辺境伯は狙われている   作:彼岸花

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北壁はすんごい古い


紫煙曇らせ北の塞

「うーむ、ここも駄目だな。」

「そうか?見たところ大きな欠陥は無さそうだが。」

「……多少なら、建て替えは間に合うか?」

「……ある程度ならな。」

 

グランマリス北方戦線、ジクリド領防壁。

単に『北壁』と呼ばれる防塁を練り歩き、その今を確かめる。

しかしこれは……老朽化が酷いな。

コツコツと篭手で石積みの壁を叩き、その音を確かめる。

これだけの厚みの壁から鳴るにはちと軽い。

風雨に晒され朽ちた内部に水が染み込み、空洞となっているのだろう。

 

少し拳を強く引き、力を込めて叩くと快音がしてボロっと岩が外れた。

やはりこれでは防壁としての機能は厳しいか。

 

「建造されてから時が経過し過ぎた、寧ろ良く保ったろ。」

「設計も古い、近代化された兵器類に防塁の構造が噛み合ってないようにも思える。」

「と言うと?」

「上部に配備された六機の大型クロスボウ。」

「ああ、バリスタか。」

 

アレは素晴らしい兵器だ、直撃すれば超人とて一溜りもない威力。

ボルト式故精度は高く、射程も長い。

そして複数人での運用が前提故、迅速な再装填と連射が可能。

 

射程距離や加害範囲、威力では流石に砲に劣るが、精度と連射速度に勝る。

多数の砲を用いた面の制圧には向かぬが、ピンポイントで敵陣を集中砲火するのに長ける。

革新的な兵器の一つであろう。

 

「だが、射角に大きな問題がある、狙えるのは前方約60°。仰角は十分だが俯角に問題あり。」

「真下が狙えないというのは確かに、欠点ではあるな。」

「真下どころか下方への傾斜を想定していないからな。高所に据え置くこの防壁の配置では取り付かれた時に対処のしようがない。」

 

そして零距離まで取り付けば、歴戦のログマルム兵共は外壁を破壊し得る。

その中でも特に、氏族長クラスとなれば……

 

「単身での破壊。そういった事も可能だろうな。」

「……今更だが、それ程か?ログマルム勢というのは。」

「私が会敵した事があるのは三人、熊の氏族長と狼の氏族長、そしてそれを束ねる狼王。

その誰もが今なお生き長らえ、グランマリスを虎視眈々と狙っていると言えば分かるか。」

「なるほど、お前でも仕留め損なったか。」

「次はないがね。」

 

二年前の戦い。

空っぽの本陣を命懸けで護った気狂いの『狼』。

引き返す私を足止めし、行きがけの駄賃とばかりに骨を叩き折った『熊』。

……そして苦い敗北を味わった『狼王』。その三人。

 

「狼王と熊は獣憑きだ、狼の氏族長だけは憑かれてない超人と言えたが……元々氏族長であった狼王を鑑みるに、氏族長は皆獣憑きということも考えられる。」

「冗談キツいぜ……ログマルムは五氏族一王。となりゃ、あと三人も化け物がいると?」

「可能性は十分ある、考えてみろ。かつての国、建国神話の頃。腕をひと薙ぎすれば山を更地に変え、無造作に放り投げた敵を星々の一つに転じ、拳を振り下ろせば大地を砕いたとされる偉大なる我らの祖。マリスを以て平定出来なかったのだぞ?」

 

それだけログマルムの戦力層は厚いということ。

常として、超人の子もまた超人となりやすい。

特に秀でた武才持つ獣憑きが、何らかの形で遺伝していたとしたら。

それは恐ろしい大敵である。

 

「……勝てるか?」

「無論……と言いたいところだが、どうだろうな。他三人は見なかったし前線には出てこないか後詰めとして控えていたのかもしれん。私が戦った三人、それに雑兵の群れが伴っているとして……『狼』と『熊』を始末することは不可能でないように思う。」

 

無傷の勝利は望むべくもない。

片腕か片足か、それらと引き換えだろうが勝利自体は可能だろう。

問題となるのはその先。

 

「だがそれでは狼王に勝てん、あの王は一人で我が軍を鏖殺せしめる暴を宿している。この国で指折りの武力を持つアンジェ殿下でさえ有効なダメージを与え得なかった。私が当たらねば絶対に勝てん……が、その私が勝てるかが未だ怪しい。」

 

前回私は万全でなかった。

骨は砕け、戦場の往復で体力は限界以上に損耗し、鎧の隙間から幾つもの刃が滑り込んだ。

本陣へ帰参した時点で常人ならとうに二、三度死んでいる程の傷を負った。

そう言い訳したところで、勝てるビジョンが浮かばぬのだ。

万全な体制で一対一が許されたとしても、勝利すら怪しい。

かの戦いの際はアレだけ一方的でありながら、狼王は全力でなかった。

彼女がそう言ったワケではないが、確信めいたモノがあった。

 

騎士として戦士としてあまりに劣っている。

膂力だけで勝るも、その差は圧倒出来る程でなく。

技術、経験、知恵、あらゆる性能で私は敗北していた。

二年で私も遥かに強くなった実感はあるが、果たして。

 

「直前対峙してない私には未だに信じ難いね、お前より強い兵なんざ。」

「買い被り過ぎだ、私とて一人の人間。疲労し、飢え、首を落とされれば死ぬ。」

「……本当か?あんなグシャグシャの肉塊めいた姿でも死ななかったのに?」

「この首が落つ前に、少なくとも五の将と百の兵は道連れにするつもりだがね。」

 

人は強く決意していれば、例え身体が死に絶えたとしても動く。

戦場に生きる者ならば、迷信めいた事実としてそれは誰もが知るところ。

信じ難いと思うだろうか?しかし、ある程度生き残れば一度や二度は見るのだ。

戦いの最中、頭を砕かれ脳漿をぶち撒ける。

或いは心の臓を穿たれ血が回らず身体が死する。

どちらも疑いようもない即死、死は避けられぬモノだ。

だが、奇妙な事にそのような状態でさえ人の身体というのは動くのだ。

 

それは何の為?

主君の、同胞の、戦火の後ろに在る家族や友の為か。

戦い続けんという強い意志が、死に体の身体を突き動かす事がある。

 

「縁起でもないことを言うなよ、お前が死んだ時ゃこの国の終わりだ。少なくとも今は。」

「何とでもなるさ、私はこの国で確かに最強だ。しかし最強でしかない。強さだけの、力だけの存在などいずれは必要なくなる。戦場にしか居場所のない無能に過ぎん。」

 

いずれ殺すだけの力など必要ない世が来る。

そうなれば、必要なのは殿下達のような賢者だ。

私のような剣鬼は精々今を生き足掻いて何処かで野垂れ死ぬ。

 

「そういう所は変わらんな。」

「む。」

「自己評価が高いんだか低いんだか、馬鹿のクセに随分と先を見てる。そういう所が私にはよく分からん。」

「精一杯やってるだけだ、殿下達のように万軍を率いる天性の王でもなく、或いは我が妹のように領内の隅々まで目を光らせ好く治世する程賢しくもない。私に出来るのはただ一振りの剣として。グランマリスに、アマツカゼに仇なす者を斬り捨てる事だけだ。皆が私にそう求めているから、私はそれで良い。」

 

求められるがまま、私は暴を振るう。

人の願いと思いがあればこそ、我が暴は矛を止める武足り得る。

 

「……寂しくないか?」

「ふむ、不思議な問いだ。」

「まぁ『今は』それで良いかもしんないが、その後は?戦乱無き世が来たらどうする。」

「戦乱無き世か……」

 

有り得ない、という訳ではない。

グランマリスの永き歴史でも二、三度。凡そ三十年程大きな戦いのない時が存在した。

今のグランマリスはあらゆる方向に敵を作っており、これが鎮まるのはいつになるか。

十年か二十年か、或いは百年以上の時を必要とするやもしれん。

だが確かに、その時に私が生き長らえてる可能性はゼロではない。

 

「どうだろうな、案外その時までには平穏を楽しめるようになるかもしれん。」

「今は違うと。」

「……満ち足りているとは言えんな。」

 

戦いの中にしか私は心の平穏を見出せぬ。

どう誤魔化しても、どう取り繕っても、戦場だけが我が宿命。

生命を奪い、脅かす狂気の中こそが、我が魂の場所であった。

 

「まぁ、何だ。世帯でも持ったらどうだ?」

「……正気か?」

「至って真面目な話だよ、子供でも生まれりゃ変わるかもしれん。」

「お前のようにか。」

「…………そんな違う?」

「私から見たらな、自らの思うがままにならぬ世の全てに憤っていたような濁った瞳が……不思議と人の親になってからはマトモになったように感じる。心境は推し量れんが。」

 

きょとんとする友に事実を投げつける。

学生の時分は酷かった。

尤も私と位は近くとも、詰んだ土地、終わらぬ戦火、敬えぬ親と抱える悩みも大きい。

それが歪んで発露していたのが、当時の彼女だったのだろう。

 

「……だったらそうだな、話が早い。で、誰が本命?」

「何の話……おい、その下品なジェスチャーをやめろ。品がないぞ。」

「上品なフリはよせ、お前も私も生まれは貴族だが育ちは悪いだろ。」

「そうかもしれんが……本命も何もな。」

「お前は確かに馬鹿だけどよ、流石に気付いてるだろ?アンジェもリズもハルトも本気だぞ。それにクラウディア殿下だって随分とご執心と聞くが。」

「ラインハルトはともかく、殿下達は王族だ。相応しいお相手が……」

「馬鹿か、()()()()()。王家の貴い血を引いて、母方を辿りゃ遠い異国の血。濃くなりがちな青い血を薄めるには最高の存在だよお前は。単純な武力でも国にとって最早欠かすことの出来ぬ重役であり、身分上も重要な海岸を任されている。」

「……私にその気がないんだよ。」

「……だろうなぁ。ああ皆まで言わなくて良いぞ、私には分かっちまうからな。」

「そんなに分かりやすいか?」

「私を誰だと思ってる、ハルトよりもアンジェよりも、誰よりもお前を観察し、研究したという自負がある。そんだけ見てりゃ、心の内の内、裏の裏までお見通しってな。」

「裏の裏は表なんじゃないか?」

「クソ、正論で殴ってきやがった。マナー違反だぞ。」

 

ふざけた女である。

ラインハルト同様、正気と狂気が入り交じっていた。

 

「ふぅー……煙草煙草、人生を豊かにしてくれるな。」

「喫煙は、様々な疾病になる危険性を高め、あなたの健康寿命を短くするおそれがあります。」

「うるせえ優等生、お前も吸え。」

「煙いのが好きじゃないんだよ……」

 

吹かして少し短くなった吸いかけのタバコを捩じ込まれる。

拭き掃除をした後の雑巾を焚き火に放り込んだみたいな香りである。

それに甘いような辛いような奇妙な風味を伴って口内を蹂躙する。

むせた。

 

「ゲホッゲホッカホッ……不味い、最悪の気分だ。」

「ガキめ。」

「その草に依存しなきゃ生きてけないなら、ガキのがマシだ。」

「全く……学生の時分、初めて吸った時からこれだ。私の煙草を吐き出しやがって。」

「私の財布から抜いた金で買った、な。未だに良さは理解出来ん。」

 

懐かしい話である。

二人ともまだ見習いとして教育を受けていた頃。

だいたい師母と出会って暫くか。

長期の休みとなり、一度地元に帰る私の馬車に何故か紛れ込んでいた。

曰く、『アマツカゼには交易港があるんだろ、私にも見せろ』と。

だからといって馬車に忍び込むか?という所だが、彼女が抱える問題を承知していた私は断りの言葉を紡げなかった。

そんなある日、帝国からの輸入品。

この国では極わずかにしか流通せぬ煙出す草に彼女は魅了された。

半ば道連れに私も吸わされ、その後の明暗は見ての通りだ。

酒以上に身体への悪影響は強く、依存性は高い。

百害あって一利すらない、そんな嗜好品であるが……

 

「大人になりゃ分かる、辛い時、苦しい時。紫煙を曇らせなきゃやってらんない事もある。」

「私には分からん、歯を食いしばるのに精一杯だ。」

「誰もがお前のように強いわけじゃあない。食いしばる痛みすら、耐え難い事もあるんだよ。逃げ場としちゃ、悪かないだろう?」

 

耐え難い痛み。

嫌という程味わってきたそれを乗り越える為。

それが必要な者もいるのだ。

私など我が身に突き刺さるあらゆる辛苦困難は笑い飛ばしてしまうが。

離別の痛みと、残される苦しみはよくよく響くのだ。

愚かな私でも理解が出来た気がした。

 

「痛みを乗り越えて守りたいモノの為に、その為の草さ。」

「……それは領地か?」

「昔なら、そうだな。正直今は、どうでも良い。本音を言うなら国すらな。」

「そうか、聞かなかった事にする。」

「国も土地も、そこに生きる人の為のモノだ。私にとっちゃあの子が全てだよ。」

「奇遇だな、南の隣国の王が似たような事を言っていた。」

 

我ら貴族とは臣下なれど王なのだ。

ならばこそ、その考えが合致するのも不思議ではない。

だが遠く離れた南北の長が、同じように呟くのが少し面白く。

私は意を決して吸いかけの煙草を消費した。

 

苦く不味い紫煙の香りは、私が未だ稚児だからだろうか。




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