Saga of Creatures   作:hinoki08

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ファル・イーガ・カーテン 7

 

「で……なんだ。そんなバカバカしい終わり方で、なんとか終わったと……」

 と言う一言を、ボーグはマイキーに告げる。彼は少し前まで気絶しており、漸く起き上がって、自分の仕事の傍らにボーグに一連の情報説明をし出した。ゲットはまだ気絶したまま。ジョーが、彼とゲットとゲットが抱いていたサンドリヨン、離れたところで回路をショートさせていたマイキーのお供達を全員引きずって紅戦線基地まで帰還させてくれたのだ。

 もう夜で、演習を終えた紅戦線が各自大広間で休憩している中、彼らは向かい合って話していた。

「あの野郎……ホントにもう……」

「あいつの喉もそうだけど、音の感覚もどうかしてんじゃねえの?」後ろで聞いていたタイラーが呟いた。彼の隣にいたムラマサもため息をつく。

「自分が下手なのだけはまったく理解してくれんしな……お前の歌は上手すぎるから安売りすんなって言っといて、漸く普段は黙ってくれるし……」

「マイキー先生、手術でどうかなんねーのかよ、あれ……」

「うーん……出来なくはないかもしれないけど……」マイキーは考える。

「でもさあ……あそこまで突き抜けたド下手だと、逆に無くすのが勿体ないっつーか……」

「そりゃ、先生があいつと一緒に住んでないから言える言葉だよ!!」タイラーとムラマサは同時に言った。

「まあ……あんまりにアホらしすぎて忘れそうになるが……」ボーグは冷静に、話を元に戻す。

「大体光文明が地上で軍事演習たぁ、けったいだ。演習場所に困るほど、空は狭くもねえだろう」

「やっぱり一番は、そこだよな」マイキーも真面目な顔に戻って、話しだす。

「普通に考えりゃ、やっこさん達が……地上での戦闘を想定しているってことだ」

 その言葉に、ボーグも頷く。

「水の奴らみてえに、地上の災害如きで被害をこうむる立場ではねえだろうが……神様気取ってるあいつらの事だ、今の情勢を見て、対抗のために力をつけよう、なんて考えている……ってことも、不自然じゃねえよな」

「今の情勢……」マイキーは考え込む。

「それに奴らの戦い方も、すげえもんだ。オレたちとは根本的に違うな……そのプライドも尋常じゃねえが、完全に、集団で戦ってやがる」

 ボーグは、マイキーや前もって聞かされていたジョーの状況説明から、そのような印象を受けた。自分たち火文明は仲間を大切にするものの、戦士としてはお互い一人一人だ。自分たちが戦いたいから、自分たちの気持ちや誇りに忠実に戦っているし、そこにあるのは軍隊の駒と言うよりも、独立した戦士。

 だが、光文明は違う、と彼は感じた。完全に統率者の意志に従って集団で動いている。一人一人の兵士たちはそれぞれの個人と言うよりも、大きな軍隊を構成するパーツの一つ一つにしか過ぎないと見える。

 ……自分たちが普段相手にしているドラゴノイドたちとは、全く勝手が違う。

「それに……もう一つあるな」マイキーは言う。「奴ら、オレら相手に全く本気は出していなかったぜ」

「なんだって?」

「お前と話す前にフレンディ達と話したんだけどよ……あいつら、ガーディアンが砲撃するのを見たって言ってたんだ。オレとゲット君も、ガーディアンに砲撃されかけた。……けど、ガーディアンたちは基本、全くそんな機能があるそぶりは見せなかったんだぜ。あいつら……まだ、隠し玉がたっぷり有ると見ていいだろ」

「ナメられたもんだな」ボーグは呆れて言う。

「けど、それでドラゴノイドたちが追い詰められていたのは事実だ。少なくとも、ナメたからとあっさり負けるような相手じゃなかった」

 気に食わないドラゴノイドの事でも、彼らはその言葉にこれだからドラゴノイドは、と返す気にもなれない。ドラゴノイドは好かない相手であるが、ヒューマノイドと互角に戦う好敵手だ。それがまるで子供のように手加減されているとあらば、不愉快な気持ちも湧いてくる。

「光文明……神の文明、か」

 ボーグは一瞬苦々しそうに言ったが、すぐにハッ、と笑い飛ばした。

「バカバカしい。オレたちゃ神なんて信じねえ」

「ボーグ……そう言えば」マイキーが再度、口を開く。

「さっき、世界情勢がどうとか言ったよな」

「ああ……?」

「オレな、この基地来る前に、ヴァルバロス軍の基地にいたんだぜ」

「え!?」彼らの背後で、ミサイルボーイとトランプで遊んでいたホーバスが反応する。

「親父の!?」

《機神装甲ヴァルバロス》。南方に基地を構える機神装甲。そして、ホーバスの父親でもある。マイキーはうん、と頷いた。

「悪いな、ゲット君が大変すぎてすっかり忘れてたわ……。ヴァルバロス、元気そうだったぜ。でな、ボーグ。そこでちょっと、気になる話を聞いたんだ。又聞きだけどよ」

「どんなだ?」

「また別の基地の連中のところに、変な男が来たって噂だ。オレたちヒューマノイドに似ているけれど、全然違うやつで……黒い鎧で全身を覆った野郎で……闇文明の使者って名乗ったとよ。そいつが……闇と同盟しないかって申し込んだって話だ」

「なに……!?」と、ボーグも、周りにいる紅戦線のメンバーも反応する。

 闇文明の事も彼らはろくに知らないが……ただ地下世界に住まう、恐ろしくも誇り高い文明と聞いている。そんな相手が、同盟……? 

「奴らもまた、何か新しいことを企んでるのかもしれねえ」と、マイキーは言う。

「紅戦線の所にも来るんじゃねえか」

「ああ……」頷くボーグ。

「水も、闇も、光も……どうやらオレたちの手元に入る情報よりよっぽど、世界中大変な騒ぎらしいな……」

 

「ま、大変でも」

 状況説明をしながらずっと動かしていた手を、ようやくマイキーは止めた。

「そんな大変な時代を、自分なりに戦って生きてかなきゃなんねえんだけどよ。死ぬまでは」

 とりあえず、今日死なないでよかったな。その言葉に、治療を施されたサンドリヨン・ワイバーンは「キュウ!」と可愛い笑顔で鳴いた。

「キュキュキュ!!」

「あっ、おい、まだ飛んじゃ……」

 包帯を巻かれて真っ白になった仔ワイバーンはマイキーが止めるのも聞かず、パタパタと窓の外から飛び立って、白い姿はたちまち見えなくなってしまった。

 

 

 ●

 ドラゴノイドたちはその後、なんとか息を吹き返して帰還した。基地のユーカーンが、光文明との交戦が始まるなり基地に向かった伝令兵の報告を聞いて、ワイバーンを送ってくれたのだ。……ここまでの大被害とは思われていなかったせいで増援の必要に迫られ日が暮れてしまったが。

「ねぇ、アニキぃ……」と、ブレイズ・クロー。

「すげー歌っしたね……オレ、まだ頭がグラグラしてるっす」

「……そうだろうな。いつもそうあって欲しいほど大人しいよ、今のお前は」ドラグストライクも夜空をワイバーンに乗って飛びながら言う。

「ザックのギターとどっちが下手っすかね……」

「いや……ザックだろう。さすがに」と、ドラグストライク。

「我らドラゴノイド、何事においてもヒューマノイドごときに引けを取りはせん」

「そんなこと張りあうもんッスかぁ?」

「アニキたち、なんでんなこと言うんすか? ま、んじゃ俺はあの子探しに行くっすからね。俺が世話している個体だし……って、あれ!?」

 その彼らの話に出てきたザック……《剣撃士ザック・ランバー》というドラゴノイド兵、彼らに助けを呼んだ伝令役の前に、「キュウ!」と笑顔で飛んでくる、真っ白な小さい姿。

「サンドリヨン! 無事だったのかー!」

「キュッキュキュ」

 スリスリ飼い主に甘える姿を、ザックは「ったく、俺から離れて戦場に居座って! あんまお転婆すんじゃねーぞ。こーんなきれいな女の子なんだからさ」と優しく撫でつつ、「あれ……包帯? 誰かに治療されたのか?」と首をかしげる。

「キュ!!」

「そっかそっか。どっかで会ったら、お礼言わねーとな」

 さて、本来は部隊の仲間を無事出迎え、入れ違いにサンドリヨンを探しに行くつもりだったザックも、彼女が自分で返って来たならその必要もなくなった。一同は揃って空を飛び、彼らが戦った山も既に見えなくなっていた。彼らの目の前に漸く、基地の明かりが見えてきた。

 

 

 だから、誰も気づく由もなかった。

 誰もいなくなった戦場に、音もなく舞い降りた一体の姿。まるでUFOのような形状をし、夜の闇の中でも輝くそれは、間違いなく光文明の者。

 もっとも、彼は兵士として来たわけではない。彼の名前は《宣凶師ベトラーレ》。《グラディエーター》と呼ばれる種族だ。

 グラディエーターは、ガーディアンやイニシエート同様にライトブリンガーに仕える種族。だが、彼らの役割は、戦い以外にも存在する。

 ベトラーレは山頂付近に浮遊する。そして静かに、自分の下方に太い光の管を落とした。すると、ドラゴノイドたちの落とした武器や銃弾が、音も立てずに管に吸い込まれ、回収されていく。

 彼がそうやって武器の残骸を回収しているうちに、漸く彼のレーダーにあるものがとまる。マイキーに斬られた三体のイニシエート達だ。トールがすぐ帰っていってしまった手前、回復が間に合わないまま、転がっていざるを得なかったのだ。

 すぐさま、ベトラーレは光の管の向きをグイ、と変え、三体のもとに向ける。イニシエートたちの体はその管を通り、自分より数倍大きいベトラーレの体内に吸い込まれていった。

「夢見の神殿へ、こちら、宣凶師ベトラーレ。任務完了いたしました」

 グラディエーターの仕事は、すなわち回収。地上の資源や、帰り損ねた味方の機体を光文明に持ち帰ることが仕事なのだ。

『よろしい。帰還せよ』そう命令を受けたと共に、ベトラーレは空に向かって垂直に飛び立つ。やがて彼の機体の輝きは、満天の星空に混ざっていってしまった。

 

 

 ●

「あまり芳しいと言える結果ではありませんね、ジェス」

「……すまん。カティノ」

 さて、シルヴァー・グローリーでは、行われた演習の報告を受け、ジェスが予言者のリーダーたるカティノに短くそう釘を刺された。

「我々が勝つのは当然なのです。……完璧と言うには幾つか、問題が見受けられました。あなたとて、例外ではありません」カティノは穏やかながらも、若干強い口調で言葉を進める。

「先を見れずして、何のための予言の力ですか。火文明とみて、侮りましたね。油断は非秩序を生み出します。いくら全力を出し過ぎない演習とは言っても……それしきをも見られないほど予言の力を出すことを怠っていては、困ります」

「うむ……私が油断していた、精進しよう」

「ええ、そのように……また、黄昏の守護者シーブス・キーン13420号の件ですが」

「呼んである」

 ジェスがそう言うと共に扉が開き、シーブス・キーン……マイキーのお供たちと交戦した個体が現れる。カティノは彼のもとに滑らかに動きながら近寄り、告げた。

「シーブス・キーン13420号。なぜ呼び出されたのか、お分かりですね?」

「はい……」

 シーブス・キーンはただ一言。カティノは強い口調で続ける。

「今回の演習では、全力を出しすぎぬため、ガーディアン部隊は一律許可のない攻撃を禁じられていたはず。それにも関わらず、あなたは火文明のアーマロイド三体に無許可での砲撃を与えました。……シーブス・キーン13420号。あなたの判断が『今回は』正しくとも……秩序とは、指令に全員が滞りなく従うから成り立つもの。我々の予言や指示を通さぬ自己判断の積み重ねはやがて、我々光文明には相応しからぬ大きなミスを……非秩序を生み出します。背く意志のなかったことは分かりますが、それでも今回の行為は許されざる軍律違反です」

「はっ……」

「三日間の懲罰室行きです。それが済み次第、至急訓練に戻るように」

 カティノにそう言い渡されたシーブス・キーンは「かしこまりました。……申し訳ございませんでした」とだけ言い、自分の方からシルヴァー・グローリーの端にある懲罰室へ向かって飛び立っていく。連行する役など要らないのだ。ライトブリンガーが行けと言えば、ガーディアン達は文句ひとつ言わずに向かう。それが、ガーディアンだ。

 カティノは内心、ため息をつく。自分たちは、完璧でなくてはならないのだ。少しのたるみも、許されない。

 もとより、自分たちには何でもある。地上の民が必要とするものなどいらない体、高潔な精神、平和に繁栄する事の出来る、天上の国。水文明をも超越する科学技術。

 地上の民とは違う。これ以上に必要とするものなど、ありはしない。そんなものがあればこその、低俗な民なのだ。自分たちは全てにおいて、満たされている。

 そんな自分たちにとって、戦争の持ち得る意味など、一つしかない。自分たちの強さを、威信を、地上の民に見せつけるため。自分たち、並びに自分たちの崇める秩序の絶対性の証明のため。

 その意味をかけ設計したのが対地上用防衛部隊ファル・イーガ・カーテン。彼らの歪みは、そのまま光の威信に直結する。勝つことなど当たり前。勝ってなおかつ、完璧であらねばならないのだ。

「(そのためにも)」カティノは強く思う。

「(一刻も早く、クルトを……)」

 

「……まあ、あなたと、彼の懲罰……あなたの親衛隊のイニシエート達のボディも回収され、今は修復を受けておりますし……これで一切、問題はございませんね?」

「いや、問題は、実は、もう一つ……」

「もう一つ……なんです?」カティノは言う。

「いや……カティノ。こればっかりは説明するより、聞いてもらった方が早いかと……」

「なんですって」と、怪訝そうに言うカティノ。

「見た方が早いと言うのは分かりますが、説明するより聞いた方が早いと言うのは……? だから聞かせろと言っているのではありませんか」

「いや、それも含めて……ともかくも、私と一緒に」

 ジェスに連れられて、不承不承シルヴァー・グローリーを進んでいくカティノ。彼らは外壁付近の廊下を進む。幾何学的な模様を彫りこんだステンドグラスが澄み切った満点の星空の光を受けてその模様を廊下に映し出す、何とも厳かな雰囲気。ここから先は、礼拝堂方面だ……。

 と、同時に、急にその雰囲気をぶち壊す不愉快な機械音が聞こえてきて、カティノは危うくひっくり返りそうになった。

「な、なんです!?」

「問題と言うのがこれだ!」

 ジェスが近づくと、礼拝堂の扉は自動的に開く。そしてそこには……イニシエートの楽団。そして……トールがいた。

 そう、トールが……いつもなら澄み切った美しい歌声を礼拝堂に響かせるトールが、先ほどまでの声を発していたのだ。茫然とするカティノにも気付かない様子で「ダメだぁ!」とトールは歌を中断。

「前のように歌えないぃ! あのヒューマノイドの音痴が移ってしまったぁ~……!!」

「ト、トール様ぁ……そんなこと仰らずに……」

「……何事です」唖然とするカティノに、ジェスは口ごもりながら告げる。

「地上で想像を絶する凄まじい音痴に出会ってしまって……なんでも、それが移ってしまったのか、音程のセンスが取り戻せないと……」

「……音痴とは、移るものなのですか……」

「知らんが実際ああなっているしな……」

 聖歌を歌うことに特化したトール。その歌の力は掛け値なく素晴らしいのだが……どうもそれゆえ、歌が絡むと彼は相当デリケートになってしまうことが、初めて判明した。

「……一日でも早く、前と同じように矯正なさい!」カティノは少し呆れたように黙ってから、そう叫んだ。

「あんな歌が礼拝堂に響いていること自体、秩序に対するブジョクですっ!」

 

 

 ●

 とっぷり夜が更けた深夜。ゲットは一人で、目が覚めた。

「(あれ? オレ……)」

 布団が被せられている。基地に戻ったんだ、と実感した。

 色々と、凄まじい一日だった。それがもう終わったんだ、と彼は気付く。

「(つーか、ハラ減った……)」

 夕飯に起きずに気絶していたのだ。無理もない。食料庫に行ってつまみ食いしよ、と体を起こした瞬間、彼はズキンと痛みを感じた。気が付けば、自分の体は包帯だらけだ。

 けれど、周りは物凄く静かだ。いびきすら聞こえない。彼はなんとか起き上がって、よたよた歩いた。

 手さぐりで、食料庫まで進もうとするゲット。だがそんな中、ある部屋にまだ明かりがついているのを見る。話し声も聞こえてくる。そして……タイラーにムラマサ、ホーバスにミサイルボーイにジョーと、紅戦線の面々がそのドアの側に集まっていた。

「?」

 ゲットが口を開こうとするが、ジョーが人差し指を突き出し、「シーッ」と合図する。そして無言のまま、ドアの開いている隙間を指さした。

 そう思ってそっとゲットがその中を見ると……ボーグとマイキーが、まだ起きていた。二人で酒を飲み交わしている最中だったのだ。

 

「つーかよ」と、ボーグ。

「お前が何年も刀抜いてないなんざ、ありゃウソだろ。抜いてないどころか、欠かさず手入れしてなきゃ、ああはならねえぜ」

「バレたか」軽く笑いながら、マイキーは言う。

「なんでんな嘘つくんだよ、オレ相手に」

「いや……なんつーか、戦場に未練残してるって思われんのが、きまり悪くってよ」マイキーは実際、少し照れくさそうにしながら言う。

「ここ数年、実戦であいつを使わなかったのは本当だしな……」

「……お前が軍を抜けるっつった時よ、ヴァルビクトリーさん、止めなかっただろ」ボーグはコップから一杯飲み干すと、そう言った。

「オレな、思うんだ。あれは、勿論、お前の選んだ道を邪魔しないっていうのもあるんだろうが……それ以上にヴァルビクトリーさんはきっと、お前がいつかまた戦場に戻ってくるって分かってたから、わざわざ止めなんてしなかったんじゃねえかなって」

 その一言に、少しの間、マイキーは言葉を失った。だが、少ししたのち、彼も酒を一杯くいっと飲んで「……ああ、そうかもな」と言う。

「考えたこともなかったけど……そうだな。ヴァルビクトリーさん、そんな人だったもんな」

 

「邪魔しちゃ悪いぜ、ゲット」ひそひそ声でジョーは言う。

「それにお前、すっげえ酷い怪我みたいだから、まだ下手に起き上がっちゃダメだろ。絶対安静って、マイキー先生も言ってたぞ。……あ、あのワイバーンは元気に飛び去ってったから安心しとけ」

「あ、よかった……」気絶した元凶の一人にそんなこと言われても……と言う気持ちを抑えつつ、とりあえず素直にゲットはひそひそ声で答え返す。

「あれ、でもなんでみんな、ここに……」

「馬鹿野郎、そりゃー、おめえ……」と、タイラー。

「ボーグとマイキー先生が今夜はサシで飲み明かそうぜって言ってたからよ? なんかおもしれー話聞けるかもしれねえじゃん、ボーグの昔話とかさ……」

「ズルい! オレも聞きたい!」

「ってか、ゲットは何で起きてきたの?」と、ミサイルボーイ。

「だってハラ減ったもんよ!」

「だと思った。ほれ」

 そう、ジョーのひそひそ声が聞こえた次の瞬間……ゲットの口には一本のパンが詰め込まれた。……ゲットは何か驚き返すにも声が出ず、とりあえずそれをモシャモシャ咀嚼する。

「お前のために取っといたからよ。オレだけじゃねえぜ、皆でちょっとずつ残しといてやった」

「ほらよ」次に聞こえたのはホーバスの声だった。そして次の瞬間、ゲットの腕にもう数本、細長いパンが握らされた。

「それ食って、とっとと寝とけよ」と、ホーバス。

「今は大人の時間なんだよ、シッシッ」と、タイラー。

「えー! ミサイルボーイも起きてるじゃん!」

「オイラはゲットよりは大人だからいいの!」

 

「しっかし、なにしてんだ、アイツら……」彼らには聞こえない小声で、ボーグも言う。

「ハハ、いいじゃねーの、可愛いもんだぜ」と、やはりひそひそ声で、マイキーも返答した。

「なあ……ボーグ」

「あん?」

「ヒューマノイドってよ、つまんねー種族だよな。百年も生きられないなんて」しみじみした声音で、マイキーは言う。

「オレは……自分の才能なんて、ずっと芽生えないと思ってたよ。この歳になってまた新しく戦い方が見えるなんて、思っても見なかった。……ヴァルビクトリーさんはいつか分かる、って言ってくれてたけど、そのいつかがいつなんて、本当にわかんねーんだな」

「……そうだな」

「ほんと、つまんねー種族に生まれてきちまったぜ」マイキーはもう一杯、酒をあおりながら一息。

「まだやってみてーこともやりてーことも沢山あるのによ。四、五十年ぽっちで、足りるわけねぇじゃねえかよ」

「戦士は一生精進だぜ、マイキー」ボーグは、薄く笑いながら答える。

「せいぜい、ヒューマノイドなりに長生きしろよ」

「……おう、お前こそな。英雄ヴァルボーグよ」

 カツン、と、数回目の乾杯の音が小さく響いた。

 

「……なあ。ボーグ。英雄って、何が必要でなれるもんだろうな?」

「知らねぇよ。気が付いたらなってるもんじゃねえのか」

「ハハッ。まあ、そんなもんか」

 

 

 ●

 マイキーはその後数日、火山要塞ヴァルに滞在していた。ゲットの回復を見届けるためだ。

「ゲット君、治りが早いなぁ」

「ほんと!?」

「おう、体が丈夫な証拠だよ。ゲット君、将来が楽しみだなぁ、こりゃ」

 そんなやり取りを数日して……彼の包帯を最後にほどいた日。マイキーは言った。

「ゲット君。……ゲット君は本当に、最高の戦士になれるかもとオレは思うぜ」

「ほんと!? 機神装甲に!?」

「機神装甲かもしれねぇし、それ以外かも……それだけのもんが、ゲット君にはあるっつーか……」

「?」とゲットは首をかしげる。機神装甲が最高なのだから、それ以外は最高ではないのでは? と。

「変なこと言ってごめんなぁ。ま、オレはゲット君の将来が楽しみってことだよ」

 何にも大したことは言えなくて、ごめんな。それはマイキーの本音、彼はそれをひしひし噛みしめた。やっぱり自分はどうにも、情けない大人だ。

 こんなに大切なことを教えてくれた、大切なものを見せてくれた君に、返せるものが今はこれだけでごめんな、と。

 

 

 その日の昼過ぎ、満を持してマイキーは別の所に旅立っていった。また、別のヒューマノイド基地に行くのだ。

 ゲットも勿論、彼を見送りに、基地の入口まで出た。

 

「じゃあな、ゲット君、くれぐれも体は大事にしろよ」

「うん! マイキー先生も、フレンディオス達も元気でな!」

「うむ。ゲット殿。どうか御息災に」

「クウザ……オレっち、まだネジが足りねぇ気がすんだけど……」

「どうしたんだ? アッシュ、大変そうだな」

「い、いやいやジョーさん! そんなことねーっす! こっちの事っすから!」

「(つーか、ジョーちゃんのせいだっつーの!)」

 そうワイワイ名残を惜しむ中、ボーグも出てくる。

「じゃ、ボーグ……世話になったな」

「遠慮はいらねえよ、いつでも来い、ヤブ医者」

 一言余計だっての! と言い残し、マイキー一同は火山要塞ヴァルを後にしていく。ゲット達は彼が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。

「なんかさ」と、タイラー。「いいよな……ああいう風に、オッサンになってもずっと仲良くできる仲って」

 うんうん、と、紅戦線の若い一同は皆、首を縦に振った。

 

 

 マイキーを見送ったら、演習の時間だ。ゲットもやっと、正規の演習に復帰だ。

「ゲット。てめえは今まで休んでた分、きっちりシゴくから、覚悟しとけよ?」

 そのボーグの言葉に、ゲットも「おうっ!」と勢いよく返す。

 

 今回の戦いで、ゲットはまた一つ学んだ。

 自分は、まだ未熟だ。トロピコの時もジェスの時も、結局勝手をしてはボーグやマイキーに助けられていた。自分一人では、状況を切り抜けることができなかった。

 自分はやっぱり子供なのだ、と、良く思い知らされた。

 機神装甲になれるだけの勇気を今持てたとしても、機神装甲になれるだけの体力は、まだ持てないのだ。

 だからこそ、彼は強く思った。演習をしながらの今でも、思う。

 

「(早く、大人になりてえな)」

 

 大人と言うのは、子供のゲットにとっては良く分からない存在。漠然と大きくて、強くて、でも自分とは切り離された存在のようで。自分がいつか強くなる時も、この子供の体のまま、強くなれるような気がしていた。

 けれど、水文明との戦い、そして今回の光文明の戦いを経て、彼は少しずつそう思うようになっていった。

 大人は大きくて、強くて。そして何よりも。

 

 ……と、思いをはせていた瞬間、ドン、と背中をどつかれる。ボーグだった。

「ボーっとしてんじゃねえぞ! ……まだ調子が戻らねえのか?」

「そ、そんなことねえよ!」

「じゃあ、気ぃ抜かずにやれ!」

 そうは言いつつも、ボーグのどつき方が普段より若干優しい……と言うか、心配しがちだった事は、あいにくゲットにも伝わって来ていた。けれど、そう言って別のメンバーのもとに向かうボーグの後姿を、ゲットはとてもカッコいい、と思う。

 

「(大人って、カッコいいな。ボーグも、マイキー先生も)」

 

 自分も早く、カッコいい大人になりたい。強いだけじゃない、カッコいい大人に。小さな勇者にまた一つ、新たに夢ができたようだ。

 

 

 そんなゲットの姿を見て、ボーグ……ヒューマノイドなら誰しも認める英雄になった大人は、ふっと一つ、去っていってしまった親友に対して心の中で言った。

 お前も漸くこっち側のようだぜ、と。

 

 

 大爆発で混乱する惑星。それでも命は生きるのをやめない。

 子供が大人を育てもし、その子供はその大人の背中を追いかける。

 

 

 ●

「……光文明……」

 ドラゴノイド基地。ユーカーンは自室の窓から火山の光景を見つつ、考え事をしていた。ドラグストライクたちの報告を、反芻しつつ。「……焦るな」彼は自分自身に言い聞かせるように呟く。ドラゴノイドの王として。

「来るべき時が来れば、なるようになる。信じろ。我らの、ドラゴン様たちを」

 彼の眼は、脈々とうねる火文明の山脈を見つめている。

 

 自分たちは、聞かされている。

 あの中に、最強の種族、ドラゴンたちは眠っている。いや……「眠らされた」。千年前に。光文明の手によって。

 自分たちは、聞かされている。

 ドラゴンの炎が天を焼き、精霊の光線が大地をえぐった。その戦いは七日七晩のあいだ続いた。……その末に、最強の種族は「眠り」についた。

 

 だから、自分たちは、絶やしてはならない。この火の大地に輝く、龍の誇りを。

 手の届かぬ場所に住まう光文明が、今再度地上にやってくるというのなら。

「それは……むしろ万々歳ではないか」

 

 千年、神を侮蔑された誇りを維持し続けたのだ。我々は。

 今のこの世界の在り方が、もし、その恨みを果たすきっかけとなるというのなら。ユーカーンは、こうとすら思う。

 あの大爆発は、ドラゴンの怒りですらあったのではないかと。

 

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