辺境伯は狙われている 作:彼岸花
「伝令ー!伝令ー!!!」
「お前は……リズベットに同行した兵か、何事だ!?」
「分かりませぬ、第一王女殿下へ緊急のご連絡との事で!」
伝令が持つ紙をひったくるようにして開き、その詳細を確認する。
仰々しい封印を解き、見事な装丁の書を掲げ、書かれた血文字を読む。
涙と鼻水で滲み、美しい筆跡がぐちゃぐちゃになって記されていた。
『マサムネが盗られちゃう!』
「…………?」
我が軍随一の賢将が、わざわざ貴重な人員一人を割いてまで伝えたメッセージ。
しかしその内容は、あまりに抽象的で意味がわからなかったのだった。
「……これで最後ですかね。」
「うむ!此方も全員始末した……とはいえ、中々口が堅いな……」
サンバルド侯の発言により奇声を挙げて使いものにならなくなったリズベットを置いてサンバルド侯とマサムネは街を練り歩いていた。
道中、正体不明の襲撃者らに襲われ、瞬皆殺しにしたところである。
マサムネの武勇はさることながら、サンバルド侯も王として過剰な程に武は持ち合わせていた。
王城兵士から沿岸の民まで、国で多くが用いる
サンバルド侯はその剛体ながら舞うように敵を切り刻む事が出来た。
「帝国派は、正直言って根が深い。我が民の八割は私と志を共にしているが……」
「逆に言うならば二割は離反しかねないと。」
「全てが過激派という訳ではないがな。だが現状は兵らも思想が割れている状態だ。
このままを良しとして、いざ戦という時に後ろから撃たれてはどうしようもない。」
襲撃者の顔を見れば、この大陸の者とは違う南方特有の顔つきをしている。
小さい島国で日と潮に灼かれて育つ彼女らは、非常に色素が濃い。
峰打ちで敢えて活かしておいた者も戦いが終わるころには死んでいた。
……口内に毒を仕込んでいたのか。
我が領地にて諜報を担当する者らも皆、常に毒を仕込んで活動すると聞く。
自らの命よりも任務を優先する様は、一種の狂気すら感じる。
「まぁ、それは良いとして……どうだ?」
「何がです?」
「ウチの娘、貰ってくれないか?」
「また急な話ですな……」
「別にお前がサンバルドに婿入りしろとか、そういう話でもない。その気になればサンバルドの王位は他の娘に継がせれば良いわけだしな。お前とテレジアが婚姻すればグランマリスとサンバルドの結び付きは決定的なモノとなる。」
「お家は長女が継ぐ、そう古くから言われておりますが。」
「どうだって良いんだよ伝統などは。なんならお前が明日からこの国を治めたって良いんだぞ。」
家を、血を守る事だけに囚われているような我が国の法衣貴族共に聞かせてやりたい話だ。
あくまで守るべきは民、為政者としての肝心を彼女は理解している。
グランマリスと協調するのも万が一の時に民が逃げ延びる場所を確保する為だろう。
豪胆で粗暴な印象とは裏腹に、複雑な立場を乗りこなしてきた歴戦の老将なのだ。
「こちらが頼む側である以上、あまり強くは言えぬがね。だが我が娘である贔屓を抜きにしても悪くないと思っているぞ。
「サンバルド侯……本人の居ないところであまりそういうのは……」
「何がだ、結局のところ生き物の価値というのは如何に優秀な子を幾ら残せるかだろう。」
「人以外の生き物ならばその理屈は正しいのでしょうがね、それで本意は?」
理屈を幾ら並べようが、それだけでここまで推す理由とはなり得ない。
何か本来の意図があるはずなのだ。
「……まぁ、何だ。親心という奴さ。私でも、やはり最初の子は特に可愛い。
だからこそ__相応しい旦那を当てがってやりたいと思うのは、おかしいか?」
「ならば別に私でなくとも宜しいでしょうに。」
「それ、それだ。謙遜も過ぎれば悪徳だぞ……まあ、頼んでいるのはこちらなのだ。お前は気楽に考えていれば良い。」
「そういうものですか……」
血溜まりを避けて街へと歩む。
風土や文化の差異こそあれ、朝方の街の気配が地元も似て心地好い。
耳をすませば朝から酒盛りに興じる者ども、船を出す漁師。
露天商は商品を広げて威勢よく通行人に声を掛け、それを貧しそうな子供がこっそりと狙う。
子供の首根っこを捕まえて商人から買ったリンゴを持たせて解放する。
「これ程栄えていても、やはりこういった者はいるか。」
「……見苦しい所を見せたな。」
「いえ、帝国の統治においては珍しいモノでない事は理解しております。」
適者生存。
帝国の在り方を一言で表すならこうである。
極ひと握り、少数の強者を生かす為に多の弱者から搾取する。
労働力、金銭、文化、それら全てを。
ある意味で人の営みの自然な形ではある。
その為の侵略と戦争を繰り返し、勢力圏を広げたのがエギルラーンだ。
帝国のその在り方を、マサムネは好まずとも認めてはいた。
自らが力でもってあらゆる困難、あらゆる障害を打ち砕く剛の者である為。
「私はこの国が好きだ、心から愛している。エギルラーンと実際に戦うこととなれば間違いなく戦場となるのは中間のこの国だ。だから、最初は戦わぬ道を模索した。」
「帝国はそれを断ったと?」
「いいや、何の返事もなかった。そもそも、この私でさえ実際に皇帝閣下を拝見したことはない。恐らくは周辺諸国の統治者達もな。顔も知らぬ、実在すら怪しい存在の為に愛する民を捨て駒のような尖兵として使われる。私にはそれが耐えられなかった。」
「少なくともグランマリスでは非戦闘員を一時疎開させる程度なら上申出来るかと。」
「元よりそれを条件にするつもりだったよ。何が悲しくて皆を死なせねばならぬのか。この地の王としてもう二十年程になるか。若い頃は皇帝などという存在に縛り付けられた母も、この国も嫌いで仕方なかった。だから海賊の真似事などして……随分と馬鹿もやった。」
それは有名な話だ。
サンバルドといえばグランマリスとエギルラーンの境界。
南方からの貨物を大陸に卸す貴重な港町である、というのが世間の知るところ。
一方で軍事力自体は侯国らしく、大国には遠く及ばない。
かつて真に信用する仲間数人を伴い、漁船程度の小船でもって夜の海を走破。
航行中の商船を襲い、瞬き一つの時間で全ての財を掻っ攫う。
厳しい風貌と豪快な手口から、海獅子と恐れられていた彼女を除いて 、だが。
かつて海賊として共に駆けた者どもは皆ひとかどの騎士として独立し、サンバルド侯も自ら過去に海賊として無法行為に興じていた事は公に言わないが、皆が知っていた。
「嫌で仕方なかったのにな……気付けばこの国が、民が、好きで好きで堪らなくなっていたよ。」
「サンバルド侯には統治者の才があったということでしょう。」
「だからこそ、私は死んでも帝国の魔の手から国と民を守るつもりだ。」
「ハハ、縁起でもないことを仰られるな、我らが手を結んだ以上なんとでもなりましょう。」
「それで、わざわざ私を連れてきた理由というのがこれですか。」
「うむ。せっかくグランマリス随一……ともすれば大陸でも頂点たる騎士が来ているのだ。未だ初陣を迎えぬ新兵どもに気合いを入れてやろうと思ってな。」
「……これで全てでしょうか?」
「言いたいことは分かる、分かるが全てだ。この国では兵役に就くのは好まれぬのだよ。戦場に身を投じずとも漁業や商売で生計を立てることが難しくない。故に兵士を志す者は殆どが貧民中の貧民、明日の飯にも困るような者ばかりだ。」
「我が国でもそういった層の救済たる側面もございます、しかしこれは……」
瞳に生気がない。というよりも、単純に士気が低いのだろう。
正直なところ未だ実戦を経験せぬ新兵であることを加味しても、見込みのある者はいない。
文字通りに雑兵ばかりであり、正直エギルラーンとの戦いに臨むのは難しい。
「それで、どうすれば?」
「一先ず全員のしてしまえ、万の言葉よりも時に痛みが早い。」
「なるほど、ならば誰から?複数人でも構いませんが。」
しかし誰一人として動かない。
怖気付いているのは明白であった。
体格の大小の差異はグランマリス兵にもある、しかし190程の恵体の者も居るにはいるのだ。
その恵体すら霞むほどにマサムネは大きく、強大過ぎた。
もしもこれがある程度の教養を受けた騎士ならば……恐怖を打ち払えたかもしれぬ。
或いはそのような者が一人いれば良かったが……
「誰も志願しないというなら……仕方ない。」
マサムネが諦めたように肩を落とし、木剣の構えを解いたのを見て兵らは安堵する。
このような化け物と戦っていたら命が幾つあっても足りない……
「此方から行きましょうか、多少の怪我は仕方ありますまい。」
ここで初めてマサムネが全開の殺気を向ける。
自分たちの運命を悟ってか、兵の中でも心弱き者はその場で失神し、幸いにも_____否、不幸な者はマサムネに次々と薙ぎ倒されていき、数十の兵が斃れるのに十分と必要がなかった。
「終わったか。マサムネ、正直な感想は?」
「……弱い、弱過ぎやしませぬか。」
「そうだ、それが何よりの問題だ……」
数も質も問題だらけである。
サンバルド軍の弱きは想像していたが、末端がこのレベルとなると最早想像以上だ。
本当にこのままでは帝国との戦どころか不定期に現れる海賊に国ごと落とされる。
「待った……!」
「む?」
ヨロヨロと、瀕死になりながら剣を支えに一人の兵が立ち上がる。
食い詰めだろう若い兵の中でも、一際に若い女であった。
身の丈は150程で、転がっている兵でも一段と小さい。
恐らくは幼少の時分、最も成長に栄養が必要な頃に飯を食えなかったのだろう。
男子に於いて150は別に少なくもなく、並とさえ言える体躯だが、女子でその大きさではとても戦いに適しているとは言い難い。
体格の差を覆す技術はあれど、大きい生物が戦いにおいて有利なのは言うまでもない。
アンジェやラインハルト、そして自分も。
グランマリスに於いても優れた騎士は皆体格に優れた剛体の持ち主である。
しかし、目の前の兵はよろめきながらも立ちつつある。
強靭な精神が肉体を凌駕していた。
「ふむ、これは中々……訂正する、悪くないのもいるな。」
「もう一本願います……!」
その言葉に口角を上げたマサムネはのっそりと歩み寄り、木剣を振り上げ……兵士の頭上ギリギリのところで止めた。
見れば兵士は白目を剥き、立ったまま気絶している。
なるほど、実に良き兵である。
マサムネは考えを改める。
兵の不足、練度の欠落を埋める為の妙案が浮かんだ訳ではないが、ある程度希望が見えてきた。
帝国の侵攻は予断を許さないとはいえ、サンバルド侯の見立てでは二、三年程の猶予があると。
それならば何とか軍を再編し、『使える』状態にする事も可能であるかもしれない。
自らの足りない頭を総動員して、マサムネはリズベットへ進言する内容を考えるのであった。
キリが悪くなったので少し短め、申し訳ない