闇文明。
一切交流も縁もなかった火文明にとっては、漠然と「地底に住んでいる」と言うイメージ程度しかなかった相手。
今、彼らはそれを目の当たりにしている。あたりを見渡せば、上方は暗く閉じている。明かりは天から降り注ぐものではなく、建造物に細々と存在するものにすぎない。煙や蒸気、硫黄の匂いとはまた違う、静かに立ち込める重々しく、湿っぽく、居心地の悪い空気。ハウクスが言うには、闇は強烈な瘴気が立ち込めた土地であるということ。闇へのワープは瘴気への適応処理も兼ねるが、それなしに来てはすぐにあてられて命を失うだろう、とのことだ。
火文明も褒められた環境ではない。生まれた時からそこに住んでいるとはいえ、自分たちが相対的に見て貧しい部類の土地柄に住んでいるのだという知識は持っている。けれど、そんな彼らから見ても……闇文明の環境は正直な話、気が引けるような不気味さを感じた。
そして、それだけではない。目の前に見える禍々しくもどこか壮観さ、気高さを漂わせる貴族の都、魔霊宮はまだしも……その下からうごめく声が、聞こえてきていた。言葉にならない声をあげて、自分たちの存在に興奮気味に反応する声。
「あれ……なに?」
ドラゴノイド軍の一人として来ていた、エグゼドライブが聞く。「ああ」と、ハウクスは返した。
「魔霊宮のおこぼれで食べている、闇の種族たちですよ。リビング・デッドに、作りそこないのキマイラ……まあ、我ら闇文明の種族も、おいおい詳しくご紹介いたします。来客が珍しいものでね、皆、興奮気味なのですよ。ウフフ」
その時、ズッ、とやってくる影のようなもの。半透明なそれが……紅戦線の代表の一人として来ていたミサイルボーイの背後に現れる。
「カラダだ……」
「カラダ……綺麗なカラダ……よこせ……」
不気味に呟くそれにミサイルボーイが「ひぇっ!?」と声を上げる。ホーバスが怒って「貴様ら! ミサイルに何をするか!!」と腕に仕込んだ銃を、ためらいなく撃った。
彼らは弾に当たり、四散する。だが……実体のない彼らは四散してもなお、いや、四散したカケラ一つ一つが「カラダ……カラダが……欲しい……」と呻き続けている。
やれやれ、とハウクスは呟き、そして言った。
「黙れ。この方々はダークロードの客人だ」
決して怒声を含んだ声ではなく、むしろ当たり前のように吐き捨てたその言葉には……だからこその貴族の威厳とでもいうのだろうか、そのような名状しがたい圧倒感があった。それに対して彼らもビクリ、と怯えてどこかに飛んで行ってしまう。
「失礼致しました」ミサイルボーイに頭を下げるハウクス。
「あれはゴースト。肉体を持たぬ霊体のみの存在でしてね……我ら闇文明の、最多種族とでもいうべきでしょうかね」
「つまり、俺らやヒューマノイドか……」と、ドラグストライク。
「にしては理性には乏しそうだったが」
「ははっ、言葉が話せるだけでも上等の種ですよ。この地底においては」
当たり前のように笑い飛ばすハウクスに対して、その内容に少々引く火文明一同。
「ヴァルボーグよ……ヒューマノイドの貴様と思惑がかみ合うのは、おそらく今日が初めてだろうな」
「奇遇だな、オレもそう思ってたところだよ。できる事なら、最初で最後になりたいもんだがね」
と、ヴァルボーグとユーカーン、先頭の二人は会話を交わす。ハウクスは気にしていなさそうに、魔霊宮の門を開けさせる。門番は……悪臭を放つ、人型のヘドロ。
「わたくしだ。通せ」
「ハウクス様とお客様! どうぞ、お通りをずら!!」
明るく発せられたその言葉に似つかわしくないほどグロテスクな風貌に、またもや後ずさりそうになる火文明の一同。
「あ、あの……あれは?」
と聞いたエグゼドライブに「ヘドリアン、と言う種族ですよ」というハウクス。
「この地底世界じゃ比較的頭がよくてね。職務を任せるにはちょうどいいのです。さ、都の中に入りましょう」
あれが、比較的頭のいい種族……。火文明一同は、頭を抱える思いだった。カルチャーギャップにしても、悪趣味が過ぎる。
戦争にあたり、支配体制がないという火のディスアドバンテージを補うため体制を肩代わりする……と言うのが闇の言い分だったが、はっきり言えば今の彼らは、闇を尊敬できる気はしていなかった。光文明のような口を叩きたくはないが、賤しい、と言う一言が似合うような気がした。
魔霊宮に入ると、雰囲気は幾分か落ち着くも……やはり、そこらにうごめいている種族たちはグロテスクなもの。さすがに帝都内に住んでいるものは大人しいのか、ミサイルボーイを襲ったゴーストたちのように飛び掛かりはしないものの、それでも目を爛々と瞬かせ、飢えた目で彼らを見ている。彼らを押し留めているのは理性というよりも、あくまでその先頭にいるハウクスの存在なのであろう。
それでも涼しい顔をしたハウクスに連れられて進んでいくと……やがて魔霊宮の頂上、とでもいうのだろうか、一番高い所にある、神殿のような巨大な建物に辿り着いた。ここが、『死皇帝アザガースト』の宮殿であるとのことだった。
建物の中に入っても、禍々しい雰囲気は変わらないが……やはり、皇帝の館ともなれば流石に上品さも感じた。彼らは巨大な広間に通される。
壁一面に刻まれている壁画が、目を引いた。そこに描かれていたのは、黒い姿のダークロード……の様であるが、明らかに普通ではない。ハウクスを見る限り、ダークロードはヒューマノイドより少し背の高い程度ではあるが……目の前の彼の足元には、山のようなもの、海のようなものが描かれている。それらはせいぜい、彼の足の甲の高さにしかなっていない。
その周りには、様々な異形の悪魔たち。少し小さく、しかしこぎれいな風貌の人型の種族は、歴戦のダークロードの勇士たちであろうか。そしてその巨大な姿のダークロードと同じほどに目立つ、中央に配置された人物が二人。
一人は、若いダークロード……剣を構えている。剣士であろうか。この巨大なダークロードが王なら、彼に仕える将軍と言うわけだろうか。コケのような緑色で塗られた巨人たちの躯の上に立っている姿は、貫録を感じさせる佇まいだ。
そして、もう一人は……悪魔。巨大なダークロードほどではないにせよ、その他の並み居る悪魔を率いる、不気味ながらも堂々たる姿。獣のような頭を持ち、背中には一対の黒い翼。掌からは黒い闇を放ち、すすけた金色で塗られた、光文明と思しきクリーチャーを倒している。
しかしやはりそんな彼らをすべて統率するかのように、高い床から天井まで描かれた巨大なダークロードの佇まいが、やはり一番に圧巻だった。ダークロードらしからぬ、この巨大さは何事なのだろう。かつての王の偉大さを、視覚的に表した表現なのだろうか。それとも……この星にかつて、こんな何もかもを凌ぐばかりの、巨大な存在が、いたのだろうか。
「『覇王ブラックモナーク』様です」ハウクスが、壁画を見つめる火文明の民たちに言う。
「誰だ? それ」と聞いたのは、エグゼドライブ。
「千年前……我らが地上に住んでいた頃、我らの王であったお方です」
「すげえ、でっかいんだな。本当にこんなにでっかかったのか?」
とすかさず質問をしたのは、ゲットだった。
「はい。わたくしは幼子でした故、直接お言葉を賜ったことはありませんでしたが……それでも、あの方の御姿は、どこにいても見えました。何者よりも大きく、何者よりも偉大、我らが前にみ姿を現せし闇の化身……それこそが、ブラックモナーク様でした」
「ふーん……」と、ゲット。
「だが、そんな王がいても貴様らがこんな悍ましい土地にいるということは……要は、それしきの存在だったのだろう。よくもまあ……こんな大層に描いたものだ」
不意に響いた、その声に場の空気が一瞬凍る。声を発したのは、ドラグストライクだった。
「……ああ、ドラグストライクさん……でしたかね。よいですか? 一つ……盟友となった貴方に、ご忠告をさせていただきましょう」ハウクスは少しの間の後、穏やかに告げる。……殺意に満ちたかのような穏やかさで。
「龍を崇める貴方が何を見下そうと勝手。貴方が内心で何を想おうと、別にかまいは致しません。ですが……それを口に出すなら、話は別。この闇文明で、ブラックモナーク様の侮辱など、言われないほうが賢明と言うものですよ」
「ほう……」
「わたくしは貴方方に愛着を持っておりますゆえ、忠告をいたします。ですが貴方がこの先ブラックモナーク様を侮辱し続けるなら……貴方の魂の安寧の保証は、出来かねますな。我らダークロード、死霊を操る魔術師。我らの怒りの前では、死すらも終わりではないことを、ご存じあれ」
「……」
ドラグストライクは、引っ込む様子を見せない。大体、実を言えば彼は王たるユーカーンが決断してなお、最後まで闇と組むことには気乗りがしなかったのだ。龍を「卑怯な手段」で奪い去られた自分達とは違う、正面から戦って正面から負けた正真正銘の負け犬たち、そんな奴らをなぜ、同盟の盟主と仰がなくてはならないのだ、と……。
だからこれも、彼にとってはただの嫌味でもなく、闇に自分たちはおいそれとは従わん、と言う態度を表明したいという意志であったのだ。しかし引っ込む様子を見せないからと言って、一切動じてないかと言われればそれもまた違う。ハウクスは口調こそ穏やかながらも、思った以上に本気で怒っていた。そしておそらく彼の言う言葉信じれば……他のダークロード達は尚のこと、ブラックモナークへの侮辱を許さないのだろう。
「(負け戦の将を英雄と崇拝し続けている、それ以外の心の拠り所がないのか……ふん、まさに負け犬の国だ)」
そのことを悟って尚彼らを見下しながらドラグストライクはハウクスと睨み合っていた。大広間にピリピリと緊迫した空気が漂う。
「……なあ、ハウクス」
その空気の中に、唐突に割り込んできたのが、ゲットの声だった。彼一人は、この空気を察知していないかのように。
「……なんです? 坊ちゃん」
ハウクスの声も、さすがに不機嫌そうになってきていた。ゲットは「お前ら、今もこの……えっと……ぶらっく、あれ……」
「ブラック、モナーク、様です」
「ブラックモナークの事、大好きなのか? 大昔の奴なんだろ?」
「ええ、お慕いしておりますよ」ひとまずハウクスも、ドラグストライクを無視して彼の質問に答える。ダークロードの中に未だに残るブラックモナークへの敬意を、今一度知らしめんとするように。
「未だ、我らダークロードが何よりも崇める絶対君主、それが、ブラックモナーク様です。その威厳も、ご意志も……千年前から色褪せることはありません。ブラックモナーク様を侮辱するのは……我らダークロードの全てを侮辱するにも等しい事」
「ふーん……」とゲットは少し考えて、言った。
「闇文明にもそんなにすっげえ、仲間想いのいい王様がいたんだな……」
その一言で、場の空気が変化した。
「……え?」
先程とは違う意味で止まった時間の中に、ハウクスの若干気の抜けた問いかけが響く。
「どういう意味だ、ゲット」
ボーグが、ゲットにさらに言葉を促した。「うん、えーっとな……」ゲットは一生懸命、頭の中で言葉を整理する。そして、とりとめがないながらも……できる限り順番に、言葉を引き出していく。
「あのな、オレの友達が言ってたんだ! あの、サイバーロードっているだろ、あの水文明の小っちゃい奴ら! あいつら何で小っちゃくて弱いのにリーダーになれるんだろうなって聞いたらな、そしたら、きっと誰よりも水文明の事が好きだからじゃないか、だって。だからな、オレ、王様とか、リーダーとかって、確かに強いのも大事だけど……自分の仲間たちの事が誰よりも大好きだからなる、ってのもあると思ってんだ! それに、仲間を大切にしてないリーダーなんてついてく方も嫌じゃん! 多分いなくなったら、あーよかったって思うだろうし、こんな絵描いたりとかしねえじゃん! だから、このブラック、モナークって王様もさ、そんくらいいい王様だったってことは、そんくらいお前らの事大切にしてたし、だから千年も経っても、お前達ずっとブラックモナークの事好きなんだなって思ったんだ!」
やっと言葉が終わって、しばらく……沈黙が訪れる。予想だにしていない言葉に、ハウクスも反応が遅れていた。少なくとも、先ほどまでのギスギスした空気は完全に消えたが……。その時。
『……アッハッハ、そうだよ! 分かってくれるねえ、おちびちゃん!!』
大広間に突然、声が響いた。口調こそ軽いものの、地の底から湧き上がるような不思議な気迫と威厳を携えた声。
火文明の面々は慌てて、あたりを見渡す。だが、新しく現れた姿はない。そして、ハウクスの声……。
「ア……アザガースト、様っ!?」
『ごめんねえ、ハウクス。僕からの挨拶は後でのつもりだったけど……ブラックモナーク様のこと話されてて、思わず出ちゃった! ……んまあ、火文明の皆。ようこそ闇文明へ、長旅お疲れ様ー。僕が、今の闇文明の皇帝、死皇帝アザガースト。よろしくねー』
「し、しこうてい……」
「アザガースト……」
その態度にぽかんとするユーカーンとボーグに、ハウクスは言う。
「早くご挨拶をなさって下さい……言っておきますが我らはブラックモナーク様への侮辱同様、アザガースト様への無礼も許しませんので……」
『あーもうハウクス、いーのいーの、僕のことはあとで。いやーそれよりもおちびちゃん、いいこと言うねえ! いい王様だったよぉ、ブラックモナーク様は! 本当に、僕たちの事を理解して大切にしてくれた……最高の、闇の王様だった』
「お前もブラックモナークってののこと知ってんのか!?」
『お前はないでしょう、坊ちゃんっ!』
声を荒げるハウクスはその勢いで、ヴァルボーグの事も睨みつける。
「……すまん、死皇帝とやら。ウチの方針で、ウチの奴らは全員、隊長のオレにもため口を利かせてるもんでな……」
『僕は別にかまわないよー。敬われてばっかだって飽きちゃうし。子供は生意気なくらいが可愛いよー』と軽く流し、『そうそう。僕はこれでも、ブラックモナーク様にお仕えしていた将軍だったからさ』
「へー……じゃあ、すっげえ強いんだな」
「こちらの方です!」ハウクスは業を煮やし気味に、壁画を指さした。壁画の、禍々しい剣と共にジャイアントを大量に屠る、ダークロードの剣士を。
「アザガースト様は千年前の戦で、ブラックモナーク様の一番の忠臣として武勲を立てたお方! そのため、ブラックモナーク様亡き後闇の指導者となられたのです!」
「マジか! ほんと、つえーんだな!」
『えへへ、自分の話だと照れちゃうなー』と、アザガーストの声。
『素直でかわいいじゃないか。火文明の皆。僕は、君らを歓迎するよ。何もないとこだけどさ、ゆっくりしてってね。あ、リーダーの皆。後日また会おうねー。それじゃ、ばいばーい』
……そう言葉を残して、声は途切れた。