紅戦線の来客 1
話は、少し前にさかのぼる。
「おい、ゲットどこ行った!?」
ボーグの声に、ジョーが返答する。
「今日あいつは仕事ないから、散歩いったぜ。ピコラに新しく作ってもらったオモチャと一緒に」
「あ、あれか」と、ボーグも納得。
「けっ、ガキはやっぱガキだな、最近臆面もなくはしゃぎやがって」
「とかなんとかいって、悪くも感じてないんだろ」
そう返してきたジョーに、ボーグは苦々しい表情をしながら「言っとくが、オレからすりゃお前もまだまだガキだぞ?」と返答した。
「はいはい」
けれども、実際それは間違ってない。ゲットはここの所、いい意味で子供らしくなった。光文明との戦いを経てからだろうか。あれの少し前、無茶に背伸びを重ねていた頃に比べると自分が子供だという事実に恥じ入るところがなくなり、子供として成長することに前向きになったようだった。
●
「すげーな、ピコラ、これ!」
「ウフフ、そうでしょ!? 喜んでもらえてうれしいよ!」
ゲットは最近、ピコラに新発明を貰ったばかりなのだ。特殊タイヤを利用した、どんな悪路でも滑って進めるローラースケート。戦闘時にも使えるよう、加速用ブースターも内蔵している。
火山地帯の火文明は、ごつごつした道が多い。その道をすいすい滑って進む感覚が、すっかりゲットのお気に入りになったようだ。
今日は海まで一緒に行こう、とピコラと示し合わせて散歩に出た最中……海沿いの高台の上で、彼らは、面白いものを見つける。
「見て、ゲット! 海戦だよ! ヒューマノイド側は、ガンダヴァル軍だよ!!」
「マジだ! すげー!」
派手に水しぶきを上げて交戦するドラゴノイドと、ヒューマノイドの両陣営の姿。一方的に空から攻めるドラゴノイドたちに全く怯む様子もなく、ガンダヴァル軍は果敢に戦う。他の部隊の戦争を見ることはあまりないが、やっぱり間近で見ていると胸が躍る。……そのうち、指揮官の機神装甲ガンダヴァルが一斉に装甲のランチャーを展開した。そして……一斉に飛び出す、弾丸とミサイル!!
ヒューマノイド最強クラスの装甲の戦闘力は、それだけでも軍団一つの戦力に等しい。遠巻きに眺めているだけでも、それがよく分かる。近接戦向けに造られたボーグの機神装甲とは一味違うが、それでも心躍ることには変わりない。
やっぱり、機神装甲はカッコいい。自分も早く着てみたい……ゲットにそう思わせるには、十分だった。
その砲撃で、勝負もついた様子。戦いは、ヒューマノイドの勝利だ。
「やったぜ!」
高台の上で、ゲットは飛び上がって喜んだ。
「よかったね、ゲット!」
「あれ、ピコラは喜ばねぇの?」その少し他人事のような言い方に、疑問を覚えるゲット。
「ぼくたちマシン・イーターは中立だからね。ヒューマノイドもドラゴノイドも、味方だよ」「あ、そっかー……?」
とは言いつつ、彼は引き上げていくガンダヴァル軍を見送りながら、再び海に向かいだす。
「チューリツって、つまんなくねぇの?」
「つまるとかつまらないとかの問題とは思わないないなぁ……考えたこともないし。武器屋さんなんて、自分の武器を使ってくれるなら中立だよ。どこもそうだと思うよ。たぶん」
「そっかなー……」
「少なくとも、ぼくたちマシン・イーターはね。だってどんな武器でも、目いっぱい活躍して! って思って鍛えてるわけだもの。だからぼくらの武器が行く所なら、活躍してほしくない陣営なんてないよ。むしろそう思っちゃったら……愛情込めて鍛えた武器に、一番失礼だもん」
「へー……そう聞くと、ピコラ達かっこいいな!」ゲットは素直に、そう称賛する。
「ほかの文明の奴らも、そう思ってるかな?」
「って、思いたいな! だって同業者だもんね」
そう話しながら海岸を目指す中……「あ、ヒューマノイドめっけ!」と、大急ぎで走ってきたファイアー・バードがいた。名前は《チッチ・ホッピー》。
「ヒューマノイド、こっち来てッピ!」
「な、なんだよ?」
いきなり上着の端をくちばしで掴まれて、ゲットは驚く。
「ヒューマノイドの子が、海岸に打ち上げられたッピ! 大変ッピよ!」
「マジか!」それを聞いて驚くゲット。ガンダヴァル軍の負傷者だろうか!? いずれにしても、同じヒューマノイドなら助けないわけにはいかない。
「どこだ!?」
「ガル海岸ッピ!」
ガル海岸なら、ここをまっすぐだ。「教えてくれてありがと!」彼はそう言うと、ピコラを肩車して、ローラースケートのブースターを動かす。蒸気が湧き上がったかと思うと、次の瞬間、ゲットはでこぼこの悪路をハイスピードで一直線に、ガル海岸まで進み始めた。
ガル海岸では、以前の水文明との戦い以来目覚めたロック・ビーストが、いまだにたむろしていた。おかげで海岸とは思えないほど、凄まじい熱気だ。最も火山の火口近くにもあたり前に出向く火文明の民たちにとっては、さほど驚くほどの熱気でもないが……。
打ち上げられたその人物に、ロック・ビースト達は興味津々だ。ボマーザウルスが手を伸ばして触ろうとするが、ファイアー・バードの一人《ピッピ・クッピー》が「ダメっ!」とそれを遮る。
「キミたちが触ると、なんだって焦げちゃうんだから!」
そうは言いつつ、ピッピ・クッピーの仲間たちも、わらわら群がっていた。彼らがこう興味を持つのにも理由があり……海岸に打ち上げられた彼女は、ヒューマノイドの少女のようだが……不審な点が多々見受けられる。
子供だって、多少の武器は持たされているのが当たり前の火文明の民とは思えないほど、武器も持たずサイボーグ化も施していない身体。それに、彼女が抱きしめる……まったく謎の物体。顔立ちと、金色に光る所だけを見ればファイアー・バードに似ていなくもないが、羽毛の生えていないつるつるの体、胴体も翅もない、頭だけのまん丸の姿。どう見ても違う。
「ねえ、キミ、ファイアー・バード?」
「何か言ってッピ?」
そう聞いても、何も返す様子はない。少女の方ははぁはぁと息を荒く吐いて、苦しそうだ。
「弱ってるよ、早くしないとー……」
「ヒューマノイド、まだこないッピ?」
「いや、来たぜ!」
それにようやく入って来たのは、ゲットだった。ピッピ・クッピーたちをのけて、彼はその少女を抱き起こす。「おい!」と呼びかけるが、彼女が言葉を返す様子が無くて、ゲットは少し焦り、彼女を揺さぶった。
「おい! お前、大丈夫か!?」
意識はあるようだ。見たところ、体に大きな外傷がある様子でもない。だけれども顔を真っ赤にのぼせさせて、話すどころではないらしい。「お前、どこの基地の奴だよ!? ガンダヴァル軍か!?」と聞いても、反応はやはり、無しだ。
「ゲット……この子、ぐったりしてるよ! お医者に見せなきゃ!」
彼の肩から降りたピコラも、おろおろしている。「分かってるよ……」とゲットが振り向いたとき、腕にかかる感触がずしり、と重くなった。気絶してしまったらしい。
いずれにしても、助けなくては。もう散歩はなしだ。早く、火山要塞ヴァルに帰還しなくては……。
と、思っていた彼に、空の上からかけられた言葉があった。
「あれー? ゲットちゃんじゃない!? やだー、奇遇ね! どうしたの!?」
そしてその声に続いて、さらに二つ。
「なに、ゲット殿!?」
「おっ、ゲットさんっすか! おひさっす! その後どうすか!?」
そしてその後に、一番響く声が一つ。ゲットはゴーグルの奥の目をパッと輝かせた。渡りに船だ。一番来てほしい相手に出会えた。
「ん? よう、ゲット君か、久しぶりだな……」
「マイキー先生ぇ!! 助けて!」
マイキーの挨拶を聞くまでもなく、ゲットは超スピードで海岸に降りて来たばかりの彼のもとに向かい言った。ピコラ特製ローラースケート、滑れるのは砂浜の上でも同じだ。
「なんだ? この子……」
「海岸に打ち上げられてたんだよ!」
マイキーはゲットに渡された名前も知れない少女を、まずは呼吸の具合から調べる。
「脈もある、呼吸もできてる……そんなに激しく水は飲んでないようだが、体温が異常だな……カゼでもひいたか? クウザ、解熱剤出せ」
「はーい! 隊長!」
「なー、大丈夫かな……」心配そうなゲットもなだめつつ、マイキーはテキパキ診療する。いずれにしても……謎の球体を抱いたままでは、診療もしにくい。
「ちょっと失礼するよ」と声をかけながら、マイキーは少女の腕からそれを一旦引きはがそうとするが……よっぽどがっしり抱いているのか、なかなか離れない。ふうと一息ついたのち、アッシュを呼ぶマイキー。
「ちょっと押さえてくれ」
「ウッス!」
アッシュに抑えさせつつ引き離そうと試みるが……それでも、どうあっても離そうとしない。気絶している小娘のはずなのに。……そのうち、これ以上無理やり引っ張ったら彼女が怪我する、と判断し、マイキーは引き離そうとするのを諦めた。
「参った。どんだけ大切なんだよ、これが……これじゃ注射もできねえ」
かといって、意識のない相手に解熱剤を飲ませるわけにもいかない……。マイキーは意を決して、彼女をアッシュに任せて立ち上がった。
「クウザ、ヴァルまで飛んでくれ。迎えのアーマロイドをよこしてくれってな。ゲット君、急いでヴァルの、紅戦線基地に帰るぞ」
火山要塞ヴァルからガル海岸までに人里はなく、ここから一番近い場所で腰を落ち着けられるのは、結局ヴァルなのだ。
「う、うん……」ゲットは立ち上がる。「あの……ガンダヴァルの軍の奴じゃねえの?」
「それはない」即答するマイキー。走りながら聞けば、彼はそもそも今日までガンダヴァル軍の世話になって、海戦にも同席していたのだ。それで遠くに来たついでに、また新しい場所に行くため下ろして貰ったのだが……このような武装もしていない子供が混ざっていたならば、絶対に目立つ。彼が覚えていないはずがない。
その旨を聞き、ゲットは疑問に思った。じゃあこの子は一体……誰なのだろう?
「……と、言うわけです、社長っ……」
「あ、あの、周辺はくまなく探しましたが、もう見つからず……」
震える声で状況を報告するアクア・レンジャーとアクア・グラップラー。通信端末のモニターにはフェアリー・キャンドルではなく……アクアン本人が映っている。
『……くまなく探してっていうのは、海中も含めてかい?』
「は……そ、それは、勿論です!」
『……なら、溺れ死んだと決まったわけではないんだね。キミたちが爆破された地点の座標を言って。その海域なら、海流の流れが激しい。もし流れ着いていたなら漂着地点は、それから簡単に割り出せる』
言われるがままに座標ナンバーを打ち込み、送信するアクア・レンジャー。アクアンはおそらく計算ソフトを起動したのだろうか、片手をカタカタ動かしながら、まだ通信はつないだままである。……黙りながら。
「(オレたち……オレたちどうなるんだ……)」
「(イヤだ……怖い……誰でもいいから助けてくれ……)」
そのプレッシャーに耐えかねているリキッド・ピープル二人組だったが……どうも、今回ばかりは沈黙の意味が違ったようだ。
それは言うなれば、思案。しかし漸くそれに一区切りつけたか、アクアンはそっと口を開く。
『キミたちの報告の中で引っかかる点があったんだけれども……彼女はライトブリンガーと一緒にいた。そしてそのライトブリンガーの名前は「クルト」。そして彼の命を、彼を守る側であるガーディアンが付け狙っていた……と、そう言うわけだね。……間違いないと断言できるかい?』
「ありませんっ!」プレッシャーから逃れるように、上ずった声で返答するアクア・レンジャー。「断じて間違いありません! それだけは確かですっ! 信じてくださいっ!」
『ふうん……』
口に手を当て、アクアンはまたしばし考え込んでいた様子だった。アクア・レンジャーとアクア・グラップラーの心境は、ハラハラなどと言う言葉では収まらない。彼らとて、他文明の文化くらい最低限の知識はある。まして光文明相手に商売をして知識も豊富なアクアンが、ライトブリンガーが絶対忠実の僕であるガーディアンに殺されかけるなんて、信じるわけがない……と、言う心境だ。
……けれども、彼ら……リキッド・ピープルのその予想を、サイバーロードの知能は上回ったようだった。アクアンは思案しつつ『……もしかして?』と、ボソリと呟いた。
『……レンジャー。グラップラー』
「はいっ!」
『とりあえず、ボクから連絡があるまで現場待機』
そう言われてひとまず、通信は切られる。レンジャーとグラップラーは顔を見合わせ……お互いにどさりともたれ合いながら一息ついた。
「た……」
「助かった……生きてる……」
ひとまず、ほっと胸をなでおろす。
「……にしても。だ。バディARよ」
「うむ、コードAG」
「クルトサンのサンは敬称のさんだったのか……さん付けされそうにも見えなかったから、オレはてっきり名前の一部なのかと……」
「全くだな。あの程度でもライトブリンガーなら敬われるのか……って、そこじゃないだろう!」鋭く返答するアクア・レンジャー。
「社長には、何かお分かりになったらしいぞ? あのカラクリが……オレにはまださっぱりだというのに……」
「まあ、社長は光文明の内情にも詳しいからな」アクア・レンジャーと比べてアクア・グラップラーはそこまで驚いてもないようだった。
「確かにそうだがっ……」アクア・レンジャーはとりあえず、その話題をやめた。
「……にしても、そこまで光文明とねんごろにしておきながら、あの妖精は闇の皇女に売る気なのだろう? よくやる。わが上司ながら」そして、半ば呆れたように呟く。
「中立でいると言うのも、難しそうなものだが」
「うーむ。サイバーロードの頭脳は、我々にはわからんなー……」
●
光にも味方すれば、闇にも味方し、そしてどちらの内情にも詳しい。それが水文明一の武器商人、アクアンだ。
千年前からの宿敵同士。天に住むもの、地の底に住むもの。そしてどちらも、他の三文明よりも頭一つ抜けた力を持つ者同士。……そんな相手の間に立ち、どちらの味方もしながら、どちらの一方的な味方となることもない。カスタマーとサプライヤー。それ以上の関係を築かず、一定の距離を保っていく。
彼のモットーは、中立が一番儲かる。だ。どちらか一方の強い者と関係を築き庇護下に降りれば、確かに安定はするだろう。だがそれ即ち、それと敵対している勢力と、商売ができなくなってしまうと言うこと。そしてそれ即ち……儲けが半分になるということ。
どんなに薄氷の上だろうが、儲かるならばそれが全て。中立ほど、儲かるものはない。ならばその道を選び続ける。それが彼の信念であり、美学だ。
そしてその道、中立の道を選び、利益を得ることができるのが……兵士でも、役人でもない、商人と言う立場の何よりのうまみなのだ。彼は、サイバーロード随一の優秀な頭脳で、そう確信している。
だから、役人にも、研究者にもならなかった。エンペラーの体制を媒介していては、自分のもとに来る利益が少なくなる。……エンペラー・アクアは水文明で唯一の、アクアンが自分より聡明と確信しているサイバーロード。だからこそ尚更、そんな相手の下では働きたくない。自分の利益を他人にかすめとられてはたまらない。……だから、自分で商売をすることに決めた。結局その選択すら、中立の美学と根底は同じなのだ。安定して小金を稼ぐより、心中覚悟で大金を追う。理由は簡単、小金より大金の方が、金額が多いから。それ以上に求めるものなんて何もないからだ。
……そんな彼は、「予言者クルト」について独自に考えを巡らせつつも、計算ソフトでポップルの漂着地点の演算を行っていた。ほどなくして出たのは、灼熱ガル海岸。あの、サイバー電撃戦が行われた跡地だ。
「ガル海岸か……キャンドルちゃん、あそこはサイバー電撃戦以降、監視網ができたはずだね」
「はい。体温調節システム内蔵のサイバー・ウイルスが送り込まれましたわ」
エメラルにメッセージを送り、程なくして送られるガル海岸の指定時間からの観測データ。それを早送りしていくと……読み通りだ。確かにポップルが流れ着く。
それにロック・ビーストやファイアー・バードが群がり始めた時は流石にひやひやしたが……最終的に彼女は、ヒューマノイドの少年に抱えられて、持って行かれる。身なりを見るに、少年兵だ。なるほど。アクア・レンジャーとアクア・グラップラーが見つける前に、既に奪われてしまったということか。
「……チッ。ヒューマノイドなんかにとられちゃたまんないよ」
彼は、映像をズームにする。ポップルを連れ去っていったヒューマノイドの少年。まず、彼を特定する必要が……。
「おーーい!! ふぇありー・きゃんどるのようすみにきたよー! きゃんどるー! げんきー!?」
……うるさいのが来た。
声の主、トロピコはアポイントメントもなしにズカズカ当たり前のように社長室に入ってくる。
「あらあら、困りますわ、お父様! わたくし仕事中ですのに」
「わはー! きゃんどるやっぱりきょうもかわいいなー! ボクのさいこうけっさくだもんなー!」
「いやぁん、照れますわ! もうお父様ー!!」
フェアリー・キャンドルをデザインしたのは、トロピコだ。その中でも異常発達を果たしたこの個体の事を彼は本当に気に入っていて、このように、勝手に様子を見に押しかけることもしばしばである。
「……」
後ろでくるくる回る二人を無視して、仕事を進めようとするアクアン。そんな彼にも、トロピコはお構いなく天真爛漫に話しかける。
「あっそーだ! ねーあくあん! きいてよきのう、こーらいるがさー! うちでげーむしてたらいきなりじゅうつきつけてきて……」
……だが、アクアンの覗くモニターが目に入った瞬間、トロピコの顔色が変わった。
「おいっあくあん! こいつ! このひゅーまのいどのくそがき! しってるの!?」
「えっ!?」その言葉にさすがにアクアンも驚いて、トロピコの方を振り向く。「な、何、キミ……知ってるの?」
「しらないはずないだろっ! さいばーでんげきせんのとき、ボクにからんできたくそがきが、こいつだよっ!」
……どうやら、風向きはまだ自分の方にあるらしい。アクアンはにやりと笑い、「あのさあトロピコ、聞きたいんだけど……」と、椅子を回して彼の方に向かい合う。
「そのクソガキがどこの所属だったとか……分かるかな?」
「う゛ぁるぼーぐがたすけにきてたから、たぶんくれないせんせんだろ! ほんとこいつむかつくやつだったんだよ! なまいきだしそーさーへっどのこうげきもきかないし! もーほんとなんなの……」
「キャンドルちゃん、お父さんの相手はお願いね」そうトロピコを秘書に押し付け、アクアンは通信端末を開く。
「もしもし、エメラル?」
『おっ、なにアクアン? まだデータ欲しいのかい?』
もしヒューマノイド基地に連れていかれたならば、かどわかすのは今以上に困難だ。訓練を積んだ兵士複数人と共に、しかも内陸にいるわけだから。
しかし貴重なスノーフェアリーだ。価値さえわかれば彼らも、むやみに痛めつけはすまい。
大体火文明は荒っぽいが、弱い者いじめは好まない。むしろロック・ビーストなどに焼かれる前に彼女が知的種族、それも軍人崩れのチンピラなどではなくそこそこまともな立場の集団に保護された、と考えれば、悪い事ばかりでもない。
そう言う状況ならば……捕獲を焦るよりも、今一度念入りに情報収集をしたい。少しの隙を見逃さないためにも。そして……彼女と共に居るライトブリンガーと、それにまつわる事情も、どうやら把握する必要がある。話を聞いて6、7割がたの図は予想できたが……確証に至る情報がない。それも、せっかくならば得たいのだ。うまく行けばそちらも、金になる。
「ううん。データはいいから……バイト雇えないかなあって」
『バイト?』
「うん、諜報部から優秀なリキッド・ピープルを一人、こっちに貸してよ。対火文明用の体温調節機構内蔵は絶対ね」
●
紅戦線の珍しい来客。紅戦線のメンバーは、興味半分心配半分でその少女にあてがった空き部屋のドアの前から中を伺っていたが……ベッドに寝かせた彼女の隣にいるゲットは落ち着かない。興味なんて持つ余裕もない。
少女……ポップルの熱が下がる気配がないのだ。
「先生……」
「うん……大丈夫、安心しろ。ちょっとオレ、ボーグの所に行くから。食料庫の氷を貰ってくる」
年がら年中灼熱の火文明では、氷はなにより貴重な存在だ。氷室で厳重に保管され、特別な日以外ではめったに供されることはないが……緊急事態だ、ボーグならわかってくれるだろう。
「ゲット君、その子見てろよ。危なくなったら呼んでくれ」
「うん。わかった」
そう言っていそいそと出ていくマイキー。「何してんだよ、君らは」という呆れた声も、ゲットには聞こえない。
顔を真っ赤にして、苦しそうなポップル。ゲットは幼い時から紅戦線にいて、同年代のヒューマノイドの友達ができたことはない。他の隊の少年兵や街の子供と話すことはあっても、友達と言えるほど関わりを持つのは基地の仲間たち。子供として一緒に遊ぶのは、せいぜい種族の違うピコラくらいだ。
自分と同じような姿で、自分と同じような年代の子供が苦しんでいるのは、彼にとって無性に不安さを掻きたてる光景だった。はっきり言ってゲットは、初めて会ったポップルのことが心配でたまらなかったのだ。この前オーバーワークで倒れた辛さの事も、彼の頭から離れない。
「なあ、大丈夫か……?」
そう言って彼は、そっとポップルの額に手を置いた。少しでも熱を吸い取ってやれないかと。相変わらず、彼女の額は風邪をひいている時のように熱い。やはり、駄目だろうか……。
いや、待った、下がってきている。彼女の熱が、下がってきている?
いや、錯覚ではない。真っ赤に火照っていた頬の赤みも、徐々に引いてきている。
やった、治った! 彼がそう思った時だった。彼の手に感じる温度が、なおもどんどん下がっている。
「!?」
ゲットは驚いたが、それでも額から感じられる温度は下がる一方だ。ヒューマノイドの体温をずんずん下回っていく。武器庫の金属の銃の温度、顔を洗う水の温度……それよりも、どんどん、どんどん低く……。
そしてなおかつそれでいて……彼女の顔色は次第に健康そうになっていくのだ。死体よりも冷たい体温になりながら。
「(こいつ……? ヒューマノイドじゃ、ない……?)」
そして、金属より、水より、死体よりも冷たい温度……ゲットがごくたまに、祭りのような特別な日だけ供される「それ」の温度として覚えこんでいる冷たさが手から伝わるようになった時だった。苦しそうな呼吸が完全に止み、そして……彼女が動いた。
「あれ、もしかして……海岸でも、助けてくれた子?」
氷の体温と共に息を吹き返した彼女は、そんな冷たさとは裏腹の生き生きとした笑顔でにっこり笑い、「ありがとう!」とゲットに話しかけてきた。
「お……おう」
驚きは冷めやらなかったけれども、一方で……やはり彼女のその顔は全く警戒に値する物には見えなかった。
「どういたしましてっ!」
だからゲットも、元気良くそう言い返した。