辺境伯は狙われている   作:彼岸花

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投稿遅過ぎ、泣いた。


透化する悪意

「止めだ止め、こっちの身体が持たん」

「私は別に、幾らでも付き合うが。」

「こっちの身体が持たん。刃引きや木剣でも骨は折れるし打撲は痛むんだぞ。」

「その程度なら私は即座に治るから分からんのだよな……」

「嫌味か化け物め。」

 

超人体質というのは単に膂力に秀でているだけではない。

内臓機能や、再生能力もまた、人を超えているから超人なのだ。

流石にアンジェ殿下のように砕けた骨が数秒で治り、一合打ち合った刀傷が二振り目までの刹那に止血され、三度目には塞がっている。という程極端ではないにせよ。

私やテレジアのような獣憑きならその治癒能力も特に高い。

あらゆる面で戦いに特化した生き物として自身を作り替えているのだ。

 

「次は記念すべき1000敗目だぞ、よく考えておけよ。」

「……やっぱしお前、結構大概に良い性格してるよな?」

「私をなんだと思ってるんだ……育ちは悪いと言ったのもお前だぞ。」

「どうしてこうなったかね……ラインハルトが教育に悪かったか?」

「それは別に……いや……うーん…………なくはない気もするが……」

 

奴はロクデナシなので仕方ない。

アイツ本当、妹に悪い遊び教えようとするの止めて欲しいんだよな……

見かけた時は私がシメているが、この間は師母に止められてたとか。

賭場に妹を同伴させようとしたところで峰打ちされたらしい。

師母の全力の打ち込みでも悶絶するだけなのは流石と言うべきだろうが……

 

「勝負の内容は問わないのだから、確実に私に勝てる奴にすれば良かろう。」

「それじゃ面白くないだろうが!」

 

あくまで対等な条件でやりたいと、うーむ……

 

「ん……いたいた。」

「殿下、調べ物の進捗は?」

「ああ、丁度その事でお前たちを探しててな……」

「……ノレアはともかく、私が役に立つとは思えませんが。」

「それはそう……まぁちと手が足りないんでな、手伝え。」

「訓練も一段落……サンバルドに続き、私はこういう役回りばかりしてる気がする。」

「私たちは何だかんだ真面目に指導受けてないしな……お前が適任だ。」

 

マサムネ・アマツカゼという男は実に真面目で硬い人物である。

場の空気に合わせて巫山戯る側に回ることこそあれ、基本的には窘める方で。

問題ばかりの当時の騎士見習い共の中で、教導側……無論戦技に限った話であるが。

其方に立つ資格を与えられたのは彼だけだった。

 

座学も苦手ではあったが、真面目にはやっていたので……

授業中は九割寝ていて起床時にはセクハラに勤しむリズベット(なお、成績は首位である)、当たり前のように講義の中で飲酒をし、大体酒乱のラインハルト(未成年)、そのラインハルトと明け方まで飲み明かしてマサムネの後頭部に盛大に吐き散らした後、煙草を教本に引火させて火事騒ぎを起こしたノレア(未成年)

このように、最悪の同期どもと比べたらずっとマトモである。

 

「……結果として座学二位、戦技二位、その他考慮して最優秀生徒は殿下だったか?」

「体裁として王女の私を優遇してはいたと思うけどな……」

「それを加味しなくても酷過ぎる……マトモに受ける気くらい見せるべきだろう。」

 

 

三人はアンジェが滞在する客間……大量の資料が雑多に散らかる凄惨な現場に辿り着く。

数十……あるいは百年は超えていようか。

比較的新しい植物紙から、虫食いと焼けで文面すら定かでない羊皮紙まで。

ジクリド領のあらゆる歴史を記した資料を片っ端からひっくり返した形跡である。

 

「あー……なるほど……アレですか、私は片付けてけば宜しい?」

「悪いが頼む。」

「……了解。」

「マサムネはこう、良い感じに纏めて持ってきてくれるか。」

「ふむ………………………文字が多くてよく分かりませぬな。」

 

マサムネは馬鹿である。

騎士として識字が出来ぬという訳はないのだが。

それはそれとして長々とした長文は本当にダメであった。

 

手に持った紙面を数秒眺め……頭から煙を吹いて放棄。

頭脳労働は他人に丸投げする事を決め込んだ。

 

「一応領主だろうにお前……妹に丸投げし過ぎじゃないか?」

「私はあくまで代理だよ、家を継ぐのはやはり長女であるべきだ。」

「きょうびそこに拘らなくても良いとは思うけどなぁ……」

 

男領主というのは珍しいがなくはない。

戦争や災害、病などで妻に先立たれた未亡人の夫が領地を引き継ぐような例。

戦乱治まらぬグランマリスでは現在でも数例。

…………マサムネの父がそうであったように。

 

「……気まずいような顔をするな、良いさ。」

「……悪い、顔に出てたか。」

「気にするなと言ったろう。父はまぁ、元々王子だからな。私より遥かに頭が回った。」

 

母を亡くしたのが十二年前。

その後、騎士を志した私の負担にならぬよう父は身を砕いてくれた。

二年間男手一つで領地の運営と二児を育て、そして流行り病で死んだ。

 

死に目には会えなかった。

流行り病、即ち伝染する病である。

比較的遠方の辺境たる我が領地では、感染した者は多くなく……

その殆どが王都と領地を行き来する商人であった。

彼女らは皆、王都で自らを隔離し……そのまま故郷の地を踏めず死んだ者も多い。

王都では死者が山積みし、葬儀を出す聖職者すら病に倒れ……

……そんな中、都と領地を出入りせざるを得なかった父もまた病に罹ってしまった。

 

聡明な人だった。

距離もあるが極東譲りの文化故、火葬が主流のアマツカゼでは病は流行らず。

旧くから土葬を主とする王都周辺では夥しい感染者が発生して。

父は一人、誰よりも早くその性質に勘づいたのだという。

 

『この病は死体を媒介として広まる』。

 

父は即座に姉王に進言。

国に根付く教え……死後の復活を信じる宗教からの激しい弾圧を承知の上で、父は病死者の遺体を焼く事を姉王に進言。渋る姉にその重要性と決意を伝えている最中のことだった。

 

 

 

「領主の仕事、病の研究。多忙を極めているにも関わらず私達に姿を見せぬ日はなかった。」

「何度か聞いたが……良き父だったんだな。」

「……妹は聡明で、父の良いところを上手く継いでいる。私はどちらかと言うと母よりだ。」

 

尤も、その母もこのような異様な体躯の持ち主ではないのだが。

私の身体は天性の異形である。

 

「まぁつまり、私には無理だよ。何事も向き不向きというのがある。」

「そうか?私でも一応何とか……なってるかは微妙だが、何とかなってるぞ?」

「ラインハルトよりはマシだろうな。」

「魚が丘に国を作るような不条理だぞそりゃ。」

 

アレの一族は安定して運営するとか絶対無理だろう。

使いもしない武器の収集、賭博、酒!

この世のありとあらゆる娯楽への欲望が人の形を成した生き物である。

 

「それはそうと、本当に多いな……」

「ジクリド家の資料を片っ端から引き出して貰った。永らくログマルムと戦ってきた先人の知恵が、なんかしら役に立つと思わないか?」

「正直私には何とも、立ち塞がる障害全てを打ち砕くのみが存在意義なれば。」

「貸してみろ、私が……うお、私の御先祖字汚過ぎ……」

「経年劣化だろ……そこまで酷くはない筈だが……」

 

サラサラと滑らかに紙に何かを纏める。

一方の我々(バカ二人)は足りない頭にたどたどしい解説を加え、何とか整理していく。

 

「これは……随分古いな。」

「……百年は前ってとこか?その頃といや、確か一番酷く侵攻された頃合だろ?」

「私に聞くなよ。多分アマツカゼ領はまだ編入されておらん。」

「そうか……どういった内容なんだ?」

「北壁さえ突破されかけた絶望的な戦線を押し返したと。これ自体は有名な話だがな。」

 

北壁をか……

正直言って現実味がないんだよな。

私を含め、当代のグランマリス軍は史上最強である。

それこそ国の起り、始祖マリスが配下の豪傑には及ばぬやも知れぬが。

少なくとも、神話にあらぬ歴史の中では強いと言える。

 

先代の時分に北壁まで押し込まれた戦線を、数年で今の国境まで覆した。

それは間違いなくリズベットらの高い作戦立案能力によるものもあるが……

圧倒的な地力の差というのが確実にある。

少なくとも先代までは常に不利を背負っていたのに対し、お互い平押しの前提ならば戦線が拮抗する。

雑兵の質の差は数で補い、勝負を決めるのはそれを率いる個々人の武。

となればあの狼王(バケモノ)が出てこなきゃこちらが微有利といえる。

 

「マサムネ、こっちに持ってきてくれるか?」

「承知。」

「私は少し外すぞ、気になることがある。」

 

はてさて頭脳労働は性に合わぬ。

運び屋として無心で黙々と作業するのみだ。

 

「こちらは?」

「ん、その辺に置いておけ。」

「了解……しかし凄まじいですな、私など、この山を見ただけで脳が崩れそうですが。」

「そんなにか……ああ、少し待て。」

 

早々に逃げ出そうとする私を手招きして呼び止める。

何用だろうか?絶対役に立てないのだが。

 

「……………脱げ。」

「……………はい?」

「脱げと言ったのだ。」

「…………殿下、疲れてます?」

 

おかしくなってしまった。

いや元からか?おいたわしや……などと思いつつ鎧をガチャリと外す。

いつも着ているような頑強で堅牢な鎧ではない。

訓練などに使う簡易なモノで、私の体躯でも合わせられる装甲。

尤も私自身、訓練生の木剣など何ら響かないのだが……

打った側の手応えというのもあるし、見た目というのもある。

実際に鎧を着た相手の何処を打つか打たざるか……それもまた経験なのだ。

 

「全部脱げ。」

「疲れてますね。」

「やかましい、さっさと抱かせろ!」

 

たまにある。

湧き上がる情欲が抑えきれぬ年頃だったから、こういう風になった事もあった。

相当ストレスが溜まってる時である。

それにしてもこれはひどい。

陛下が見たら泣くんじゃなかろうか。

 

やれやれ……

 

私は首を振り、何知らぬ顔で回し蹴りを叩き込んだ。

凄まじいインパクトを腕をクロスして防いだアンジェはそれを余裕もって防ぎ、私を睨む。

 

「何のつもりだ。」

「くだらない演技は止めろ。()()?殿下は何処だ?」

「何を言っている、見ての通りそれは私が……」

「馬鹿が。殿下は両利きだ、武器や食器は右で持つが……ペンだけは左を使う。」

「……なるほど、よく見てるらしい。」

 

目的は不明だが、眼前の敵はアンジェの姿をしている。

その声も、何もかもがアンジェそのもので。

確証を得るのに暫く泳がせてみたが、正直見れば見るほど疑念が薄れてきてた。

私としても賭けの部分があったが、結果良し。

 

「何処も何も、嘘は言ってない。私はお前が敬愛する王女殿下そのものよ。」

「……どういう事だ?」

「身体は、と言えば鈍いお前にも分かるか?」

「………なるほど、貴殿が誰であれ何者かが身体を奪っている。そういう事だろうか?」

「そうだ、しかし騎士たるお前に果たしてこの身体を……」

 

話が早い。

ぶん殴って追い出すのだ。

出来るかは知らんがそうしようすぐやろう。

アンジェの回復能力は人外のそれである。

多少ボコボコにしたところで大した問題ではない。

身体はともかく、極限の苦痛を与えてやれば泣き喚きながら出てくるだろう。

 

身体をずしりと沈め、肩から突撃。

500kgを優に超える質量で轢き潰すショルダータックル。

結局のところ私は下手な技術より膂力で潰す方が合ってるのだろう。

猛牛の突進が如き激震を辛うじて交わしたアンジェ(?)は心底困惑したように此方を見る。

 

「少しは躊躇いというのがないのか貴様は!」

「我らグランマリスの騎士、互いに半殺しにしながら鍛え上げてきた生粋の武人よ。アンジェ殿下の身体は特別だ、多少傷付けたところで即死でなくはたちどころに癒える。だからお前の精神を折ることにする。」

「そうか、しかし私とてジクリドの………」

 

刹那、アンジェの顔が硬直する。

何か見落としていないか?

対峙する男の言葉に、違和感を。

 

疑念が連なり、その答えを導く瞬間僅かに宙に浮く。

強靭な荒縄で首を絞め上げられ、空に引かれて。

何も見えぬ、しかし確実にそこにある。

怪現象にアンジェには一つ心当たりがあった。

 

「なるほど、生きてたか母上。死に損ないめ。」

「それなら貴様は出来損ないだろうが!!!」

 

『透化』

ノレアが持つ、彼女だけの魔法性質。

それはジクリドに伝わるでもなく、今のところ娘にも継がれぬ突然変異。

触れた物を不可視にする、ただそれだけの。

地味で、単純で、実に効果的な奇手。

 

密かに室外から上に回った後、首に縄を掛けて飛び降り、梁を支点に巨女を吊り上げ、首を絞める。

 

「クソが、重い!!!マサムネ!」

 

100キロを超えるアンジェの体重。

一般的な体躯のノレアでは爪先が着く程度引き上げるので精一杯。

 

「応!!!」

 

私は即座にかけより、渾身の力を拳に込める。

敵は吊られた首を外そうと両手で必死に縄を掴んでいる。

無防備。

 

「許せ、友よ。」

 

全身の筋肉を連動させ、全てを腕に収束。

天まで打ち上げんばかりのアッパーにて土手っ腹をぶち抜いた。

 

「グゲォ!?!?!?」

 

およそ人の声帯から聞こえて良いとは思えぬ音と共にアンジェの巨体は打ち上がり、屋根の一部を突き破って外へ。

咄嗟に縄を離したノレアは飛びこそしなかったものの着地に失敗して身体を強かに打つ。

 

「痛っつ………」

「大丈夫か?」

「大したことはない……とはいえ殿下の方がヤバいだろ、どんなパワーだよ……」

 

問題ない、アンジェの身体強度はよく知っている。

アレだけ強打でも恐らく数分のたうち回ったら動けるようになる筈だ。

しかしそれは、彼女の強固な精神ありき。

 

「とりあえず、捕まえにいくぞ。」

「死んでなきゃ良いけどな……全く。」

 

 

 




本人のいないところで無限に株の下がる女、ラインハルト。
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