辺境伯は狙われている 作:彼岸花
「オラッ起きろ!デートに行くぞ!」
「朝から騒がしいな……」
日の出から間もなくしてラインハルトが館の門を叩いていた。
門番には摘み出して良いと言ってあるのだがな。
「殿下達とだけ楽しみやがって、私には何もなしか!?」
「お前とは飲みに行ったろ……というか金返せよ。」
「そんな些細な事はどうでも良い!ほらさっさと支度しろ!」
強引な奴である、というかここにいるということは大分長らく休みを取ったのだろうか。
「暫く休みが取れたのか?城務めなら忙しいだろうに。」
「そこはまぁ何か上手くやったんだよ、二泊したら一晩で帰るけどな。」
「無茶をするな……」
「お前の馬は数時間で踏破するだろうが、私の馬もそれなりに駆け慣れているさ。」
雑談をしながら手早く着替える。
公務ではないとはいえ、領民にだらしない姿を見せる訳にはいかない。
小袖に羽織を纏い、しっかりと大小揃えて帯刀もする。
「大太刀まで持ってくのか、真面目だなぁ。」
「何があるか分からんからな、恥ずかしながらアマツカゼ領の治安は良いとは言い難い。
海側だと尚更にな。いつ海賊が出るか分からない、それでも貿易や漁業はせねばならない。」
「残念な事に我が国の海岸線は全部辺境領だからな、こんな広い領地を良く管理してるよ。」
使用人達に声を掛けてから港へと歩く。
歩いて十数分の距離だが、その間でも既に動き出す街の気配がする。
漁師や商人の朝は早い、故にこの街の朝も早くなる。
太陽が全身を出す頃には殆どの漁船が沖に出ているし、商船の積み下ろしは終わっている。
忙しい漁師らに合わせて飲食店なども早く開くから……というわけだ。
「上手くやった、とは言うが良く来れたな。戦後処理なんかで忙しいだろうに。」
「誰かと違ってメリハリつけんのが上手いんだよ私は。お前は肩肘張り過ぎ。」
「サボり癖と正しく発言すべきだと思わないか?」
「まぁ少し殿下とは揉めたが。何とか黙らせてきたよ。」
「近衛兵だろお前は……それで良いのか。」
ラインハルトは平然と守護すべき主君を殴り飛ばす女である。
確かに我々の場合、主君と配下というよりかは友人のようなところがあるが。
もう12年なので半生以上の付き合いになる。
「最後には理解を示してくれたよ。」
「それなら良いのだが、無理はするなよ。」
「私には一番無縁な言葉だな。」
尚、実際にはとても王家の者が口走って良いレベルではない発言が飛び交い、この世に有らん限りの罵詈雑言を吐き散らしながらの壮絶な死闘となっていたのだがそれをマサムネは知らない。
この世には知らない方が良い事もあるのだ。
「主従以上に、私たちには切れない絆があるのさ。そうだろ?」
「……否定はしない。」
「何せアンジェ、クラウディア、そして私とお前。杯を交わした
「ルビがおかしくないか?」
「気のせいだろ。」
通りががる領民達に頭を下げられ……その度に窘めて辞めさせる。
忙しい朝に一々立ち止まる必要などないのだ。
朝は早く、昼過ぎには漁師達は仕事を終える。
日没には商人らも店を畳み、後は仕事終わりの彼らを酒が迎える。
王都と比べてあまりに忙しないこの街を、マサムネは愛していた。
「領主様!それと……」
「そう畏まらなくて良い、未来の辺境伯夫人だ。長い付き合いに……ブゲッ!?」
「すいません、手が滑りました。」
ラインハルトがそう言いかけた所で端正な顔にフライパンがめり込む。
想定外の一撃で転がり悶える彼女を侮蔑するような目で食堂の女将は見下す。
いい所に入った、あれは痛いな……
「おい絶対今の事故じゃないぞ!おかしいだろ!」
「貴公の運が悪かっただけだろ……」
「後々私と確執が出来たら面倒になるぞ!」
そう呟いたラインハルトを通りすがりの大工が金槌で殴り飛ばす。
「失礼!急いでるもので!」
材木を担いだ大工らはそのまま走り去った。
立ち上がろうとしていたところを後頭部から強かに殴られたラインハルトは再び地面と同化する。
「今日はツイてないな、卿。」
「……最低でも未必の故意だ。本当にここの領民は頭がおかしい。」
「まぁ、王都の民と違って自立思想というか……国への帰属意識が低いのは事実だ。」
王都までは遠く、西方以外は山に囲まれている辺境伯領。
故にかグランマリス国の一部という認識が領民には薄い。
あくまで辺境伯の領民であり、領主が国に従うが故。といった忠誠である。
「実際、王女殿下にも容赦ないからな。」
「辺境伯領に叛意ありって陛下に報告して良いか?」
「ハハハ、それなら私は貴公を帰すわけにはいかなくなるよ。」
「ほう、熱烈なお誘いだな。良いのだぞ、その気なら私は帰らずとも……」
「あ、失礼。」
「グギャァアアアァァ!?」
ラインハルトの顔面に熱々の餡掛け焼きそばが叩き込まれる!
約1m離れたマサムネからも分かるほどの灼熱。
ベッタリと張り付く餡をモロに食らい女を捨てた絶叫を挙げて転げ回る。
「どうなってるんだよコイツらは!!!」
「これは酷い、服も着替えた方が良いなこれは。」
「おい!私の顔に餡掛け叩き込んだ給仕が女将とハイタッチしてるぞ!故意だろもう!」
「言ってる場合か……ツテがある、来い。」
文句を吐き散らす友を引き摺って馴染みの呉服店へ。
主人に事情を話して放り込む。 半刻程待って着替えたラインハルトと合流する。
グランマリスで広く使われる軽鎧からアマツカゼ領で良く見られる町人服に。
「……うーむ。」
「何だ、気に入らないか?」
「そういうワケじゃあないが……私そんなに嫌われてるのか?」
「ツケ払いをしてるのは皆に知れ渡ってるからだろ。」
「正論が痛ぇよ、慰めてくれ。」
「どうしろと、褒めれば良いのか?」
「そうだ、褒めちぎれ。そして責任を取って私を娶れよ。」
戯言を宣うラインハルトであるが、自身に絶対の自信のある王女二人をして、「自分に次ぐ」と口を揃える程の美形ではある。
身体を締め付ける鎧とは違い緩やかに着られる服故、その体型の良さは一層際立つ。
整った顔立ちと相まって女子ですら惚れる程の美人なのだ。
それはそれとして、あまりに酷い言動が全てを台無しにしていた。
「よく似合っているぞ、口を開かなければ何処ぞの姫君かと紛うばかりだ。」
「ふむ、口を開いたら?」
「職務怠慢のチンピラ兵士だ。」
「お前にしては悪くない、良かろう。寄り道になってしまったがもうじき着く頃だろ。
……それはそうと、この服随分と質が良いな。幾らするんだ?」
「聞かない方が良い、聞いたら払う気無くすだろ。」
「元から払う気はないが?」
「だと思ったよ……」
ようやく目当ての市場に辿り着く。
何をしに来たかと言えば十中十でまた海外からの怪しい武器を見に来たのだろう。
国内で唯一海運が可能であり、その為の護りも発達したこの街でしか彼女が好むような怪しい異国の武器などは手に入らない。内部に持ち込んだとしても大半が没収されてしまうからだ。
「おお凄い、所在のよく分からない手甲だ。」
「防御用というより戦闘用の篭手か。使い道あるのか?」
「お、お嬢ちゃんお目が高い。こいつは南方のとある国の品だよ。
何でも向こうじゃ刃を使わず拳で戦い抜く武術が浸透してるそうでな。
戦場まで無手じゃ流石に殺傷能力に欠けるからこれを嵌めるんだとさ。」
「……呪いの類いが付与されてるように感じるが。」
「仔細は分かりませぬ、その代わりお安くしますが。」
「買った!」
「金は?」
「無い!貸してくれ!」
どうせ返すアテも無いのだろうな……そう考えながらマサムネは金袋を渡す。
顔をだらしなく綻ばせながら行商人から恭しくそれを受け取るなり装着。
鋼鉄製の篭手は不思議とラインハルトの細腕に合致し、元からそうだったように馴染んだ。
拳同士をガチガチと打ち鳴らし、自慢げに見せつけて子供のように笑う。
「どうだ?悪くないだろ。」
「いつ使うんだ。」
「まぁ………そうだな、刀剣と違って持ち歩いてもバレない。」
「嵌めてる間は剣が持てなくなるがな。」
談笑する二人は背後から飛来した矢をそれぞれの武器で叩き落とす。
「……海賊か!?」
「またか、本当に何度潰しても無尽蔵に湧き出てくる。」
「丁度良いじゃないか、この篭手を試してやろう。」
「試すも何も、賊はまだ海上のようだがな。」
そう言ってマサムネは徐ろに大太刀を引き抜く。
アマツカゼ家に代々引き継がれし無銘の名刀。
常に戦乱と共にあったアマツカゼ当主により二つの呪いが施されている。
一つは『不壊』。
乱戦の最中、決して失われぬ武器を。
折れず、曲がらず、砕けぬ。例えそれが人智を超えた剛力だろうとも。
もう一つは『変容』。
我が子らに相応しい武器たらんと。
アマツカゼの血を引くものが手にすれば、持ち主に尤も相応しい姿に変化する。
彼の母、先代アマツカゼ当主の得物は四尺の長刀。
薄く美しい刀身が絶大な切れ味を生み、その技を支えた。
そして現当主、マサムネ。
四尺の長刀の、更に倍。 身の丈と同等の八尺、刃は分厚く鈍い。
刃というよりは鈍器。巨大な鉄の棒と呼ぶのが正しい剛の武器であった。
それを背から引き抜き、大上段に構えると辺りの空気が凍りつく。
その場にいた商人、ラインハルトまでが産毛が逆立つ感覚を噛み殺していた。
圧倒的な殺傷能力を全身で感じたが故。
大上段から刀身を背負う程に引き絞り、限界まで力を溜める。
全身の筋の捻れ、それが元に戻ろうとする力は人体でも最も強い力。
真正面に敵船を捉え、極限の力を込めて袈裟懸けに切り下ろす。
絶大な刃風が辺りに巻き起こり、船を揺らし、隣にいたラインハルトをグラつかせる。
「……ダメか、失敗だ。」
「何がしたかったんだマサムネ……」
「出来ると思っただけだ、まだ無理だったらしい。」
無駄な時間を過ごす間に海賊船が接岸し、乗組員らが次々に飛び出してくる。
「ざっと二十と少しか?」
「お前は街の方を頼む、入り込まれるワケにはいかん。」
「りょーかい、お前は周りのモノ壊すなよ。」
告げてマサムネは力いっぱい跳躍。
天下無双の剛力が彼を一足で船上まで運ぶ。
突如として現れた謎の巨漢に海賊たちは一瞬面食らうも、マサムネの姿__
グランマリス流の両手剣の構えを見てニヤりと嫌らしく笑う。
海賊と呼ばれる者たちは一般に鎧を身に纏わぬ。
素早く動き、万一海に落ちても溺死せぬようにする為だ。
然しながら、彼らはこぞって篭手だけは堅牢なモノを好んだ。
海賊とは殆どが南方諸島や遥か極東の出身であり、彼らは独自の拳法を習熟する。
極めるとこ刀剣を割り、万物を破壊するその術を不完全ながら学んでいるのだ。
分厚い篭手は敵を穿つ矛であり、刃から身を守る盾。
それ故か、マサムネが騎士の多くがするオーソドックスな構えをして油断した。
生半可な斬撃ならばそれを受け止め、容易く反撃することが出来るから。
グランマリスに仕える騎士の全てが最初に習う型であり、その動きも単純明快。
剣を振り上げ、力いっぱい叩き付ける。ただそれだけの剣。
天から降り注ぐ一閃を、海賊の頭は籠手を交差して受け止めようとした。
彼女にとって不幸であったのは二点。
対峙する相手が史上二人といない剛の者であったこと。
そしてその得物が怪力自慢の猛騎士が扱う大剣よりも重く、巨大であったこと。
とはいえ幸運である。
自らの過ちを、不幸を知ることなく防いだ両の腕諸共に両断され絶命したのだから。
あまりに無惨な死を前にし、賊どもから余裕が消え___そこからはただ壮絶であった。
ひとたび太刀を振るえば二人纏めて胴を両断され無様な骸を晒し、殴りかかった者は渾身の蹴撃一つで全身の骨という骨の殆どを粉微塵にされ血溜まりに倒れた。
数分もせずして船上に立つはマサムネ一人。
太刀の血脂を荒々しく着物の袖で拭い、船から飛び降りる。
「ラインハルト、そっちはどうだ。」
「ま、大したこと無いな。ただの賊だ、しかし……」
「なんだ?」
「また随分と酷く暴れたな……頼もしい限りだ。」
「仕方あるまい、帰るか。」
返り血に塗れてマサムネはカラカラと笑う。
マサムネが帰路につこうと背中を向けたのを確認し、ラインハルトは恍惚の表情を浮かべた。
王女ら三人同様にラインハルトは彼のことを深く愛している。
他の者と違うのは__何より彼の戦う姿を好んでいること。
無論、彼女らと違いアマツカゼ家よりも家格の劣るラインハルトにとっては彼の家の財力や身分といったモノが不要であるという訳ではない。
だがそれ以上に、戦場での彼を愛していた。
北方、西方戦役で多くの武勲を挙げ、二年前の大規模侵攻では極僅かな腹心と共に蛮族の本陣へと切り込み。
蛮族の王の策略に危機に陥った王女らを救うべく、瀕死の重傷を負いながら反転し本陣へと戦場を薙ぎ払いながら帰参、その後に壮絶な殿戦にて見事蛮族の軍を撃退せしめた。
戦鬼 アマツカゼの武は武人たらんとするラインハルトにはあまりに眩しかった。
我が家は王家の盾、そして彼は王家の剣。
盾が剣に惹かれるのも自然なことである。
領主としての仕事の大半は海賊の討伐。
海の向こうの治安は殆ど猿世界なんだよね、怖くない?