Saga of Creatures   作:hinoki08

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春風妖精の冒険 10

 

「!?」

 ピクリと反応する、一匹の一角魚。自分の縄張りに入ってくる気配を、プライドが高い彼らは決して見逃さないのだ。

 たちまちのうちに気配にめがけて突進、そして顎を開きがぶりと噛みついた。がしかし……。手ごたえがない。

 いや、確かに彼は噛み千切ったのだ。海水のようなその体を。正確に言うなら……彼に噛み千切られたことなど、その相手には何の問題でもないかのように、彼の身体が復活し、そしてナイフを持った腕が……一角魚の喉の奥に突き刺さる。

「よし、食事とするぞ、コードAG!」

「オレが倒してもよかったのだぞ、バディ……」

 アクア・レンジャーとアクア・グラップラーだった。

 

 一角魚は小型のフィッシュたちには怖がられる存在だ。だから縄狩り周辺は小魚も来ず、静かなもの。

 ナイフでスパスパ捌いた一角魚をムシャムシャ食べる相方を見届けて、アクア・レンジャーは通信用端末を開く。

「もしもし、こちら・アクア・レンジャーとアクア・グラップラーです、どうぞ」

『はいはい。承りますわ』

 出たのはフェアリー・キャンドルだ。

「指示された場にたどりつきました。どうやら盗賊の盾は、この近くにある小島を本拠地としている模様です。例の妖精も、保護されているようです」

『何よりですわ!』

 演算と観測データを駆使して割り出した、彼女らの現在の居場所。その読みがあっていたことに、おまけに度々自分たちを邪魔する海賊の本拠地がついでに割り出せたことに、フェアリー・キャンドルはニッコリ笑う。

「盗賊の盾が保護しているとあって、うかつには近づけません、折を見てターゲットを奪取いたします」

『吉報をお待ちしておりますわ。ではわたくし、社長にご報告してまいりますわ!』

 そう言って、切れる通信。

「さて。問題はどうするかだが……」

「うん、バディAR! 相変わらずお前のナイフ捌きは最高だな!」

「はっはっは、だろうコードAG! 大切な相棒のためなら、オレはどんどん精進するぞ……! じゃなくて! コードAGよ、問題はあの盗賊の盾から、どうやって妖精を奪うか? だ! しかも一切傷つけてはだめと来た!」

「うむ……外に出る時も、極力共にいるようだな……それにここは奴の縄張りだ、スパイラル・ゲートを本社につないで貰うにもその分時間がかかるし……逃げ切れる保証はない」

 うーん、と二人は一角魚の骨の上で考え込む。

「とにかく、監視を続けてみるか。隙が見えるまで」

「どうせアカシック3には帰れないしな……」

 とアクア・レンジャーが言ったタイミングで「あ、そう言えばもう一ついいか」と、アクア・グラップラー。

「お前、クルトサンとはなんだと思う?」

「多分、あの丸い奴……おそらく、ライトブリンガーの名前とは思うが……」

「そうだろう? あの妖精、クルトサンが狙われているようなことを口走っていたように思うが……」

 む、とレンジャーも考え込む。

「ライトブリンガーを狙っているとなれば……アレだろう、闇文明じゃないのか」

「だよなぁ?」と、グラップラー。

「これ、報告しなくていいのか? 妖精が巻き添えで傷つけられたら……と言うよりも正直、死にでもしたらそれこそオレたち社長に殺されるぞ……いや、それどころか末代までタダ働きさせられるぞ」

「うーん……でもなぁ……結局よく分かっていないわけだし……」と、アクア・レンジャーは腕組みしながら言った。

「そんないろいろ不確かで直接関係ないこと、言える雰囲気だったか?」

「……無理だ」

「だよな?」

 

 

 ……さて、海の底でそんな会話がなされているとは知らず、ポップルは盗賊の盾のアジトの中にいた。

 流石歴戦の冒険家だけあって、彼女のアジトの中は面白い宝物がいっぱいだ。自分が滞在していたここ数日間で彼女が次から次へ解説してくれたものを、今一度手に取ってじっくり眺めてみると、これがまた面白い。

 スターライト・ツリーの森からとってきた七色のクリスタルの実。昔のドラゴノイドの王様が身に纏っていたらしい、ファイアー・バードの羽毛で編まれたマント。ドラゴンの眠るボルシャック渓谷で発掘された火文明最古の銃。マーフォークと奪い合いになったこぶし大の桃色真珠には、その戦いでついた傷が一本ざっくりと刻まれている。宝石としての価値は損ねられてしまったが、思い出の宝としての価値はむしろ高まった、と盗賊の盾は言っていた。ポップルもそう思う。傷一つない宝石とはまた違う重み、魅力が、この切れ味の深い傷からにじみ出ているように思えた。

 傷と言えば、盗賊の盾の体も傷だらけなのだ。けれど、彼女自身はそれを全く恥じ入りはしない。「どの傷も全部、あたしがあたしらしく生きて戦ってきた証さ」と胸を張る彼女の姿が、ポップルは本当に好きだ。

 自分が散々暴れまわって帰って来るたび言われた「顔に傷でも付いたらどうするの!」というコートニーの言葉の意味がかねてよりよく解らなかったし、なんなら多少違和感も覚えていたが、その違和感に対する答えが出たような気もする。冒険家にとって傷は、恥ずかしくなんかない。むしろ色々なところに行って、色々な相手と戦ってきた証なのだ。

 ……そんなふうに宝物を眺めていると、ふと、奥の方に押し込まれたノートが目に入った。

 そっと手に取って見ると、表紙には『暗黒旅行記』と手書きの文字が書かれていた。

 ページはしけているのかくっついていて、破らないように慎重にめくることを強いられた。手袋を外してぺり、ぺりと言う音にいちいちハラハラしながら、漸く最初のページが開ける。

 

「もし魔境湿地に入るのならば、目にする物の全てが毒だと思った方がいい。地上でこそあれ、ここはもう、自然文明の領土ではない。フィオナの森で唯一、闇の領土に通じる穴だけあって、近くには瘴気が湧きだし、あたり一帯は黒く染まっている。住民たちから聞いた情報も、どうやら正しいようだ。瘴気に身を慣らすため、しばらくここに滞在することにする……」

 

 ポップルははっと悟った。これは、盗賊の盾の冒険日誌だ。それも、闇文明の土地に行った時の。

 とたんにポップルの胸がときめく。なんだか悪いようであれ以上聞けなかったが、本当はずっと闇文明の冒険の事が気になっていたのだ。地獄に押し込められた、恐ろしい非秩序の民たちの国、そう語られる闇文明は本当はどんなものなのか、ずっと興味があった。

 ページを慎重にめくりながら、夢中で読みふけった。

 魔境湿地は、闇文明の領土と地上の距離が最も薄くなっている場所だ、と伝承されているらしい、広大な湖沼地帯だ。そのため闇の土地から湧き出した瘴気が渦巻き、四六時中どす黒く曇り、当たり前だが住民どころか、生き物の一匹もいない。また瘴気は地上の空気に触れて固形化し、泥となって沼の中に積もっている。

 瘴気に身が慣れてから、いよいよ魔境湿地に潜り込む。瘴気の泥が渦巻く沼の中は視界が完全にきかない。周辺地域に残る文献や言い伝えを手掛かりに息の続く限りでの手さぐりを強いられ、また固体化した瘴気を直接体に被ることでの体力の消耗も激しい中……ついに、一番大きな沼の底に、それらしき水中洞窟を見つける。それは、巨大な地下水脈の洞窟に繋がっていた。洞窟の中は空気があり、息が持つ。そしてそこをはるかに進んでいくと……そこには、滝があった。地下の滝。あらゆる地下水脈が注ぐ、地底の海があったのだ。そしてそれは、ジャイアントよりも巨大かと思われる、ある超獣の骨の上にできていた……のちに知ったことだが、ダークロード達はあの海を『十二肋深海』と呼ぶ、と小さな字で付け足されていた。かの覇王ブラックモナークの胴体が沈んでできた深い溝に、地下水がたまった海らしい。十二肋深海は淡水の海で、意外に透明度も高い。瘴気に耐性の出来た身であれば、飲み水には困らない。そしてその広大な肋骨の上に……真っ黒い城壁で覆われた浮遊都市があった。そう。それこそが闇文明の帝都、魔霊宮だった。

 海から上がると、魔霊宮をぐるりと取り囲むように闇のクリーチャー達が雑多にたむろしていた。護衛兵と思うには皆好き勝手に動いているだけで、城下街を作っているようにも見えない。貴族たちの生活のおこぼれにあずかろうとしている存在かもしれない。

 彼らを観察すると、想像以上に闇のクリーチャー達は理性を失っていることが伺えた。正確に言えば、肉体を持つクリーチャーは人型の《リビング・デッド》、パラサイトワーム、キマイラなど、軒並み理性がなく、本能だけの生命体である。ただし実体を持たないゴーストや、無機物……言ってしまえば、地下のヘドロと、その中で腐り果てた雑多なゴミに魂が宿ったと見える《へドリアン》たちは言語を操り、それなりの理性があると見える。魔霊宮の城壁の門番をやっているのも、その二種族だ。どうやら闇の一般種族は、肉体を持ち理性がないか、理性を持ち肉体がないか、に大きく分けられるらしい。

 門番の目を盗み侵入した魔霊宮は、光を奪われた地獄の都、と言うイメージに反し、意外にも不夜城のごとく、常に明かりが点されていた。闇の貴族たちが、まだ明るい地上に未練を抱えているかのようにも思えるほどに。

 狙うは「凶星王ダーク・ヒドラ」の館。闇の指導者でこそないが、ブラックモナークの死後それになっていても全くおかしくはなかったとも目される、闇文明が地下に潜る以前からのダークロードの実力者。そこに、彼が地上からただ一つ持ってきた、唯一無二の宝があるということ。

 パンドラボックスの存在を知った盗賊の盾は、野生のパンドラボックスを探し、研究にあたる。彼らもやはり生き物、目は絶対の急所だと分かった。個体ごとに目のある位置は違うが、攻撃態勢に入れば絶対に露出する。後は、そこを突けばよい。

 いよいよ、明日凶星王の館に入る。

 ……そこで、日誌はいったん切れていた。そして次の記述は、最後の記述から一年以上が経過した日付に書かれていた。

『自然文明に帰還した。帰還できたこと自体が奇跡だ。体以上に、心の傷が痛むようだ。冒険家を始めて以来、初めて、恐怖を味わった。

 思い出すこともはばかられる……』

 そこで、ペンが震えていた。本当に盗賊の盾が、思い出しながら怖がっていたことを物語るように。しかし意を決したように、ふらふらとした字で、最後に綴られていた。

『しかし、記録のため奴の名前だけは残す。奴の名は――――』

 

「ポップル! どうしたんだい!?」

 アジトの外から聞こえてきた、盗賊の盾の声。最後の一行を読み終わったポップルは、慌ててぱたんとノートを閉じ、元の場所へしまった。

 今日からいよいよ、遠方航海へ連れて行ってもらえるのだ。……もとはと言えば、その準備のための道具を取りに来ていたのだった。

「すみません、今行きます!」

 

 ●

「うん、いい風の調子だ!」

 帆を張って、海賊船は順調に進んでいく。普段ならこのまま、火文明のドラゴノイドの物資輸送船を襲うが……今回は危険なことはなしに、火文明に行って帰るのが目的だ。

「異常、なーシ!」

 マストの上でクルトはご機嫌に、望遠鏡をのぞきながら島から持ってきたココナッツジュースを飲んでいる。

 ポップル達も、一つずつあけて飲んだ。何ともさわやかな船旅だ。

 

 ……勿論、その後ろについてきている水中の影に、彼女らは気がついてはいなかったが。

「な、なんで泳いで追いかけねばならんのだ……!」

「辛抱しろコードAG! 本社の指定した座標にまでたどり着けばゲル・フィッシュが待っているのだ……そこまでの辛抱だ!」

「くう……優雅な船旅を満喫しおって、あいつら~!」

 かいがいしくも、その身一つで海賊船の後を追っているリキッド・ピープル二人組の存在には。

 

 

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