青い水中。
光が届かぬ深海でひっそりと花開く花は《マリン・フラワー》……花の様なのは見てくれだけ、サイバー・ウイルスであり、りっぱに動物であるらしい。
だから花粉も、種も、蜜もない。あるのは花弁に似せた何かだけ。
それが所狭しと咲き誇るこの水文明の花園が、『彼』は好きだった。
作り物の光、作り物の花弁。地上では日光を一杯に受けて、本物の花が咲き乱れる。枯れるまでのほんの少しの期間。この庭園はその時を切り取り、再現したに過ぎない。
だから好きだ。
もしかするとサイバーロードよりも、自分はこの庭園が好きなのではないかと言う想いが湧く。
彼らはきっと、これを偽物と知って楽しんでいる。頭が良いから。本物ではないと、上辺だけをなぞった赤子の玩具なのだと、知らざるを得ない。
自分は、そう思わない。思えない。地上の花など、知らないから。瘴気の中で咲き誇る血潮のごとき色の花と、この深海の青い花だけが、自分の知る花だから。
アクアンの言う通りだ。地上を知るのが怖い。地上の花を見るのが怖い。
闇の世界では自分の下にしか咲かない彼らも、地上にはあちこちに咲き乱れていると聞く。あれほど自然文明が嫌いな上の世代も、フィオナの森の美しさ、豊かさを否定すると言うことは決してない。
どれほどまでに、それは美しいのだろう。
そして、どれほどまでに、私を、私を支えたこの花たちを……その美しさのゆえに、否定するのだろう。
花が好きだ。
花だけが、彼の味方であった。この魔力を携える者は、闇文明に、彼一人であった。
生まれた時から、花は彼の側にあった。彼の傍らに咲いた。瘴気渦巻く地下世界で、花が開くのは彼の周りだけだった。
地上を知る世代の者達は、その花の名前を知っていた。「薔薇」と、彼らはそう呼んだ。
そして成長した彼は、称号を与えられた。
《薔薇公爵》。
薔薇の花は、いつも彼と共に在った。他のどのダークロードと在ることもなく、ただ、彼一人と共に。
……自分一人。
そう言えば、と彼は思い当たる。
先日、自分と似たような魔力の気を感じた。よもや、自分がもう一人そこにいたのかと思うような。
あれは一体、何だったのだろう?
●
昼も、夜も、空がないアカシック3には存在しない。
身体が虚弱なサイバーロード達は地上の種族より頻繁に休眠を取るし、彼らを一日中護衛するのが役目のリキッド・ピープルやゲル・フィッシュにとっても「一斉に休眠状態になるための時間」という概念は存在しては邪魔になる。地上と同じ昼夜を再現する意味はないのだ。
海中都市は一日中、人工光で満たされている。
にもかかわらず、ここでは地上以上に正確に「時間」が動くことが、ポップルにとっては興味深かった。
自然文明では時間など、せいぜい日時計くらいでしか測れない。自然の民も、あまり気にはしない。日が出ていれば昼、沈めば夜。そんなざっくりした時間間隔で生きている。
なのに日の当たらない水文明の民は、いつでも時間を知ることができる。一分一秒、それよりも細かく、正確に。
そう言った正確な時計は火文明にもあった。あれはあれで驚いたのだが、紅戦線の面々はずぼらなのか、基地内にある時計がどれも微妙にズレていた。ところが水文明の時計には全くズレと言うものがない。
第一、日時計や火文明の時計のように、文字盤が存在しない。水文明の機械は文字盤も、太陽の影も、針もなしに、ただきっぱりと現在時刻をあらわす数字を正確に伝えてくる。
水文明の民は世界が好きなんだろうな、と、ポップルはこう言った驚きを得るたびに感じる。
目に見えない様々なものをいともたやすく数値化することができるのは、きっと彼らが世界の隅々に目を光らせ、全てを知りたいと思っているからだ。そう、彼女はサイバーロード達の事を解釈していた。
「フフ、それは光栄だね」
そのような思いを語ったら、シュトラは優しく笑って話しかけてくれた。ブルーグレー商会のオフィスで、ポップルと一緒にクッションのような質感に姿を変えた長椅子に悠々と身を横たえながら。
「『エンペラー』が聞いたらきっと、喜ぶよ」
「エンペラー……さん」ポップルはその言葉を反芻した。
「水文明の王様の事ですよね……!」
うん、とシュトラはうなずく。
例の教材の中で何度か出てきた名前だ。ポップルももう、既に覚えこんでいた。
エンペラー・アクア。水の皇帝。まさに水文明の統括者そのものの名でよばれる彼は、この時代では唯一の、『進化』を遂げたサイバーロード。
只でさえ知能の高いサイバーロードの頭脳がさらに異常発達を遂げるに至った存在。それだけでも、その知能のほどは凄まじいものだろうと推し量れる。
このアカシック3そのものを始め、数々の発明や発見を水文明のため、サイバーロード社会のために成し遂げた大天才。今の水文明を築き上げたと言っても過言ではないほどの知恵者。
彼の功績の中で一番大きいものの一つを上げるなら、リヴァイアサンの完全支配だ。
彼は、リヴァイアサンをリキッド・ピープル、ゲル・フィッシュたちのように、自分たちに忠実な生物兵器に作り替えた。サイバーロードが彼らの背中に住むようになってからですら本質的には絶対的強者であることには変わりのなかった彼らを、内部から完全コントロールする事に成功した。
リヴァイアサンの気の赴くままに回遊していたサイバーロードの都市の在り方は、その発明を持って、完全に様変わりした。
首都アカシック3は最も安全な海域に身を置き、その他さまざまな主要都市は時にサイバーロードの導き出した最適な場所に居を構え、あるいは時に海中の最適なルートを巡回する。リヴァイアサンの背中以外に都市や軍事基地を作ることも容易となった。リヴァイアサンは最早、サイバーロードの都市を攻撃することなどないのだから。
この惑星の半分を占める広大な海を丸ごと治めるサイバーロード達にとって、これ以上に有り難いことはなかった。統治、多種族との抗争や支配、資源の調達、物流、あらゆる分野が飛躍的に効率化され安定した、と言うのだ。
……それでなお彼は、今に至るまで様々な分野の研究において第一線で活躍し続けているらしい。
「あの人が世界を好きかどうかは、わからない。でも多分、この世で一番世界を知りたがっている人がいたら、きっとあの人だろうと思うから」
「それって、すごい事ですよね」
「なんで?」
「だって、エンペラーさんって、すっごく頭がいいんでしょう?」
既にこの賢いサイバーロード達の中にあって誰より賢いのに、もう十分、と思わずに、さらに賢くなろうとするなんて、本当に調べることが好きなんだ、と。彼女は言う。シュトラはそれに、面白そうに笑った。
「知識っていうのはつければつけるほど、底がないって分かっていくものだからね。ボクみたいな普通のサイバーロードでも常日頃感じていることだ、エンペラーほどのお方になれば、どれほどそれを痛感していらっしゃることか」
「そうなんですか……!」
でも、それが正しいのかもしれない。ポップルはタオパブの杖を少し握りしめ、思った。
サイバーロード達にとっての知識とは、きっと自分たちにとっての、タオパブの杖のようなものなのだろう。魔術師が堕ちないために必要なものが杖の力に溺れ過ぎないことのように、サイバーロード達にも自分たちの知恵に慢心しすぎないことが必要なのかもしれない。
「アカシック・レコード」
ぼそっと、シュトラが言った。「知ってるかい?」と続けられた言葉に、ポップルは首を横に振る。初めて聞く言葉だった。シュトラは「エンペラーが生命をかけて追い求めておられる研究対象だよ」と言った。
「何なんですか……?」
「この宇宙の『記憶』さ」
えっ? と驚くポップル。
「宇宙って、生きているんですか!?」
「それは分からない。けれど宇宙は始まって以来全宇宙で起こったことの全てを記憶している、と何故か、あの人は信じてるんだ。実在自体は証明した、とも言っていた」
「宇宙が……えっ? しょうめいって、あるって見たってことですか……? どうやって?」
「……ボクたちにも意味が分からない」
「……ええっ?」
「エンペラーの無数の発明や発見の中で、随一に他人に理解させる気が無いのがそれだった。全宇宙の全記憶……誰のためでもない、何の目的もない、ひたすらに全宇宙に存在した全ての事実をただ全てが終わるまで刻む、それ以上でもそれ以下でもない、世界のシステム。そんなものの実存証明。荒唐無稽な話だったが……あの方の頭を通せば、そういうものが存在しているという結論が出るらしい。そして自分一人が確信できたら、あとは満足してしまわれたんだろう。どのみち実際にアクセス出来ればボクたちにも分かることになるのだからと」
目を白黒させるポップルに、シュトラは苦笑した。「自分の見ている世界が他人にとっての当たり前ではない。天才とは孤独な生き物だよね」と。
「でも天才とて万能じゃないんだ。エンペラー曰くあるとは分かりながら、アクセスする方法が今のところ掴めないらしい。エンペラーのお望みはアカシック・レコードにアクセスして、全宇宙の記憶を手に入れる事なのさ。言い換えればそれは…………この世に存在する、全ての知識。アカシック・レコードを読み解いたとき……エンペラーはこの宇宙で一番の知恵者になる。その夢のためにエンペラーは……今、アカシック・レコード解読の方法を研究しておられるんだ」
ポップルは思いもよらないスケールの大きな話に、舌を巻いていた。世界の全てを……知る。この世で分からないことが、何一つなくなる。
そんなことが出来たら……夢のような話だ。
シュトラはポップルの反応のニヤニヤ笑いながら「キミはどう?」と、問いかけた。
「もしもアカシック・レコードにアクセスできるものなら、してみたいと思う?」
「え!? あたしがですか!?」
「うん、サイバーロードはエンペラーじゃなくたって、そんなもの、皆欲しがるに決まってる。ボクもね。だからサイバーロード以外はどう思うのか、聞いてみたくってね」
うーん、とポップルは考える。
自分には、わからない事だらけ、できない事だらけだ。もしもそれが全部わかって全部できるようになったら非常に生きやすいだろうし、きっと便利だろう。
「……すっごく助かりそうですけど……いや、でもあたしはいらないです」
「へえ、意外だね、どうして?」
「あの……知らない景色を見るのが、すごく楽しかったからです」
旅に出て、様々な景色を見た。
初めて見た黒い土。初めて見た雨や虹。海に砂浜。土地すらも情熱に燃えるような火文明。規則的で美しい水文明。初めて会う種族たち。物語の中の彼らよりもずっと複雑で親しみのもてる彼らの在り方。
知らなかったそれらに触れるたび、心が震えた。本当に、楽しかった。
けれども、もしもそれらを知ってしまっていたら、この楽しみは味わえないんじゃないか。ポップルはそう思った。
「あたし、大きくなっても冒険を続けたいですし、新しい場所に行くたびにこう言う風に思いたいですから。全部の事が分かっちゃったら、世界中どこに行っても知っている場所になっちゃうじゃないですか。だから、いらないかなって……」
「なるほど……! キミらしいね。素敵な答えだね」
シュトラは愛想よく笑って、そう言った。
「逆に……エンペラーさんは、そう言うのが嫌いなんでしょうか?」
「うーん……違うと思うな。むしろ、大好きだと思うよ。冒険なんて、研究と同じようなものだから。そうだね、ただ、エンペラーは……そのキミの考えで言うなら、新しく自分が旅立つ場所を、自分で『作る』ことも好きな人なんだよね」
「えっ?」
「そこが冒険と研究の違いでもあるのかな」シュトラは楽し気に話し出した。
「冒険は基本的に、土地っていう既存の物を辿っていくものだから、限界があるのかもしれない。けれど研究の世界ってのは、既存のものを解き明かすってのもさることながら、全く新しいものをその時明かした情報をもとに導き出す世界でもあるわけだから。うーん……知識って、知恵の大切な要素ではあるけど本質ではないからね」
「少し、難しくなってきました……」
「そうだね、ごめんね……まあ、具体的に言うならさ。エンペラーが何故誰よりも賢いかって、『水文明中のデータベースを読み解いて、その中に書いてあったリヴァイアサンを支配する方法を見つけた』からじゃないんだよね。『どのデータベースにもなかったリヴァイアサンの支配方法を、自分で考えて編み出せた』からなんだ」
あっ、と、ポップルはその例えを聞いて少し、シュトラの話さんとしている内容が腑に落ちた。
「そっか、ただいっぱい物を読んでいて物知りさんってだけだったら、できなかったんですね」
「そうだよ。知識ってそのまま使うだけでは終わらない。知識を生かして、今までになかった新しいものを作り出す。それがまた既存知識となって、さらに新しいものへ繋がれる。……それが知恵の本質だって、ボクらは考えている。だから多分……アカシック・レコードも、エンペラーにとっては『終わり』ではありえないのさ。あの方の意見を信じるなら、ただ中立に全ての事実を刻むだけのそれはまさしく、『データベース』。それを読むだけで終わらないのが知の世界。あの方はきっとそれを糧にして……『それ以上』の、全宇宙と言う規模ですらまだ切り開かれていない新たなものに向かって進みたいんだろう」
なるほど、と、ポップルは思った。
自分では思いもよらない発想だった。そう考えているなら確かに、自分は十分物を知っている、これ以上知識などいらない、なんて、一生ならないだろう。
……一方で彼女は、自然文明と水文明の思想の違いも、漠然と感じとった。アクアンから「科学」についての解説を聞いた時、自分はそれを既存の世界の、まだ見つかっていない法則を探して解き明かすもの、程度に捉えていた。冒険家が未開の土地を見つけるように。だから、全世界を知れば旅をする所がなくなるように、いずれ終わりはある、結局のところ世界の秩序の内での行動だと思っていた。きっと科学以外の水文明の学問もそうなのだろうとも。
でもサイバーロード達は、誰も、自然も、世界すらも到達しなかった所に辿りつくために、無限に進み続けるために研究をやっているのだ。世界の手の内に収まろうとはしていない。
それは自然文明の自分からすれば非常に目から鱗の落ちる感触であったし……正直な話、まるまる受け入れられるものでもなかった。それは紛れもなく異物感だった。ジャアント・インセクトの恐ろしさのようでもあり、火文明の灼熱の暑さにも似ていた。
だが一方で彼女は、これはこれで、やはりわくわくした。ああ、自分の目の前にいるのは本当に違う文明の違う種族なんだ、同じ惑星に生きる存在で、でも、本当に自分とは全く違う世界で、違う考えの下過ごしているんだ。
そんな相手と、自分は話しているんだ。スノーフェアリーの里にいる間では全く思いもよらなかった相手と。
全てよく思えることではなくとも、やはり心が躍ることに代わりはない。その旨を素直にシュトラに話すと、シュトラの方もまた素直に喜んでくれた。
「ありがとう。ところで……」
「はい?」
「彼、随分暇そうだね」
シュトラは話題を変えて、クルトの方を指さした。当のクルトは床を手持無沙汰そうにコロコロ転がっている。
「神様もこっちにおいでよ」
「やだヨぉ、ポップルちゃん達、難しい話ばっかりなんだもン」
水文明に来てからからどうも、クルトの機嫌がよくない。
「ずーっトここにいっぱなしだシ、つまんないヨ! それニ……」
彼は不機嫌そうに言う。
「ご飯だっテ、これじゃ光文明にいるのとそんなに変わんないヨォ!!」
彼は空になった食用キューブの入れ物を、泣きそうな声と共に放り投げる。地上で落ちるよりも若干遅れて床に落ちたそれはカランと静かに音を立てた。
「(そうかなー……あたしは面白いんだけど……)」
水文明に着て驚かされたもののうちに、それもある。水文明の食事事情だ。
密閉された容器に入った液状食か、何種類かの固形食。それが水文明の常食だった。固形食の方が栄養効率がいいらしく、そちらの方が主にリキッド・ピープルの食事。それを更にサイバーロードの消化器官も耐えられるように加工して液状食が作り出される。
地上の食物とは違い、完全に一から科学的に作り出された人造食料であるらしい。水文明の科学の上成り立っているだけあって、勿論栄養バランスは折り紙つきだ。
食べ物には見えないそれを二、三粒口に含んだだけでお腹が満たされる。地上の食事しか知らないポップルにとっては驚きであり、水文明に来たという感覚を味わいながら楽しんでいたのだが……どうもクルトには受けが悪かった。
「味もしないシ! お腹いっぱイになってモ、おいしくなきゃやだヨォ!」
ただ、彼の言い分ももっともと言えばもっともだ。もとはといえば秩序のため余計な食事などご法度の光文明から逃れて、地上に美味しい食事を求めてやってきた彼だ。効率的なだけの味気ない食事なんて、お呼びではないだろう。
リキッド・ピープルは外海に出た際は現地で食物を調達し食べることもままあるが、サイバーロードの健康のために常に純水状態を保っているアカシック3には、雑菌の恐れもありコストパフォーマンスも悪い外海の食物を持ち込むメリットは早々ない。クルトの喜ぶような食事はアカシック3では出ようがなかった。
ポップルは少し困った顔をして椅子から立ち上がると、クルトをなだめようと抱き上げる。
「クルトさん」シュトラも声をかけた。
「昨日サイバー・ディッシュを貸したはずだけど、スイーツシリーズはお気に召さなかった? 最近、サイバーロードの間では流行ってるんだけどね」
サイバー・ディッシュと言うのは、サイバーロードの娯楽の一つだ。内臓の弱い彼らでも地上の種族のように『食』の楽しみを得るために開発された装置。
食べ物のサンプルから嗜好成分を分析し、電子体として実体化する。電子体だから勿論栄養はなく腹に入ることもないが、その代わり脳を刺激して味、香り、食感などその食物を実際に食べた際の情報を認識し、楽しむことができると言うものだ。
「甘いものは好きじゃなかった? ボク、他にも集めてるから持ってこようか? 地上の料理も最近データが集まって来ていて、結構バリエーションあるんだよ」
「ちがうよォ、たしかニ、おいしい味はしたケド……」クルトは目をしょぼんと垂れ下がらせて言う。
「食べるって、お腹いっぱいになるだけでも、美味しい味がするだけでもないモン……」
栄養補給か、娯楽か。そのどちらかに二極化した水文明の食文化は、クルトにとってはつらいと見える。
そもそもポップルと違って、クルトの目には水文明はそう真新しく映っていないらしいのだ。自然文明や火文明はまだしも、同じ超科学文明である水文明の技術には、ポップルほどには彼は驚けない。……かえって極端にまで無駄を省き、秩序を追求しきった故郷のそれと比べれば中途半端に見えてしまうほどだ。
だからワクワクしっぱなしのポップルと違って、クルトはここのところ退屈でご機嫌ななめだ。ポップルは困り果てる。
シュトラはそんな彼を見ていたが……思い立ったように「よし」と言った。
「退屈なら、ボクが散歩に連れてってあげるよ」
「エッ、ほんト!?」
その言葉にクルトも驚く。
「あれ、でも、アクアンさんが外には勝手に出歩かないでって……」
「まあ、待ってなって」
シュトラはドアを開け、出ていく。「キャンドルー」と、彼女の声が聞こえた。
「おいでおいで。ねえ、お小遣い欲しくない? 欲しいよね? じゃあね、ボクたちが三時間ほど外出してても、アクアンにはバレないように上手い事ごまかしててくれる? キャンドルは賢いもんね、できるでしょ?」
……そんな声と。
「はい! お任せ下さいまし! わたくしは賢いですわ! ウフフフ!」
そんな声が聞こえ。
「いいってさ。さ、ボクのカプセルに乗って! いいとこ連れてってあげる!」
●
虹色のハイウェイが何重にも折り重なる中を駆けると、また一段とアカシック3は美しく見えた。
クルトも「ねえどこ行くノー?」と、多少ご機嫌を直した様子で周りを見渡しながら聞く。
「ひみつ」
と答えるシュトラ。グルンとカプセルは急に下り坂に差し掛かった。
本当に、虹の橋を渡っているみたい。これから神様の国に行けるんだろうか、と言う気すら、ポップルはしてくる。
そのうち、カプセルは巨大な環状交差点に差し掛かった。それは例の、アカシック3の中心に立つ巨大なシリンダータワー、『アカシック・リフト』の周りを回っている。
アカシック・リフトを取り囲む環状交差点は一つではなかった。階層ごとに何重にも存在し、シュトラの使っている高層ハイウェイは空いていたものの、下の方は大分混雑していた。
近くに寄ってみると、本当に巨大だ。その太さも含めて、やはり世界樹のようだ、とポップルは改めて思う。
このアカシック・リフトは、ポップルは最初に見た時水文明の象徴のようなそれを水文明の王の宮殿だと思ったが、実際のところは海面まで繋がる超大規模のエレベーターターミナルであるらしい。ついた仇名が、摩天楼ならぬ摩海面楼、スカイスクレイパーならぬサーフィススクレイパー。
スパイラル・ゲートが開発されるまではアカシック3の住人はこれを使って海上に出入りしており、今では主に大規模な物資の輸送に使われている、とのことだ。
さて、アカシック・リフトからも大分離れ、オフィスもまばらになってきたあたりで、シュトラはカプセルを止めた。
「ここだよ」彼女は言う。
「水文明の花園。『マリン・フラワーガーデン』さ」
※お詫び
注意書きにも書いた通りですが当作品はアカシック兄弟がいない時期に構想された作品です
そのため当作品内でのアカシック・レコードは「エンペラー・アクアがこう思いこんでいるだけで本当はアカシック兄弟の演算装置」という事はなくこの特殊世界線ではこういうもの、と思って下さい