サンドリヨンに手を差し伸べるゲット、そしてそれを、ぼうっと見つめるマイキー。
さて、イニシエートたちはそんな彼らの姿を見てまたしても、一時的に動きを止めた。不測の事態に、ライトブリンガーの意思を仰ぐべきと判断したらしい。
「ジェス様」彼らは口を揃える。「いかがいたしましょうか」
「……あんたが光のリーダーか」
だが、ジェスが口を開く前にマイキーが開いた。そして、さりげなくゲット達を後ろに庇いながら頭を下げる。
「すまなかった。オレらんとこのやつが無礼を働いたらしいな。あいにくここに、こいつを預かっている隊長はいねえ。オレの侘びで勘弁してくれ。これ以上、そちらに攻撃を加えないことも誓う」
「……ヒューマノイドの成体か」ジェスもイニシエートたちへの返答の前に、口を開く。その口調が孕む怒りの色は……まったく、変わっていなかった。
「今、貴様が口を利く存在が何者か、知らぬと見える」
「ああ、お恥ずかしながらな……」
「私はライトブリンガー、予言者ジェス。わが体を包むは、我らライトブリンガーと共に秩序の文明を守り、この世に光をもたらす、精霊たちの祈りの言葉」
「……そうだったのか。こりゃ、ゲットもたいしたお方に噛み付いちまったな」
「その者は、その精霊たちの言葉を侮辱した。その意味が分かるか」
ジェスの調子は、どこまでも変わらない。彼が信じるのは、秩序の概念のみ。
「……すまねぇが、わからん。だが、あんたたちにとってオレらの想像以上に大事なもんなんだろう、そいつは分かる。それに関しては言葉もねぇ。だが……」
「わからぬか……そうだな、貴様らは非秩序の民」
だが、から先マイキーが何を言おうとしたのか、そんなことはジェスには関係なかった。目の前のヒューマノイドは非秩序の民、それを認識しただけで彼には十分。
「この世に生まれておきながら、この世を維持する秩序も理解せぬ者に、生きる価値はない」
「……っ!? 待てよ!」マイキーもその冷たい一言に、慌てて言い返した。
「あんたらにはあんたらの譲れねぇもんもあるんだろうが……それを知ってるはずもねえ他文明の、それも年端もいかんガキに、そこまで目くじら立てることもねぇだろう。生きる価値もないなんて、縁起でもねぇ! ましてこいつは、本質的にはあんたを攻撃したかったんでもなく……」
「年端も行かぬ子供……?」ジェスは反応する。
「幼体時点で非秩序を成す者は、成長すれば更なる非秩序を成す者となろう。然らばまだ幼体の時点なればこそ処分を下すことは当然ではないか」
ぞっとするほど、その言葉は重かった。光文明が感情を持たぬ秩序の民といわれる所以が、ひしひしと伝わってくるほどに。
「いや、けどな……」
「もうよい。貴様にも秩序を理解するだけの心がないことは分かった」
ジェスはようやく、自分の部下たちへ言葉を返す。
「命令は変わらぬ。精霊の言葉を侮辱した罪、万死に値する。使徒たちよ。排除せよ」
「……よし、オレこそ……『もう良い』だな。光文明がそこまでってんなら」
頭下げて損したぜ。そうマイキーは呟くと、ひらりと体を翻す。
「ゆけ」
彼がイニシエートに命令すると共に、フレイが光の剣を振り下ろし、イーレが金の矢を飛ばす。だが、それより早くその場からマイキーは消えていた。「なに!?」と彼らが振り返ると、マイキーはすでにゲット、そしてまだ抵抗しているサンドリヨンも勿論一緒に抱えあげ、一目散に逃げ帰る途中だった。ごつごつと荒れた岩地を、平野を走るように軽々と飛び回って。
『特攻隊長』マイキーはパワーではボーグに劣れど、速さは引けを取らない兵士だった。引退した今でも、その素早さは現役である。
「……ヒューマノイドの成体の中でも青年期は過ぎているように見えましたが、それにしてはなかなかの動き」ファル・イーガが言う。
「逃すな」と、短くジェスが言う。その言葉にマグリスが「はい」とだけ言い返した。
「大丈夫か、ゲット君!? 意識、はっきりしてるか!? 君だけじゃなくそっちのワイバーンも!」背中におぶったゲットに、マイキーは心配そうに声をかける。
「うん、大丈夫。こいつ、オレに噛みついてくるくらいだし。先生……」
大丈夫とは言っても、やはり苦しそうに息の上がった声。だがゲットの声は疲れ以上に……不思議な感情を呼び覚ます響きで、マイキーの頭を揺るがした。
「助けてくれてありがと」
……自分は今、逃げている。子供のゲットが堂々と立ち向かったあの光文明の面々から。
何で逃げた……その言葉は、青年期にたくさん聞いた。自分への言葉としても、他人への言葉としても。敵前逃亡を許さない、ヴァルビクトリーの軍隊で。
その言葉は何も字面だけの意味は持っていない。ヒューマノイドの戦士にとっては。
逃げることは、恥だ。戦場で強い相手と戦って死ねるなら、それも戦士の散り様。
ましてや、あれほどまでに自分たちのことを見下す相手ならなおのこと、向かっていって当然だ。向かわないなら、戦士として恥ずべきことだ、それなのに。
「……いいってことよ」
ゲットがそんな自分にそう言うのは、何も、彼が戦士の誇りとは何たるかを幼さゆえ理解していないから、そうではないような気分を覚えた。
「……ゲット君」
「なに?」
「どうして、こんな危険なこと」
「えっ、だって、悔しいじゃん。チビでも火文明の戦士として戦場に立ちたいから来てんのに……あんなんに殺されたら、すっげぇ悔しいじゃん。オレだったら、悔しいから」
「……そうか」
何の理屈も、わからないが。彼はゲットを背負ってひたすら走りながら、そうはっきり感じていた。
どうしてこう感じるのだろう? 自分は、臆病だ。臆病だから、戦士をやめた。
戦士家業から離れているとはいえ、相手の実力ぐらい見ただけでわかる。彼らは、自分より強い。光文明に、負けるとわかっていて真っ向から喧嘩を売るような度胸がないだけだったから、こうしているのではないのか?
もしも……もしもボーグなら、こんな無様なことはしなかった。真っ向から奴らに掴みかかってゲット達を助けられた。……ボーグなら。機神装甲を着れた、あいつなら。
……本当に、「そう」か?
自分は、逃げることなんて抵抗はない。だって、一番の戦場からもうとっくの昔に自分は逃げた。自分の才能のなさを受け止めきれず、逃げてしまった。今更どこから逃げても大して変わりがあるわけでもない。
……それでも。マイキーは、火薬と硝煙の匂いがする方向に一心不乱に岩山をかけ下り、どうして今更、どうして、という想いに駆られていた。
自分と違いなんでもできたボーグも、「同じこと」をしたという気持ちが今更沸いてやまない。子供のころ、彼と自分は同格だと信じていたあの時のように。
ボーグが機神装甲の力をもって彼らを蹴散らしゲットから与えられる「ありがと」の言葉は、自分が与えられるものと、何も変わらないという理不尽な思いがひしひし沸いてくる。
そう、何も知らない子供どころか……敵前逃亡には誰より厳しかったあの師、ヴァルビクトリーからでも、変わらずにその言葉を自分は与えられていただろうと、なぜだかマイキーには感じられていた。
そんな中。
背中が不意に、軽くなる。
驚いてマイキーが振り返ると、ゲットの体が少しずつ、宙に浮いていた。
「え……」
マイキーもゲットも、目を白黒させる。サンドリヨンを抱くゲットの体は後方に引っ張られるように、浮かび上がる。
しまった! 光文明の仕業か! マイキーは感づいた。
「ゲット君!」彼は必死に手を伸ばした。
「マイキー先生!」
だが……間一髪遅かった。彼らが手を握る前に、ゲットは少しずつ加速しながら、後ろへ飛んでいく。ゲットがマイキーを呼ぶ声は、見る見るうちに遠ざかっていった。
磁力の使徒マグリス。彼の磁力は何も、手当たり次第に金属を吸い寄せるだけが能ではない。
狙った対象を吸い寄せることもできるのだ。そしていくら俊足とは言えど、何の装備もないヒューマノイドがその射程圏外にすぐ逃げるほうが、土台無理な話。
見る見るうちにゲットは空中を移動し……急に止まった。気がつけばもうそこは、マグリスの翼の間。そこに宙ぶらりんにされていた。
「てめえ……なんだよ、これ!」
「秩序を侮辱したものが、逃れられると思うな」ジェスが真っ向から向かい合って告げる。
宙ぶらりんのゲットはおびえるサンドリヨンを抱きしめつつ、それでもジタバタもがきながら言った。
「チツジョチツジョってさっきから意味わかんねーんだよ! なんでそんなことでオレが殺されなきゃなんねーんだ、コラ! それにオレやマイキー先生の言うことも無視すんなよ! 戦士なら正々堂々としてろよ!」
「身の程を知れ」
ゲットを拘束するマグリスが冷たく吐き捨てる。
「貴様らは、下々の民。その中でも秩序に準ぜぬ、より下賎なもの。ライトブリンガーと対等に口を利くことを許されし身分ではない」
「なんでだよ!?」
だが、ゲットは言い返した。
「お前らなんて、知らねーぞ! 知らねー奴が何で、偉い奴なんだよ!」
「マグリス」
ジェスが短く言う。マグリスはその言葉に反応を見せ……展開していた電磁網を変換した。
バチ……バチとはじけるような音。そして次の瞬間、マグリスは強烈な電撃を展開した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!」
「キュギュキュウウゥゥゥゥ!!!」
全身感電したゲットは言葉にならない悲鳴を上げる。当然、そんな彼に抱かれているサンドリヨンからも悲痛な悲鳴が上がった。
体中が針を突き刺されているように激痛が走る。「よいぞ!」と、ジェスの声。
「電圧を上げろ!」
「了解!」
「フレイ、イーレ、貴様らもだ!」
「御意に!」
イーレが素早く、矢の腕を伸ばす。それはゲットの手をいたぶるかのように次々に貫いた。感電している痛みもあわさる中で……小さなワイバーンを抱く力が、その崩れぬ手の形から推し量れる意志とは無関係に徐々に弱められていく。その中でサンドリヨンは……自分の方から、ゲットにギュッとしがみついた。
そんな中最後にフレイが……特大の光の剣を展開した。
「愚かなり。精霊に、予言者に、秩序に歯向かったものよ」
そして彼の剣がゲットの喉を掻き切ろうとした、その瞬間……。
「よせ! やめろ!」
銀色の刃が、その発光する刃と交差した。フレイは不意をつかれ、のけぞる。その隙に剣はマグリスの翼に命中……電圧が弱まったと同時に、ゲットは地面にぼとり、と落ちた。
彼は、力を振り絞って上を見る。
「まだ動けるのか……本当に、元気だな。いい子だ」
マイキーだ。
もう一度、助けに来てくれたんだ。……だが、ゲットはそれ以上にある一箇所に注目していた。
マイキーが今背中に背負っているのは、鞘だけ。そこにおさまるはずの彼の大太刀が……抜かれていた。
そしてそれは……何年も抜かれていないなど、ありえない輝きをしている。それこそ光文明の機体にも負けないほど、研ぎ澄まされて、光り輝いていた。
背中が、軽い。そして腕が、重い。
夢中で、ゲットの後を追いかけてきた道を引き返した。そうしたら、こんなことが起こっていた。
そして衝動的に刀を抜いた自分に……マイキー自身が、驚いていた。もう、これを振り回すことなど、あり得ないと思っていたのに……。
……衝動。
「何用か、またしても……」と言葉を発するマグリス。マイキーはゲット達の体を急いでひったくり、自分の後ろに庇うと、「うるせえ! 何が秩序の民だ!」と思い切り叫んだ。
そうだ。ゲットも、衝動で動いたのじゃないのか。
「いくらなんでも……いくらなんでも! 抵抗もできねえガキどもを縛り上げてよってたかって攻めるなんざ! それがこの子がやった事より素晴らしいもんだってのか!!」
その啖呵にも、マイキーは驚いた。だが、いくらなんでも許せない。許したくない。そんな情動が、ひしひしと沸いてくる。
ズシリ、と大太刀が重い。これは刀だけの重さではない。戦場の渦巻く空気の重さが、刀に覆いかぶさっているのだ。若いとき何度も、そう感じた。
これは重すぎて、自分には振り回せなかった。それでも……それでも、とマイキーは思う。
今、振らねば。
「そんな秩序……従う価値はねえんだよ!」
彼は夢中で、イーレに切ってかかる。だが……イーレは矢状の部分をぐに、と曲げ、それを受け止めた。
激しく響く金属音。過剰にかかりすぎる手ごたえ。何てことだ。こんなすぐ曲がる金属なのに、恐ろしく硬い。光文明種族の体が、火文明には図り知れない金属で出来ていることは推し量られた。
それもそのはず、彼らを形作るのは光の超高度テクノロジーの結晶である超合金。何よりもやわらかく、何よりも硬い。マシン・イーターの芸術品であろうと、おいそれと敵わぬほどに。
「それだけか」と、イーレ。
「口ほどにもない……」
次の瞬間、イーレはぶん、と腕を振り、マイキーを地面に叩きつけた。やはり、彼の読みは当たっていた。イニシエートたちは、マイキーよりも格段に強い。
「ま、まだまだ……」
だが、マイキーは立ち上がる。
「ジェス様……」彼らはまた一様に、ジェスの判断を仰ぐ。
「いかがいたしましょうか? この成体に、今度は引く意志はなさそうです」
遠くから離れて見ているジェスは、やはり短く言い捨てるのみ。
「罪びとを助けんとするものは、等しく罪びとである。彼もまた、精霊を侮辱せし者」
殺せ。
銃弾の音。ドラゴノイドの叫び。トールの聖歌。それが混ざり合うやかましい戦場の中でも、その声は一番ありありと響いた。まさに光文明を統率する種族の言葉に相応しい、重みを持った言葉だった。
「予言者の仰せの通りに」
……自分は。マイキーは思う。
自分は、英雄にはなれなかった。
自分だけじゃない。ボーグのように成功できるのは、ほんのわずか。殆どのヒューマノイドが、少年の日に見ていた夢など、叶えないまま老いていく。
自分たちがかつて夢見た、かつて目標にした存在になれないままに。少年たちの目標へは、なれないままに。
……それでも。
「死ね」
イーレがひゅん、と矢を飛ばす。必死にそれを躱して、防戦する。
……それでも、それでも自分は大人になった。英雄にはなれずとも、大人になった。
子供の目標にはなれない。けれど、それでも。
「なぜ、罪びとをかばうか」
ファル・イーガの問いかけに、マイキーは……叫んだ。ただ、衝動的に。
「お偉い光文明様が、そんなことも分からねえのか! そんくらいのバカなら黙ってろ!!」
……どうして。
どうして、君は動けたんだ。ゲット。自分に感謝などしてくれないだろう、自分たちと将来敵対する、小さな存在のために。
……何からも逃げた。逃げるのなんて、怖くない。けれどいくらなんでも、子供の君が進んだ道から逃げるほどまで、堕ちてたまるか。ヴァルビクトリーの弟子の名をそれほどまでに汚してたまるか。
英雄としてはあれなかったんだ。だからせめて、大人として今ありたい。
将来火文明を担う若い同志たちを、守る一助となりたい。君が助けた小さなワイバーンはヒューマノイドに助けられた恩義など忘れて、将来ドラグライドを乗せて恩人の君を撃ち落とすかもしれない。それでいいから。それと同じ話で、いいから。
目指してくれなくていいから。憧れなくていいから。ただの自分の意地にすぎないのだから。
だから……英雄に憧れる小さい命達を、少しでも支える存在としてありたい。昔、そうして支えられながら英雄の輝きに憧れ、沢山努力した者として。
ゲットが起き上がってこの場を逃げるまで、自分がこいつらを食い止めなくては。……いや、だめだ。彼らは自分より強い。そんな考えでは、すぐにやられる。
どうするんだ。本当に強い奴らなら。ボーグやヴァルビクトリーが、自分程度の実力なら……。
『マイキー。てめえ、まだこの刀の使い方分かってねえだろ』
……そういえば、こう言われた事があったような。
『いいか、ガムシャラに切ろうなんて考えるな。切るべき所に突き立てれば、そいつは勝手に動いてくれる。まず、落ち着け』
そう言われても全くその意味が分からなくて……そんな文句はおくびにも出さずがむしゃらに頑張っていた自分をヴァルビクトリーは責めず、代わりにこんな言葉を送ってくれた。
『ま、いい。焦るな。いつかお前にも見えてくる時が来るよ』
そんなものでしょうか、と言った自分に、彼は笑いながら返した。
『あたりめえよ。お前はそれを扱えるだけの戦士になれる奴だからな。おれがそう決めた』
切るべき所。
まず。落ち着け……そう、ヴァルビクトリーは言っていた。マイキーは動きを止め、刀を構えて、深く深呼吸する。
「な、何だ、貴様……?」先程まで動き回っていた相手が急に止まり、イーレは僅か動揺する。だが、やはり予言者の忠実な僕。この機を逃す手はない、と、それ位の判断はすぐつく。
ひゅん、と矢の腕が伸びる。マイキーの心臓めがけて……その瞬間!
「そこか!」
マイキーは激しく、刀を突き立てた。イーレの矢の……ちょうど先端部分に!
ガキン! とぶつかり合う金属音。だが、マイキーには分かる。手ごたえが先ほどと格段に違う。格段に、軽い!
マイキーの刀がイーレの鏃の先端に食い込み……そして、するすると進んでいく。すなわち……矢が、両断されていく!
「なに……!」
イーレが気づいた、次の瞬間。刀へかかる手ごたえが、ゼロになる。彼の黄金の体が、すっぱりと二つに分かたれた。
「イーレ……まさか?」
さすがのジェスも、動揺していた。「マグリス!」と彼が合図すると共に、慌ててマグリスが磁場を展開する、彼の刀が吸い寄せられていく。
だが、マイキーは冷静だった。いや、正確には……かつてないほど高揚し、それでいて冷静だった。
この刀は、こんなに軽いものだっただろうか? 若い時からずっとその重さを克服しようと足掻いていた刀が、嘘のように軽い。体力自体は、あの頃と比べて衰えたはずなのに。
問答無用に引きよせられていく刀。だが、マイキーはそれから手を放さず……逆に、磁力の勢いを利用して全速力で突っ込んでいった。
「てめえは、そこだな!」
そして、彼の刀が翼の中央……そこに最大の勢いで突っ込み、マグリスの本体の中心にその鋭い先端を突きたてる。そして、もはやそれだけで十分。
急所に突きつけられた穴は見る見るうちに広がっていき、マグリスは次の瞬間、ばらばらに分解した。……それと同時に、磁場も消え去る。
「貴様……彼らの急所が分かるのか」
と、ファル・イーガ。その言葉の通りだ。急所が分かる。最も突くべきところが、手に取るように分かる!
それが分からなくて悩んでいた青年時代の苦悩が……嘘のように!
「だが、無駄だ! フレイは急所のない体に作ってある!」ファル・イーガは言う。
「フレイ……しくじるな」
ジェスの言葉に、フレイもブン、と音を立て、複数本の光の剣を展開した。
そしてそれが振り下ろされたその刹那。
「そうだな、普通の武器ならこいつの急所は、小さすぎて突けねえわ。突けるほど細いもんは、武器にならねえだろうし。『普通』は」マイキーは言い放ち、そしてフレイに迷いなく突っ込んでいく。彼の、頭部を目指して。
「けどな。こいつぁ機神装甲ヴァルビクトリーの宝よ。どんだけ鋭いか、見てみるかい?」
カツン。
小さい音。
戦場の喧騒にも負けない小さい音が、フレイの頭部から響き渡る。そして……フレイの頭部に、ひびが入った。
ひびはどんどん広がり、やがて……パラパラと、フレイの装甲が崩れ去る。そして、機械部分が現れる。
絶句するファル・イーガとジェスを背に……マイキーはそこに刀を思い切り振るった。フレイは巨大なエラー音を発し、部品をまき散らして倒れた。
「おのれ……」
と、ファル・イーガ。急所を突かれて壊れた彼らの傷はさすがに深いのか、トールの歌をもってしても再生しない。
「どうした。あんたらは攻撃しねえのか」
マイキーが言う。
「しねえなら、帰らせてもらうぞ」
彼は右手に刀を持ったまま、左手でゲットとサンドリヨンを抱えあげた。まだ両者息はある。
「先生……」
「なんだ、意識あるのかよ」
うん、とゲットは返事した後、言う。
「すっげえ、かっこよかった……!」
「キュウ」サンドリヨンまで、彼に同調して頷く。ヒューマノイド相手に。
「……だろ?」
マイキーも、笑って返した。だが、それと同時に。再び戦場に響き渡る、厳かな声。
「ファル・イーガよ」
「はい」
それだけの会話。ファル・イーガは動く。
「調子に乗るな……非秩序の民風情が」
彼は、光線銃や武器など何も展開せず……ただ、自分の気配に気づき刀を向けたマイキーに向かって、テクノロジー呪文を唱えた。
「《ソーラー・レイ》!」
一瞬、太陽の光にも似た真っ白な光が辺りを包む。そしてその次の瞬間……マイキーの体から、全身の感覚が消えていった。
「こ、こいつは……」
間違いない。あのドラゴノイド軍が受けていた呪文と、同じようなものだ。
足の感覚がなくなり、ばたり、とマイキーは鈍い音を立てて地に伏せった。ファル・イーガとジェスは、そんな彼を見下ろす。
「手間をかけさせおって……」
「ファル・イーガ」
ジェスが一言告げると同時に、ファル・イーガは先端部のレーザー砲を顕わにする。そしてそこに、光の粒子が集まっていった。
反撃しようにも、逃げようにも、体が動かない。受けてみて初めて分かった。ここまでえげつない戦法だったとは。
「(ちっ、やはり、神様ぶるだけのことはあるってかよ……)」
マイキーは自分と一緒に倒れるゲットたちをそれでも庇いながら、今一度、痛感する。光文明。彼らは本当に、強い。
自分の必死の食い下がりなど、こうも簡単にひっくり返してしまうほどに。
ファル・イーガの体が一気に光り輝く……。だが、その時だった。
誰も予想だにしていなかった異変が起こった。
●
異変の原因は、ほんの少し前にさかのぼる。ドラゴノイドたちに混ざって、ジョーは相変わらず激戦を繰り広げていた。
だが、彼の隣に立つドラグストライクが嘲るような声で言った。
「どうした!? ヒューマノイド。落ち着きがないのではないか! それで戦場に出ようとは笑止千万!」
事実、彼の言葉に偽りはなかった。火文明が何より好きな戦いをしている筈なのにジョーはどこかイライラした様子で、しかも相手を倒してもそれが晴れる様子ではない。そのことは、ジョー自身も自覚していた。だからこそ、彼は「しょーがねえだろ!」と叫び返した。
「普段なら戦いを楽しむけどよ! ……いればいるほどイライラしてきやがる。なんだ、あの光文明の奴ら!」
「何を言っている?」
「アレだよ!」
ジョーは思い切り、空中に浮かび聖歌を歌うトールの姿を指差した。
「あんな音痴な歌を思いっきり響かせて……どー言うつもりだ。そりゃ、イライラもするぜ!」
「音痴……? まあ、確かにやかましくはあるが」
火文明好みではなく、また厄介な存在であるにせよ、トールの歌そのものは間違いなく非常に美しい。ドラグストライクは内心、首をかしげた。だが、ジョーは強い口調で言い張る。
「音痴ったら音痴だ! よくあんな歌で回復できるぜ、あいつら! あんなんなら、オレの方がもっとうまく歌えるのによ……!」
ドラグストライクは知る由もないが、実はジョーは歌には相当の拘りを持っている。だからこそ、趣味に合わないトールの歌を聴かされて落ち着かない様子であったのだ。
普段はそれなりに優しい彼だが、この拘りが入ると止まらない。
「は、はぁ……」と戸惑うドラグストライクを尻目に、「……そう言葉にしたら一層無性に歌いたくなってきたぜ……歌うか……」と、ジョーは独りごちた。
「す、好きにすればよいのでは……?」
戦場でよくもそんなのんきな、と嘲る気にすらならないほど戸惑うドラグストライクは、もうこいつには関わり合いになりたくないとばかりに攻撃に集中する。隣でスウ、と大きく息を吸い込む音が聞こえた気がしたが、もうどうでもいい、とその時には思えていた。
……その時までは。
次の瞬間、戦場に爆音波が響き渡った。トールの歌を打ち消すほどの声量で……なおかつ、トールの透き通った美声とは正反対のすさまじい怪音が!
なんと形容すればいいのか、誰にも分からない……ただはっきり言える事は、それがとてつもなく……聞くに堪えない上に異常なボリュームの歌、と呼んでいいのかも怪しい何かだという事。
「!!!???!?!?!?!?!?!?」
トールの音をバックミュージックに戦闘していた一同は一斉に大パニックだ。何が起こった!? いや……しかし、それ以上に、一番の被害者が、空の上にいた。
ビシッ。
その歌が響いた次の瞬間、そう音を立てて、トールの華やかなローズゴールドの機体に思い切りひびが入ったのだ。
「ギャアアアアァァァァッッッ!! し、信じられない、なんたる歌声!! 音程もめちゃくちゃで不協和音の連続、不愉快なレベルの声量……ひっ、非秩序が音の形をしているぅ!!」
トールは歌うのを止め、身悶えしながら泣きそうな声でそう叫んだ。そして一目散に、空に帰っていく。
「お、お待ちください、トール様ぁ──!!」
彼の楽団がそう叫んでも、トールは止まらなかった。
「無理だ、こんなところにはいられない!! あの非秩序の歌を聴いていられぇ──ん!!」
……そうして、トールは一抜けて、一目散に空に帰ってしまったのだ。彼を追うように、イニシエートの楽団も空に……そして光文明の面々も、それに少し遅れて次々と帰っていく。
「あり、あいつ帰ってくな?」だが、ジョーの目に映っているのはやはりトール一人。
「ふん、オレの本当の音楽に恐れをなしたか音痴野郎! ……ありゃ?」
ジョーが一曲歌い終えて周りを見てみれば、戦闘をやめていたのは光文明ではない。
周りに死屍累々横たわる、ドラゴノイド達。白目をむくわ泡を吹いているわ、痙攣しているわ……。隣にいたドラグストライクまで、そのザマだった。
「はっ! ドラゴノイドにも芸術は分かるみてえだな! なんにせよ……」だが、その惨状を目の当たりにして、ジョーはご満悦だ。
「どんな奴も俺の歌を聴いただけでまいっちまうのさ。全身、ビリビリにシビれちまってな!」
●
そう、異変とはまさにそれ。ジェス達の下にもそれは届いていたのだ。そして……トールが飛び去るところも彼らには見えた。
ジェスはすさまじい歌もさることながらそれを見て、ぎょっと慌てる。当然だ、トールはファル・イーガ・カーテンの防御の要のひとつだ。いなくなられては困る。
「ま、待て、トール! 勝手にどこへ行く!」マイキー達のことなど放っぽりだし、彼はファル・イーガと共に慌ててトールを追いかけた。
「お前が抜けては,演習にならーん!!」
ライトブリンガーとリーダーが帰っていき、他の光文明も慌ててそれに付いて帰還……起こったのは、以上のことだが。
ぐったり地面に横たわりながら、ゲットはマイキーに声をかけた。
「なあ、あれ……」
「うん……ジョー君だね」
乾いた笑い声で、マイキーは続ける。
「ジョー君のなにがすごいって……アレで喉や声帯は完全に生身ってとこだよなぁ……」
「(ジョーって……なんで面倒見もよくて優しくて、すっげえいい奴なのに……)」ゲットは考える。
「(自分が破壊兵器級のド音痴だって自覚してくれないんだろ……)」
そうゲットが思ったのを最後に、二人と一匹もばったりと完全に気絶した。