Saga of Creatures   作:hinoki08

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4・春風妖精の冒険
春風妖精の冒険 1


 

 ポップルが里の外に出て、もう何日立っただろう。

 フィオナの森は、ひたすらに広い。行っても行っても、人里すら見当たらない状態が、もう何日も続いている。

 だがそんな状況にも関わらず、ポップルは最近、この状況にも慣れてきた。クルトを抱っこしつつ森の中を進む足取りも、いつしか全く軽やかなものだった。

 ガーディアン部隊の姿は、ここ何日も見ていない。そのせいか、当初の不安も鳴りを潜め、元から抱えていた里の外を出て冒険してみたいと言う思いが今実現している、という思いの方が強くなってきたのだ。

 フィオナの森には、どんな場所でも豊かな実りがある。ポップルが彷徨っているのは、まだ闇文明の被害を受けていない北方寄りの地帯だったのだから、なおさらだ。

 ガーディアン部隊さえまけば、食べ物にも水にもまったく困らない。元より、冒険者には優しい土地なのだ。かえって今は、嫌いなものを無理に食べさせられることもない。

 足の赴くままに白くない緑色の森をさまよって、好きなものを食べて、眠たくなったら昼寝して、そして毎日のように、新しい景色が目の前に広がる。これぞまさに、彼女の望んでいた夢そのものだ! 

 

 

 むしゃむしゃ腕の中で赤いリンゴを食べていたクルトが「あレ?」と声を出した。

「どうしたの、神様」

「ねえ、あれってなーニ?」

 クルトが手のパーツで、前を差し示す。よく見てみると、森の木々の間に、木ではないものが見え隠れしている。

 何だろう? ポップルは少し足早に歩きつつ、そちらに向かった。すると、少しだけ明るくなる視界。深い森の中に少し切り開かれた、小さな村だった。

 人里だ。数日ぶりの。ポップルは茂みをそっと掻き分け、顔を出してみた。

 ごく小さな村だ。荒れ果てた様子はなく、廃村には見えない。……けれど、嫌にしんとしていて、人気など一切感じられなかった。

「なんだろ?」

 クルトと一緒に茂みから出て、あたりを見回す。やはり、廃村ではないはずだ。住人はいないけれども、井戸もかまどもどの設備も適度にこざっぱりしていて、まるで昨日まで住人がいたような生活感をそのまま残していた。

 けれど、急に消え失せたようにも見えない。そう思うには、今度はこざっぱりしすぎていた。

 店と思しき家屋の軒先には何もないし、農具や手押し車などの自然文明には付き物の生活用具はそこら中に一つもなく、家は皆一様に扉を閉めている。まるで、村全体が示し合わせて留守にしているようだ。

「誰かいませんかぁ?」

 ポップルは声を上げて呼んでみるが、やはり答えはない。

「変なの」

「村の皆でピクニックしてるのかナ?」

 そう言うクルトの目に、今度は違うものがとまった。村の真ん中にある広場、そこに生えている桃の木。ちょうど食べごろらしく、ほんのり色づいているそれを見て、クルトはたちまち目を輝かせた。

「おいしソー!」

「取ってあげるね、神様」

 ポップルは浮遊結晶を作り出し、背の高い桃の木の上の方に昇り、そしてクルトを抱きかかえていないほうの手を伸ばす……その瞬間。

 

 彼女の手を、何かがかすめた。桃の実よりもはるかに巨大で重量感を伴った、何かが。

 

 驚いて、彼女たちは地面に視線をやる。……そこには、見慣れないものがあった。ポップルの頭よりも大きい、半透明の球体が地面にめり込んでいる。

 これは一体……? そう思った彼女たちの視線に、フッ、と巨大な影が落ちた。日光を遮るほどの、巨大な影。

 恐る恐る、ポップルとクルトは振り返る。そこには……見上げるほどの巨大な虫がいた。ジャイアント・インセクトの大きさすらも優に凌ぐフィオナの森の大樹たちの何倍にもそびえたつ、緑色のドームを背中に持つ虫。

《コロニー・ビートル》と呼ばれる種族。その中の《シェル・ストーム》と呼ばれる種であった。

 シェル・ストームは特にポップル達に気が付いている様子ではない。その代わり、ドスン、と言う音がまた別方向から一つ。更にもう一つ。さらに、ドスン、ドスン……その音の響く間隔が徐々に狭まっていく。

「シュシュシュ……シュシュッ!」

 そして……シェル・ストームは一回大きく声を上げると、弾丸のような勢いで先ほどの半透明の球体を、一気に背中のドームから打ち出し始めた! 

 球体が二つ、ポップル達の隣をかすめる。そしてそれは……後ろの民家に直撃。藁と木で作られた簡素な小屋は、あっという間にひしゃげて、潰れてしまった。

「な、なニ……? こレ……?」

「これって、まさか……」

 ポップルの住んでいた地域にコロニー・ビートルはいなかった。本物を見るのは初めてだ。だが、少なくとも話には聞かされたことがある。

 コロニー・ビートルの産卵は……悪夢にもなぞらえられる凄惨さ。幼虫の頃から巨大な彼女らを包む卵も、当然巨大で頑丈。その大砲の弾のごとき卵をコロニー・ビートルは……背中から超高速で打ちだし雨あられと降り注がせるのだ。

 そしてその威力は……先ほど見た通り。

 

「逃げなきゃ!」

 

 ポップルは顔を真っ青にして、あわてて旋回する。バキン、バキンと周囲の木々が倒れていく音を背に。……だがしかし……彼女が逃げようとした方向、シェル・ストームとは逆の森の中から、また木々を蹴散らしながら物凄い勢いで飛んでくる一団があった。その勢いに彼女は巻き込まれ、もんどりうってクルトを抱きしめたまま地面に転がる。

「キシャアアアァァァァア!」

 ジャイアント・インセクトの群れだ! 

 彼らも、特にポップルやクルトなど気づいている様子もなしに、地面に落ちた卵に猛然と突進していく。そしてそれに群がり、一斉に食べ始める。

「シュウウウッッ!」

 しかしシェル・ストームはそれに気が付いたようだった。彼女は背中のドームに無数についている産卵管の照準を合わせ、卵に襲い掛かるジャイアント・インセクトに向かって卵を次々に発射。もろに喰らったジャイアント・インセクトは当然、甲殻ごと潰されてしまう。

 だがやはり数の多いジャイアント・インセクト側だ。仲間の犠牲もお構いなしに、シェル・ストームの卵を食い荒らす。強靭な顎で殻を食い破り、中身を吸い出していく。

 無人の村は一気に、虫たちの阿鼻叫喚の戦場と化した。

 

 

 ……それが、ポップルが思い出せる限りの光景。

 

 ●

 気が付くと彼女は、どこか薄暗いところに寝かされていた。どうやらあの後、気絶してしまっていたらしい。

 腕の中には、しっかりクルトがいた。クルトも目をバッテンにして、どうも気絶している様子。無理もない気がする。あそこまで怖いものを見たのは、初めてだった。

 ジャイアント・インセクトも実物を見るのは初めてだ。スノーフェアリーの里近くは彼らが生息するには寒すぎるのだ。獰猛な種族とは聞いていたけれど、まさかあれほどとは。彼らが突撃してきた瞬間なんて、森全体が揺れたかのような勢いだった。

「神様、神様、起きて?」

 クルトに返事はない。どうしたものか、と思って体を起こしたその時、初めてポップルは自分の体に毛布が被せられているのに気が付いた。誰かが助けてくれたらしい、と、それは分かった。

 

 ここは、どこだろう。彼女は天井を見上げる。天井は高くて、丸い。よく見ると、何処か光が透き通ったような緑色の建造物の中に、自分がいるようだ。そして周りには、びっしりとその壁に張り付く無数の芋虫。

 芋虫が助けてくれたんだろうか? まさか、とは思うものの、一応彼女はクルトを抱いたまま起き上がって、そのうちの一匹に話しかけた。芋虫とは言えど、ひとかかえはありそうな大きさだ。

「こんにちは。ねえ、あなた達が助けてくれたの?」

 ……もちろん、返事はなかった。反応する様子すら見せない。諦めて寝かされていたところに引き返そうとした時……。

 

「起きたの?」

 下の方から、声がした。

 

「え……?」

「ここだよ、ここ!」

 ポップルは慌てて、下の方を見る。そこには小柄な彼女よりも小さな生き物がいて……睨みつけるように、彼女を見ていた。赤くて丸くて、非常に瑞々しそうなその顔は、まるで……トマトだった。野菜のトマト。

「もしかして、助けてくれたのはあなた?」

 ポップルはその場にしゃがんで彼に目線を合わせる。けれど、その問いには返答せず、彼はむすっとしたまま聞いてきた。

「君、お野菜は好き?」

「え……?」

 急な質問に戸惑いつつ、彼女は素直に答えた……。とても素直に。

「正直……あんまり、好きじゃ、ないかも……」

「……そう」

 そして次の瞬間、彼はぎろりと激しく睨みつけて吐き捨てた。

「好き嫌いする奴は、大嫌い!」

 そう言い捨てて彼は、どこかに逃げてしまった。

「なんなの……?」

「んー……あれ、ポップルちゃん?」

 そのタイミングでようやく、クルトも目が覚める。

「神様! おはよう」

「うん、おはヨー……ここどコ?」

 それが、あたしにも分からないんだ……と、そう彼女が返しかけたその時、彼女はぎょっとした。

「野菜嫌いは、大嫌い!」

 先ほどの声……それが、何重にも合わさって聞こえる。なんと……芋虫たちの壁を掻き分けて、先ほどのトマトがあっという間にぞろぞろと、何十体にも増えて戻ってきたのだ! しかも……彼らの体格にあった、小さな鎌を携えて! 

「きゃ、きゃあ!」

 怯えて後ずさるポップルは、たちまち芋虫の壁にぶちあたる。ぬるん、とした感触を感じても、芋虫たちはやっぱり完璧にわれ関せずだ。

「好き嫌いする奴は、やっつけちゃえ!」

 じりじりと声を揃えてやってくるトマトたち……が、漸く寝ぼけから覚めたクルトの目に彼らが入ったその瞬間、クルトが陽気な声を出した。

「わー! トマトだー! おいしソーっ!!」

 

「おいしそう?」

「ボクたち、おいしそう?」

 鎌を後ろ手に引っ込めて、一転トマトたちがわらわらクルトに質問しにかかる。

「うん! すっごクおいしそうだヨ! 綺麗な赤で、とっても甘ソう!」

「君、お野菜は好き?」と、先ほどの仏頂面のトマトが聞く。

「大好きだヨ!」クルトはためらわず即答。

「ボク、トマトも好きだし、ブロッコリーもジャガイモも大好キ! あとナスでしょ、ネギでしょ、ピーマンでしょ、カボチャもゴーヤも大根も、ニンジンも玉ねぎもみーんな好キー! だって地上のもの、なんでも美味しいんだモン!」

「そうかー!」

 そしてその言葉を聞くや否や、そのトマトは先ほどまでの剣幕がどこへやら、ぱあっと笑顔になった。

「好き嫌いしない奴は、だーい好き!」

 ニコニコ笑いかけて、クルトを取り囲むトマトたち。依然状況が一切わからないけれど……助かったらしい。クルトのおかげで。

 そうワイワイはしゃいでいる仲……また一人、入ってきた声があった。

「ああ、お嬢ちゃん、起きたのかい?」

「あっ、お師さん!」トマトのリーダーと思しき彼が振り向いた。振り向いた先にいたのは、フードをかぶった犬のビーストフォーク。逞しい体をした、年配の男性ビーストフォークであった。

 

「無事なようで何よりだよ、幸い大した怪我もしてないようだし」

「え、えっと……ありがとうございます」

 どうやら、助けてくれたのは彼のようだ。ポップルは色々と聞きたい言葉を抑えつつ、とりあえずも礼の言葉を述べる。

「どころでプリーチ、なんだ、この様子は……」

「だって、この子が好き嫌いするから……」

「勝手に仲間を増やしちゃダメって、いつも言ってるだろ! ほらっ、お前達、元に戻りなさい!」

 彼は手にもった数珠で、トマトたちを小づく。すると……リーダーであった彼を除き、トマトたちは一瞬で胴体も、目口も消えて、ただの普通のトマトに戻ってしまった。……彼が自分と同じく魔術師であることが、少なくともポップルには推し量れた。

 プリーチ、と呼ばれた彼はむすっとしながら、ビーストフォークの後ろに隠れる。

「驚かせてすまなかったね。この子たちはおれが今作りかけの、新しい種族なんだ」

「作りかけ……?」

「そ。おれは見ての通り魔術師でね。魔術で新しい種族を、ってね」

 ビーストフォークは散らばったトマトを一つ一つ集めながら話した。

「《ワイルド・ベジーズ》っていうのさ。畑の作物に自我を吹き込めないかと思ってね……で、こいつはその第一号の《プリーチ・トマト》。ちょっと気難し屋でね、驚かせたろ。ほら、お前も謝るんだ」

「やだ!」プリーチ・トマトは頑固な様子。

「好き嫌いする奴は、大嫌い!」

「なんか、野菜には野菜のプライドがあるみたいなんだ。ごめんなぁ。悪くは思わないでくれ」

「い、いえ、そんな……」

「ボクはお野菜大好きだヨ!」

「うん、好き嫌いしない君は好き!」

 そうじゃれあうクルトとプリーチ・トマトを見て笑いながら、ビーストフォークは言った。

「申し遅れたね。おれは《孤高の願(ハイエスト・ブレス)》。さっきも言ったがまぁ、一介の魔術師さ」

「あっ、あたし春風妖精ポップルって言います。助けて下さって、本当にありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」孤高の願は笑う。

「君、スノーフェアリーだね。スノーフェアリーは里の外に出ないって聞いたけれど……なんであんな所に転がってたんだい? 無防備にコロニー・ビートルの産卵に立ち会うなんざ、自殺行為だよ。無傷で本当に運が良かった」

「えっと……そ、そう言えばここ、どこなんですか?」ポップルは恐る恐る聞いた。

「ん? ああ、ここかい? なに、君が倒れていたところからあんまり離れてないよ」

「え、でも……危険なんですよね?」

「ここはね、コロニー・ビートルの産卵期で唯一、安全な場所さ」孤高の願は笑い、そして緑に透き通った天井を指さす。

「体の中だよ。シェル・ストームの」

「えっ!?」と、その一言に驚くポップル。孤高の願は愉快そうに笑った。

「なに。コロニー・ビートルが抱える建物みたいな部分は、あれは言ってしまえば巨大な巣だからね。おれたちは今ちょっとそこに間借りしている状態」

「そ、それは知らなかったです……え、巣?」

「そうそう。周りの芋虫を住まわせるためのさ」

 ポップルは慌ててあたりを見渡す。相変わらず何の意志もなさそうに、壁にびっしりへばり付いているだけの芋虫たち。

「この子たち……子供なんですか?」

「違う違う。こいつらはこう見えても、大人の雄だよ。みんな、シェル・ストームの連れ合いさ。コロニー・ビートルで大きくなるのは雌だけなんだ。雄は雌の体に造られた巣に住んで、養ってもらってるのさ」

 実に楽しそうに、彼は聞かれるままに講義を続けた。

 

 

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