さて、覇王ブラックモナークがその死体を光文明の威光を示す海に浮かんだ晒し首一つを残して地底の国と化したのち、一方地上では何が起こったか。
自然文明の民は、光文明を神と崇めだした。ブラックモナークの侵略から森を救い、森に輝きを取り戻し、森の摂理の元生きられる世界を取り戻してくれた。しかも「光文明」そのものへの得はこれと言ってない、ただただ「秩序が為される」ために。
何と無欲か、なんと清らかか、なんと美しいのか、彼らは大層に感激した。
そしてそれ以上に思った。
ありがとうございます、と。
感謝とは何者にも勝り忠誠心を呼び込むものだった。覇王ブラックモナークの消滅を機に、自然文明は光文明を神の国と仰いだ。一つの文明が、一つの文明に対し完全に優位性を認める時代が確立されたのであった。
それを受け、光文明が求めた図式とは何であったか。
それは、秩序の更なる盤石の支配であった。惑星で間違いなく最強の力、ブラックモナーク。それの消滅の成功を機に、彼らは本格的に企てた。
この世から、脅威を取り除き、真の穏やかな秩序の世界を我々は作らねばならぬ。
自然文明は、いい。彼らは物分かりのいい連中だ。自分たちの戦いを、輝きを、そしてその本質たる秩序を理解した。太古帝国と言う脅威も消えパニックになる必要もなくなった彼らは元通り春夏秋冬を巡る自然の民としての穏やかな暮らしに戻り始めた。彼らがこれ以上不要に暴れることはない。
闇文明も取り逃したのは痛手であるがすぐには動けまい。あの厄介な瘴気の国を突破する力をつけるためにも、今は彼ら以上に構うべき相手がいる。
火文明と水文明の「邪魔者」も、この流れに乗って本格排除し、秩序の世界を築く。それが神と崇められだした光文明が新たに目指した目標であった。
さて、それに必要なものは何か? それは、絶対的な力。
そう、聖霊王アルカディアスのような。
聖霊王アルカディアス。あれはまさに、光文明にとっても規格外の奇跡でしかなかった。だからこそ、必要だった。彼と同程度の存在が何体も居れば、秩序の世界を存在させることはたやすい。
彼をあそこまで押し上げたのは何か? それは「愛」。なぜか急にアルカディアスの心に奇跡のように芽生えたその感情。それこそが鍵だとは彼らにも分かっていた。
愛とは、一体何か? 感情を失った身で彼らは思案し、そして着手した。
愛に満ちた「聖霊王」を大量生産するプロジェクト。
「聖霊王子計画」を、だ。
「……聖霊王子計画。『愛』に満ちた聖霊王の意図的な生産……」
水の底で光文明の動向を観察していたクアズラ……その身体はサイバーロードに相応しくなく、短期間で成長のようなものを遂げていた。
「馬鹿か」
彼は水底で吐き捨てた。「オレは馬鹿は嫌いだ、この世の何よりも」とも。
「馬鹿ごときに、オレの海に手出しはさせない」
彼はカタカタと、なにかを組み立てていた。彼にとっては光文明でもブラックモナークでも勝者はどちらでもよかったのだが、とにかく勝ったものが本格的に動く前に、これを完成させる。それこそが海に帰った意味だった。
馬鹿に、海を奪われてたまるか。その執念で何かを組み立てる彼は、異常に青く透き通る脳細胞を煌めかせ、その身体はそれに呼応し異常成長を続けていた。周囲のサイバーロード達は、そんな彼を怯えて見るしかできなかった。クアズラ。アザガーストが闇に生まれた天才ならば。彼は水文明に生まれた、天才という言葉すら足りぬような存在だった。「天」風情がなぜこの才を誰かに与えられるだけの存在であろうかと思わせるような。
さて、彼が水文明に劣らぬ技術を持つはずの光を馬鹿、とはっきり言い切ったのはなに故か?
聖霊王子計画。
愛に満ちたからこそアルカディアスは異常に強くなった。では、愛とは何か? ブラックモナークは混沌と称したその概念を、混沌と無縁の光文明は議論した。そして、仮定を出した。
それは、「情念」……もっと言えば「欲」が昇華されるものではあるまいかと。
闇文明は欲深かった、それでいて確かに彼らは愛の存在であった。
何かを愛で、執着する心が、やがて愛と言うものになる。
アルカディアスの機微そのものはほぼ解析出来ていた。理由も分からないが、彼は傷ついた自然文明の民を護ろうという気概に燃えていた。それはそれもまた傷ついたものへの憐憫、そしてそれを救った先にある美しい世界を「欲した」が心が昇華されたものではないかと。
無感情の民は、情念を求めた。愛とは簡単に作れぬ混沌だが欲ならば単純なプログラミング可能の概念。何かに執着する感情を吹き込む、それだけで済む話だ。
その欲と情念、それが完璧な秩序をもとに作られた優秀な精霊の身体と思考回路と合わさることでブラックモナークのように非秩序を呼ぶ愛ではない、アルカディアスのような秩序の光に相応しい愛の存在は産まれる。彼らはそう計算した。
何名かの優秀な精霊が選別され、そして彼らには吹き込まれた。それぞれ違う「欲」が。愛するものに執着し、それを求める心が。
彼らこそ、アルカディアスのような器になる者。彼らは「聖霊王子」と呼称された。
●
熱い。
最初に「彼」が改造を施され覚えたのはその感覚だった。
鏡灯の聖霊王子ギリエル。その名を与えられた精霊は、無感情をよしとし無感情に生きてきたその身に急激に宿った「感情」に戸惑うほかはなかった。
「慌てないでください」ライトブリンガーのカティノが彼に落ち着いて言った。
「貴方のその熱が向く先を、貴方は求めるのです。その末に、愛に目覚めるのです。アルカディアスのような愛に」
カティノは滔々と、ギリエルが他の聖霊王子同様ただ一つすべきことを告げた。
「望むものを求め、望むことをなさい」
自分が、望むものとは何か? ギリエルは熱さのままに思案した。秩序の実現、今までそれ以外自分は知りもしない。
だがこの熱は、熱の奥底にあるものは、秩序では、無い気がする。いったい、自分の心は何に燃えている?
……「美しい」。
何日かの瞑想の末彼はそれに辿り着いた。美しいものを自分は知っている。美。下々の民が言うただの主観に過ぎぬ概念。だが、感じた。美しいと云えるものがある。自分が望むことは何か。自分はその美しさに、手を伸ばしたい。
なんだった? あの、美しい存在は。その下に行きたい。もう一度、もう一度、見たいと望む美しさは? カティノの言う、「自分の望むもの」は?
はっとある日、彼は悟れた。焼けつくような熱の中、その美しさを自覚できた。
先の大戦。血みどろの戦場、自分たちを相手取る……銀髪を華麗にたなびかせる、美しいダークロードの女騎士。
どくん、と彼の身体、感情の一切存在しなかったギリエルの身体に、一気に自覚できた感情が満ち満ちた。
彼女に、彼女に、もう一度会いたい。
その願いを、下々の浮世の民はおそらくこう言う。「恋」と。
感情のなき精霊であった時代ですら彼の心に無意識に焼き付いていた銀髪の女騎士……邪妃グレゴリア。記憶に残るその美しさに、彼は恋をした。
●
ギリエルは、フィオナの森に降り立った。
だが、闇文明はもうそこにはいない。自分たちが排除し、彼らは、地底の国へ。
あの、ブラックモナークの倒れた日。あの日に見た瘴気の強力さは覚えている。優秀な精霊である自分でも突破は不可能だろう。
その瘴気に包まれた国に、彼女は居るのに。
あんな悍ましい空気に包まれた中に、美しい人は。
望むものを求めよと、カティノの言葉に従うまま彼にできたことは……彼女の名残を求め、フィオナの森を飛ぶことばかりだった。
森の民達は彼を見れば神と崇めたが、そんなこと自体はどうでもよかった。彼の心を占めるのは、ただ、グレゴリアのみ。
他の聖霊王子たちは違う。ある者は花を愛でた、ある者は果物を愛でた。ある者は戦いを愛で火文明に飛んでいった。ギリエルだけ、求めるものに手が届かない。それでも、体に渦巻く熱は取れない。
「神様!」そんな彼の機微など知らずして平和に戻った森の民は彼に求める。
「どうか見守り、祝福してくださいませ。結婚式を行うのです」
結婚。
有機の民たちが行う事。
愛し合う二人が共に、いつまでも暮らし、子供を作る誓いを結ぶ儀式。
何ができるわけでもないが居るだけでいいと言われたから宙から見守るだけ見守ってやった。獣人の男女の、重ねられる口。
……キス。
あれをすれば、二人は永遠に、共にあるのか。
永遠に愛し合い、子供に恵まれる。恋を成就させる証。
美しいとギリエルは思った。そのような概念から解脱していた光文明に生きていた彼は。
美しい彼女に、きっと相応しいほど、それは美しい行為だと思った。
体が、熱い。煮えたぎる。森を飛び回り彼は堂々巡りに考えた。
美しい人。貴女に相応しい美しいことが出来ればこの熱は取れるのか?
私は。
「……! 精霊……」
どくん、と「その」姿を見た時、ギリエルの体の熱……プログラミングされた「欲望」は一息に沸騰した。
少し前まで何の感情もなかった身にたった一つ吹き込まれた彼の感情は、今やただこれのみ。
私は、貴女と結婚したい。貴女にキスしたい。
貴方の、仮面の下の素顔に。
「その状況」は幸不幸のどちらに定義していいことだろう。
闇文明はひとまず落ち着いたのちすべきことを二つに分けた。一つは、地底国の本格建設、そしてもう一つは、地上に取り残された闇の民、迫害を受けることは想像に難くない同志たちを地底国に連れに、地上へ上がること。
出会えるはずはないと思っていた姿に。
「……グルルルル……」
「油断するな、デスライガー……」
ギリエルは、出会えてしまったのだ。
煮えたぎる情念はその時、只の夢見ではなくなった。何がどうなっても実行に移したい執着へと変わった。
だって。
唸り声をあげる混沌の獅子デスライガーを共に引き連れた、金の仮面に麗しい銀髪をたなびかせるダークロード。彼女は「そこにいる」のだから。
彼女のレイピアが振られると同時にガアッ!! と咆哮をあげ飛び掛かってきたデスライガーは、次の瞬間地に沈んだ。グレゴリアが、覇王生前に使用を許されていたイミテーションのモナーク・リングによる強化を受けていた彼がだ。
目の前の精霊がまず、只者ではないことはグレゴリアには容易に推し量れた。彼女はあくまで冷静に、魔法陣を描き闇騎士団をそこに召喚せんと試みた。
だが、ギリエルの側に冷静などなかった。
ああ。いる。間違いなく本物だ。あの美しい彼女が、目の前にいる。
好きだ。
美しい。
このきれいさが欲しい。この美しさの隣に居たい。ああ、愛しい、可愛らしい、美しい。闘志に燃えるその姿こそ、この世の何より美しい。
好きだ。好きだ。欲しい。欲しい、欲しい、彼女が、彼女がどうしても欲しい。どうすれば得られるんだ? そう、結婚。自分は、彼女と結婚する。
「……ッ!」
ブラックモナークの口を持ってすら自分を出し抜く天才扱いされるほど悪魔の扱いに長けたグレゴリアの召喚術が、その精霊を前にして叶わなかった。圧倒的な光が巻き起こり、彼女の身体が麻痺し、黒いマナが浄化される。流石の彼女もビクリ、とすくんだ。まずい、これは消される、と。
……闇騎士団を法輪の騎士バロムと共に率いていた彼女は戦場でいつも勇敢に輝いていた。そんな反応を見せることなど。
少なくとも、ギリエルの記憶の中にはなく。
だから、彼は思った。
……ああ。
彼女も同じ、なのか、と。
そう、私も、「この熱」を感じた時は戸惑ったものだよ。自分が、今までの自分でなくなるかのようだった。君もそうだな、今の君は君じゃない。そうか、そうか、そうなのか。
「(彼女も、私と同じ)」
その考えは彼の中で確信に変わった。あの、自分が見守った結婚式の獣人の夫婦。彼らは「そう」だった。二人とも考えが同じ。そして自分たちも「そう」あれるのだ。
グレゴリアも自分のことが好きなのだから、と、彼はただ確信してしまった。
ただの、無理やり感情という全く知らない概念を植え付けられただけの存在の身で。
ぐい、と麻痺した彼女の身体を精霊が引き寄せた、その時。
おびただしい闇の呪い……モナーク・リングの聖婚の操を護る魔力が炸裂し、ギリエルはぐはっ、と力なく倒れ伏し、その聖なる力も雲散霧消した。
「……? モナーク・リングが……?」
戸惑っているのはグレゴリアだった。当然だ。彼女からすれば精霊に殺されるだろうという覚悟の上のこと……モナーク・リングは強力な力の増強効果こそあれ護身のためのものではない。それがなぜ、発動を……?
「……キ、ス……」
「え?」
その彼女の謎に、目の前の精霊が早々に答えを出した。
「恥ずかしがるな。こちらに、おいで……結婚、しよう。美しい人……その仮面を取って……私と、キス、しよう……好き……大好き……君の、事が……」
……エンジェル・コマンド。
感情のないはずの存在にそう言われた彼女は数瞬呆気に取られていたが……最終的に彼女が、怪我をしたデスライガーを地底世界に送還しながら発した言葉はこうであった。
「忌々しきことを抜かすな、精霊めが! この邪妃グレゴリア、恐れ多くも覇王ブラックモナーク様御自らのお導きより闇の聖婚を契りを交わせし夫、法輪の騎士バロムを持つ身なるぞ!!」
その言葉を最後にグレゴリアは消えていった。……あとには、闇の魔力がまだ醒めない中でチカチカと瞬きながら光のエネルギーを取り戻していくギリエル。
彼の頭には種々の情報が集まっていった。
……彼女は、自分がそうであるように自分のことが好き、で。
それで、いなくなった。
その理由は、覇王ブラックモナークに、あの法輪の騎士バロムと婚姻を結ばされた身であるから。
それは……つまり。
圧倒的な闇のエネルギーがブワリと雲散霧消した、ギリエルの怒りにより。
「(それはつまり、彼女はこう言っていたというわけだ)」
ギリエルの頭の中では、あの言葉の裏にこんな言葉があることになっていた。
闇の覇王と無理やりに悪魔と契りを結ばされているから貴方と結婚できないの、お願い、助けて、と。
ああ。
心がいくら煮えても煮え足りない。火文明の火山のように。
グレゴリア、美しくて凛然としただけじゃない、なんて切ない、なんて儚い、なんて助けてあげたい可愛い人。
闇文明の醜い悪魔、あんなものに縛り付けられて。でも、大丈夫、自分が彼女にはいる。
「安心して。安心して。私が絶対に君を全てから救って幸せにしよう、グレゴリア」
ハハハ、とその相手はとうに眼前に居ないのに,森にギリエルの笑い声がこだました。
「……なぁんて事なの?」
一方地底世界、報告を受けたアザガーストはぽかんとしていた。
「だが事実として変な動きをしている精霊が複数体見られる」ヒドラが地上の様子の報告と合わせて言った。「それの一種ではないだろうか?」
「……であろうの。モナーク・リングが反応したということは、間違いなくあれは精霊の身の上で妾に淫らな想いを抱いたということじゃ」
長い沈黙ののち、ハーッ、とアザガーストは遥か頭上の覇王の肋骨を眺めため息をついた。
「バカバカしくて気持ち悪くて傍迷惑にもほどがある。そんな奴らに、僕らの覇王様がどうして負けなくちゃならなかったの?」
「あれは奇跡のようなものだ、二度とは起こるまい」
「いやぁ、奇跡も事象は事象、再現性を見出されたら今度こそおしまいだよ」とアザガーストは自分を宥めたヒドラに返した。
「まあなんだろう。グレゴリアはもう地上に出ないでね。キッショク悪いでしょ」
「おや? 何を申す? かえって妾こそ地上の同志の回収に最適任となったではないか」
「……はえ?」
素っ頓狂に響いたアザガーストにこともなげに返されたグレゴリアの声。
「今回のことで分かれた。モナーク・リングの中に覇王様の絶大なる闇の魔力は生きておる。然らばあの精霊の動く動機が妾への邪な想いと言うのならば好都合。妾にリングがある限り妾は奴に一切危害を与えられる心配はない……強力な精霊数体が地上にウロチョロとしている今なればこそ、『少なくともうち一体には絶対の耐性がある』妾こそが、役目に相応しいとは言えるまいか」
……その言葉を聞き。アザガーストとヒドラは顔を見合わせて目を瞬かせた。信じられない者を目にした気分で。
「すっごい肝!」アザガーストはヒドラに向かって軽く零し、そして「まあ……正論と言えば正論だけどね。じゃ……無理ない範囲でね」と、デスライガーの方に寄った。
デスライガーの豊かなたてがみに包まれ保護された、腹をざっくりと切り裂かれた弱ったダークロードの子供……逃げ遅れの一人を彼は抱き上げた。
「もう大丈夫、ここは覇王様の国だよ。名前、なんていうの?」
「……ハウクス、です……」
この世の地獄を見たかのような澱んだ顔色の少年は、大きく引き裂かれた口を初めて安堵にほころばせた。
●
好き、好き、好き。
グレゴリア、愛おしい、美しい。結婚したい、キスしたい、闇の婚姻なんか自分が引き裂いて幸せにしてあげたい。
また会いたい。ずっと一緒に居たい。彼女に相応しい美しい所で。最早ギリエルの思考回路はそれでいっぱいであった。
グレゴリアに出会う度かけられるどんな言葉もどんな態度も、全て彼の中では都合よく変換された。彼女は徹底的に自分を無視し、護衛の悪魔たちは罵声を飛ばしてバロムの名前を出して自分に抵抗してくる。闇の覇王がそれほどにまで怖いからだ、もうとうに死んだから大丈夫だと自分が守ってあげるからと安心させねばならないのに、この悪魔たち、なんて頑迷で邪魔なんだ。グレゴリアは自分のことを振り向きもしない。振り向いてしまったら最後体の熱が止められなくなってしまうからだ、彼女が闇の国にいるにはそれしかないんだ、闇の国なんて、いなくていいのに。グレゴリアは悪魔たちには言う。「相手にするな」と。ああ、自分のことを心配してくれている。別にこんなやつらは物の数でもないのに、なんて優しい、あの光文明相手には容赦のなかった彼女が精霊の自分を心配している、愛していなければこうはならない! グレゴリア、なんてもどかしくて、それでも健気な、愛おしい私の恋人! と、こんな具合に。
グレゴリアと出会えない時にはずっと、ずっと考えていた。彼女に相応しい美しさとは何だろう? 光の中。秩序の世界、そこで彼女も一緒に。
その考えを深めるうち、ある日ギリエルの心に「変化」は起きた。
彼の心を占めるのはグレゴリアだけではなくなってきた。美しい彼女に相応しい美しい世界が必要だ。彼女に相応しい美しさとは何か? 自分はそれも欲しい。グレゴリアのために、それも。それを考えるうち彼の視界は自然と、広がったのだ。光文明だけではなく、フィオナの森へ。
美と言う概念すら彼女を通じて初めて知った彼はその時初めて、真の意味でフィオナの森を見た。
初めて、彼は気づけた。
そこには、とうに地獄が広がっていた。あれは天罰故の地獄の穴だと揶揄されるようになった地底国の民たちは寄り添いあい支え合い生きているのとは裏腹の、青空の下の地獄。
思考回路が異常になったのはギリエルだけではなかった。
「聖霊王子」達は全てそれぞれの「愛」……無の心の中で誰にも邪魔されることなく、たった一つどこまでも増え続ける形で増幅に増幅を重ねた「欲望」の権化となり、自らの欲を満たすべく、悪魔もダークロードも兜を脱ぐ錯乱の略奪を繰り返し、自らの暴走を邪魔する者は仲間同士であろうと共食いをしあう怪物たちへ変貌していたのだ。
そしてそれらは……既に地獄の怪物に相応しく、天罰を食らう身になっていた。煌めく光の艦隊が、自分たちの都合で改造した彼らを次々に処分しにかかっていた。
ギリエルは見た。
誰に、やられたのだろう。聖霊王子なのか、それとも天から降ってきた使徒たちの流れ弾か。
あの日自分に、グレゴリアに相応しいものを確信させてくれた獣人の夫婦は見るも無残に死んでいた。かろうじて二人の愛を証明するのは、最期まで握り合っていた手と手のみ。
●
『聖霊王子計画の一番の破綻原因は何だと思う?』
海の中で一人のサイバーロードが呟いた。怒っているようだった。
無理もない。彼もまた「侮辱された」。彼は知と言うものを誰より「愛」していた身ゆえ。
『感情を捨てた光文明が感情を利用しようとした。知らない分野で勝負に出るなど、これほどの思い上がり、これほどの悍ましい馬鹿の所業が他にあったら教えろ!!』
※余談
エンペラー・アクアの進化前の名前が「クアズラ」と言うのは、彼の英語版のカード名が"Emperor Quazla"というところからとっています。