銀髭団(シルバーベアードトライブ)。
パラサイトワームの侵略を受け、ビーストフォークを中心に自然文明の自警団が結成されたという旨は、闇文明の耳にも届いていた。
そして、今自分の目の前に現れた数人のビーストフォーク。彼らが銀髭団であることは疑いようもないと、バラガは確信する。
「大丈夫か、坊主!」
鋭い声を上げて、盾を構えた馬のビーストフォークがやってくる。そしてその盾で子供を庇うように保護した。ビーストフォーク戦士、《青銅の鎧(ブロンズ・アーム・トライブ)》だ。
ビーストフォークの子供はまだ泣きじゃくっている。青銅の鎧は、鋼鉄の槌に子供を引き渡しつつ言った。
「おれはこの子を、アックスさんの所に連れて行く。お前はここ、頼んだぞ!」
「任せろ。おれ、でかい。おれ、強い。おれ、殴る」
カタコトで承る鋼鉄の槌。青銅の鎧は子供を抱いて、早足でその場を立ち去らんと鋭く踵を返した。
一連の行為を見てバラガがまず感じたのは、何ともたわいのない自警団、と言う印象だった。なるほど、「軍」のレベルではない。所詮「自警団」だ。
目の前に敵である自分がいると言うのに、攻撃よりも子供を守ることが優先。甘い。何とも甘い。
流石は惑星で一番豊かな土地でぬくぬく暮らしてきた、戦闘を好まぬ文明だ。と言うのがバラガの受けた第一印象であった。
……こんな彼らが。
地下でモグラのように暮らす自分たちの代わりに、豊かな土地をのうのうと使っているというのか……。
「……ゼリー・ワーム。逃したものはあきらめなさい。猪肉も、悪くは無かろう」
バラガに忠実に従わんと言うように、ゼリー・ワームは唾液の滴る口を鋼鉄の槌に向けた。そして食いかからんとした……その時。
「おれ、お前、倒す!」
鋼鉄の槌は、逃げも臆しもせず、そのハンマーをゼリー・ワームの口に叩きつけた。肉の中にうずもれた歯が、ぽろぽろと欠ける。ピイィ、とゼリー・ワームが、本来痛みを感じないはずのパラサイトワームが、縮こまったような声を出した。
バラガも思わず、兜の奥の目を見張る。
「おまえ、こいつ、主人か」
鋼鉄の槌はぎろりとバラガを睨みつけて言った。
「お前、出ていく! ここ、おれ達の森!」
そして鋼鉄の槌は、思い切りハンマーを振り上げた。バラガはとっさにゼリー・ワームで自らの身を庇う。しかし主人の身代わりになったゼリー・ワームはなんということだろうか……。その打撃を受け、悲惨な声とともに、体液をまき散らしてものの見事に潰れてしまった。
なんと……。と、バラガは先ほどまでの印象を改めた。
戦いに向かう態度の甘さ。武器の野蛮さ。所詮自警団レベルの技術。だが……それをカバーする、何たる馬力。
自然文明は中心に生える《世界樹》の力で、中心部に行けば行くほど、重力が異常に強くなると聞いている。超重力の中で生まれ育った自然文明の民は、それに耐え得る強靭な肉体と力を身に着けている……とは聞いていたが、まさかこれほどだったとは。
「お前も、倒す!」
鋼鉄の槌はバラガに再度攻撃を仕掛けた。
「……分が悪いようだな」
だが流石に彼も、これで不意を突かれて死ぬようなことはない。彼は赤黒い耳飾りを外し、鋼鉄の槌の方向へ投げた。
するとその耳飾りからはたちまち蜘蛛のような足が生え、鋼鉄の槌の一撃を受け止める。「なにっ!」小さな虫のような姿に攻撃を受け止められ、無論彼は驚いたようだった。
《ブレインジャッカー》と言う闇の小型種族に属する《ブラッディ・イヤリング》。小さいながらも護衛兵として非常に優秀だ。
一体のブラッディ・イヤリングは「キ・キ・キ・キ」と鳴きながら、鋼鉄の槌がひるんだ隙に彼の頭に昇りだす。そしてその額に、足を突き刺した。
「な、なんだ、やめろっ!」
抵抗する鋼鉄の槌。だが小さいブラッディ・イヤリングを取り外すのに手間どううちに、それはその足から不気味な色の液体が流しだす……鋼鉄の槌の頭に、毒液を注入していく。
次第に鋼鉄の槌も、頭がしびれ、意識が朦朧としてくる。ばたり、と彼はそこに倒れこんだ。
やがて彼の頭からブラッディ・イヤリングもポロリと落ちる。それもそのはず、注入する毒液は、ブラッディ・イヤリングの血液そのもの。命と引き換えにたった一度主人を守るのが、この護衛種の務めなのだ。
荒れ果てた森は再び静まり返った。バラガももう、その場にはいなかった。
●
「アックスさん!」
フィオナの森の奥深く、まだパラサイトワームの毒牙の届かない場所に、銀髭団の本拠地はあった。
青銅の鎧は、漸く少し落ち着いたらしい子供を連れ、本拠地の仲間たちに迎え入れられる。「ブロンズかい! その子は……」
ほどなくして彼の呼び声に答えるように、逞しい体を持つ猿の女性ビーストフォークが現れた。女性とはいえ戦士。その見事な筋肉は、生半可な若い男性ビーストフォーク達のそれ等軽々上回っている。
彼女は《銀の戦斧(シルバー・アックス)》。自然文明の優秀な戦士で……自然文明の王たる《銀の拳(シルバー・フィスト)》の妻、自然の王妃である。
「母親が目の前でパラサイトワームに食べられたんだ。すっかり怯えきってる。アックスさん、この子の事……」
「分かった。任せときな」
逞しく低い声音によらない、優しい響きの声で彼女は言った。
「おいで」
子供のビーストフォークもそれに安心したように、恐る恐る差しのべられたその手を取った。少し開けたその本拠地の中に一件の家に、彼女は子供を案内する。
扉を開けると、そこには沢山のビーストフォークの子供。みんな。闇文明のおかげで家族を亡くした子供たち。銀の戦斧はそのような子供たちを引き取り、世話をしているのだ。
「ここには、あんたみたいな子がたくさんいるんだ。さ、あんたたち。新しい友達だよ。みんな仲良くするんだよ」
彼女がそう言うと共に、子供たちも少しずつ、新しくやってきた彼のもとに近寄る。当の彼は少し戸惑ったように、銀の戦斧の後ろにくっついていた。彼女はそれをとがめることなく、彼の小さい頭を撫でて、優しい声で言った。
「もう、大丈夫だよ。安心おし」
その声が、あんまりに温かく、優しかったからだろう。彼はポロポロと涙を流した。母親が死んだときのものとは違う涙を。
「……どうですか? アックスさん」
銀の戦斧がいったん外に出るなり、青銅の鎧が心配そうに話しかけてきた。
「うん、大丈夫。すぐ慣れてくれそうだよ。良かった」
「……ふがいねえ!」青銅の鎧は呻く。
「おれ達がもう一歩早く駆けつけてりゃ、母親も死ぬことはなかったのに……」
「……ブロンズ。悪いのはあんたじゃないさ。よく頑張ったよ。戦ってるのは……」
「ああ、アイアンの奴です」
渋い顔で、彼らは状況報告も兼ねた会話を続ける。
豊かな大地の実りを、自然の秩序と共に生きることで享受する彼らにとって、見境のないパラサイトワームは天敵以外の何物でもない。
大地の実りは取りすぎることなく、皆で分け合う。自然の恵みとは誰のものでもあって、誰のものでもない。それが掟だ。取りすぎる事さえなければ自然は豊かに肥えたまま、また新たな実りを育み、森に生きる全ての民を潤す。自然文明の民はその精神で、長らく平和に生きてきた。
だがパラサイトワームには、闇文明にはその精神が通じない。彼らはただあるものをあるだけ奪い去っていく。後が草も生えない荒れ地に成ろうと知ったことではない、とでも言わんばかりに。
そんな彼らに暴れられては、森はめちゃくちゃだ。
彼らは火文明とは違う。戦いに栄誉などは感じない。戦いたいから、戦うのではない。
ただ、守りたい。森を、家族を守るため戦う。それが銀髭団の戦う理由であった。
がさり、と茂みが掻き分けられ、もう一組のビーストフォーク戦士たちも帰還してきた。「母上、ただ今戻りました」と、その隊を率いていた若い猿のビーストフォークが言う。
母上、と自然の王妃を呼んだ言葉の通り……彼こそは銀の拳と銀の戦斧の息子。自然文明の王子、《無垢の宝剣(イノセント・ハンター)》である。
彼は得物にしている透き通った大剣を背中の鞘におさめ、母に話しかける。
「こちらの討伐は成功です」
「良かった。ああ、イノセント。孤児院にまた一人、仲間が増えたんだよ。後でお前も行っておやり」
「はい」と、彼は答えた。無垢の宝剣も強靭な力を持つ両親に似て、戦士として優秀な器であった。彼についている親衛隊も、若いながら優秀な面々だ。彼らもめいめい片付けを続ける中、無垢の宝剣は呟く。
「しかし母上、いつまでこのような争いが続くのでしょう……僕たちは、本来こんな民では……」
そう言った矢先。無垢の宝剣の耳がぎゅっと掴まれた。
掴んだ犯人は、ビーストフォーク戦士の少女だった。ウサギのビーストフォーク、名前は《誕生の祈(バース・アイ)》。
「痛っ!」
「弱音を吐くな、弱虫イノセント。自然を率いる王族たるお前が、そのような態度でどうする」誕生の祈はきびきびした口調で言った。
彼女は無垢の宝剣の親衛隊の一員であり、幼い時から彼を守るため育てられてきた。しかし、だからこそ無垢の宝剣に対して、歯に衣着せぬ物言いをする相手でもあった。彼女と無垢の宝剣の間柄は主従と言うよりも、付き合いの長い幼馴染に他ならない。
「痛いじゃないか、バース……乱暴はやめてくれよ」
「お前の弱虫を叩きなおしてやったまでだ」
「やれやれ……」銀の戦斧は苦笑した。「相変わらず、気が強いね、バースちゃんは……」
と、その時。「ん?」と誕生の祈の長い耳がピクン、と立ち上がる。彼女はウサギの獣人。物音には敏感だ。
「この音……ゴールデンか?」
彼女の言葉通り、バサバサと羽ばたいて飛んでくるビーストフォークがあった。彼は鷹のビーストフォーク、《黄金の翼(ゴールデン・ウイング)》。超重力の自然文明には、飛べる種族は案外少ない。だが彼を筆頭とする鳥のビーストフォークは、重力に逆らい得るほどの筋肉と、軽い骨格を両立させていた。その能力を生かし、主に偵察を担っていたのがこの黄金の翼だ。
「ゴールデン! 何かあったかい!」
銀の戦斧は問いかける。だが。明らかに何か悪いことがあった。金の羽毛に包まれたその顔は、明らかに顔色が悪い。そして、彼の背中に背負われた妙に重そうな荷物……。
まさか。
まさか、と誰もが思う。思いたかった。しかしそれでなおひしひしと押し寄せた嫌な予感は、無情にも現実のものとなる。
「……王妃様、王子様……!」黄金の翼はその場に跪き、震える声で言った。丁重に、その荷物を下ろしつつ。
「ご報告致します……鋼鉄の槌が、闇文明との戦いで討死しました!」