鋼鉄の鎚は、力自慢な男だった。けれど決して、争い事が好きだったわけではない。
彼はただ、許せなかっただけだ。故郷の森を蹂躙する存在を。
戦いに意義を見出していた男であれば、戦死を喜ぶこともできたろう。だけれども彼は確実に、また平和に戻ったフィオナの森にもう一度暮らしたくて、戦っていただけの筈なのだ。
彼だけではない。戦いが始まって以来、何人ものそのような思いを抱いたビーストフォーク戦士たちが、志を叶えることもなく、闇文明の前に散っていった。
それも殆どが、キマイラやパラサイトワームに食べられて骨の一本も残らなかったのだ。綺麗な遺体のままで帰ってきた鋼鉄の鎚は、まだ幸せな方だった。
銀髭団が拠点として築いた村はその夜、粛々と鋼鉄の鎚の死を悼んだ。
「アイアン……さん……」
涙ぐむ無垢の宝剣の隣で、また誕生の祈が小さな声で、しかし厳しく釘を刺した。
「泣くな。……お前は、自然の心の支えとならなくてはならぬ存在だ。泣いて……泣いて、どうする」
その言葉の通りだった。暗い夜、パチパチと焚かれた篝火の下でひそやかに行われた葬式。その中で全員の中心に立つサイのビーストフォーク……銀髭団の首領にして自然文明の王たる銀の拳は、体を震わせ鋼鉄の槌への哀悼の念を惜しみなく滲ませながらも、その目には涙の一つも滲ませてはいなかった。
「鋼鉄の鎚……よくやった、良くやった!」彼は戦友の遺体を前に、そう呻く。
「役目を終えたお前の魂がこの森に帰るまで……おれ達がこの森に、平和を取り戻す。だから、安心しろ! 安心して、この地を潤すマナとなり、おれ達を見守っていてくれ……!」
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葬式も滞りなく終わると、銀髭団は小屋の中で、作戦会議に移った。特に、明らかにパラサイトワームに食べられたのではない彼の遺体は、ワームやキマイラ以外の敵も自然文明へ迫ってきていることを彼らに予測させた。
黄金の翼の報告によれば、そもそもその場には飛び散ったワームの体液らしいものもあったということだ。むしろ鋼鉄の鎚はワームには勝ったはず、と見るのが自然な事であった。
「いや……たしかに、いましたよ。ワームじゃない奴が……」唯一、死ぬ寸前の彼の側にいた青銅の鎧が、口を開いた。
「なんだろう……おれ達みたいな二足歩行種族で、黒い鎧を着た奴が……そう。ワームに命令していました。ワームもあんな奴らのくせに、あいつにはおとなしかった、あいつの言う事は素直に聞いてた……」
「もしかすると、ダークロードではないのか?」誕生の祈が言葉をかぶせる。「闇文明の支配種族だとかいう……」
「あれが!?」青銅の鎧は驚いて叫んだ。
「なんてこった、じゃあ、おれは尚更……」
「引け目を感じることはないぞ、ブロンズ」機先を制し、銀の拳がそう言った。
「おれ達の目的は、敵を殺すことではない。傷つけられた森の民を一人でも多く救うことだ。お前はわき目もふらず一人の子供を助けたのじゃないか。何も、間違ってはいない」
青銅の鎧の、その言葉に対する礼が響く。
「しかし、そうなると……こいつはやはり、計画的な事というわけですね」黄金の翼が、そう意見した。
今まではパラサイトワームやキマイラが闇文明の種族だということは分かっていても、何かしらの理由……それこそ大爆発の影響かなにかで偶然地上に来てしまい訳も分からず暴れているだけなのか、ダークロードが意図的に送り出したものなのかの区別はつかなかった。だがもしダークロードが指揮を執っていたというのならば、一連の事は完全に、闇文明の故意の作戦とみて遜色ないだろう。
いくら自然文明が素朴な民と言えども、これくらいの想像はつく。先の大爆発でフィオナの森すらも多大な被害を受けた。闇文明が無傷なわけはなかろう。
彼らはその埋め合わせのため、自分たちの豊かな土地を奪いに来たのだ。これでなにもかも、はっきりする。
「そんな……どうして、こんなに惨いことを!」無垢の宝剣が呻いた。
「陛下、そのように判明した以上、今までの作戦では手ぬるいのでは……?」縮こまる王子を片腕でなだめつつ、黄金の翼が呟いた。「私も同意します」と誕生の祈もその言葉に乗る。
「あちらが明確な攻撃の意志を持っているのです。我々とて、もっと本格的な反撃を……」
「いや、だめだ!」だがその言葉を、銀の拳は一喝した。
「おれ達はあくまで防戦でなくてはならないんだ! 奴らと同じ存在へ成り下がるわけにはいかん!」と、彼は小屋にあつらわれた祭壇を仰いだ。
光文明を祀った祭壇だ。石造りの浮彫彫刻には、びっしりと精霊、予言者を模した姿が描かれている。巨大な金属質の機体に、それに寄り添う小さな球体……。
穢れなき天上に浮かび、秩序を尊ぶ彼ら。千年前の森の救世主。自然文明にとっての神そのもの。森の王たる銀の拳は特に、一途に彼らへの信仰を持っていた。
「天の精霊様、予言者様は、秩序を乱すものを何よりも嫌われる。そのような者達の元へ、光の神々様方は決して救いの手を差し伸べては下さらん……守り、耐えて、待つのだ。精霊様、予言者様は必ず、おれ達を救ってくださる……」
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フィオナの森の中でも、開けた農耕地帯。闇文明では見えない透き通った星空が広がっていた。
村人たちは、とっくに逃げた後。バリバリと、畑の作物を肥えた土ごと食べる音だけが広がっていた。
「食べ過ぎるなよ」ダーク・フリードは配下のキマイラ達をそう静かに諭した。「上の方々が召し上がる分を、送らなくてはならないのだから」
そう言いつつ、彼女はぼんやりと星空を眺めていた。「(これほど美しいものが、地上にあったのか)」と、彼女は考えていた。
幼い頃から、聞かされていたこと。闇文明も、今は地下に身を潜めているが、たった千年前までは地上に住んでいた。フィオナの森は、自分たちのものだった。だが先の大戦……覇王ブラックモナークが死んだあの戦以降、逃げるように地下に隠れているのだと。
ダークロードは「ある理由」から、非常な長命だ。しかしその中でまだ若いダーク・フリードは、地上を知らなかった。本物の星空も、緑に満ちた森も、地下で取れるものとはくらべものにならない上質な作物も、皆、彼女にとっては初めて見るもの。
自然文明の事は見下している。野蛮で低能。自分たちに敵うはずもない。だけれども彼らの暮らすこのフィオナの森は、心底、羨ましいと彼女は思った。
「ダーク・フリード」
背後から声がした。振り向くと、パラサイトワームの指揮をしているはずのバラガがそこに立っていた。
「バラガ……」
「そちらの戦績はどうだ?」
彼もダーク・フリードの隣に腰かけ、話す。
「銀髭団には会ったか?」
「いや……存在は聞いているし、キマイラ達が何匹か討伐されている。だが私自身は、まだ見たことは……」
「今日、その一人に会った」バラガの言葉に、ダーク・フリードも仮面の奥でピクリと眉をひそめる。
「はっきり言う。想像以上の強さだ。油断がならぬ」
「まさか……」
「我々は魔術を使えるが、ここはあくまで自然文明の土地。ここで最高のコンディションで戦えるのは自然文明の者共だということは、考慮する必要がある」
バラガは鋼鉄の槌の話をした。技術の野蛮さをひっくり返すほどの、ビーストフォーク達の馬力。これから中心地に向かって侵攻を深めるにあたり、さらにあの強さには悩まされることとなるだろう。
ダーク・フリードもそれを素直に受け止めた。「うむ。それでは……」彼女は唇に手を当てて考え込んだ。
「戦力の更なる強化、そして……」一方バラガはマントの中から丸いものを取り出し、ぽんと脇にあった一本の大樹にあてがった。パラサイトワームの卵だ。
「もしもの時には《デーモン・コマンド》の投入も要請せねばならんだろう」
バラガに卵を植え付けられた大樹は、みるみるうちに水分を失っていく。青々と茂っていた葉が舞い散り、かろうじて枝に残るものは茶色くしなびていく。パラサイトワームは卵の時点で、驚異的なスピードで、寄生先から栄養を吸い取るのだ。
幹はひび割れ、葉が落ち切り、大樹が立派な枯れ木になった頃……そのフィオナの森の枯れ木から、また新たな悪夢が生まれた。「ピギギィ……」と呻きながら生まれてきたパラサイトワームの幼体。《腐卵虫ハングワーム》とバラガは彼に名付けることにした。
ハングワームは大樹一本を干からびさせておきながらまだ飢えているのか、バラガにすがる。
「腹が減っているのかい。よしよし……どこにでも食えるものはある。好きなだけ食べて来なさい」
そう、恐ろしい言葉を優しげに告げて、彼は生まれたてのハングワームを野に放った。
その一連の様子を見ながら、ダーク・フリードもさらなる戦力強化、と言う言葉を胸に刻む。こんなに美しい土地、豊かな土地だ。絶対に手に入れてやる。自分たちにこそ、地上は相応しいのだ。
●
それから数日後。
銀髭団の方から見ても、闇文明の勢力は一層強まってきたように思えた。
武器をとった者は毎日命懸けの戦いを強いられ、武器を持たない者は震えながら、天に住まう精霊と予言者に祈る毎日。そんな日を、いくらか過ごしたのちの事だった。
「出たぁ、パラサイトワームだぁ!」
また、フィオナの森のある村で悲鳴が起こる。
「畑が……もうすぐ刈り入れの時期なのに……」
「馬鹿、命の方が大事だ!」
ビーストフォーク達がそう叫ぶ中、ワーム達がうごめきながら次々と豊かな金色に輝く小麦畑へ突進していく。ワームの腐臭を放つ体液に覆われながら、次々と麦の穂が呑み込まれていく……。
そんな中。
その麦の穂と同じほど金色に輝く翼が、空に舞う。
「案ずるな、銀髭団が助けに来たぞ!」
空から、黄金の翼が叫んだ。村人たちは彼が空の上から案内するまま、保護部隊に助けられ、森の奥へと消えていく。その傍ら、黄金の翼は「王子、参りましょう」と、地上に降り立っていた無垢の宝剣に声をかけた。
「ああ」
無垢の宝剣も透明な大剣を抜き、パラサイトワーム軍団に切りかかっていく。一閃、刃が煌めき、一匹のワームの首が落ちた。
それに怒ったとばかりに飛びかかってくる一匹のワームに、今度はエネルギー弾が直撃する。
「危なかったではないか、イノセント」
「うん……ありがとう、バース」
誕生の祈の攻撃だ。彼女は自然文明の魔術を心得た、魔法戦士。武器よりも魔術攻撃の方が得意なのだ。
ギャピィィ、と奇声を上げてやってきたワームに、誕生の祈りはまたしても手を向け、エネルギー弾を作り出す。そして自分を喰らいに開けたその口の中に、一切臆せず射出した。
内部から貫かれてはひとたまりもない。ワームはずしんと、小麦畑の中に沈む。
「坊ちゃん! 大丈夫ですかぁ!?」
後ろから青銅の鎧の声も聞こえる。銀髭団の本隊が、続々集まってきているのだ。
「ああ、僕は今のところ平気だよ。でも……ちょっと、いつもより数が多い」
そう、無垢の宝剣が返した、その時だ。ぎょっとした声で、黄金の翼が空から言った。
「王子……キマイラの大群が、ここを目指して迫っております!」
「なんだって!?」
無論手を休める暇もないまま、彼は言う。
「まさか……」と、誕生の祈。「大軍を持って、私たちを本格的につぶす気では?」
「そう……かもね」
迂闊だった。込み入った森の中ならばさておき、開けた農耕地帯ではあちらのハンディも薄い。まんまと、誘い出されたか。
無垢の宝剣が歯噛みしたその時。待ってましたとばかりに、畑を守るように生えていた林をなぎ倒し、キマイラ軍が現れた。
「坊ちゃん!」
「イノセント!」
後ろから本隊を率いていた青銅の鎧と銀の拳も現れた。そして彼らも、キマイラ軍を認める。
「また随分と……来たもんじゃねえか」
「はい……父上」
彼らは痛みも感情も、何もないような目で銀髭団を見下ろしている。今までにない規模の大群だ。……それでも、彼らには戦う以外の選択肢はない。
幸い村人たちは、無事に逃げた。
「行くぜ……銀髭団」
多くの鼓舞の言葉は何もなしに、銀の拳が言った。そして銀髭団が一同武器を手に取った、その時。
バサバサバサバサッ!!
そんな激しい羽音が聞こえて、林の中からまた飛び出し、闇文明のクリーチャー達に飛び掛かっていく一群があった。
銀髭団は目を疑った。《ジャイアント・インセクト》だ!