素面でお話したかったんよ。あ、敬称とかは大丈夫よね?」

「誰が見るでもない、それに私は生まれるは高貴でも育ちは悪い、気にするな。」

「ふぅむ……流石兄さん、良い人とお友達やね。」

 

ニヤニヤとこちらを見て微笑む女。

なるほど、この状況を作るためにわざわざマサムネを……

だが、私も彼女に問いたいことがあったのだ。

 

「……なぁ、お前は「姫さん、兄さんの事好いてはる?」ブヘェ!?」

 

むせ返す私を尻目にシズクはあ、図星みたいやねと呟く。

 

「何で分かった……?」

「いや、言うまでもないやろ……多分兄さん以外なら誰が見ても一目で分かるで。」

「……………」

 

密かに傷付く。

腹芸の一つも出来ない王女である、情けない。

 

「昨晩、お前は言ってたが、マサムネの妻と。」

「厳密には、()()()ね。許嫁ってやつよ、姫さんには居らへんの?」

「昔は居た、筈だ。よく覚えていない……がずっと前に断ったと記憶してる。」

「なるほどなるほど、兄さんによっぽど惚れとるのね。」

「……まぁな。」

 

いつからか、と聞かれると正直分からない。

初めて会った幼少の日からだったようにも、或いは騎士学校での日々だったようにも思える。

まぁ、間違いなく私が壊れたのは二年前だろう事は理解する。

 

ありゃ駄目だ。

あの後ろ姿を、死を覚悟した瞳を見て私は駄目になった。

それまでは辛うじて、マサムネ以外の男にも僅かながら情念というのがあったが。

以降一度としてそのような考えは湧き上がらない。

リズベットも同様であり、末の妹であるクラウも多分は大差無い。

つまるところ、マサムネが私ら全員のアプローチを断った場合、無事グランマリス王家ほ末代を迎え崩壊する事となる。偉大なる先祖も草葉の陰から泣いてることだろう、泣く暇があったら加護など授けてくれ。

 

「……お前はどうなんだ?」

「ウチ?」

 

許嫁、つまりは親が決めた婚姻である。

だから個人間の感情などは考慮されぬ。

ここまで懐いている時点で有り得ぬと理解しつつ、問わずに居られなかった。

 

「普通に一目惚れよ、初めて見た瞬間にこの人の子供産もうって。」

「無敵か?」

 

無敵かコイツ。

 

「幾つん時だよ……」

「ウチが三歳だから、兄さんは八つだったかね。」

「ませたガキだなオイ。」

「仕方ないんよ、惚れた弱みって奴や。心当たりあるやろ?」

「……ある!」

 

不思議な感覚だ、シズクは恋敵である筈なのだが。

この短時間で私はコイツの事が嫌いじゃなくなっている。

凄まじい勢いで絆されていた。

 

「……まずいまずい、本題を忘れるところだった。」

「どないしたん?」

「あのなぁ……お互いに一人の男が好き、となればもう敵だろうが。」

「そうやろか?別に男一人に女が沢山、当たり前の光景やろ。」

「それはそうだが、普通一番で居たいとかあるだろ?」

「うーん……」

 

掴みどころのない奴だ。

ただまぁ幸いというか、敵意のようなモノは感じない。

それは何よりであった。

 

「ウチは何より、兄さんを幸せにしたいんよ。その為なら、他はどうでも良ぇ。」

「……人の事言えないだろお前。」

「ふふふ……だから別に姫さんも、他の子も構わへんよ。皆で囲って逃げられなくしようや。」

 

その言葉からは先ほどまでのような朗らかさや軽薄さはまるでない。

じっとりと淀んだ女の情念。

健全で真っ当な男女の恋愛のような晴れやかなモノではなく。

何か歪みを孕んだ澱のような濁った湿度を伴うモノで。

 

「一人二人、十人百人、多ければ多いほど良いとすら思うで。」

「神話の神でさえ、そこまでというのはないだろうに。」

「兄さんの存在自体が新しい神話そのものよ、姫さんは他に2.5mの人間なんて見はったことある?」

「……いやまぁ、確かにないな。」

「とにかく、兄さんのことだからそっちでも何人かの脳を壊してはるやろけど、ウチとしては敵対するつもりは全くないんで。ぜひアマツカゼ領に遊びに来はった時か、ウチが王都に出向した時に恋バナでもしようやと伝えておくれやす。」

「……残念ながら、お前の提案を呑む方が私たちに利が有りそうだな。乗ったよ。」

 

関係性としては圧倒的に強い彼女の方から此方に歩み寄っているのだ。

感情論は抜きにして、断る理由がなかった。

とはいえ、多分リズベットの奴はわぁわぁと喚き散らすんだろうな……

既に帰った後の事が思い浮かんで億劫であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、兄さんが帰るまでまだ少し時間あるなぁ……何か他に聞きたいことある?」

「私から聞きたいことはあんまり。強いて言うならその格好か。」

「趣味と実益や。」

「趣味で脱ぐなよ……」

 

 

 





営内に古物商と金融屋の開業許可を出したのは一体何処のバカだ!?____聡明なる王女
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