Saga of Creatures   作:hinoki08

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紅戦線の来客 3

 

 暫くして扉が開いて、中からマイキーとポップルが出てきた。

「もう、大丈夫なのか!?」と、さっそく駆け寄るゲット。マイキーは笑って「うん。調子も戻ったみたいだな」と言い返した。

「少し違うところはたくさんあるけど、似てるだけあって基本オレ達と同じだよ。雪の妖精なんて言うけど、体温もオレ達より少し低いだけみたいだしな」

「え? 少し?」ゲットは首をかしげる。

「どうしたの?」

「だってポップル、寝てるときは氷みたいに冷たかったぞ」

 そんなことってある? とポップルは自分のおでこに手を当てた。ゲットもグローブから出ている指先で触れる。……けれど確かにそこから感じるのは、本当に自分たちヒューマノイドの体温より少し低い程度の温度。ゲットはますます首をかしげた。

「そんな体してるのは、男の人だけだよ。とくにあたしは『春』だし……」

 彼女の言う通りで、肉体のある女性スノーフェアリーは冷たくはあれど雪の体温はしていない。まして暖かい「春」の力を宿す者なら通常の人型種族並みの体温を持つ。

「でもオレ、本当に……!」

「……自己防衛機能、かな」マイキーがぼそりと呟いた。

「お嬢ちゃん、異常に発熱してたからな。氷の魔力……だったかな? それが勝手に働いて、お嬢ちゃんの体を冷やそうとしたんじゃないかな。さっきも言ったけど君、マグマの怪物に囲まれていたわけだからな」

「そう……でしょうか」と、ポップル。「でもあたし、マイキーさんに話したみたいに、氷の魔力は本当にあんまりないんですけど……」

「なくはないんだろ? 十分、考えられると思うぜ。妖精ったって、生き物なんだしな」

「なあ、元気になったんだろ!? 外行こうぜ!」ゲットが彼女の腕をつかんで引っ張る。「オレが火文明見せてやるよ!」

「あ、でも……」ベッドの方を振り返りかけるポップル。まだ、クルトの目が覚めていないのだ。

 マイキーは笑って、「予言者サマならオレ達が見ててやるよ。行ってきたらどうだ?」と告げた。

 

 ●

 一歩、建物から外に出てみると……やはり、風が熱い。だがそれ以上に、ポップルは目を見張った。

 黒々とそびえる火山要塞ヴァルは本当に、隅から隅まで鉄で覆われている。壁をそっと触ってみても、その硬さがよく分かった。要塞の周りをぐるりと囲んでいるのは……赤い岩肌を持つ火山たち。自然文明の山とは、形も、色も、似ても似つかない。

 空気の匂いもおんなじだ。植物や、肥えた土の匂いがしてこない。砂と、化石燃料の匂い。自然文明では化石燃料もめったに使わないため、ポップルにとっては初めて嗅ぐ匂いだった。要塞や、岩肌に建てられている工場が大量に吐きだす蒸気と煙のおかげで、空の色まで自然文明のそれとは違うように思えた。

 そして火山要塞ヴァルをぞろぞろ行きかうヒューマノイドたちは……やはり、皆体を、彼らの住まう要塞と同様に機械で覆っている。凄い。ポップルはただただ、そう感じる。フィオナの森のあちこちに行ったって、ここまで違う世界はない。

 本当に、ほんとうに自分は今、違う文明にいるんだ。

 

 と、急にダダダ、と鋭く響く音。ポップルは驚いて、音のした方向に目を見張る。ヒューマノイドたちがその体に内蔵されている武器を使って、大量の小さな金属を的に当てているのだ。

「あれ、何!?」

「射撃演習場だぜ! 銃はオレ達のいっちばん基本の武器だからな」

 ほら、と、ゲットも自分の腕に装着している機関銃から、弾丸を一つ取り出す。ポップルはそれを手に取って、しげしげと眺めた。

 小さな、金属の塊。盗賊の盾からも、銃の話は聞いた。小さな金属の弾丸を、機械を使って高速で打ちだす武器。大剣や槍よりも、攻撃可能範囲はずっと広い、と……。こつん、と弾丸を自分のおでこにぶつけてみるポップル。なるほど、石よりずっとずっしりしている。投石器でも十分怖い武器なのに、隣で見る限り銃のスピードは明らかにそれ以上で。確かにすごい武器なんだ、とポップルも思った。火文明は戦いが大好き、と言うのは本当らしい。

「凄いだろ!? オレ達紅戦線は、火文明一なんだぜ!」

「えっ、ほんと!? すごーい……! これなら、闇文明が来ても大丈夫だね」

 まだ詳しく闇にやられた場所を見たわけではないけれど……もし、自分たち自然文明にも銃があったら、闇文明を楽に追い返せたのだろうか? とポップルは思いを馳せる。

 一方で、銃弾が自然にそぐうもののような気はしない。剣は、引けば切れる。石斧は、叩けば潰せる。けど銃は、何故あのように動くんだろう。自然の摂理を飛び超えた何かが、そこにはあるような気がした。あれは自然の範疇には属さないものなんだ、と。

「もっちろん、闇が来たってオレたちが追い返すぜ! 闇じゃないけど、水文明には攻めてこられた時は、追い返したしな!」

「本当!?」ポップルは驚いて振り返る。

「おう! しかもさ、水文明の大将、追い返したのはオレだからな!」

 ……その言葉に、顔中キラキラさせるポップル。

「すごい……ゲットって、強いんだ!」

「おうっ! オレは強いぞ! ……でも、ボーグの方がもっと強いし、カッコいいけどよ」演習場の端の廃材に腰かけて、ゲットは話しはじめた。ポップルもちょこんと、隣に座る。

「それに水の大将って、オレたちより小っちゃくて、よわっちいんだぜ。サイバーロードっていう種族なんだってよ」

「サイバーロード……聞いたことあるよ。ほんとに、赤ちゃんみたいな見た目なの?」

「そうだぜ! 全然、自分じゃ戦えねえんだ。なんでそんなんが大将なのかなー……」

 うーん、とポップルも考える傍ら、ゲットは続ける。身振り手ぶりを交えて、大した熱演ぶりだ。

「それに対して、ボーグの敵って本当にすごかったんだぜ! こーんなに、見上げるくらいでっかいリキッド・ピープル!」

「リキッド・ピープル……あたしも会ったことあるけど、そんなに大きくなかったよ」

「うん、来てた奴らもほとんどはそんなんじゃなかったんだ。それが急に、二人も現れてよー……でもボーグは正面から殴り合って、勝ったんだぜ! それで奴ら、とっとと海の底に逃げ帰っていったからな!」

「すごい……すごーい!!」

 ポップルは手をぱちぱち叩く。本当に、紅戦線の面々は強いのだ。素直に褒められ慣れていないゲットは、思わず照れ笑いする。

「まあ、オレたちは強いからな! それに……水の奴らが、よわっちいからな! 大きくて強い奴がリーダーになるのは、当たり前だろ。それも分かってないんだからよ!」

「もしかして」と、ポップルは自分の考えを述べた。「サイバーロードの人たちは、誰よりも水文明が好きだから、リーダーになってるんじゃないかな?」

「?」

 きょとんと首を傾げるゲットに、ポップルは続ける。

「あたしたち自然文明の王様もね、そうだったの。もっと大きくて強い種族もたくさんいたし、王様の種族の中でももっと強い人はたくさんいたけど……それよりも、自然文明に住んでる誰よりも自然文明の事か好きだったから、王様になってたの。きっとサイバーロードの皆も、そうなんじゃないかな?」

「へー……そんなんもあるんだ」とゲットは怪訝そうに言ったが……暫くして「うん……確かに、そうかもな」と納得したようにうなずいた。

「ボーグも他の機神装甲も……強いのは勿論だけど、皆火文明やヒューマノイドの事すっげえ大好きだしな! ドラゴノイドの王様だって……ムカつくけどドラゴノイドの事は本当に大切にしてるし。どんなにでっかくて強くたって……仲間や文明を大切に思ってないやつは、リーダーにしたくないもんな!」

 勿論、サイバーロードが水文明を仕切るその一番の理由はもっと具体的で、彼らの突出した知能にあるのだが……そんなことは、二人ともあまりよく知らない。知能が何よりも重きを置かれる社会には生きていない二人が見出した答えは、それだった。

「あ」と、ゲットは少し話を戻す。

「そう言えば、その王様って……なんで『そうだった』なんだ?」

「もう、死んじゃったみたいなの」と、返答するポップル。「あたしはよく知らないんだけど……闇文明に、殺されちゃったんだって」

「ほんとかよ!」それを聞いて、ゲットも怒った。

「許せねーな……オレたちが闇文明もコテンパンにしてやるから、安心してろよ!」

「ほんと? 嬉しい! ありがとう!」

 すごい。盗賊の盾の話通りだ。火文明は豪快で乱暴だけれど、決して心根の冷たい文明じゃないって。見ず知らずの自分を助けてくれたし、遠い自然文明の事でも怒ってくれる。本当に、非秩序を愛する暴れ者、ってだけじゃないんだ……と、ポップルは実感した。冒険に出て、良かった。自分が昔話を聞いて思っていたより、世界はずっと優しい。どんどん、世界が好きになれる。

「おー、ここにいたのか」

 そんな中、ひょっこりかけられる声があった。「ジョー!」と、ゲットは彼の名前を呼んだ。

「よかったら町に連れてってやれ、ってボーグに言われてきたんだ。ポップルちゃんの先生の事、もう知ってるやつが居るかもしれねえし。ポップルちゃん、どうだ、来るかい?」

「火文明の町!? 行きたいです!」

「オレも一緒だぞ!」

「勿論だよ」ジョーも軽く笑って返してくる。「んじゃ、あれに乗ってくぞ。歩いてくにはちょっと遠いからな」

 と、彼が指さした先には……真鍮色の鎧に身を包んだ、巨大なトカゲ。ジョーの飼っている騎乗用デューンゲッコー、《ジョー・リザード》だ。

 ジョーはひょいと背中に飛び乗り、ゲットも乗る。「ポップルも早く!」とゲットは急かしたが、ポップルは「あ、あたしは大丈夫です!」とジョーに向かって言った。色々見せて貰ったのだ。せっかくなら、自然文明の技術も見せてみよう。彼女はタオパブの杖に念を込め、浮遊結晶を生成し……そこに、ひらりと飛び乗る。

 ……はずだった。

 次の瞬間、彼女はべしり、と火文明の大地にずっこけた。戸惑って目を開けると、浮遊結晶が生成されていない。ジョーとゲットは、ぽかんとして彼女の方を見ていた。

 

 ●

「ほんとに、雪の結晶が浮かぶの! 信じてよー!」

「えー、でも……何にもないとこから何かが出るなんて、ほんとにあるのかよー? ……あと、雪ってなんだ?」

 ジョー・リザードの背中に揺られつつ、そう話しているゲットとポップル。

 冷静になってみると、ポップルにはハッキリわかった。自分の魔力が、この火文明に眠るマナと喧嘩しているのだ。火のマナは、自然の大人しく、優しいマナと全く違う。火文明の気質を象徴しているかのように、熱くて、荒々しい。魔術師としての腕が上がればまだしも、自分の未熟な腕、しかも弱い氷の魔力では、違う土地のマナで浮遊結晶を作ることができないのだ。

 おかげで、魔術を見せることができなかった。ポップルにとっては信じ難い事だったが、ゲットたちはそもそも魔術と言う概念自体を知らなかった。水や光ほど高度ではないにせよ科学文明で育っている彼らには、物理法則を無視し直接エネルギーを生み出す魔法の存在は、何とも理解し難かったのだ。

 ジョーは苦笑して「まあまあ、慣れねえ土地だと出来ないことも多いって」となだめてくれた。

「んー……でも、聞いてたら光の奴らがやってたことに近いかもな。ほら、ゲット、覚えてるだろ? あのヘタクソな歌が聞こえたら光の奴らが治ったような。あれと同じようなことを、自然文明では出来るんじゃねえかな」

「なるほどー……?」

 と、首を傾げるゲット。ポップルは少しばかり、悔しかった。もっと腕を磨いていたら、結果は違ったんだろうか、と。

 そのうち、ジョーが「ほら、辛気臭い顔は無し! 見えてきたぜ!」と、火山の間に造られた集落を指さした。

 

 

 火文明の建物と言っても、皆が皆要塞のように鉄で出来ているわけではないのを、ポップルは知った。火文明の民家は、主にレンガ製が多いようだった。けれどやっぱり、自然文明のレンガとは少し違う。もっと色が赤っぽい。土が違うからだ、と彼女には推し量れた。

 町はずれにデューンゲッコーをつないで集落に入ると、雰囲気はなお違う。非常に賑やかだけれども、自然文明の賑やかさとは違う。この気温と同じように、荒々しい活気があって、暑苦しさすら感じて、けれどどこか爽やかに、誰もかれもが騒いでいる声が真っ赤なレンガ造りの町の中にこだましていた。

 もう時間は暗くなりかけていた。繁華街を照らすランプに、次々火が入れられていた。すすと化石燃料の匂いのするランプは、これもマナで灯る自然文明のカンテラとは違う。

「マナを明かりに使わないんですか?」と、ポップルがジョーに聞いたら、ジョーは驚いて言った。

「おいおい、マナだぜ? そんなことに無駄遣いしねえだろ」

 ポップルはまたしても、首をかしげる。荒々しいマナとはいえ、火文明の民にすら易々と力を貸さないほどなのだろうか、と。

 彼女が、マナを呼び出す魔術がポピュラーな自然文明と、肉体作業でマナを地中から取り出す火文明とではマナの貴重さが違うと知るのは、もう少し後の話だ。

 と、そんな矢先、賑やかな人ごみの中でもひときわ騒々しい音が聞こえてくる。ヒューマノイド同士の喧嘩だった。両人、散々にわめき散らして、やじ馬たちも集まって囃し立てている。

 ポップルはそれを見て、びっくり驚いた。機械の体の二人が、ボカボカ殴り合っている。誰も、それを止めない。ゲットやジョーもだ。

 ゲットの服の裾を掴んで「止めないの?」と聞いてみたが、帰って来た返答は「なんで?」だった。

「特に珍しくもねーじゃん。みんな、喧嘩はするのも見るのも大好きだからな!」

 本当に、火文明って喧嘩が大好きなんだ、とポップルは改めて知った。彼らは優しいけれども、喧嘩好きと言うのも嘘ではないんだ。

 自然文明なら……少なくともスノーフェアリーの村でなら、喧嘩なんて起ころうものならみんなやってきて止めにかかる。無駄な争いは、秩序に背くことだとされているからだ。

 勿論、大自然の中で生きていくには壮絶な戦いも必要だ。ジャイアント・インセクトとコロニー・ビートルが卵を必死で奪い合うように。けれど生きるための戦いに関係のない、ただ意地の張り合いで起こる争いは非秩序を産むだけのもの、極力避けなさい、と、教えられる。

 喧嘩がするのも見るのも楽しいなんて、思っても見なかった。特に、する分には痛いだけのものじゃないかと思っていたから、喧嘩に楽しさを見出しているという発想が、彼女には本当に新鮮だった。ここは本当に火文明なんだと、ポップルは町中に漂うランプの匂い以上に、強く実感させられた。

「さてと……どうすっかな。ガラのいい店……なんてねえもんな」ジョーは呟いて、ポップルとゲットを手招きし、一軒の酒場に入っていった。

 

 

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