「ふうむ……エグゼドライブの昔の知り合い、か」
「盗賊の盾、ってもんだ。お目にかかれて光栄だよ、ドラゴノイドの王様」
大広間の中でドラゴノイドたちの視線を一手に集め、盗賊の盾は恭しく頭を下げる。……出された火文明の菓子を割と遠慮なしにむしゃむしゃ食べつつ。……もちろんこれもほかの文明の民には相当味が濃いが、盗賊の盾にとってはむしろ、これくらいでなければ火文明に来たという気はしないのだ。
「こちらこそ。エグゼドライブから話は聞いている」彼女と向かい合せに座ったユーカーンは厳かに言った。ひとまず、彼女に敵意や悪意がないことは分かったのだ。
「奴の知り合いなら、こちらも力を貸すことにやぶさかではない。年若いが本当に優秀な兵士だからな。……知り合いを探しているとのことだったな。できる限りで、協力させてもらおう」
「ありがとう。ご親切で、助かるよ」と盗賊の盾は言って、懐から似顔絵を取り出す。
「こんな子なんだ。名前は『春風妖精ポップル』。スノーフェアリーの女の子さ。海で別れたんだが、その後手掛かりがなくってね……」
「……スノー、フェアリー!?」
と、その種族の名前を聞いてユーカーンの目の色が変わる……しかし、それと同時に、「あーー!!」と、似顔絵をエグゼドライブが脇からひったくった。
「ちょ……ブレイズ! ボンバット! ドラグストライクのアニキ!! ちょっときてきて!! この子……あの子じゃない!? 確か、自然から来たって……名前も、なんかそんな感じだった気がする!!」
「え!?」
驚く盗賊の盾と共に、名前を呼ばれた彼らもいそいそ集まってくる。似顔絵を覗き込んだドラグストライクが「確かに……似ている」と呟いた。
「名前も……そうだな、ポップル、と言っていた」
「あ、あんたたち、ポップルに会ったのかい!?」
「う、うん……」と、エグゼドライブ。
「俺たち、マナの採掘に行ったんだけど、その時ヒューマノイドとハチ合わせしてさ、その時ヒューマノイドと一緒にいたんだよ、マナを出す、こんな感じの、自然文明の子供が!」
「ヒューマノイド……!? するってぇと……全然、逆方向じゃないか……」
さすがにその事実に気勢がそがれたのか、盗賊の盾の両耳がペタン、とへたり込む。
「おい、エグゼドライブ! お前たちの会った自然の少女とは、スノーフェアリーだったのか!?」
バン、と、いい加減にユーカーンが勢いよく机から立ち上がって言った。彼の焦りはエグゼドライブには理解できなかったが……ドラグストライクは理解ができたらしく冷や汗を流し「……申し訳ありません。ふがいない事です」と返した。
「いや……お前とはいえ、本物のスノーフェアリーに会ったことはない。俺ですらそうだ。仕方がないと言えば仕方がないが……いずれにしても、そのような事なら」
「あのー、ど、どういうことっすか、ユーカーンさん!?」
「うむ……平たく言えば我々ドラゴノイドにとってその昔、大恩のある龍の巫女殿がスノーフェアリーであったのだ。異文明の種族とは言えども、我々にとっては依然、敬意を払わねばならぬ相手と言うわけだ」
と軽く説明し、ユーカーンはあらためてコホン、と咳払いをしてから盗賊の盾に向かい合う。
「盗賊の盾殿……よくぞ、我々を頼って下さった。ご心配召されるな。貴女がエグゼドラブの知り合いと言うことに加え……貴方の連れがスノーフェリーとあらば、助けぬわけにはいかん。この我々が丁重にお連れし、自然文明まで送り届けよう」
「……ありがたいことだよ、ドラゴノイドの王様。そう言ってもらえて、何より助かった」
「エグゼドライブ!」ユーカーンは低い声で鋭く言う。
「彼女の居場所は分かるか!?」
「紅戦線の連中と一緒にいたから、火山要塞ヴァルだと思うっす!」
「今すぐ出発しろ! お前とエグゼズ・ワイバーンが一番早いのだから」
「分かりましたっ!」そしてエグゼドライブは、盗賊の盾を引き寄せる。
「さっ、行くぜ、ばーさん! 火山要塞ヴァルまで全速力でかっ飛ばすぜ!」
●
日が暮れるまでには、帰らなくてはならないだろう。
ファイアー・バードとたくさん遊んだゲットとポップル、クルト達は、浮遊結晶に乗り込んでヴァルまで引き返していた。クルトは遊び疲れて、寝てしまっている。
「本当に、今日は楽しかった」ポップルはため息をついて言う。火文明に来てから一番、火文明を堪能できた気がする。
「火文明って、いいとこだね」
「だろ!?」自分の故郷をよく言われて、ゲットも本当にうれしそうだ。
「ねえ、ゲットも、自然文明に来てよ」
そんな彼に、彼女は言う。この雄大で豪快な火文明にも負けない、美しく、実り豊かな故郷、フィオナの森を胸に思い浮かべて。
「今度は、あたしがゲットに、自然のいろんなところ見せたいんだ」
「それ、いいな!」彼は元気よく返した。ゲットも、見てみたいのだ。岩山ではなく肥えた土と緑の森に囲まれた自然文明、自分では想像もつかないようなその世界を。
「オレ、絶対にポップルと一緒に、自然に行くからな! 約束するぜ!」
「うふふ……楽しみだね!」
そう会話しながら彼らは、火山要塞ヴァルに着いた。
夕暮れはもうじきに迫っている。太陽は少しずつ、光を失っていっている。
「あっ、ポップルちゃん! 探してたんだぜ!」と、ドタドタ走って来たのはムラマサだった。
「ムラマサさん! どうかしたんですか」
「ポップルちゃんの言う通り餌にマナを混ぜたら、オレのリザード、元気になったんだよ! せっかくだから見てほしくってさ」
「ほんとですか!」
ゲットも降りたタイミングで浮遊結晶を解除し、ポップルはムラマサと共に家畜小屋に行く。ゲットは大冒険の余韻に浸りながら、ぶらぶら基地の中を歩いていた。今日の夕飯は何だろう。と鼻をひくひくさせて。
と、聞きなれない音が聞こえる。あいつの声だ。あの、闇侯爵ハウクス。気が付けば、ボーグの部屋の前だ。
暫く来てないと思ったら。自分たちと入れ違いに来たらしい。
何だろう、いけ好かない。ボーグと、何を話しているんだろうか。
ドアに耳を近づけて、聞き耳を立てた。すると会話が筒抜けに聞こえてきた。
そしてその瞬間、背筋にぞくりと、悪寒が走った。
「……はい。このように、自然への侵攻は進むと考えられます。我々の全部隊と、さらに貴方方の戦力を動員すれば、見積もったところ、およそ……」
自然に、侵攻?
……さっきまで行くと約束してた、ポップル達の故郷に?
リビング・デッド、ゴースト、パラサイトワーム、キマイラ、デーモン・コマンド……聞きなれない名前がつらつら出てくる。何も分からないが……何もかも、何かおぞましい力を持つ者……自然文明、フィオナの森を滅ぼすためにハウクス達が用意しているものだと言うこと位は、いくらなんでも分かった。
そんな、なんで? ハウクスはその話のために、火文明に来ていたのか? 自分たちを、自然文明と戦わせるために? 自然文明のポップルと友達同士な、自分たちを?
けれど、次の瞬間……ゲットはさらに、頭が凍りつくような思いがした。
「それで……どこから、攻め込むんだ?」
ボーグが。
いつも、自分にも他人にも厳しい、毅然とした態度を崩さないボーグが。
「ふざけるな」と、言わなかった。彼はハウクスの話を聞いていた。まるで……もう自分も、自然に攻め込むことを決めたかのように。
バタン、と扉を開いていた。ボーグも、ハウクスも、彼の存在に気付いたようだった。
「ゲット……」と、ボーグも流石に驚いていた。
「……聞いていたのか?」
「おや、坊ちゃん、どうなさいました。怖い顔して」
「……大っ嫌いだ!!」
ゲットは、無我夢中で叫んだ。そして次の瞬間……ハウクスを、殴りつけていた。
ハウクスは不意をつかれ、椅子ごと倒れて床に転がる。……それでも「おやおや」と効く様子も見せず、マントの埃を払う彼を見て、引き続きゲットは怒鳴った。
「お前なんか帰れ! オレ達はお前らの味方なんかしねえぞ! ボーグ……なんでこいつら、追い返さねえんだよ! ボーグは、機神装甲なんだろ!? 心も体も……強い戦士なんだろ!? ポップルの故郷に攻め込もうなんて……しないだろ!!」
ボーグも、さすがに絶句していた。彼のその言葉で、一気に引き戻されたように。……だが、その絶句がもはや、決定的なものとなった。
いつもなら、ボーグは「勿論だ」と、すぐ言い返していたのだから。
ゲットが親のように見て育った、機神装甲ヴァルボーグであるのなら……。けれどその時、ゲットが見ている戦士は、何も言わずに、ただ、そこにいるだけだったのだ。
ゲットはそれ以上、何も言えなかった。ただ踵を返して、なんと形容すればいいのかもわからない激しい感情を行動に表わすように、全速力で、ポップルのいる筈の家畜小屋に向かった。
「わー……! ほんとに元気ですね。良かった……」
ムラマサ・リザードを上機嫌で撫でているポップルのもとに、ゲットが走ってきた。はあはあと、息を激しく弾ませて。
「あれ、ゲット」彼女も気付く。
「どうしたの? ねえ、見てよ、ムラマサさんのリザードね。こんなに……」
「来いよ」
彼は、ポップルの腕をつかんだ。
「え……?」
「いいからっ!」
そして、掴んだまま走って、引きずっていく。ムラマサの「お、おいおい……焼き餅か?」と言う、戸惑いだか、からかいだか、呆れだかの声も、聞こえなかった。
ポップルの手を掴んで、ぐいぐい引っ張って……どこに、走ればいいんだろう。
逃げて……それで、何かになるんだろうか。逃げたって、そんなこと、闇が自然に攻め込むことには何の関係もないのに。
ボーグのもとに連れて行くのか。でも……どうして、こんなこと言えるんだ。自分を守ってくれた人が、自分の故郷を化け物たちと滅ぼす計画を話していたなんて。
何かしたい。何かしなくてはならない。けど……その「何か」は、なんなんだろう。
「ゲット……やめてよ、どうしたの!」ポップルの声が聞こえる。
「離してよ、痛いよ!」
その声で彼もようやく正気に帰って、手を離した。走る脚も、止める。けれど……捌け口を失った名状し難い感情は、ますます激しく渦巻いていく一方だ。
「ごめん……ごめん、ポップル……」
謝って……それから、何をすればいいんだろう。
「オレ……」
なんて言えばいい? 何をどこまで、話せばいいんだろう。
ポップルも、彼の只ならない様子に気が付いてくれたようだ。「何か……あったの?」と彼女はゲットの肩に触れた。
「どうしたの? 苦しいの? 一緒に、マイキーさんの所に行く?」
「違う……違うんだよ、オレが慰められたって、何にもならないんだよ……」
自分は何で、こんなに頭が悪いんだろう。ゲットは生まれて一番かと思うほど、そう実感した。
大好きな友達の故郷を、誰より尊敬する人が滅ぼそうとしていて、自分はそれを知ってしまった。
何かしなければならないのに、何か言わなければならないのに。その答えが、見えてこない。
自分は、何ができる? なんで、なんで機神装甲であるはずのボーグが、自分に理解できない行動をとっていたんだろう。機神装甲を着る戦士は、誰より正しいって、信じてたのに。ポップルの故郷に攻撃するなんて、正しいことのはずがないのに。
でも……このままじゃ、置いておけない。このままじゃ、いけないんだ。何かしなくては。何か……。
「ポップル……今すぐ、別の所に逃げようぜ。オレも、ついてくから」
「えっ?」
「オレが、ポップルとクルトの事、守るから! オレは、機神装甲を着るくらいの戦士になるんだから!」
「ま、待ってよ、ゲット、何が……何が、あったの?」
目を白黒させるポップル。なんて、なんて返せばいいんだろう。自分は……そう思っているゲットから、不意に、彼女の目線が離れた。
そして、色白の顔が、さっと蒼白になる。その目は……天を向いている。
ギュッと、彼女がクルトを抱きしめる手に、力がこもった。そして出し抜けに……火山要塞ヴァル全体が、騒がしくなる。上空の「それ」を見て。
ゲットも、はっと上を見上げた。そして、その姿に気が付く。
「い……いや……」
彼女の声は、大量の機械音にかき消される。
少しずつ、少しずつ光を失っていく空に、太陽に取って代わるように現れた、光輝く金色の飛行物体。それが、所狭しとやってきた。
ガーディアン達だ。
それも、ポップルが見たことがないほどの大編隊を組んで、やってきた。
「ヒューマノイドに告げる」
響き渡るアナウンス。その優雅で冷たい体に何よりも似合う、透き通った、無機質な声が。
「予言者クルトを引き渡せ。さもなくば、攻撃も辞さない」