ファル・イーガ・カーテン 1
天空要塞、シルヴァー・グローリー。
美しい金属の機体を器とし、重力をものともせず、天空に住まう秩序の守護者……光文明の本拠地である。
雲の上にそびえるそれは、いつでも太陽の光を受けてキラキラ輝いている。その中心部、ライトブリンガーの居城となっている夢見の神殿の客間に、今日は一人の客が見えていた。
真っ青な、ゲル状の体。硬質な光文明の民とは対照的なその体は、間違いなく水文明のもの。
おまけに赤ん坊のように小柄な体格。サイバーロードだ。だが水上に出る際必要としている純水のカプセルには入っておらず、直で話をしている。一切汚れの存在しない光文明の本拠地は、完璧な無菌状態。体の弱いサイバーロードにしても、カプセルから出ても安心なのだ。
そのサイバーロード……こと、アクアンは目の前にいるライトブリンガーのリーダー、《予言者カティノ》に、いつも通りの不敵な笑みを浮かべながら言う。
「なんだかいつもよりシルヴァー・グローリーが騒がしいですねぇ。何か、あったんですか?」
「仮にそうであっても、あなたには無関係な事です」
傷一つない金無垢の球体の姿をしたカティノは、来客の質問を無機質な声でバッサリ切り捨てた。
「それもそうですね。失礼しました……にひひ」
アクアンの方も特に気にはしていないとばかりに言い返す。
「何の用でお見えに?」
「またまたぁ。ボクがおたくを伺うのは、商談の時しかないですよ」
「お時間を割いて頂いた中恐縮ですが、諸々は間に合っておりましてね……」
「えー、ホントですかぁ?」
すげなく追い返そうとしたカティノを、アクアンは笑っていなす。
「あれほど地上が大変な中、あなた方が焦っていないことはない……と思ったんですけれどね」
「……」
「地上の民たちが皆、あなた方のようにしゃにむに秩序を追い求めることができるなんて思い込むほど、あなた方はバカじゃない」
「……私たちが、戦いに備えていると?」
「ええ。戦いを好まないあなた方でも、秩序の保持のためなら話は別のはずだ」
アクアンは自前の端末を操作して、空中にモニターを展開する。そこにはつい数日前まで繰り広げられていた、自然文明と闇文明の戦争の光景が映っていた。
「銀髭団が一応一矢報いるなんて意外でしたよね。正直、ボクたち的にも番狂わせでした。……てっきり、もっと早くあなた方が介入するって、ほとんどのサイバーロードは踏んでましたからね。あなた方が最後まで現れず、しかしそれでもなんとかしちゃうなんて」
「その言いぶりだと……少なくとも貴方と例の皇帝は、分かっていたようですね。私達が今回は来ないことを」
アクアンはその質問には思わせぶりに口をつぐむ。一息おいて、カティノは続けた。
「下々の民は、我々のように一途に秩序を信仰できる器ではないからこそ、下界に住むことしかできぬ民。しかしそのような者でも、平和なうちは大人しくしていられる。未曾有の危機にこそ、どれほど秩序に忠実でいられるか……我々が手を差し伸べてやるに値する存在か否かがわかろうと言うものです」
「あのレベルの災害でも、あなた達にかかればテストの一環ですね、にひひ」アクアンは面白そうに笑った。「というか、それ、ボク達にも皮肉で言ってます?」
「……」
「あれはアホがエンペラーにも無断で、勝手に起こした戦争ですよ」
「たしかに……かの皇帝が絡んでいたにしては、何ともずさんだとは思いました」
「話、元に戻しましょう」アクアンが仕切りなおす。
「あなた方と闇文明が戦ってから、千年。奴らの魔術も飛躍的に進展を遂げましたねぇ。どうせ一番にあなた方が仮想敵にしているのは、闇文明でしょう? あの火文明だってあくまで内戦に甘んじていた中、闇は率先して他文明に侵攻を仕掛けてきた……明らかにこの千年間の、五文明の非干渉によって成り立っていた秩序を、真っ先に壊した存在ですからね」
「……それで?」
「これ、ご覧ください」
アクアンは端末のモニターに、もう一つの映像を展開した。映し出されているのは、水文明の護衛部隊。そして、二種類のサイバー・ウイルス。飴玉のような鮮やかな色をしたものと、青く透き通った細長いもの。サイバー・ウイルス《キャンディ・ドロップ》に《フェアリー・チャイルド》だ。
二種類のサイバー・ウイルスは護衛部隊に突進していく。護衛種のゲル・フィッシュたちは陣を組み迎え撃とうとする。だが、その瞬間……二匹のサイバー・ウイルスは、溶けたかのようにするりとその護衛部隊の体をすり抜けたのだ。
無表情なカティノも、さすがに少し驚いたのが伺えたようだった。にひっ、と笑ってアクアンは続ける。
「じつは、以前プログラムを解放したクリスタル・ランサー。奴に仕込まれていた対防衛ステルス機能……もっとも、ノーガードの火文明相手には使う機会がなかったですけどね。それを解析して、汎用性を高めたんです。先ほどの二体は、それのテストです」
「……何とも、面白い実験ですね」
「この能力、いりませんか?」
アクアンはにやりと笑って小首をかしげる。手前の端末に、ブレインジャッカーの映像を映しながら。
「防衛戦が一番得意なのは、あなた方光文明だ。けれど闇の防衛種も、あなた方とは一味違ってなかなかに癖がある。買って損はないと思いますけれど」
「一つ、気になることが……」と、カティノ。「あなたは今、この『能力』と仰いましたか? 『彼ら』ではなく?」
「はい。能力の方です。実はボクの方で、このステルス機能を、あなた方光文明の体にも合うように独自にプログラミングしなおしてみたんですよ」
アクアンの目には、いよいよカティノが動揺しているのが分かった。動くはずのない金属の体をしていても、分かるものは分かる。こう言う感情の変化に目敏くあってこそ、商人が続けていられる。
「まさか、そんな……」
「あなた方の金属の体は、あくまでかりそめの者。あなた方の本質はすでに概念的存在だ。機体の元素の結びつきを一時的になら弱めても、一切生存に危険はない。そこのとこから考え出してみた、って所ですかね」
そして彼は最後に、端末の上に実際に、そのプログラムを小出しに展開して見せた。
「プログラム名《ソニック・ウイング》……いかがです? 試用期間の方も承っておりますよ」
「……おいくらですか?」
カティノの言葉を聞いて、アクアンはにやりと口角を釣り上げる。やはり、この予言者は物わかりがいい。
「ざっと500万コスモで結構です」
アクアンは光と水の共通通貨の単位で、金額を提示した。
「それっぽっち、ですか……?」
「ええ。実はボクの会社では、既にこの2倍の性能を持つプログラムも完成させておりますので」アクアンは端末の電源を切りつつ言う。
「500万は前金だと思っといてください。ソニック・ウイングに問題が無ければ、そちらの本命の方をお売りしますよ。値段は2500万コスモで」
「……分かりました。では後日、あなたの会社の口座に代金を振り込みます」
「にひっ、毎度ありがとうございます! じゃあ、ボクは今日の所はこれで」と、アクアンは立ち上がって帰ろうとした。だが、その彼にカティノは最後に一言声をかける。
「……しかし、なぜあなた、私たちが戦争準備を始めていると予想できたのです? まさか……」
「変なこと、考えないで下さいよ!」
アクアンも素直に立ち止まり、そして振り返ってから答えた。
「何が欲しいって言われてから用意するようじゃ、武器商人としちゃせいぜい二流でしてね。なぜも何も、相手がどんな状況か、何を欲しがっているか、それを予想できないとこんな商売やってられないんです」
「……失礼しました。お見送りいたしましょう」
内部すらも眩しく輝くシルヴァー・グローリーを下へ下へと抜け、門をくぐると、アクアンの乗ってきたカプセルが置いてあった。彼がハッチを開け、そこに乗り込み、ボタンを操作する。すると、カプセルの周りに渦のようなものが発生する。
「それじゃ、今後ともよろしくお願い致します。にひひ」
それを最後に彼のカプセルはしゅん、と消えてしまった。水文明のワープ用プログラム、《スパイラル・ゲート》だ。指定された座標になら、世界中どこへでもワープできる。
「……良いのか? カティノ」
見送りから帰るカティノに、別のライトブリンガーが声をかけてきた。《予言者キリアス》と名のついた彼は、疑わしそうな声で聞く。
「買うに値するプログラムだとは思いました」
「毎度のことながら、いけ好かぬ男にしか見えんが……」
「私も、そう思いますよ」シルヴァー・グローリー最上部、夢見の神殿に向かって、高い、高い塔、予言者たちを守るためだけに存在する塔を再度登りながら、カティノはキリアスに語りかける。
「秩序や他者の平和などは一切気にせぬ、自分の利益しか頭にない男。軽蔑に値する存在ではあります。ですが……」
「だが?」
「彼に限らず、水文明は……知恵と理論を持って計画的に物事を動かす術を知っております。その点においては、ただひたすらに秩序に従うだけの自然文明以上に……我々に近しい、理解と信用の置ける存在ではあります」
彼らの気配を感知して夢見の神殿の扉が開くと、大広間にはすでにライトブリンガーが大勢集まって議論をしている。そんな彼らも、カティノが現れたのに気が付くと一時的にしんと黙り込んだ。カティノはいくつもの丸い姿をした同胞たちの間を通り抜け、大広間に誂えられた自分の席につき、声を発した。
「さて……皆様。クルトの事に関しては、一度後回しにしましょう。心配はありません。絶望の未来は見えておりません。我々の秩序が崩れる未来が有り得ない以上……彼の件に関しても必ずや、秩序が相応の結末を誂えて下さるはずです」
彼は引き締まった声で「ジェス」と、一人の予言者の名前を呼ぶ。呼ばれた《予言者ジェス》は「ああ」と返した。
「『ファル・イーガ・カーテン』の進捗は、いかがです?」
「問題はない。本日午後より、演習に向かう予定だ」
「予定を数日送らせなさい。試したいプログラムを購入しました。その実験も兼ねます」
「……承知した」
「リュゾル。地上の様子に関して、報告をお願いします」
「分かりました。カティノ」
緑色の透き通った体を持つ《予言者リュゾル》が、映像を映し出した。
「《閃光の伝道師ラグナ》が持ち帰った情報です。闇、火、水文明に大きな動きは無し。自然文明も、王を失いはしましたが、それで暴徒となることはなく、秩序の保持に努めている模様です」
「関心ですね」カティノ。「はい」とリュゾルも返す。
「わたくしは、彼らは我々の助けを得る権利はあると考えます。王を失ってなお秩序を遵守する精神は、保護に値するかと」
「そうですね……私もそう思います」カティノは返した。
「しかし、今はファル・イーガ・カーテンの完成をまず急ぎましょう。我々の実力が完璧なものでなくては……下々の民に秩序の重要さを分からせることも、ままなりません。戦乱で冷静さを失った者達にはね」
「異存はありません」口を揃えて、ライトブリンガー達は言った。
●
水文明の首都。水中都市、アカシック3。「シリンダータワー」と呼ばれる何本もの、透き通った塔が立ちならぶ大都市。
その中でもひときわ高いシリンダータワーが所狭しと居並ぶオフィス街の中、アクアンは自分の会社のオフィスに急いでいた。
「(わかってるねぇ……さすがは、光文明だ。平和なうちは誰だって大人しくしていられる。未曾有の危機にこそ、どれほど秩序に忠実でいられるか分かる……ね。けど、あんた達が分かってないことが一つだけあるよ)」
彼はカティノに言われた一言について考えている。そしてにひひ、と一人で笑った。
「(あんた達だって、別に例外とは限らないって事さ)」
アクアンは感じていた。光文明の余裕は、神のように崇められる自分たちの高い精神性ゆえだと、彼らは信じて疑っていないだろう。
だけれども、アクアンは知っている。それ以上に、空中に浮かぶ光文明は唯一、この節に大災害の被害を一切受けることはなかった。地上の民が混乱状態になるほどの災害も、光にとってはまさに対岸の火事。所詮は他人事にすぎない。だからこそ、冷静でいられるのだ。
もしも光も、一度この混乱の当事者となったら……はたしてあの冷静さを保ち続けていられるものだろうか?
……そのような事を考えているうちに、彼は彼の経営する水文明随一の軍需企業、ブルーグレー商会本社オフィスに辿り着いた。
「社長、お帰りなさいませー!」
社長室に着くや否や、アクアンの前にぴょんと飛んでくる小さな存在。サイバー・ウイルスにして彼の秘書を務める彼女の名前は《フェアリー・キャンドル》。
元々は量産型のサイバー・ウイルスだ。だが彼女だけが、なぜだか同型の中で異常に高い知能を持って生まれ……その上、サイバー・ウイルスのくせにやたらとがめつく儲けることが大好きだった。そのためアクアンが引き取って、今は彼の秘書をしている。
ひらひらと、まさに妖精のような可憐なひれで泳ぎながらアクアンのもとにやってきた彼女は、良く響く高い声で言った。
「お帰りの所急に申し訳ありませんが、闇文明からご連絡が入ってますわ」
「闇の? 誰から?」
「暗黒皇女メガリア様ですわ!」
「あのお姫様? ……分かった。出るよ。キャンドルちゃん、繋いで」
その言葉に合わせて、フェアリー・キャンドルが社長室に誂えられた巨大なモニターを操作する。たちまち、モニターには水中とは違う闇文明の光景が移り、そこにはまさにアザガーストの娘、メガリアがいた。
勿論、あちらは魔術で交信しているのだが、このモニターは闇文明の魔力も受信しデータに変換できるようになっている。
『久しぶりね、アクアン』
「にひひ、何の御用ですか? 暗黒皇女様」
『まあ、ちょっと欲しいものがあって……お金さえ払えば、あなた、たいていのモノは売ってくれるわよね?』
「モノにも寄りますけどね。とりあえず、なんです?」
『私たちが自然文明制圧を諦めたわけじゃないことは、どうせもう察しがついているでしょ? これから、私もお父様も忙しくなってくるの。だから、妹が寂しくならないか、心配でね……遊び相手を用意してあげなくちゃ、って思ったのよ』
「それはそれは。優しいお姉さんを持つと、幸せですねぇ」
『ふふ。ありがと。それでね……スノーフェアリーの女の子なんて、用意できるかしら』
「スノーフェアリー……ですか?」
先ほどまで笑っていたアクアンの声が、一瞬だけ微妙に固まる。メガリアは『ええ』と言い返した。
『とってもかわいい種族だって聞いてるわ。あの子も気に入ると思うの。……できる事なら「春」のスノーフェアリーだと、なお嬉しいんだけど』
「『春』ですか。……ちょっと、すぐには調達できないと思いますよ」神妙なアクアンの声。
「スノーフェアリーはただでさえ警戒心が強くて、めったに里の外には出ないですから。ましてや春の力を持つとなると、希少種ですからね」
『やっぱり、そうかしら……』と、メガリアの残念そうな声。
『まあ、私としてもダメ元よ。でも、調達出来たら連絡をちょうだい。言い値を払うから』
「はいはい、それはもちろん! 皇女様のお頼みですから」
『それでは、またね』とメガリアは言い残し、通信は切れる。……と、同時に、アクアンは盛大に舌打ちした。
「ったく、こっちも忙しいのに何で無理難題吹っかけてくんのさ! 大体スノーフェアリーが里から出なくなったのも、もとはと言えばあんたらのせいだろ!」
「まあまあ社長、落ち着いてくださいですわ!」
「ちぇっ、上客には違いないから、本音言うわけにもいかないしさー……」
フェアリー・キャンドルが運んできた、哺乳瓶型の容器に入ったドリンク……内臓器官も未発達なサイバーロードにとっては食べられるものも非常に限られているのだ……を受け取って飲みながら、アクアンも思う。
「春のスノーフェアリーねえ……」
スノーフェアリーは、名前の通り雪の妖精だ。基本的にほとんどが、雪と氷の冬の魔力を携えて生まれてくる。
だが、女性の中には稀に、冬の魔力ではなく「春」の力を携えて生まれる個体が存在する。彼女らは通常のスノーフェアリー達の使う雪の魔術はそれほど使えないが、代わりに花を咲かせ、生命を芽吹かせる力を司る……またそのためマナの魔術と非常に好相性という特徴を持つ。
ゆえに、その希少性からも、魔力の有用性からも、おしなべて春のスノーフェアリーは重宝されるのだ。そこまではアクアンの持つデータにもあった。
「春のスノーフェアリー……確かわたくしのモチーフでもあるんですわよね。一度会ってみたいですわ~!」フェアリー・キャンドルがはしゃぐ。その通り、彼女の華やかな外見や、咲き誇った大輪の花を思わせるデザインは春のスノーフェアリーをモチーフにした……と、デザインしたトロピコが言っていた。
「いやほんと……捕まりさえすれば、どんな高値でもつくんだけどねぇ……」
メガリアは注文が難しい割に、さすがは死皇帝の娘だけあって金離れがいい。言い値を払うと言うのも恐らくは本当だ。本当に春のスノーフェアリーを調達できれば……どんな値段でも、彼女はポンと出すはず。水文明の中でも類を見ないほど金好きのアクアンにとっては、無理難題と知りつつも忘れるには惜しい話でもあった。
どうにかして、調達できないだろうか。だけれどもそれほど重宝される存在が、無防備に里の外に出歩いているはずもなし……。
●
所かわって、火文明、火山要塞ヴァル。
紅戦線の演習場で、悲鳴が沸き起こった。
「大変だー! ゲットがぶっ倒れたぞー!!」