Saga of Creatures   作:hinoki08

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プロローグ
逆転のオーロラ


 

 

 

 ある日突然、鮮やかな五色のオーロラが現れた。

 

 

 

 この惑星には、五つの文明が存在している。大陸に二つ、地底に一つ、天空に一つ、水中に一つ。

 

 その五つの文明の全てから、そのオーロラは観測できたのだ。

 

 

 ●

 

「こちら、天文台の《ミルポロ》だよ。どうぞ」

 

 幼児のような体系の、青い体の人物が水中に浮かび上がった近未来的な端末を開いて、交信していた。

 水中都市、《水文明》。ここは五文明の中でも、科学技術が非常に発達している。中でもその文明を牛耳るのは、《サイバーロード》と呼ばれる種族だ。

 サイバーロード、電子の貴族。彼らはおしなべて子供のようなひ弱な体だが、それと引き換えにすばらしい知能や技術を持っている。ミルポロも、彼が連絡を取っている相手もサイバーロードだ。

 

「こちらアカシック3(スリー)、《ウォルタ》だ。ミルポロか。何の用だ?」

「地上でオーロラが出てる。初めて見る規模だよ。場所は《自然》の土地、《フィオナの森》全域。凄い大規模だよ。本来は寒冷地で局地的に起こるものなのに、どのぼくらの観測基地からでも見れるみたい……」

 天文学者のミルポロは端末の画面内に、自分の観測用望遠鏡の画面を乗せた。だがウォルタは、鮮やかに照らしたされたそれにあまり関心を示さない。

「……それで? 何のために連絡してきた?」

「いや、初めて見る規模だからキレイだなーっておもってさ。アカシック3の皆も観測したらと思って、こうして皆に順繰りに連絡してるんだ」

「そんなことか!?」

 何の有事があったかと構えていたら飛んできたのんきな言葉、それに思いきりキレるウォルタであった。

「こっちは暇じゃない! 私は『エンペラー』の側近なのだぞ! お前みたいな暇人に付き合ってられるか!」

「まぁまぁそう怒らないで。怒ると頭の回転が鈍くなるよ」

 そんなウォルタ相手にも、ミルポロは実にマイペースだ。

「たまには綺麗なものでも見て息抜きしない?」

「用がないなら、切るぞ!?」

「用ならあるよ。みんなにオーロラ出てるよーって言っといてね。何だったら『エンペラー』にも……」

 その言葉に返事が返されることなく、通話は打ち切られた。ミルポロはチェッと舌打ちした。

 

「ったく、あいつときたら……」

 さて片一方で不満げに吐くウォルタの端末にも、また誰かから連絡が入ってくる。面倒くさそうにとった彼は、次の瞬間聞こえてきた声に動転した。

 

「えっ、『エンペラー』!!??」

『ウォルタ。漸く繋がったか。誰かから報告を受けていたようだが、何事だ?』

「いっいえ下らぬ者が下らぬことを! 『エンペラー』のお耳に入れるようなことでは!」

 そうか、とつまらなさそうに端末の向こうから帰ってきた声は、こう続けた。

『話は変わるが、今地上で異常気象が起こってはいないか?』

「えっ?」

『私の計算でそのような可能性が出てな。もしも起こっていれば、私も観測したい。天文台に連絡をし、私の部屋に直接観測望遠鏡のデータを送るようお前から天文台に連絡してくれ。ミルポロ本人になかなか繋がらんのだ。それと……お前もたまには天体観測をし息抜きでもしたらどうかね。美しいものを愛するのも、我らサイバーロードの性分』

 

 それで、通話は一方的に切られた。ウォルタは「どうなってるの……」とボソリと独り言を言っていた。

 サイバーロードたちが天文台からの映像と、水面上の観測隊からの映像を見て大はしゃぎして彼がもっと疲れるのは、もう数時間あとの事。

 

 

『……なあ、お前たち。美しいだけではない。「何か」聞こえはしないか? このオーロラは、我々に何か語りかけていないか?』

 

 

 ●

 

 一方、空の上。そこに浮かぶ空中の文明、《光文明》。その周辺を、きらきらと光り輝く飛行機のような生き物たちがとびかっている。

 彼らは《ガーディアン》と言う種族だ。光文明を守る護衛兵のような存在。だがそんな彼らのオーロラに対する反応は、ウォルタよりも薄い。

 

「こちら《守護聖天ラディア・パーレ》。夢見の神殿の、《予言者》様たちへ、定例報告をいたします」

 

 ラディア・パーレと名乗るガーディアンは、他のガーディアン達よりも何倍も大きな体格をしている。その中に小さなガーディアン達が無数に帰還していくその様子は、まるで黄金の空母のようだ。

「フィオナの森上空全域に大規模のオーロラを観測。電磁波による影響は無害レベルと判断いたしました。その他の異常はありません」

『こちら、《予言者》一同。了解しました。勤務の終了を許可します』

 地上の民たちを驚愕させるほどの美しいオーロラを確かに見ていながら、彼らがこれだけそっけないのにもわけがある。

 彼らは地上の民たちよりも一段上の存在。太古の時代から、彼らは神と呼ばれている。

 悟りを開き、自我や欲望を捨て、秩序を何よりも重んじて生きるのが、光文明の流儀だ。彼らはとうの昔に肉体を捨て、概念的存在になっている。美しく光輝く金属質なボディも、便宜的な仮の器にすぎない。

 そんな彼らだから、当然美しいものを見て悦に入ることもないのだ。オーロラはただの気象現象。ただそれだけ。何か害悪を産まないのなら、特に構うことでもない。

『それでは、帰還を命じます。また、《守護聖天アーク・バイン》の一隊に引き継ぎを』

「はい、かしこまりました。ただいま帰還いたします」

 非常に秩序だった、いっそ味気ないやり取りを終え、彼らは空中に浮かぶ城、その名もシルヴァー・グローリーに帰っていく。

 

 

「わァ……キレイ……」

 しかし、そんな光文明の中。一人の小さな球体……「予言者」だけが、誰もが秩序のために無駄なく右へ左へ動くシルヴァー・グローリーで、唯一そんな秩序とは無関係に留まりながら、その眼下に広がるオーロラを眺める存在がいた。

「君、なにカ言いたいノ? ごめんネ、難しいことボク、わかんナイ。ボク、『最弱』なんだモン」

 

 

 ●

 

「あれは何事だ!?」

「異常だ、あれほどの光が沸き起こるなど……」

「光文明の仕業か!?」

「そうでもないようですが……」

 

 一方、地底に居を構える《闇文明》。

 彼らには水のような科学技術や光のような聖なるテクノロジーなど無縁だ。闇の概念を崇拝し、魔術や魔法で発展してきた文明。その中心にある「魔霊宮」に集まり、闇文明の支配種族、《ダークロード》と呼ばれる貴族たちは、巨大な水晶玉に映し出された地上を覆うオーロラに見入っていた。

 しかし、彼だは美しさに魅了され尽くしていたというわけでもない。むしろ彼らは、その様子から不吉なものを感じ取っていた。

 

「あーあ、やんなっちゃう」

 

 ダークロードたちがざわざわと叫ぶ中、一人の若い女性ダークロードがぷかぷかとパイプをふかしながら愚痴を吐いていた。ダークロードは皆仮面や兜で顔を隠しているが、シルフィは自分の目をつぶったデザインの仮面、その口部分にあいた穴に器用にパイプの吸い口を押し付けてふかしている。

「みんな騒ぎすぎでしょ? ねぇ、パパ上~」

 間延びした声で隣に立つ男性型ダークロードに話しかけるのは、《妖姫シルフィ》。そして、彼女に話しかけられている「パパ上」と言うダークロード、《凶星王ダーク・ヒドラ》は娘の冷めた態度に「ふふん」と面白そうに笑った。

「なんでパパ上笑ってるの?」

「いや何、お前、私の娘でありながら戦いは強いが占いの才能はないなぁ、と思ってな」

 父に軽口を叩かれて、シルフィは面白くなさそうだ。

「なにパパ上。パパ上には見えるわけ? 何か悪いもんが」

「あー、見えるよ」

 ダーク・ヒドラは娘にしか聞こえないような音量でそっと呟いた。

「『凶星』を読めてこその私だからな」

 そして、少し面白そうに笑うダーク・ヒドラ。

「それ、どーゆーこと……」

「あーあー、可愛い娘でもこれ以上は言えないなぁ。ネタバレすると何事も面白くないからね」

「かーっ! 占いなんて光文明の《予言者》たちがやるようなことでしょ! 闇にはふさわしくないもんね!」

 

 すると、シルフィはハッと気づいた。ダークロード達の輪から離れて、そう話す自分たちを見つめる女性ダークロードが一人。

 頭を追う頭巾に、女性ダークロードには珍しいかっちりと着込んだ露出度の低い衣服。仮面すらもほかのダークロードと完ぺきに一線を画す、表情を全く感じさせない、フルフェイスのもの。そして中でも目を引くのが、腕にはめた金り光輝くリング。彼女はダークロードで名の知れた実力者、《邪妃グレゴリア》と言った。

「おや、グレゴリア……」と、ダーク・ヒドラ。

「何か『聞こえた』のかね? 君も」

「……想像に任せよう」

 そう言い捨てて、グレゴリアはカツカツとヒールを鳴らしながらどこかに行ってしまった。

 

「なによ、あのババア。私、あいつ大っ嫌い!」

 シルフィは不満げに吐き捨てたのを、ヒドラは「まあまあ」と宥める。

「それよりもまぁ、素直にご覧。オーロラか……見るのも『久しぶり』だ」

「パパ上が不吉なこと言ったせいでもう素直にきれいなものと思えないんだけど?」

「……返す言葉もないな」

 

 

「……なんぞ、生意気なことをほざきおる」

 ダークロードの集まりの中から一人去っていくグレゴリアは、いったい誰のどんな発言に、その言葉を虚空に向けて返したか。

「いかな覚悟とて、とうにこの身には固まっておるわ。……のう?」

 その腕に嵌った金の腕輪を眺めつつ。

「『お前』との記憶ある限り、もう妾は、なにも恐れぬわ」

 

 

 ●

 

 一方、大陸の上に存在する、緑に包まれた森林地帯。そこはまたの名を、《自然文明》と呼ばれている。自然のまま生きる道を選び、命を何よりも大切に思い、自然の秩序を愛する、素朴で信心深い民たちが住んでいる。おまけに土地そのものも、非常に豊かな土地だ。

 そんな彼らは、天を覆うオーロラに感動して見入っていた。それもそのはず、オーロラは彼らの住まう、自然文明の中心部《フィオナの森》を、すっぽり包むように覆っていたのだから。

 

「なんて美しい……!」

 

 素朴な自然文明の住民たちは、誰もかれも素直にオーロラをほめたたえた。そしてフィオナの森に住まう民、獣人種族《ビーストフォーク》たちは誰もみなその日、仕事をやめて、フィオナの森の中心、《世界樹》へと集まった。

 彼らは寄り集まって、世界樹の下に跪く。先頭に立つのは自然文明の長、ビーストフォークの《銀の拳(シルバー・フィスト)》。

 

「今、おれ達はきっと、自然文明が始まって以来の僥倖に恵まれているのだろう」銀の拳は威厳のある声で、そう言った。

「この美しいオーロラこそが、自然の恵みだ。おれ達の享受するものだ。おれ達は自然を愛し、慈しみ、自然の秩序を守り、生命を愛し、また秩序と生命を与えて下さる天の精霊様、予言者様たちに感謝し、生きなくてはならない」

 

 銀の拳の演説を疑うものなど、ほとんどいなかった。この美しいオーロラを、誰もが恵みと思って受け止めていたのだ。

 ゆらゆらと自分たちの頭上で光る五色の光が、自然の恵みどころか……「あんなこと」の前触れであったなど、誰が予想できただろうか? 

 自然の素朴な民たちは、ただ世界樹の下で感謝の祈りをささげていた。

 

「どうしたんだい、イノセント?」

 一人の、逞しい体格をした雌のビーストフォークが、彼女の息子と思しき少年に声をかける。

「いいえ、大したことはありません、母上……」

 彼は、母親相手にはそう言った。だが、彼が母の眼に少し変な様子に映ったのには訳があったのだ。

 

 

 彼は、声を聴いた気がした。誰にも祈りに夢中で聞こえていないのか、でも自分には少なくとも聞こえる……あのオーロラは何かを語りかけていると、その少年……自然文明の王子には感じられていた。

 

 

 ●

 

 このように、四つの文明がどういう形であれ、そのオーロラを目にした。だが、一つだけ、それを行おうとすらしない文明があった。

 

 自然文明と同じ大陸にありながら、灼熱の火山地帯。荒廃しきったその土地は、《火文明》と呼ばれていた。

 

 

「あー! あれみて! なんかキラキラしてるー!」

「おー、どれどれ!? うわっマジだ! 何あれめっちゃきれい!」

 火山地帯をゆく一行があった。小柄で、赤い毛玉のような頭部をもつ彼らは、《マシン・イーター》という種族だ。

 彼らは、職人を生業としている。火文明中を渡り歩き、職人仕事に精を出しているというわけだ。

「ねーねー、ジージョさんとピーポさんも見てみなよー!」

「マジすっげぇきれいだぜ、ジージョさん、ピーポさん!」

《職人ピコラ》という少年と、彼よりは少し年上の若いマシン・イーター《解体屋ピーカプ》は、テントの中にいた年配のマシン・イーター《放浪の勇者ジージョ》と《技師ピーポ》にうきうきとそのことを報告した。ただ年配とはいっても、マシン・イーター自体小柄で可愛らしい容貌なのであまり変わり映えもしないが。

「へぇどれどれ?」

「興味深いね」

 ジージョとピーポはテントの外から出る。そして自然文明の方角で起こってるオーロラを確認し「おおー」と感心した声を上げた。

「こりゃ確かにきれいだね」

「だろぉ? ピーポさん」と、得意げなピーカプ。ピコラも喜んでもらえたと大はしゃぎだ。だが、ジージョはただ一人、少し下を向いて浮かなさそうな顔だ。

「どうかしたのかい?」と声をかけるピーポ。

「ああ、気にするな。ピーカプ、ピコラ。お前たちの見せてくれたものに不満があるわけじゃねえさ。ただ……」

 ジージョは、下を向いてみていた対象を、すっと指さした。自分たちのいる岩山の下で起こっていることを。

 

「『あいつら』はどうせ、こんなもんも見えてもねえんだろな、とか考えちまってよ」

 

 岩山の下では、オーロラの儚い光なんて消し去ってしまいそうなほどの爆発が起こっていた。

 

 

「鉄錆くせー貧弱種族ども、今日こそ思い知らせてやるぜ!」

「なめんじゃねーぞ、トカゲもどきが! 火文明の支配者はおれ達だー!」

 

 そんな声が火薬の爆発や銃撃の音に混じって聞こえてくる。

「あー、まぁね」ピーポは一緒になって覗き込み、言った。

 火文明では、二つの種族が覇権を握って日夜争っている。

 一つは、《ドラゴノイド》。ドラゴンをこの世で最も力強きものと崇め信仰し、それに連なる血脈として戦う、誇り高い竜人種族だ。

 もう一つが、《ヒューマノイド》。肉体的には強靭とは言えぬ人型種族の身で生まれた時には生身の全身を機械で改造して戦う、サイボーグ戦士集団。

 とにかく、彼らはどちらも意地っ張りで、昼夜を問わず火の派遣を巡って争うのだ。おまけに暑苦しい火山地帯の気候が関係しているのかしていないのかは分からないが、彼らは、非常に熱血で、理屈云々よりもとにかく戦うことが楽しくて仕方のない気性の奴らばかり。これではいつまでたっても戦いが終わらないのも仕方がない。

 

「別に奴らが戦ってるから武器職人のおれ達に仕事が回るんだがよ、こんな綺麗なもん見る暇もないなんて、少し悲しいと感じてしまってね」

 ジージョはぼそりと呟いた。彼らの下では、ヒューマノイドとドラゴノイドの争いが依然として続いている。

 

 だけれども。

 見えなかったにしても、聞こえていたかもしれない。何人かの耳に、爆音に混じった「その声」が。

 誇りをかけた戦を前にそれに構おうとしなかっただけの話で。いったい何人が「聞いた」のだろう。

 

 

 ●

 

 美しいオーロラは、おおむね世界的に好意的に受け止められたと言っていいだろう。当然だ。それはただの、五色に輝く美しいオーロラだったのだから。

 ただ、この惑星に生きる何人かが、誰にも言えない、なんと伝えれば良いのかもわからぬ思いを、その日抱える身となった。彼らは、オーロラを通じて、このような言葉を聞いたような気がしたのだ。オーロラが、彼らに語りかけたのかもしれない。あるいは、そのオーロラこそが、世界が彼らに「こう」語りかけた言葉の形であったのかもしれない。

 

 

『危機を乗り越える勇気が君にはあるか?』

 

 

 美しいオーロラ。何も害さぬオーロラ。五色の色を調和させ、世界中にきらきら瞬いた。

 

 

 

 その一日後。

 突然、大地が爆発した。未曾有の大災害が、文明と言う文明を無差別に襲いつくした。

 

 

 

 各文明はパニックになった。地中に居を構える闇文明は崩落し、火山のマグマの流出により水文明は煮えたぎり、自然文明の森も地滑りに山火事と野生動物相手のものとは比べ物にならない被害を受け、戦い好きの火文明すら火山の連鎖的な噴火で内戦を行っている状態ではなくなった。

 

 

 それは、「自然災害」だった。

 その時地上に住んでいた五文明のどれにも責任はない、不幸な自然災害。そうでしかなかった。

 

 そう。その悲劇の瞬間に、誰の悪意どころか意思とて介在してはいなかった。世界中が音を立てて崩落しても、阿鼻叫喚の事態が沸き起こっても、全ては、ただの不幸な事故にすぎなかった。

 神の悪戯、定められていた運命、そんなこじゃれた概念は無粋も無粋だ。ただの自然災害で、これから語られる物語が起こる。その形こそが一番、これよりの話の幕開けにふさわしい。

 

 

 

 ●

 

「大変なことになっちゃったな」

 

 ようやく大災害の被害が落ち着いた当たりの事だった。

 自然文明の、フィオナの森の中にあるビーストフォークの村。その村もご多分に漏れず大災害で相当な被害を受けた。火の雨が降り注ぎ逃げ惑う野生動物たちに踏み荒らされた村は跡形もなしに荒れ果てている。素朴な獣人たちは、ようやく大災害が落ち着いたとあって、森の復興に尽力している所だった。

「パパ。森、もとに戻るの?」小さな山羊のビーストフォークが、不安げに父親に行った。父親は膝をついて、わが子の頭を撫でる。

「大丈夫さ。森は戻る。今、たくさんの命がいなくなっちゃったように見えるだろ? でも、大丈夫だよ。戻ってくるんだ。『休みを終えた魂は、再びこの世に訪れる』……それが、フィオナの森の言い伝えだからね」

 自然文明の民なら、誰でも知っている言葉だった。

 だからこそ、自然は命を重んじる。命を尊重する。命と秩序は、何よりも尊い。

「パパ、ぼくにも何かお手伝いできる?」

「そうだなぁ、じゃあ、森がはやく戻るように、よーく光文明の神様たちにお祈りしているように!」

「うん、わかった!」

 

 無邪気な息子の声を聴いて、一人の山羊のビーストフォークは復興作業に向かおうとした。しかし彼は次の瞬間、妙な音を聞いた。そして、鼻がひん曲がるような悪臭が後ろからする。

 

「坊や……」

 

 息子に何かあったのでは、と彼は驚き、振り返った。そして、そこに居るものを見て、愕然とした。

 そこにいたのは、自然の愛する「生命」など一切感じさせない、グロテスクな生き物。まるで複数の生き物をつぎはぎにして無理矢理に作った肉塊が、命を吹き込まれたような。

 そして、彼はぼりぼりと何かを食していた。そして、彼の足もとには、悲鳴を上げる間もなく齧られた、息子の胴体が転がっていた。首のない胴体が……。

 

「貴様……!」

 

 山羊のビーストフォークは、正体のわからない敵に向かって斧を振り上げた。斧は、その生き物……《キマイラ》に命中する。

 だが、頭をかち割られようと、キマイラは一切痛がる様子を見せなかった。そして、何も言わずうめき声だけを上げて父親の方を向き、大口を開けた。山羊の獣人が最後に見た光景、それは。

 得体の知れない化け物の口内に残る、わが子の頭部の肉片だった。

 

 

 

「完璧だ。キマイラ達は、痛みを感じない……」

 その様子を遠くから、水晶玉を通して見る女性ダークロードがいた。彼女の名は、《魔将ダーク・フリード》。

 そう。キマイラは、闇文明が送った刺客だった。自然文明を征服しようと。

 

 

 オーロラは、ただ綺麗に輝いただけ。大地は、ただ爆発しただけ。

 そんな悪意無き世界は、この瞬間に消え去った。

 

 

 五文明は以後、悪意に悪意を重ねる大戦乱の中に、その身を置くこととなる。

 

 

《逆転のオーロラ》と後に呼ばれたあの美しい五色のオーロラは、平和だった世界からの、最後のはなむけとなった。

 

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