《ムーンライト・フラッシュ》。
ファル・イーガの放ったテクノロジー呪文はそれ。その光を浴びると、対象は一時的に体がしびれて、動くことが不可能になってしまう。
先ほどまでわめき散らしながら飛び回っていたブレイズ・クローさえも、舌までしびれてしまったようにしどろもどろだ。
「ファル・イーガ様。お手間をおかけし申し訳ありません」
ラ・ウラ・ギガがそう告げる。そして次の瞬間。ラ・ウラ・ギガがひょいと体を躱すなり、イニシエートの銃撃がブレイズ・クローに直撃した。
爆音とともに岩場が抉れ、ブレイズ・クローは吹き飛んでいく。
それと同時に、戦いは一気に光文明の優勢になった。動くことのできない無抵抗なドラゴノイドたちを、イニシエートの銃撃が次々に吹き飛ばしていく。
「なんだよ、あれ……?」
岩場に隠れて見ていたゲットは、望遠鏡を覗きつつ、そう呟いた。隣のマイキーが言う。
「光文明は『絶対防御』の文明だって聞いたことがあるな」
「ぜったいぼうぎょ?」
「奴らはとにかく、誇り高いんだ。だから、お互い傷つきあうタイマンの戦いなんて好みじゃねえのさ。傷一つ受けないように守りに守って、無傷のまま勝利する。それが奴らの誇りだと」
「それが、あの戦法ってわけか」ジョーもバイザーの片目についているレンズを回し、戦場にピントを合わせながら言う。「大量の守備兵、回復の技、極めつけに相手の動きを封じる……と」
「そうなるな。ここまで徹底とは、恐れ入ったぜ」
トールの歌声がまだ高らかに響く中、ヒューマノイド三人はひそひそ会話した。
「そんなのって……ありかよ?」と、ゲット。
「抵抗もできないやつを攻撃とか……それって、戦いじゃなくない!?」
火文明は、確かに無法者の喧嘩好き集団。けれども、無法者には無法者なりの仁義と言うものがある。弱い者いじめは、戦士のすることではない。
戦士と戦うのは、戦士だ。たしかに、戦士同士の実力の差のおかげで勝敗がついても、それを言い訳することは見苦しいと見なされる。だが、それは裏を返せば強くとも弱くとも戦士は戦えるものとして平等、と言う理念に基づく。本質的に戦えない相手を一方的に蹂躙する事とはわけが違う。そのような真似は、ヒューマノイドも、ドラゴノイドも、基本的にすることはない。第一喧嘩好きの彼らにとっては、手ごたえのない無抵抗な相手など相手にしても面白くもなんともない。
だからこそ、光文明の戦い方はゲットにとっては大いに衝撃的であった。ドラゴノイドの事は好きではない。しかし痺れて動けなくして一方的に攻める光文明のやり方なんて……もっと嫌いだ、と彼は直感的に感じた。
「仕方ねえだろ、それはオレたち火の言い分だよ。やっこさんにはやっこさんの理念ってもんがあるんだろ」
マイキーはそう、ゲットを諭す。だけれどもゲットは、一心不乱に望遠鏡をのぞいていた。
「ほら、オレたちはどうにしたってもう帰るぞ、ゲット君……」
「……っ」
「……ゲット君?」
またしても、何か見つけたのだろうか? ……不審に思ってマイキーはゲットの顔を覗き込んだ。と、同時に……。
「……あぶねぇっ!!」
一体、彼は「何」に対してそう叫んだのか。マイキーには、わからなかった。
ただ分かったのはそう叫んでゲットは、目の前に回り込んだ自分を突き飛ばし、そして一目散に体の自由を奪われたドラゴノイド軍が死屍累々と横たわる戦場に向かって駆け出したということ。
「えっ!? ま、待てゲット君!!」とマイキーが叫ぶ。
「戦いたいのは分かるが!! まだ暴れちゃ危ないぞ!!」
器用なもので、小さな体のゲットはスイスイとイニシエート達を避けながら戦場をかけていく。マイキーも体を起こして、あわてて彼の後を追った。……ジョーと三体のアーマロイドを残して。
「えー……っと」
と、戦場に消えていくマイキーを見送りながら、ジョーが言う。ゲットはもう、とっくに見えない。
「オレたちは、どうすれば……?」
まだ、光文明の攻撃は続いている。ドラゴノイドたちもようやく呪文の効果が解けたか、よろよろ起き上がって反撃しだした……しかし、まだ酔いは冷めてないのか、本調子ではない……そんな様子を、ジョーはヒューマノイドで一人取り残され、引き続き岩陰から見ることに。
「……しゃーねーか。なあ、フレンディオス、アッシュ、クウザ」
「何でございましょう?」
「ん?」
「なーに?」
ジョーはジャラジャラと音を立てて片手から内蔵している殺人ヨーヨーを取りだし、ひゅんひゅんと振り回した。
「せっかくだ、もうオレらも暴れね? オレもあの光の戦い方は好かねえわ」
顔全体を覆うバイザーとマスクの下でニヤリと笑うジョー。その言葉に三体のアーマロイド達は顔を見合わせ……そして、笑った。
「……そうですな。隊長もいない事ですし……我らアーマロイドは、ヒューマノイドに従うが使命。今いらっしゃるヒューマノイドのあなたに従いましょう」
「んなゴタクはどうでもいいですぜ! うっし! オレっちも戦いたかった所っすよ!」
「イェーイ! バトル上等!」
「おう、そうこなくっちゃな!」
ジョーは立ち上がり、ひゅん、とヨーヨーを思い切り飛ばす。鎖の伸びていくその先には……一体のラ・ウラ・ギガ。
「なっ……!?」
ラ・ウラ・ギガは防御する余裕もなく、もろにヨーヨーの回転刃の攻撃を受けた。体が砕けつつもやはり、意識は失わない様子だが。
「き、緊急事態発生! 新手が参りました! しかもドラゴノイドではございませ……」
「煩いってのよ、だまりなー!」
駄目押しのようにやってくるクウザの体当たりで、ラ・ウラ・ギガのその通信も途絶える。彼の体はやはりトールの歌声と共に再生するが、彼自身は完全に延びてしまったようだ。
「ったく、なーによガーディアンったらチャラチャラしちゃってー! 同じ飛行機型ならアタシの方がイケてるんだから!」
その声に、一人のドラゴノイドが気が付く。漸く本調子を取り戻したばかりのドラグストライクだった。
「何の、つもりだ……?」と、ドラグストライク。
「我らドラゴノイド、ヒューマノイドなんぞの助けはいらん!」
「安心しな、オレも助けるつもりはねーよ」
ドラグストライクが斧を振り落とすのと同じタイミングで、ジョーもヨーヨーを飛ばす。二つの刃物が同時に、ガーディアンを打ち抜いた。
「てめーらだけが戦ってんのがズルいから、混ざりたくなっただけだよ。ケンカがあるとこに寄ってくるのが火文明ってもんだろ」
「……フン」ドラグストライクはそれ以上何も言わずに顔をそらした。そして、斧を前にもましてがしりと構えた……すると、斧に赤いマナがたまる。
火のマナも、彼らが満たす土地と、それに生きる住人たちのように、戦いが大好き。彼らは、戦士の味方だ。
戦術を極めた戦士たちに、火のマナの力は、特別な力を与える。自然や闇の魔術、水の科学、光のテクノロジー呪文のように……!
「《マグマ・ゲイザー》!」
彼は高く飛び上がり、ガーディアン達に突っ込んでいく。すると……それを受け止めにかかったガーディアン数体が、斧の一撃に耐えきれず、地面に一度に崩れ落ちた。金の破片が、マグマの赤に染まりながら飛び散る。
ジョーも、負けてはいない。それに対抗するように、ヨーヨーの鎖を思い切り引き伸ばし、振り回す。ジョーのヨーヨーにも、赤いマナが集まってゆく。そして……彼の手を離れるや否や、それは思い切り速度を、重量感を増していく。さながら……ハンマーのように。
「《クリムゾン・ハンマー》!」
それはヨーヨーと言うよりも最早、打撃武器。それを受けたガーディアンは大きくひしゃげ、地面に叩きつけられ、山の斜面を滑り落ちていった。
「キャーッハッハ!! んー、最高! やっぱりバトル上等! よねえー!」
と、暴れまわるクウザに立ちはだかったのは、夕焼けのようなオレンジ色の体のガーディアン。その名もまさに、《黄昏の守護者シーブス・キーン》だ。
「止まれ! 下賤な者よ!」
触れもしないうちに、シーブス・キーンの発するオーラの前に、クウザはのけぞりかえる。
「キャッ!」
「地上の機械……やはり秩序を知らぬ者に造られただけの事はある、何とも下品な姿をしているな」
「な、なんですってぇ……!」
シーブス・キーンはひゅんと加速する。「イニシエートの力を借りるまでもない!」
だが、クウザがシーブス・キーンの直撃を受けそうになったその刹那……だだだ、とパンチの連打が飛んできて、クウザを守った。
「アッシュ……!」
「一人で戦うんじゃねえぜ、ずるいじゃねえかよ!」
「ここは、我々に任せるがよい!」そして、大柄なアッシュを足場に、さらに飛び上がって現れたフレンディオスが、すらりと腰に差した刀を引き抜き、口に加える。そしてその勢いを利用し、シーブス・キーンめがけて急降下!
黄昏色の体に刀が食い込み、シーブス・キーンは見事に討ち落とされた。スタン、と、フレンディオスはその間を縫って華麗に着地。
「やったやった! もー! ありがとう! アッシュもフレンディも超かっこいいわぁ! 隊長には負けるけど!」
「一言余計でぃ! 隊長がかっこいいのはあたりめーじゃねえか!」
「隊長……ご無事だろうか? ゲット殿も……」
そうアーマロイド達が話している間に、シーブス・キーンの傷も再生。
「おのれ……地上の機械が……」
「なんだ、もう一度やるってのか!?」とアッシュが言ったその時、シーブス・キーンがガシャン、と音を立てて、頭部から銃口を展開した。
そして次の瞬間、撃たれるレーザー砲撃。……その威力は、イニシエートのそれを決して下回らない。かろうじて彼らが避けた向こうの岩山が、崩れ去る音が聞こえた。
「ま、まずい!」とフレディオスが叫び、一斉に彼らは 逃げる側に回った。
「何よあいつらー! 守りばっかと思ってたのにちゃんと攻撃もできるとか、ウソでしょー!?」
「……ふむ」
「……どうかなさいましたか? ジェス様」
戦場の最後方。ファル・イーガが急に呟いたジェスに声をかける。
「赤い光が……迫ってきている。吹けば飛ぶ火の粉のような小さな光が、無謀にも……」
ジェスは予言者。彼のこの呟きは、まさに未来視に他ならない。ファル・イーガはびくりと戦慄した。
「まさか、そんな?」
「今すぐ、私の身辺警護を固めよ、ファル・イーガ……」
しかし、少し遅かった。
と言うのも、その言葉が終わった瞬間、二人に向かって砲撃が飛んできたからだ。
もっとも、それは両者ともに直撃はせず本体はかすめるのみにとどまったが……ジェスの体を覆い隠す、影のようなオーラを、少し散らせた。……ジェスはそれに、表情のない顔で、わずかながらに反応を見せた。
「……? あれ? お前、なんだ? 飛行機みたいのがガーディアン、つるっとしたのがイニシエート……じゃあ、お前は何だよ!? どっちにも似てねぇ!」
そういいながら彼の前に姿を見せた、ヒューマノイドの少年が一人。……ゲットであった。
「……なるほど」
「……っ、どうでもいい! 『邪魔』なんだよ、ちょっとそこどけ、玉ッコロ!!」
ゲットはそう言い放ち、ジェスを退け、彼の後方へ向かわんとする。だが……。
「……使徒たちよ、覚醒せよ」
その彼の言葉が響くと同時に。ゲットの足元の岩場が急に音を立てて崩れ去り更地と化した。
ゲットが顔を起こしたその時、彼を取り囲んでいたのは、三体のイニシエート。
《磁力の使徒マグリス》に《大気の使徒フレイ》、《弾丸の使徒イーレ》だ。彼ら三体の攻撃が、ゲットのいた岩地一体を破壊し……まっさらにしてしまったのだ。何も隠れる所のない場所で、ゲットはジェス……光文明部隊の司令官の眼前に出る事となった。
「標的確認」と、マグリス。
「ジェス様、いかがいたしましょうか?」と、フレイ。
「ジェス? お前の名前かよ?」ゲットが言うが、とたんに彼の首元に金色の矢が付きつけられた。イーレの持つ体の一部だ。
「控えよ、予言者の御前である」
「よげんしゃ……?」
って、なんだろう? と内心、ゲットは首をかしげる。目の前の球体、全く表情の読み取れないその球体生物は、ゲットの前にスイ、と空中を滑るように移動してきた。
宙に浮く三体のイニシエートたちに、ジェス。そしてジェスの後ろのファル・イーガ。ゲットは彼らに見下ろされる形になりながら、銃の引き金から指だけは離さなかった。しかし彼らも、そんなゲットのことなど全く脅威とは見ていない様子。
「ヒューマノイド……その幼体か。ドラゴノイドと同じく、秩序を守らぬ下賤の民」
ジェスはゲットを見下ろし、そう告げる。
「なぜ、ここにいる」
「えっ……なんでって……『お前らが卑怯なことするから』に決まってんだろ!」
「……っ!?」
一体彼は何の話をしているのか、それは不明瞭なままだが……少なくともはっきりそう言いかえしたゲットに、イニシエート達はぎょっと動揺している様であった。
「つーか、そこどけったら!! お前ごとき玉に用はねえんだよ!!」
「不敬な!」フレイが叫ぶ。ゲットは遠慮なく、言葉を続けた。
「っていうか、おめーら、マジで卑怯だぞ! ドラゴノイドは確かにムカつくけどよ、動けなくして一方的に殴るなんて戦士のすることじゃねえだろ! もっと正々堂々戦えよ! 水文明のほうが、まだちゃんとしてたぞ!」
「予言者に、なんという口を!」イーレが慌てる。光文明とゲットの間には、明らかに意識の齟齬があった。
つまり、光にとっては下等の者に上から一方的に進める尋問のつもりであったが……ゲットは普通に対等な会話、なんなら、「彼の目的」は別にあり、それを阻害する必要ない会話であり、とっとと去る義理はあちらにあるとすら思っているのだ。光文明の支配種族にゲットが上記のように発言した事など、イニシエート達にとっては筆舌に尽くしがたい、ない身の毛もよだつ不敬。非秩序そのもの。ましてや……その相手から、卑怯者呼ばわり、秩序を守らぬ者と一緒にされるような言葉を浴びせられれば、なおの事。
ジェスは、静かに黙っていた。「おい、どけったら! どかねーと撃つぞ!」ゲットは急かす。
「貴様……先ほど、私にしたことの意味を分かっているのか」
ジェスはゲットの言葉に返答はせず、黒いオーラをざわめかせながら言う。その声色は明らかに……怒りの色が見て取れた。
「この世の全ての者は、精霊によって生かされている」
「せいれい……って、なんだよ?」
ゲットはあっさり言い返す。彼が光文明の教義など、知るはずがないのだ。だがジェスは彼に言葉の意味など教える気もさらさらない様子で、さらにその調子で続ける。
「わが体を包む光は、精霊たちの祈りの言葉。秩序を守りし者たちが捧げる、尊き言霊……それを、貴様は狙撃した。その意味が分かるか。下賤の者」
「え……? 分かるわけないだろ……」
そう、理解はできなかったが……代わりに、ある理解のできない事実がそのまま、ゲットの上に覆いかぶさって来た。
即ち、このジェスは自分が狙撃されかけたことを怒っているのではない。自分の体に纏われた影のような光を侮辱されたことの方に、怒っているのだ。
「秩序に対する不敬。万死に値する」
その言葉で、イニシエート達がゆっくりと動き出した。
「大気の使徒よ、磁力の使徒よ、弾丸の使徒よ、覚醒せよ……」
「予言者の仰せの通りに」
三人のイニシエートはそう言い、一斉にゲットに向かいなおる。ゲットも身の危険を感じ、さっと身を翻し、遠慮なく銃の引き金を引いた。今度もまた、ジェスめがけて。
しかし、弾丸はジェスに届かない。
「磁力の使徒よ、覚醒せよ。汝の翼は意志の鎖なり」
マグリスの翼のような二つのパーツの間に、強力な磁場が発生した。すると弾丸が全て、そちらに吸い取られていった。
「弾丸の使徒よ、覚醒せよ。汝の意思は必中の矢なり」
イーレの矢がゲットめがけてやってくる。ゲットは慌てて、それを交わした。すれすれの距離で。……そう、すれすれ。彼はイーレが自分に攻撃を仕掛けたのを見切るなり、イーレと距離を詰めた。磁力に弾丸が吸い寄せられても、近距離ならばそれも間に合わないだろう、と。
ゲットは至近距離でイーレに銃口を合わせ、そしてをそれを打ち込む。「む」とイーレは反応した。
「どうやら、見た目よりはできるようだな……」
だが、彼もそれで倒れる気配はない。この後方にも響くトールの歌に合わせて、イーレの身体は回復していく。
「大気の使徒よ、覚醒せよ。汝の指は聖なる剣なり」
「情けないぞ、イーレ」フレイが動く。そして、彼の手のようなパーツから、数本の光の剣が飛び出した。
それが、ゲットに向かって振り下ろされる。また、慌てて躱そうはしたものの……一本がゲットの腕をかすめ、左腕が一気に痺れる。
だが、あちらから近づいてくれたのは幸いだ。奴にも砲撃を……とゲットが思った、その時。
ゲットは、フレイの体に打ち所が見当たらないことに気付いた。どんな対象にも、撃つべき急所と言うものがある。だがフレイの体には、それらしきところが見当たらない……。
ぐずぐずしている暇はない。イーレの矢も飛んでくる。ゲットは必死に、イニシエート達の間を逃げ回った。マグリスがいる限り、遠距離攻撃も効かないから、近接戦をとるしかない。
「(……『こんな場合じゃねえ』のに!)」
だが、そのうちにゲットは、自分の体に違和感を覚えてくる。足に走る、重々しい疲労感……。
「幼体でも意外と善戦するものだな。非秩序の民とは言えども、戦争に明け暮れる暮らしはそれなりではあるか……」ジェスが無機質に言う。
「ジェス様。お任せ下さい。私が……」
ファル・イーガがそう言いかけ歩み出た時だった……ゲットはいきなり、地に倒れ伏した。
足がしびれたように、言うことを聞かない。足だけではない、手もだ。心臓がやたらと早鐘を打ち、息苦しい。当然と言えば当然だ。オーバーワークの疲れがまだ残っている中、無茶をしたのだから、そのつけが来たのだ。
「……なんだ? こやつは。呪文を放つまでもなく倒れたぞ」
「(そんな……なんで? なんでだよ!?)」ゲットは心臓をバクバク言わせながら思う。
身体が、動かない。まだ、何もされてはいないのに。
なんで、こんな大切なところで、動かなくなんかなるんだ? 光文明のリーダーが、目の前にいるのに。倒さなきゃならない相手も、たくさん……。
「(……はやく……)」
こんなんじゃダメだ。
今持てない勇気を、機神装甲になってから持てるわけはない。
「(……はやく、立って、いかなきゃダメなんだ。この卑怯な奴らが、気が付く前に……)」
だから、勇気を持って、頑張らなくてはいけないんだ……。と、彼は自分に言い聞かせる。けれどもそんな彼の大きな夢を、彼のまだ未熟な体自身が、誰よりもあざ笑っていた。
「(動けよ、早く、動いてくれよっ……オレはもう、二つ名だってあるんだぞ、一人前なんだぞ……! 他の奴らは皆、こうはならねえじゃん……)」
彼は、マイキーの言葉を別に忘れたわけではなかった。けれども……マイキー程に自分の体にまつわる事態を深刻に受け止めていなかったのも、確かなのだ。
自分はほかの大人と同じように頑張れると信じ込んでいたし、疲れて倒れるようなことは、自分の未熟さを肯定するようなものだと思っていたから、自分がそうなると本心から信じたくなかったのだ。
「ジェス様、いかがいたしましょうか?」
イニシエート達はさすがに目の前の敵の異変に気が付いたのか、いったん攻撃は停止している。だが、ジェスから飛んできたのは、以下のような一言だった。
「精霊の祈りに侮蔑を与えた罪、万死に値する」
皮肉にも、ゲットの身体自身、ゲットの心自身すらゲットは未熟な子供であると痛感する中で。
彼が一番ゲットを子供として見ておらず、一人前の存在として見ていた。
彼の目の前にあるのは「まだ弱く、本気になるべき存在」ではない。「不敬を犯した、一人前の罪人」であるのだ。
「予言者の仰せの通りに」
三対のイニシエート達がそれぞれ攻撃を構える。そしてそれが、動けないゲットに向かって一斉に放たれた……その時。
次の瞬間、ゲットはその場にいなかった。イニシエート達が驚くと、少し離れた、ジェスの後方に立つ岩場に、満身創痍の彼を抱える大人のヒューマノイドが一人。
「マイキー先生……!」
「ゲット君、どういうことだよ、こりゃ……やんちゃにもさすがに程がねえかい? いくら、戦いたいからって……」
ゲットを間一髪助けた、マイキーがさすがに、呆れたようにつぶやいた。……しかし。彼は次の瞬間、そして次の瞬間と二重に驚くこととなる。
疲弊のままに倒れていたはずのゲットが、それでもよろよろと自分の身体から降りたのだ。さすがに、マイキーも叱ろうかと思った。いくらなんでもこうなってまで意地を張るのは、と。
だが……彼は。ゲットは。
「ありがと、先生、運んでくれて……さ、もう大丈夫だぞ、こっちこいよ」
気づかなかった。
戦場の真っ白な灰に、火種が残っているのだとマイキーは思っていた、そんな存在に話しかけた。
そこにいたのは、赤く怪我をした、真っ白な子供のワイバーン。光文明の銃撃で手も足も出なくなったところを負傷し、さらにここに吹き飛ばされたようなのだ。
ギュルル、と威嚇するようにそのワイバーン……《サンドリヨン・ワイバーン》は手を差し伸べるゲットに向かって感謝どころか唸り声をあげる。当たり前だ、目の前にいるのは自分たちの主人の敵である、ヒューマノイドなのだ。
当たり前。全ては、当たり前。
ワイバーンが怪我して助けたところで、自分たちは敵対者同士なのだから助けの手を差し伸べても唸り声をあげられることも。
血も涙もそんな生臭いものは体に通わせぬ光文明は強いことも、無理をすれば倒れるのも、何もかも当たり前。そんな中で。
「……ゲット、君……」
マイキーは一人、知った。火文明は戦いそのもの、光文明は秩序のため、その、誰もが当然の戦いに打って出ていた中で。
ゲットは、そんな数々の当たり前にもかかわらず、この子供ワイバーンを助けようとしに、無我夢中で駆けて行ったのか。この、誰も気が付かなかった小さな存在のために。自分たちの将来の敵のために。
……何が、彼を、そうさせた?
サンドリヨン・ワイバーンは《剣撃士ザック・ランバー》のカードに映りこんでいる白い小型ワイバーンが元ネタのオリジナル超獣です。