火文明はどんなところか。火山が多いと聞いていたが……。
「実際、火山は多いよ。と言うか、火山まみれさ。火山の間に居住地帯があるとか、そんなレベルのお話だよ」
「でも、それじゃ畑とかどうするんですか?」
「正直自然ほど大規模な畑はないね。作物も、岩肌で育つもんばかりだし……」
「へー……不便じゃないんでしょうか?」
「さあねえ。やっこさんらにとっては、あたしらが木々の間で生活してるようなもんかもしれないしねえ」
盗賊の盾による火文明の解説を聞きながら、船は順調に進んでいく。クルトはその間、魚釣りだ。どうやら釣りが好きになってしまったらしい。
「アッ」
「どうしたんだい、カミサマ?」
「エサだけ食べられちゃっタぁ……」
しょぼんとするクルトを、「そんなときもあるさ」と、優しく盗賊の盾は慰める。
「キサマーッ! もう少しで釣られるところだったではないかっ! ゲル・フィッシュのくせにがっつきおって!」
「どうどう、コードAG……!」
「連れてきたら連れてきたでこの程度! 社長のドケチ!!」
「今、いいゲル・フィッシュは軒並み海底都市建設に流れてるらしいからな……」
勿論、クルト達は船の下で乗っているゲル・フィッシュをひっぱたくアクア・グラップラーの存在など思いも及ばなかった。
……そうこうしていたあくる日の朝。「甲板に出てみな!」と、朝食の準備をしていたポップルに声がかかった。出てみると……物凄い熱気を感じる。
ここ数日、少しずつ気温が上がるのを感じてはいた。火文明の気温は自然文明のそれよりも大分高いらしい。だが、この日……船はとうとう、火文明の領海に入ったのだ。
海の先に見えるのは……自然文明とは全く違う世界。ごつごつとした岩山がひたすら続く。緑の森なんてあるわけがない。空気に混ざる、初めて嗅ぐ匂い……油っぽくて、妙に無機質……そして、ポップルが見たこともない、黒光りする建物たち。
「先生、あれは……なんですか? 何でできてるんですか?」
「火文明の要塞さ。何でできてるっていやぁ、まぁ……鉄とか金属だね! 火の奴ら、金属の扱いが上手いからね」
金属!? 金属なんて自然文明では農具か剣など、小型の道具に使われる程度。それが火文明は、あんなに大きい建物をまるまる金属で作ってしまうのか! がぜん、ポップルは興味が沸いてくる。本当に、自分達とは全然違う暮らしをしているんだ!
「先生! 早く降りてみたいです!」
「焦るな、焦るな! 停泊先をまず……」
その瞬間。ドン、とやってくる砲台の音。
ポップルが上を見上げると……見たこともない生き物がいた。
巨大なトカゲに羽が生えたような姿をして……その上に、兵士を乗せている。勿論、アーマード・ワイバーンとドラゴノイドたちなのだが……砲撃は、彼らが発したもの。そして彼らの視線の先には、盗賊の盾の船は捉えられておらず……では何かといえば、ヒューマノイドの船団。
「かかれーぃ!」
そしてその掛け声と一緒に、ヒューマノイドの船団の方も「迎え撃て!」と、砲弾を放ち始めた。目の前で急に始まった戦いに、混乱するポップル。
「しまった、海戦に巻き込まれた!!」
「な、何なんですか、先生……!?」
「奴らのケンカだよ! 危険なことにならんうちに、安全なところに行くよ!」
盗賊の盾は急いで舵を切る。自然文明の技術で作られた海賊船でも、旅慣れた盗賊の盾の手にかかれば十分だ。最初から狙いをつけられているわけでもなし。雨あられと降り注ぐヒューマノイド・ドラゴノイド双方の流れ弾を喰らわないように、船は進んでいく。
「な、なにか大変なことがあったノ……? ここモ」
「さあね。火の連中、大した理由がなくても闘うのが大好きだからね……」
バラバラに響く爆撃音の中ですらよく響くほど大きい、「ゆけーぃ! 撃って撃って撃ちまくれー!」とヒューマノイド側の総大将の声。それに連動して、ドラゴノイド側にさらに打ち込まれる砲弾。
「海に沈みな、トカゲ野郎!」
「は、貴様らこそ、海に沈めば上がってこれまい!」
滅茶苦茶に交わされる、ヒューマノイド・ドラゴノイド双方の罵倒。戦場に広がる熱気は、まさにこれぞ火文明、と言う空気。ジャイアント・インセクトの戦いのような本能の恐ろしさとはまた違う緊張感。
ポップルはそれを肌で感じながら盗賊の盾の指示通り船の進行をアシストしつつも、開いた口が塞がらない。本当に、別の世界に来てしまったようだ。
「あわわわ、どうするコードAG!」
実は、海の中でアクア・レンジャーも慌てていた。
「こんなのに巻き込まれて、妖精が死んだらどうするのだ! 全然オレ達の責任じゃないのに!」
「だけれども、今出て行けるか!? 盗賊の盾に追っ払われておしまいだぞ!」
「ああ盗賊の盾頼むぞ! お前だけが頼りだ! なんでオレは自分を八つ裂きにした相手を頼ってるんだ!?」
……などと彼らが会話している時に、ちゅん、と彼らの目の前にある、盗賊の盾の船の竜骨が射抜かれた。……彼らは、もともと青い顔を更に真っ青にさせた。
ぐらり、と船が傾く。
「な、なんだっ!?」
盗賊の盾も、さすがに焦りを見せた。そして振り返ったポップルの顔から……さっと血の気が引ける。
どうして、彼らが……。
「予言者クルトを発見。排除する」
何故、ガーディアンが、ここにまで……!!
ポップルは慌てて、クルトを庇う。盗賊の盾は船が沈みかけようとも、冷静だ。
「あんたらか、この子たちを狙ってるってのは……」
「下がれ。その背後の予言者クルトを、排除する」
ガーディアンたちは聞く耳を持たないように、そう言い張る。
「ポップル! カミサマと一緒に船室に籠ってな!」
「は、はいっ!」
ポップルは慌てて隠れようとするが、ガーディアン達もその言葉を聞きつけ狙撃し始める。
「くそっ!」
盗賊の盾は剣を抜いて応戦するが、レーザー光を打てるガーディアン達とはどうあってもリーチの差が違う。
ガーディアンの一人が照準を合わせた。
「予言者クルト、排除する」
そうして放たれるレーザー光を……間一髪、盗賊の盾が巨大な盾で受け止める。歴戦の彼女の体にすら、ジンと重く響く感触。
「あんたら、神の文明ならもうちっと話ってもんを聞けないのかい!? せめて事情の説明位はしな!」
だが、帰ってくるのは相も変わらぬ言葉だけ。
「予言者クルトを排除する。我らの任務は、それだけだ」
「ど、どういうことだ、コードAG!?」
「クルトサンを狙っているのが……ガーディアン!?」
リキッド・ピープル二人組も、事態に気が付いた様子だった。その異常性にも。
「し、しかもあいつらお構いなしに妖精も狙ってるぞ! 案の定! ど、どうにかせねば!」
「どうにかすると言ったって……」と口ごもるアクア・レンジャー。
「ガ、ガーディアンに手出しなどしていいのか……!? 光文明はブルーグレー商会のお得意様なのに……もしこれが商談に響いたら、社長がなんていうか……! と言うか最悪、国際問題に……」
ガーディアン達も、グラグラと沈みかかる船の上で逃げ回るポップル達に照準は合わせ辛い様子だった。しかしようやく一体のガーディアンが、また狙いを定める。
「予言者クルト、排除する」
そして、その時だった。
「知るかーーーーぁ! そんな責任取るのは、サイバーロードの仕事だろうがっ!! オレたちは命令されたことをやってるだけだぁーーーーっ!!」
そう叫んで飛び出してきた影……は、あいにくと逆光でポップルの目に見えなかったのだが……それが、そのガーディアンをめしり、と蹴り飛ばした。その脚力たるや凄まじく……ガーディアンの金属の体が真っ二つにへし折られ、飛んで行った。
……もちろん、その正体はキレたアクア・グラップラーである。
「ああもうコードAG! ……仕方ない!」アクア・レンジャーも顔を出す。麻酔銃も一緒にだ。
「たしかにもう、こんな状況オレたちには一切責任なんてない! ないんだ! ないからあとはどうにでもなれいっ!」
彼も海上に飛びあがり、ガーディアンを次々狙撃し始める。当たった者はたちまち眠りこけ、海にボチャンと沈んでいった。
「あ、あんたら!?」もちろん、そう驚いたのは、盗賊の盾。
「いったいどういう……」
「話はいいから戦いに集中してくれ! その妖精が死んでもいいのかぁ!?」と、アクア・レンジャーが悲痛に叫んだ、その時だった。
「とりゃー! 七万発くらいやがれ!」
彼らの存在など一切眼中になく、海戦を繰り広げていたヒューマノイド側の指揮官……《機神装甲ガンダヴァル》がそう叫ぶと同時に、自分の体についているランチャーを一斉展開し……文字通り、数万発単位の大砲撃を海に放ったのだ。
爆音とともに水しぶきが上がり、筆舌に尽くし難い大爆発が起こった。……そうとしか形容できない事態であった。
●
「ぷはっ」
盗賊の盾は海からあがった。海賊船は大破だ。トレードマークの大盾はもちろん……ポップル達と、はぐれてしまった。
あの大砲撃の中、ガーディアン達も消え去ってしまったのは不幸中の幸いと思うべきかもしれないが……。
「(ポップル……あいつらにさらわれちまったのかい? まさかね……それに、カミサマとやら……)」
と、彼女が思っていたその時。ぬっと、彼女の前に現れる大盾。
「無事なようで何よりだな、盗賊の盾!」
リキッド・ピープルの二人組が立っていた。
「おや、あたしの盾じゃないか。見つけてくれたんだね……感謝するよ」
「ふん、いくら貴様とは言えど、武器のない状態で我々に歯向かえると思うか?」と、アクア・グラップラー。
「おや、ずいぶん強気になったもんだ。修羅場くぐって、一皮むけたかい?」
「案ずるな。こんなアナログな武器、我らには何の価値もない。お前の返答次第ですぐ返してやる」と、アクア・レンジャーが言った。
「単刀直入に言う。妖精を渡せ。なに、彼女を欲しがっているのは相当やんごとなきお方なのだ。売り飛ばされたとてそうそう不便はせん。少なくともお前のようなやくざ者といるよりはな」
流石に武器もない状態で二対一ならこちらが有利、とあって、アクア・レンジャーの言葉もさすがに締まったものだ。……だが、盗賊の盾はそのような脅しの方など、どうでもよかった。
「……ん? ってこたぁ、ポップル、あんたらと一緒にいるんじゃないのかい?」
「……え?」
「お前が助けて、お前と一緒にここにいるとばかり……」
顔を見合わせたリキッド・ピープル二人は、茫然としてバタン、と大盾を取り落す。
「うわああああぁぁぁぁ! どこに流れていったんだぁぁぁ!!」
「頼むっ! 頼むから死なないでくれ! 顔に怪我とかも本当にやめてくれえええええ!!!」
そう言って二人とも、先ほどまでの態度もどうしたものかと、ザブザブ海に消えていった。……それを見送って、盗賊の盾は置き去りにされていった大盾を拾う。
「(……まだ、奴らに取られてったってわけじゃないんだね……)」
どうにせよ。盗賊の盾は水を吸った服のずしっとした重みを感じつつ、立ち上がる。
「(探さなきゃ、ならんね……先生として)」
なんとなくだが、彼女が死んでいる気はしなかった。大した根拠もないが……強いて言うなら、自分はこう言う状況でも、死なないから。冒険家とはそういった、運にも愛されてなんぼの存在だからだ。
●
「(……熱い……ここ、どこ……?)」
意識が朦朧とする。ポップルは、どこかに流れ着いていたようだった。手にはしっかり、まん丸のクルトを抱きしめている感覚がある。だけれども、頭がふらふらする。先ほど海の上で感じたより、異常に暑くて、苦しい。砂浜のようだが、盗賊の盾の島で感じた砂浜の熱さとは別次元だ。なんでこんなに、熱気に包まれているんだろう……。
「……い、おい、お前、大丈夫か!?」
ふっと、誰かに抱き起こされる気がした。
盗賊の盾じゃない。彼女よりも小さい。ポップルと同じくらいの体格にすぎない。
「お前、どこの基地の奴だよ!?」
「ゲット……この子、ぐったりしてるよ! お医者に見せなきゃ!」
ゲット……?
薄れる視界の中に、助け起こしてくれた相手の顔が見えた。ゴーグルをつけた、幼い顔。そしてそれはビーストフォークのような毛皮にも覆われていない、スノーフェアリーの男性のような冷たい雪でもない、自分と同じような、薄桃色の皮膚に包まれていた。
「(あたしと、同じ……?)」
助けてくれたの。ありがとう。そう言おうとしたが、言葉が出なかった。ポップルはそのまま、意識を失った。