ジャイアント・インセクト。
フィオナの森の中で生まれ育つ、超巨大な体躯と凶悪な生態を持つ昆虫の種族だ。
社会生活を営むビーストフォークと違って完全な野生動物であり、ビーストフォ-ク達にとってもどちらかと言えば森の仲間と言うよりも、畑や作物を荒らす困り者だった。
しかし……どうやら、今はもはや事情が違う。
翅を羽ばたかせ、次々に闇の軍勢に襲い掛かっていくジャイアント・インセクト達。その姿からは、普段の本能のままに生きる昆虫以上の意志が感じとられた。
彼らも野生動物とはいえ、フィオナの森の恵みを享受し、森を愛して生きていることには変わりない。その森を汚され、ジャイアント・インセクトたちも明確な怒りを覚えたのだ。
昆虫とはいえ、やはり自然文明の超重力に鍛えられ、また森が齎す豊富な栄養を取って生きている存在。その上凶暴な生態をもって互いに日夜争い続ける種族。その力は半端ではない。
「あいつら……」銀の拳は呟いた。長年森と共に生きてきて、ジャイアント・インセクトの強さも厄介さもよく知っている彼だからこそ。
「おれ達と一緒に……戦ってくれるってのか?」
言葉を話さない虫たちは、それに応じない。だが闇の軍勢にしゃにむに立ち向かうその態度が、もはや答えだった。
ブゥ──ン! ブンブン!! と耳をつんざかんばかりの羽音を響かせてまず、猛烈な速さで先陣を切っていく緑色の巨大な蚊の群れ。《スナイプ・モスキート》だ。
彼らはめまぐるしい速さで飛び回り、自分たちを狙うパラサイトワームを逆に翻弄した。普段は獰猛な外見とは裏腹に草食性で、水草を主に食べている種だが、戦いとなれば話は別といわんばかりの俊敏さ。
動きが混乱してしまっては、銀髭団の良いカモ。まず、スナイプ・モスキートのターゲットになったキマイラ達に、銀髭団も襲い掛かった。
やはり、ジャイアント・インセクト側にも明確に協力の意志があるらしいことを銀髭団も完全に確信できた。彼らは普段のようにビーストフォーク達と対立することをせず、道を譲る。
「あいつら……見直したぜ!」青銅の鎧は思わずこぼした。「普段はせっかく出したマナを食べちまう迷惑な奴らなのに……」
さらに連携をとるようにやってくるのが、紫の羽を剣舞のようにシャキシャキとはためかせる蝶。《ソード・バタフライ》。その鱗粉を吸うとホーン・ビースト……フィオナの森の奥底に住まう神秘の霊獣種族さえ眠るほどの強烈な毒蝶だ。勿論それを知るビーストフォーク達は風上に移動してよけるが、知る由もないキマイラやワームたちはもろに喰らって、眠りこけてしまう。
さらに、鱗粉が届かない範囲に居る闇の軍勢相手にも、ジャイアント・インセクトは容赦ない。先述のホーン・ビーストがこれまた見ただけで震えあがるとまで言われている森のならず者《フォレスト・ホーネット》。彼女らはキマイラ軍を相手に一撃で相手を打ち殺す毒針に、骨ごとかみ抱く顎をドスドスと打ち立て、ホーネットの名の通り彼女らが住まうような、まさにハチの巣の様相へとただでさえ醜いキマイラを変貌させていく。
ガチャン、ガチャンとともはや動くだけでも自然の生き物とも思えぬ音がする《ブルレイザー・ビートル》たちも負けてはいない働きぶり。全身が鋭利な刃物状になっており、繁殖期などの一部の時期を除いては同族ですら離れ単独行動をする危険な種だ。だが同族は傷つけられずとも、森を汚す者達は別。彼らは遠慮なしに突進し、痛みを感じない闇のクリーチャー達の体を動くのも不可能なほどずたずたに引き裂いていく。痛みを感じなかったと言って、だからどうした。目的は痛めつけることではない。これから先、この怪物たちに森の恵みは雑草一本たりとて喰らわせないことにほかならぬのだから。
そして極め付けにガサリ、と茂みの中から現れる者がいた。すっかり虫たちを信頼した銀髭団すらも、まさかあいつまで、と恐れを覚えるほどの存在。
ジャイアント・インセクトの中でも特に貪欲。大食いかつ極端な雑食性で腹が減っているとなればパラサイトワームに負けず劣らず何でも食べてしまう上、その食性に合わせて生半可な者では手出しもできないほどの強大な力で暴れるインセクト。「やつはすべてを食い荒らす」と、自然文明の農民たちはまず最初に叩き込まれて育つ、恐怖の甲虫《デスブレード・ビートル》が一匹、姿を現したのだ。
彼は青い巨大な鋏をガチン、ガチンと鳴らし威嚇しながら戦場へと姿を現す。だが普段その鋏で狙うはずの小麦には目もくれず、彼はひときわ目立つ巨大なキマイラ《ギガルゴン》にまっすぐ向かっていった。ガチン、ガチン、その響きには普段デスブレード・ビートルの鋏が宿すはずのない色まで混ざっているかのようだった。憎悪、殺意というものが。
自分の体の数倍はあるギガルゴンに彼が一切ためらいなく鋏を突き立てた、次の瞬間。
生き物同士のしのぎを削りあう抵抗のし合いなど、最早起こる由もなかった。ギガルゴンの身体は腐って木から落ちた果物が野生生物に踏みつけられるがままになるように命を失い、ぼたん、と地面に落ちる。
デスブレード・ビートルをはじめジャイアント・インセクトたちはそんな彼の死体に飛びかかり、物凄い勢いで食い荒らし尽くした。闇獣たちにもひけはとらない貪欲さも、今となってはただ頼もしい。今まで森の実りを食い荒らしてきたお返しだとばかりに、彼らは闇の超獣たちを餌にしていった。
その様子を、少し離れた高みから、二人のダークロードが見ていた。
「なんたること……」バラガは言う。
「まさかあのような奴らまでが……」
「焦るな」ダーク・フリードは冷静に返した。そして魔力を込めた水晶玉を取り出す。
「けだものや虫けらが何匹集まろうが、我々が引けなど取るものか……反撃だ。ゆくぞ」
きらりと、水晶玉が黒い輝きを放った。
それと同時に。地面がわさり、と盛り上がった。ジャイアント・インセクト軍団の先陣を切っていたデスブレード・ビートルの真下の地面が。
「ギッ?」
と、デスブレード・ビートルが鳴いた次の瞬間。
地面の中から凄まじい勢いで巨大なワームが生まれた。そしてその円筒状に広がった口が、デスブレード・ビートルを勢いに任せて飲み込んだ。反撃どころか、気づく暇もないスピードだった。
「ギギャァァァッ!!」
と言う悲痛な叫ぶ声もくぐもっていく。巨大なワームこと《腐食虫スワンプワーム》の口の中で、バリバリと彼の甲殻が無残に噛み砕かれていく音が響いた。
「デスブレード・ビートル!」銀の拳は思わず叫ぶ。そして、それが皮切りとなった。
眠りこけたもの、倒されたもの、死屍累々と横たわるキマイラやワームの群れから瘴気が立ち込める。自然文明の民たちも、異変を感じた。
「派手にやってくれたものだ……だが、よい。殺すなら、いくらでも殺すのだ。我らダークロード、殺されるだけの弱い者に、執着などありはせん」ダーク・フリードは不敵に笑い、そう呟く。
「我らにとって、彼らにとって……死など恐れるに足るものではない。彼らは死体をあやつって、次の死体を作り出すのだから……」
めり、めりめり、と音を立てて、キマイラ達の体が無くなっていく。ぐちゃ、ぐちゃとその腐肉が食いちぎられる音。またしても、地下から新たなワームが敗北したキマイラの身体を餌に生まれんとしているのだ。その死体を食い荒らしていた一匹のジャイアント・インセクトが逃げ遅れ、その口に飲み込まれた。
「フュリリリリリ……」
そしてすべてが消えると同時に地下から生まれたワーム……《凶食虫スティンガー・ワーム》にバサリ、とそのインセクトが持っていたような翅が生える。ただ餌にしたわけではない、コピーしたのだ。捕食対象の特性を。自分たちとは違う地上のクリーチャーを食い荒らすことで、ワームたちはさらなる発達を遂げるのだ。
さらにもう一つめりめり、とキマイラの死体が地下に沈んでいく。
「グッ……グッ……」
鈍いうめき声が響いたのもつかの間、間欠泉のように勢いよく紫色の瘴気が噴き出す。瘴気に包まれた腐肉は瞬時に腐って柔らかくなり、一息にずるずると地下に居る何者かに飲み込まれる。やがてそのワーム《毒煙虫ポイズン・ワーム》も黄色い消化液をべちゃべちゃまきちらしながら地上へ姿を現した。
次々に、死んだ味方の死体を餌に、新しいクリーチャーが生まれてくる。
「なんだ、彼らは……」とその光景を前に息をのむ、無垢の宝剣。「自分の仲間たちを、食べているぞ……?」
「……あれが、闇の秘儀か」隣に立つ誕生の祈も目を見張った。
「命を馬鹿にしている……何と言うことだ!」
その言葉は、その場に立つ自然文明全員の総意と言ってもよかった。信心深いビーストフォーク達はもちろんの事、ジャイアント・インセクトとていくら森のならず者と言っても、最低限の秩序はわきまえていればこそ、長い間森で暮らしていたのだ。命の尊さは、彼らにとってもやはり何より重要な事。
仲間の死体を取り込み力をつけることを繰り返す闇の軍勢は彼らが今までに知ってきた何者よりも、生命を侮辱しているように思えた。
そして、その侮辱は間違いなく、非常に強大な力として彼らの前に立ちはだかったのだ。
バキ、バキと一番大きな音がして、銀の拳のすぐそばにあった死体の山が次々に崩壊していく。それをガバガバと飲みこむ気配。同じく仲間を食い荒らしたどのクリーチャーよりも見境なく、「それ」は死体を取り込んでいった。
「ゲッ……グゲ……ゲゲゲゲェ……」
そして苦しんでいるようとも、威嚇するようともつかないうめき声とともに、地下から這い上がってくる、巨大なキマイラ。目のない頭が数個つき、血色のない白い皮膚には血管が浮かんでいる。生き物としておよそガタガタの不完全に見える体をしていながら、目の前に立つそのキマイラ《ギガベロス》は明らかに、只者ではないパワーを持っていた。
「グギジャガガガガァァァァッ!!」
ギガベロスは奇声をあげ、のたうつように手を振り上げた。そしてその動作ひとつ、攻撃の意志の有無すらわからない身動きで、数十体のジャイアント・インセクトが簡単に沈んだ。
間違いない。闇軍は数自体は大幅に減ったものの死体を取り込み、パワーを増している。一転、状況は逆転された!
「この場を離れろ!」即座に状況を判断し、銀の拳は叫んだ。
「この数なら森で戦える、森に入れ! 森の中なら、おれ達が有利だ!」
その言葉を聞き、銀髭団も、ジャイアント・インセクト軍も、身をひるがえして畑を囲む森の中に急いだ。彼らが幼い頃から生まれ育った複雑なジャングルの中に。
キマイラも、パラサイトワームも、勿論それを追いかけて、がさがさと森の中に入っていく。戦場はこれより、密林の中だ。
一連の事を見届け、バラガは言った。
「さてと……我々も入るか? 森へ」
「うむ。そうせざるを得まいな」
ダーク・フリードはそううなずき、水晶玉を取り出す。そしてそれに魔力を込め、話しかけた。水晶玉は闇文明への交信器具にもなる。
「《死皇帝アザガースト》様へ、バラガとダーク・フリードよりお伝え申し上げます……。我々に数体デーモン・コマンドの指揮権を下さいませ。……今日、我々は銀髭団を皆殺しに致します」