事が動いたのは、黄昏時、真っ赤に染まるシルヴァー・グローリーに、来客が一人来た時だった。
「カティノ、例の奴が……」
そう報告しに来たキリアスに、カティノは「少しだけ待っていてください」と返した。彼はガーディアンの一隊の報告を聞いていた。
「……クルトは、火文明の某渓谷にて、消息を絶った、と」
「はい」
「消息を絶った……つまり、死んだと決まったわけではないという事ですね」厳しく引き締まった声で、カティノは告げる。
「予言は変わっていません……我らには我らに相応しき、秩序と栄光の未来があるのみなのです。クルトの生死がはっきりするまで、捜索は続行します。引き続き、彼を探しなさい」
彼の言葉を聞いて、ガーディアン達は再度飛び立っていく。漸くカティノも、キリアスの方に向かい合い、「例の奴」が待っているらしい応接間に向かう。
応接間の中では、アクアンが待っていた。
「どうも、……お忙しい中、すみませんね」
「まったくです」冷ややかにカティノは返す。「いきなり連絡をよこしたかと思えば……30億ですって? いったい、どのようなお話しなのです」
「まず、聞いてもらいたいんですけどね。予言者様」アクアンはそのようなカティノへの態度に対しても、臆するところは見せない。「あなた達はなるべく早く、地上に向かうべきですね。自然文明に協力して、彼らを支援すべきです」
「なんですって」
カティノは驚きつつも、多少不愉快そうに言った。
「……また、随分急なお話しですね。あなたでなければ、下々の民がいつから我々に指図できる立場になった、と言い返していたところですが……」
一息おいて、続けるカティノ。
「あなたが仰るからには、要は我々に売りつけたい情報。ならば聞く価値も無くはないでしょうね。……地上で、何があったのです?」
「あっ、やっぱりあなた達も、まだ掴んでなかったんですね」アクアンは一つ、それを確認してから続ける。
「ハッキリ言います。闇は、勿論ですがあれで終わりません。今現在『ジェノサイド計画』と言うプロジェクトを立て、自然文明と……最終的にはあなた方、光文明を落とす算段を立てています」
「それで?」と、カティノは慌てる様子も見せない。
「彼らは非秩序の民の中でも、特に欲深く、醜悪な者共。あれで終わらぬのは当然でしょう。……聖霊王の加護ある我々が、負ける相手ではありません」
「で、ですね。それに当たって。闇は火を取り込みましたよ」
「……!」
ピクリ、とカティノは、今度は反応を見せた。
「千年前の戦争は、いわば2対1だった」と、アクアン。
「勿論、聖霊王のお力が覇王にも勝っていたというのはボクも否定しませんけど……けど結局、数、そして戦場になったフィオナの森『そのもの』、それらが勝利に関与しなかったとは、いくらあなた達だろうが、思いませんよね。下々の民と言ったって、土台が無ければピラミッドは崩れ落ちるばかりですから。……でも、今度は違います。2対2ですよ。悠々と構えていられるだけの時間が、本当にあるでしょうか?」
「同盟……? あのプライドの高い奴らがですか? しかも、あの野蛮な火文明と……」カティノは神妙に言う。
「しかし、あなたが言うからには何事と思えば……それほど、切羽詰まった話にも聞こえませんね。彼らも所詮は非秩序の民。野蛮で、遅れた技術しか持たぬ、貧しい土地の民。何より……今現在、彼らは『ドラゴン』の力を失っている」
私たちが、何故焦る必要がありましょう? そう言ったカティノに、アクアンは言った。
「これはこれは……驚きました。水文明で、あの戦争を起こしたアホどもと同じ思考をなさるんですね。予言者様も」
「なんですって……?」
その挑発的な文句にカティノは一瞬声を震わせたが、構うことなくアクアンは続けた。
「確かに今現在、火文明は単純な文明一つ一つの戦力を比較して見れば、弱いでしょう。魔術も使えず科学も不十分の文化レベル。統治体制の欠落と二大種族の対立から来るまとまりのなさ。もともとの土壌に比べ、この度の大爆発の影響での、資源不足。そして何より……かつての最強種族であった、ドラゴンの封……あ、いえ、『休眠』。それらだけを見れば紛れもなく、最弱の文明。しかし……それは文明一つ一つを単純に切り離した際の話ですよ。予言者様。その最弱が、最凶に化けるかもしれません。今の、この世界情勢においては」
「なんですって?」
「非秩序の民だからこそ、怖いんです。この千年間、本物の『戦争』を知っていたのは、火文明ですよ。予言者様」
にやりと、不敵にアクアンは笑って見せる。
「千年間の間、世界戦争は行われませんでした。星は平和だった、と言ってもいいでしょう。その中で火文明は、ヒューマノイドとドラゴノイドに分かれ、内戦をいくつも行っていたのです。子供のころから当たり前に武器と触れ合い、戦場でどう振舞うべきかを教えられている。ためらいなく戦いに向かう精神がすでに当然の事として教育されている。対して、自然文明はどうです? 銀髭団と言っても、所詮は烏合の衆。さらに言うなら、戦いたくて戦っているわけではない。そんな彼らが、戦いを知り尽くし、戦いを愛する火文明の攻撃を免れ得ますかね? あなた達だって、まさか自分たちさえ無事ならフィオナの森が焼け野原になろうが構わない、なんて言いませんよね」
「……」
神妙な顔をするカティノに、アクアンはにひ、と短く笑って、さらに付け足す。
「もっと言うなら……闇のパートナーが他の誰でもなく、その火である事も重要です。闇はこの千年間、戦争を『忘れなかった』文明ですよ」
「忘れなかった、ですと」
「千年前と比べて、あなた方も、闇も、テクノロジーにしろ魔術にしろ、技術を大幅に発展させてきたことは確かです。でも、二つの意味は違います」アクアンはあえて、はっきりと告げた。
「あなた方は既存の勝利と権威を『守るため』に、腕を『落とさなかった』。けれど闇は『這い上がるため』に腕を『高め続けて』きたのですよ」
「……言いますね」
「両方を見ているボクの、率直な感想です。そしてそれを突き進めていたのは、地上復帰と言うダークロード達の野望。あなた達や自然文明の時間は、千年前と言うターニングポイントを経て進み続けてきたのでしょう。それが故、戦争のない時代に染まった。けれどダークロード達の時間は、千年前から止まったままです。新たな時代を築くという発想もなく、ただ復讐のために生きてきた彼らは……いまだに千年前と同じく、戦争の中に生き続けていますよ。その二者が手を組んだのです。千年ぶりの世界戦争で……そんな彼らの同盟が、そしてその精神が、脅威でないなどと言えますか?」
「……」
絶句するカティノ。アクアンはもう、自分のペースであることを確信する。
「あなた方の調査部隊も、闇の地下深くまでは潜れないでしょう。彼らの動向を探りきるのは無理がある。……完成した『ファル・イーガ・カーテン』を持ってして、混沌とした世に自分たちが君臨し、圧倒的実力と光の威信を今一度見せつける……と言う図式は、既に無理が来ていますよ」
「……随分、遠慮なく仰る」
「にひっ、あなた方に負けてもらっちゃ困るからこそですよ。ボクの大切なお得意様じゃないですか」
神を気取り、慢心する光への皮肉と見るべきなのか、それとも実際に、油断のあまり光に潰れられては困るという理由からなのか。両方のような気がして、カティノは「それで……」と言う。
「私達にも、今から自然との同盟を進めろと……?」
「備えあれば憂いなしって言うでしょ? ここまで色々言いましたけど、純粋な戦闘力だけで言うならこの星で一番なのはやはりあなた方、光文明。そして資源と物量の多さが一番なのは自然文明。物理的に有利なのがあなた方である事は、まず間違いないですよ。それに……」
アクアンはまた、少し間をおいて告げる。
「この理屈で行くなら世界戦争に当たって一番弱いのは、おそらく戦争にも軍事訓練にもろくに触れず、ただ平和に生きてきた自然文明。ですが……最弱の火文明が最凶になり得るように、自然文明もまた同じく、最凶になり得る。あなた方の協力を得られればね」
「ほう。と、おっしゃいますと……」
「この惑星で千年間、一番『戦争』を学び続けて来たのが火文明なら……一番『信仰』を学び続けて来たのが自然文明だ、と言うことです」
アクアンは一層、笑いながら話を進める。
「ボク達水も、あなた達光も、火も、闇も、常に自分達を一番としてきた。けれど、自然だけが唯一、そうじゃない。自然は自分達ではなく、あなた方を無条件に一番と位置付けている。火にとって戦いが当たり前なように、千年の間で、その信仰を疑いようもない当然のものに仕上げた。……これは、相当な事ですよ。信仰する者の勇気は、戦士の勇気にも劣りません。自分の事を想えばすくむ足も、自分より絶対的に上に座する敬うべき者のことを想えば、絶対に止まりません。そんな芸当ができる事こそ、マナにも、物量にも勝る、自然文明の最強の武器ですよ。あなた方の出方次第で、烏合の衆たる自然も、百戦錬磨の火文明に劣らぬ無敵の軍隊になります。あちらはドラゴンも覇王も失っている、心の底だけの拠り所にする他はないのに対し、あなた方は生きて彼らに神命を下せるのですから余計にね。また、まとまりと言う点においても、これは素晴らしい事です。戦士としてはあちらが勝っていても、同盟軍としてはあなた方が勝る。あちらがあくまで『火と闇』なのに対して……」
「我々は自然を自分たちと同じように、自分たちに同化する手足のように扱える、と言うことですか」
「あらら。お分かりで。ま、確かに自然の事に関しては、あなた方の方がよくお分かりですものね。そうでしょ?」
「……そうですね。自然は……そのような民です」
「もっとも、そこまで仕立てあげるのにはそれなりの準備時間は要ると思いますよ」と、アクアンは付け足した。
「あっちも、戦い慣れしてる。それなりには作戦を立てたり、同盟軍としてまとまりを作ってから来ますでしょう。……あなた方にも、同様の時間が必要なのではないですか。特にあなた達は、『神』……。神様なら、ただ勝つだけじゃダメ。圧倒的で絶対の勝利でなくては、意味がないのでしょう?」
ふうと一息つき、数瞬、カティノは考える。そしてついに……結論を出した。
「……分かりました。あなたの話す所、全部を認めましょう。……良いお話しを聞かせていただきました」
「で、本題の方なんですけどね」
「えっ!?」
カティノは不意をつかれて驚く。アクアンはそれに対して、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「にひひ、今の全部、前置きです」
「はっ……はぁ!?」
「サービスですよ、サービス。ジェノサイド計画に関するお代は頂きません。結局、今日売りたいものの前説なんで」
「なんですって……外は大嵐じゃないでしょうね」
「失礼な!」
呆れぎみに言いつつも、カティノには一方で納得するところもあった。確かに超のつく重大情報だが、30億の値と言うのはいささか違和感があった。
コホンと、咳払いすると、アクアンは端末を操作して、モニターにあるものを映し出す。
「これ……実は色々あって、ついさっき、ボクが入手したものなんです」
それは、円筒系の試験管カプセルに入ったアルカディア・ハートだった。
「物質としては光のマナの結晶体。しかし……見て下さい。このマナの波長」
次に彼は、データを展開した。それに、カティノも……静かに、ごく静かに、驚いた。
「あ、あなた……」カティノは震え声で言う。
「な、何故、これを、あなたが!」
「言っときますけど、今回はボク、特に手は汚してないですからね! あのね、本当に詳しいことはボクにもよく分からないんですよ!」焦り気味に、その話を終わらせにかかるアクアン。
「とにかく、ボクだってこんなのただ持っててもしかたないんです。売るしかないんですよ。……予言者様、あなたのお言葉を持って、さっき仰いましたよね。『聖霊王の加護ある我々』って。……結局千年前、聖霊王がいなければ地上は覇王と闇騎士団に押し切られて支配されていました。……覇王復活は成らないにしても、もしも闇が聖霊王に匹敵する戦力を得たら……そう……例えばあの闇騎士団隊長『バロム』が、『千年前、聖霊王がそうなった』ようにそれほどの存在として『進化』でもしたら……聖霊王なしで勝てる見込みは、おありですか?」
「……」
少しの間、沈黙が続いた。
「そんな状況は、有りえませんね」カティノはようやく、言った。
「私には、確かに見えました。そしてはるか昔にも、予言されたのです。再びその姿を現された……アルカディアス様の御姿が」
「30億、です」アクアンははっきりと告げる。
「聖霊王の身代金としちゃ、冒涜の域なくらい、安いでしょ?」
●
……アクアンが去ったのち。カティノは、アクアンから手渡されたカプセルをそっと開いた。ライトブリンガーの中でも珍しいほどに完全な球体をした彼は、物理的な手段を使わずとも、念じるだけで周囲の物質の物理法則に干渉できる。
真空のカプセルが開き、出てきたアルカディア・ハート……。それを近づけただけでも、もう、カティノには分かった。これは「本物」だ。「千年間、自分たちが望み続けた本物」。
シルヴァー・グローリーを進み、彼は夢見の神殿、それ自身がライトブリンガーであるかのように金色の球体をしているその神殿の、最上層の礼拝堂に辿りつく。見上げるほどに巨大なその礼拝堂を包むものは……壮大なアルカディアスのステンドグラス。
青と金色の装甲を身に纏い、透き通るほど純白の翼を生やした巨大なエンジェル・コマンド。それが、千年前の光文明の勇士たちと共に勇ましく戦う図。それが虹のように、星のように、太陽のように、この世のあらゆる美と輝きを一手に収めたかのように燦然の輝くその様は、まさに夢の光景そのものだ。光文明でもめったな者は足を踏み入れられぬこの礼拝堂だが、仮に地上の民が来ればとても、目を開けてすらいられないだろう。
「聖霊王……いや、アルカディアス」
カティノは厳かに呟く。そしてそっと、祭壇の上にアルカディア・ハートを乗せる。
闇、火、自然……それぞれに強みがあるとするなら、自分たちの強みこそ、まさにこれだ。
千年前、光を神の座にまで高めた偉大なる聖霊王と、精霊たちの他の追随を許さぬ、純然たる「力」。
「あなたの意志は、無駄にはしません」
その祭壇の上には……なんと、ポップルのものよりは小さいが、同じような金色のハートの宝石……別のアルカディア・ハートがあった。
それらは、融合していく。カティノにそうあれと願われるがままに。
そうして祭壇の上には、太陽も最早この輝きを見れば恥のあまり地平線に沈み二度と出てこないのではあるまいか、そうとも思わせんばかりの華麗に輝く光のハートが生まれた。
「秩序の世界、秩序の未来を築くためならば……私は、このカティノは、如何様な事でもする覚悟です。千年前から、ずっと。あなたは、今は……ここでお安らぎを」
そして彼は神殿の中踊るように旋回し上昇する。荘厳な祈りの文句を唱えながら。そしてその祈りに呼応するように……彼の両端に、急に、光が渦巻いた。
そして次の瞬間……彼の右と左に、巨大なエンジェル・コマンドが二体、現れた。
朝日に満たされる暁の空のごとき、白く輝くエンジェル・コマンド。浄化の精霊ウルス。
綺羅星をちりばめた夜空のごとき、黒く輝くエンジェル・コマンド。光輪の精霊シャウナ。
彼らは、ダークロードが使役するデーモン・コマンドと同じような存在。エンジェル・コマンドは……ライトブリンガーの祈りに答えて顕現する偉大な精霊たち。ウルスとシャウナは、カティノが従える特に強力なエンジェル・コマンドだ。
「我らを呼んだか、カティノ」
ウルスは問いかけた。
「ウルス。シャウナ。今すぐ、私と一緒に地上に降りてください。……闇と火が、自然文明を、そして我々を狙っています。秩序の力を持って……地上の秩序の民と共に、彼らを叩きのめさねばなりません」
「闇……千年の時間を持ってすらも、心を改めることは叶わなかったか」と、ウルス。
「火……龍を失ってさえもまだ、非秩序の醜さに気が付かないのですか」と、シャウナ。
「ウルスよ、シャウナよ。私たちが再び示すのです。正義がどこにあるか、秩序とはなんたるか。今の世界の『神』は……誰であるのかを」
「予言者カティノ。貴方の命令ならば、我々は従います」
シャウナが、美しく透き通る声で、答えた。
「祈りの声が聞こえます……我らを呼ぶ声が。ゆきましょう。予言者よ。秩序の僕が、私どもを待っておりますわ」
「愚かなる民どもよ、浄化してくれよう。聖なる光輪の輝きを持って」
●
……そして今、彼らは自然文明の前に、満を持して姿を現した。
銀髭団の面々は、皆寝るどころじゃない。誰もかれも飛び起きて、祭壇の前に集まった。目の前の「神」の輝き、地上のものとは全く違うその輝きは途方もなく眩しいはずなのに、目を皿のようにして見ざるを得ない。それほどまでに、麗しい。それほどまでの、絶対的な魅力。これが、神の姿か。
壁画を見て、神話を聞いて、彼らが心に思い描いていた以上に、それは美しかった。朝と夜の空のような精霊。そしてそれを従える、金無垢の予言者は。
「自然の民よ。恐れることはありません。あなた方の祈りは、我らには届いておりました」
厳かに、カティノは言った。
「あなた方に告げ知らせます。我々、光文明が得た情報です。闇文明は、火文明と手を組み、このフィオナの森を……そして我々のシルヴァー・グローリーを陥落させようと目論んでいる、とのことです」
「火文明……?」
その意外な名前にフィオナが驚く。カティノはそれを見届け、言った。
「それゆえ、あなた方に告げに参りました。我々、光文明が、あなた方に味方をしましょう。非秩序の民どもを打ち崩し、秩序の御代を完成させるために」
フィオナの森の夜は静かだ。世界樹の葉のさざめき以外、本来は何も聞こえないはず。
けれどもその夜だけは……カティノのその一言が放たれたのをきっかけに、ざわ、ざわと声が盛り上がっていった。
それは、歓喜であった。
キマイラが、パラサイトワームが森を荒らしてからと言うもの、何千、何万と唱えられ、そして化け物たちの腹の中に飲み込まれていった、救いの祈り。無力な自然の民たちが、光文明へと縋った気持ち。
それらが今、報われたのだ。光文明が、降臨した。自分達へ、味方をしてくれると。
絶望が、悲痛が、癒されていくかのような感覚を、自然文明の民たちは味わっていた。闇文明に開けられた心の穴が、温かな光で満たされていく。
神は、ここにいた。救いは、ここにあったのだ。
「よろしいですか? 自然の民よ」
夜とも思えない喜びの声が満ちる中、厳かにカティノは言う。
「カティノ様……ウルス様、シャウナ様。千年前、絶望する我らのもとに、貴方様方がご降臨なされた日の事を、儂は忘れもいたしません。こうして再び、貴方様方にお助け頂けるとは……」
フィオナは深々と頭を下げ、そして……涙を流しながら、言った。
「千年前と同じく、儂らは貴方様方に従います。どうかこの地上を、お守りください」
「僕からも……よろしくお願い致します」
歩み出てきたのは、無垢の宝剣であった。
「あなたは……」
「申し遅れました。自然文明の新しい王……無垢の宝剣と申します」
カティノは、その猿の獣人を、少しだけ……ほんの少しだけ、いびつな目で見た。
『何か』が感じ取れた。その少年は純粋で、善良で……目の前にやってきた救いを、一人の自然の民としても、自然を担う王としても、喜んでいるということは、わかった。
だが、その純然たる光の信徒としての在り方を邪魔する……微妙なノイズを、その時カティノは感じ取った。
しかし、その時、カティノはそれに関して何も告げはしなかった。
「承知いたしました。自然の王よ。……我らと、共に戦ってください」
なぜなら、このちっぽけな少年のノイズなどものともしない……圧倒的な「歓喜」が、目の前にあったからだ。
世界樹すらも、眠ることをやめていた。
鮮やかなエメラルド色のマナが、世界樹から次々に放出されていた。夜空を隠すはずの世界樹が、転々とした光をほとばしらせ、カティノ達が降臨したその場を、満天の夜空よりも美しく彩ったのだ。
キマイラに、パラサイトワームに傷つけられ、蹂躙された森。その象徴が、誰よりも喜びを表に出していた。
夜に眠るツリーフォークが、マナの色に輝き、花を咲かせた。ジャイアント・インセクトも、コロニー・ビートルも、目を覚ます。しかも普段は獰猛な彼らが……しんみりと、その輝きに心を奪われて。
「おお……」
フィオナがその光景に、声を上げる。
今すぐ、自然文明中のあらゆる種族に知らせろ。
光文明が、我らを救うために舞い降りた。
飛び交う声と共に、世界樹は輝く。カティノ達とマナの輝きに包まれた中央深部は最早、昼間のようだ。森そのものが、彼らの到着を待ちわびていた。フィオナの森そのものが、神の到来を祝福した。
一日遅れて、闇と火に対する……光と自然の同盟も、成立したのであった。
●
「にひひっ、凄いよキャンドルちゃん!! 30億だよ! 一気に30億っ!!」
アカシック3に帰還したアクアンは、上機嫌で自分の口座の番号を眺めていた。フェアリー・キャンドルもその額に釘づけだ。
「すごいですわ! 社長! わたくしにもボーナスくださいまし~っ!」
「にひひひひ、いいよ、あげちゃう! もとはと言えばキャンドルちゃんのおかげだしっ!」
金を貯めるのだけが趣味のアクアンが浮かれる瞬間と言えば、こんな時くらいだ。桁違いの臨時収入に気がよくなっているうちにせびらなくては、と言うのが、キャンドルの思惑であった。
「そう言えば社長、あのお二方はどうなさいますの? メガリア様へは?」
「暗黒皇女様だってダメ元なんだからさ。何か適当な物でもお詫びに贈ってお茶を濁しとけばいいじゃない」
アクアンは平然と、そう言い放つ。
「あの二人はウチで匿うよ。ボクはいつだって、儲けさせてくれる方の味方さ、にひひ!」
「まー……そうですわね」
「それに、あの予言者の方も……ボク、大体分かったよ。いや、というか……分かってたけど、今日ようやく確信できた。やっぱり……ボクの思ったとおりだ」
哺乳瓶型容器の流動食を飲みながら、アクアンは語る。諸々の予想は、一応フェアリー・キャンドルも聞かされていた。
「だからね……」
「だから……何ですの?」
「だからこそ、あの二人は匿わなきゃ。物には売り時があるでしょ。散々事態を引っ張ってあの予言者の額が一番吊り上がったころ……」
きゅぽん、と哺乳瓶容器のおしゃぶりの部分から、口を離してぺろりと舌なめずりするアクアン。
「光文明にちゃんと引き渡してあげなきゃね! にっひひひ!! そのためにも、あの妖精もいなきゃ。あの妖精がいれば、クルトはここを離れないでしょ!」
彼に合わせてウフフ、と笑うフェアリー・キャンドル。
「やっぱり、社長は抜け目有りませんこと!」
火文明と、闇文明。
自然文明と、光文明。
世界を二分する戦争……後世にまで語られる、史上に残る大戦争。その立役者たるふたつの同盟が、いよいよ、出揃ったのだ。
●
そして、光と自然が組んだとはまだ知る由もない火文明の面々は、今、ハウクスの「もう、大丈夫ですよ」の一言で、一斉に目を開けた。
魔術によるワープ……と言う慣れない感覚の前に、少々、乗り物酔いのような気持ち悪さを覚えている。
しかし、彼らはそれに戸惑っている場合ではなかった。気が付けばそこは、空の見えない地下世界。そしてそこに広がる……禍々しい地底の帝都だった。
「さあ、皆様。ご案内いたします」
ハウクスが嬉々として告げる。
「ようこそおいでくださいました。これが我が闇文明の都……魔霊宮です!」