Saga of Creatures   作:hinoki08

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紅戦線の来客 4

 

 酒場の中は、さらにガヤガヤ賑わっている。耳が痛くなるほどだ。ゲットとジョーはよくここに来るのか、「おっ」と声をかけられている。

「久しぶりじゃねーか、ジョー」

「ゲット、体壊したって聞いたぞ、大丈夫だったか?」

「ん? その後ろの子、誰だ?」

 もの珍しそうに酒場の中をきょろきょろ見ているポップルを指さして、ヒューマノイドの一人が言う。

「迷子なんだよ。ゲットが拾って来てな、オレ達紅戦線で預かってるんだ」

 適当なテーブルにゲット達を座らせながら、答えるジョー。カウンターの方に適当に彼らの分を注文しつつ、周囲のヒューマノイドに聞く。

「んで、手掛かり探してんだけどよ、誰か、黒豹のビーストフォーク見たって奴を聞かねぇか? 体のでっかい女らしいんだが」

「いや……しらねーな、そんなん」

 ヒューマノイドたちは首を横に振る。その間も、ポップルは店の中をきょろきょろ眺めていた。

 こう言う狭くて騒がしい酒場、と言うのも、自然文明ではやはりあまり見ない。広場に集まって皆で飲み食いして騒いだりすることはよくあるけれど。そこら中に所狭しと置かれている道具類も、どれもこれも自然文明では見ない物ばかり。目に入るすべてが、新しく得る情報で、落ち着きようがない。

「オレ達の隊の奴らにも聞いてみるよ、なんかあったら紅戦線に言やいいんだな?」

「ああ、頼むぜ」

「なあ、そんなことよりよ」と、また別のヒューマノイドが肩を叩く。どうやら既にもう、出来上がっているようだ。

「なかなかご無沙汰だったじゃねーか? 久しぶりに勝負しようぜ」

「わりーな、したいのはやまやまだが、さすがにガキ二人預かってるからよ」

「あん? 怖いのか?」

 そう言われてジョーの方もカチンとなったと見えて、カウンターをバンと叩くと「親父ぃ! ショット20個ずつ持ってこいや! いや……オレの分だけは30個だ!」と叫んだ。

 たちまち店の中の客もわらわら囃し立てながら集まっていく。店員の方も楽しそうに返事すると、他の注文を作る手を全部止めて、50個のショットグラスに酒を注ぎ始めた。何となく、何が起こるのかは流石にポップルにも分かった。

「ゲット、あんなにお酒飲んだらあぶないよ、止めないと」

「平気だって。ジョーって酔っぱらったことねえもん」

 ゲットはケロッとしている。結構、よくあることなんだろうか。そう思ったポップルは人ごみに囲まれてしまったジョーのいるカウンターの方から目をそむけて、また周りの物を見ることにした。店内はうるさいほど、盛り上がっている。

 調度品を作る素材も、自然文明のものとは全然違うように見える。木や石じゃなく、銅だったり……自然文明では本当に見かけない、ガラスだったり。みんな細かく傷がついて、この暑い熱気の中で相当使い込まれているように見えた。第一それを握るヒューマノイドの手がほぼ金属なのだから、そりゃ傷も付きやすいだろう。

 自然文明のものと全然違うのは……彼らのテーブルに置かれている、ひびの入ったショットグラスに申し訳程度に飾られた、しおれかかった花にしてもおんなじだった。こんな岩肌の地でもやはり花は咲くらしいが、彼女が見ない形であるのは勿論のこと、自然文明のものよりなんだか活気がない。形も小さいし、赤い色もくすんで、元気がないようだ。

 ポップルはそっと手に取って、眺めてみる。雑に切られた茎の切り口はしぼんでいる。もうすぐ枯れてしまうんだ。花が大好きなポップルは少し、悲しくなる。

「それ、花だぜ」ゲットがそんな様子を見て言ってきた。「自然文明には花、ねえのか?」

「ううん。逆なの。自然文明にはもっと一杯、大きくてきれいなお花があるよ。火文明のお花って、自然文明のお花と比べて、なんだか元気がないみたい……」

「そーなのか……?」ゲットは首をかしげた。

 こんなに元気にあふれている土地なのに、なんで花は綺麗に咲かないんだろう。少し、ポップルが悔しく思った時の事だった。扉に括り付けられたベルが鳴って、また一人ヒューマノイドが入ってきた。機械の釣竿を持っている彼は、くすんだ銀色のバケツをもう片手にぶら下げて、入ってくる。

「おっす、親父ぃ! イキのいいの釣れたからよ、さっそく捌いてくれよ、これ!」

 飲み比べの大騒ぎの中、彼がマイペースにバケツから取り出したその魚に……いや、フィッシュに、ポップルは目を見張った。

 釣りあげられて、尾を握られてなおビチビチと勢いよく動くそのフィッシュの、つるりと鱗に覆われた姿、厚い唇……そしてその奥でガチガチと二重奏で敵を威嚇する歯の並び方。見覚えがある。あれは、盗賊の盾と一緒に釣り上げた狩猟魚だ! 

「ゲット、あれ……!」

「ん……!? 自然じゃ、見ねえ魚なのか?」

「違うの! 自然でもたくさん釣れるお魚なんだよ!」

 興奮気味に言うポップルに、ゲットは「えー……なんだよ、つまんねえの」と返す。先ほどからずっと、これは火にだけある、これは自然にだけあるの話をしていたのだから、そうもなるだろう。だがポップルはぶんぶんと首を横に振って「ううん、違うよ……むしろすっごく、楽しいよ」と返してきた。

「火文明に来てから見るもの全部違うものばっかりで、なんだか別の世界に来たみたいな気分だったけど……そっか、同じお魚が釣れるんだ、同じものがあるんだって、今日初めて思えて……! 火文明も自然文明も、全然違うけどおんなじ星の上の文明なんだなって、あたしたち同じ世界に住んでたんだなって思えて……なんだか、すごく楽しいの!」

 ポップルは一所懸命、自分の感動をそう言葉に起こした。そうか。自然も火も、地続きだったんだっけ。自分が自然文明で生きていた間、火文明の皆もこうして生きていたんだ。自分の想像の及ばない土地で、自分と同じ魚を食べていたんだ。

 初めて味わう感動だった。ゲットもそれを神妙に聞いて「そっか……確かに、そうだなっ!」と同意した。

「確かに……これ食ってるのなんてオレ達だけじゃねーかって思ってたけど……自然文明でも食べられてたんだ。それって確かに……すげーことだな!」

 自分の生きてきた文明以外を知らなかった子供二人は、そう笑いあう。ポップルは改めて、グラスの中の花を見てみた。

 そうだ、これにしたって、花であるのは自然文明と同じなんだ。自然文明の綺麗な花、火文明の冴えない花、なんて思えるものじゃない。火だろうと、自然だろうと、花はしおれるときにはしおれるし、しおれかけの花が元気がないのは当たり前だ。

 ……試してみようか。火文明のマナと、語り合ってみようか。ポップルはそう思って、ベルトに刺してあったタオパブの杖を抜く。そしてその小さな花の上にかざして、精神を統一した。まだ飲み比べは続いていて、ゲット以外は誰も、そんな彼女など気にも留めない。

 

 マナを感じる。熱い、マナの奔流を。よそ者じゃないか、お前の言うことなんて聞きたくないよ、捕まえられるもんなら捕まえてみろ、とでも言いたげに、暴れ回られているかのような感覚だ。けれど……マナの魔術師はマナを無理やり支配するものではない、とコートニーから学んだ。別に、捕まえようなんて思ってないよ。精神世界の中で、彼女は語りかける。

 マナは、自分たちを育む偉大な大地のエネルギー。支配するものではない。むしろ、力を貸してもらうもの。自然文明のマナの魔術師は、その精神を忘れてはならない。

 無理に捕まえようなんて思ってない。けれど、力を貸して。貴方達の力を欲しがっている子がいるよ、と、彼女は心の中でマナと語る。はっきりわかる。火文明の花も、自然文明のマナより、火文明のマナを欲しがっているのだ。やがて、マナたちの強烈な抵抗を感じなくなった、杖に、手ごたえがある……! 

 

 そして、彼女の目の前で、ショットグラスに刺した花は、一気にぱあっと花開いた。

 

 それを見て、ポップルは今一度驚く。こんなに、綺麗な花だったんだ。確かに大きさは小さいけれど、それでも燃え盛る炎のような真っ赤な花弁が勢いよく何層も立ち上がって、ショットグラスに活けられていることも相まって、暗闇を照らすランプのようだ。春の魔術師であるポップルの魔力とマナの力を受けて活き活き再生した火文明の花は、フィオナの森に咲く花に負けず劣らず、美しかった。

 そしてそれを見て……ゲットもゴーグルの奥で目を真ん丸に見開いていた。目の前でいきなり、しおれた花が満開に戻ったのだ。

 しばらく呆然としたのち……彼はガタリと椅子から立ち上がって「ポップルって、すっげーなっ!!」と興奮気味に叫びながら、彼女の手をタオパブの杖ごと握った。

 

「これか……? これが、魔法なのか!?」

「うんっ……良かった、見せられて!」

「魔法ってすっげーな! 信じらんねえ! ポップル、こんなことができるんなら凄いつええ魔術師なんだろっ!?」

 ポップルは照れ笑いして顔をピンク色に染めつつ、「ううん、あたしはまだまだ全然、新米だよ」と返した。

「マジか! じゃあ自然文明の奴らはもっと強いのか!? へー……会って、戦ってみてえかもな……! でも、火文明も負けないけどな!」

 目の前で楽しそうに興奮するゲットを見て、ポップルも照れくさくなる。花を咲かせるのが得意であるということを差し引いても、自分のしたことは自然の魔術としてはごく、基本的なこと。それにここまで驚かれることに戸惑わないではないけれども、それでも褒められれば嬉しいものは嬉しい。

 それと……魔術がちゃんと使えたのも、嬉しかった。やっぱり、マナはマナなんだ。ちゃんと力を貸してくれるんだ。苦手な氷の魔術は苦戦しても、得意な春の魔術なら何とかなる。

 ……マイキーが言っていた。ロック・ビーストと言うクリーチャーたちの熱気から自分の体を守るために、氷の魔力が一時的に強まったのかもしれない、と。ビーストフォークの戦士たちは体を鍛えるために、体にとってキツいはずのトレーニングをする。そのくらいは知っている。ならば、氷にとってきついこの環境でこそ……自分の氷の魔術も、磨かれはしないだろうか? 

 盗賊の盾に会うまでに、自分がする目標ができた。いい機会だ、氷の魔力を磨こう。最低でもこの火文明でも、浮遊結晶を作れる程度には。

 と、そう決意したポップル達のもとに、漸く料理が二人前運ばれてくる。そう言えば難破してから、今日一日何も食べていなかった。思わず、ポップルの腹がなる。目の前に置かれたのは、シチューに似ていたけど……変に相当スパイシーな香りがした。

「これ、何?」

「カレーだぜ。自然文明にはねえの?」

「うん、初めて見るけど……でも、おいしそう!」

「だろ!? オレ、世界一好きだからな!」

 頂きます、と言って、スプーンを取って、ポップルは目の前のカレーライスを一口、すくって口に運ぶ。と、その瞬間……。

 

 

「アカン……もうムリ……」

 バタンと後ろにぶっ倒れた相手を見下ろしながら、ジョーは軽々30杯目のショットを飲み干した。周りは大盛り上がりだ。

「ん、いらねーのか? じゃあ残り、オレが貰うからな」

 と、相手の分のショットも3つ一気に飲み干し、「んじゃ、払いは頼むぜ」と、顔を覆うマスクの口もと部分を漸く装着しなおした。33杯飲んでなお、頭は素面同然だ。

 さて、ゲットとポップルを待たせて悪いことをしてしまったな、と彼が席から立ち上がって踵を返した途端……「ジョーォ!」と、あわててやってくるゲット。

「お、おい、どうしたんだよ!」

「ポップルが、また顔真っ赤にしてひっくり返ったぁ!」

 泣きそうな勢いでそう言うゲットの指さす方向を見てみれば、言葉の通りになってテーブルに突っ伏しているポップル。

「お、おい、どうしたんだ!」とジョーが慌ててゆするが、ポップルは朦朧としたように一言言った。

「か……かっらい……」

「?」その一言に首をかしげるジョー。また、マスクの下半分を取り外し、自分でも一口食べてみる。

「……っかしいなぁ。ガキ向けだし甘口って頼んだんだけど……そんなに辛いかな、これ」

 ゲットも自分の分をむしゃむしゃ食べながら、その味自体にはけろっとして「どうしちゃったんだろ……」と不安げに言う。

 火文明の料理は信じられないほど大量に香辛料を使うのだと、ポップルは初めて知った。赤ん坊の頃からそれを食べている彼らにとっては、全くそれが当たり前なのだと言うことも。

 

 

 ●

 帰る頃には、とっぷりと夜になっていた。

 ジョー・リザードの背に揺られながら、火山要塞ヴァルに帰る。ポップルは結局、火文明の料理のあんまりの辛さに失神してしまった。後ろが静かなのでジョーが振り返ってみると、いつの間にかゲットも寝ていた。話し疲れたのだろう。

 火文明の空は夜でも蒸気と煙に包まれて、自然文明の夜空とはいささか様相が違う。ポップルが起きていれば、盗賊の盾と一緒に見た海上の星空に比べれば曇った星空と映っただろうが、生憎、その時起きていたのはジョーだけだ。火文明の空しか知らないジョーの目からすれば、珍しいほど澄んだ星空だった。

 そう言えば、あの日の夜も、こんな星空だった。ふと、思い出した。あの日も、自分はゲットと一緒に……と言うよりゲットのお守りを任されたと言うべきか……基地の警備をしていた。

 綺麗な星空に、突然ゆらゆらと現れた。虹色のカーテン状の光。オーロラ、と呼ぶそれを、ゲットもジョーも初めて見て……思わず、その美しさに見とれたものだ。

「なあ、ゲット……」

 寝ている弟分に、彼はぼそりと言う。あの時……不意にゲットが『ジョー、何か言った?』と聞いてきたのだ。『いや、なんも』と返して……口をつぐんだ。自分がしようとしていた質問を先にされた。その事への戸惑いの方がその時は大きく、それ以上何か言う気にはなれなかったのだ。

「あの夜、もしかしてお前も、オレと同じ声を聴いてたのか?」

 寝ているゲットは答えない。変なことを聞くよ、我ながら、と思いつつ、ジョーは空を眺めた。オーロラの浮かんでいない空を。

 あの言葉を自分に向けて言ったのは、あのオーロラなのだろうか。『危機を乗り越える勇気が君にはあるか?』と。

 

 

 基地につく頃には、漸くポップルも目が覚めた。「舌が……まだヒリヒリします……」と言う彼女に、ジョーは水筒の水を渡しつつ、もう片手でゲットを叩き起こしていた。

 紅戦線基地は夕飯の途中らしい。ワイワイ騒ぐ声が大広間の方から聞こえる。その流れてくる匂いを嗅いで「そっか、そういや今日は基地もカレーだったな」と、ジョーは言った。

「あんま、外食した意味なかったな」

 だが、それを聞いて……ポップルはさっと血相を変えて走り出した。ご飯どき、もしも食いしん坊のクルトがもう目が覚めていたら……そしてあの、一口食べただけで卒倒するほどの激辛料理にいつもの調子で食らいついていたら……と思うと、恐ろしくなったのだ。

 戸惑うジョーを置いてけぼりにして、食堂の方向なんて知らなかったが、声のする方向に向かって走り去った。酒場にも負けない賑やかな笑い声がどんどん近づいてくる。やがて大きな扉に辿りつき、ポップルは重いそれを一生懸命開けた。そうしたら……。

 

「お前、光文明なのに愉快だなぁ! なんつーか、意外だわ!」

「ほんとほんと、光の奴らもこんなガツガツ飯食うのかよ!? 何か機械みたいな姿って聞いたけどよ」

「えー、みんな、食べないヨ。でもボクは食べるヨ! 地上のご飯、美味しいんだモーン! ご飯は、光より地上の方が上だよネー!」

「分かってんじゃねーか! おい、オレのもちょっと食っていいぜ!」

 和気あいあいとヒューマノイドと打ち解けて、平気の平左でパクパクカレーライスを食べているクルトの姿が目に入った。

「アっ、ポップルちゃん!」

 クルトはポップルに気が付いたようで、振り返る。そして手のパーツをぶんぶん振る。

「お帰りなさーイ! ねえねえ、火文明のご飯ってピリッっとしてて、美味しいネー!!」

 ……どうやら、完全な杞憂だったようだ。取り越し苦労のせいか、安堵か、全力で走った疲れからか、ポップルもさすがにガクッと肩を落とした。

 

 

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