辺境伯は狙われている 作:彼岸花
体調不良で三日寝込むとか何年ぶりなんだ……
「いざゆかん!南国ぶっ殺しツアー!」
「……戦いを避ける為の派遣じゃなかったのですか?」
「言葉の綾というやつだ。場合によるがそうなる事も有り得る。」
サンバルドへの視察……厳密には偵察と呼ぶべき旅路。
護衛の兵含め僅か十数人での編隊となった。
とはいえもしもの時にリズベットを守れるよう、兵らは第一王女親衛隊や近衛兵などから選抜された若き精鋭揃いであり、戦力面での不足は全くない。
寧ろマサムネを同行させた時点で過剰とさえ言える。
サンバルド侯国は小国ではないが大国でもない。
軍事力という面では非常に弱小……というよりもここ100年はマトモな戦いをしていない。
無論、貿易を主とする港が広がっている事からそれなりの戦力は有しているのだろうが……国力としてはアマツカゼ領とほぼ同等。戦力面ではマサムネの有無で大敗といったところか。
マサムネは自らの暴が戦術級であることを自覚していた。
実際のところ、正確には戦略級と言うべき圧倒的な武力なのだが。
「それにしてもその荷車、わざわざ樽でこんなに積むとは。何を持ってくんだ?」
「我が領が誇る最上級の清酒、蛇神酒です……サンバルド侯はとんでもない酒豪ですからな。」
「そういや、アマツカゼとサンドバルは付き合いが古かったか。」
「少なくとも五代前からの付き合いでしょうか。交易では共生共栄であろうと努めております。」
「……今回の目的は分かってるよな?」
「当然。サンドバル侯は良き隣人、良き友であり国外で唯一母の葬儀に参列して頂いた方。
誰もが認める鉄火肌の女傑ではありますが、お国のこととなれば情の話ではありませぬ。」
マサムネは担いだ大太刀をわざと大振りに引き抜く。
空を断ち、空気がぞっとする程の刃風を持って得物を掲げた。
「私はグランマリスに仕える騎士である、それはいつになっても変わりませぬ。
例え国の為に必要とあればサンドバル侯も、或いは遥か皇帝をも切り捨てましょう。」
それがマサムネ・アマツカゼの騎士としての誓いである。
自らの強さを、自らの立場を理解しているからこそ、奉仕する。
全てはアマツカゼの武名、グランマリス王家、その民に捧げる。
すべて多く与えられた者は、多く求められ。
多く任された者は、さらに多く要求される。
強者としての義務である。
「
「我が領では『位高ければ徳高きを要す』とも言います。」
だが一方で強者としての権利もマサムネは許容していた。
即ち、闘争である。
自らに、そして守るべきモノに脅威が迫った時。
その時は持ち得る全ての力を以て徹底的かつ苛烈に脅威を討ち払う。
それこそが強者の権利である。
故に、此度の来訪が出血を伴うモノだとしても構わないのだ。
四日かけて漸くサンバルド首都が見えてくる。
尤も、サンバルドに街らしい街はアレ一つしかないのだが。
首都だけは大いに栄えており、南方とこの大陸を直接繋ぐ貴重な玄関口。
そのまま馬を歩ませ続ければ段々と街を取り囲む防壁が近付き、街道に併設された検問所が然と確認出来るようになっていく。
街の出入口を覆い隠すように巨大な影が一つ。
否、現実にはそこまでの大きさの筈が無いのだが、その人物の度量が実像を歪めていた。
「……あー、成程。理解したぞ。」
「なんだ急に一人で得心して。伝わるように頼みたいのだが。」
「その……なんというか……言いにくいのだが、サンバルド侯は少しアレなのです。」
「アレ?」
「……つまり、有り体に言ってしまうと……まぁ中々に豪快な方でして。」
そうこうしているうちに門までたどり着いてしまった。
影にしか見えなかった何かも、この距離ならばよく見える。
巨体の女であった。
流石にマサムネ程ではないが、優に2mは超えているであろう長身。
そしてそれを感じさせない程に分厚い身体。
「良く参られた!久しぶりだなアマツカゼの倅よ!息災か!?」
辺り一帯を轟かせる程の大声で巨女が叫ぶ。
あまりの声量にマサムネを除いたグランマリス一行は意識を飛ばしかけ、辛うじて踏み留まる。
「お久しぶりですサンバルド侯……否、アレサンドラ殿。君主自らお出迎えとは。」
「他でもないお主なら当然!それにしても見ぬ間にまた大きくなったな!赤子のお主を初めて見た時には豆粒のように小さかったというのに、今やこの私が見上げる程とは!驚いたぞ!!!」
声がデカい!
リズベットらが思ったのはただその一つであった。
見れば検問を守る兵の一部もひっくり返っている、良いのかそれで。
「……サンバルド侯、そこまで声を張らなくとも聞こえておりますので。
番兵の者が限界を迎えて次々倒れています、ウチの従者たちも。」
「そうかすまんな、これで大丈夫だろうか。」
「ええ大丈夫です。此方が我がグランマリスの第二王女、リズベット様です。」
「あー……申し遅れてすまない。リズベット・フォン・グランマリスだ。」
「アレッサンドラ・ファン・デル・サンバルド……堅苦しいな、アレサンドラで構わない。わざわざ遠いところ良く参られた、リズベット殿下。何というものもないがゆっくりしていってくれ。」
耳鳴りが収まらぬ中、マサムネの誘導でリズベットはサンバルド侯と握手を交わす。
巨大な手と馬鹿みたいな握力で握られ、力いっぱい振り回される。
何か既視感があると思ったが、なるほど。
マサムネのバカの部分はコイツからの影響なのではないだろうか。
そんなふうに思ってしまうリズベットであった。
「リズベット殿下、遠慮なく飲まれると良い。どうせアマツカゼの酒だ。」
「いや……十分飲んでおります。」
やはり馬鹿だ。
何故この酒を樽ごと飲んでいるのだこの馬鹿は。
そしてこの酒もどう考えても馬鹿げている。
醸造酒なのになんでこんなにキツいんだ。
ちびちび飲るのも結構来るものがある。
「……うむ、やはり蛇神酒は素晴らしい。アマツカゼは良き酒蔵を有している。」
「有難い限りです。醸造の限界を超えた究極の酒を目指したとの事で。
酒精の純度を高める魔法を用いる職人が手づから育てた酒になります。」
「……マサムネ、度数何度なんだこれ?」
「確か40度だっただろうか。」
「頭おかしいのか?」
「こればかりは他では味わえん、量を作っていないのが残念だが……」
酒が周り、更に饒舌になるサンバルド侯。
一方の私は未だ冷静な思考を残していた。
さて、どう切り出したモノか。
帝国から指示を受けて我が国と戦争する予定はおありで?などと聞くわけにも行かぬ。
かといってあまりに遠回しな問答を繰り返してもはぐらかされるのが目に見えている。
サンバルド侯は此方を歓迎するような体でいるが、実際には兵を潜ませて次の瞬間にも我らを皆殺しにする機会を伺っているかもしれないのだ。
常に敵地であるという自覚を持ち続けねば。
「サンバルド侯。近頃帝国の方からグランマリスを攻める綸旨など届いておりませぬか?」
「ああ、来たぞ。長ったらしい文であーだのこうだの侵攻を正当化する文句がな。」
リズベットは酒を持ったままひっくり返った。
「お前はいきなり何を聞いてるんだ!?そしてアンタもなんで軽率に答えるんだよ!?」
「リズベット殿下、そうは言いましてもいずれ問わねばならぬ事。」
「別に一々隠し立てするような内容でもないだろ?」
全員馬鹿である。
というか全てが馬鹿であった。
酒も、マサムネも、サンバルド侯も、皆が皆馬鹿であった。
「サンバルドはエギルラーン属国の筈だろうに、敵国の人間に容易く話して良いのか!?」
「問題ないのさ、どの道いずれ独立するつもりだったからな。飛び地のこの国はグランマリスで言うアマツカゼの民のように帰属意識が低い。寧ろ独立の気運の方が高いくらいだ。」
サンバルド侯は子供一人はあろうかという巨大な盃を空にし、一つ嘆息してから続ける。
「結局のところ選択するしかないのさ。帝国に叛逆し、圧倒的な物量に呑まれて国諸共滅ぶか。或いは帝国の尖兵としてグランマリスに侵攻し、そこのマサムネに皆殺しにされるか。それだけでしかないのだよリズベット殿。貴殿には分からぬかもしれぬが、小国の旗頭などそんなものよ。」
……なるほど。どうやら私は見立てを過っていたようだ。
酒酔いの狂人……いや、狂人ではあるか。しかし愚者ではない。
自らの在り方、立場を然と理解した上で傾いているのだ。
「ではもし戦火を交える事となったらサンバルドは此方につくと?」
「私の考えではな。」
「ふむ、含みのある言い方ですな。」
「……帰属意識が低い、というだけで帝国臣民たる事を誇る人間もいない訳でもない。
その上どうも私の首を狙っている者がいるようでな、保証はしかねるのよ。」
自身の首をペシペシと叩きながら笑うサンバルド侯。
命を狙われている時でも何ら変わりなく笑い飛ばす事が出来る豪胆さは、彼女が侯爵という身分に留まらず、王の器足り得る事を示しているのだろう。
幸いこの国の全てを敵に回して大立ち回りをする、という事は無さそうだ。
実際に帝国の本体を伴う大侵攻がいつになるかは定かでないが、それまでにサンバルドが獅子身中の虫を排除出来るか否か。それは戦争に大きな影響を与える。
そしてもう一つリズベットはサンバルド侯に聞いておかねばならぬ事があった。
「……その話は後ほど詳しく。サンバルド侯、一つ問いを宜しいだろうか。」
「無論だ、私は嘘を付けない性分だぞ。何でも聞くと良い。」
「帝国の戦闘
「残念ながら事実だ。本当に千を超えるのかは定かでないが……」
サンバルド侯は酒の肴にしていた焼き菓子を幾つか並べる。
そして盃をその後ろに配置し、菓子の尖った方を外側へ。
「マサムネ、お前のところで戦闘に使える船は何隻ある?」
「海賊の対策として一応、五、六隻なら。」
「そうか、なら少し足して……これが我々の全水軍戦力だ。そして帝国の水軍だが……」
焼き菓子の向かう方、船首に見立てた先端からして外洋の方だろうか。
其方に皿に残った大量の焼き菓子を一度にぶちまける。
「ざっとこんな感じだ、話にもならん。」
「海戦はまず不可能という事か。」
「そのままならな、今ならまだ手の打ちようもある。」
「やはり其方よりもまずはサンバルドの足並みを一つに揃えるのが先となるでしょうな……む?」
マサムネの視界の端に何かが映る。
目で追うとそれは人の輪郭を取り、極端に色白の肌と白い髪をした女の姿となった。
目立たぬよう動いていた女は、マサムネに認められた事に気付き、そそくさと逃げ出した。
「む?どうしたマサムネ。」
「いや、今何か見えたような……随分の肌の白い女子だったな。」
この街は日差しが強く、海からの潮風に晒され殆どの民が良く焼けている。
事実としてサンバルド侯も日の元で良く働く、海の女らしい肌色であった。
「あー……すまん。それは娘だ。全く、挨拶もせず……」
「娘というと……テレジア殿か?随分と雰囲気が変わったな……」
今よりずっと幼少の頃、まだ母が存命だった時分に一度見たことがある。
母とサンバルド侯はお互い仮想敵国でありながら気風の一致から義姉妹の盃を交わした仲。
それ故にか、存命中には幾度かアマツカゼ領に来ることもあった。
そのいつかで一度だけ見た彼女は、母に似て快活な少女であったように思えるが……
「どうもなぁ、女だと言うのに家に篭って本ばかり読むのを好むようでな。」
「ハハ、良いではありませんか。何も武勇だけが君主に求められる要素ではありませぬ。事実としてそこなリズベット殿下はグランマリス一の賢者であり、姉君とはまた違った王の素質を持ち合わせた英傑ですぞ。」
急に話を振られたリズベットはあくまで平然、冷静を装う。
内心ではマサムネに褒められた事が嬉しくて堪らないのだが流石に顔には出さない。
「しかしな、これから大戦も控えてるというのに……急に大人しくなってしまってな。」
「昔は違ったのですか?」
「ああ、12くらいまでは子供らしく、木剣を振り回して大人の兵士をのしてたよ。」
「素養があるならば問題ありませぬ。智と徳で民を導き、我が身を守れるだけ少し武があれば王たらんとして十分。帝国を撃退した後、サンバルド侯国がサンバルド王国になったその時、きっとアレサンドラ殿の後継たるお姿が見られましょう。」
「……まあ、それもそうか。将来と言えばマサムネ、お前はどうするのだ?」
「どうとは。」
「男子の身で家を継ぐのか、妹に任せるのか、という事だ。」
「それは勿論、妹に家督を継いで貰うつもりです。」
「惜しくはないのか?アマツカゼ領という大領地の領主という身分が。」
「全く。元より私は一振りの刀。アマツカゼの、ひいてはグランマリスの敵を討つ者。
その務めは例え辺境伯だろうと、ただの騎士だろうと変わりませぬ。」
無論、その後は私たちの夫になるのだが。
マサムネはどうも家督を譲った後は領地で早々に半隠居するつもりのようなのだ。
それは正直困る、国家のため戦うというのは間違いないのだろうが……
もっとこう、ギラギラしていて貰わねばならぬのだ。
滾る若さと膂力のままにその破城槌で我々の城門を破壊して貰わねばならぬのだ。
私は最低でも10人は産むつもりなので早ければ早いほど良い。
「そうか……うーむ……」
「サンバルド侯、何かお考えが?」
「いや、まぁ、そうだな。もしも仮に、仮にお前が構わないのならという話なのだが。」
いや、正直なところ30人くらいは……
私とアンジェ、ラインハルトに……少しならクラウに貸してやるのも吝かではない。
惚れた男が自分以外の女子と肌を合わせる妄想というのも中々に燃えるモノがある。
これは新たな発見だ。
「ウチの娘、貰ってくれないか?」
「……………何故?」
そうそう、マサムネがサンバルド侯の娘と_____
_____________は?
どうやっても残念な美人しか書けない。
焼き菓子はアマツカゼ領の伝統的なお菓子、モモノタネです。(適当)