辺境伯は狙われている 作:彼岸花
毎日更新をアテにしていた方には申し訳ありません。
「という事でサンバルトへ視察に行く事になった。」
「それを告げる為だけにわざわざ私を招致したのですか?」
「そんなワケが無いだろ……リズベットが主となって使節団を組む事となった。
表向きはあくまで両国の定期的な情報共有の交流だとと銘打ってな。」
「なるほど、私はそれに同行しろと……いきなり戦争なさるおつもりか。」
「何故そうなる。」
呆れたように顔を覆う主君にマサムネは素直な疑問をぶつける。
そう思われても仕方なかろう。
自分で言うのは自惚れのようで抵抗があるが、マサムネ・アマツカゼという存在はグランマリスの最大暴力である。そうならんと努めたところも大きいが。
下手にけしかける事自体、宣戦布告と捉えられる可能性さえあった。
「……実際リズベットは最後までお前を連れていく事に反対していたよ。
情けない話だがが再び攻めてきた時、お前抜きでは防ぎ切れん。
とはいえ、姉として妹を敵地かも知れぬ場所に送るわけにも行かん。」
「それで私ですか。」
「お前ならば万が一サンバルトが裏切ったとして、その悉くを斬り伏せ鏖殺せしめるくらい容易いだろう。手間を取らせてしまうが、どうか頼めないか?」
「頼む必要などありませぬ、貴女はただ命ずれば良い。」
騎士かくあるべし。
友であり主君である彼女の言葉は全てに優先される。
ごく短期間に何度も領地を空ける事にこそ躊躇いはあれ、その命に相違はない。
南からの襲撃者は我が領地を脅かす災いの一つでもある。
ここで解決出来るならば、領民の助けにもなろう。
「ならば失礼する、伴をした部下に文を持たせて妹に取り次ぐ為。」
立ち上がったマサムネは一度外を眺め、ゆっくりと振り返って退席した。
男の巨躯が見えなくなったのを確認し、アンジェは窓の方へ語り掛ける。
「気付かれてたようだが?」
「おかしなところで勘が鋭いからなアイツ……」
「というか何故わざわざ外で盗み聞きのようなマネをした。
マサムネにもお前から同行を頼めば済んだ話だったろうに。」
「姉上、変わらず私はマサムネを連れていくことに反対なんだよ。
寧ろ、奴を二度と戦わせたくないとさえ思ってる自分がいる事が嫌なんだ。」
そう言ってリズベットは寝台に頭から突っ込む。
自らの寝床を占拠されている状態だが、まぁ一応姉妹なのでそこは気にしない。
何より、リズベットが何を言いたいのかは皆まで言わずとも理解出来た。
「前回の北方の事、まだ引き摺っているのか。」
「……引き摺るさ、一生な。全て私のミスだ。私のミスで万の兵を死なせた。
どころか危うくマサムネまで死なせるところだった、戒め続けねばならん。」
「そう言ってもこの国の戦力があまりに一人に傾倒しているのは事実だ。
北方蛮族どもに、西からの騎馬民族の侵攻……どちらも奴抜きでは凌ぎ切れんだろ。」
「んな事は分かってる……分かってるんだよ……!」
枕に顔を埋めたまま、ジタバタとやるせない気持ちのままに藻掻く。
第一王女たるアンジェ、第二王女たるリズベット。
二年経って尚拭いがたい記憶。
過ちを自戒しながら二人はそれぞれ最悪の記憶を呼び起こしていた。
北方戦役。
それはグランマリスが数百年に渡って抱える戦火の一つ。
最早その起こりを知る者も居らず。
彼らグランマリスの民が北方蛮族と呼ぶ北の民。
その北の民との攻防を北方戦役と呼称する。
侵攻は全くの不定であり、その予兆さえ殆ど存在せず。
十年以上何一つ音沙汰も無いこともあれば、年に二度以上発生したこともある。
グランマリス王家はこの強敵に対し代々果敢に挑み続けたが完全に打倒する事叶わず。
グランマリスに偉大なる賢王在りし。
時同じくして狼の王、ログマルムに生まん。
狼王と名乗る不世出の逸物がログマルムに現れて僅か数年。
群雄割拠のログマルムを瞬く間に統合し、南征を決行。
数年おきに国境を脅かし、幾度となくぶつかりあった。
そしてとうとう王はログマルム勢に壊滅的な打撃を与え、敗走させる事に成功する。
……その代償として腹心たる先代アマツカゼ当主を失ってしまう。
秀でた配下を多く失ったことで心を痛めた女王は、以降娘であるアンジェに軍事面での全権を委任し、内政だけに専念する事となる。
それから暫く。
北の国境には平穏が訪れていたが、再びログマルムに動き有り。
その報を受けてから僅か数日の間に即座に軍を編成。
既に何回かの戦役を果たしたアンジェ、リズベットの二人は正直なところ事態を楽観視していた。
初陣から数年、小規模な戦いばかりとはいえ西方戦線含めて連戦連勝。
若さ故の慢心と、挫折不足が彼女たちの勘を鈍らせていた。
「覚えてるか?開戦の直前、何話してたか。」
「ああ。この戦いが終わったら__マサムネの奴を三人で襲おうとか。」
「そうだ、そして母上をどうやって納得させよう。とかな。」
つまりはくだらない話だ。
いつでもよい、意味をなさない会話。
戦いの前に怖気付かぬよう、平常心を保つ些細なやり取りだった。
油断していた。
ログマルム勢の戦法は兼ねてより伝え聞くシンプルな電撃戦。
迅速な複数の小勢で前線を食い破り、包囲殲滅を繰り返す単純かつ強力な戦法。
故に騎馬隊で左右を固め、最前線を重装兵で固めた手堅い布陣を組んだ。
効果は絶大であり、此方の被害が1出る前に向こうは4から5が死んだ。
そして前線を食い止めている間に最高戦力たるアマツカゼ卿を随伴する領民諸共吶喊させ、一点集中で敵陣を突破。そのままの勢いで本陣の狼王を討ち取る斬首戦術。
自らの出番が無いことにアンジェは不安そうだったが、勝てるならそれに超したことはない。
陣幕を守るように第一王女親衛隊は控えていたし、見張りも複数立てていた。
そこから先覚えているのは最早断片的な記憶だ。
見張りが敵襲を告げる笛を吹き、それがすぐ末期の悲鳴に変わる。
陣幕のすぐ側を流れる川から三隻のロングシップが猛進し、上陸を阻もうとした兵らを蹴散らして僅か三十ばかりの敵が強襲してきた。
私たちはすぐさま親衛隊に激を飛ばし、各々の武器を携える。
敵と我らが配下の数と練度はギリギリのところで拮抗。
進退どうにもならぬ状態で私たちは襲撃者と対峙した。
それは蛮族の王。
戦場で総大将は本陣に控えるという定石を覆した奇策。
然し好機でもあった。
ウチの総大将は、アマツカゼ卿に次いで強い。
そして幸いな事に盤面は二対一。
ここで敵将を討ち取れば前線の被害も少なく済む。
そう考えて私は愛用のエストックを抜いた。
私は姉やマサムネのような剛の者ではない。
しかし、この刺突剣だけはただ幼少から振るい続けた自負がある。
「お先!」
私が距離を測りかねているとアンジェが重盾を構えて突撃。
剛力で鳴らす我が姉は巨大な盾と戦鎚を用いる如何にも脳筋らしい戦い方を好む。
盾に全体重を乗せてバッシュ。相手を突き飛ばす、或いは崩してから戦鎚で殴打。
単純だ、何一つ捻りがない。
だからこそ強力である。
何百と繰り返した絶対のパターンの通り戦鎚を振る。
兜も付けず鈍器の殴打を食らった狼王から鮮やかな血が吹き出したのが見えた。
「悪くない。」
「なっ……!?」
凄まじい打撃を食らって尚、狼王は怯みもせずに空の手でアンジェを殴り飛ばした。
一人で百騎を蹴散らす武勇とそれに耐えるタフネスを誇るアンジェが紙切れのように吹き飛ぶ。
それを視認した私は地虫の構えを取る。
可能な限り地と並行に、水平なスタートからなる刺突の初速は人の知覚を越える。
未だ此方に注意が向いていない今が好機、全身の筋肉の捻りを解き、一息に加速。
神速の刺突はギリギリのところで狼王の脇腹を掠め、鎧諸共に肉を僅かに削る。
だがすれ違いざま、ほんの僅かな隙で足を切られた。
この技は連発出来ぬ、増要の脚部が傷付いたなら尚更。
その機を逃すような敵ではない。
極端に長柄の剣のような、或いは刃の巨大の槍のような異形の武器。
その振り下ろしを私は転がりながらエストックを掲げて辛うじて受け止める。
ガードのついたキルトで防いで尚、膂力の差が刃を眼前まで押し込んでくる。
鍔迫り合いが私の敗北で終わりそうな刹那、側方から強烈な衝撃を受けて狼王が飛ぶ。
「リズベット、立てるか!?」
「当たり前だ……!」
復活した姉が更に威力を増したシールドバッシュで奴を吹き飛ばしたのだ。
状況は再度初手に戻ったようでその実、何一つ好転していなかった。
何よりアンジェは戦鎚を手放している。
打撃の瞬間、ギリギリで腕を挟み込んだ故昏倒を免れたが、腕の骨が砕けたのだろう。
骨の支えを失った右腕があらぬ方向へ折れ曲がっている。
相当な激痛だろうにそれをものともせず私を護るように盾を構え続けた。
我が姉の異様な再生力なら少し待てば骨は癒着するだろうが、その隙すら怪しく。
致命傷こそ負ってないものの、全く決め手に欠け、親衛隊は眼前の敵で手一杯。
一方で絶対的な強者たる狼の王は既に血も止まり、異形のソードランスを油断なく構え此方の出方を伺っていた。
どうやっても勝利が見えぬ。
そう判断した私の頭脳は即座に発想を切り替え、どのように
私は所詮スペアだ、幾らでも替えのきく次女。
そしてクラウディアのような比類なき癒しの力もない。
せいぜいが指先を切ったのを癒せるくらい。
私は才に恵まれなかった。
グランマリスの為に自らを囮にしてでも姉を逃がさねばならぬ。
視界の端に戦場の混乱に惑う馬を捉え、私は決死の覚悟を決めた。
「姉上、私が合図したら思いっきり盾を投げてくれ。その隙に私が奴を仕留める。
その成否を問わず姉上はあの馬に乗って一目散にグランマリスへと走るのだ。」
「……お前を見捨てろというのか、愚妹め。」
「失敗したならそれしかない……何があっても姉上は死んではならん。」
「それはお前も同じだろう……!」
良くてもどちらかが死ぬ。
そして決断の時間は最早殆どない。
拒否する姉を目で黙らせ、一か八かの手段に賭ける。
「3……2……1…!」
そうしてアンジェが盾を投げ飛ばそうとした瞬間、暴風が陣幕を切り裂いた。
荒れ狂う風は大太刀でもって狼王の剣槍を止め、剛力を越えた暴力をもって突き飛ばす。
「……遅くなった、申し訳ない。」
「マサムネ!お前どうやって……」
「敵本陣がもぬけの殻である事に気付いた後、戦場を真っ直ぐに駆けてきた。
お陰で随分と手間を取らされたが、間に合ったようだ。野分!」
マサムネの巨躯を支え、戦場を飛ぶように走る駿馬。
それが私たちの襟首を咥え、投げるように背に乗せた。
馬上で困惑しながら見ると、親衛隊も生き残る者はアマツカゼ領が誇る精鋭に救出され戦場を離脱しつつあった。
「野分、お前はあらゆる障害、あらゆる困難を超えて二人を逃がすのだ。良いな?」
主の命に、巨馬は嘶いて応える。
兜の隙間から見える男の目に、私は背筋が凍った。
即ち先まで私がしていたのと同様の、決死の覚悟をした瞳である。
「待て!死ぬ気かマサムネ!」
「いいえ、勝つ気でいます。だがそれ以上に貴女たちを守るつもりでいます。」
「私たちはまだ戦えるぞ!せめて共に……!」
「……どうかお達者で。」
懇願する私たちを尻目にマサムネは既に振り返り、狼王を見据えていた。
降りようとする間もなく馬が駆ける。
野分は瞬く間に陣を脱し、すぐさま見えなくなるほどの距離までを一息で走った。
そこからの事は良く覚えていない。
国境から王都までの長路を数刻と経たず駆け抜け、私たちは泣きながら母に懇願した。
尋常でない様子の我らをみた母はすぐさま王都の守兵すら軍に編成し、救出隊を編成。
傷を癒そうとするクラウディアを振り払って隊を率いて戦場に反転した。
馬にも、人にも負担のかかる強行軍。それでも戦場までは二日を要し。
途中、敗走し傷ついた兵を後方で治療していた本隊とすれ違い、其方は救出隊に任せ。
私たちは三日ぶりにかつての本陣へと帰参した。
そして見てしまった。
左腕は半ばで断ち切られ、兜は砕けて右眼は抉れて消失し、鎧の外装を余すとこなく血で朱に染め、鎧ごと貫かれた胴に巨大な風穴が空いたまま、虚ろに立ち続けていた愛しい男の姿を。
本陣の殆どを染める程の出血とがらんどうの胴体から臓物をはみ出しながら立っていた。
今でも尚、その姿が脳裏に刻まれてしまっている。
姉であるアンジェには癒しの力が遺伝しておらぬ。
そして私の治癒ではとてもこの傷は治せない。
私たちは涙に、血に塗れながらマサムネの溢れ落ちそうな腸を抑えて、国まで走り帰った。
超常たるクラウディアの治癒……それを一時使い果たす程の献身により、マサムネは辛うじて生き長らえた。
何故生きていたのか理解出来ない程の重傷を受けながらもだ。
それでも尚、あの男は平然とその身を危険に晒し国の為に戦い続けようとする。
この国には絶対に必要なのだ。
それは間違いない。
理解していても、もう戦わないでくれやしないか。
そう願わずにはいられないのだ。
白ひげよりしぶとい男。
書いてて「何で死んでないの?」ってなってしまった。
勢いで次話書いてたけど急な体調不良で作者がノックアウトした。
週刊には間に合わせるんで許されたし……