辺境伯は狙われている 作:彼岸花
いやほんとすいません……
「……………」
「……………」
気まずい。
そして何より、足が痛くなってきた。
慣れていたとしても石畳の上で長く正座などするモンじゃない。
「マサムネ、私は言ったよ。『コイツらを鍛え直してくれ』と。」
「……ああ。」
「お前がそれに尽力してくれたのには深く感謝する、してる……」
「……うむ。」
「だがな……」
ノレアの視線の先には私が教導した見習い騎士たち。
彼女らは皆一様に、生まれ変わったかのような風貌であった。
バルクアップした
カモシカを彷彿とさせるぶっとい
「コロス………バンゾクコロス……」
「テキドコ……?テキ……!」
「マルカジリ!クウ!!!」
「誰が彼処まで追い込めと言ったよ馬鹿野郎!」
「待てよ!?私が悪いのか!?」
地獄のグランマリスブートキャンプを生き延び、オークへと変貌した騎士達であった。
「誰も死んでないだろ!私は悪くない!」
「人として死んでるんだよ尊厳が!!!これだから人間のスケールを理解しない馬鹿は……」
しかし私のした事がそれほどおかしかった気はしないのだ。
やった事と言えば我々もしたグランマリス流の地獄の訓練である。
ひと月半でここまで豹変するジクリドの民にこそ驚くべきだろう。
我々はこれをおよそ三年もやらされたのである、当然皆とてつもなく強い。
超人体質を持ち得ぬリズベットでさえ雑兵を無手で八つ裂きに出来るのだ。
代償として各世代一人か二人は訓練で死ぬが大した問題ではない。
アマツカゼの軍隊教育では十人に一人が死ぬのでかなり良心的と言える。
「とはいえ頃合いか。よし、3日ほど休みを与える。」
「ヤスミ……?」
「……完全に知性を喪ってしまっている、これは酷い。」
どうしよう。
とりあえず一度全員力づくで休ませようそうしよう。
手頃な木剣を握り、だらりと構える。
半ば心神喪失の彼女らは状況を把握していない。
視線を見やり、一瞬で踏み込んで殴打。
次々に意識を刈り取っていく。
数人を叩きのめしたところでようやく襲撃を認知するが……まぁ遅い。
気付いても身体の応答が間に合わず、一分足らずで全員地に伏した。
「……悪かった、急ぎ過ぎたな。今は休め。」
「鬼畜かお前は……だが、今のは……」
「解説はしないぞ、下手に卿に技を見せるべきでないことは理解している。」
「なんだよ、ちょっとくらい良いだろ。仕方ねぇから自分で研究してやるがよ。」
やはり見せるべきではなかっただろうか。
ジクリド伯ノレア、彼女の最たる強み。
何やら派手な魔法を持つでも、秀でた武才があるでも、異様な膂力でもない。
一重にこの国で最も優れた眼を持つ事、その一点に尽きる。
単純な視力や動体視力のように測れるモノではなく。
なんというか、万物を『視る』事が出来るのだ。
技一つ一つ、放ち手の息遣い、視線、筋肉の動きから、その技に込められた意義まで。
彼女はそういったモノを『視る』事に秀でていた。
故に彼女に二度目の奇手は効果が薄い。
本人が徹底的に基礎を磨き、対策を練るタイプなのと合わさって堅く封殺してくる。
完全な初見殺しで打倒するか、私のように基礎スペックの暴力ですり潰すのが最適解となる。
戦場に於いては初見殺しは正義、初手で以て殺せばなんの問題もないからだが……
そこでまた、基本を練り上げたグランマリス騎士の強みが出る。
超人や獣憑きで無くとも、非常に粘り強く戦い抜く事が出来るのだ。
グランマリス兵の多くは剣盾のオーソドックスな戦法を主体とする。
騎士にもまた、その戦い方を愛する者は少なくないが。
防御を捨てた両手剣を好む者も相応に多い。
より確実な一撃必殺を狙いつつ、敵の苛烈な猛攻をその身で耐えるような戦いを是とするなら。
彼女の場合はそのどちらとも言い難い。
利き手に肉厚で少し短いブロードソード、一方で逆の手を無手にしている。
盾は持たず、戦闘ではその眼を存分に使い寸前で回避する。
どちらかというと、サンバルド騎士のような格好。
そして空に見える左は、それで実際何も持たぬことの方が少ない。
短剣であったり、ウォーピックであったり、鉤縄なんかの時もあったか。
正当で堅実な剣と予測困難な奇襲。双方を組み合わせた独特の戦闘である。
見た目奇妙だが、これで多くの北方の戦士を討ち取っている。
膂力では遥かに劣る常人の彼女がだ。
「なんだ?」
「……感心していた。一切の妥協なく、弛まぬ努力をするところは卿の美点だな。」
「私は弱いからよ、使える手段は何でもやらなきゃならん。騎士の誇りを欠いたと言う者もいるがね。」
「ハハハ、宮廷スズメ共か。」
確かに、アレは面白くないよな。
戦場に出た事も……どころか、剣すら握った事のないモヤシ共。
大抵は親から譲り受けた温い立場を胡座をかくか、算盤弾いて金で身分を買った者。
後者にはアマツカゼの稼業の都合、私と親交のある者も少なくないのだがな。
前者は大抵、我々の事をよく思っていない。
聡明なる女王陛下も頭を悩ませ、何か不手際があれば速やかに処罰する方針だが……
こういった者は得てして保身に余念が無い。
恐らくは裏でしている汚職なんかの尻尾はなかなか掴めぬ。
グランマリスは永らく戦争と共にある戦士の国。
同時に、巨大化した国家には戦うばかりの蛮族だけには治まらず。
千古不易の国にも、膿が溜まる時が来ているのだろう。
……小難しい事をガラでもなく思うが、かと言って私には何も出来ぬのだ。
「ああ、腹立つ。腹立つよなぁ。」
「ここで言っても仕方あるまい。」
「奴らは何も知らぬ、血を流さず、のうのうと安全な城下にふんぞり返っている。
我が領民が死んだ、母を喪い嘆く子がいて、死に絶えた土地は飢えを満たさぬ。
一体これがどれほど続く?十年?百年?いつまで我らだけがこのような苦痛を生きねばならん。」
「…………」
私は何も言えなかった。
私とて、自らの領地が実に富んでいる事くらいは把握している。
貿易に海産、山河を有し肥沃な土地。
東方の防人としての役割こそあれ、仮想敵たる遥か極東。
アマツカゼの起源たるそれが、直接介入してきた事は僅か。
同じく辺境伯としても、あまりに違う境遇。
慰めも同情も、彼女にとっては侮辱足りうるのかもしれない。
「国を挙げての戦いだと言うのに、死ぬのは私の民ばかりだ。」
「自らの土地の為、家族らの為に死力を尽くしたのだろう。」
「だとしてもだよ、私はもう……もう、うんざりしてるんだ。
私が死ぬのは、まぁ良い。元より覚悟は出来ている。だがあの子は……」
「皆同じように思って死地に赴き、死んでいった。ここはずっとな。」
「……時々思うんだよ。何もかも捨てて逃げ出してしまいたいって。
でもそれは出来ない、私には民が、娘がいる。忌まわしくもこの地に縛られている。」
「…………ああ、全く。」
顔を曇らせる友の後頭部を小突く。
小突く……力を入れすぎたな、派手によろけて目がチラチラしている。
綺麗に脳が揺れた時の症状だ、やり過ぎた。
「……馬鹿が……加減しろ……」
「私にとってはそれでも最小なんだよ。我慢しろ。」
「うおお……脳が震えてる……」
小刻みに微動する手で小物入れを弄り、煙草を取り出す。
着火に苦労しながら必死に紫煙を取り込もうとする様は正直滑稽で。
「ああ、思い出した。一週間酒断ちをした時のラインハルトだ。」
「あのアル中と一緒にしないで貰えるか?」
「ヤニ切れになったお前は対して変わらんよ………今は一先ず目の前の問題から解決しよう。
今度気晴らしには付き合うから、あんまり思い詰めるんじゃない。」
「…………プランは?」
「……ウチの城下を回るか……後はそうだな、殿下が汚職貴族の尻尾を掴んだから……」
「から?」
「……気分転換に辻斬りでもしに行くか?許可は出てるんだが。」
「……誰も彼もが殺戮で気分がノるわけじゃないんだぞお前。」
「なら良いか。」
「ん、やらないとは言ってない。」
それは良かった。
ノレアもまた、良き騎士である。
良き騎士というのは大抵、程度の差こそあれ血に狂っている。
私は強者との戦いを特に尊ぶが、弱者を蹂躙するのも嫌いではなかった。
「なるほど……」
独り言を呟き、山積みの資料を睨みつける。
ログマルムとの国境、故にジクリドが離反している可能性。
それが高まっているというのが此度の訪問の裏事情であった。
しかし、これだけ紙を睨み付けてもどうもそれらしい証拠はない。
歴代のジクリド伯の手記なども調べたが……
『1398年4月 我が娘は出来損ないだ!超人ですらなく、その上私に反抗的。忌まわしい事にこの身体は半ば石女のようで、私に新たな子を望むべくはない。ああ嘆かわしい……聞くところによるとあのアマツカゼの倅は超人を超えた超人、天性の剛体を持つとか、あれが欲しい。出来損ないでもあの落胤を掠め取るくらいは出来ないだろうか。幸い、歳は近い。全ては護国の為に』
「十年前……先代ジクリド伯か。マサムネを狙って……いや、この言い方は語弊があるな。なるほどなるほど、確かにあの馬鹿みたいな身体能力。それ一つ取っても欲しがる者は多かろうな。」
尤も、私のモノである。
今はまだ違うかもしれないが、いずれそうなる筈なのだ。
だって長女だし?次期女王だし?
着眼点は悪くないが……単純な色仕掛けが通じるようなら、アレは未だ清い身でもないだろう。
色を好むタイプならなぁ、もう四、五人は産んでるのになぁ……
とはいえ、そう言った融通の効かない硬いところも私は好きだ。
奴のあらゆる全てをどうしようもなく愛しているから、何ともし難い。
『1402年9月 クソ!クソ!クソ!!!娘が身篭っていた!無能なりに務めを果たしたのかと思えば何でも胤は行きずりの男娼だという!信じられん! 出来損ないと淫売の間の子など、性能に期待出来たモノではない!この身体ももう限界だ、とにかく時間がない。』
「これは……ああそうか、ノレアが急に妊娠したとか言い出したのはこの頃か。それにしても性能とはな。」
子に対して使う言葉ではないのは確かだ。
優秀であれば、才覚を持てばそれは尊ばれこそすれ。
それだけで子を愛せぬモノだろうか?
私は生まれてすぐ、王家の血たる治癒の魔法を持たぬ事が知れた。
しかしながら、その事で父母から愛されなかった事などない。
妹らも扱いはぞんざいだが姉妹として持つべき情はある。
普通そうあるものだろう。
多分だが私も、自らの子が魔法を持つか持たぬか。超人か否かなど気にはしないだろう。
個人的には黒髪翠眼というのは私結構好みなのでとても良い。
普通に金髪翠眼の幼き自らのような娘というのも捨てがたいし……
アマツカゼの民のような黒目が遺伝しないとも限らぬ。
実際マサムネは翠と黒が織り交ざったような深く濡れたような瞳をしているし。
このようにまだ見ぬ未来に夢が広がるのだ。
やはり私には理解出来そうにない。
「……しまった、雑念が一度入ると私はいつもこうなるな。」
誰に責められるでもないが、今動けるのは私だけなのだ。
さっさと正気に戻って調査を急がねばならない。
気になるのは、この身体『も』という表現。
そして時折出てくる『護国』という単語。
並々ならぬ、異様な執念を感じる。
直感に過ぎないが、私のカンは当たるらしいからな。
この違和感に意味はあるはずだ。
リズベットやノレアは普通の人間。
普通の人間だけどそこら辺の兵卒を素手でバラバラにするくらいはワケない。