クリムゾン・ワイバーンはどんどん沖合に飛んでいく。ピコラは望遠鏡で周りを見渡していた。
「あっ!」急にピコラが叫んだ。
「なんだ!?」
「水平線の向こうに、何かある!」
ゲットもあわてて望遠鏡を覗き込む。小さくてよく見えないが、明らかに不自然な浮遊物があった。
「あれか!? トロピコってやつ!」
ゲットは叫んだ。「クリムゾン・ワイバーン! 飛んでくれ!」
クリムゾンも、わがままを言える状況でないのは分かっているのだろう。素直に飛んで行った。望遠鏡から見える景色はどんどん近づいていく。
丸い頭の魚に乗せられた、火文明では見られないような不思議な作りのカプセル。そしてその中に、水色の体をした幼児が一人。
間違いない、あれがトロピコだ!
「突っ込むぜ!」
「うん!」
と、ゲットとピコラが会話した、その時。
大きく、津波が上がった。
「おおっと!! トロピコ様の元にはいかせねえよぉ!」
そしてその津波に載って、七色のサーフボードに載ったリキッド・ピープルが現れた。ユーカーンの予想は的中していた。トロピコ達も、空を飛べるワイバーンに乗って司令塔を叩く作戦を相手が考えないとは思っていなかったのだ。
「……って、へっ? どういうこと? ワイバーンに……なんでドラゴノイドじゃなくてヒューマノイドが乗ってんだ? しかもガキ……」
リキッド・ピープル兵《アクア・サーファー》は首をかしげながら「ま、いっか」と一人で納得した。
「どうにしたって、トロピコ様を護衛すんのオレの仕事だもんよぉ!」
そして彼は、波の勢いでクリムゾン・ワイバーンの元まで飛び上がる。明らかに体格のあるクリムゾンの方が有利かと、ゲットもピコラも感じていた。
だが、それもつかの間。
彼の七色のサーフボードに触れた瞬間、物理的質量を無視するようなエネルギー波が炸裂し、クリムゾンはのけぞった。
「ははっ、どーでい! オレの魔法のサーフボードは!」
クリムゾン・ワイバーンは凄まじい勢いで、海岸線まで跳ね返される。
「おっと、逃げられてラッキーとは思うなよ! 息の根、止めてやる!」
アクア・サーファーも波に乗って追いかけてくる。
●
「なかなかにしぶといな、機神装甲とやら」
クリスタル・ランサーは言う。だが、ヴァルボーグも徐々に息が上がってきていた。
「解放されてお前のような者とまず戦え、騎士として嬉しく思うぞ」
「へっ、褒め言葉にもなりゃしねえな……」
だが、ボーグは強気な態度を崩さない。火文明の辞書に、撤退だの、降伏だのと言う文字はない。
戦って息が尽きるなら、それが本望。それが、火の戦士だ。
「まだあきらめないのか、お前」
「おっ、お前こそな、もやし野郎!」
一方その頃、タイラーは、今等にアクア・ソルジャーと戦っていた。
「いい加減に理解しろ」
その言葉を言ったところで、タイラーは何回目かもわからない砲撃を、アクア・ソルジャーに加える。だがやはり彼はすぐに、元通りに復活する。
「お前ごときで、私は倒せん。私がもやしなら、お前はそれ以下の雑草だ」
「ぬかせぇ!」
タイラーも、もはや完全に意地だけで戦っていた。その時だ。急に、沖合から物凄いスピードで飛んでくる影。
「な、なんだぁ!?」
「なにっ!?」
タイラーとソルジャーが同時にそう言った瞬間だった。クリムゾン・ワイバーンがすっとんできて、アクア・ソルジャーはそれに巻き込まれて飛んで行った。
「なっ……?」
タイラーは口をパクパクさせて驚いた。いや、この状況もそうなのだが、自分の目の前に振ってきたヒューマノイドに対しても。
「ゲット!?」タイラーは言う。
「ゲット、てめえ何してんだ!? 留守番してるはずじゃ……」
「おおっと!? ソルジャー、さっさと戻れよー! 『ディープ・オペレーション』は継続中だぜっ!」
タイラーが怒り飛ばす間もなく、陽気な声とともに一人にリキッド・ピープルが波に乗って現れる。
「じゃあな、お坊ちゃん!」
そしてそのまま虹色のサーフボードが、ゲットを押し潰そうとした。
その時。
ひゅん、と空気を切る音とともに、回転刃のついた鎖のヨーヨーが飛んでくる。それが、アクア・サーファーの首を締め上げた。
ぐえっ、と彼はのけぞり、サーフボードは彼の足を離れてバタンと倒れた。
「……ジョー!?」
ゲットは言った。回転刃のヨーヨーは、ジョーの武器だ。その予想通り、ジョーが出てきた。
「よっ、ゲット。さっきのワイバーンは、てめえか?」
ジョーも自分の対戦相手が、クリムゾン・ワイバーンの巻き添えを食ったのだ。
「ジョー! 助けてくれて、ありがとな!」
「おうよ! ……いや待て、なんでお前ここにいるんだ?」
「あのさー、そんなことより!」
ゲットは状況を詳しく話した。司令官トロピコを見たことも。
「……なるほどな」ぎりぎりとアクア・サーファーをダメ押しに締め上げながら、ジョーは聞いていた。
「司令官が海上にいたのか……確かに、思えば奴らの統制は完璧だ、現場を見ながら指揮してると考えるのは普通だったな」
「けど、どうするんだ? 海に居るんじゃ近寄りようがないぜ」タイラーは空を見上げる。アーマード・ワイバーン達は、既にほとんどクリスタルの騎士たちに撃墜されている。機械を全身に纏ったヒューマノイドたちでは、泳いで行けるはずもない。
「……いや」ふと、ジョーが呟いた。
「ゲットなら行けるかもしれねえな」
「へ? ゲットが?」タイラーが首をかしげた。
「これだよ!」
完全に締め落とされたアクア・サーファーを地面に落としながら、ジョーは虹色のサーフボードをガツンと蹴り上げた。
「オレたちじゃ重くてとても乗れねえ、だけど、ゲットくれえの体格なら沈まないんじゃねえのか?」
「ん、んなこと言って、お前……」
狼狽えるタイラー。
「こいつに何か危険なことあったらよ、ボーグが怒るだろ!」
「今はんな事より、ゲットがやりたいかやりたくないか、それが問題だ」
え? ボーグが怒る? ゲットは首をかしげた。ボーグは、いつも自分に厳しくて、やりたい事もさせてもらえないイメージだったのに……。
という逡巡にも構わずジョーはサーフボードを起こす。「ゲット」彼はただ短く言った。
「行くか?」
ゲットはちらりと横を見る。ボーグが、自分には気づかずにクリスタル・ランサーと戦っている。
……ボーグに。
ボーグに、認められたい。みんなに、認められたい。火文明の戦士として!
「……ピコラ、望遠鏡貸してくれ!」ゲットは言った。
「オレ、やる!」
ジョーが渡すまでもなく、ゲットは彼の腕から、虹色のサーフボードをひったくった。そして見よう見まねで海に浮かべ、乗ってみる。
するとどうだろう。サーフボードは自然と波を捕まえ、動き出した。これなら乗れる! ゲットは背中に背負ったブースターを起動させ、舵を取り始めた。
「タイラー」ジョーは言う。
「できる限りで、ゲットを援護だ」
「……おうよ!」タイラーももう、口答えをやめた。火文明に、チームワークが戻りつつあった。
●
「さすがにつよいねぇー。きんだんのぷろぐらむは!」
トロピコは鼻歌を歌いながら、ご機嫌だった。
「これならかてそうだね、えんぺらーにもほめてもらえるし、もっとせんそうはできそうだし、よかったよかった……」
その時。
海岸線側から物凄い勢いでやってくる気配。だが、レーダーには同じ水文明のマナの反応しかない。
「なんだよ? ボクのごきげんたいむをじゃますんな」
そう言ってトロピコがカプセルの外を見ると、彼は目を見張った。向かってくるのはどう見ても、火文明の者!
よく見ればアクア・サーファーのサーフボードに載っている。だからレーダーに引っかからなかったのか。
「なにやってんだよ、さーふぁーのやつ!」
トロピコは舌打ちした。そして、ボタンを叩く。
「あいつをやっちゃえ、そーさーへっど!」
ソーサーヘッド・シャークは彼の命令通り、頭を分離させ、攻撃態勢に入った。トロピコのプログラミング次第で、無差別攻撃ではなく標的を定めての攻撃もできるようになっているのだ。
目の前のゲル・フィッシュの頭が分離した。その変形を前に、ゲットもえっ? と目を見張る。
『かっこいいだろう。あたまががったいするんだぜ』気が付けば、スピーカーから声が流れてくる。特別舌ったらずな、幼い声。
「……かっけー」素直な感想もこぼれた。子供通り、センスが似通ったところはあるのかもしれない。
『いけっ、そーさーへっど!』
ソーサーヘッド・シャークの胴体部分の切れ目から、破壊光線が充填される。ゲットもはっと危険に気が付いた。慌ててサーフボードを翻し、躱す。
先ほどまで彼がいた海面はたちまちに割れて、その傷口を急いで海水で急いでふさぐ。その勢いにサーフボードの操縦も不安定になる中ゲットは何とか体制を保たんと務めた。
『ちっ、こんどこそやってやるからな』
もう一発、トロピコは撃ってきた。それも間一髪で躱す、海水は一気に干上がる。これを一発くらえばおしまいだ、とゲットにも十分思えていた。
だけれど、どうすればいだろう? 自分のブースターでも、今のトロピコが浮遊しているカプセルの位置までは浮かび上がれない。もしも……もしも、ソーサーヘッド・シャークの首元まで行ければ、わからないが……、でもそしたら、至近距離であの破壊光線を喰らうことは確実だ。
『もういっぱついくよ! ボクたちは、きみらとちがって、ざんだんがまだまだあるんだからね』
だけれども、他に何かできるだろうか?
『いいか、ゲット。本気で機神装甲を着れる器になりてえんなら、覚えとけ』
その時、ハッと、以前ボーグの言っていた言葉が思い出された。
『いつか機神装甲を着たときのおめえも、今のおめえも、何も変わりゃしねえんだ。今持てねえ勇気を、機神装甲を着た時に持てるなんて思うんじゃねえ』
普通、機神装甲を賜った戦士は、ずっとそれを着ている。だけれども、ボーグは珍しくそれをしない。それは、ボーグは初心を忘れないためにしていることだと聞いていた。
もしも、機神装甲を着たら、自分は、こんな光線ごときにおびえるだろうか。
……やらなければ、始まらない。
ゲットは意を決して、サーフボードから飛び上がった。そして、ソーサーヘッド・シャークの胴体にしがみつく。
「なにっ!?」トロピコは当然驚いた。ゲットはソーサーヘッドの胴体を一心不乱によじ登る。
『なるほどね、たしかにそこじゃこうせんはとどかない……』ただそこはやはり知性の種族、思惑を一度察すれば後はトロピコは鼻で笑った。『だけれど、いつまでもぶさまにそこにいるき?』
いつでも砲撃できるよう、トロピコは破壊光線の充填を始める。だが、彼の予測は裏切られた、ゲットは迷いなく、昇ってくる。破壊光線の発射口まで。
馬鹿か、こいつ。トロピコの頭に浮かんだのは、その言葉。
ゲットが、いよいよソーサーヘッドの胴体の頂点部分に差し掛かった。途端、閃光が煌めく。ゲットは背中のブースターのスイッチを入れた。
光線が発射された。
破壊音が水面を揺るがし、空になったサーフボードも吹き飛んでいく。
『やっぱひぶんめいって、ばかだねー』トロピコの嘲笑が海に響いた。しかしその次の瞬間……彼は驚いた。
自分の入っているカプセルの上に、ゲットがひっ付いている。破壊光線をもろに浴びたはずの彼が。
『ばかな……なんで!?』
「オレにもわかんねーよ! わかんねーけどな、浴びてみたら、意外と大したことなかったぜ!」ゲットは朗々と答えた。
確かに、ソーサーヘッド・シャークは無敵の破壊兵器ではない。ユーカーンに効かなかったように、一定以上の強さの相手には光線は通用しない。
だが、その一定以上のパワーを持っている様には、この目の前の子供は、とても見えなかったのに。
ゲットはガンガンとカプセルに打撃を加える。ひびが入り、やがて硬質ガラスが割れた。カプセルに満たされていた純水が流れ出す。
「捕まえたぜ、トロピコ!」
ゲットは彼に躍りかかった。カプセルから水が流れたせいで、彼も腰までしか水につからなかった。
「わー! はなせ、こら!」
トロピコの方も必死で暴れて抵抗する。狭いカプセルの中で、彼らはてんやわんやにもみ合った。
と、その時、ゲットが、トロピコの額の中にあるものに気が付いた。小さなチップ状の物質。
「なんだ、これ?」
ゲットはゲル状のトロピコの頭に手を突っ込んだ。トロピコはぎょっとする。
「わ──ーっ!! やめろ! やめろ!! それをとったら……!!」
プツリ、と小さな音を立ててそれが取り出された。
その瞬間、戦場に異変が起きた。
一糸乱れず戦っていたリキッド・ピープル達が、一瞬、動きを止めたのだ。
ゲットはその時知らなかったが、水文明の超獣たちは、全員チップを埋め込まれていた。そのチップからでる波をつかって、会話することが可能なのだ。
そして指揮官であるトロピコのチップは、戦場にいる全員と連絡を取り合うのに使われていた。
それが抜き取られたということはつまり、司令官である彼の言葉が一切届かなくなったという事!
●
「トロピコ様!?」
「トロピコ様に何が!?」
リキッド・ピープル達は狼狽え始める。クリスタル・パラディンが慌てて指揮をとり始めた。
「総員、怯むな! 各自の持ち場につけ、戦い続けろ!」
だが、クリスタルの騎士たちも、内心では不審に思っていた。その時。
「ボーグ!」
やって来たジョーとタイラーの姿を認め、ボーグはクリスタス・ランサーにも焦りが見えたのをこれ幸いにそちらの方を見た。
「なんだ!?」
「水文明の奴らの動きがおかしいぜ!」
「きっと、ゲットがやったんだ」! ジョーが言った。
「ゲット!? ゲットがどうした!」
「ゲットの奴が、今水文明の司令官と戦ってんだよ」
「なにいっ!」
その言葉は、同時に響いた。
ヴァルボーグも、クリスタル・ランサーも、戦いどころではなく、同時に叫んだのだ。
そして、戦いを放棄して先に動いたのはランサーの方だった。