里に近づいてきた頃には、既に夕方だった。夕日に照らされて樹氷や雪道が紅色に染まる中、ポップルは手の中にあるハートの宝石を眺めながら、先ほどからため息をついていた。
「どうしたの?」そりをこぐポレゴンが聞く。
「うん。冒険って、本当に楽しいなって……」
「勿論だよ! だって冒険だもん!」
「あたし、大人になったら冒険できないのかな」
え? とポレゴンは聞き返す。
「お姉ちゃんはいつも言うんだ。大人になったら、お嫁さんにならなきゃダメなんだって。でも、お嫁さんになったら家にいなきゃならないんだから、冒険できないんでしょ? やだな……あたし、お嫁さんになんかなりたくない。ずっと今日みたいに、冒険してたいよ……」
宝箱に、お宝。
今まで、ずっと概念的な、遠い憧れのようなものでしかなかった冒険と言うものが急に現実的なものに思えてきて、ポップルは今一度、そう感じたのだった。
冒険は、楽しい。世界中を、冒険してみたい。けれど、里の外に出る事すら、大好きな姉はだめだと言う。
冒険できるのは、今だけなんだろうか。お嫁じゃない、今だけ。
そう思っているポップルに、ポレゴンは優しく言い返した。
「いいじゃない? それで。ポップルが楽しいと思うことを、ずっとやってればいいんだよ」
「そうかな?」
「うん。ポップルにとって何が楽しいかなんて、ポップルにしかわかんないもん」
それに、とポレゴンは付け足した。
「お嫁さんにならなきゃダメってんなら、僕がポップルをお嫁さんにもらうよ! そしたらずっと、二人で冒険できるもんね」
「ほんと!?」ポップルは嬉しそうにぱあっと笑う。「ありがと、ポレゴン!」
どんどん夕日も沈んで、雪道だけでなく二人の顔も真っ赤に染まってきたころ……スノーフェアリーの里が見えてくる。ポップルはさっと、ハートの宝石をコートのポケットにしまった。そこには彼女らを待ち構えるように、コートニーが仁王立ちしていた。
「お、お姉ちゃん……」
「全く、いつもいつも言うこと聞かないんだから……そんなんじゃ、立派なお嫁さんになれないわよ!」
その言葉に、ポップルはフフ、とポレゴンと目くばせする。
「大丈夫だもん」
「え?」
始めて帰って来た反応に、コートニーは戸惑う。ポップル達はそりから降りる。ポレゴンはそりを引きつつ、一足先に帰っていった。
「じゃあね、ポップル、また明日!!」
「うん、さようなら! また明日!」
ぶんぶんと振られる手に、ポップルも手を振りかえした。
●
日もくれて、真夜中。ポップルは自分の部屋で、金色のハートの宝石を眺めていた。
本当に、何回見てもきれいな宝石。これを選んだのも納得がいく、吸い寄せられるような美しさを、何回見ても感じる宝石。なんていう名前なんだろう。明日、カチュア様に聞いてみたらわかるかな。と、彼女が考えている最中……窓の外から、流れ星のようなものが見えた。
けれど、おかしい。流れ星にしては、落ちる速度が遅い。不審に思った彼女は、宝石をポケットにしまうと、窓から外に出てみる。
のんびり落ちてきたそれは、次第に大きく見えてきて……そして。明らかに近くに樹氷の森の中に落ちたように見えた。
「(流れ星が、森の中に!?)」
そんなもの、初めて聞く。驚いたポップルは浮遊結晶を作り出す。窓から身を乗り出してそれに乗り込み、樹氷の森に飛んで行った。
確か落下地点はこのあたりだったはず……彼女がそう思っていると、彼女の目は俄かに金色の光る物体を見つけた。まるで例の宝石のように、眩しい色に。
それが、雪の中に埋もれているらしい。
ポップルは慌てて、雪を掻き分けた。幸いそう深くうずもれた訳ではないらしく、やがて彼女の手がコツン、とその何者かに触れる……それの正体は、金色の球体だった。
と、思った矢先。
「うーン……さっむぅイ……」
すうっ、とその球体が浮かび上がったのだ。魔法や、飛行の類ではない。まるで重力がそれの周囲には存在していないかのように。
輝く球体は……ヒヨコのような顔立ちをしていたけれど、明らかにヒヨコではない。頭にも赤い球体を頂き、手のようなピンセットのような謎の機械を体の左右に浮遊させている。……混乱しているポップルを見て、そんな彼はにっこり笑って言った。
「あっ! 君、自然文明の子ー!? ねえねえ、自然文明のご飯食べられるところ分かんナイ? 連れてってヨー!」
人懐っこく、その球体は話しかけてきた。ポップルも、何がなんなのかはよくわからないが……少なくとも怖いものではない、と言うところまでは分かった。
「あたしのおうちに来る?」と、彼女もやさしく話しかけた。
●
むしゃむしゃ、とその球体は差し出されたおにぎりの山を勢いよく食べた。
「うーん! 美味しいー!! やっぱり地上のご飯って美味しいネー!」
「そ、そう? ……美味しいんだ……ありがとう!」
寧ろ、自分のお米の焚き方はなっていないといつもコートニーに怒られているのに。美味しいと言われてポップルは、何とも言えず嬉しい気持ちになった。
「アッ、いっけない。自己紹介するの忘れてたネ」目の前の球体はあわてて言う。
「ボク、《クルト》! ライトブリンガーの《予言者クルト》だヨ!」
「えっ」その言葉を聞いて、ポップルも言葉を詰まらせた。「ライトブリンガー!?」
ライトブリンガー。自然文明の民が、その種族の名前を知らない訳はない。
彼らが神と崇める光文明、それを統率する種族だ。他のどの種族にも備わっていない予言、という未知の力を携え、未来を見ることができる。その未来視によって光は、完璧な秩序を作り出すのだ。
「すごい……じゃあ、神様じゃないですか!」
「神さま? なんデー?」
「だって、光文明の皆さんはこの世を平和に保ってくれる神様だって、だからいつでも敬う心を忘れないようにって、みーんな言ってますよ!」
「えへへ、そーなノ? なんか、照れるなァ……」
クルトはその言葉通り、金色の機体のほっぺたを少しだけ赤くしながら、それでも相変わらずおにぎりをむしゃむしゃ食べている。ポップルにしても感慨深くなって、彼の事をしげしげと眺めていた。光文明。天上に住む、秩序の守護者。いつも祈りを捧げている存在が、こんなに近くにいるなんて。そう思っただけでも、心がわくわくする。
「君ハ?」
「あっはい! あたし、春風妖精ポップルです!」
「そーなんダ! ポップルちゃん、今日はありがとネ!」
「いえっ、光の皆様は敬うようにっていつも言われてますし……」
「でもサー、なんでボクの名前聞いた途端、話し方変わったノ?」
ちょこんと首……と言うよりも体全体をかしげるクルト。
「えっ。だって、神様に失礼ですから……」
「そんな事ないヨ。ボク、ぜーんぜん嫌だって思わなかったシ。それに、ボク、別にそんなすごいライトブリンガーじゃないかラ、もっと気軽で平気だヨ」
「そうなん、ですか……?」ポップルは聞く。
「うん、まわり、ボクより凄い奴ばっかだモン」
「そう言えば、なんでここに来たんですか?」
「時々降りてくるんだヨー。地上のご飯を食べニ! だって地上のご飯、おいしいんだもノ」
あっけらかんとした口調で、そう答えるクルト。
「ボクたち光文明にはね、ご飯ってないノ。欲望は秩序を乱すもとになる、食欲も同じだとかデ……だからボク、地上に来ないとご飯食べられないんダ。まあ、だからそれでよく、皆には怒られてるんだけどネ……」
「……駄目って言われてるのに、ご飯食べたいんですか?」
「だって、おいしいご飯食べるの楽しくて大好きなんだモン! ……あれ、笑ってル?」
「え……? えーっと、そんなことないです!」
とは言いつつ、実際ポップルも面白く思ってはいた。
なんだか、目の前のクルトが自分にかぶって見える。光文明の予言者ともあろう種族にも、中にはこんな人もいるんだ。規則に縛られずに、自分の好きなものを追い求めている人が。
なんだか、大人になったら冒険はできないかも、なんて考えていた自分が小さく思える。きっと里の外にはそんな自分の価値観くらいすぐ変えてしまうほど、色々な人が沢山いるのだ。
いつのまにやら、クルトは自分の体よりあったおにぎりの山を全部ぺろりと平らげてしまった。
「あー、おいしかっタ。ごちそうサマ! ポップルちゃん、ありがトー!」
「い……いえ! 神様のためですから……」
「ンー……だからもっと、気軽でいいんだけどなァ……」
「え、えっと……」
その言葉に応えていいんだろうか。真面目なコートニーなら、ここで丁寧な話し方を崩さない気はするけど……でも、目の前のクルトがこう言っていることだし、とポップルは迷う。
「あ……じゃあ、どういたしまして!」
「うン! ありがト! ポップルちゃん、お料理上手だネ!」
クルトはまた、ふわりと飛び上がって、ひらひらと宙を舞う。そして窓の外を見て「アッ」と言った。
「お迎えダ!」
その言葉に、ポップルも目を見張る。夜空の闇の中から飛んでくる、金色の飛行物体の群れ。壁画で見る、ガーディアンにそっくりだ。
その予測は当たっている。彼らは、ガーディアンの群れだった。クルトはピンセット状の手をパタパタさせて、彼らに合図する。
「あれ、ボクを迎えに来てくれたんだヨ。ごめんネ、来てすぐニ……」
「い、いえ……神様と話せて、楽しかった……よ!」
慌てて普通の話し口調に矯正するポップル。クルトは笑って「また来るからネ。次はポップルちゃんのお友達とも、お話しさせてネ!」と窓の外から飛び出していった。
「おーイ、ボクだヨ、クルトだヨー! ごめんネぇ、急に飛び出しちゃっテー」と、声が遠ざかっていくのが聞こえる。
なんだかあわただしい来客だったけれど、それでも素敵な時間だった。あの光文明の人、しかも予言者と少しだけだけど、話せたなんて。
自分みたいな人が、光文明にもいたなんて。クルトさん、今度はいつ来てくれるのかな……。
と、彼女が考えたその刹那。
真っ白なレーザー光が飛び、彼女の部屋をえぐるように焼いた。しかも、全くの無音のまま。
え?
彼女が不審に思い、そっと外へ身を乗り出した時、そこには信じられない光景があった。
クルトが、地面に倒れている。そして体の一部を打ち抜かれ、そこがバチバチと音を発していた。
そしてレーザー光を発したのは、クルトの「迎え」と言われていた、ガーディアン達だった。
「な、なニ……? これ……? 体が、重イ……」
ポップルはその時点では知る由もなかったが、光文明が器とする機体は、反重力装置を仕込んである。その体を使って彼らは、空中で生活しているのだ。
ガーディアン達は、クルトの反重力装置を打ち抜いたのだ。どうにかして飛ぼうとパタパタともがいているクルトを前に、ガーディアン達は無機質な声で告げる。
「予言者クルト。排除する」
何が? 一体、何が起こっているの?
ポップルに分かる術はなかった。予言者を守るはずのガーディアン達が、何故、クルトに攻撃を?
何も、わからない、理解できない。ただ、彼女の耳には一言が届いた。
「助けテ……」
クルトの、一言が。
ガーディアン達がとどめのレーザー光を発射する寸前。ポップルの体が無意識に動いた。浮遊結晶を作り出し、そしてそれに乗りながら、クルトを抱き上げたのだ。
「神様! 大丈夫!?」
「ポップルちゃん……」
クルトの声は弱々しかった。つい先ほどまで明るく話していた相手とは思えないほどに。
そして次の瞬間、再度、代わり映えせぬ無慈悲な声が響く。
「予言者クルト。排除する」
ポップルは再度、レーザー光から急いで身を躱した。そして、森の中に逃げ込む。
本当に分からない、一体何が起こっているの? そう彼女は混乱しながら、浮遊結晶に乗り、クルトを庇って夜の森の中を必死で飛び回った。
何も、本当に何も理解できないけれど……この手を離しては、いけない気がした。
クルトを見捨てては、ならない気がした。
ふと、あることに気が付き、ポップルはぞっとする。
今、自分はどこを飛んでいるの? 真っ暗な森の中……里に帰る道が、わからない。
しかし、そう考えると、油断していると追手のレーザー光が飛んでくる。彼女はクルトを抱きしめながら、無我夢中で、逃げるほかはなかった。
とある妖精の少女の世界を股にかける冒険は、このような事件から幕を開けたのだ。