辺境伯は狙われている   作:彼岸花

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今更ですが名前の由来は世界一有名な竜狩りのあの人。


九九九戦目

ギインッ!!!

 

鈍く、それでいて甲高い。

奇妙な音と共に刃引きの剣が捻じ切られる。

 

二人の騎士が向かい合っていた。

片方は騎士らしい姿。細身の身体に、半ばで千切られたような長剣を油断なく構え視殺戦を挑む。

主となる武器を失って尚、その瞳から闘志の焔が消えることはない。

もう片方は異様な風貌。

……単純に、圧倒的に、絶対的に。

その騎士は大きかった。

身の丈は2mを超えたところか、その長身でありながら一切細さを感じぬ敬体。

大剣を携える丸太のような腕、脈動する大地のような胴体に、霊樹の如き太ましい脚。

大きく、硬く、そしてあまりに分厚い。

間違いなく呼吸をし、鼓動する生命でありながら、その姿は天災の如し。

 

天与の剛体。

疲労困憊でも呼吸一つで回復し、大地を染める程の出血すら命を奪うに足らず。

渾身の力込めて太刀振るえば空を裂き地を割り、敵を挫く。

こと戦いというモノならば飢えて死ぬその時まで、一度たりとも挫けず敵を鏖殺する。

それを可能とする特別の身体。

 

細身の騎士はそう認識していた。

少なくとも、武器を失った今の自らでは、手傷一つ負わせることすら難しいだろう。

……『受け』は悪手であった。

剛を武器に果敢に攻め来る攻勢を、ギリギリですかし、或いは躱していた。

だがほんの一瞬。

防戦一方の持久戦に一時。本当に一瞬身体を休めるべく力を抜いた。

抜いてしまった。

 

後に最強の騎士と讃えられ、戦鬼と恐れられた男の前ではあまりに迂闊。

回避不能なタイミングの攻撃に対して咄嗟に盾とした剣がひしゃげた。

それが彼女が武器を失うまでの顛末。

 

「……降参するか?」

 

巨躯の騎士が問う。

どうやら自らの勝利を確信してならないらしい。

 

「まさか……漸く始まったといった所だろう。」

「強がりを言うな……何か策があるのか?そうなら早めに繰り出すのを推奨する。」

 

__命ある内にな。

 

そう言ったか言わぬか、押し寄せる巨躯の騎士の怒涛を小柄の騎士は紙一重に躱す。

グランマリス流の力強く、言ってしまえば力任せの大振り。

見てくれは隙だらけながら、一撃で決着をつけ得る恐ろしい連撃だ。

巨躯の騎士__マサムネ・アマツカゼは愚物ながらに理解していた。

振り回し続ければ良い。

 

大雑把でも当たれば即死……刃引きのナマクラたるこれですら、一撃で無力化するのは容易い。

それでいながら、刃引きの刀身は我が身を貫くにはあまりに鈍く、そして軽い。

打撃武器としてさえ頼りない有様。

 

的に有効打はなく、此方の攻撃は全て致命。

何一つ焦る要素はない。

ただ淡々と、徹底的に振り回し、揺さぶる。

 

諸手での乱撃を見破られた私は、剣を片腕に持ち変え更に連撃。

両の腕を用いるのと比べ、筋力は僅かに減少。

しかし、半身になった分リーチが伸び、さらに腕のしなり……柔軟な肘の稼働が刃先の起動を自在に変化させる。

 

乱戦に於けるグランマリス剣術の技であった。

両手剣を片手で振るい、殺傷力を維持出来ることが前提だが。

押し寄せる暴力の嵐に、対する小柄の騎士はそれでも笑った。

 

その薄ら笑いに隠した悪意に、咄嗟に武器を振るう手が止まる。

一度懐に入れた手を即座に抜き、虚空に振るう。

何がしたいのか分からない、が。

彼女の持つ魔法の性質が。

意味のないことをする筈がない、その信頼が。

咄嗟ながら我が身に防御を許した。

 

振り下ろす最中の剣を無理やり引っこ抜いて盾とする。

無論我が瞳には何も映らぬ。

映らぬが、確かに何かが刀身に命中に弾かれた音がした。

軽い音、遠距離、投擲。

 

なるほど、短剣辺りを投げたのだろう。

だが、一度きりの不意打ちなど!

 

「惜しかったな……!」

「いいや、まだこれからよ!」

 

盾にした剣を地に突き刺し、跳ね上げるように振り抜く。

渾身の力を込めた絶対の一撃は敵の身体をすくい上げる形で捉え……

その直前で振り下ろされた拳とかち合って砕ける!

 

急激に重量の変化した剣の柄を握る私は、勢いのままよろめく。

視界が塞がる刹那、確かに見た。

振り下ろされた拳に重なるように砕け散った小盾。

バックラー、貴族同士の決闘で用いられていた実に小型の盾。

守りには期待出来ず、猛攻に容易く粉砕するそれは、現代の戦争では稀にしか見ぬモノ。

盾持たぬ猛騎士がせめてもの慰めにと篭手を加工するなどが殆どである。

 

薄っぺらの小さな装甲、守りには期待出来ぬ。

なれど何事にも例外は存在する。

パリィ、パリングと呼ばれる技術。

敵の攻撃の刹那、異なる方向からの力を加え強制的に攻撃を逸らす技。

 

「私が意味もなく剣を折られたと思うか?布石を打たせて貰った。」

「……なるほど、そういえば先の投擲も剣の根元に。」

「もう遅い!取った__」

 

懐からもう一つ、今度は偽装されていない通常の短剣。

武器を失った私に飛びつき、その首を刈らんとする。

偽装と擬態、見事なブラフ。

騎士としての正道に反していたとしても、彼女は強い。

弱者としての強さを遺憾無く発揮してくる。

 

その強さに、その戦いに敬意を持って。

私は武器の残骸を手放すと、両拳を合わせて叩きつけた。

ダブルスレッジハンマーなどと呼称される、両手の叩きつけ。

多数の骨が緩衝材となり、見た目ほどの威力はなく。

両手を合わせる事から軌道は単調で、速度にも劣る。

子供の喧嘩や、興行としての拳闘でしか見られぬいわゆる魅せ技の一つ。

 

しかし扱うのはかの戦鬼である。

その剛力と強靭な健に金剛の如き骨。

それだけの条件が揃ったならば、拳はまさに戦鎚である。

 

降り注ぐ彗星の如き暴力が苦もなく女騎士を捉えた。

飛びかかった体勢故回避も防御も許されず、兜を叩き割られて地面に転がる。

その衝撃は壮絶の一言、悲鳴すら挙げることなく白目を剥いて失神する。

 

「……繰り返すが、惜しかったな、今回は特に。武器の質というのも考えモノだ。」

 

自らの人外の剛力に耐え得る武器、それは恐らく一つしかないだろう。

そしてそれは、友人らに振るうものでは決してない。

一人結論付けると、観衆に向けて勝ち名乗りを挙げる。

拳を掲げ、吠えると凄まじい歓声。

音の圧を身に浴びながら、獰猛に笑って気絶した友人に告げる。

 

 

 

 

「悪いが、また私の勝ちだ。ええと、これで通算___

 

 

 


 

___999勝目だな。」

「クソ!これだから人外どもは……!」

 

ジクリド領の兵詰所。

比武の為に用意された訓練所で私たちは999回目となる決闘を行っていた。

砕けた剣を放り投げて転げ回る友に手を貸す。

 

「今回は特に良い判断だった、透過を不意打ちだけでなく間合いの偽装に使うとは。」

「結局届いてなきゃ意味無ぇよ……そもそも命中したところで切れるか甚だ疑問だしな。」

「さしもの私とて刃を受ければ血は出るし傷も付く、命脈を断てるかは別だがな。」

「化け物め……頼もしいぜ全く。」

「最初に言ったのは誰だったか、蛮族か海賊か、或いは私を疎む法官共か。恐怖と嘲りを込めて『鬼』などと、そう呼ばれはしたがね。案外悪くないと近頃は思う。」

 

男らしくないなどと、最早言われ慣れた。

我が身はグランマリスの剣。

国に仇なす外敵を討つ者ならば。

内々の敵など眼中に収める暇は無いはずだ。

 

戦場の鬼という陳腐な畏怖の言葉も、その実案外慣れ親しんでいる。

敵を竦ませ一瞬ても隙が生まれれば儲けもの、何よりその武名、武功が。

然と父母の元へ届く為にはそのような名も必要であると理解している。

 

それにまぁ、アレだ。

結構カッコいいと思うのだ。

騎士であり侍である私だが、一人の戦士だ。

こういった異名というのに憧れた歳もあったわけで。

見栄張りが戦士の常ならば、悪くないと思うのだ。

 

「まぁ惜しかった方だろう。貴殿は強いよ。」

「下手な慰めはやめろ、勝てなきゃ意味が無いだろ。」

 

地獄の北方を生き抜いた。

それだけで歴戦を語れるほどの死闘だったのだ。

 

「この詰所に居る兵は皆若いな、見たことないモノが殆どだ。」

「……皆死んだからな。前回の戦でどのくらい削れたか知ってるか?」

「とにかく多数とだけ……すまんな、具体的な数は知らぬ。」

「千と、六百に少し。騎士相当の者も十近くが討死か引退だ……」

「そうか……」

 

ジクリドはアマツカゼ同様辺境伯だが、その領地はそれほどでもない。

アマツカゼの地は険しい山脈に囲まれこそすれ、豊かな海と土地を併せ持つ大領地。

その上他国からの貿易と人の出入りを一手に引き受けるから、非常に裕福だ。

一方のジクリド領は伯爵領としてはやや狭く、土地も痩せている。

僅かながらの鉱山資源ばかりが領庫の財源であり、人も多くはない。

ログマルムとの最前線たる地だから辺境伯という爵位を与えられこそするが。

名前ばかりで王家からの恩賞は少ないと言わざるを得ぬ。

 

凡そ1600に将が10。

ジクリドの兵力を鑑みれば半壊……見方によれば壊滅に等しい。

それでも現状、これだけの兵が詰所を出入りしているというのは奇跡に近い。

 

「……酷な事を聞くようだが、補充は?」

「殿下……済んではいます、兵たちも既に戦える練度にはなりました。しかし。」

「単刀直入に聞くか、人口比でどれ程の兵力がある。」

「…………15%と言ったところでしょうか。」

 

15%…………なるほど、なんという事だ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「15%とはどれくらいだ?」

 

真剣な顔をしていた二人がすっ転ぶ。

水を差してしまっただろうか、しかし数字はよく分からないのだ。

私は馬鹿である。すんごい馬鹿であった。

 

「あー……マサムネ、アマツカゼ領の人口は把握してるか?」

「変動が激しいですが、それくらいなら。凡そ五万程だったと。」

「常備軍は?」

「総数で約2000、うち遠征隊が200といったところでしょうか。」

「となると人口比4%といったところか。妥当と言える。」

「………15%ってかなり凄まじいのだな。」

「理解したか。」

 

人口に占める兵士の割合が異様に高いということだ。

国とは戦いだけで成るモノにあらず。

我ら領主もまた、領民の王たるならそれは同様で。

老若問わず全体の15%が兵士というのはおかしな事であった。

 

「……立て直す為にはそれくらいの痛みが必要だった。」

 

戦争を前に、外部から傭兵を雇う。

それは実に一般的な事だが、ジクリドにその金はない。

また、雇う傭兵すらがこの地には殆ど訪れまい。

相当金払いが良いのか、大抵傭兵などはログマルム側に就く。

此方は通常の軍力で迎え撃つのが常である。

 

ここまで話してから自嘲気味に少し笑うと、ノレアは深々と頭を下げた。

 

「見ての通り、ボロボロの老朽化した防壁と新兵ばかりの木っ端軍。それがジクリドが抱える問題だ。来たる北方戦役に向けて二人の知恵を貸してもらいたい。ジクリド伯として、友としてこのノレア乞い願う。」

「……面をあげたまえよ、友よ。元はと言えば十分な補助を怠った我らの咎。任されよ。」

「そうだな、ジクリド伯。卿の頭はそれほど軽々しいモノで良い筈ない、控えたまえ。

……兵士の様子は私が見てこよう。マサムネ、お前はノレアを伴って北壁を視察してくれ。」

「承知……逆の方が良い気もしますが。」

「私は既に一度言った、そして思うところもある。その上でお前の意見と擦り合わせたい。」

「私のですか。」

 

繰り返すようだが私は馬鹿である。

殿下が見た以上の何かに気付けるとはとても思わないのだが……

 

「お前の戦いのカンに賭けている、例え何もなくても構わんさ。一度見てみて欲しい。」

「分かりました。ノレア卿、案内を頼む。」

「……助かる、ありがとう。」

「頭を下げるなと言われたばかりだろうに、全く……」

 

いつ何時あの化け物が再来するか分からない。

少しでも早く、確実な策を講じる必要がある。

微力とて力になれるように奮闘せねば。

 




人の住めない山岳とか入れた単純面積はアマツカゼの1/5くらい。
まさに名前だけの爵位を与えられているのがジクリド伯。
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