Saga of Creatures   作:hinoki08

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ファル・イーガ・カーテン 3

 

 日が暮れて、火山要塞ヴァルもようやく夕食の時間だ。

 ……とはいえ、やはりゲットは皆と一緒に食事を食べられるほど体力が回復していない。代わりにマイキーが、病人食を作って持ってきてくれた。

 少し遠くに聞こえる賑やかな食卓の声を聴きながら、マイキーは意外と素直にもぐもぐ病人食を食べているゲットをじっと眺めていた。

「どしたの? マイキー先生」

「ボーグや紅戦線の子たちが言うほど、ゲット君って生意気じゃねーよな、って思ってさ」マイキーは穏やかに笑って言った。

「そんなにオレの脅し、効いたかな?」

「……マイキー先生の話も勿論怖かったけどさ」ゲットは少しだけ顔をしかめてから言う。

「オレ、マイキー先生の事は好きだもん。他の奴みたいに、オレのこととか、オレの夢とか、馬鹿にしないから」

「あぁ、そりゃー、いけないな。人の夢を馬鹿にするなんて、失礼だもんな」うんうんと頷くマイキー。

「ゲット君の夢って、確か……」

「機神装甲!」元気よく答えるゲット。

「オレも、ボーグみたいな凄くつえー機神装甲の戦士になるんだ!」

「いい夢だよな。頑張れよ、ゲット君。応援してるから」

「へへ、ありがと!」ゲットも、普段のようにからかわれることなく純粋に応援されるのが嬉しくて、照れている様子だった。そこもまた年相応で微笑ましいと、マイキーは思う。

 どんなに無茶に頑張っても、やはりまだ幼い子供なのだ。

 そのように思っている中、ゲットの口から予想だにしていなかった言葉が出てきた。

「先生の夢は何なの?」

「え、オレの?」

 マイキーはその質問に少し戸惑いつつも、少し間をおいて返す。

「そーだな……オレも、ゲット君くらいのときは、機神装甲目指してたよ」

「えー! すげえ! 先生もそうだったんだ!」

「ま、まあな」

 自分達だけじゃない。ヒューマノイドの子供は、たいてい機神装甲を、ドラゴンにも劣らぬ英雄になることを夢見るのだ。自分も、そうだった。自分も、ボーグも。

 ……そうだ。いつか機神装甲を着ると、それほどの戦士になるのだと、疑わずにいられた時期が誰にでもあった。

「じゃあさ」と、さらにゲットは続けた。

「今は何になりたいの? やっぱり、機神装甲?」

「今、かぁ……」マイキーはその質問にも少し間をおいたが、やがてこう返した。

「んー……今はもう、分かんねえかなぁ。何になるにも、もうこのトシじゃ、修行しなおすのもキツいし……」

「え、そうなのか……?」

 少し悲しげになる、ゲットの顔。それを見て、マイキーは少しだけ慌てたように、こう付け足した。

「まあ、今はもっと医者として精進したいかな。ゲット君の事も、元気に治さないといけねーしさ?」

 

 

「寝たか?」

「寝たよ」

 ほどなくしてゲットが寝付いた頃、ボーグがやってきた。騒がしい声がまだ響いてくるあたり、紅戦線の面々はまだ寝てはいないようだ。

「じゃ、後見ててくれ。オレは皆のメンテナンスしてくるから」

「ああ、悪いな」

 と、会話を交わし、ボーグはマイキーと交代する。だがその傍ら、マイキーの後ろ姿に彼はちらりと目をやった。

「ん、どうしたんだ?」

「いや……お前、まだそれは背負ってるんだな」

 マイキーの背中には、非常に長い大太刀が背負われている。彼が「特攻隊長」であった頃、仕えていた機神装甲から譲られたものだ。

「あ、いや、これは……」マイキーは答える。

「オレにとっちゃ御守りみたいなもんだからな。もう何年も、抜いちゃいねえよ」

「……そうか」

 ボーグも、それ以上は聞かなかった。マイキーは再び踵を返して、声の聞こえる方向に歩いていった。

 

 

 ●

 自分は機神装甲を着れるんだ、それくらいの未来があるんだと、思えていた時代があった。マイキーは、そう思い返していた。

 自分とボーグは年が同じで、従軍するのも一緒だった。機神装甲ヴァルビクトリー。当時一番のヒューマノイドの英雄だった男の部隊に二人そろって師事して。時に腕白もやって馬鹿もやって、けれど二人そろって努力を重ねた。

 いつか、二人とも機神装甲を着るんだと、そう信じていた。

 

「特攻隊長」の二つ名を貰ってすぐの頃ヴァルビクトリーに呼び出された。ヴァルビクトリーは若き日のマイキーに、彼の胸ほどまである巨大な大太刀を渡した。

「お前は近接戦が向いてるよ。特に刃物の扱いが上手い。それをお前に譲ろうと思ってな」

 ヴァリビクトリーから渡された太刀は今まで持ったどんな重火器よりも重い気がして、けれど、その重さがむしろ誇らしくもあった。

「マシン・イーターの名工が鍛えた業物だ。おれの宝だが、お前にやる。……だから、必ずそれを扱えるだけの戦士になれよ」

 目を輝かせて、うなずいた。思えば、あの頃が一番楽しかった。あの頃が一番、自分を信じることができていた。

 

 年を取るに従って、マイキーは少年の頃には見えなかったある事が分かってきた。自分とボーグの違いについてだ。

 ボーグは着々と戦績を重ねる中、自分は伸び悩んできた。どんどん年を重ねるごとに、それは次々に、火を見るよりも明らかになってきた。

 ボーグは、本当に強い。どんなドラゴノイドだろうと、ボーグの敵ではない。けれど自分は、ボーグのように強くなれない。子供の頃には見えていなかった事実が、年齢を重ねるにつれ徐々に、徐々に浮き彫りになってきた。直視するのが怖い現実が。

 ボーグは機神装甲を着られるかもしれない。けれど自分には、絶対無理だ。

 自分はボーグと違って、才能がないのだから。

 

 ボーグと自分は本当に、なんでも話せる親友だった。だから、そんな悩みでも、他の誰にも言えなくても、ボーグにだけは話すことができた。

 数年来の親友はそんなこと言うな、と何回でも励ましてくれたけれども、やはり戦争をするたびに、泣かず飛ばずの日々が続くたびに、マイキーの確信はどんどん、目を背けるのが許されない事実になってきた。

 機神装甲なんて、着られない。

 自分には、それだけの才能がなかった。ボーグより努力して、ボーグより訓練しても、もうそれは巻き返すことが到底無理なレベルになっていた。体の成長も止まり、伸びしろもなくなってきて、奇跡的な才能の開花すら望めもしなくなってきた。

「30までに結果を出せなかったら、オレ、部隊をやめるよ」と言った日が何日だったかもはっきり覚えている。空に輝く二つの月がどちらも見事な満月で、ボーグは心配そうな声で「……やめて、何すんだよ」と言ってきた。

「サイボーグ手術の医者をしようと思ってる。昔から、興味あったんだ。もう……勉強も始めてるんだ」

「……そうか」

 ボーグが口下手なのは、昔からだった。本人にもいくばくかの自覚はあったのだろう。何を言っていいかも、分からない様子だった。分からないから、きっと黙っていたんだ。

 それが正解だったと思っている。きっと何を言われても、あの時の自分は落ち込んでいた。

 

 奇跡なんて全く起こらないまま、自分が宣言した期間が過ぎた。「ヴァルビクトリーさん」と、心の底から尊敬していた隊長のもとに向かった。

「暇をもらいたいんです」

 機神装甲ヴァルビクトリー。強いのは勿論のこと、人情にあふれて誰からも尊敬されていた英雄だったが、こと、教えるとなると本当に厳しかった。特に、敵前逃亡は絶対に許す男ではなかった。

「……おれの部隊を辞めるのか」

「はい」

 けれど、その時のヴァルビクトリーは本当に静かで。叱るどころか、理由を問い詰めもしなかった。

「行くあてはあるのか?」

「サイボーグ医になります。修行する先も、決めています」

「そうか……」

 誰よりも敵前逃亡に厳しかったヴァルビクトリーは、その時だけ、戦士をやめようとした自分に、戦場から逃げた自分に何も言わず、ただ「がんばれよ」とだけ告げてくれた。

 知っている。ヴァルビクトリーは自分を応援してくれたんだと。自分の選択した道を、否定せずにいてくれたんだと。

 けれど、それでも……マイキーは長年過ごしたヴァルビクトリー軍の基地を離れながら、思っていた。

 引き留めてほしいという気持ちが、確かにあった。戦いから逃げるな腰抜けと、怒鳴り飛ばしてほしかった。

 自分にもしもこれから伸びる才能が有れば、ヴァルビクトリーは引き留めていただろうから。

 自分は所詮、その程度にしかなれなかった。いつか機神装甲を着れるなんて思っていた子供の頃すら、恥ずかしいと思えるほどに。

 背中に背負った大太刀が、本当に重いと感じた。ヴァルビクトリーがこれを託してくれた事実が。自分は、これを扱うに値する戦士になど、なれなかったのに。

 

 

 

 ヒューマノイドなんてつまらない種族だ。つくづくマイキーは、そう思う。

 この惑星には、40年ちょい生きただけなんてまだ赤ん坊のような種族もごろごろいると言うのに。

 自分たちヒューマノイドは、もうそれ以上の発展も見込めないのだから。自分たちの寿命など、100年も存在しないのだから。

 

 

 ●

「……うん。ゲット君、もう起き上がって大丈夫だ」

「ほんと!?」

 次の日、そう言われたゲットは本当に嬉しそうだった。熱も引いているし、起き上がれはするだろう。

 ただ、やはり起きて歩くと明確に疲労は残っているようで、演習を再開できる状態ではなかった。

「なら、マナの採掘についてくるか?」と、その旨を聞いたジョーが横から言ってきた。ジョーはもともと、今日のマナの採掘当番だ。

「あっ! オレ、行きたい! いくいく!」

「ちょっと待てよ。採掘はいいけど、ゲット君は病み上がりだからな」マイキーも横から口をはさむ。

「無理しないためにも、オレも付き添うけど、いいか?」

「オレはいいよ!」とゲット。「オレも」とジョー。そう言ってから、三人一度に、ちょうどその場に居合わせたボーグの方向を見る。

「……反対する理由なんてねえだろ、またぶっ倒れられても迷惑だ。マイキー。頼んだぞ」

「あー、安心しろよ。けどな……その言いぐさはどうかと思うぞ」

「うるせー」

 と、憎まれ口をたたきあった後、マイキーはパンパンと手を叩く。途端にガタガタとやってきた三つの影が、窓に映った。

 犬と、ゴリラと、キジを模した動物型アーマロイド。《轟撃兵フレンディオス》と《猿神兵アッシュ》と《鳥神兵クウザ》だ。流れの軍医であるマイキーの、頼もしい助手たち。アーマロイド舎で休んでいた彼らも、マイキーの合図にはすぐ駆けつける。

「お呼びですか、隊長!」

「ヘイ、ただいま参上いたしましたぜっ!」

「何々ー! 今日は何のお仕事ー!?」

 口々に言う彼らに、マイキーは「ゲット君とジョー君のマナの採掘に付き添うから、お前達も一緒に来い。準備をしておけよ」と指示をした。

 

 

 ●

 エネルギーを吸い寄せる魔術のない火文明において、マナの採掘はたいてい物理的に行う行為だ。

 マナのたっぷりした地帯……主に活火山の、それも火口近くに行き、ツルハシやハンマーで岩を削り、大地の中に眠るマナを取り出すのだ。

 だから、いい具合に肉体訓練も兼ねることができる。ゲットたちは採掘用具を手に、手近な採掘地である灼熱ドゥル山脈に向かっていた。

 ゲットにはまだ過剰な疲労は禁物だからと、彼はクウザの上に乗って移動している。

「乗り心地はどお、ゲットちゃん!?」

「うん。すごくいいぜ。ありがと」

 とクウザと会話していても、ゲットもどこか居心地が悪そうだ。まあ、他の紅戦線の面々にこんな姿を見られたら、さっそく揶揄われもするだろうし、無理もない。

 ……と、マイキーが思っていたその時。目の前から駆けてくる群れがあった。

 

 小鳥の群れだ。それも、ただの小鳥ではない。炎のようにまぶしく輝く羽毛に覆われた小鳥たち。《ファイアー・バード》と呼ばれる種族だった。

 龍が唯一友とする、と言われるほどドラゴンと関係の深い種族で、そのため龍を敬うドラゴノイドとも仲良しな彼ら……そんな彼らが、普段ののんびりした様子とは打って変わって、大慌てで翼を羽ばたかせながら山脈を降りていく。ただ事じゃないと言うことは、見てわかった。

「おい、ファイアー・バード! どうしたんだ!?」ジョーが声をかける。

「あー、ヒューマノイドだ!」

「ほんとだ、ヒューマノイド! べーだ! あっちいけッピ! いつもドラゴノイドを虐めるんだから!」

「こらこら、そんなこと言っちゃダメ! それより大変なんだッピ!」

 ランドセルを背負ったファイアー・バード、《コッコ・ルピア》が仲間にそう言う。

「大変? どういうことだ?」と、マイキー。

「山の上に、変な奴らがたくさん来てるッピ、初めて見るような奴らが! それが、演習に来ていたドラゴノイドと、そのまま衝突しちゃって……」

 コッコ・ルピアは数瞬、もごもご言いにくそうにしていたが、やがてそれでも言った。

「変な奴らなのに、すごく強いッピ。ドラノゴイドたちが苦戦してるんだッピ!」

「なんだって!?」

 と、ゲット達が叫んだその瞬間。シュン、と飛んでくるレーザー光。それが彼らのすぐそばの岩肌を豪快にえぐる。ファイアー・バードたちは皆ビックリ仰天、「キャー!!」と叫びながら、あわてて火山の下へ避難していった。

「何が起こってるんだ? ……ジョー君、行くぞ。お前らも、ついてこい!」

「ああ、マイキー先生」

 ジョーとマイキー、フレンディオスとアッシュはそのまま、火山を上っていく。ゲットを乗せたクウザも、その後を追いかけた。

 するとやがて、彼らの目にはある光景が飛びこんで来た。

 機械のような体。しかし、武骨なアーマロイドとは明らかに違う。洗練され抽象的。溶岩の光にも負けじと輝くそれは、大量に宙に浮かび……ドラゴノイドと激しく撃ちあっている。

 ジョーとゲットは何が何だかわからない様子だったが……マイキーは、その姿を知っていた。

「光文明……? なぜ、こんなところに……」

 

 

「……了解です。夢見の神殿。では、彼らの討伐を、演習の一環として組み込みます」

 光文明軍の中心に浮かぶ、一体のガーディアン……《暁の守護者ファル・イーガ》は、ドラゴノイドとの撃ち合いをする部下たちに、無機質な声音で告げた。

「夢見の神殿より許可が下りた。ドラゴノイドは保護する価値を持たぬ、非秩序の民。彼らを討伐せよ。ただし……力を出し切ることのないように」

 そう、本当に感情のこもらない無機質な声音。感情のままに暴れまわる火文明の面々には、到底理解できないような声で、彼は部下たちに告げる。

「これはまだ演習にすぎない」

 

 

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