Saga of Creatures   作:hinoki08

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ふたつの同盟 13

 

「おかえり、ご苦労さん。あんたの対話はほんとに大したもんだよ」

「魅了妖精のチャミリアの魔力も、バーサーカーの皆様のおかげもある。おれ一人ではここまで行かなかったよ。皆で協力したからできたようなもんだ」

 自然文明、中央深部で、盗賊の盾と任務をひと段落し帰って来た孤高の願が話しあっていた。バーサーカー部隊の協力あって、広大なフィオナの森のうち戦力になってくれそうな種族との交渉は想定よりはるかに早くほぼ網羅。どれだけを実戦に、どれだけを民間保護に割くかの割り当ても大方決まったようなものだ。彼も中央深部に戻り、バーサーカーたちと一緒に各地の種族との作戦会議。

 光文明の伝達力、チャミリアの魔法、孤高の願いの全ての種族との対話を可能にする魔力。それらすべてが無くては成り立たなかったろうが……それ以上にこの話の早さを成す一番の要素はやはり、もう一つ。

「……そんだけ、皆闇文明が怖いんかね」

「……違うさ。森を害されたくない、ただそれだけだ」孤高の願は、静かに言った。

「勿論たった千年前のことだ、おれたちは闇文明が一番怖いよ。けれどフィオナの森を害するんなら、別段闇だけ憎いってわけでもないさ、火でも、水でも」

「……光でも?」

「罰当たりだぞ、ドロボー猫」

「こいつぁ失敬、魔術バカ」

「話を戻す。後で皆にも共有することだが」孤高の願はコホンと咳ばらいをし、一つ。「ツリーフォークの《幻惑ベリー》が、同種からの交信を読み取ったんだ。火文明の連中が、すでに闇文明占領区域の下見に来てる」

 幻惑ベリー。それはフィオナの森全土に、その土地に会った適応を成し遂げ存在するベリーのツリーフォーク。念力能力を有し外敵には名前通りの幻惑を見せ、遠く離れた仲間とも念力で交信する。そして先述の適応力たるやツリーフォークの中でも異常の域。すっかり瘴気に染まり切った闇文明占領区域ですら、闇のエキスをも肥やしとし、どろどろとした果実を実らす進化を遂げ……見事、闇火同盟の動向の一部を間近で見たという次第だ。

「……やっこさんもいよいよってとこかい。ああ、そいつぁ背筋が寒くなる情報だね」

「ああ。……それと。ついでなんだが」孤高の願が聞いた。

「神様たちからお前も聞いてるだろ? おれも会った『最弱の予言者』のことだ。実はツリーフォークたちとの話の流れでな、ある川の流域の村が、それを連れてた春のフェアリーらしき子と会ったって話を聞かせてくれて。きょうび春のフェアリーなんて二人も里の外に出歩かねえよ、きっと間違いなく例の子だ。ポップルちゃんだ。で、二人は海に行ったとまでは聞いたんだが……お前、海は今の専門だろ。知らないか」

「……」盗賊の盾はしばらく黙って、こう返す。

「海辺の漁村とかにはいかなかったのかい。戦力にはならんが物流には役に立つ連中が集まっていただろ」

「……チッ」

「ひっかけようなんてあんたも性格悪くなったもんだ」盗賊の盾は言った。「そこんとこの奴らからも聞いたんだろ。あたしがあの子らと一緒にいたってことさ」

「どうしてお前、黙ってたんだ」と発せられる孤高の願の声は、責めるようでありながら。「お前もちゃんと聞いただろ? 最強の秩序の降臨のためには……」

「……そんなもん、もうあたしだってどうしようもない領域になっちまったから、に決まってんじゃないか」

 結局光文明から彼女も聞かされた……クルトにまつわる、彼女の知らぬことを。その上で……彼女はこういうほかなかった。

「あたしももう、あの二人がどこかなんてわからない。向かった先は分かるけど中継地でしかないだろう所だよ、もう。本当に今はどこにいるんだか、大体まだ二人揃ってるんだかあたしにも……それも包み隠さねえ本当なんだよ。途中経過を追ったってもう気休めにもならないじゃないか」

 責めるような声でありながら……少し大声を出せばすべてに聞こえる中央深部で、ひっそりと、人目をはばかるように発せられた。

 それにね、と彼女は言う。

「それだけで片付く問題、それで最強の秩序がなせると想うのぁ、お気楽だよ」

「えぇ?」

「あたしは昔、見たことがある。『アルカディア・ハート』の一つを。……でもね、持っていけなかった。あのハートは……」

 小さく、ぼそりと告白された、とある大盗賊の声。孤高の願は……「今のは、おれの心に留めておくよ。流石に誰にも聞かせない方がいい」と言った。

「何言ってんだ。そうして事実を隠して隠して、やっていくつもりかい』

「だったらなんだ? こんな、今までの心の拠り所が一気に壊れた時代で、誰もが、光の秩序を、その象徴たるアルカディアス様を希望にしているんだ。それで森が守れると信じて。それでもう一度、元の森に帰れると信じて。その心を折るのが自然の仲間意識か? ……そう、そうだな、マイティ。おれは言ったよ。森を害するんなら闇文明じゃなくても許さなかったって」

 この会話が。

 バーサーカーの端末を解して行われなかったことは幸か不幸か。光文明に握られなかったことは幸か不幸か。光は、どこまでを理解し、どこまでを理解していないのだろう。膨大な知性と、無の感情を持ち合わせる神々は。

「おれたちと同じ自然文明でも、おれは、森を害する民は許したくねぇよ。分かるよ、わかっちまうから、黙っているほかないだろ。だって、『じゃあどうすればいい』んだ?」

 魔術を極めた森の賢者も、一体、何をどこまで理解した上でその言葉を発したのか。

「ただ、森で、自然の秩序と共に生きたいと思ってるやつらをおれは邪魔したくないよ、それだけだ。だって、そいつらに何の罪があるわけでもないのに踏みにじられたのは事実じゃないか」

 盗賊の盾は、黙った。

「事実だね……みんな、事実だねぇ」

 森を知り尽くした冒険家も、いったいどこまで理解できていたのか。ああ、自分だって願ったよ、と彼女は言う。きっと生きているポップルが、元気いっぱい飛び回れる世界を維持したいんだ。そのために戦争の片腕を担ぐことを決めたんだ。それで……ここまで森がその目標のため一体になっている中でバカ正直に「自分の知っていること」をぶちまけたらみんなの戦意が削がれる以外なんにもなりゃしないと見えている。その馬鹿正直で飢えと復讐を原動力にする闇火同盟の士気なんぞ削げやしない。そこで通せる仁義は、一体なんだ。

 ああ。善と悪の全てが、彷徨っている子供を玩具のように売り飛ばすような絶対的なものばかりなら、どれほどこの世は分かりやすく秩序立っているのか。秩序の民として生きようとした自分たちの世界すら、なぜここまで混沌としているのか。

 

 ●

 カティノが光文明から持って来た宝石。まばゆく輝くアルカディア・ハート。……その輝きに、自然の王子が引き寄せられたのは、なに故だったろうか。

 カティノたちはフィオナと話し合い、帰還してきた孤高の願も他の皆と情報を共有する中……不思議に、中央深部に持ってこられて以来ご神体のように崇められていたそのハートが初めて、一人ぽつんと佇んでいた。

 そこに、何か惹かれるものを感じた。無垢の宝剣は。

「……何を」

 何か、その瞬きは。

「何を、仰っているのですか? アルカディアス様」

 母の声が遠くに聞こえる。孤独におびえる孤児たちに昔話を語っているのだ。

 

 

 ―――むかしむかしのお話です。

 覇王を破った聖霊王は、自らもその聖なる力を使いつくし、体を維持することが難しくなってしまいました。

 聖霊王は弱き身となって君臨し続けるよりも、いつ来るとも知れない未来のために体を捨て、力を蓄える道を選ばれました。

 そして我ら自然の民の信仰心を信じてくださった聖霊王は、自らの残った力を宝石の形にし、自然文明の各地に預けました。もしもの時は、これに祈れ、聖霊王が助けてくれると。

 そして、長き眠りについたのです。また再び、地獄から闇の僕が現れた時、必ず聖霊王は復活し、地上に希望をもたらしてくれることでしょう。

 なぜならば、光の秩序、光の平和は絶対に侵されることのないものであるからです。

 光の民に栄えあれ。

 

 

 誰だって、知っている。

 沢山、聞かされた。アルカディアス様。貴方は千年前、闇に包まれたフィオナを救った、光の英雄。秩序の象徴。森を照らした光。

 ……ああ、どうして。無垢の宝剣はその宝石の前で……不思議と、泣いた。

 何のためだろう。分からない。

 ただ、何かになだれ込まれるように、そんな気持ちになったような。

 

「貴方は、『泣きたい』のですか?」

 

 答えはない。けれどもとにかく、無垢の宝剣自身が森を傷つけられ覚える痛み以上のものが、自分に入ってゆくを感じた。アルカディアス。勇敢な秩序の象徴。そんな彼がそんな気持ちを抱くわけ、無いのに。

「もしそうなら、僕の目をお貸しします」

 何も、わからない宝石を前に、透明な王子が言った言葉はそれだった。ただ、自分が言える言葉はそれだけだと彼は感じ……そして、理由もわからず、ハラハラ彼は泣いていた。

 

 

 ●

『おかえり、火文明の皆』

 フィオナの森の下見を終え、帰って来た火文明の面々をアザガーストの声と主だったダークロード達と共に魔霊宮で出迎えた姿に……彼らは、驚いた。

 そこにいたのはダークロードとは違う、しかし他の闇文明種族のひたすらな悪趣味ともどこか一線を画す、グロテスクと高貴を両立させたような巨大な存在。

 ……デーモン・コマンド。

「火文明の皆様。初めまして。我らはこの闇文明の主力戦力を担う、悪魔の騎士団……闇騎士団です」

 ザガーンが全員を代表し慇懃に挨拶した。その後ろにはクエイクス、ジェノサイド、オルゲイト、デスライガー……などなど錚々たる闇騎士団の面子がそろい踏み、一斉に頭を下げた。

「あんたらか……本物の悪魔ってのは」

「はい。闇の誇り、闇の混沌を母の胎として生まれ出ずる闇に従う魔物、それが我々デーモン・コマンド」

『この子たち、自分たちの居住区があって、本当はそこを「ある奴」を見張りながら守る任務についてるからさぁ、本来は火文明の皆をそこに呼んでご紹介したかったんだけど』と、アザガーストの声。

『ちょっとね、その監視対象が暴れすぎちゃって君らがいない間にのしすぎちゃったから……逆にこれはもう一時的に留守にしてもいいよねって話で。だってほら、言ってもわからないリビング・デッドやワームたちならともかくさ、この子たちなら本来、お客様の方から出向かせるより、お客様の方に自分たちから出向いていくのが礼儀じゃない?』

「その通りです」とザガーン。

「……大層な敬意を払われたものだ。光栄だ」素直にユーカーンはそう答えた。自分たちの絵巻に綴られるドラゴンの姿にも劣らなさそうな、見るも立派な姿を目の当たりにして。デーモン・コマンド……一体何者なのかも説明されないうちから、すでにその佇まいで只者ではない風格が推し量れた。

『じゃーさ。皆。折角こうして闇騎士団の皆も揃ったんだし、もう話しちゃっていいかなー』

 アザガーストがそう言ったのち、多くの闇の大物たちが同意する。「そうですね」とハウクス。「異存はない」とヒドラ。「構わぬ」とグレゴリア。「死皇帝の仰せの通りに」とザガーン。

 ……その場には。

 異常な緊張感が立ち込めた。彼らの面持ちは……なに、を見ていたのか。

『グレゴリア』

「ああ」

 アザガーストから発言権を渡されて、話し出したのはグレゴリアだった。

 

「火文明の皆様方。大方我らの手の内も明かした。いよいよ……この戦争において我らが抱える重大計画をつまびらかにお話しさせて頂かぬことには、嘘偽りなき同盟など成りたつまいて、しばしの間ご清聴を願う」

 死皇帝の館、その大広間に描かれた、千年前の戦争の壁画。

 その中に、その中にだけ佇む覇王ブラックモナークの絵姿に見守られながら、グレゴリアは……ダークロード達は語る。

 

 

「我ら闇文明の逆襲における最大計画……『悪魔神計画』。『闇のため戦う闇の神格』を『作り出す』が、この戦、いや……千年前、我らが温め続けていた計画じゃ」

 

 

 火文明の民は、その言葉のスケールに一瞬、息をのんだ。闇の、神。それを、意図的に生み出す? 

「必ずやその神は、フィオナの森を、そして光文明を潰す最強の切り札となろうぞ」

 ……だが、その火文明の中で、一人だけ、その話以上に、この状況のある事に気を止める姿が一つ、あった。

 ゲットだった。

 あの日自分を送り返してくれた棍棒の悪魔や、ライオンの悪魔。それはみんなここに。彼らはもう悪魔の島には来るなと言ったが……今彼らがここにいるなら、悪魔の島は手薄ではないのだろうか? 

 都合よくも誰もが話のスケールに注目していた上、ただでさえ火文明部隊の主だった面々に大柄のデーモン・コマンド複数がぎっしりと広間に勢ぞろい。ゲット一人が抜けても大して目立ちはしなかった。

 ……アザガーストすら。

 魔霊宮の全てを把握するアザガーストすら、そのちょろちょろ抜けた小さな姿に「本気で気づいていなかった」のは、ひとえに、ゲットは聞き逃した言葉を、彼は……この闇文明の中で一番に心に響かせ、千年前の思い出と、その屈辱に魂を震わせていたからだろう。

 

「その前にまずは、お聞かせせねばなるまい。皆様方があずかり知らぬフィオナの森で、千年前、我らに何が起こったか」

 

 

 ●

 死皇帝の館から抜けたゲットは、抱っこしていたサンドリヨンに問う。

「サンドリヨン、またあの島に飛べっか?」

『キュ!』

 勿論、と言った得意げな顔で、彼女はゲットの首根っこをひっ掴んだ。ゲットも今度は怯えはしない。冷たい淡水海を抜け、思った通りの、ほぼほぼもぬけの殻になっている悪魔の島へ。その中にある牢獄へ。

 そこでは。

 

「黙れ黙れ! 貴様など、貴様など邪魔だ潔く死ね! 私のグレゴリアに手を出すな悪魔風情が! 私が救う! 私が彼女を救う! 彼女を救えるのは私だけだ! 『いい加減になぜ悟らんか? グレゴリア様はお前を愛することなどない。よしんば私への愛が抜けようがかの方が覇王様への忠誠を忘れリングの誓いを無碍にすることなどは永遠にあり得ぬ、そのような方だ。グレゴリア様にとって貴様の価値は、私の神成の触媒でしかない。何度同じことを話せばわかる?』やかましい千年前の死に損ない!! お前に愛の何がわかる!? そんな程度の誓いで結びつけられるものが! 愛であるものか! 『愛の何がわかる? それはこちらの台詞だ。お前は愛のことなど理解できない。そう生まれさせられたのがお前たちであろうが。「聖霊王子」であろうが』違う! あのクズ共と私は、違う。生き延びたんだ、私は生き延びた、私は全うした、私の愛を! ああそうだよ、私だけは生き延びた、だからこの愛は本物だ、本物なんだからグレゴリアとて貴様より私を愛して私に素顔を見せて私と誓いのキスを交わして、ウ、グハッ……『……何度、言えば、気が済む……グレゴリア様を! グレゴリア様を汚らわしい目で見るな! 私が……私がどのような思いでかの方の隣に居続けたと思っている!』……ッ、ゼェ、ハァ……そんなもの知るかこの死に損ないの犬っコロ風情が! 貴様が、貴様が、貴様さえいなけれ、ばぁ……」

 ……もぬけの殻になった静かな島でただ一つ、「同じ声」で「言い争っている」かのような声。その声の主は……すでに腕輪の呪いで体をがんじがらめにされ、息絶え絶えの様相のギリエル。

「グレゴリアは、私、の……」

「……あの……」

 ……ただならない様子だったが……ゲットは思い切って、声をかけた。……以外にも、ギリエルは。

「? ……君は……」

 その、一人での言い争いを中断し、ゲットに注目した。

「なぜ、またここに……?」

「……なんでだろ。ただ……」

 上手く、言えないのだが。

 戦場で倒れたサンドリヨン。海に倒れたポップルとクルト、それよりはるかに大きい彼も、それと同じに見えたから。

「なんか、放っておけなくて……」

 確かにギリエルはわけがわからない。

 ロンリーの言葉にやたらに激昂した時点から、彼の主張は正しいと思えない。おそらくグレゴリアは彼のことを嫌っているはずだ。だって、グレゴリアが喜ぶことを彼はしようとしていないのだから。

 けれども。そこにいるのは……何か、手を差し伸べたい、差し伸べねばならない存在なような、そんな気がして。それはいったい……なんというのだろう。豪放磊落を男らしさと愛するが故やさしい気持ちの全てを情で片付ける火文明にとって、憐憫という言葉は例えば皮肉にしか受け取られない、子供のゲットに至っては考えたこともない概念だが。

 憐憫は果たして、そこまで不要で汚いものか。

「もっと、話聞いてみたいなって、オレ、お前のこと、思って。おまえ……お前、そうだ、そうだよ」

 例え、本当に他人全てから迷惑に思われた狂人でも、その狂人はその狂人の目を通した世界に生きている。間違った狂人だから誹られるのが当たり前に見えるのは他人事で、その彼は、その彼だけは……。

「みんな、お前のいう事誰も聞こうとしないから。お前のいう事も最初っから信じないから……オレは聞いて、知りたいなって。お前のこと。なんか、そう思うんだ」

 その彼だけにとっては、世界とは、自分以外の全てが自分が正しいと思っていることを否定する、孤独の砂漠のようなものだ。その孤独はどこまで狂人なのだから諦め受け入れるべきで、どこまでがそれでも寄り添われる権利のある孤独だろうか。

 

「……私の、ことを……?」

 不意に。

「『少年』」

 声色が入れ替わった。

「……ギリエル?」

「『違う。私の名は法輪の騎士、バロム。話せば長くはなるが……』」

「……バロム。あ、じゃあ、グレゴリアのおばさんと結婚してる……?」

「『……ほう、それを知っているのか。ならば話は早い』」ギリエルの口を通したその彼は、先ほどまで苦しみぬいていたギリエルの表情をすんと落ち着かせたものに変えて話しだした。

「えっ、いや、なんで……? 千年前に死んだって……」

「『私は確かに死者だ。肉体は絶対的に滅ぼされ、魂どころか「実存」をここに宿すことのほか許されぬ消滅を千年前に食らい、誓いのモナーク・リングを何とか依り代にし実存の維持だけは可能としている存在にすぎぬ』」彼は腕輪のはまったギリエルの腕を差し伸べた。「『今こうしてこの者の口を借りて話せるのも、腕輪の魔力がこの者の拘束のため強まった故に一時的に自我の表面化が叶っているだけ。普段は話せすらしない』」

「……???」

「『……すまないな、非魔術文明には難しかったか? まあ、確かに私のことは重要ではない。長々と失礼したな。とりあえずも死んでいることに違いはない、それは理解してくれ』」ギリエルの口を借りたバロムは「『とにかくも、私とグレゴリア様の真の関係を知っているなら話は早い』」と話を戻した。

「『この者のいう事は信じるな、真実ではない。グレゴリア様はこの者が望むようにこの者のことなど愛してはおらん。この者の言葉に耳を傾ける価値はない。延々とただの悍ましい妄想を聞かされるだけのことだ』」

「……おばさんがそいつのこと嫌いなのは、なんとなくわかる。オレにも」ゲットは言った。

「おばさんはバロム……お前のことが好きなんだろうなって思うし。多分、そいつと結婚する気なんか、無いよなって思う」

「『……フッ。そうまで言って頂けるとは光栄な。だが、それではこれ以上何を問うのだ?』」

「別に問いたいっていうか……話してほしい?」ゲットは自分の心持ちを順繰りに言語化しながら、千年前に死した悪魔の魂と対話した。

「ギリエルって奴はどうして、こうなったのか、オレ、知りたいし話してほしいんだ」

「『……それを知りたくば私が説明しよう。この者に正確なことなど言えまい』」

「いや、いい。オレ、お前と話しに来たんじゃないし」

「『……は?』」

「あ、ごめん……バカにした気じゃなかったんだけどさ」ゲットは……言葉を必死に探し探し、言う。自分の本心を。

「お前にはおばさんがいるけどギリエルは独りぼっちだから。お前が見たものはおばさんから聞けるかもしれないけど、ギリエルが見たものはギリエルしか知らないじゃん。お前もおばさんも悪魔のみんなも、みんなギリエルのこと嫌いなんだから」

「『……』」バロムはしばらく口を閉ざしたのち、言う。「『なぜ、この者にそこまで価値を見出す?』」

「……えーっと」ゲットは少し考えて、言った。

「お前にとっては奥さんにひどいこと言う奴だからヤな奴なのはわかるし、おばさんやほかの悪魔たちはお前のことが好きだからお前の方を信じるだろうけど……ぶっちゃけオレはお前のこともギリエルのことも全然知らなかったもん。知らなかったからどっちも同じだし、どっちも同じなら、話聞きたいなって思った方から聞く」

 それを聞いて。腕輪の中に眠る千年前死した悪魔は。

「『……フフッ』」

 意外にも、笑った。

「『言い返しようのない正論だな。少年、存外頭が悪くないな? まあ……よかろう。実は私も腕輪の中で見ていた。不思議に、この極端に思い込みの激しい者が、君の前では若干理性を取り戻し大人しく話す……この者にとって重要なのは拘束。拷問ではない。大人しくしていてくれるなら何が故でも同じこと。むしろ……今はこの者に肉体的負担をかけるのは得策ではない』」

 悪魔の騎士の騎士団長。その座に相応しからぬような、あるいは誰よりも相応しいような……深淵の如き真意の知れぬ鷹揚の声音。

「『だが、グレゴリア様が絡むとこの者はどうにせよまともに話せなくなるからな。やつの興奮を私もある程度腕輪の中から押さえつけてやろうぞ。我らの絆を信じてくれた礼だ。では』」

 そんな声音が、急に消え去り。

「……? 私、は……?」

 ゲットの聞き覚えのある声が急に戻った。……ギリエルの人格が戻ったのだ、とゲットにも理解できた。

「ああ、そうだ。少年。……なぜ、私のところにまた?」

「えっと……もっと、お前のこと知りたくってさ」ゲットは、戻って来た「ギリエル」に格子越しに話しかける。

 

「光を捨てたとか、何とか……それって、どういうこと? 何が起こったの? お前……なんで、ここにいるの? お前って、誰なの?」

 

「……光……」

 ギリエルは、何かに思いを馳せていた。

「……『聖霊王子計画』……」

「え?」

 ギリエルは呻く。

 

「光文明が平和を築いたものか。奴らは地獄を二つ作ったのだ。覇王の躯の地底の穴と……そして、自分たちが守ると約束した、地上に。私は……それが故に生まれた。それが故に光を捨てた。光なぞ穢れ。光なぞ偽の神だ。だがこの私は、それが故に……運命の愛に出会えも、した」

「……一体、何があったの?」

 ギリエルの興奮は押さえつける。そのバロムの言葉は本当なのだろう。ギリエルはぽつりぽつりと、取り乱しはせずに話し始めた。千年前、何が起こったか。

 

 

 ●

 ……金色の、ハートの宝石。

 ずっとポケットに入れていたそれが無いコートの軽さにも慣れてきたのに、ふしぎにポップルは久しぶりにそれの夢を見た。

 今まで巡った旅路が夢特有の荒唐無稽に混ざり合う中で、その宝石を見つめる夢を見た。そう……なぜ、自分は、あんな大切な宝物の存在を、アクアンに出会うまであんまり気にかけなかったのだっけ? 思えば不思議だ。クルトの事でいっぱいいっぱいであったとはいえ。

 そんな宝石を、自分が今度はちゃんと意識している夢だった。クルトにきれいな景色を、美味しいものを見せたように、宝石にも沢山、沢山見せてあげたいと。

 けれど。

 宝石は、ポケットから出てこない。まるで怯えているように。

 どうしたの? 

 どうして、そんなに怖がるの? 

 怖がらないで、世界は素敵だよ。……そう声をかけても宝石は動かない、只ポケットで震えている。順繰りに記憶が巡る夢の中、ポップルはやがて座り込んだ。

 分かった。なんでか知らないけれど、そんなに怖くて、悲しいなら、こうしてそばにいるね。こうして、コートで包んでいてあげるね。

 あなたの震えが止まったらね、お花を一輪、ポケットに入れてあげる。一輪が怖くなくなったら、花束をポケットに入れてあげる。

 お花が、花束が怖くなくなったら、外に出よう。そこにはお花があるから。何も分からない怖い世界じゃないから。それまで、あたしも神様も一緒にいるから。

 ……そう、あの宝石に語りかけた。

 ふしぎ。あれがあったから自分はこうしてアクアンにお礼も出来て水文明で暮らせているのに。自分があれに助けられたのに、自分があれを助けるような夢を見るなんて。

 

 ……目が覚めた際にあったのは、ここ数日の変わり映えしない景色。そして、数日前とはずいぶん変わった景色。

 あの怠け者のクルトが。あのガーデンに行った日以来だろうか? アクアンがくれる水文明のデータベースで、世界中の景色を見ている。彼にとっては珍しくもないはずの技術で、食べられもしない世界中を眺めている。

「神様、たのしい?」

「うん、綺麗だヨ」

 会話が成り立っているのが微妙なその声色は……どこか。ポップルの知らないクルトの一面のようで。彼はここ数日ずっと、妙な独り言を言っている。

「……だいじょーぶ……」

 誰にとって何がだろう。何が、大丈夫なのだろう。

「だいじょーぶなんだヨ。君が居たから、世界、こーんなに綺麗だヨ。だいじょーぶ、だいじょーぶだヨ」

 

 ……けれどその日。ポップルにはそのクルトの荒唐無稽が理解はできないにしても、その言葉には不思議に、感じるものがあった。

 ああ。自分も、あの宝石の震えがもし分かっていたら、言いたかった。夢の中ででもせめて、言えてよかった気がする。

 大丈夫、大丈夫だよ、と。

 

 ●

「……千年前……」

 その最弱の予言者と春風妖精がいる水文明アカシック3の遥か奥底、たった一人『皇帝』が座す研究室兼玉座で、水の皇帝、エンペラー・アクアは呟いた。

「懐かしい。長いような短いような日々だった」

 彼も彼で、諜報部やアクアンの掴んだデータに目を通しながら、思いを馳せていた。

 千年前、彼もまだ、只のサイバーロードだった時代のこと。

「とうとう結実するか。その日々が」

 両陣営あらかた準備が整い、今にでも戦争が始まりそうな中。彼は既に、何かを見ているようだった。

「死の千年後、バロムが蘇る……か」

 その来るべき未来に繋がった過去に、彼もまた今一度、思いを馳せているようだった。

 

 

 ●

「イノセント」

 日が暮れて。それでもアルカディア・ハートは燦然と輝いている。そんな中……誕生の祈が、王子に声をかけた。

「どうしたんだ」

 以前なら泣き虫イノセント、と彼の弱気根性に強く当たっていた彼女が……そんな色は含まずに声をかける無垢の宝剣は。

「……わからない……」

 ただ、ずっと、泣いていた。

「わからないんだ。でも……泣かなくちゃ。泣かなくちゃ、いけない、気がして」

「……そうか」

「止めないんだね」

「お前が泣くのは、お前が弱いからではない、と知れたからな」彼女は答えた。

「お前はきっと、泣けない他の誰かの代わりに泣けるんだ、そういう心の持ち主なのだろう。それはきっと……勇敢である事より、素晴らしいことだと、理解できたんだ。お前は私を泣かせてくれた。きっと今も、誰かが泣きたい気分なのだろう。お前の透明の心を借りないと泣けない誰かが」

 他の皆にはうまく言っておく、泣きたいだけ泣け、そういって去った彼女に「ありがとう」と返し、無垢の宝剣はずっと、アルカディア・ハートに向かい合って、泣いていた。

 

 なんでしょうか。

 この悲しみは、なんなのでしょうか。千年前すべてを救ったアルカディアス様。

 

 

 ●

「……懐かしい」

 ふたつの同盟と無縁なる海で叡智の皇帝は、思いを馳せる。

「生と死の文明の、狂乱の時代よ」

 あの時代、海を飛び出していた自分が見た動乱の全てに。

 

「生を愛しすぎた闇文明と、死を愛しすぎた自然文明。お前たちが共に織りなした時代よ」

 

 

 ●

 千年前。

 フィオナの森で、一体何が起こったか。

 

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