日も傾いてきたころ、クルトは焚火の前でプルプル震えながら耐えていた。……と言うのも、目の前でじゅうじゅう音を立てて焼きあがる狩猟魚に今にも飛びつきたいのを必死で我慢しているからだ。
「神様……食べちゃダメだよ?」と、ポップルが一応釘を刺す。
「わ、わかってるヨォ……」
「先生! こっちもよさそうです!」
ポップルが指さす先には、落ち葉と土で覆われた穴。そう言われた盗賊の盾は「確かにそろそろだね、じゃ、出しとくれ! 火傷に気をつけなよ!」と、自分の前にある鍋の具合を見ながら言った。
ポップルが彼女の指示通り、シャベルで穴をふさぐ落ち葉と、その下にある土をのけると……ふわりと湧き上がる香り。その香りのもとになっている、巨大な葉っぱの包みをそっと取り出し、開くと……湯気とともに、食欲をそそる香りが一層立ち込める。狩猟魚のハーブ蒸しだ。味付けした狩猟魚をハーブと一緒に葉っぱに包んで、焼き石の上に乗せて穴に詰めて、蒸し焼きにするのだ。
盗賊の盾が生まれ育った村では、非常にポピュラーな料理であったらしいとのこと。
「よーし、カミサマ! そっちもひっこ抜いて、盛り付けとくれ! まだつまみ食いすんじゃないよ!」
「ハイハーイ!」
クルトもようやくお達しが出て、手のパーツでひょいひょいと串を抜いてさらに積み上げていく。狩猟魚の塩焼きを始め、野菜に、パンに……色々な食材の串焼き。最後に……盗賊の盾が自分の持っている大鍋を持ち上げる。
「んじゃ、運ぶとするか!」
「はい!」
「はーイ!」
ポップルは先ほどのハーブ蒸しと……盗賊の盾が鍋を見る傍ら捌いた一角魚の刺身の皿を持って歩き出す。クルトも自分が盛り付けた皿と一緒にちょこちょこ地面を張って移動。
調理場からほんの少し歩けば、浜辺の上に、前もってポップル達が作ってあった食事場ができていた。海に沈む夕日を眺めながら、夕飯だ。
狩猟魚のバーベキューと、ハーブ蒸しと、一角魚の刺身と……そして。丸太の椅子にポップルとクルトを座らせた盗賊の盾が、ドシンと置いた大振りの皿に鍋の中身を豪快に取り分ける。ハーブ蒸しにも負けないほどの、湯気と香りが立ち込めた。
「新鮮な一角魚は刺身もいいが……一番うまいのは、こいつだよ!」
盗賊の盾の大得意料理、海水を使って味付けした、潮の香りたっぷりのアクアパッツァだ。
「それじゃ、いただきますとするかね!」
「はい、いただきま……」
と二人が言いかけていたその瞬間に、もうクルトはアクアパッツァの皿にむしゃぶりついていた。長い間お預けを喰らわされたのが、よほどこたえていたのだろうか。
「うわーア! 初めて食べル味! おいしイ!! ホントに美味しーイ!!」
「もう、神様ったらぁ……」
「ははは……ま、そんくらいの食べっぷりなら作り甲斐もあるね、どうも」
苦笑しながら、盗賊の盾はきゅぽん、と小さなヒョウタンを開けた。昼に市場で買った、北西部の蒸留酒だ。彼女がそれをグイッと喉に流し込むと同時に、ポップルもふうふうと冷ましたアクアパッツァをスプーンで一口すくって口に入れる。
「……わぁっ……」と、思わず声が出た。
たちまちのうちに、口中に広がる海の香り。それに、スノーフェアリーの里で食べる魚とは別世界の生き物のような、深い味とハリのある食感を持った、フィッシュの身。
「すごい……本当に美味しいです。先生! こんなお魚、初めて……」
「だろ!? ここいらのフィッシュは特に絶品だからね!」
ヒョウタンから口を離して、ふうと一息つく盗賊の盾。
「言うだけあるな、こいつぁたしかにキツいや」
「ほかのも……」
とポップルがスプーンを進めようとした時には、もうクルトは片っ端から他の料理を食べていた。
「すごイすごイ!! フィッシュってホント、すごくおいしイー! お刺身もプリップリだシ! ハーブ蒸しも甘くてふわふわだシッ! 塩焼きもジューシーで脂がのっててもうサイコーッ! 地上に来てよかっタァー!」
涙まで流して感動している。……今更ながら、なぜ機械の体のクルトがよだれや涙なんて出すのだろう。
だが、そのクルトの勢いに、ポップルはむしろ慌てた。
「ちょ、ちょっと神様! 食べ過ぎないでよ! あたしも食べたいっ!」
「んー、幸セー!!」
聞いてる暇すらなさそうなほどクルトが恍惚としている隙に、ぱっぱと自分の分を皿によそうポップル。盗賊の盾もいつの間にか自分の分を取りわけてむしゃむしゃ食べている。
「ほんと、楽しそうに喰うね……本当に光文明の予言者様なのかい? あたしの会った光文明のイメージとは、なんか違う気がすんだが……」
「神様もそう言ってましたよ。ご飯好きなのは、光文明ではあんまり認めてもらえないって」食べるのに夢中で聞いていないクルトの代わりに、むしゃむしゃ料理をほおばりつつポップルが返答する。盗賊の盾も「やっぱりそうかい」と笑った。
「ほんと、どれもこれもすっごい素敵なお味がします……あたし、信じられない……! フィッシュ自体も美味しいけど、先生のお料理もすごく上手です!」
「ハハハ、うまいもんは、世界中の場所の数だけあるからね。それを味わえるのも、冒険の醍醐味ってもんさ。だから冒険家たるもの、料理が上手くなきゃね」
「なるほど……」
それを聞かされて、少し目の鱗が剥がれ落ちる。
料理の手伝いなんて、どちらかと言えば嫌いだった。お嫁さんになるには必要だ、と言われていたから、冒険家になりたい自分の夢を邪魔するものみたいで。
けれど、冒険家でも料理の腕が必要なんだ。そう思うと、見え方も変わってくる。
実際木の実をもいで食べるだけじゃなく、こんなふうに世界各地の食べ物を美味しく料理して食べられたら、きっととても楽しいだろう。
料理の方法も、盗賊の盾に沢山教わらなくては。
……と、彼女が考えていた時に、「じゃ、こいつも食べてみるかい?」と盗賊の盾がひょいひょい、数個の缶詰を取り出した。もちろん、ポップルもクルトも忘れていない。
「ヤッター! 待ってましタ!」
「そんじゃ、切るよ!」
火文明の魔術師が作る食べ物、どんなものだろう、とわくわくするポップルの眼前で、剣を一本抜いた盗賊の盾が、すっぱりと缶詰の上部を切り裂く。一瞬でからんと穴が開き……その中身は本当に、金属じゃない。むしろ金属の部分は全く薄く、その内側に彼女たちがこれまた初めて見るような食べ物が詰まっていた。
ポップルはさっそく一つとってみると、茶色く、どろっとした液体の中に……肉塊が入っている。
「……お肉? かな?」
口に入れてみると、確かに肉のような味がする。味付けはかなり濃い目だが、悪くない味。しかしそれ以上に……ポップルは頭を悩ませた。なんだか今まで食べたどの肉とも違うような……何の肉なんだろう?
「先生、これ……何のお肉でしょう?」
「お、肉の缶詰か、いいの引いたね」と、盗賊の盾。
「これはヒューマノイドが運んでたもんだから……トカゲ肉かね」
「トカゲッ!?」と驚くポップル。そんな彼女に盗賊の盾はうん、と当たり前のようにうなずく。
「火文明は暑いし、土地はやせてるからね、自然文明で飼うような家畜は育ててないんだよ。ヒューマノイドはデューンゲッコーっつートカゲを家畜にしてるから、ヒューマノイド社会って肉っつったら一番はトカゲ肉なのさ」
「トカゲさんって、こんな味なんですか……」もぐもぐ味わいながら食べるポップル。クルトも、さっそく一つ手に取っていた。
「わー。このお魚、面白イ! 骨が柔らかいヨ!」
「ほんと!? 一口あたしにも食べさせてよ! 代わりにあたしのちょっと食べていいから!」
「ははは、どんどん開けるからどんどん食いな! これは……スープか。お、こいつぁ乾パンだね……!」
ちょうど、真っ赤な太陽がゆらゆらと水平線に沈んでいく最中で、海まで赤く染まっている。火文明は火山が渦巻く土地だって言われているけれど、そこの住人はこう言うものを食べているのかと、まるで炎のような夕日を眺めながら、ポップルは思いを馳せた。
しこたま食べ終わった頃には、日もとっぷり暮れていて……後片付けをしてから、盗賊の盾のアジトに行き、眠くなるまで彼女の昔話を聞いた。火文明に行った話の数々だ。
火文明の食べ物を食べて、彼らの話を聞いて……どんどん、火文明に対するイメージも変わってくる。秩序を理解しない荒くれ者、という形でしか語られてこなかった彼らを、どんどん実際の存在としてイメージできるような感覚。
彼らも、自分たちと違う味のそれでもご飯を食べて、自分たちと違う環境のそれでも彼らの土地を駆けずり回って、元気に生きている事には、変わりないのだ。
「火文明は、確かに戦い好きだけどね。でも、水とはやっぱり違ってね、奴ら、人情ってもんが有るのさ。そこんとこ、あたしの流儀にも通じてね、戦い相手としちゃあ、あたしは好きだよ、あいつらの事。水の奴らは……とくにリキッド・ピープル達、もっと言うなら奴らを動かしてるサイバーロード達はどうも、てめえの利益本位で好かないね……」
それに、こんな話を聞いていると、火文明がそんなに怖い相手にも思えなくなる。ヒューマノイド。ドラゴノイド。そして、火山に眠っていると言われている……ドラゴン。自分もいつか、会ってみたい。
いくらでも聞ける気がしていたけれど、満腹になったおかげでポップルはそのうち、眠くなってきた。クルトも同様だった。
「……おきな、起きな」
聞こえてきた声と、ツンツンつつかれる感触で、ポップルは目を覚ます。体が、揺れているようだ。
「ん……おはよう、ございます……?」
とは言ってみたものの、まだ朝じゃなかった。見えてきたのは……満天の星空。隣にはクルトも起きていた。ポップルたちはいつの間にか、小舟で、沖合にいたのだ。
「悪いね、急に起こして。でも、せっかくならこの時期、どうしても見せたいものがあってね」
二つの月がその距離を非常に縮めている。ぴったり寄り添って並んでいるかのようで、月光の輝きも二倍かと思うほどに振りそそぐ。銀粉をぶちまけたかのような満天の星空も相まって、明るい夜だ。
と……そのような中。ぱしゃん、と水面に飛びあがってきた、中大型のフィッシュの姿が見えた。そして……その姿に、ポップルは思わず息をのむ。
まるで宝石の鱗を纏っているかのように、キラキラ輝くスカイブルーの鱗を持ったフィッシュ。それが二つの月と無数の星の光を受けて複雑にまたたき、真夜中だと言うのに眩しくすら思える。
飛び上がったそれはくるくると旋回し、また海の中へ。それはよく見れば、あちらこちらで起こっていた。
「綺麗だろ? 月が近づく真夜中はね、《シーマイン》の繁殖の日なのさ。こうして水の上に上がって、求愛のダンスを踊るんだよ」
息をのむほど、美しい光景だった。最初は一匹だけで踊っていたシーマインたちは、いつの間にかペアを作って、水面に飛びあがり始める。落ちていく音すらもどこかリズミカルで……そのリズムに乗って、夜空の二つの月のように、光輝きながら寄りそい舞い上がるシーマインのつがいたち。そしてそれを祝福するように輝く、月と星たち。言葉に尽くせないほど、ロマンチックな光景だった。クルトすら、ため息をついて感激している。
「信じられないです……夢を見てるみたい……」
「だろ。けど、こいつぁ現実だよ」盗賊の盾が静かに言った。
「水文明の性質はいけ好かないが、こう言うもんを見るたび水文明や海自体は、やっぱり嫌いにゃなれないって思うよ。なんせ、美しい物を見ながら死にたいのならば、水中都市に攻めこめばいい……なんて格言もあるくらいだからねえ」
「綺麗なところなんでしょうね、水の奥の水文明の町も……」
うっとりと言うポップル。そんな彼女を見て、盗賊の盾はまたしても……シーマインたちの宴を邪魔しないかのように、しかしポップルの耳にはしっかりと届くように、しんみりと言った。
「ポップル……あんた、これに感動したかい?」
「はい。すっごく」即答した彼女に「そうか」と、盗賊の盾は言葉を続ける。
「先生としてひとつ教えとくけどね……決してその気持ち、忘れんじゃないよ。冒険家には、なんでも必要だ。知識も、経験も、機転も、戦いの腕も、なんでもあって困るこたぁない……けれど、一番大切で、これを失っちゃ終わり、ってもんがある」
盗賊の盾はそう語りつつ、目線はやはりシーマインたちの踊りの方だ……口ぶりからして彼女は何回もこれを見ているだろうに。初めて見るポップル達と同じほどに、それを美しいと思い、感激しているような目つき。
「世界のいろんなものを、好きになる心さ。世界中には恐ろしいもんもあるけど、素晴らしいもんもたくさんある……それを心から愛して、好きになって、また別のものを好きになりに旅立っていく……それが冒険家の心の原点で、いついかなるときも欠いちゃいけないものだって、少なくともあたしは思ってるよ」
「分かりました……大丈夫です」ポップルも、盗賊の盾と同じ方向を見ながら、しんみりと呟いた。
「あたし、一生忘れません。この光景も、この気持ちも」
不思議だ。
命を追われて、訳も分からず追い掛け回されていることすらも、この光景の美しさが、忘れさせてくれるようだ。
闇文明が攻め込んだなんて本当だろうか。世界中、想像もつかないほど大変なことが起こっているだろうに、そして自分もその大変の一つに巻き込まれているのに……それでも、その上でも、こんなに綺麗な景色がある。
やっぱり、世界は美しい。世界にはまだまだ、自分の見たことのない光景が、素晴らしい人たちが、素晴らしい宝があるんだ。
里の事も、クルトの事も、闇文明のことも心配だけれども……でも今改めて、冒険に出たことに一切の後悔はない自分を実感した。睦まじく寄り添いながら月光の下でなおも踊り続ける、シーマインたちを見ながら。
アジトの藁布団の上ですっかり眠ってしまったポップルとクルトに毛布を掛け、盗賊の盾は一息つく。本当に気持ちよさそうな彼女の寝顔を、ランタンの明かりで眺めつつ。
「(本当に不思議なもんだね……あたしが、弟子なんかとりたがるなんて)」
冒険家たるもの、孤高であるべしと思っていた。仲間はもちろんのこと、男を作る気も、子供を産む気もなかった。当然、弟子なんて考えたこともなかった。
けれど……弟子にしてくれと急に言ってきたポップルを、受け入れる気になったのだ。
そうだ。急に何を言い出すのかと思い、彼女の今までの話を聞いてから。なんだか……ポップルに自分と被るものを感じたのだ。
里の周りから出たこともない小さな子供が、訳の分からないトラブルに巻き込まれて、巻き添えで命を狙われて。自分自身も売り物として狙われて。ついでにコロニー・ビートルの産卵や、ジャイアント・インセクトの戦いも目にして。
外が怖くてたまらなくなったって、里に帰りたいと泣き叫んでいたって、全くおかしくない目に合っているはずだ。世界が嫌いになっていたって、おかしくないはずなのだ。
それでも、いまだに立派な冒険家になりたいと願っていて……見るもの見るものに、心躍らせている好奇心旺盛な彼女の姿に……盗賊の盾は自分を見た。世界に、絶望していない彼女に。苦労をしつつも、それでも目に入る様々な新しいものを愛し続ける心を持つ彼女に、きっとこの子はいい冒険家になれる、と言う思いを抱いたのだ。世界の素晴らしさを、冒険の喜びを、教えてあげたいと思ったのだ。
自分のような半端者が何を教えられるかなんてわからないが、少なくとも自分の側に居させてやりたいと。願わくば、冒険家として彼女が少しでも育っていく様子をこの目で見られればと、そんな思いが湧いてきたのだ。
むにゃむにゃ眠るポップルは、笑っている。良い夢を見ているんだろうか。盗賊の盾はそんな彼女の頭をそっと撫でて、「おやすみ」と呟き、ランタンを消した。