Saga of Creatures   作:hinoki08

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春風妖精の冒険 4

 

 アカシック3のハイウェイを、大急ぎで駆けていくカプセル。乗り込んでいるのは、コーライルだった。

 サイバー電撃戦で、無許可で軍隊や禁断のプログラムを動かしたくせに大敗した。その片棒を担いだ仕打ちは、エンペラーの側近への任命。ウォルタが左遷、トロピコが謹慎だったことを考えれば、妙な采配だとその時は思った。なぜ、昇格が罰になるのか。これでは罰どころかなぜか自分だけ褒賞を与えられたようなもの、海底都市予定地に向かうウォルタを出迎える時も、妙に罪悪感があって彼の顔をよく見れなかった。

 ……けれど、その時の考えは甘かった。実感しながら彼女は、全速力でカプセルを操縦する。エンペラーの側近ほど忙しい職務もない。

 エンペラーとともに水文明のデータを管理し、方策を整え……それだけでも疲れるが、もっと重労働なのは他の有力サイバーロード達とのコミュニケーション。自分の部屋から出ず、側近ともモニターでしか連絡を取らないエンペラーだから、これはほぼ側近に丸投げされる仕事なのだ。

 そんなもの、通信で済むと思っていた任命されたての自分すら憎たらしい……優秀なサイバーロードほど、わがままでアクが強くて、通信如きではとてもおとなしく言うことなんか聞いてくれない。結局、忙しい中こうやって直接彼らのもとに出向いて説得するのも仕事のうちなのだ。

 

 

「トロピコ! いる!?」

 トロピコの自宅兼実験室の扉のロックを、出ないので強制的に解除し入る。すると……研究室の方から大音量で激しい音が流れてきていた。

 入ってみると研究室のモニターにはドラゴンやヒューマノイド……のCGが映し出されている。その前に座るトロピコがコントローラーを操作すると、彼らの首が次々に砕けて飛んだ。

「トロピコ!」

 コーライルは声を荒げる。呆れた、謹慎も解けたのにまだ彼はゲーム三昧か。

 クリア、の文字が流れると同時に、トロピコは振り返って「あれ、こーらいる。なんでいるの」と言ってくる。

「なんでじゃないでしょ! 新型ゲル・フィッシュの進捗はどうなってるの!? せめて設計図だけでも送りなさいよ! 最悪、通信には出なさいよ!」

「ねえみてみて、はいすこあだせたよ」

「はいはい凄いわね! それで仕事の方は!?」

「やっぱりボクらがまけたのはおかしいよ……げーむだとちゃんといっぽうてきにかてるのに……」

「私の話、聞こえてる!?」

「でも、ばーちゃるでもどらごんやひゅーまのいどぶっとばせるとすかっとするね!」

「さぁ!? 私はゲーム好きじゃないからよくわかんないわ! それより進捗!」

「え……あっ、そっか、しんがたげる・ふぃっしゅだったね……わすれてた、ごめん、さんぷるいまからもってくるよ」

 本気で忘れてたのか、もうやりすごせはしないと観念したのか……それは定かではないが、ひとまずほっと肩の荷が下りた。……けれど、トロピコが持ってきたサンプルを見てまたコーライルは頭を抱える。

 試験管の中で泳ぐのは、ひらひらした透き通ったひれをもつ、何とも可愛らしいゲル・フィッシュ。

「《みらーじゅ・まーめいど》だよ。きれいでしょ!」

「……あのねえトロピコ。いらないでしょ、こんなひれ。今回必要なのは戦闘用の種なのよ。愛玩用じゃないわよ」

「えー、だってこういうのつくりたかったんだもん! せんとうようだって、みためがよくなきゃつくるほうもてんしょんあがんないよ!」

 ギャーギャー抗議するトロピコ。……こんな彼でも、新生物製造にかけては白眉の天才バイオエンジニアだ。無碍にも扱えないのが、つらい所。

「……わかったわ。でもとりあえず、これをベースに、ちゃんとこちら側の提示した性能も付けてね。それと、また連絡するから通信はいつもすぐわかるようにしておいて」

「はーい」

 その声を最後に部屋を出た瞬間、またゲーム音が響いてきた。

 

 

 カプセル内からミラージュ・マーメイドのサンプルをエンペラーに転送し、次に向かう先はアカシック3を出た外海だ。……彼の行動パターンを分析した自分の計算によれば、おそらくここに彼がいるはず。

 水深は大分上がり、ここまでくると水には不純物も多く混ざり、アカシック3のような純水の環境ではなくなる。サイバーロードの健康には良いとは言えない。……だが、彼はサンゴ礁の合間を、カプセルにも入らずスイスイ泳いでた。

「《パルタン》!」

 カプセルの中から声をかけるコーライル。パルタンと呼ばれたサイバーロード……幼児と言うよりも最早胚のような姿をした彼は、ゆっくり振り向く。彼はサイバー・ウイルスの研究家だ。

「おや、どうしたね、コーライルくん」

「どうしたねじゃないでしょ! キャンディ・ドロップとフェアリー・チャイルドの研究レポートの提出期限、とっくに過ぎてるわよ! 早くあれも実戦投入できるレベルにしたいんだから……!」

「やれやれ、役人はこれだから嫌いなんだ、研究者の風情と言うものを理解しない。この美しいサンゴ礁の中そんなカプセルに乗っているのも、全くもって無粋だね。不純物が多いとはいえ、これを肌で感じてこそ、刺激が得られるというものだ」

 怒りを噛みしめて、とりあえずも冷静に言おうとするコーライル。

「それで、レポートはできてるのかしら」

「まあ、待ちたまえ。僕は何事も思索の遊泳を挟まないと、研究に気分が乗らないのだよ。僕を仕事に乗せられるのは、この遊泳だけだ」

 ……要するに、できていないのだ。

 コーライルは無言のまま、手持ちの端末を操作した。そしてパルタンの方に画面を見せる。……パルタンの口座への、研究費の追加振込みだ。

 それを見たパルタンは、一言付け足した。

「……ただし、何事にも異例の事態と言うものは存在するね! 送ってくれるかい、コーライルくん!」

 殺してやろうかしら。彼女はその時、心底思った。

 

 

「もうイヤ……死にたい……っていうかもう奴らを殺して私も死ぬ……」

 アカシック3のダウンタウン、一件のカフェの中で、コーライルはうなだれながらそう言った。

「元気出してよ、コーライル……」

 彼女の向かいで話すのは、サイバーロードの一人、エメラルだ。

「もう無理よぉ……ウォルタも一々私に通信で弱音ばっか吐いてくるし……なによ、あてつけなの……自分の立場とった私へのあてつけなの……」

「いや……それはどっちかってと素直に、君に甘えたいんじゃないかな。コーライルは頼りがいがあるから」

「ないわよぉ……あったとしてもう、そんなのいらない……」

 哺乳瓶型ボトルに入った、サイバーロード用疲労回復ドリンクを吸い上げながら、コーライルは疲れ切った様子。

「もう私も、私の研究再開しようかな……」

「あ……あれか、君の研究。ミクロ型フリーズ装置だっけ。光文明のとは違うアプローチでの、行動抑制光線」

「そうそう。もう私、あいつらが調子乗るなら、死なない程度なら打ってもいいわよね……!」

 ……どうやらコーライル、かなり本気のようだ。

「いいんじゃない……エンペラーも多分、反対しないと思う。そう言う人じゃないし」エメラルはとりあえず、そう言いかえすのが最良だと思った。

「そ、そう言えば、その仕事の方結局どうなったの!? トロピコとパルタン!」

「パルタンは結局すぐ仕上げてくれたわよ、やれるもんならさっさとやってほしいわよ、本当……! ミラージュ・マーメイドも、意外とエンペラーお気に召したみたいで、あの路線で改良を進めろって……」

「そうなの……?」

「明らかに戦闘用種には不要な見た目なんだけどね、『遊び心があってよいではないか』ですって。『不要な要素があってこそ、生き物を作る意義がある』ですってさ」

「エンペラーらしいや」エメラルは彼女に同情しつつも笑う。

 実際、エンペラーはそう言う人物だ。効率のみを重視するやり方を、好まない人物。彼の頭脳をもってすれば、効率的なだけのものなどあまりに楽に創れ過ぎる。どこか非効率があり、なおかつ欠陥品ではないものを作り出すことこそ生命の創造であり、やりがいのある事なのだ、と言うのが彼の考えだ。

 分からなくもないが、コーライルにはやはりいまいちピンとこないものもある。文明を治め管理するならば、光文明のような秩序を追い求めることも必要なのではないだろうか。

 この叡智の文明を治めるのに最高の知能を持つエンペラー以上の適役がいるとも思えないが、同時に彼は支配者と言うより、自由な一研究者としての性格の方が強いのではないか、とコーライルは感じる。……それを支えるのも側近の役目だと思えば、なおさら荷が重い。

「まあ、でもなんだかんだ、ちゃんと仕事を終わらせるわけじゃない」と、エメラル。

「やっぱり優秀だよ、コーライルは。側近になったのだって、君に適正があったからだよ」

「ありがと……」と、素直に礼を言うコーライル。

「ごめん、私ばっかり聞いてもらっちゃって。あなたの方の仕事は、最近どう?」

 エメラルは、諜報部の長官だ。サイバー・ウイルスをはじめとする各地に派遣されたスパイからの情報を一手に集め、管理するのが仕事。

「最近大きな動きも聞かないでしょ」

「そだね、最近火も闇も水文明内も観測範囲内では大きな動きもなくて、一寸やりがいがないかな……あ、でもね。実は臨時収入の予感がするんだ」

「え?」

「アクアンがね、最近自然文明の観測データをすべて買い取るから回してくれって毎日言ってるんだよ」

「は、はぁ!?」

 コーライルは驚く。自然文明は広大すぎて、いまだにサイバー・ウイルスのスパイ部隊が全土どころか1パーセントにも行き渡っていないが……それでも一日に送られてくるデータは膨大なもののはずだ。それを買い取って、何をするつもりだ? 

「ど、どういうこと?」

「分かんないよ。あいつも詳しく話すわけないし。でもさ……」と、エメラル。

「あの筋金入りのドケチが金をはたくのは、儲け話に繋がってる時だけだよ」

「そ、そうね……」

「なんかいい話が有るんだろ。恩売って礼金せしめてあげるよ。ウシシ!」

「がっちりしてるわねぇ……」コーライルは苦笑いした。

 

 

 ●

 アクアンの会社、ブルーグレー商会。そしてその社長室は現在……物凄いことになっていた。

「お待たせいたしました! 社長……」

 秘書のフェアリー・キャンドルが昼休みから帰ると、また同じ光景が広がる。

 社長室には部屋中一面にモニターが展開され、自然文明の観測データが流されている。そして本来の仕事関連のモニターの隣に浮かぶのは……延々、無し、無しとそれだけを告げ続けるモニター……そして、アクアンは椅子に座って、それら二つのモニターに向かい合いキーボードを打ち込み続けている。

「おかえり、キャンドルちゃん。じゃあまた君の割り当て分を探して」

「はい」

 最近、ずっとこんな調子だ。なんだかんだでアクアンは完璧に、春のスノーフェアリーを探す気でいる。

 自然文明の観測データは、到底二人で一日で観測できる分量ではない。エメラルから送られてきたものを数時間刻みで無作為的に流し、特殊プログラム《ミラクル・サーチャー》で春のスノーフェアリーの波長に反応するデータがないかを自動的に探させているのだが、それでも二人がかりでチェックしきれる筈はなく、送られてくるデータのストックは溜まる一方。

 大体里から出ないスノーフェアリー、その中ですら希少種の「春」の個体を探すなどと、まったくもって出来る前提で行う方がおかしい。

 フィオナの森は広く、未開の土地が多い。水文明の技術を持ってすら正確な地理を把握しきれておらず、スノーフェアリーの里は水文明では正確な位置すらわからないのだ。分かったところで、直接そこに行って攫ってくるなどリスクが大きすぎて、まずアクアンはそんな道を選ばないだろうが。だからやはり、観測地点にそれがたまたま迷い込んでいることを期待すると、今やっているのはそう言う話なのだ。

 水文明中の海底の砂から針を一本探す方が、まだ生易しい気すらする話だ。しかしアクアンは通常の業務……光文明相手の更なるプログラム開発と、海底都市建設計画にあたっての対《アースイーター》……海底に生息する凶暴な巨大種族の防衛設備の開発と同時進行で、その針一本以下を探すため毎日諜報部に大金をつぎ込んでいるのだ。本当に、自分のもとに入ってくる儲け話は一銭たりとも逃したくないのだ。はたから見れば海底火山の火口に金を突っ込み続けるような行為をしても。

「(社長は早死にしますわ。いえ、一周回ってお金と言う概念がある限り殺しても死にませんわ。何万年でも生きますわ)」フェアリー・キャンドルは心の中でそう呟く。

 ただ、そんな相手でも付き従えるのには……理由がある。アクアンは頭脳もぶっちぎりで優秀だが、それにも劣らぬほど、異常に悪運が強いのだ。

 自分の利益の事しか考えず性格は最悪の部類のくせに、金には妙に愛されている。

 彼が食いついた儲け話は、彼のその執着心が強ければ強いほど、ことごとく成功するのだ。だからこんな原始的極まる作戦でも、その後出る儲けと自分のボーナスの事を考えれば、何日でも付き合える気がしていた。

 

 実際、フェアリー・キャンドルはアクアンを一番傍で見ている。彼女の考えることは、正しいのだ。なぜなら……自然文明のデータ観測を始めて数日、ついに、アクアンのモニターに「見慣れない」文字列が並んだから。

「ん……?」

 アクアンは急いで全モニターを一斉停止した。ミラクル・サーチャーが反応したのはその一つ……夜の時間の映像。

「なんだ、これ……」

 明度が不鮮明だが……何かが急に開いた、植物だ。もっと言うならば……花だ。蓮の花。

「キャンドルちゃん!」

 他の映像をシャットダウンして、アクアンは後ろのフェアリー・キャンドルに言う。

「は、はい!?」

「詳細解析モードを起動して、大至急!」

 フェアリー・キャンドルは急いで頭のひれでキーボードを操作し、言われるがままの解析プログラムを起動させる。

 アクアンが操作すると、たちまち薄暗いモニターは鮮明に、その時の光景を映し出す。放出されるマナ・エネルギーに反応して、水中から一気に睡蓮の花が咲いた。そして水面が一度揺れ、収まる……水面を揺らした何者かの姿も、ばっちり映し出されていた。急に開いた花の上に落下してきたのは、人型種族の子供。……スノーフェアリーと同じ! 

 アクアンはさらに鮮明な解析を開始する。観測されるマナ・エネルギーは彼女の持つ杖と……そして彼女自身から強い反応が出ている。一般的なスノーフェアリーの魔力とは異なるそのエネルギーの波長は……間違いない。春のスノーフェアリーだ。それも……異常なまでに純粋な「春」の力を持っている! 

 ……そう。ポップルだ。まさに、そこに映し出されていたのはポップルだった。

「しかも……この子、一人じゃないか?」

「ほんとですわ……近くに大人もいませんの? 予想されるスノーフェアリーの生息域からは、大分離れてますのに……」

「観測日は……二日前の夜か! 座標は……よし、この地区ならスティンガー・ボールの密度は高かったはずだ!」アクアンはにやりと笑う。

「キャンドルちゃん! 移動カプセルの準備をしておいて!」

 と、叫びながら彼は通信用端末を取り出し、エメラルの番号にかける。エメラルは、すぐに出た。

『どうしたんだい?』

「悪いけど、データルームを一室借りたい。金なら出すよ、今からそちらに行くから!」

 送られてきたデータだけではだめだ。本格的な追跡は、諜報部で直接やるに限る。

「あとは……あの二人に」

 彼はもう一度、今度は文書通信の番号にメッセージを送信する。新しい仕事の概要と、待機命令を。

「にひひ……」エメラルへの話もつけ、彼は笑った。「またまた儲かっちゃった」

 

 

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