ふたつの同盟 1
サイバーロードの虚弱な体を支えるためのシステムや機械は、枚挙にいとまがない。
今、アクアンが入っている丸いカプセルも、その一つだった。回復用カプセルは、アカシック3に満たされている純水よりもさらにマナのエネルギーを多く含んだ機能水をため込み、なおかつチューブを彼らの体につないでエネルギーを送り込み高スパンで回復させる。丸いカプセルの中に小柄なサイバーロードが丸まって入り込み、そのお腹にチューブをつなげている景色は、図らずもそのまま、子宮の中の胎児の様だ。
ランプが赤から水色に灯り、クリアー、というアナウンスが流れる。それを機に、アクアンはパチリと目を開け、へその緒のようなチューブを自分で引っこ抜いた。まだ少し、頭がガンガン痛む気がする。
「おはようございますわ」フェアリー・キャンドルがカプセルを開いた。アクアンは這い出てきながら「うん、おはよう……。あの子たち、どうしてる?」と、さっそく話に移った。
あの子たち、と言うのは無論、ポップルとクルトの事である。アクアンに意識が戻ったのは、数時間前の事。気が付いたら彼は、アカシック3の中で回復用カプセルに入っていた。
だから、フェアリー・キャンドルから事情を聞かされたときは、凄まじく驚いた。自分に巻き込まれて、あの妖精たちもアカシック3に転送されたそうだ。で、自分は彼女らに頭をぶつけられたせいで、気絶していた、と。
一応彼女たちは、オフィスの一室で大人しくしてもらっているとのことだった。本当はその時すぐ話を進めに行きたかったけれども、頭が割れそうに痛み続けていたのと、そもそもフェアリー・キャンドルにカプセルを外からロックされていたせいで、大人しく回復まで眠っていなければいけなかった。
まあ、逃げられていないのならば問題はない。それどころか、だ。彼がカプセルに入っていた際、キャンドルは状況確認を求めた彼に、こう報告した。
「先ほど少し状況説明も兼ねてお話しさせて頂いたのですが、売る分には問題のない状態かと思われますわ。あれに巻き込まれていた割に、目立った外傷も見受けられませんでしたし。今の所オフィスの一室をお貸ししていますわ。逃げる気配もありません。社長がお話しできるようになるまで待っていてくださいって言ったら、あっさり了承してくれましたわ」
「そう?」
「ええ。そもそも……社長の事を、自分を助けてくれたと思ってるみたいなんですわ」
そうなのだ。
今の状況を作っているのは、ひとえにその彼女の勘違いに尽きる。
確かに、明確に攫われてきたのならいざ知らず、全くの偶然でスパイラル・ゲートに巻き込まれる形で水文明まで来たのだ。しかも、話してみれば間一髪死ぬはずだったところを。アクア・レンジャー達とアクアンが結びついてると言う明確な事実を知らない以上、助けてくれたと思うのもそこまでは不自然ではなかった。
そうなら、その勘違いを使う方がいい。アクアンの方としても、穏便に済む方がありがたい。
怪しまれないためにも、アクア・レンジャーとアクア・グラップラーには既に、キャンドル経由で指示を出しておいた。自分たちに関係があることを感づかれては都合が悪いから、当面の間オフィスには近づくなと。アクア・エージェントの契約期間ももうすぐ終わる。そうしたら諜報部に直帰させて、自分とは顔を合わせないようにと伝えておいた。
カプセルの中で報告を聞いたが、火と闇はもう同盟を結んだらしい。これからさらに本格的に動くだろう。光に自分で嗅ぎつかれないうちに恩を売っておきたい。妖精の件はさっさと済ませて、早くそちらにも集中しよう、とアクアンは考える。
●
ポップルが通されていたのは、小さな部屋だった。
けれど、部屋の一面を覆う大窓から見える景色は、何時間眺めていても飽きが来ない。クルトはもう退屈してしまったようだが、ポップルはずっと、窓の外を眺めつづけていた。
小さな、花のような、とてもかわいい生き物……サイバー・ウイルスのフェアリー・キャンドルと名乗った彼女が教えてくれたことには、ここは1万メートルの深海に築かれた海底都市、アカシック3……水文明の中心地だということだ。なぜ水の中で息ができるかと言えば、スパイラル・ゲート……自分が転送されるきっかけとなったその技術は、対象を水中に適応させる力も持つらしい。
美しいものを見て死にたいなら、水中都市に攻め込めばいい。盗賊の盾の言葉が思い出される。彼女や、ゲット達の事は心配だけれども、それでもその心配すらも紛らわせてしまいそうなほど、水文明……自然文明とは対照的な、全てが科学技術により「作られた」世界は、科学とは無縁の文明に生まれた彼女の理解の範疇に到底入りきらない、幻想的な世界だった。
森も、草木も、山もない。上を見上げれば天球のような大きな、大きなドームにこの都市が包まれているのが分かった。ドームの中だけが明るく、ドームの外に日光など存在していない。しかしその代わり、この町は本当に光に満ちている。太陽とも、月や星とも、宝石とも違う。冷たくて、眩しい光。
いくつものクリスタル色の塔がひしめき合うように、規則的に立ちならんでいる。ポップルのいる所もその塔の一つのようだ。街の真ん中と思しき場所に、天球のドームを貫く、ひときわに高く、太いクリスタル色の塔が立っていた。その圧倒的な佇まいに、どこか彼女は、世界樹を連想した。あそこが、水文明の王様が住んでいる場所なのかな、と彼女は思いをはせる。
真下に見えるハイウェイを、水晶玉のようなカプセルや、魚のような不思議な生き物……ゲル・フィッシュたちにのって、半透明の人型の種族が行きかう。きらきらと、地上にはない輝きを水中都市に漂わせて。
自然のものが、一切存在しない。きっと水文明は、自然文明よりもさらに凄い魔法の国なんだろうな、と、彼女は窓の外を通り過ぎる全てを見ながら思っていた。火文明とも、また違う。この部屋、この建物の中ですらも、マナのエネルギーをひしひしと感じる。街を構成するほぼすべての物に、マナのエネルギーが通っているかのようだ。
実の所水文明はその高度な科学技術で、マナをエレクトロニクス化し、街の隅々にまでいきわたらせているのだ。必要になったら必要な分だけ自分たちで取りに行く火や自然とは違い、水ではマナはエネルギー省が一括管理している。市民はスイッチ一つでマナのエネルギーを利用し、数々の文明の利器を扱うのだ。……だが勿論ポップルは、そんなことに発想が及ばない。きっとマナの魔術師がやっているんだ、と彼女は考える。自然文明の一流でも、ここまでのことはできない。ならば水文明の魔法の技術は、もっとすごいのだろう、と。
やがて、漸く彼女の待っている部屋の戸が開いた。触れてもいないのにしゅん、と自動的に横に開いたその扉の向こうには、先ほどのフェアリー・キャンドルと……自分が、アカシック3に来た時下敷きにしていた、「リキッド・ピープルの赤ちゃん」がいた。
「あっ……もう大丈夫になったんですね!」
一応、ポップルは丁寧な口調で言う。彼はリキッド・ピープルではなく「サイバーロード」……ポップルも名前だけは知っていた水文明の支配種族であり、サイバーロードとしては一応これでも成体だ、と、フェアリー・キャンドルには聞かされていたからだ。
自分の身長より低い彼を見ると、全くそのようには思えないけれど……この星には本当に、色々な種族がいるんだと彼女は思う。
「ほら、神様もご挨拶」と、腕の中のクルトに言いつつ、彼女はクルト共々頭を下げる。
「あのっ! 下敷きにしちゃってごめんなさい! それと……助けてくれて、本当にありがとうございます!」
「別にかまわないよ、にひひ。キミこそ、無事で何よりだったね」
「改めて、ご紹介いたしますわ!」
フェアリー・キャンドルがぺこりとお辞儀しながら、言う。
「こちらが、わたくしの上司。サイバーロードのアクアン様ですわ!」
「アクアンさん、初めまして! あたし、春風妖精ポップルって言います! 自然文明から来ました! こっちは、お友達の予言者クルトさんです!」
「うん、はるばる水文明まで、ようこそ」
アクアンがキャンドルに、何かしらの合図をする。すると、彼女が端末を操作し、それに合わせるかのようにポップルの真下の床がぐにゃりと盛り上がって、たちまちのうちにポップルを乗せる椅子になった。同じように、アクアンの小さな体格に合わせた椅子も現れる。驚くポップルに、フェアリー・キャンドルが「流動性物質ですわ」と言った。
「この水文明における、主要な資材ですわ。プログラムによって姿や質感を自在に変えることができますの」
「凄いです……今、呪文も詠唱しなかったですよね」ポップルは目を瞬かせる。流動性物質、とやらは、完全に固体になっていた。
「水文明は技術が進んでいるって聞いたけど……凄いです! 本当に、すごく魔術が進んだ所なんですね!!」
「にひひ、魔術じゃないよ。科学だよ」
「科学……」
火文明と同じ、ということだろうか。紅戦線で見た数々の技術とはまた別物のようですらあるけれど……。
「別にそんなに難しい事じゃないさ。キミたちが畑を耕したり、料理を作ったりするのと一緒だよ」と、アクアンは理解に詰まっている様子のポップルに言い含める。
「それって鍬を振り下ろせば土が耕せるとか、そうすると作物がよく育つとか、それを切ると食べやすい、熱を通すと美味しくなる……みたいな自然の因果関係を重ね合わせてすることでしょ?」
「はい……そうですね」
「そう言う因果関係をそんな二つ三つにとどまらず、数億、数兆って積み重ねていけば、例えば、こう言う風にもなるんだよ。そして……こうなるための道筋を考えるのが科学さ」
「水文明ではむしろ、魔術は必要ありませんわ」フェアリー・キャンドルも合いの手を入れる。「科学の力で、その域に達することができますもの」
「……そう、なんですかっ!?」
ポップルはその言葉に、酷く衝撃を覚えた。彼の言葉が正しいのなら、この自分の理解を飛び越えた非現実の様な世界も、むしろ自然の延長線上にあると言うことだ。
自然の中で暮らす自分たち、自然文明こそが、自然の世界を一番よく理解している者であるとなんとなく思っていたけれど……そう考えるとひょっとして火文明や水文明の方が、自然の世界に目を光らせ、その可能性を追求している文明のようにも思えてくる。
便利なことは大抵マナの力を借りて直接実現するのが、自分達自然文明だ。だけれども水文明はそれに頼ることなしに、どうすればより便利になるのかを追及しているというのか? そして事実このような、一流の魔術師にも匹敵しようかと言う域まで、魔力なしで文明を高めたと言うのか!?
水文明はずるがしこい奴らだ、とは昔話で語られていたけれど……本当に、頭がいいんだ。そう、ポップルは思う。
自分たちでは考えもつかない所まで観察して、考えなければ、魔力もなしにこんなことができるはずがない。本当に、自分じゃきっと及びもしないほど……すごく頭のいい文明なんだ、水文明って。ポップルは今一度、感嘆する。同じように火文明だって、きっと物凄く頭がいいからこそ、ああいう暮らしができていたんだ。火文明にいるうちに気が付けたらもっといろいろ分かることがあったかな……。
……などと、目をキラキラさせた彼女に、アクアンは笑いかけながら話す。自分に警戒心がないのはなるほど、その通りの様だ。
「ところで……キミたち、そもそもなんでここにいるの? もっと言うなら……自然文明のキミが、どうして火文明にいたの? 今一度、話してもらえないかな」
「あっ! そうですね」
無論のこと、聞くまでもない。彼女らの動向は逐一追っていたのだから、アクアンは知っている。けれど今は、その時偶然に助けてくれた相手と言う体でふるまわなければならないのだ。そうだったら、こう聞くのが普通だ。
ポップルは素直に、ぺらぺら話す。クルトの事から始まり、ガーディアンに追われている旨、盗賊の盾の事、自分もリキッド・ピープルに追われた事、紅戦線に匿われていた事。そして逃げる途中、ガーディアンに狙撃されて……気が付いたら、アクアンのスパイラル・ゲートに巻き込まれていた事まで。
うんうんと、アクアンは今一度よく聞くふりをする。「なるほどね……」
「でも、本当に助かりました! サイバーロードって、あたしを攫おうとした酷い人もいましたけど……アクアンさんみたいな良い人もいるんですね!」
隣で笑いそうになっているキャンドルを小さく小突いて、アクアンは思う。面白いくらいに、理想的に話が進む。彼は、言葉を返した。
「いや……ごめんね。悪いけど、そうもなれそうにないよ」
「えっ……?」戸惑うポップル。「どういうことですか……?」
「ボクはキミの先生や、紅戦線の連中みたいには、君を助けることができないんだ。ボクの都合があってさ」
「どっ、どういう都合ですか?」食い気味に聞いてくるポップル。まるで目の前の彼が悪人なんて信じられない、とでもいうように。
「うん。ボクは、商売人だからね……」アクアンはそれに、内心ほくそ笑みそうになりながらも、神妙な演技で答えた。
ポップルが彼のことを善人だと思い込んでくれているのは、彼にとって都合がいい。だけれども最終的に売り飛ばす以上、完全に善意の人物を装っておくのも悪手だ。彼女はそう勘が鋭いようにも見えないが、いくらなんでも無理に売り飛ばされれば、騙されたのだと気が付く。サイバーロードのアクアンにとっては彼女すらも、腕力では敵わない相手なのだ。できるなら、この状況を利用して穏便にかつ思う通りに話を進めた方がより良い。
それならば、訳ありを装っておくのが一番だ。自然文明の連中はただでさえ信じ込みやすいし、人がいい。まして目の前の彼女はひときわ、擦れていないように思える。先ほどからの自分たちの文化にまつわる話すらも、自分の故郷の価値観にそぐわないはずのにあっさり受け止めたほど、素直な人物だ。
「商人くらい、知ってるよね? 自然にだっているでしょ?」
「はい……何かを、売る人ですよね?」
「そうだよ。何かを上げるのと引き換えに、お金や代償を貰うって行為自体を、仕事にしているのさ。シビアな世界だよ。分かち合いの精神の強い自然とは違って……この水文明だと、特にね」
「わあ……大変なんですね。でも……それが、どうして問題なんですか?」
だから、この自分の理論にもさっさと流される。アクアンはそう踏んだ。
「商人が一番ナメられるのはね、タダ働きした時なんだよ。最初のうちはいくら善意でも、その噂が広まれば、必ずそれに付け込もうとする奴が寄ってくる。そしたらもう、商売で利益を上げる事すら、難しくなる。まともな値段で取引しようとする奴が寄り付かなくなって、後に残るのは自分もタダ同然で利益を得ようとする奴らばかりなのさ。だから……自然じゃどうか知らないけど、この水の世界じゃ、タダ働きする商人なんていない。どんな行動でも逐一、それに見合った取引に落とし込むものなんだよ」
そんな、大変な世界があるのか。ポップルは案の定、真に受けて驚く。目の前の子どもにしか見えない彼は、本当に自分よりずっと大人の世界を生きてきているのだ……と実感したと同時に、はっと、彼が言わんとしたことに気が付く。
「あの、じゃあ……あたしから何も貰ってないのにあたしを助けちゃったの、ダメだったんですか……」
「そう言うことなんだ……」
アクアンも頭を抱えて、殊勝そうなポーズをとる。勘は鋭くなくても頭は悪くもないようで、本当に理詰めでだますには都合がいい塩梅だ。
そして彼の思惑通り、ポップルは戸惑っていた。自分を助けてくれた相手が、窮地に陥ろうとしている。見過ごすことなんてできない。自分を攫おうとしていたサイバーロードと違っていい人のようなのに、悪い人たちに食い荒らされるなんて、あんまりだ。
「あ、あの、あたし……」ポップルは必死で、あわてて言った。
「な、なにか、できるお礼はないですか!? あのっ、お金は、持ってないですけど、あたしにできる事なら……」
あっ。ポップルは固まる。そうだ、さっき、水文明では魔術は役に立たないって。
自分にできるのは、マナの魔術くらいだ。けれど、こんなに当たり前のようにマナのはびこる都市で、自分の魔術が何の足しになるだろうか。
「あ、あの、あたしにできる事……でも、えっと……」
しどろもどろの彼女に、頭を押さえたままでアクアンは言った。
「ほんと? 悪いな……でも、ありがとう。親切だね、キミはさあ」
流石に彼も、余りにうまく話が運び、笑うことを堪えられなかったからだ。あわてるポップルに見えない角度で、アクアンはほくそ笑む。
「(もう……社長ったら、本当に悪いお方ですこと。……こんな世間知らずな方を、自分から身売りさせる方向に持ってく気でしたのね。最初っから)」
隣でキャンドルもそう思いつつ、一方彼の口八丁に感心しきってもいた。
もっと言うなら、アクアンはクルトを取り巻く事情に関しても、もう大方の図式は察しがついていた。彼女さえいなくなれば、クルトの方でもまた一儲けできようというもの。まさに一石二鳥の算段だった。
「ボクも、キミをガーディアン達に突き出しても、1コスモの得もないんだ。何にしても、せっかく逃げ切ったキミをまた危険にさらすなんてできないし。できる事なら、キミとの『取引』を成立させたいよ。……安心して。どんなものにも価値を見出してこそ、商人さ。キミだってお礼にできるものを持ってるよ。一緒に、考えない?」
もう九割がた、勝ったようなものだ。アクアンは顔を上げて。そう返す。そうとも知らずポップルは真剣に考える。自分ができること、自分が、命を救ってくれた彼にできるお礼とはなんだろう……。
あ。
彼女は思い出した。
「そ、そうだ! お金はないけど、あの、あたしの宝物があるんです……!!」
宝物? アクアンは少し、眉のない眉根をひそめた。
何かは知らないけれど、子供の宝物がろくなもののはずがない。時間の無駄だ。それよりさっさと、彼女の身代そのものにかかる価値の話に行きたいのに。
ポップルは急いで、コートのポケットの中を漁る。そして……金色の、ハート形の宝石を取り出した。旅立つ日の夕方、ポレゴンと見つけたあの宝石を。
「あの……これ、あたしの宝物です! お礼に、なりませんか……?」
水中の中でも、それは太陽のように輝いていた。水文明にあふれる人工光とは、明らかに違う輝きを放っていた。
「まぁ……きれいですこと」
と、フェアリー・キャンドルは言う。その輝きは確かに、子供の宝物以上の価値があるかのように思えた。けれど、それでも春のスノーフェアリーの身代に敵う価値があるとも思えない。とりあえず、アクアンの出方を見てから自分も彼の味方をしなくては、と、彼女はアクアンの方を振り返る。……その時、彼女は気付いた。
アクアンの表情が、あからさまに変わっている。そして次の瞬間、アクアンはポップルの手の中からそれをひったくった。
「こ……これ、キミ……どこで見つけたんだい?」
「えっ? は、はい、自然文明の洞窟の中の、宝箱にあったんですけど……」
●
その時、自然文明のその谷間に、今まさに向かうビーストフォークがいた。
彼の名前は《白銀の牙(シルバー・ファング)》。この谷間にある秘密の洞窟。それに眠る《神秘の宝箱》を守る番人だ。
慣れた谷間を抜けて、洞窟に入る。この宝箱を代々守るのが、白銀の牙の役目だった。何でも千年前、自然が光を神と崇めると決めた際に光文明から賜った数々の尊い宝物の一つが、白銀の牙の先祖に渡った。
そして彼らは、高純度のマナの結晶四つと一緒に、その宝物を宝箱に入れ、収めたのだ。
とはいえ、泥棒が来るような所でもない。この洞窟には自分たちの一族以外誰一人入ったことはない。それに宝箱だって、マナの魔術師の力に反応することでしか、開かないのだ。マナの魔術師ともなれば、光文明のお宝に手を付けるような不埒な者はない。もしそうなれば早晩、他の魔術師たちに総スカンを食らい、自然のどこに行っても暮らせなくなるだろう。
……そう思っていた。そして、その考えは正しかった。その瞬間までは。
白銀の牙自身にマナの魔術師の素養はないが、マナの扱いに長けていた祖父の指輪をそっとかざすと、緑色のマナの奔流があふれ、光輝く神秘の宝箱が姿を現した。彼はいつも通りに、中身を数える。
「ひー」
燃える業火のように赤い、火のマナの結晶。
「ふー」
優しくさざめく湖水のように青い、水のマナの結晶。
「みー」
静まり返った深い宵闇のように黒い、闇のマナの結晶。
「よー」
まぶしく輝く陽光のように金色の、光のマナの結晶。
そして最後に、いつも見るあの結晶。光文明から賜ったお宝……。
「ん」
その時、彼は目を疑った。
その宝石が、ない。
「一つ足りないぞ……」
あまりの衝撃を受けると、慌てることすらできない。むしろ混乱のあまり、冷静な態度にすらなってしまうものだ。
今、白銀の牙は、まさにそんな状態だった。子供のころから見て守ってきたはずの、光文明から賜った至宝が、忽然と姿を消していた。
●
「『アルカディア・ハート』……!? し、しかも、これ、もしかして……!!」
アクアンはそれを手にして、目を見張る。そして次の瞬間、「いい!? キャンドルちゃんが帰るまで、そこに居てね!」と焦ったように言い放ち、キャンドルを手招きしては大急ぎで部屋から出て行った。ポップル達を残して。
「社、社長、どうなさいましたの!?」
急いで社長室に入り、そのハート形の宝石を解析にかけたアクアンは「やっぱり……」と、言い放つ。
「この膨大過ぎるマナの波長……もしかすると……いや、確実に『そう』だ」
彼は急いで試験管カプセルを一つ取り出し、解析機器から取り出したそれを入れる。たちまちのうちにハート形の宝石は、真空状態で密閉された。
「キャンドルちゃん! あの二人に言っておいて! 取引は成立だ、ほとぼりが冷めるまでうちで匿ってあげるよって。……あ、地上の君の友達たちには大丈夫って伝えとくから、とも言っといて。伝えないけどさ。勿論」
「は……はい? ……あの、社長は?」
「今すぐ、シルヴァー・グローリーに行く!」
彼は通信機器を開き、シルヴァー・グローリーのカティノに通信をつないだ。
『もしもし? 予言者様ですか。はい、ボクです、アクアンです。ちょっと、急ぎの要件で、今すぐそっち行きますよはい……ええ、ボクが来るのにお金が絡まないわけないでしょ? 聞いてほしい事と、見てほしいものがあります。とりあえず……30億コスモ用意して、待っていてください』
●
……時間は、少し進む。
その日の、夜の事だった。
すっかり銀髭団の面々も眠りについた中、フィオナは中央深部の祭壇で一人、祈っていた。
闇文明に大きな動きはない。しかし不安は日に日に、募っていく。
アザガーストは言っていた。もう、これしきでは容赦しない。闇は、あれでは止まらない。千年間も逆恨みを募らせた悪魔たちは、最早……この森を、どう攻め滅ぼさんとするものか。
「神様……光の、皆様」
フィオナは声を震わせ、祈る。目覚めて以来、一体何十回、何百回捧げたか分からない祈りを。
「お慈悲を……貴方方の哀れな民に、目を注いでください。我々は貴方方に従います。どうか、闇から、森の民達をお守りください。偉大なる、秩序の守護者よ……」
フィオナは目をつむる。だが、次の瞬間……瞼の裏が、不意に明るくなった。
暗い晩。わずかな星明りをも覆い隠す世界樹の下で、彼の眼前が急に光に満ちたのだ。心地良く、神秘的なマナの温かみを、体中で感じる。
フィオナは恐る恐る目を開けた。
そこには、忘れもしない相手がいた。
白と黒の精霊……《浄化の精霊ウルス》と《光輪の精霊シャウナ》を左右に引き連れた、金無垢のライトブリンガー。……予言者カティノが。
「神、様……?」
「私たちを呼びましたか?」カティノは、無機質な声……しかし、フィオナにはとてつもなく優しく、慈悲深く聞こえる声で、彼に語りかけた。
「千年ぶりですね。『護りの角』フィオナ」