「いえ、そもそも、あの……これは、エメラル様の番号では? な、なぜ、貴方が……?」
『え? 何言ってんの? 君、今は臨時でブルーグレー商会の社員でしょ』
当たり前のように返してくるアクアン。
「は、はあ、そうですが……」
『だから、君がもってくる情報は、今は全部ボクのものだよ。当然でしょ』
通信機器の向こう側から聞こえてきたその言葉に、アクア・エージェントはぎょっとする。彼の言わんとしていることが、エージェントにも理解できたからだ。
「あ、あのう、アクアン、様……」アクア・エージェントはそれでも言い返す。
「こ、これは諜報部の管轄にまつわる情報でして、貴方様にお渡しするわけにはいきません。それに貴方様にとっても無関係かと……」
『キミがそこまで急ぐ情報が、ボクにとって利益にならないわけないね』バッサリ、アクアンはそう切り捨てた。
「し、しかし、貴方様に渡すと……」
『それに、キミは今は諜報部じゃなくてブルーグレー商会の所属だって言ってんでしょ? ちゃんと労働契約も交わしてるんだ、ボクは何一つ理不尽なことは言ってないよ。キミがとってきたものは、ブルーグレー商会のもの。ブルーグレー商会のものはボクのもの。ボクがボクのものをどう扱おうが、それこそキミに関係ないね。キミにあるのはボクにそれを教える義務だけだよ』
「……」
『それとも、なんだい?』と、アクアンは続ける。
『違約金を払うってんなら、別にボクはそれで構わないけどね。ただ、キミに払える額だったかどうか……』
「申し訳ありませんでしたっ!」金の話を持ち出されて、とうとうアクア・エージェントも兜を脱いだ。
「(お許しください、エメラル様……)」と、心の中で呟いて。
「『ジェノサイド計画』……闇文明は火文明と手を組み、自然に再度侵攻を目論んでいる模様です……!!」
●
「へー……そりゃ、面白いや」
水文明はアカシック3、ブルーグレー商会オフィスの社長室で、アクアンはアクア・エージェントと通話し、彼からの連絡を詳細に聞きながら上機嫌で笑った。
「オーケー。その情報にもちゃんと、目を光らせといてね。契約期間中は逐一、ボクに報告するように。……安心しなよ、ボクだって黙ってても、なんも得はないからさ。エメラルにはちゃんと伝えてあげるよ、にひひひ。じゃあね!」
通話が切れる。背後でフェアリー・キャンドルがデータの整理をしつつも、送られてきた情報に驚いていた。
「どうしたの? キャンドルちゃん」
「い、いえですわ……急な話過ぎて、どうにも……」
「にひひ、確かに急な話だよね。ボクだってこう見えて、物凄く驚いてるさ」とアクアンは返答する。グルン、と椅子を回してフェアリー・キャンドルの方に向かい合いながら。
「闇と火、光と自然が組んでの大規模な世界戦争……! いったい、いくらの儲け話に発展するんだろうね?」
「……」
絶句するキャンドルに、アクアンは続ける。
「まあ、でもまずは……エメラルから搾り取っちゃうのが一番先だね! ……にひっ、エメラル風情がボクからたかろうなんて、200年早いんだよ。景気づけにたっぷり、お返ししてあげなくちゃ!」
「……」
「どうしたの?」
「さすがの社長ですわ、と思いましたの」
その言葉に尽きた。
世界の五分の四を巻き込む大世界戦争が勃発するかもしれない、と言う事態にあたって、真っ先に出てくる思いが、武器商人である自分の利益。……サイバー・ウイルスでありながら通常のサイバーロードよりは金好きで通っている自分ですら、さすがに世界の行く末の不安が一番先には出てきたのに。
けれどこんな相手だからこそ……仕える意味もあるというもの。彼が金に愛されるのは、誰よりも金だけを愛しているからだ。そして当のアクアンはきょとんとして「どういうことさ?」と言い返してきた。
●
……ところ変わって、紅戦線は夕飯の時間だった。
あの後、ボーグが考え続けているあたりで扉がノックされ、「ボーグ、夕飯できたよ」と、兵士の一人が連絡してきたのだ。
あと一息で行けそうなところに水を差されてハウクスは面白いことはなかったが、まあそうなってしまったからには仕方がない。まだ、押しようはある。
「申し訳ございませんね、御呼ばれしてしまいまして……」
「……地上の飯がどれほど、お貴族さんの口に合うかはわからんがな」
ボーグは自分の隣に座ったハウクスに、ぶっきらぼうに言い返す。
広い食堂に、ぞろぞろ紅戦線のメンバーが集まってくる。それに混ざって入ってきた姿を見て「おや」とハウクスは立ち上がった。ゲットとポップル、クルト達が入って来たのだ。
ハウクスは彼らの方につかつかと歩き、「やあ、おちびさん達」と、ポップルに声をかける。
彼に気が付いたポップルは、急いでクルトを庇うように抱きしめ、前髪の奥から彼を睨み返した。昼間の言葉を忘れていないのだ。ゲットもさっとポップルを後ろに庇うようにして警戒する。ハウクスはそれを受けてケラケラと笑い、「おやおや、本当に嫌われてしまいましたね」と発言した。
「先ほどは申し訳ありませんでした、無礼が過ぎましたね。お許しいただけますか?」
そう言って、ポップルの方に右手を差し出す。
ポップルはしばらく無言で、彼を見ているままだった。ダークロード。これが、ダークロード。初めて見た。
おそらく盗賊の盾に昔大怪我を負わせた相手とは違うのだろうが……それでも、歴戦の冒険家であった彼女に、唯一恐怖を植え付けた相手と同じ種族。昔、フィオナの森を支配していた、悪の魔術師たちの意志を継ぐ者、ダークロード。
ピリピリと張りつめたものを感じる。旅に出てから、初めて感じるものだった。平和を愛する自然文明の民とは違うもの。だがジャイアント・インセクトたちの生きるための獰猛さとも違えば、火文明の激しくも真直ぐな闘争心とも趣が違う。重く張りつめ、ぎすぎすした心が、魔力になってあふれ出ているかのような男だ、と彼女は感じられていた。魔力に通じない種族であるヒューマノイドには、感じられないのだろうか?
何と言っていいのか、わからない。クルトは今は震えてはいないようだけれど、彼の方を向こうともしない。何となくだが、自分にも分かる。クルトが怯えたわけが。
……けれど、ハウクスはじっと黙ったままだった。自分を責める様子もないように。とうとうポップルの方が口を開き「……はい。もう、大丈夫です」と返答した。
「それはよかった!」
ハウクスはその言葉に対して笑うような声を出し、右手をさらに付き出した。それから、ポップルは、何か……ひやりとした魔力を感じ取る。体がすくむような思いだった。手を取るべきか彼女が迷っていると……またしてもゲットが、彼の手をはじいてくれた。
べえ、とハウクスに舌を出すゲット。「おやおや」と、ハウクスも、それで機嫌を損ねる様子は見せなかった。
「坊ちゃん、お名前は?」
「ゲット! 小さな勇者ゲットだ!」
「そうですか、ゲットさんですか」と、ハウクス。
「実にお元気で、結構ですね。お子様は腕白であるに越したことはございません」
「お前に褒められても嬉しくねーよ!」と、ゲット。
「お前なんか大っ嫌いだ! ボーグだって、お前の言うことなんか聞かねえぞ!」
「おやおや、それは……わたくしとしては、それだと困りますねえ、弱った」ハウクスは口に手を添えて、薄く笑う。
「まあ、大人には大人の事情と言うものがありますから」
そう言い残して、ハウクスは自分の席に帰っていく。「ポップル、クルト、大丈夫か?」と、ゲットは振り向いた。
「う、うん……ありがとう、ゲット」
「ボクも平気、ありがとネ」クルトも、どうにか落ち着いているようだ。
「気にすんなよ! オレも、あいつ大嫌いだからな!」
嫌い、と言うべきなのだろうか……ポップルは神妙に考える。嫌いとか、怖いとか、侮辱されたことをまだ根に持っているとか……自分がハウクスに感じた違和感は、そうではない気がした。
ただ、あの手が怖かった。あの手を取ってはならないようで……まるで抜き身の刃物を突きつけられているかのように、自分に差し出された右手が、恐ろしかった。
闇侯爵ハウクス。ダークロード。
何か知らないが、気に入らない。良い予感がしない。ゲットが彼に抱いている感情が、それだった。
謝られたって、褒められたって、全く嬉しくない。自分たちの事を内心では見下しているのが、子供の自分からですら丸わかりだ。ジェスや、光文明の面々から感じたものと同じものを感じる。
「(光と闇は仲が悪い、なんて聞いたことあるけど、その癖に似た者同士なんだな)」と今彼は感じている。威張り腐った、嫌味な奴ら。
自分達が好きなのは、戦士同士の対等な戦いだ。闇が自分たちと一緒に、それができるような気はしない。何より闇は、友達であるポップルの故郷を傷つけた相手だ。良い奴らのはずがない。
ボーグは、機神装甲を着るくらい、戦士の中の戦士だ。そのボーグが、彼に何を話されているかは知らないけれど……彼の言うことなんて、聞くはずがない。……そのように、ゲットは考えている。
だって強い戦士は、正しい心を持ってこそなのだから。正しい戦士が、悪い奴の言うことを聞くはずがない。
「何、難しい顔してんだ? 腹痛いのか? 夕飯いらない?」
と、後ろから声をかけられた。今日の配膳係の一人の、ムラマサだった。……その最後につけられた縁起でもない言葉に、ゲットもあわてて反応する。
「痛くねえ! 食べる!! 夕飯いる!!」
「はいはい、今日はソーセージピラフだぜ」
使い込まれて光沢の失われた銀色の皿には、赤いピラフがこんもり盛られて、湯気を立てている。これも味付けは火文明流の超スパイシーな代物。具になっているのは、デューンゲッコー肉のソーセージだ。
なんだか最近、食卓に上がる肉と言えばソーセージばかりになった気がする。……と、ゲットは思う。無論、食糧不足の影響だ。上質の肉がどんどん貴重になりつつあるのだ。最も彼にはそこまでは分からない、むしろソーセージ大好きだしいっか、と言う所で思考が止まった。
「ポップルちゃんにはこれな」
「あっ、ありがとうございます! いただきます!」
ポップルの前に置かれた物だけ、白いピラフ。彼女には火文明の味付けは辛すぎるらしいと分かってからの、特別措置だ。大丈夫なクルトの分は無論のこと、真っ赤っ赤。
「あれ、そういや……」と、ムラマサ。
「ほかの文明から来た人に、火文明の料理食べさせても大丈夫なんかな? ポップルちゃん、気絶までしちゃったみてえだけど……」
ムラマサが目を細めて見た先には……ハウクスの姿。……ボーグは一切、気づいていないようだ。ちなみにその二人の前には、いの一番に配膳されていた。
「いいんじゃね? 別に」と、ゲット。ムラマサも「そうだな、いっか」と飲み込んだ。
「出しちゃったもんは仕方ねえし。俺も、なんかあの人好きじゃねえし」
そのままワゴンをガラガラ押していくムラマサだった。やがて全員に配り終わると、喫食の号令がかかる。特別な信仰を持たないヒューマノイドには食事の前に祈りを捧げるような文化もなく、たいてい、さっさとバクバク食べ始める。ちなみにポップルをはじめ自然文明では、全ての恵みを与える精霊と予言者、そして世界樹、フィオナの森へ感謝の意を込め、いただきます、と言う。スノーフェアリーの里では簡素にそれだけであったが、より信心の深い地域では、それらに順繰りに一つずつ、祈りの言葉を捧げるそうだ。
むしゃむしゃ食べながら、ゲットはハウクスの方を見る。……けれど、一向にポップルがなったようにひっくり返る様子は見せない。相変わらず余裕綽々と、ボーグと何か話している。
ちっ、つまんねーの、と、彼は心の中で呟いた。
「んー! すっごクおいしいネ! パラパラしてテ、ちょっぴり辛いのもいい感じデ! ポップルちゃん、一口食べル?」
「え? ……い、いや、あたしはいい……」
……さて、食事も終わった頃。「では、今日はそろそろお暇させていただきましょう」と、ハウクスは言った。
「結構なおもてなしを頂きまして。貴方方が闇に来た際には、我々も精いっぱいもてなしましょう」
「……それはそれは、どうも」
「近いうちに、また伺いますよ。不死身男爵殿。……色よい返事を、お待ちしております」
そう言って彼は、外で待たせてあったギガスタンドに乗り込んで、暗闇の中何処かに消えていく。
……けれど、少々意外だ、とボーグは思った。
意外と早く帰った。てっきり、食後にもう一息、押してくると思っていたのだが。
「……ッハァ!! ふざけてんでしょうかね! わたくし、ヒューマノイド共に嫌がらせされたんでしょうかね!? どうなんでしょうかねッ!?」
『アーッハッハッハ、そんなに凄いの、火文明の食べ物って? いやー災難だったねー、ハウクス~』
火文明の某所。ハウクスの野営場所。……そこで彼は、水晶玉で闇文明のアザガーストと交信しながら、ガブガブ水を飲んでいた。
『凄いと言う話ではありません。味がしません、ただ辛いだけです、体が……体が奥から焼けただれる……!! もう一生食べませんからね、わたくしは……!!」
……彼にとっても、火文明の料理は火を噴くほど辛かったのだ。ただ貴族のプライドで、必死に顔に出さなかっただけで……。水晶玉の向こうのアザガーストは大ウケの様子だが、本人にとっては笑い事ではない。
『辛い物に水は逆効果だよー。アイス食べなよ、アイスクリーム。今からそっちに送るからさー。ちょっと待ってよね、バグザグールに持ってこさせる』
「いえ、お構いなく……」
『そーお? 強がりは良くないよー』
玉の向こうでしばしゲラゲラ笑っていたアザガーストはようやく少し落ち着いたか、『いやあ、でもキミの報告は面白いよ。火文明ってつくづく、楽しい連中だね』と言ってきた。
『僕は好きだよ、そういう子たち。キミが火に協力を要請するなんて言い出した時は、正直驚いたけど……聞けば聞くほど、味方に欲しくなっちゃうなぁ』
「……でしょう? 光に対する自然を、我々もようやく得られるかもしれません」
きゅぽ、と水袋から口を離し、そう返答するハウクス。
「吉報をお待ちを。何もかも、うまく進めて見せま……ウッ」
次の瞬間、またしても水袋を咥えるハウクス。水晶玉から『だからー、水飲むのは逆効果だって言ってるじゃん……』とアザガーストが言っていた。
●
……ところで、西の、ボルシャック渓谷。ここでも、ドラゴノイドが夕食の時間だった。
ワイワイ騒がしい中、「そういえばさ、知ってっか?」と、一人のドラゴノイドが言う。
「何を?」
「なんか、一人でこの基地目指してやって来てるヒューマノイドがいるっぽいぜ。ドラゴノイドをバッタバッタなぎ倒してさ」
「アッハッハ、マジで? 一人で!?」
「すげーな、本拠地破りでも考えてんのかよ……! まっ、返り討ちだけどな!」その身の程知らずな「ヒューマノイド」の噂で、夕食の席は大盛り上がり。上座で食事をとるユーカーンも、それを聞きつけた。
そんな身の程知らずにやられるほどドラゴノイド基地は甘くないが、穏やかな話ではない。耳に入れていく必要はあるだろう。
彼らを呼びつけ、「どんなヒューマノイドだ? 知っているだけでいい、詳しく話を聞かせろ」と、ユーカーンは言った。
「えーっと、何か全身古い鎧で、顔は見えねえらしいんすよ」ヒューマノイドには、顔や体をすっかり覆っている兵士は、全く珍しくない。ドラゴノイドとしても見慣れているから、それは大した特徴ではない。
「体はでっかめな方で、声からするにババアのヒューマノイドみたいらしいんすけどね、あっ、そうそう!」そのドラゴノイドは思い出したように、手をポンと打つ。
「なんかすげえ、古めかしいでっかい盾を持ってるみたいっす!」
……それを、一人のドラゴノイドの若い戦士が聞きつけた。「ちょっといいか?」と、王が会話している最中にも関わらず割りこんで来た彼は……エグゼドライブだ。
「その盾って、もしかして……いろんな剣や武器を、周りに刺してる?」
「え? ……ああ、確かに、そう言ってたような気もするな」
「知っているのか? エグゼドライブ」
ユーカーンもその非礼をとがめはせず、聞きなおす。「うん、まあ……」と、エグゼドライブ。
「昔の知り合いっつーかなんつーか……かもしれねえです。ユーカーンさん、ちょっとそいつの件、俺にまかしてくれませんか? 俺の知ってるその人なら多分、本拠地破りとかじゃないんで……」
●
『ちょ、ちょっと困るよそんなのさすがに!』
『にひひ、いくら出したって困るってことはないでしょ。諜報部長官のキミだ、どれだけ金を失おうが、この情報の詳細を掴めないより困るなんてことはないはずだよ』
『け、けれどね! そのおかげで水文明全体の情報対処への動きが遅くなったら、君の商売にも響くはずじゃないのかい?』
『ボクは役人じゃない、商人だよ。そうなったら自分で勝手に仕事を作って稼ぎ出すまでさ。キミにとって情報を掴めない事みたいに、ボクにとって金が掴めない事より、避けたい事態はないからね』
『こっ……の、ドケチ!』
『キミに言われたくないんだけど? キミに売りつけられたもの……ぜーんぶ、記憶してるんだからね。なんだったらどのくらい相場とかけ離れてたか、片っ端から言ってみようか? まずね……』
通信機器から聞こえる会話。それを聞いてくすくすと、一人のサイバーロードが笑う。水中都市に住む電磁の貴族たちの中でただ一人、大人の顔立ちをした存在が。
『じゃあ、そういうことで! 物分かりが良くて助かるよ、にひひっ! じゃ、振り込みが確認できたらデータを送るからね、早いところ、よろしく。あ、そうだ。また思い出したことあったら、連絡させてもらうから』
彼らの通話が切れたタイミングで、通信をかける。
『また今日も、随分儲けたようだな、アクアン』
「にひ? 何の用ですか、エンペラー」
いきなりかかってきたモニター通信に、アクアンも面食らった。……だがすぐに、その訳知りのような言葉から、事情を呑み込む。
『なあに、ヒマだったのだ。話し相手が欲しくてな』
「ヒマで盗聴とか趣味悪いですよ」
『ははは、悪い。なに、「たまたま」通信を傍受してしまっただけだ』
モニターの向こうで、エンペラー・アクアは面白そうに笑うばかり。……どうも彼相手だと、アクアンも今一つ掴めないものがある。
『エメラルから搾り取るなんて、なかなかやるな。奴も非常に優秀なサイバーロードだと言うのに』
「別に……金の恨みは怖いってだけですよ」
『だからこそ、お前は大したものだと言うのだ。実体的には価値を持たぬ物流の媒介物……概念としてはその程度でしかない物にそこまで執着できるお前は、見ていて面白い』
「……エンペラー、あなたに似たんですよ。あなたも、知識に対するご執心は並大抵ではないですからね」
抑えたような声で、エンペラーが微笑む。
『やはり、闇と火が手を組んだか?』
「あなたぐらいの方だったら、とっくにわかりきってたことでしょ」
にひひ、とこちらも不敵に笑ったまま返答するアクアンに、『そうでもないぞ』と、エンペラーは言う。
『我々は魔力も、予言の力もない種族。どれほどにまで演算を重ねようが……その時にならなくては、「正解」は見えてこない。今の時点では、な……。まあ、答え合わせを逸りたかっただけだ』
答え合わせ。
……それは、嘘と言うほどの物でもない、その程度には本心なのだろう。そう思いつつ、逸るほどの物か、ともアクアンは思う。自分を除いては、唯一、そしておそらくは自分よりも早く……水文明のみを除いた世界戦争、と言う図式を見通していただろうエンペラーにとっては、そう焦りたくなるほどの答え合わせだったろうか。
結局のところ、信じられるのは……彼が、本当に暇なのだと言うことくらいだ。
『……そう言えば、お前も言っていたな。世界中が戦争して、我々水は安全地帯にいられると』
「にひひひ、もっとも光対闇と、これほどはっきりした図式をベースにしたものとなるまでは、確信できませんでしたけどね……」
『稼ぎどきだろう? ちょうど良い、好きにやれ。こちらは所定の税金さえ納めれば、たいていのお前の金儲けには干渉せん。エメラルの件もだ。まあ、ハメられた方が悪い』
「あら」と、アクアン。
「いいんですかあ、そんなお墨付きしちゃって?」
『ふん、お前を飼い馴らすなど、リヴァイアサンを水槽で飼おうと言うほど無茶な話だ』
「にっひ、身に余るご評価で」アクアンは笑って返答する。「じゃ、お言葉に甘えさせてもらいましょうかねえ」
『はは、相変わらず遠慮のない奴だ』
「ボク、貰えるものは何でも貰う主義なんで」
……《リヴァイアサン》。
それは、海に住まう惑星最大の種族。海中世界の恐怖の象徴「だった」。
海の中の様々な種族たちが、リヴァイアサンを手懐け海の覇者にならんと、太古の時代奮闘していた。だが彼らはあまりに、強大過ぎた。彼らを入れられる水槽はなく、彼らを繋げる鎖もなかった。無理な束縛は誇り高いリヴァイアサンを怒らせ、主とならんとした者達を無残に滅ぼすだけだった。
傍若無人に暴れまわる彼らにどうもできず、海の民たちは次第に諦め、ただ畏れるだけとなっていた。
そんな中、サイバーロードはどうしたか?
閉じ込めなどしなかった。繋ぎなどしなかった。ただ、泳がせておいた。
最初から、繋ぐ必要などなかったのだ。彼らを泳がせたまま、はるか昔、サイバーロードは彼らの背中に都市を築いた。
何よりも強いリヴァイアサンは、それだけで天然の要塞。しかもそんな彼らも唯一、自分の背中には手出しできないのだから。
サイバーロードはそうして、いつしかリヴァイアサンを支配した。そして海を圧倒的な破壊力と共に泳ぎ回る彼らの力は、他の水中種族たちを屈服させるに十分だった。狭い水槽に閉じ込めなかったからこそ、リヴァイアサンを利用できたのだ。傍若無人に泳ぎ回ればこそ、彼らは利用価値のある種族だったのだから。
……それに唯一気が付いたのが、サイバーロードの強み。そして彼らを、海の支配種族に押し上げた本質。
腕力もなく、魔力もない、最弱の種族でありながら。この過酷な惑星で、彼らはその知性一つで、繁栄を築いた。
……面白い事態になりそうだ。
エンペラー・アクアは自分も個人的に購入した『ジェノサイド計画』のデータを読み、そう思った。