自然文明、中央深部。
「コイツは《奇面ざくろ》。大丈夫、見た目ほど怖くない。音楽が大好きな種でね、歌ってやるとドンドン育つよ」
銀の戦斧が、口の付いたツリーフォークが数株やって来たものを、保護している孤児たちに見せていた。
森中を旅して森中の種族に協力を要請している孤高の願の下にも光文明が合流し、彼の仕事効率と機動力は飛躍的に向上した。先日ツリーフォークの村落と協力の話が付いたと彼から連絡が入り、光文明の情報伝達部隊《バーサーカー》によって中央深部に送られてきた数名だ。
ぼこぼこの果実に歯を剥き出しにし笑う口の付いたものが集合したその姿は一見グロテスクだが、当の本人たちは自分を不気味そうに見る視線も何のそのに機嫌よさそうに笑っている。
「歌ですか?」
「おやっ、神様がた」
その声を聴いて、光文明……イニシエートの舞台が割り込んでくる。
「歌ならばこちらにはエキスパートがおります。ですよね、トール様?」
「わ、私か? う、うう……正直、まだ自信がないのだが……」
「神様からの歌!」部下たちからの期待を浴びながらもまだすくみがちなトールであったが、とんでもない事情を知る由もない銀の戦斧はパアッと逞しい顔を明るくした。
「きれいなんでしょうねぇ! 奇面ざくろ達もお喜びになるでしょう! いっそ群生地に行って歌って頂いても!?」
「う……そ、それは、責任重大ですね……」
「トール様、我々からはもうトール様は完治したように聞こえます! 秩序のために頑張りましょう! 非秩序の民に心意気で負けてはなりません!」
『よう、イノセント! 奇面ざくろの群生地に光文明の聖歌隊様が行って下さるって?』
「あ、はい、そのようです……孤高の願さん」
中央深部にある、金色の四角い金属板……それに孤高の願のホログラフが浮かび、無垢の宝剣と通話している。この金属板こそが、情報伝達種族バーサーカーの体の一部。彼らは体をバラバラにし、非常な長距離でも通じる上他者からは絶対的に干渉、傍受が不可能な通信端末にすることもできるのだ。
『そいつはよかった! あいつらはほんと、効き目抜群の子宝の妙薬だからな。コロニー・ビートルのお嬢さん方からの了承も得てる、ザックザックに育てて収穫して闇文明が来るまでに間に合えばありがたい』
「……はい。僕からも頼みます」
『じゃ、おれは他のツリーフォークとも話してくるよ』
そういわれて通信は切られ……ぼんやりする無垢の宝剣に、盗賊の盾が「どうしたんだい、王子サマ」と声をかけた。
「……盗賊の盾さん」
「あん?」
「これは、『自然』なのでしょうか……?」
光・自然同盟の総力戦準備において奇面ざくろに与えられた要請。それはこうだった。
グロテスクな風貌に似合わず、奇面ざくろの実は知る人ぞ知る大変な子宝祈願の妙薬で、美しい歌を聞いてほころんだその口からこぼれた実を食べれば、老婆すら子を産む力を持つ。
コロニー・ビートル部隊の一番の武器は卵だ。彼女らはどんどん繁殖能力を高めないと始まらない。だからざくろ達に身を沢山分けてもらいそれを食べさせ、弾丸の卵を用意する……そのような作戦なのだが。
「本来生まれるはずでもなかった果実、本来生まれるはずでもなかった子供……それを生み出してまで戦いに打って出るのは、自然の在り方のうちなのでしょうか」
「……さあねぇ」
盗賊の盾はその透明な王子……もとはと言えば自分が立案した案に疑問を呈する王子の顔を見て、頭を掻いて答えた。
「けどね、いつも粛々としてるのが自然じゃない、それも確かのはずだよ。強い相手が来たら火事場の馬鹿力を出して抵抗するのも自然のうち。だったらこいつも自然と言われて裁く権利はどちら様にあるんだか」
「……でも」
「第一」盗賊の盾は、自分の盾を振りかざして言った。言い含めるというよりは、どこか……彼女も、考えているようだった。自然とは、何か。
「あたしらはさ、なんだかんだで武器を作っちまったんだ。服を着ちまった。魔術を覚えちまった。戦うために子を産ませるように、食べるために畑や家畜小屋で生まれるはずでもない子を産ませる術を覚えちまった。あたしらは『文明』を築いちまったんだよ、この森の中で。そっちの方がより、生きやすかったから。生きるための戦いだったから。……そいつはさ、『自然』のうちに入るかね? ……はっは、もし入んなかったらさ、『自然文明』なんざ案外、闇を嗤える義理なんかありゃしない、矛盾の塊みたいな無法かもねぇ」
フィオナは、否定しなかった。この作戦を。
誰も、拒まない。この作戦を。
自然のうちに生きるとは、なんなのか。
真の自然とはなんたるか。
自然とは、強者を前にすれば粛々死を受け入れる事なのか?
●
「バロムについて?」
「うん、おばさん、バロムって誰? おばさんの旦那さんってほんと?」
グレゴリアの館で、自室でくつろいでいた彼女……の下にやって来て開口一番ゲットがした問いかけに、案内したシャドウ・ムーンはブハッ、と変な声を出した。
「お客人! 失礼ですがそのことは……」
「構わぬ」だが、シャドウ・ムーンの言葉をグレゴリアが自ら遮る。
「恥じる過去でも、辛い過去でもない。ただただ誇りの記憶にすぎぬこと。お客人が聞きたいというのならば勿体ぶる理由などはない……第一、結局のところ彼は此度の戦の肝よ。いずれは詳らかになる事じゃ。シャドウ・ムーン。お茶と茶菓子を」
「……ははあ」
そういってすごすごとお茶の用意をしに行ったシャドウ・ムーンと入れ違いに、「キュ」とゲットに抱かれるサンドリヨンが、紫に燃える炎を宿すキャンドルに照らされたグレゴリアの腕に輝く腕輪を翼でさした。
「あ、その腕輪……」
ギリエルのことを言わんとした瞬間だったが、それより前に「ああ、この腕輪は妾とそのバロムを語るには外せぬものでの、童」と穏やかにグレゴリアは言った。
「さて……そなたが友人のゴーストより聞いた話じゃが、相違はない。バロムとは妾の夫の名じゃ」
ギリエルのことを話していいんだろうか良くないんだろうか……そう逡巡するゲットに、つい、と彼女は金の腕輪を今一度よく見せてきた。
「この腕輪の名は『モナーク・リング』。闇の覇王ブラックモナーク様直々に祝福されし闇の聖婚を成した夫婦を結びつける誓いの証。千年前、これと共に妾は『邪妃』の称号を覇王様直々に賜った。……同じくその時二つ名を賜りし悪魔の騎士」
金の仮面の奥底の顔が、なぜだか、懐かしそうなのが見て取れた。
「《法輪の騎士バロム》と共に結び付けられての」
音一つ立てずに、シャドウ・ムーンがカップを「一つだけ」用意して持ってくる。そこから、闇の瘴気で毒の域まで芳醇に発酵した香しいお茶の香りが漂う。そこに毒気を中和する魔力の甘露を入れて、奢侈なボンボニエールに乗った金箔入りの薄紫色と濃紫色のボンボンと共にゲットの前に供された。……仮面で顔を覆ったグレゴリアは、人前では食事もしないらしい。彼女の館に泊まってからも、彼女は食事の席には決して現れない。
「モナーク・リングの聖婚とは特別なものでの、ただの結婚とは違う。闇で最も偉大なりし覇王の祝福によって結び付けられるもの、その誓いは未来永劫、破ることはまかりならぬ。それは覇王様のご威光を侮辱するにも等しきこと故」
「あー……ナコウドさん? になってくれるんだな、ブラックモナークが! ボーグもなったことあるから知ってる、ナコウドさん!」
「……まあ、それの最上級のようなものであろうかのう」ボンボンを食べる二つの小さい影を動かぬ仮面の下で微笑まし気に眺めながら、グレゴリアは話をつづけた。
「さて、その永劫に続く心変わりの自由の喪失と引き換えに闇の覇王直々の祝福を受けし夫婦は当然、その力を通じて闇の力が無尽蔵に増幅される。バロムは素晴らしい悪魔で、かつ、妾に誰より忠実に従い妾と共に戦った存在であった。全てはあやつが居ったが故に妾はアザガーストとヒドラにも並び、小娘の身の上でブラックモナーク様の直属となる事すら叶った。……それ故、妾共の闇の力をもっと増幅させるために、覇王様自らより聖婚を提示され、我らは受け入れた次第じゃ」
「……セーリャクケッコン、って、やつなの?」ゲットはゴーグルの底で目をぱちぱち。「好き同士でとかじゃなくて、闇文明のために、ってこと?」
「闇のためであるのは事実。妾もバロムも、闇に忠義を誓うためならいかな犠牲もいとわなかったであろう」グレゴリアは、穏やかに話す。
「ただ、妾は少なくとも悪からず思うておった。あやつの事は、誰よりも……他のいかな男よりも、あやつと結ばれる婚姻こそ妾が望むものであった、それもまた確かじゃ。……ずっと、妾と共に戦ってくれたあやつとならば。……バロムの方は、どうであろうかのう……まあ、まことダークロードに忠義な『騎士』であったがゆえに、柄にもなしに怖気づいておる所もなくはなかった。いつも通り慇懃に跪き一介の使い魔にすぎぬこの身との婚姻をグレゴリア様が受け入れて下さいますなら貴女様のためこの身如何様にも、と妾の手を取った……そんな洒落っ気のなき求婚であったの。じゃがそれが、あやつであった」
仮面の奥の、見えぬ顔色……それを知らせる声は本当に穏やかで、懐かしそうで、愛おしそうであった。
「……ちゃんと好き同士、だったんだ、おばさんとバロム」
「そう思いたいのう。じゃからして、シャドウ・ムーンは気を遣うが妾にとっては隠すつもりもない、語りたいほどの良き思い出じゃ」
その後も様々教えられた。偉大なる覇王の顔を潰さないため、生涯破ることまかりならぬ聖婚。それで増幅される力たるや本当に強力無比。中でもグレゴリア夫婦は覇王すら驚くほどその力を使いこなしたが故、グレゴリアに至ってはそのイミテーションを配下に分け与え自分も覇王のように部下を強化することを許される栄光すら与えられた……シャドウ・ムーンや屑男たちの腕にも、グレゴリアと似たような腕輪が嵌っているのはそういう事かとゲットには合点がいった。さて、それほどまでの力が与えられるからには当然代償たる制約も厳しい。婚姻相手以外とは他のどんな男とも、どんな女とも、リングで結びつけられた相手でなくては触れる事すら許されない。グレゴリアが決して外さない仮面をつけていることもその一環というのだ。覇王によって結び付けられし花婿に操を立てるため、花嫁は彼を措いて他の男に顔さえ見せることはまかりならない、それほどまでに闇の聖婚の結びつきは順守され永遠に破られぬものでなくてはならない。ましてやその片割れに無理に懸想し暴挙に出ようものならリングから呪いが降りかかり、覇王によって結び付けられた操を守る。……それを聞いて、ゲットは急に倒れ伏したギリエルの事を思い出していた。……取ってはいけないらしいグレゴリアの仮面を外してキスしたい、と言った直後にダメージを受けた、あの彼。「どうかしたかえ?」と問うてきたグレゴリアを「あ、ううん」と彼はごまかした。
「でも……おばさん、不便じゃねーの? 女のダークロードは、顔隠してない人ばっかなのに」
「ほほほ。そなたらヒューマノイドもそうじゃが殿方ならば斯様なことなどせずとも鎧兜で顔を隠すことも多い。同じことよ。斯様な殿方は常日頃戦を愛しているがゆえにその不便も不便にならぬのであろう。愛が故なら苦痛にもならぬ、同じこと。妾はあやつを措いて誰一人、死ぬまで素顔を見られとうはない。あやつが居なくなろうとも」
……死ぬまで、誰にも、素顔を。
「……おばさんの、好き、ってすげーことなんだなー……なあ、どんな気持ちなの? それって。そいつ、もういないみたいなのに」
「ほう?」
くすくす、と品よくグレゴリアは笑った。
「ませたことを聞くのう。童。そなたにも気にかかる娘子がおるのかえ?」
「えっ!? ……んー……よく、わかんないけど……」なぜだろうか……ボンボンを食べて目を輝かせるサンドリヨンを見て、よく食べるクルトの隣にいたポップルの顔を思い出した。
「……強くなって、守りたいって、そう思った女の子は、いたかも」
「キュ!?」とサンドリヨンがゲットの方を見た。
「おや……そうかえ」グレゴリアも少し意外そうに反応したのち、ゆっくりと話を再開した。「しからばそれで十分であろう。おそらくそなたが思っておるほど大した情は要らぬ、愛するとは大方そなたが抱き得るだけの情で十分説明のつくものじゃ、童」
「えっ、あの、でも!」とゲットは焦って言う。「別にケッコンしたいとか、そんなんじゃ」
「ほほほ。揶揄ってすまなかったの。なに、恋だ婚姻などはひとつの形にすぎぬのじゃ。別段その娘子への想いが恋情でなければ愛でない謂れなどないのじゃ。友へ、同志の情でも構わぬ。小さきものへの憐憫でも偉大なるものへの忠誠でも、自己の美学への執心でも変わらぬ。自らを捧ぎたいと想うほどの情に甲乙をつけるなぞ無粋なものじゃ。多様な愛があり多様な終着点があろう。終着点にさえたどり着ければ命として幸せなものよ。……妾とバロムの場合は、これであった。それだけのこと」
彼女は、じっと、キャンドルの明かりに照らされたモナーク・リングを見つめて、そう呟いた。
「……そう、なんだ……」
誰に聞いたところで闇文明を知らない自分には結局真実を確かめようがない気がする。だからこそこんな形で確かめようとしたが、ゲットは確信できた。
グレゴリアはおそらく本当に、そのバロム、という存在の夫のことが好きなのだ。彼女の恋人を名乗るギリエルの方ではなく。
●
寝て起きて、ゲットは死皇帝の宮殿から少し外れたところにある施設に向かった。
「マイキー先生」
そこは医務室。《暗闇に潜む者バット・ドクター》なるゴースト達がたむろする、中層種族向けの医療機関とのことだった。そこに、ゼーハーと息を吐くマイキーと「お、ゲット」と口を利く……どうやら、ヒューマノイドの原型を取り戻したらしいジョーがくたびれたベッドに寝ていた。
「ジョー……息吹き返したんだ」
「どうにかついさっきな! 先生が頑張ってくれたおかげでよ! ところでユリアちゃん何してる!?」
「……オレに聞かれても……」
実のところ紅戦線のメンバーたちは非常に強く釘は刺されていた。妖舞皇女の機嫌の悪さと言ったら尋常でないのでどんな手段を使ってもあの男が皇女に近づくのを阻止しては頂けないか、と。ゲットも勿論忘れたわけではない。適当にごまかさざるを得なかった。
「……寝覚め一番に聞くのがそいつかよ、ジョー君……オレぁ、自分こそ死ぬかと思ったぞ、こんな全身改造級の大手術。……よくぞ生きて帰ったもんだよ」
「そりゃな! ユリアちゃんと両想いにならないうちは死んでも死にきれねーぜ、先生! 生かして帰してくれてありがとな!」
「どうもどうも。はー、恋は盲目なんて誰が勝手に言ったもんだか、こんな生命力が付くんなら盲目どころか深海一万メートルのサイバー・ウイルスの目玉ぶち抜く視力でも持てそうなもんだ」
「えっと、ジョー。生きてくれてありがとう。けどダークロードの奴らやボーグに聞かされてんだけどさ、とりあえず戦争が始まるまでは、アンセーにここに居といてほしいって」
「え、なんで?」
「えっと、その」ユリアのことを誤魔化そうとしてもごもごし、「怪我が心配だし……」と言った次の瞬間、ジョーはこう返してきた。
「先生に絶対安静言われんならわかるけど、なんでその前にダークロードやボーグに言われなきゃなんねーんだよ」
「……あ」
ゲットとマイキー、二人顔を見合わせてまずい、発言をミスした、と目で会話した。まったくもって最もじゃないか。
「え、えーっと、その」
「そ、そりゃあよ、ジョー君! ジョー君も紅戦線のホープ、この度での戦争の大活躍期待されてんだぜ!?」慌ててマイキーがフォローに入る。
「そのためにも怪我は確実に直さなきゃってみんな気がかりなんだよ、なっ!」
「ふーん……ん……待った。ダークロードからもじっくり体治せってオレは言われたのか?」
「勿論……あ」
そうだ、程度でなく勿論、などとまで口を滑らせてしまうべきではなかった、言った後に気づいたマイキーだった。
「それってひょっとしてユリアちゃんがオレの心配を!?」
「……え、えーっと? それは、どうだろう」
「ッシャア! ゲット、オレはバッチリ身体治す! いい子にしてろよ! マイキー先生、リハビリ計画頼むぜ! バッチシ120パーセント実行すっからよ!」
そう言って、ぐっと拳を握りしめたジョー。「……んー……?」と、マイキーは状況を整理した。
「えーと……ジョー君、ちゃんとここでじっと体治してくれるってこと……で、いいよな」
「たりめーだろ先生、ユリアちゃんの期待は裏切れないぜ!」
「……よし、わかった。しっかりオレとリハビリするぞ、開戦まで、な!」
……どうやら、思い込みでとはいえ問題児になりかねない人物が偶然にも都合のいい方向に勝手に着地してくれた。理由が何にせよマイキーには乗らない手はなかった。
「……ジョー」その様子にゲットは半ばぽかんとして聞く。
「ユリアちゃんのことそんな好きなの?」
「一生に一度の運命の恋だ、おめーも大きくなったら分かる」
その声色はいたって真剣だった。
「……そうなのかなあ」
「ま、闇文明には音楽が無かったから? ユリアちゃんに歌はちょっと刺激的すぎて、びっくりさせちゃったみたいだけどよ」
「いや、それは、その……」
なんと言っていいのかわからない、刺激的だから驚かせたのは全く事実な気もするしそれで済ませていい気もしないし音楽が無かったのは多分関係ないし、となるゲットとマイキーだったが、相変わらずジョーは勝手に続けた。
「だから、まずはユリアちゃんが分かることで、喜んでもらえることしなきゃ、な。まずはきちんと、同盟相手の戦士としてユリアちゃんの国のお役に立たなきゃよ」
「……」
その発言に、なぜだろう……感じるものがあったのは。
「ジョー」ゲットはボソッと聞いた。
「好きになる、って、ユリアちゃんが喜ぶことしたいってことなの?」
帰ってきた言葉は、非常にシンプルだった。
「そりゃそうだろ」
「……だったら、やっぱ歌はもう歌わない方がいいと思う」
「マジかよ!? 慣れさせても!?」
「慣れさせても」
「なんで!?」
そんな会話はともかく……ゲットには感じられた。
好きになるとは、喜んでもらえることをしたい、と願う事? 自分も……ポップルに楽しそうにしてもらえたら、確かに嬉しかった。もっとしてやりたいと思った。
なら……ギリエルは。
絶対に素顔を見られたくないと思っているグレゴリアの仮面を剥がしたいギリエルの言う「好き」は、一体、なんなのだろう。
……どうして、このようなことを考えるんだろう。
けれど。あの声は、ものすごく悲痛に叫んでいるように響いた。そう……怪我をして苦しんでいたサンドリヨンのように。
●
「……愛の終着点、か。……我ながら童相手に洒落たものじゃ」
ぼそりとグレゴリアは、自室でリングを眺め、思い出に浸る。
共に戦った最強の使い魔。夫と妻と呼ばれる関係になってからも、あれは自分と体を結ぼうなどとしなかった。ただの一つを除いて、自分に指一本たりとて触れることはなかった。
ただの一つ。彼が跪いて、自分が手袋を外し手を差し伸べて、白い掌に堕ちる軽いキス。それだけが、触れ合い。それだけで、満たされた。
それだけで、同族より、この世のどんな者より、彼と結ばれてよかったと思えた。
それが。終着点だと。……そう、思っていた。
「分からぬものじゃ、何事も」
窓の外から見える。悪魔の島。あの牢獄で、ギリエルは今日も自分を見つめて、そして魔力を蓄えているのだろう。
「せいぜいもっと育ちおれ。『悪魔神計画』のためにの」
グレゴリアは内心で呟く。
せいぜい、皮肉を築くがよい。自分を追ってすべてを捨てた堕天霊。
このグレゴリアとその夫に真に定められていた『終着点』の礎となるがよい。
※前話にも書きましたが、基礎のプロットを立てた時期の都合上、そもそもこの話の世界線にバロストとバロメアレディは完全に存在していないこととして書かせて頂きます。あの魔誕物語を経て生まれたバロムの一人が今話出てきたグレゴリアの夫、という事もなく、バロストとバロメアの物語はこの話に本当に一切合切無関係、と言う前提であることをどうかご容赦下さい。当作品のグレゴリアの夫はバロメアとの恋を無かったことにされダークロードと幸せに結婚したバロムなどという悲痛な存在ではありません。
これとはまた別に、バロムの章を題材にした小説も構想がありますのでいずれ執筆したく思います。その二人はその時にしっかり書く形でご容赦を願います。