どさん。
間抜けな音を立てて悪魔の島に子供が一人降り立った。
「てて……」
「キュ!」
その落とした当人……サンドリヨンは悪びれるどころか、褒めてくれとでも言わんばかりにかわいい笑顔で頭を差し出してくる。ゲットの方も……ここまで何も罪悪感というものが無い顔をされれば不思議に何の文句を言う気になるでもなく、なんとはなしに自分の頭をさすっていた手をそのままサンドリヨンの頭に置いた。喜ぶワイバーンの声が聞こえる。
「あー……さすがにヤバいかな……サンドリヨン、帰りも送ってくれんの?」
「キュウ?」
上を向けば大きな、大きな地下世界の中で、魔霊宮が遥か高みに見える。自分が本来いるべき場所から大きく落下してしまったのが嫌でも実感できた。淡水海、十二肋深海……そこから見上げ始めてゲットにはわかった。闇文明、この地底世界は……巨大な、横たわった死体の肋骨で支えられているような空間だ。その中に浮かぶダークロードの帝都魔霊宮がことのほか、その巨大な死体に庇護されているかのようだ。
「ゲット!」
声がして、ロンリー・ウォーカーが飛んできた。
「ロンリー!」
「だいじょうぶ……?」
「うん、まあ……なあ、ロンリー」
「なに?」
早くゲットを帰らせるつもりで飛んできたロンリーだったが、ゲットがじっと上を見上げている視線に、彼女も気を取られた。
「あの骨、なに?」
「……覇王ブラックモナーク様の骨だけど」
「え!?」
……その言葉を、信じるなら。
この闇文明は一人の超獣の身体、しかもその彼は確か死んだはずなので……その死体の中に築かれるようにできた、とでもいうのか? 大体そのようなことを聞いたら、ロンリーはこともなげに「そうだけど」と返してきた。
「闇文明は……ブラックモナーク様の死体の中にできた。みんな、知ってる」
……一つの国を、その身体に宿すほどの巨大な生命体。
あの文字通り天を突く巨人の描かれた壁画が、ゲットには思い出された。
……その思案を邪魔したのは。
「……グルルルル……」
恐ろしい、獣の悪魔の唸り声。
「……キュ!?」
「ひっ……」ロンリーがゲットの後ろを見て驚いた。ゲットも振り向くと、そこには。
「こここ、《混沌の獅子デスライガー》樣っ……」
目の塞がった奇妙なライオンのような姿のデーモン・コマンドが、高貴な悪魔の孤島にやって来た不埒者達に殺意を漲らせていた。
「ごごごご、ごめんなさいっ! ゲット!! 早く逃げて!!」
「えっ!? えーっと!? さ、サンドリヨン、来い! じーっと見てんな!」
「キュウ?」
物珍しそうにそれを見つめだしたサンドリヨンを急いで抱きかかえて、ゲットとロンリーは駆けだした。それが却ってよくなかったのだろうか。「ウガルアアアァァァ!!」とデスライガーはさらに雄叫びを上げ、どたどたと彼らを追いかけ始めた。
「どうした、また騒がしいな……」その声に、闇騎士団の面々も反応する。
「デスライガーが暴れ出したということは……身分違いの不埒者が侵入? ……なあザガーン」ザガーンに向かってオルゲイトが言った。
「……それの死ならば、食らってもよいな!?」
「よかろう」彼はそれにはさらっと返した。
「我ら闇騎士団はダークロードに次ぐ身分。それを闇の覇王様御自ら賜りし身。覇王様の名にかけ、我らが女主君グレゴリア様の名にかけ……我らを侮辱する者には、永遠の死というこの世で最も残虐なる刑罰を与え主君の名を汚さぬ道こそ、騎士たるものの責務なり」
●
「ごめんなさいごめんなさいデスライガー様っ! オレたち、間違えて来ちゃったんです! 殺さないでぇ! 殺さないでぇ!! オルゲイト様に引き渡さないでぇ!! 死だけは嫌ああぁぁ!!」
「ロ、ロンリー! ただのライオンだろ!? そんなかしこまんなくても」
「デスライガー様は立派な闇騎士団の一員! オレなんかより全然身分が高いんだよー!!」
「マジかよ!?」
そう話しながらドタバタ駆ける三人組を追いかける傍ら、デスライガーはぱくりと口を開く。すると……その中に、闇のオーラが渦巻き始めた。
「……ギュ!」
いち早くその気配に気づいたらしいのはサンドリヨンだった。彼女はまたぞろゲットの首根っこをつかみ、その口で……霊体のはずのロンリーまでも咥え上げ、さっと俊敏に身をかわした。
デスライガーの吐き出した闇の衝撃波は、何もない場をえぐるのみとなった。
「……グガ?」
それだけではない。攻撃のチャージと、大きく上がった土煙。攻撃が当たったと思いきやターゲットは消えている意外な状況へのちょっとした混乱。それらはサンドリヨンが二人を連れ、完全にデスライガーから逃げるに十分な時間を与えた。
勢いに任せ旋回し、一つの建物のような場所にたどり着き、彼らは着地。
「た、助かったー……」
「……お前!」ロンリーはサンドリヨンを睨みつけた。
「ゲットを危ない目に合わせるな。もう早く魔霊宮までゲット乗せて飛べ。オレだって掟破りはもうしたくない」
「キュウ?」
「魔霊宮は、あれ! 窓の外見ろ! あのおっきい浮かんでる建物! 飛べないとは言わせないぞ!」
「ロンリー、そんな声荒げなくても……まあ、無事だったんだしさ……」
珍しく感情的になっている彼女をまあまあとなだめるゲット。しかし。そこに。
「……何者だ?」
四つ目の声が入って来た。
彼らははっと、自分たちが今いる空間を知った。自分たちの背後には、漆黒の鉄格子があった。
そして、そこには。
「……? ダークロードにしては珍しい姿だな」
一人のデーモン・コマンドが繋がれていた。金の腕輪を手錠のように嵌めて。その腕輪のデザインに……どこかゲットは、既視感があった。
「……ロンリー? こいつも……闇騎士団?」
ふしぎな悪魔だった。
見た目こそ悪魔のようであるが……全身を金属で覆った姿は、どこか……「それ」を見たこともないゲットには直接にはわかる由もなかったが、それでも「それ」と同じ国に住まう者……光文明の輝きを見たことのある者としてどことなしに推し量れるものがあった。
悪魔のようでもいてそれはどこか、不気味に朽ち果てた……エンジェル・コマンドの成れの果てのような。
「……牢屋……悪魔……?」ロンリーは目をぱちぱち。そして……さあっと血相を変える。
「! もしかして……お前……堕天霊のギリエル」
「? ダテン?」
「闇文明では、有名……闇騎士団は、一人のデーモン・コマンドを牢屋から逃がさないようにするのが仕事って……なんでかまでは、よくわかんないけど……」とロンリーは言った。
「そいつの名前が『ギリエル』。えっと……たしか《鏡灯(きょうとう)の聖霊王子ギリエル》。そいつは……光文明から堕ちてきた、元エンジェル・コマンド……そしてそれが闇に染まって、悪魔になった……らしい」
「エンジェ……コマンド? コマンドがもう一つ!? えっ、もしかしてあのでっかい奴らみたいのが光文明にもいるってか!?」
「うん……デーモン・コマンドと同じくらい強いって噂」
ゲットはそんな種族の存在を知り、牢の中に今一度向かい合った。牢の中のその悪魔……ギリエルは、見慣れぬ来客に特に何も言わなかった。強いて言うなら多少物珍しげに観察していた。自分の前で自分を見てコロコロ表情を変える存在が。
「……ふふ」やがて彼は笑った。
「何年ぶりかわからないな。たった一人を除いてこの闇の世界の者は皆、私に憎まれ口をたたく。君のような者は初めてだ」
格子の向こうから響く声音は低いながら以外にも穏やかであった。
「少年。名前は?」
「小さな勇者ゲット……火文明から来た、ヒューマノイドだ! こっちは友達のロンリーとサンドリヨンだ!」
「そうか。私は……ギリエル。昔の名はそちらの少女に言われた通りだがその名は捨てし身の上。闇の民としての二つ名はまだない」ギリエルはぺこりと頭を下げた。
「しかし……火文明のものがなぜここに?」
「あれ、お前知らねーのか? ……光と自然と戦争やるから、どーめー? したんだよ」
「ほう、初耳だ」彼はふむ、と口に手を当てため息をついた。
「彼女も今頃忙しい事だろう……かわいそうに。私が安らがせてやらねば。だが千年を経てまた戦場に舞うのだな、あの華麗な姿が、滑らかな銀髪が……はぁ……素晴らしい。私も早く、彼女の隣で彼女に協力できれば良いものを、あの悪魔共めよくも邪魔を……」
「……あれ」
「どうした?」
「お前、もともと光文明じゃないっけ? 光と戦争が始まるの……嫌じゃねえの?」
「あんな場は捨てた。あれは全てがまやかしの国。光の名にふさわしく。何もつかめない、何の実態もない、わざとらしく輝いて見えるだけの虚構。真の輝きは、真の美しさはただ一つ、闇の中にだけあった」
その、元精霊という彼は……自分の故国をにべもなく、そう云い捨てた。それにまた、ゲットは面食らったのち……にやり、と笑った。
「話、わかんじゃん。あいつら、最悪だぜ」
「ほう……ゲットとやら、光の民を知っているのか」
「ちょっとだけな」
そう呟く彼のいつにない表情の暗さに……サンドリヨンとロンリーも、息を呑む様子。
「最悪。それでいい。秩序が何だというのか。勝利が何だというのか。聖霊王が何だというのか。全ては金鍍金のまやかし。真に愛に値するものは、ただ、ここに。ただ、あそこに」
ギリエルは、ゲット達の背後の窓を眺める……魔霊宮が浮かんで見える窓を。
「わが愛しのグレゴリア……彼女だけが美しい。今や精霊の身体も捨てた身だ。今度こそ、彼女は私が命に代えても守る。ああ……私の将来の愛しき妻よ」
「!!??!?」
「えっ……へえ……?」
その発言にいよいよぎょっと驚いたらしいロンリーと、それを聞いて意外そうに言うゲット。
「お前、グレゴリアのおばさんのカレシ? なんだ」
「そうとも!!」
今まで静かだったギリエルは急激に食い気味に格子越しに食らいついてきて、思わずゲットもその勢いに飛びのいた。
「そうとも少年!! 私たちは愛し合っているのだ!! 千年前、あの戦争の折、光と闇をも飛び越えて私たちは惹かれ合い私たちは愛し合い私は彼女のために闇へと堕ち彼女が望むがままにここにいる!! それほどの運命、それほどの愛!! ……んん、というかゲットとやら、グレゴリアを知っているのか」
「オレとその仲間、おばさん家に泊めて貰ってるんだけど」
「何……私というものがありながら男をゾロゾロと……?」
「女のダークロードって怖いのもいたけど、おばさんは優しくて好きだな」
「そうだろう!? グレゴリア!! ああグレゴリア!! 美しいだけでなくなんと上品で優美なことか!! それがわかるとは捨てた者ではないな火文明も!! む……しかしこんな少年でも魅了してしまうほど彼女の美しさはとなると……うぬぬ……まあいい。彼女が真に愛しているのは私。間違いなど起こるまい。嫉妬には値せぬ事か」
「へぇー。お前フトコロの広い? カレシなんだな」
「無論だ、グレゴリアは私の……」
「いや待ったゲット! おかしい! さっきから全部おかしいそいつの言ってる話!! 一から百まで真っ赤な嘘!!」
そう続いていた会話を、急にロンリーが早口で遮った。……会話そのものの全否定の言葉をもって。
「ゴーストどころかヘドリアンやワームだって知ってる話だぞ……グレゴリア様は夫がいるんだぞ! 千年前亡くなった闇騎士団隊長……『バロム』様だ! それも覇王様直々の『聖婚』だ! あの方が……恋人なんて作るわけない!!」
「え?」
……その言葉を聞き当然ゲットは当惑。だが、ロンリーの目も明らかに本気だった。その場に生まれた視線は、二つ。
本気の視線と。
「……なんだと……?」
狂気の視線。
「何をぬかすか小さき霊風情が!! あの悪魔の!! あの悪魔の名前を出すな!! あれがあれがいるから、いてしまったから、ああ……グレゴリアは!! 私のグレゴリアは!! グレゴリアが愛しているのは私なのに!! グレゴリアの運命は私なのに!! あれにグレゴリアは縛り付けられている、闇の覇王直々の魔力をもって生まれし呪縛に!! あれの……あれのおかげでグレゴリアは愛する私と結ばれることすら叶わない!! なのになぜ嘆かない!! なぜ否定する!! グレゴリアはああも闇に尽くし闇の中で輝いていた戦士だぞ!! その彼女の真の幸福をなぜダークロードも悪魔共もお前のような霊風情すら寄ってたかって否定するのだ!? 闇のために戦い続けた彼女の運命の幸福がなぜその闇の民に否定されねばならんのだ!? グレゴリアがこれではまるで報われぬ生贄ではないかっ!! かわいそうにかわいそうに、君はずっと誰も味方のいない独りぼっちだ、大丈夫だグレゴリア私がいるから!! 私は愛しているから!! 遠慮などいらない、私はバロムなど恐れない覇王など恐れない、寂しいだろう辛いだろう怖いだろう大丈夫私は味方だ私が君を慰める! ああ明日君が来たらこの格子越しでもいいその綺麗な銀髪を撫でてあげよう!! その手袋の下の手を握ってあげよう!! そして、そしてそして……ああその仮面を外し私と君は誓いのキスを……」
不意に。
彼の嵌めている腕輪から衝撃波が渦巻き、急激に彼は言葉を失い、その体は脱力したようにバタンと倒れ伏した。
一連の突然すぎる事象……ゲットは一転、あんぐりと口を開けて戸惑わざるを得なかった。デスライガーには余裕でいたサンドリヨンすら、ゲットの腕の中で恐ろしいものを見たように震えている。ロンリーに至っては泣きそうな顔だ。
ロンリーの本気と、彼の狂気。
どちらが正しいか知る知識がなくとも、どちらが「信じたい」と思わせるに値するかは、最早見えている中。
「――『だまれ……』――」
ギリエルの口から、ギリエルのものではないような声色が飛び出た。
「――『グレゴリア様を汚すな、精霊風情が』――」
それは、一体、誰の言葉か……。
「……侵入者、発見」
それが誰の言葉かわからないまま、別の誰かの声までそこに混ざって来た。
ゲット達が戸惑っている隙に現れたその姿は、大きな髑髏のような下半身をした悪魔の剣士……オルゲイト。その隣には唸り声をあげるデスライガーまでもがいる。
ギリエルの勢いに圧倒されているうちに、しれっとゲット達は絶体絶命の状況に追い込まれていた。
「ギリエル。お前のやかましさが珍しく役に立ったな。さて……」
オルゲイトの下半身の髑髏がぺろりと舌なめずりした。ヒッ、とロンリーはいよいよ怯えてゲットの後ろにギュッと裾を握って隠れる。
「フフフ……なんて柔らかい肉、熱い命の気配……こんな熱さにはついぞお目にかからぬ。どんな死か楽しみだ……喰らわせよ!」
そして彼がゲットが銃を構える暇もなく剣を抜いた時。
ガン、と棍棒の音が響いてオルゲイトは倒れ伏した。
「オルゲイト、貴様はバカか! 侵入者は侵入者でも火文明のお客人ではないか!! 侵入者は殺せと言ってもやっていい相手と悪い相手があるわ!!」
牢に入ってきて彼を殴り倒したのは、ザガーンだった。
「グガ?」
「ああ、デスライガーには難しいか……こういう人型種族と、あとトカゲの頭をした種族は火文明……ダークロード様たちの同盟相手……ええっと……お友達だ。なので、無礼のないように。むやみに暴力を振るってはならぬのだ」
「……ニャア! フニャン……」
「よしよし。謝れるのならばいい子だ。デスライガーの方が物分かりがよくてどうする、この食い意地張ったアホウが……」
ギリエルもオルゲイトも倒れ伏す中で、一転しょんぼり悪戯がバレた仔猫のように縮こまってしまったデスライガーと、一息に彼らを征したザガーン。白骨と闇で構成された身体を持つ悪魔の騎士……それが、ゲットに向かい合っていた。
「火文明の少年戦士だな。私は闇騎士団副隊長、暗黒の騎士ザガーン。この者共に代わり私の口よりで恐縮ではあるが、非礼を詫びさせて頂こう。だが……この島、この囚人が闇文明の要であり機密であるのもまた事実であってな。これ以上の詮索は、どうか遠慮を願いたい」
「えっ……? あっと、こっちも、ごめんなさい」
双眼鏡で見た以上に目の前にいるとずっと迫力のある悪魔の貫禄に圧倒され、そんな言葉を吐くほかはないゲット。そして続いてその後ろのロンリーに「貴様」とザガーンはドスの効いた声をかけた。
「貴様は別だ。ゴーストの身分で無断でこの島に立ち入ろうとは……」
「あ、ううう……」
ぽろぽろと、とうとう彼女は泣き出してしまった。「君。その後ろの者をこちらに引き渡しては貰えないかね」とザガーンが言った、その時。
『あー……もしもし、ザガーン? あのねー、そのゴーストなんだけど、この一回は大目に見てやってくんない? 僕の顔に免じて』
どこからともなく響く声。この覇王の骸に護られし城下なら自分はすべて見渡せると言わんばかりに響く声。その声音は。
「……アザガースト様!」
何もない空間ながら、ザガーンは声と共に跪く。デスライガーと……オルゲイトもどうにかよろよろと。
『そのゴースト、その火文明の子のお友達みたいでさー。僕、その子にちょっとした恩があるんだよね。覇王様のことよく言ってくれた恩。無駄にその子を悲しませることはしたくないなぁ』
「……覇王様のことを?」
『うん。僕の命令ってだけじゃなく覇王様の威信にかかった問題と思って。さっき君自身が言ったでしょ? やっていい相手と悪い相手があるんだからさ』
「承知いたしました。確かにそのような方の友人とあらば」
ザガーンは見るも明らかな殺意を解き、代わりに改めてゲット達に紳士的に向かい合う。
「改めて失敬。仲間たちがいろいろに迷惑をかけた」
『ザガーン。折角だから君がその子たち魔霊宮に送り返してあげてよ。お詫びがてらに』
「はい。さあ君たち、私の手の中に。デスライガー。オルゲイトは引っ張って帰っていけ」
「ギニャ」
その言葉と共にデスライガーがずるずるオルゲイトを引っ張って帰る中、圧倒と、混乱と、ひとまずの命拾いの安堵と……それがないまぜになって最早感情の表出のしようがなく固まった子供三人組をさっさとザガーンは抱き上げて牢の外に出、魔霊宮目掛けて翼を広げた。
あれよあれよという間に悪魔の島が眼下になり、ひんやりとした淡水海の海風が感じられた辺りでようやく「あの……」とゲットは口を開くことができた。
「どうしたね?」
上空からも見下ろせる……あの牢獄は。
「あいつ……結局ほんとにグレゴリアのおばさんのカレシ、なの?」
「なわけなかろう」
一瞬でばっさり切り捨てたその言葉は表面上は紳士的ながら……聞くも明らかな嫌悪感が伴っていた。
「あれに言われたことは何も信用しないでくれたまえ。自分が邪妃様を勝手に慕うあまり邪妃様も自分を慕っていると只管勝手に思い込んでいる……そんな痴れ者の戯言だ。……ほとほと、無礼な奴よ」
「……珍しいなあ」
死皇帝は一人、悪魔の島の大騒ぎ……の、「前」段階を見て思い出す。
「ギリエルが大人しく喋るとこなんて、初めて見たかも」
「……うぐぐ」
漸く腕輪の力が抜け、ギリエルは体に自由が戻ったらしい。
「……グレゴリア……」
彼は牢の中から、窓の向こうの魔霊宮をただ一人、じっと見つめていた。
※お詫び
同章7話のアカシック・レコード同様ですが、当小説ではバロムの章で新たに作られた設定は反映しません。
バロストを出すこと自体が難しくなったため、この世界にはバロストとバロメアレディはいなかったという特殊設定で参ります