「おのれ……」
ユーカーンも、一切通らない攻撃にいら立ってきた。ビームや液体の体を使う肉弾戦を主とする水文明と違って、自分たちは質量攻撃が主だ、弾薬が尽きてしまえばおしまいだ。しかも不死身の兵士たちや追撃舞台に邪魔されて、補給すらもままならない。
止むを得ん。少々凶暴すぎるので極力呼びたくはなかったが、彼を呼ぶしか……。
ユーカーンは銃を引っ込め、そして、鋭く指笛を吹いた。混戦状態の戦場にも、鋭く響き渡る音。
ユーカーンが止まった、今がチャンス……! とばかりに一斉にかかった水文明たちの前に、恐ろしい咆哮が轟いた。
「ギャオォォォオオオオォォォオオオッッッッ!!!」
そして、その咆哮と共に、大量の防衛用ゲル・フィッシュは一気に飛び散った。アクア・ガードもぎょっとする。現れたのは、燃える炎のようなオレンジ色に輝くワイバーン。
「よく来てくれた。《クリムゾン・ワイバーン》」
凶暴極まるアーマード・ワイバーンだ。だがユーカーンには懐いているのか、喉の下を撫でさせながらゴロゴロとご機嫌な様子である。
「ゆくぞ!」そう言いながら、ユーカーンは一気に銃を二丁構える。アクア・ナイトはドラゴノイドの長ともあろうものが逃げに走るのですか、と挑発しようとした……が。彼がそれを言う間もなく、ユーカーンは防衛網の隙をついて二つの銃で戦い始めた。一つではアクア・ナイトを。もう一つでは、ドラゴノイドたちへの援護射撃を。
まずい。これではディープ・オペレーションが崩れる。
「トロピコ様。アクア・ナイトより報告いたします……」
倒されて、復活して、とぎれとぎれにそう通信を送った。
「うっそでしょ!? あんなんがいるとか、きいてないんだけど!」
トロピコ自身も、さすがにクリムゾン・ワイバーンの出現には戸惑っている。非常に凶暴なワイバーンは、いまだに護衛部隊を中心に戦場を荒らしまわっていた。
ディープ・オペレーションは潤沢な防衛部隊があって初めて成り立つのだ。計算がまたしても、崩れ始めてきている。
「しかたないや、またそーさーへっどを……」
『おい、トロピコ!』
そんな中、アカシック3からも通信が入った。ウォルタとコーライルも、アカシック3からこの様子を見ているのだ。
『このままでは危ないぞ、どうするのだ!』
何せ、『エンペラー』には無断で動いているのだ。戦力を失って敗退、などと言う事態は、どうしても避けなくてはならない。
「まってろよ。いまぼくのそーさーへっどで……」
『そんなものでは、もう間に合わん!』ウォルタは通信機器の向こうの海底都市で叫ぶ。
「あわてないでよ、ウォルタ!」コーライルはおろおろして、頭に血が上ったウォルタをいさめていた。
「敗北だけは……敗北だけは避けねばならん。エンペラーに怒られる……!」
だがそれ以上に取り乱してしているのがウォルタ。彼はキッと、一つ決断を固めた。
「トロピコ。少しだけ持たせていろ。援軍を送る」
『えんぐん?』
ああ、とウォルタは短く答えた。
「ウォルタ、援軍って……? 今から他のサイバーロードにも協力を……?」
「禁断のプログラムを解放する」
「なんですって!?」コーライルはいよいよ驚いた。
サイバーロードには、封じられている12のプログラムがある。あまりに強力なため、原則的に『エンペラー』以外に、アクセス権限は与えられていない。
だが、エンペラーの側近であるウォルタは、一部のプログラムを開く許可が与えられていた。無論、有事の際に他のサイバーロード達との評議を通して等々が前提で、独断では許されないことではあるのだが……。
「ちょ、ちょっと、そんなことしたらいよいよ法律違反よ!」
「やむをえん、勝つことが先だ!」
ウォルタは自室の端末から、プログラムにアクセスする。そして現れた光球のようなロゴのボタンに迷いなくカーソルを合わせた。
「いでよ、クリスタルの超戦士たち!」
水の世界に突如として走る、無限を産み出す0と1。
起動する。
禁断のプログラム、『Liquid→Crystal』。
●
水文明の勢いが弱まり始めた。火文明の戦士たちは、そう確信していた。タイラーはいまだに延々と、アクア・ソルジャーと戦い続けてはいるが……。
「かかってこい!」ユーカーンはそう叫び、アクア・ナイトとアクア・スナイパーを相手にしていた。
と、その時。
海が、急に轟いた。
そちらに注意を惹かれる余裕などないと承知で、彼らは見ざるを得なかった。そしてそれが許された理由はもうひとつ。
水の部隊すらも、不意を取られたのだ。誰も、知らされていなかったから。
海が割れ、水流が逆巻き……そしてそれは、二体の大きな戦士の姿に変わった。クリスタルのごとき美しい体を持つ、ひとつの胴体に四本の脚、まるで半人半馬のような姿をした戦士たちに。
槍を持った戦士、《クリスタル・ランサー》。
盾を持った戦士、《クリスタル・パラディン》。
これが、禁断のプログラムの生み出す産物。あまりに強力すぎると封印された、サイバーロードの叡智の結晶たるリキッド・ピープル戦士だ。
●
「これでご飯の準備も終わりだね!」
ピコラは最後に鍋にふたをして火を消し、踏み台から降りた。これで、やるべき仕事はすっかり終えたことになる。
後は基地の警備をしつつ、前線から補給指令などがあったら輸送班に手渡すなど、せいぜい仕事が出来てもそのくらい。
「ゆっくりしようよ。あ、折角ぼくたち子供二人なんだしさ、遊ばない? かくれんぼしようよ」
ピコラは陽気にそう言う。だが、ゲットはまだムスッとしていた。
「なーピコラ……仕事、終わったんだよな?」
「うん」
「今からさ、ちょっとだけ、ちょっとだけガル海岸に行こうぜ」
「えっ!?」ピコラはぎょっと肩を跳ねさせた。
「ダメだよー、ぼくがボーグさんに怒られちゃう」
「頼むよ! ちょっとだけだから、行くだけでいいんだよ!」
「ほんとかなー……」
「オレも、皆と同じ戦場に立ちたい!」
ゲットがあまりに必死なので、ピコラも少し気が緩んだ。見に行くだけなら……いいかもしれない。
それに正直な話、自分も水文明との戦がどういったものか、興味はあった。職人とはいっても、やはり血の気の多い火文明の一員に代わりはないのだ。
「分かった。でもちょっとだけ見に行くだけ、ぼくたちの内緒だからね!」
「やった!!」ゲットは目をキラキラさせて喜ぶ。
「アーマロイドに乗ってこ!」
●
「私クリスタル・ランサー、相棒クリスタル・パラディン、参上いたしました」
「マイロード。ご指示を。なんなりと従います」
クリスタルの超戦士たち。二人の言葉は、そのまま電波に乗って海底のウォルタにも届いている。
『そこにいるトロピコがお前たちの司令官だ、従え』
「はっ、かしこまりました」
そんなランサーとパラディンの声は、無論トロピコの端末にも届いている。
『くりすたる・らんさーにくりすたる・ぱらでぃん……ボクもほんものをみるのははじめてだ。かっこいいー! まさにおとこのろまんだね!』
「ありがたき幸せ。トロピコ様、我らの使命は?」そう聞いてくるクリスタル・ランサーに、トロピコは言う。
『あそこのひぶんめいのやつらをやっつけることだ。とくにあの、あかいよろいをきたばくゆうしゆーかーんと、でっかいよろいのきしんそうこうう゛ぁるぼーぐ。あのふたりをとめろ!』
「はっ!」
そう言ってクリスタル・ランサーは飛ぶような速さでユーカーンとストームジャベリン・ワイバーンへと向かっていった。水が竜巻のように舞い上がり、彼の体を押し上げる。アクア・ナイトとアクア・スナイパーはさっと身を翻し、ユーカーンの前から消えた。
「……何者かは知らんが」ユーカーンはストームジャベリン・ワイバーンに鞭を入れる。「我らはただ、迎え撃つのみ!」
ストームジャベリン・ワイバーンは砲撃を放つ。
「小賢しい!」モニターで見ながら、海底都市でウォルタはユーカーンをあざ笑っていた。
クリスタル・ランサーにそんな攻撃が効くものか!
次の瞬間。……ユーカーンはぞっとした。
砲撃が、自分の目から、止まって見える。
「遅い」
それは、クリスタル・ランサーの声。反応もできない。時間が止まってしまったかのような感覚。いや、時間は止まっていない。たった数秒の出来事。
そのクリスタルの騎士は、あまりに速かった。
「遅すぎる!」
彼の水の槍が襲いかかる、そしてそれが、ストームジャベリン・ワイバーンの胴を貫いた。
ストームジャベリンはうめき声をあげ、翼を動かさなくなった。一気に落下していく。
だが、その落下すらも、彼にとってはまるでスローモーション。
「だから」
神速の騎士、クリスタル・ランサーの前では。
「遅すぎると言っている!」
ランサーの槍は、落下していくユーカーンをも無情に刺し貫いた。
「トロピコ様、まずは一匹、仕留めました」
神速の攻撃は、その速度をそのままに敵を彼方に吹き飛ばす。
ユーカーンは騎乗していたワイバーンと共に勢いに身を任せるほかはなく戦場から離れた、ガル海岸を望む崖の上に落下していった。最後に見えたのは、ランサーの水の槍に混ざった自分の血が汚物が排出されるように滴り落ち、ランサーの槍が再び、クリスタルの名にふさわしい透明を取り戻していく姿。
●
ストームジャベリン・ワイバーンの体の上に落ちた感覚。どうやら、誇り高きドラゴノイドの鎧を敵から受けた武器以外で傷つけるようなへまはせずにすんだ。傷も……なんとか、すんでの所で急所ばかりは外せたようだ。
だが、もう立ち上がれない。
ランサーは追撃の気配……本人の気配すらもう感じさせない。負け犬ならぬ負けトカゲには、止めを刺してやる価値もないと言うことか。
ユーカーンは覚悟し、そのまま目を閉じかけた。その時だ。
「えっ!? この人、爆勇士ユーカーン!?」
子供の声が聞こえた。
「マジで!? えっ! 倒れてんの!? ボーグがやったのか!?」
……失敬な。
ヴァルボーグ如きに、なぜ自分が負けを喫するものか。その思いの前に、敗北の屈辱に浸る気もなくなったユーカーンが目を開けると、目の前にはマシン・イーターとヒューマノイドの少年が驚いて話し込んでいた。
「……ふっ」ユーカーンは倒れたまま笑う。
「紅戦線も大したことはないな、援軍がこんな子供とは……」
「えんぐん……」その言葉を聞いて、少年、ゲットが喜んだ事は、ユーカーンには想定外だった。
「ピコラ、オレ、援軍に見えんのかな!!」
「シーッ、今のは皮肉を言われたんだよ……」ピコラは呆れ気味。
「おい、お前誰にやられたんだ? ボーグ?」
「冗談ではない……あちらを見ろ!」
ユーカーンは動かない体を何とか動かし、顎で指図する。戦場の方を。ピコラが望遠鏡を取った。
「あっ!」
そこには恐るべき光景があった。相変わらず体を封じられ動けないロック・ビースト達に、ユーカーンを失い散り散りになっているドラゴノイド。それに、今はヴァルボーグが、二体の騎士を相手に必死に戦っていた。
「あ。あいつら……なに?」
「おそらくだが、水文明の隠し玉だ」倒れたままユーカーンは話を続けた。
「で、でもボーグならやられねーよ! ボーグは機神装甲を着てるんだぞ!」
「悔しいが、奴らの戦略は、火文明に攻め込んでくるだけの事はあった」
ロック・ビーストを封じられ、自分たちは戦力を分断され、隠し玉まで現れる。正直な所、舐めていた。水文明の知力と戦力を。
ヴァルボーグとは言えど、どこまでやれるか。
ゲットはもう一度、望遠鏡を覗きこんだ。仲間たちが皆、気絶していたり、倒れていたり。しかし一番彼の目を引いたのが、ボーグだった。
機神装甲ヴァルボーグの雄姿を、いつだって見ていた。
ヴァルボーグは、本当にヒューマノイドが誇る英雄。どんな相手でも、ヴァルボーグの一撃で粉砕される。どんなドラゴノイド兵士だろうと、ワイバーン部隊だろうと。
そのヴァルボーグが、ゲットが見たことのない顔をしていた。
彼は、明らかに苦戦していた。二体のクリスタルの騎士を相手に。
他のヒューマノイド軍もそうだ。リキッド・ピープルの部隊に押され気味だ。紅戦線がここまでの苦戦をしている所を、ゲットは見たことがない。
「……オレに」ゲットは、反射的に発言した。
「オレに、できることはねえか?」
「ゲット!」ピコラが驚いた。だが、ゲットは突っ伏したままのユーカーンに問い詰める。
「あるだろ、教えろよ!」
「ゲットってば!」
「ゲット……と言うのか、ヒューマノイドの少年」ユーカーンも、彼の目をしっかりと見つめながら言った。ピコラに何とか助け起こされ、ワイバーンに身を支えられ、どうにか上半身を起こしながら。
「二つ名は?」
「ねえ! オレはゲット、今はそれだけだ!」
ユーカーンの口から、苦笑がこぼれ出た。馬鹿な。二つ名すらない子供に、何ができる。
だが、目の前の少年は、ゲットは、懇願することをやめなかった。
「頼むよ! オレだって、火の戦士だ!」
「二つ名もない子供が、何をぬかす」
「二つ名はねえよ! でも、戦士なんだ!」
その次に飛んできた言葉が、ユーカーンをはっとさせた。
「仲間を見殺しにはできねえんだよ!」
……そうだ。
火の戦士は本来、仲間を重んじる。
なのに自分達は、先ほどまであまり仲間意識を感じていなかった。知らず知らずのうち、水文明にそのように誘導されていた。
この赤い鎧を授けられたからには、お前は間違いなくドラゴンに転生できるだろう。そう言われたほどの自分が忘れていた事を、宿敵であるヒューマノイドの少年に、思い出させられた。
「……『トロピコ』」
一つ、思いついた。この少年でも、できるかもしれない事。
「え?」
「奴らが言っていた名前だ。おそらく、奴らの司令官。そして……名前から察するに、おそらく、サイバーロードだ」
「サイバーロード……?」
腑に落ちていない様子のゲットに、ユーカーンは付け足す。
「水文明の支配種族だ。俺も実物を見たことはないが……異常な知能を持っていて、その知力で水文明を統括している。だがその知性と引き換えに肉体の成熟を犠牲にしていて、せいぜい幼な子ほどの体格と体力しか持ち合わせることができないらしい。……実際に腕力で戦うとなれば、君でも勝つことはできるだろう」
それを聞いて、ゲットははっとした。
「そ、そいつどこにいるんだ!?」
「一人くらいは現場近くで指揮を執るはずだ。だがそんな虚弱な支配種族を、戦火にさらすとも思えん」ユーカーンは呟く。
「おそらく。相当後方……沖合からこちらを観察している」
「ど、どうやったらそこに行けるんだよ!?」
頭のまわる彼らが、こんな方法を想定していないとは思えない。だがそれでも、やるしかない。彼らのように水上を自由に動き回れない自分達では。
ユーカーンはよろよろと手を動かし、力なく指笛を吹いた。すると、バサバサとやってくる。オレンジ色のワイバーンが。
「クリムゾン」ユーカーンは心配そうな顔のクリムゾン・ワイバーンに言った。
「四の五のは言うな。この少年を乗せて、飛べ」
クリムゾン・ワイバーンはあからさまに不機嫌になる。誇り高い自分が、何故ドラゴノイドの敵に、しかもこんな子供を乗せて飛べるものか、とでも言いたげに。
だが、ユーカーンはそんな彼をギロリと睨んだ。
「俺の命令が聞けんのか!」
瀕死の状態とは思えない迫力。さすがに、ドラゴノイドの王だけの事はある。
クリムゾン・ワイバーンもそれを聞くと大人しくなり、不承不承と言った様子ながらゲット達の前に翼を広げた。
「の、乗っていいのか?」
「……ああ」ユーカーンは短く告げた。
それ以上、言葉はいらなかった。ゲットとピコラを乗せると、クリムゾン・ワイバーンは翼を広げ、大海原に飛び立っていった。