Saga of Creatures   作:hinoki08

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ふたつの同盟 4

 

 スピーカーと言うわけでもなく、離れた所にいる『死皇帝』の声を聴く……ダークロードの魔力の片鱗を味わった火文明の面々に、ハウクスはコホンと気を取り直して告げる。いずれにしてもゲットの言葉、そしてアザガーストの介入で、一触即発の空気が消えたことだけは確かだ。

 憮然として、ドラグストライクは押し黙る。

「……では、みなさん。いずれ貴方方の歓迎の宴を開きますので……それまで、ご自由になさっていてください。他の部隊の方も、もう到着しておられますよ」

「他の部隊……」ホーバスは言う。「親父も……?!」

「あ、はい。ヴァルバロス様ですね。すでにおられます」

「兄貴! 兄貴のお父さん、会いに行こうよ! 久しぶりでしょ!?」

「あ……うん、そうだな」と、ミサイルボーイと言葉を交わすホーバス。次第にみんな、バラバラに話し合ったり離れたりしていく。

「ドラグストライク」とその中で、漸くユーカーンが声をかけた。

「お前の意図も分かるが、余り褒められた言葉ではなかったな」

「……龍の民が、負け犬風情に尻尾を振れと仰るのですか?」

「そうまでは言わんが……それでも、あのヒューマノイドの子供の言った通りだ。強いだけでなく立派と思われるに値する心根があればこそ、今でもその名が語り継がれ、崇められているのだろう。いくら力があろうとも、強さを持って暴政を行っただけの王が、死後も崇められるということはありえぬ。そのような王はただ、忌まれ、忘れ去られるのみだ」

 お前が出来ぬと言うことはない、ユーカーンは言った。

「お前がスノーフェアリーの少女の論理に、同調せずとも敬意を払ったように、彼らの慕う覇王にも敬意を払え、と、俺はそう言っているのだ。誇り高き龍の民として、な」

「……分かりました、反省します」

「謝るべきは、俺ではない。分かっているだろう」

「……はい」

 そして踵を返すドラグストライク。ユーカーンはふう、と一息つく。あの時の子供は、確か……一度ならず二度までも、彼に借りを作ってしまった、と言うわけか。

 

「ハウクスさんよ」

 と、ハウクスに声をかけたのはジョーだった。

「なんでしょう?」

「オレはちょっと、闇文明を散歩してみたいんだが……」

「……ああ、よろしいでしょう。では、これをお持ちなさい」

 ハウクスはすっとカンテラを取り出し、さらに掌から闇のマナを取り出して、それを放り込んだ。闇のマナは黒色をしているが、強く輝きだしたそれは黒と言うよりは紫だ。

「明かりがご入り用でしょう。わたくしの魔力を込めておりますから、闇の種族も手出しをしてはきませんよ」

「本当か、悪いな」

 カンテラを持って大広間を出ようとするジョーの姿に「ジョー、どこ行くんだ!?」とゲットは言った。

「オレもついてく!」

「うん、一緒に来いよ」

 ジョーの方も、笑って同行させる。

 

 

「さっきのは凄かったぜ、ゲット」

 王宮から離れ……荒れた道を行きながら、ジョーは話す。よくよく見てみれば、魔霊宮の中ですら、中心部を少し離れれば道は荒れ放題だ。

 大爆発の影響を一番受けたのは、この地底の文明だったということだろう。隠しきれないほどの被害の爪痕が、闇文明には残っているのが推し量られる。

「みんな、お前の言葉で黙っちまったもんな、すごいぜ」

「えへへ、ありがと!」

「まあ……オレも、ドラグストライクの気持ちは分からねえでもないけどよ」

 ジョーが闇を少し一人で歩いてみたいと言うのも、闇を今一つ信用しきれないからだ。ハウクスといれば安全ではあるだろうが、見せたくないものは隠蔽される可能性もある。

 少し歩いてもどうにもならないかもしれないが、少しでも自力で仕入れる情報が欲しい。実際、ハウクスの見せなかった闇の大爆発からの被害の痕跡が、こんなにすぐに、目に入る。……先方も、舐められたくないのだろう。

「負け犬ってのは流石に趣味が悪いが……得体が知れないことは確かだもんな」

「うん……ま、たしかにそりゃ、そうだけど……」

 落ち着いてみれば余計に、闇の種族はグロテスク揃いだ。

「あいつ、自分の顔食ってない?」

 すす状の生命体が仮面をかぶった種族……《デビルマスク》を一体指して、ゲットが呟いた。

 そのデビルマスク、《逆歯怪人トマホーク》は、自分の顔になっている仮面を、その仮面の歯でガリガリ噛み砕いている。腹が減っているのだろうか? そうこうしていると見ているうちに下あごがなくなり、トマホークは噛むものをなくして手持無沙汰そうだ。

「なんだろな、あれ……」

 ジョーが呆れたように言うと、背筋にひやりと走る感覚。ゴーストだ。

「一人にするな」

 冷たい声が響く。振り返ると、少女の顔をした小さなゴースト……だが小さいとは言っても、その禍々しさはやはり、闇文明のもの。

 ひっ、っとゲットが驚く。ジョーがすっと紫のカンテラをかざすと、少女は怯えたように離れる。やはり、彼らもダークロードの力は怖いらしい。

「ほんと、すげえ所だぜ」

「うん……オレも、正直、闇、怖いかも……」

 少女のゴーストはいまだに「一人にするな」「一人にするなぁ……」と呟きながら、ゲットとジョーの後ろを付いてきている。ハウクスの力の籠ったカンテラが怖いのか、距離は取りつつ。それを気にしながら、ゲットがそう呟いた。

「あー……お前、昔から苦手だもんな……お化けとか、そう言う話」

「ん。んだよ! オレもう大きいんだからな! 大丈夫だぞ!!」

「まー、でも……怖くっても……あー……それ以上にお前、なんかハウクスのこと嫌ってたみたいなのによ」

 ジョーにも、どことなくゲットがハウクスに、そして闇文明に抱える複雑な感情は分かっていた。ポップルのことを始め。

「でもお前、ハウクスの味方したのか? 偉いじゃん」

「んー……だってよ……」

 ジョーの言葉に、またしても自分の気持ちをうまく言葉にできないながらも、必死で言葉を探して答えるゲット。

「なんか、違うじゃん……そいつが好きとか嫌いとかそう言うのと、そいつが凄いかって事……」

 今までは、大好きなボーグは、マイキーは強かったから、その強さで敵をなぎ倒していたから、だから強い者が好きなのだと思っていたけれど。

 最近、それが揺るがされてきているのが、ゲットには自覚できていた。

 ポップルは多分、強くはなかった。彼女がボーグのように強ければ、光文明相手にやられることだってきっとなかった。

 クルトは正真正銘、弱かった。

 光文明は、強かった。ジェスと戦った時も、谷底で戦った時も。凄まじいほど強い、そんな存在がいるのだと……覚えこまざるを得なかった。

 けれど自分は、ポップルやクルトの事が好きだった。光文明は今なお、嫌いだ。

 凄くなくても好きにはなる。けれど逆に、嫌いであっても、好きではなくても、それが凄いかどうかと言うことはまた別だ。それは事実として認めはしなくてはならない事だし、反対に、凄くても嫌いになる事とてままあるのだ。強いて言語化するならば、そのような想いだった。

 一生懸命それを説明して、ようやく終えたゲットの頭に、ジョーはポンと手を乗せた。

「お前……意外と頭いいよな、ゲット」

「そ、そうか?」

「おう。オレもバカだし偉いことは言えねーけど……そうだと思うぜ」

 頭がいい、なんて褒め言葉をかけられるのは、ゲットにとっては初めてだった。照れるより先に、戸惑いが来るほどに。

「あ、ありがとな……」

 フフ、とジョーは穏やかに笑う。

「いや……しっかし、本当にすげー所だよな、闇文明」

 中心部を離れれば離れるほど荒れ果てていく光景を目に、ジョーはまた改めてそう呟く。

「正直、オレも闇文明を好きにはなれそうに……」

 と、彼が呟きかけた時だった。

 少し離れたところに、別に紫色の明かりがある。誰かが、そこにいた。

 

 切り立った崖の上に腰かけて、高みからその下……おそらくは闇の下等種族たちが呻きながら飢えに悶え苦しんでいる様子を見て、上機嫌そうにくすくす笑っている。その慣れた様子からも、地上から来た客ではなくダークロードであることは間違いない。

 それは、若い女性のダークロードだった。

 丈の長いスリットドレスから覗くすらっとした二本の足は、そして武骨な鎧とは似ても似つかぬ高貴さを感じさせるそのドレスに包まれた肢体は、彼女が本当に闇の貴族としてやんごとない立場であることを象徴しているかのように細長く滑らかで、傷一つない。腰には長い剣を携え、傍には宝箱……生きた宝箱、《パンドラボックス》を連れている。そしてその頭には眼孔の四つ開いた不思議なデザインの巨大な冠を被って、顔の上半分をハウクス同様に覆い隠していたものの……下半分でも、そして遠目からでも分かる。このグロテスクな生き物の跋扈する闇文明と言う印象からは信じられないほど……いや、いっそ闇の下級種族は彼女に全て美しさを吸われてしまったからこうなのかと思うほどの……絶世の美女が、そこにいた。

「……何だろ? あいつ……」

 ゲットが呟く。下から聞こえてくる声を聴いてみても、楽しそうなものがあるとは思えない……と言うより怖くて下なんか見れないのだが、何故彼女は上機嫌そうなのだろう。

 やっぱ、闇って怖いな、と言いかけた時……。

「……ジョー……?」

 振り向いた先にいたジョーは、どこか心ここにあらずの様子だった。ゲットの言葉にも、完全に無反応のまま、ボーッとして彼女に釘付けになっている。

「え? ちょっと……ジョー? どうしちゃったの?」

「お嬢様ぁっ! ここにおられましたか!」

 そんな時、彼女の方に駆け寄ってくる存在がいた。おそらく、彼もダークロードだ。

「このような所をぶらつかず……早くお戻りを!! こちらで諸々の準備もありますゆえ……」

 彼の登場に、その美女は振り返って……そして思いっきりチッ、と舌打ちした。

「絶対イヤ。めんどくさいから。お姉ちゃんにもそう言っといて」

「そっ、そのようなことを申されずにお願い致しますっ! これはですね、闇文明のメンツの問題で、死皇帝アザガースト様に仕える私としては……ア゛ァーーーッ!!」

 男の声は、途中で終わる。と言うのも、ためらいなく美女が彼を、おそらく闇の魑魅魍魎が跋扈している崖下に蹴り落としたからだ。

 彼女は立ち上がって、伸びをする。

「んー……飽きてきちゃった。ベンゾ、あたしもう帰って寝るから。バグザグールはあんたが回収しといてね」

「えっ!? オレが!?」隣にいた宝箱が驚いたように口を開く。

「勘弁してくれよぉ、宝箱だってそりゃ喰われないけど、噛まれりゃいた……ア゛ァーーーッ!!」

「あたしの命令が聞けないの? とっとと行け!!」

 宝箱の方も、崖下に蹴り落とされたのだ。

「ほんと、箱使いの荒いお姫様だよぉぉぉぉ……」

 宝箱の悲痛な声が遠ざかっていく。彼女はそのまま、すたすた歩いて中心部の方に帰っていった。

「(ダークロード、怖……)」

 一連の事を見て、ゲットはそう感想を抱く。ハウクスはあれで、穏やかな方なのかもしれない。

「……ゲット」

「う、うん、ジョー……」

 てっきり、ジョーも同じようなことを言ってくるのかと思ったら……ジョーはまた再度、ゲットの頭にポンと手を置いた。

「お前、もう大きいから一人で帰れるよな? 先に帰っとけ」

「え……えっ? ジョー……あの、本当にどうしちゃったの!?」

 そうゲットが戸惑っているのを整理する余裕もない中、ますます答えにならない返答をするジョー。

「初めてだぜ……こんな気持ちは……あんなっ、あんな美人が、この闇文明に……」

「え、何が?」

「こうしちゃられねえっ! ボーグには心配すんなって言っとけ! あばよっ!!!」

「だから、何が何ーーー!!?? ……っていうか、カンテラーーーーっ!!」

 ゲットが結局サッパリ要領を得ないまま、ジョーは飛んで火に入る夏の虫のように、彼女の消えた方向めがけて走り去って行く……ハウクスからもらったカンテラと一緒に。

 そうすると、どうなるか。ハウクスの魔力で遠ざかっていた彼らは、一斉にゲットの方向を見る。中でも……ずっとしつこく彼らを狙っていた少女のゴーストが、ついに得たりとばかりにゲットの方にやってきた。

「一人にするなぁぁぁぁっ!!」

「一人にしないでぇぇぇぇっ! ジョーぉぉ!!!」

 そして威嚇のように発せられた彼女の声とゲットの悲痛な声が、見事同時に響いた。

 

「……」

 少女のゴーストは目をぱちくりさせて、ゲットを見てる。

「お前も一人か?」

「え?」

 驚かすような態度しか取らなかったゴーストがまともに話しかけてきたことに、ゲットは一瞬驚く。

「う、うん……」

「お前、置いてけぼりか……かわいそうだな……」

 そう話しかけてくるゴースト。「(ゴーストに同情されちゃったよ……)」と、ゲットは内心で思う。

「お前、かわいそうだから襲わないでおいてやる……」

「ほ、ほんとか?」と、ゲットは言う。

「ありがとな……お前、名前は? オレは『小さな勇者ゲット』!」

「……オレの名前なんて聞く意味ない」

「んなことねーよ、襲わないでくれたじゃん!」とにかく地獄に仏……仏と言うには禍々しいが、とにかくも襲うだけでない彼女がいてくれたのはありがたかった。

「……《ロンリー・ウォーカー》……《孤独の影ロンリー・ウォーカー》だ……」

「そっか! ロンリー・ウォーカー。あのさ……オレ、しこーてー? の宮殿の方に帰りたいんだけど、道、わかんねーんだよ」

「……ついてこい、オレが案内してやる」

「ほんとか!? 頼むよ!!」

 ジョーの事をボーグになんと説明すればいいのかはまだよく分からないが……とにかく今は、皆の所に帰りたかった。

「いい……」ロンリー・ウォーカーはボソボソ喋る。

「お前、置き去りにされてかわいそうだから……一人になるのは、嫌だから……」

「ちょっ、ジョーはオレを置きざりになんて……まー……でも、いいや!」

 とにかく、ありがたいことには変わりない……ゲットは、笑いかけた。

「お前、優しいんだな。ロンリー・ウォーカー。ありがと!」

「……オレ、優しくなんかない」

 ボソボソ言いながらも少し照れた様子のロンリー・ウォーカーに連れられて、ゲットは死皇帝の宮殿に戻っていった。

 

 

 ちなみに、その頃。

「も~~ホーバスゥ!! パパに会えなくて寂しかったか~~~?? 寂しかったろぉ~~~??」

「おっ、親父……ちょっ……皆見てるし……あの、オレはもう子供じゃないのだから……」

「釣れないこと言うなよぉ~~!! せっかくパパと会えたのに~~!!!」

「ははっ、パパさん兄貴の事大好きだね!」

 死皇帝の宮殿の中でそう騒いでいるのは……ホーバスとミサイルボーイ、そしてホーバスの父、機神装甲ヴァルバロス。

 ……結構な親バカで有名だった。

 ホーバスもさすがに恥ずかしいのだが、機神装甲を纏う父にはいまだに力では敵わない。それに内心では悪くも思っていないのか、結局口だけで結果的にはされるがままだ。

 そして子供が抱かれるようにがっちりスキンシップを取られている兄貴分を横から苦笑半分、微笑ましい半分で眺めているのがミサイルボーイ。

「おうよっ! もうかわいくてかわいくてしょうがないぜぇ~? ミサイルくんもいつかパパになったら分かるよ!」

「ミサイルにそんな話はまだはえーよ、親父っ!」

「あ、あはは……」

 苦笑するミサイルボーイだった。

「でも、なんでそんなかわいいのに兄貴が違う部隊にいるわけ? 兄貴って確か、子供のころ紅戦線に来たんでしょ?」

「んー? そりゃ、君ねぇ……可愛くてしょうがないからに決まってんだろ? もう自分じゃとてもシゴけねえくらい、ホーバスが可愛いんだもんよ~!」

 とはいえ、やはりヴァルバロスも機神装甲を任されるだけあって相当の戦士だ。戦いの話になると、いささかばかりの真面目さを取り戻してくる。

「でもよ、そんなふうに育てたって、何にもならないしな。戦場じゃ、親の七光りなんてクソの役にも立たねえもんよ。クソのほうが燃料になるだけましなくらいだぜ。俺が一人前の戦士に育てる甲斐性がねえんなら、他の信頼できる奴に任せるしかねえじゃんか」

「……へー」

 ヒューマノイドには、親のいない子供はさほど珍しくもない。だけれども親子がしっかりあったらあったで、このような考えにもなるのか、ミサイルボーイは今一度、舌を巻いた。

 

 

「(……あいつ、変わってねえな、いろいろと)」

 それを影から聞いていたのは、ボーグだった。

 どうも、大勢と騒ぐのは性に合わない。彼は今一度、人が引けた先ほどの大広間に引き返して、もう一度ブラックモナークとやらの壁画をじっくりと眺めていた。

 ブラックモナーク自身の、悪魔やダークロード達の雄姿もさることながら。

 ブラックモナークの頭の近くに、小ぢんまりと描かれた太陽。

 彼に踏み潰されていれど、確かにそこにある緑の山林。

 地下にないものが、闇文明においてこの絵の中にのみ存在し続けている。何百年、何千年とこの地底に生きることになっても、決して地上の光景を、地上の景色を、そして……確かにそこに存在していた覇王、ブラックモナークの姿を忘れるか、忘れてなるものかと言う、地獄の業火のような怨嗟と情熱が、感じ取れるような思いがした。

 その時。

 

「何者じゃ?」

 

 かつん、と軽く響いた音は、その足音の主が同じ火文明の者ではないことを物語っていた。ハイヒールの音。火文明の戦士なら、とても履くようなものではない。

 振り返ると、そこにいたのはダークロードの女性だった。

 ダークロードにしては少し小柄なようにも見えた。だがそれ以上に目を引くのは……その顔面を完全に覆い隠す、つるりとした黄金の仮面と、両の腕にはめられた、不気味な輝きを放つ黄金の腕輪だった。

 それだけではない。頭を覆う角の覗く黒い頭巾、長袖、長ズボンでかっちりと細身の全身を覆い隠した軍服姿。ボーグ自身はこの時、特には知らない事だったが……レオタードのような衣装を良く着るダークロードの女性にしては珍しい程に体の一切を覆い隠しており、頭巾から流れ出る白い髪のみが、彼女が肉体を持つ種族であることを物語っていた。

 しかし……一方でぎすぎすした冷酷さのようなものは、不思議にそこまで感じられなかった。代わりに受ける印象は……まさに、上品な貴婦人と言ったところ。ただかつり、かつりとハイヒールの音を鳴らしてこちらに歩いてくるだけの身のこなしからでも、そのような優雅さ、そして……その鷹揚さゆえの、相当な貫禄と気迫が感じられる。なかなかの大物であることが、ボーグには推し量られた。

「ほう……そなた、地上の者じゃな。ハウクスが来ると言うておった……」

「……ああ」

 ボーグが挨拶する前に、彼女は率先して自分の方からすっと頭を下げ、綺麗な仕草で挨拶する。

「妾はダークロードの《邪妃グレゴリア》と言うもの。以後、見知りおきを頼むぞ」

「……ヒューマノイド部隊『紅戦線』のリーダー、不死身男爵ボーグだ。こちらこそ、よろしく頼む」

「ボーグ……ああ、ハウクスが特に話しておったわ、そなたの事をの」

 彼女は金の仮面の下で、面白そうに笑ったようだった。

「ヒューマノイド一の英雄、是非とも仲間に加えたい男じゃとな」

「闇でも知られているようで、光栄だ。その期待に恥じねえ働きはするぜ」

「それは頼もしいの」

 グレゴリアと名乗った彼女は、自分も壁画の前で立ち止まる。そして、彼女自身も壁画を見上げる。

「なかなかの壁画であろう? アザガーストが是非にと作らせての。地上を……ブラックモナーク様の時代を忘れんように」

「……よっぽどの誇りだったらしいな、ブラックモナークとは」

 左様、とグレゴリアは小さく頷いた。

「だが、それだけでもない……要は、忘れるのが怖いのじゃ。光は、地上を見降ろせば、地上の民が自分達を崇める声を聞けば、思い出せよう。妾たちは……どう思いだせばよい?」

 フフ、と品よく笑って、彼女は続ける。

「先ほどの騒動、聞いておってな。正直に申さば、例の龍人の若者の言い分も間違ってはおらん。図星な面がないとは言い切れんの」

「こりゃまた……意外なことを言うもんだな、あんた」

 ドラゴノイドであるドラグストライクの発言に特に自分は関与していないのだが……と言う思いは置いておいても、ボーグはそこを意外に思った。

 誇り高い戦士は、弱みをなかなか見せようとしないもの。特にダークロードなんて、闇を統べる貴族たる種族ならプライドが高そうなものだ。目の前の彼女も、生半可な存在には見えないのだが。

 しかし、ボーグのそんな思いも見透かしたように、彼女は告げる。

「我らが敗者であるのは間違いのないこと。それ故、我らは戦を考えるのではないか。これより仲間となる存在であろう? そのような相手に、自分たちの根幹をなす感情を隠しておくのは間違いと、妾は思うておる」

「そいつぁ……そこまで信頼して貰えて、嬉しいもんだな」

 くす、と彼女は小さく笑った。

「共に戦って欲しくば信頼をするものであろう、ヒューマノイドの英雄」

 なるほど。ボーグは思った。

 これも、誇りか。

 プライドがないのではない。むしろ逆だ。弱みを少し見せた所で、よそ者に頼った所で、一切自分たちの誇りは、価値は崩れないという強固な確信があるからこそ……彼女は鷹揚なのだ。ハウクス以上に。

 上級ダークロードとは、こう言うものか。

 ……闇文明に来てから下級種族には辟易しっぱなしだったが、彼女のその態度は……悪くは、思わなかった。

 

 

 ●

 グレゴリアは、壁画を見つめる。金の仮面の底に眠っている目、かつては地上の光を捕えていたはずの二つの目で。

『光』。『自然』。襲い掛かってくる敵たち。

『精霊』。『超人』。大いなる力、自分たちに、牙をむいた力。

『覇王』。……彼らを前にしても、一切引くことのなかった力。

 

 みんな、みんな、あの日の地上にいた。この壁画を見れば、自分たちはすべてが思い出せる。

 けれど。

 一人、『いなかった』存在がいる。この壁画は、記録ではない。この壁画は、理想だ。

 

 黒い翼、獣の顔。忌まわしき聖霊王にも劣らぬ、全てを蹂躙する力。

 ……《悪魔神》。

 あの日には『いなかった』その姿を、自分たちは怨念の壁画に託した。

 

 

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