「お! 見えたよ!」
盗賊の盾がそう叫ぶ。ポップル達が彼女の指さす方向を見てみると、そこは海辺にできた賑やかな漁村だった。
市場が立ち、遠目から見ても活気があってにぎわっている様子が分かった。スノーフェアリーの里よりも、規模が大きいかもしれない。
「まず、あそこに立ち寄るから。分捕り品をサバいてこなきゃね。さっ、これ下ろすの、手伝っておくれ」盗賊の盾は船に積んである木箱をさし示す。
ポップルが担ごうとしてみるが、少し重い。一つ漸く運んで、運ぶために盗賊の盾が出してきた荷車に乗せて……それがやっとだ。
「あ、そうだ」彼女は思いついて、タオパブの杖を取り出す。そして箱の下に浮遊結晶を生成し……見事、成功。箱は結晶に乗って次々にふわふわ移動した。
「へえ、器用なもんだねぇ」盗賊の盾は笑いながら褒めてくれる……そんな彼女は、三箱一度に抱えて運んでいたが。
その時、「助けテぇ!」と言う声が後ろの方からした。振り向けば……箱を運ぼうとしていたクルトが、持ち上げきれずに手のパーツを箱と甲板の間に挟まれて、取り出せなくなっていたのだ。
ポップルと盗賊の盾は思わず、苦笑いした。
太陽のさんさんと降り注ぐ賑やかな漁村……思えばポップルは旅を始めてから、人里についたのは初めてかもしれない。
漁村の市場は、入ってみるといっそうワイワイにぎわっていた。みんな忙しそうで、けれども活気に満ち溢れていて、疲れた雰囲気は全くない。市場の店の数々でキラキラ光る鱗の魚の中には……スノーフェアリーの里で見るものもあったが、それよりより一層大きく、なんなら少々グロテスクな風貌をしたものもある。それらが干されてつるされていたり、目の前でスパスパ捌かれていたり。
「わー……なんだろ、あれ……」
荷車にちょこんと乗るクルトに向けられた言葉を、盗賊の盾は耳聡く拾う。
「《フィッシュ》だよ。水文明の領域にいる、一寸珍しい魚さ。ここらでは時々とれるんだ」
「初めて見ました……」
「ここいらは、水文明の領域に近いからねぇ。あたしのアジト近くには、もっといるよ」盗賊の盾は笑う。そのうち彼女たちは、雑多に色々なものを並べて売っている店にたどりついた。行商人の店だ。自然文明は広大な割にインフラは整っておらず、各地の特産品を集めて売る彼らは非常にありがたがられる立場だ。
「よう、こんちは。儲かってるかい」
「おっ、盗賊の盾さん!」行商人のビーストフォークは陽気に返してくる。顔見知りのようだ。
「なんか、貰いたいもんあるかい?」
「そっすね、今日はどこまで?」
「ちょっくらヒューマノイドの食糧をね。それと、行きがけにリキッド・ピープル達も相手してきたよ」
「じゃ、食料の方貰いましょうか」と、行商人。
「今、中央深部が戦争に備えてるみたいでね。蓄えをしてるらしいんですよ。火文明の保存食は日持ちがききますから」
「よし。ポップル。その赤いリボン付けた箱、全部下ろしておくれ」
ちょうど、クルトが乗っかっている箱だった。ポップルはクルトをのけて、浮遊結晶に乗せた複数の赤い箱をひょいひょいと渡す。「お」と、行商人は驚いたようだった。
「こりゃびっくり。盗賊の盾さん、助手さんをつけられたんですか?」
「この年になって、弟子を持ってみたくなってね」と軽く笑う彼女。「婆さんになれば、一人で喰う飯のうまさが分からなくなってくるもんでね」
そうこう言っているうちに、行商人は箱を開き「はいはい、確かに」と言いながら当たり前のように中を改めていたが……ポップルはそれを見て目を丸くした。
食料とは言うけれど、中に入っているのは金属の円筒にしか見えないが……?
「あの……これ、食べ物なんですか?」恐る恐る、ポップルは口を開いた。「ん……ああ。ポップルは初めて見るのか」と、盗賊の盾も腑に落ちた様子。
「これ、火文明の食糧にはよくあるんだよ。カンヅメって言ってね、この金属の円筒の中に、食べ物が詰まってるんだ。因みに中身は開けてみるまで分からん。火文明の奴らは分かってるんだろうが」
「見てみるかい」と、行商人の方も一つ渡してくる。ポップルは手にとってじろじろ眺めてみた。確かに中身まで金属と思うには軽いが蓋も見当たらなく、食べ物の匂いなど一切してこない。ますます不思議だ。
「こ、こんなのに食べ物が本当に入るんですか!? どうやって開けて閉じてるんですか!?」
「あたしもそこらへんは知らんが、火文明はできるらしいよ」盗賊の盾は返答した。
「しかも、カンヅメにすると食い物が腐らないんだよ」と、行商人。「理由はよく知らんが」
「へえ……火文明の魔術も、すごいんですね……」
しげしげと眺めながら言うポップル。
「あたしの蓄え分もあるから、後で食べてみるかい」
「! はい! 食べてみたいです!」
「じゃ、楽しみにしときな。んで、取引だけど……そうだね、胡椒と、石鹸と、ドライフルーツと、白カビチーズと、ハーブと、いつもの西南部の白ぶどう酒と……お、紙も手に入れてるんだね、それもおくれ」
「はいはい、毎度。あ、タオパブの森のナッツの粉と、北東部のジャガイモの蒸留酒もありますよ。デスブレード・ビートルでも酔ってひっくり返るお墨付き」
「へえ。珍しいじゃないか。せっかくだ、貰っとこう」
毎度、と言いながら行商人はてきぱき、次々に彼女から言われたものを箱詰めしていく。自然文明では貨幣と言う概念もなくはないが、こうした物々交換の方が一般的だ。自然の恵みをより分かちあっている、という実感が、彼らにそうさせるのかもしれない。
行商人の店を離れたら、次に向かった先は塩の店。ここでも、盗賊の盾は顔を知られているようだった。
たっぷり盛られた塩は、スノーフェアリーの里で見る岩塩とは少し違っている。そのことをポップルが話すと、店主のビーストフォークは彼女がよその土地から来たのだとすぐ察して、「ここらへんじゃ、海水から塩を作るのが普通なんだ」と説明してくれた。
「塩、10キロほど貰うよ。これで頼む」
盗賊の盾はそう言うと同時に、青いリボンを付けた箱からあるものを取り出した……それは、この前のアクア・レンジャーが使っていたような武器、水文明の銃器だ。それを二丁渡すと、塩屋の店主も首を縦に振る。
「こ、これって……」
「水文明の武器さ」と、盗賊の盾。店主も、話に入ってくる。
「この村は漁業が主だから、盗賊の盾さんがくれる水の世界の武器は重宝してね。大きなフィッシュを相手にするときは、銛より効率がいいから」
「なるほど……」
「もっとも、どうやって動いてるのかも、直し方もこちとら全然分かんないから、動かなくなったらみんな海に還してるのさ。だから新しいのが次々入用ってわけよ」と、盗賊の盾が追加で解説してくれた。
次に向かった店では麦の粉、次は八百屋で色とりどりの野菜、次は卵、その次は雑貨屋……と回っていく中、ポップルは一つ、あることに気が付く。
「先生、お魚は買わないんですか?」
漁村と言うだけあって、市場に立っている店も魚やフィッシュを売る店がやはり、一番多い。先ほど見た店の店主が、もう盗賊の盾にもらった銃を手に魚を買いに行く様子もある。……けれど、彼女はにかっと笑って返した。
「買ってもいいけどね。さっきも言ったろ、あたしのアジト近くにはフィッシュが多いんだ」
「はい。……あ!」
「どうせなら、捕まえるとこからやるのが、本式の冒険ってもんだろ?」
そう言って彼女らが最後にたどり着いたのは……道具屋。盗賊の盾はここでも、ゴロリと水文明の銃を渡し「釣竿二本おくれ。軽くて、扱いやすいのをね」と言った。
「はいはい」
店主をしている、老齢のビーストフォークがそう言って釣竿を選ぶ中……ポップルは顔をキラキラさせていた。釣りなんて、初めてだ!
「これで大体終わったね、帰るか」釣竿を渡されて荷車に積んだ盗賊の盾がそう言った瞬間……彼女らはあることに気が付いた。
「神様がいない!」
荷車に乗せていたはずのクルトが、いつの間にか消えている。
「げ、本当じゃないか!」
「神様、どこ!?」ポップルと盗賊の盾は、大急ぎで探し始めた。……幸いなことに、彼はすぐ見つかった。ガーディアンに攫われていたのでもなく……。
目の前で絞って売るフレッシュジュースの屋台に、よだれを垂らしながら釘付けになっていた。
「……」
ポップルと盗賊の願は、苦笑しつつその店の前に。そしてポップルがクルトを拾い上げるやいなや、盗賊の盾は水文明の銃を一丁取り出し、「三人前おくれ」と、屋台を出していた女性ビーストフォークに渡した。
●
停泊させていた船に買い物を積み込み、またしばらく海の上を走ると……今度は小島が見えてきた。いよいよ、盗賊の盾のアジトだ。
「停めるよ!」
碇を降ろし、桟橋から降りると……何とも見晴らしのいい素敵な無人島の上に、ポップル達は立っていた。
「ようこそ。この小島全部、あたしの縄張りさ」
「すごい……綺麗な島です!」
まず最初に出てきた感想が、それだった。一目見ただけでも、そう思わざるを得ない。
真っ白な砂浜に、うっそうとした真緑の森。その奥にぼんやりと見える小屋が、アジトだろうか。湧き水があるのか、細い川も透き通る透明さで流れて、海に注いでいる。
砂浜の方に走ってみると、ポップルが生まれて初めて踏みしめる、砂の感触。ブーツの上からでも、不思議な思いがする。踏めばずるりと沈んでいく様子は雪と似たようにも思えるけれど、やっぱり雪とは全く勝手が違う。いつも付けている手袋をはずして掬い上げてみると、太陽の熱をたっぷり吸って熱くなっており、ポップルは思わず悲鳴を上げた。
「あはは、何してるんだい」
「あたし、砂浜って初めてなんです……雪とは全然違って……」
「そうかい? あたしゃ海沿い育ちだから、そう言われると不思議なもんだね……」
盗賊の盾は適当に買い物を荷車ごと下ろすと、「さて、いきなりだけど」と話を切り出した。荷車の中から、先ほど買った釣竿を取り出して。
「島の案内は後にして……ちょっと早いが、さっそく夕飯の準備と行こうか」
海賊船より小さい小舟を出して、さっそく釣りが始まった。盗賊の盾はポップルとクルトに先ほどの釣竿を渡し、自分用の大きな釣竿も持って、沖合の方へと漕ぎ出す。
「よし、ついたよ。ここらは本当にフィッシュが入れ食いだから、楽しみにしときな」と、彼女は告げた。
「ねーネー! フィッシュっておいしいノ!?」
「普通の魚よりずっとうまいよ! 身にしまりがあって」
「わーイ! 楽しミ!」
早速、盗賊の盾に言われたとおりに、釣り針に餌をつけて、海におろす……すると……すぐに、クルトの釣竿に反応が!
「わワ! なにこレ!?」
「引いてるよ! 一気に引き上げな!」
とはいえクルトは非力なのか、油断すると海の奥に逆に引きずり込まれそうだ。盗賊の盾が手を貸して引き上げると、やがて釣り針にかかったフィッシュの姿が見えてきて……。
「……キャーーーア!」
その姿にクルトは悲鳴を上げた。
釣られたのは小型のフィッシュだったが、びっしりと付いた歯は二重になっており、その奥にはまるで目のような赤い光が二つ、ぎょろりとのぞいている。
それがガチガチと歯を二重奏で噛み鳴らし、威嚇している……何とも恐ろしい容貌のフィッシュ。
クルトはびっくりして、釣竿を落としてしまった。フィッシュは小舟の上に打ち上げられ、竿ごとビチビチのた打ち回る……それを、ひょいと落ち着き払ったように持ち上げる盗賊の盾。
「あせるな。《狩猟魚(ハンター・フィッシュ)》さ。大丈夫、餌への食いつきはいいけど、自分より大きい相手に突っかかっていくほど喧嘩っ早くもないから、見た目よりはおとなしいよ」
そう解説しながら、手早く釣り針を抜いて、バケツに放り込んでいく盗賊の盾。
「あっ先生、あたしのにもかかりました!」
ポップルが引き上げた釣竿には、やはり狩猟魚。本当に、良く釣れるフィッシュのようだ。
じっくり見てみたが、確かに怖い顔をしている割に、積極的にこちらに噛みついてくる様子もない。歯をガチガチ鳴らすのも、あくまで威嚇以上の意味はないようだ。
「よし。釣り針のはずし方教えてやろうね。狩猟魚は顎の力が相当強いから、指をかまれないように、まず……」
そうこうしているうちに、バケツはたちまち狩猟魚でいっぱいになる。
「すごい……大漁です!」
「これ、食べるノ!?」と目をキラキラさせるクルトに「うーん」と、盗賊の盾は言う。
「せっかくだから、これを生かしてもっと大物取ってみようか」
「大物ですか?」
「ああ。もうちょっと離れた海域に居てね」と、小舟を動かす盗賊の盾。
ほどなくして目的の場所に辿り着くと、彼女はイキのいい狩猟魚を一つ、釣竿に取りつけた。
「何してるノ?」
「生き餌だよ。ほれ」と、二人の釣竿にも同様に狩猟魚を取り付け、盗賊の盾は手渡す。ぽちゃんと三つ海に沈んだのを見届け、彼女は話した。
「よそ者嫌いな、大型のフィッシュが住んでるのさ。狩猟魚と違ってコイツは本当に荒っぽいよ。なわばりを荒らす奴を決して許さず、リヴァイアサンにすら襲いかかるって代物だ」
「へー……リヴァイアサンって、あのすごく大きいって言われてる生き物ですか?」
「そうとも。成体になると、大きな島よりも……」
次の瞬間、ポップルの体がぐらりと揺れた。海の底でバタバタと、何かが暴れているようだ。その勢いに思わず、海に引きずり込まれそうになる。
「わっわっ!」
「あんたのがひいてるよ!」
「ポップルちゃん、危なイ!」
慌てて、支えてくれる盗賊の盾とクルト。盗賊の盾はポップルの竿に手を添えて、一緒に思い切り引き上げる……するとそのうち、一本の、鋭い角が付いた大あごが見えてきた。
生き餌に食いついた大型フィッシュ《一角魚(ユニコーン・フィッシュ)》だった! 釣り針の痛みからか、縄張りに立ち入られた怒りからか、彼は猛然と自分の喉に引っかかった糸につながるポップルめがけて、大あごを思い切り開き突進してくる。
思わず彼女が目をつぶろうとしたその時……すかさず、盗賊の盾が剣を抜き、すっぱりと一角魚の腹を縦一直線に切り裂いた。
たちまち絶命し、血とワタを海にぶちまけながら沈む一角魚。ジャボンと、景気のいい音が聞こえる。
圧倒されてぽかんとしているポップルを「怖かったかい?」と、盗賊の盾が撫で上げる。片手で一角魚を引き上げ、どさりと小舟の上に横たえつつ。
「さっ、早いとこ血抜きしちまおうか」