辺境伯は狙われている   作:彼岸花

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ちびちびと書き連ねるヒガンバナ科。


二つの辺境領

なるほど、なるほど。

アンジェは一人得心する。

奇妙な違和感、それが解けていく感覚。

 

百年以上の時が過ぎ、幾度も代替わりしたハズのジクリド伯。

しかして、六代前からのこれら資料は皆似通っているのだ。

 

筆跡。

囁かなモノだ、しかし染み付いたクセは意識せど直し難い。

百人いれば百通り、全く同じとは決してならぬ軌跡。

王女たるアンジェはそれを鑑定し得る能力を持ち合わせていた。

 

文字と文字の連なり、筆圧、言葉使い。

そういった奇妙な一致による違和感。

導き出される結論は……

 

「歴代のジクリド伯は同一人物という事か?」

 

しかし代々、位というのは世襲されるモノであって。

この理屈では先代らジクリド伯は自らの娘であり、母であるという事になる。

意味のわからない状態だ。

 

おぞましく、果てなく奇怪。

何がそこまで彼女の魂を縛り付けるのか。

 

「『護国』、か。」

 

彼女らの……否、()()が書き残した手記。

そこに幾度も出てくる単語。

狂気に呑まれた中に残した最後の人間性。

今から百年以上も昔だろうか。

 

曾祖母のさらに祖母らの時代。

千年戦争などと比喩される北方は、まさに地獄であった。

それは建国神話の頃や、今とはまるで違う暗黒期。

超人無き戦争が、グランマリスに齎されていた。

 

騎士の子は騎士であるように。

超人体質は遺伝し、時に変質して先鋭化する。

しかし人の常か。

全てが全て子に、子孫に伝わる訳ではないのだ。

我ら三姉妹でも、単純な膂力に絶対的な差があるように。

 

グランマリスが最も弱小であった時。

東方にアマツカゼを有するよりも前の時代。

戦場を覇する超人が生まれなかった。

時折騎士や諸侯から、少しばかりの強者が生まれ。

皆成人の前後には戦場で死ぬ。

そのような時代が確かに。

そして苦境の中、辛うじて押しとどめた女がいた。

女は伝説の竜狩りにして初代ジクリド伯、ジークリンドを名乗り。

押し込まれていた戦線を決死で撃退。

一度は奪われた北壁を奪還する快挙を果たす。

 

絶対的な強さとカリスマ性、彼女はグランマリス随一の英傑だったろう。

そのままであったならば、だが。

救国の英雄は程なくして狂気に呑まれた。

突如国に反旗を翻し、国盗り戦の凶行に及ぶ。

弱体化していたグランマリスにとっては一貴族の離反すら致命的であり……

国家の窮乏というところで雇われであったアマツカゼに討たれた。

 

主君への反逆、取り潰しの上一族斬首が妥当な罪。

グランマリスに齎した武功を加味し本人のみの処刑で手打ちとなった。

甘い罰と罵る者もいたが、北の守りに最早ジクリドはかかせぬ存在だったから。

 

しかしてその悪名まて潰えた訳ではない。

反逆者の子孫、その謗りはジクリドについて回り。

痩せた土地、終わらぬ戦乱に苦しむかの地への目は厳しく。

唯一辺境領を与えられたアマツカゼだけがそれを気にかけていた。

特に当代になってからの厚遇ぶりは目覚しく、アマツカゼはそれに返礼を求るでもなく支援を続けた。

アマツカゼの支えなくば領地を自立せしめる事すら困難な程、ジクリドは弱り切っている。

 

現代に至るまで多くの遺恨を残したジークリンド。

『軟弱たる王家から国を護る為、脆弱たる余所者(極東人)から国を護る為!!!

我は正義を誅したまで、護国を理解せぬ愚か者共に呪いあれ!我が首を落とす者に災いあれ!』

 

絶叫しながらに首を撥ねられた。

そう伝え聞く。

つまり、確実に絶命している筈なのだ。

そもそも実年齢なら百を優に超えているし。

 

カツン……カツン……

誰が出歩くかという深夜、廊下から足音が響く。

私は咄嗟にメイスを構え、扉を睨み付けた。

 

マサムネの太刀のような魔法の武器でもなきゃ、代々の業物でもない。

特注で拵えた両手サイズの……それを片手槌に加工したゲテモノである。

ただただ無骨なこの得物は、数百という敵の血肉と臓物を啜ってきた相棒。

単純であるほど戦場では間違いないのだ。

 

「……何してるんです殿下?」

「……ノレアか、悪い。気が立っていてな。」

「夜更かしするからでは……?油も勿体ないし、そろそろお休みの方が宜しいかと。」

「うむ、そうだな……」

 

……少しばかり賭けにはなるが。

 

「……一つ問うて良いか?」

「何でしょう?」

「お前から見て、母は。先ジクリドとはどのような人物であった?」

「…………何故今?」

「悪いな……お前が親と折り合いが悪かったというのは聞き及んでいる。」

 

何だかんだ私は妹や父母とそれなりな関係であると考えている。

少々扱いが雑である気はするが、それでも親の愛情というのを疑った事はない。

それが、普通の筈だからだ。

ましてやジクリド伯は石女であり。

歳食ってから漸く生まれた一人娘……家の後継である。

私のように後継の第一候補とてスペアの居る……

替えの効く存在ではないはずで。

それにも関わらず、先ジクリド伯とノレアの確執は根深いと聞く。

 

「まぁ……一言で言えばカスですね。」

「そんなに。」

「どこまでいっても護国と。国を護る事にしか興味がなく。私に求めたのもジクリド領の後継というよりは更なる後継者を産む器くらいにしか見てなかったと思います。私が超人でないのを相当恨んでいたようで。」

 

貴族がその尊い血で魔法を紡いでいくように。

超人体質というのも、多くの場合親から子へ、子から孫へ遺伝する。

平民と比べて何故青き血は強いのか、と問われれば何より血筋である。

無論平民上がりの突然変異……アマツカゼ領などには特に多いが。

在野の超人というのもいるにはいる。

しかし、貴族の血というのは交配を繰り返した結晶なのだ。

近過ぎる血で弱化せぬよう、しかし薄まり過ぎぬよう。

何世代も何世代も繰り返し繰り返してきた血統交配の末なのだ。

強い馬を掛け合わせて更に強い仔を望むように。

ゲーム感覚で織り合わせる血の賜物である。

 

例え話になるが。私とマサムネの間に子が生まれた場合、それは間違いなく超人体質を継ぐ。

無論我ら姉妹でリズベットが常人であるように、確率でそうならぬ事もあるが。

大半はそれを継ぐし、父母共に化け物じみた強者なので大方子も化け物である。

先ジクリドはそれを狙ったのだ。

毎世代、毎世代。少しづつ良家の胤を取り込み、少しづつ血を濃くした。

そして当代のノレアは只人として生まれ___誰とも知らぬ男と子を成した。

奇しくもノレアの奇行が、先ジクリドの野望を根本から挫いた形となる。

 

「………そうか、なるほど。戦死だったか?」

「はい。骸は私が発見し、王命の通り焼きました……しかし。」

「ふむ、続けろ。」

「妙な違和感を覚えるのです。私がそうであるように、母は実に生き汚い戦い方を得意としました。敵の武器を奪い、時に死体の山に紛れて敵将を不意打つことさえありました。そんな母が雑兵が如く、路端で死ぬことがどうも腑に落ちぬのです。我が母の目的は最終的には娘を……スレアの身体を奪うことが目的だった筈。」

「身体を?」

「『姿奪い』、それが本来ジクリドに隠された秘奥。私には齎されず母の代で潰えた悪しき邪法。」

 

姿奪いというジクリドの秘技を知り、頭脳の中で点と点が結びつく。

 

「生きてるぞ。」

「はい?」

「どういう形か分からぬが、間違いなく生き延びてやがる。」

 

百年来の恩讐が、容易く犬死?

有り得ぬ、絶対に有り得ない。

ジクリドが抱える暗部を遅ればせながら知ることが出来た。

寧ろこれは好機___

北の要所たるジクリドの不安を除き、地盤を確固とする。

幸いこの場にはグランマリス随一とそれに次ぐ暴が存在する。

大抵のことならひっくり返してやれるだろう。

 

そう考えて振り返り……以降の記憶はない。

失敗した__などと後悔する間もなく。

再度気がついた時には敵意剥き出しのマサムネとノレア。

そして骨という骨が砕け散り、全身余すことなく激痛。

間もなくして突如マサムネ達が打ち合いを始めた。

何の何の何!?

 

頭がおかしくなりそうである。

何より、打ち合いである。

ノレアは確かに優れた騎士だ、それは疑いようもない。

しかし、マサムネ・アマツカゼには及ばぬ。及ぶはずもない。

超人を超えた超人、人の姿をした暴虐の化身。

ともすれば膂力一つで狼の王すら擦傷し得る最強の騎士。

それと打ち合っているのだ。対等に。

有り得ぬ、有り得るはずがない。

 

一合打てば跡形もなく敵が吹き飛ぶ。

私をして諸手に渾身の力を込めて漸くマサムネの片手と鍔迫り合うが限度である。

だがどう見ても二人は対等に打ち合っていて、手を抜いている様子もない。

マサムネは刃のない峰でこそあるが、少なくともそこに手心は期待すべくもない。

 

加勢すべきと理解していても、不甲斐ないこの身体が言うことを聞かぬ。

肩も、腕も一様に砕けていては未だ動けん。

早くてあと2、3分は。もどかしく回復に努めるしかなかった。

 

 


 

___全く嫌になる。

 

ノレアという騎士と自分を隔てていたのは圧倒的な膂力、その影響が強い。

私は自らの獣性を引き剥がされ、それを宿したかの騎士はこうも強い。

 

短いブロードソードと大太刀の差から、打ち合いはやや優勢だが膂力に大差はない。

そして長すぎる刀身故に懐に入られれば対処が遅れる。

振り下ろした太刀を滑るように受け流され、その勢いまま一閃。

辛うじて上体を逸らして胸を掠めただけに留まったが、更に左のダガーで刺突。

此方は躱せぬ。腹筋に力を込めて受け止め、筋肉で防いでいる間に軌道を逸らして深手は回避。

退きながら柄で殴りつけたのも余裕をもって回避される。

リーチの短さを片手操法の飛び込みで補い、逆手に武器を秘して常に択を迫る。

幾度となく見て、幾度となく共に磨いた彼女の剣である。

 

出血は軽く、なれど既に無視出来ぬほどの手傷を負っている。

このまま戦っていても大方千日手、じわじわと血を流して気が遠のき……といったとこか。

思考を簡略化してクリアにすべく、一度雑念を振り払って瞬き一つ。

影が二つ伸び、明滅した視界が晴れれば対峙していた筈の騎士は消失する。

 

見失った、見当もつかない。

刃が空を切る音に直感。アンジェが息を飲む、その響き。

一瞬の硬直から弾けるように身体は自然と最良の動きを取る。

衝撃の後ガリリと刃が擦れ合う音を聞いて初めて、私は身体の舵を取り戻す。

 

「……学習の早い奴だな!」

「…………!」

 

(またたき)

師母より授けられた極東剣術が技の一つ。

人間の避け得ぬ反応……緊張した戦場でも、瞳の瞬きを耐える事は出来ぬ。

どう足掻いても一分に十数回……平時なら数十も人は視界を失う。

張り詰めた意識の隙、一瞬にして視界から外れ奇襲する技。

 

たった一度見せただけ、一度だけである。

一度で不完全ながらも学習し、既に実用に足る扱いを見出している。

超人体質こそあらずとも、彼女は正しく天才であった。

かつてグランマリス最強と謳われたジークリンデの血は確かに生きている。

 

そして確信に至る。

 

「……つまらん演技は止めろ、私が気付かぬと思ったか?」

「…………」

「我が内々に巣食う鬼は宿主の欲求と狂気を促す。切れど斬れどまるで足りぬ、幾百幾千の屍の山を築いて尚、剣に焦がれ続ける程に。生半可な心では耐え切れぬ、自ら血を流す事さえ億劫となった老婆では、とてもとても……」

 

剛健なる我が心身をして、戦場では呑まれる程の狂気。

全盛ならともかく遙か昔の栄誉に縋る弱者では到底御する事能わず。

 

「それに、瞬を見せたのはお前だけだ。何らかの方法で記憶を読み取るなどしたようが、容易く真似出来るような技じゃない。これが私の考えだが、どうだ?」

「……流石、貴公はここぞという時だけは頭が冴えるなァ。」

 

おお当たってた。実の所割と勘だったので違ったらどうしようかと。

 

「それだけ喋れるならもうやめにして欲しいんだが。」

「……悪い、どうやっても止まれそうにない。振るえば振るう程、斬り足りぬ。正直今この瞬間にもお前たちを斬り殺したくて仕方ない。そりゃお前は強いよな、こんな衝動に当てられてんなら……」

 

会話を交わす間にもお互いの武器を叩き付け、壊し合う。

ノレアの理性は半ば獣性に呑まれている。

狂おしく甘美な殺意と狂気に苛まれ、正気を喪っているのだろう。

 

「それによ。」

「何だ。」

「こうでもなきゃ、お前本気出さないだろ?」

「……………」

「今確信したよ。私は張り合ってるつもりだったがお前は……まるで相手にしてなかったんだと。

だが、今は違うぞ。私は敵だ、お前を殺そうとしてるし……その後は、多分アンジェも斬るぞ。」

「………………分かった。」

 

お前が望むなら応えよう。

出来ることなら傷付けずに止めようなどという考え。

傲慢、不遜、思い上がりも甚だしいな。

 

刀身を翻し、刃を向ける。

刹那表裏化するのは圧倒的な殺傷力。

 

「誓って手を抜いた事はない。この刃は国を護る為に。遍く敵を殲滅する為だけに振るわれる。

だがしかし、貴公が敵だと。グランマリスを脅かす脅威だと言うのなら____」

「そう言った筈だ。なぁ?」

「悪い、無粋だった。……じゃ、やるか。」

「ああ。」

 

幾度となく繰り返して、いつもと同じように。

二人の騎士は相対する。

 

 

 




アマツカゼ家、百年ちょっとの新興貴族。
ただ例外なく馬鹿みたいに強い。修羅の血。
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