Saga of Creatures   作:hinoki08

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太古帝国の興亡 6

 

 聖霊王子計画が端的に破綻である事実は無論光文明は淡々と受け止めた。だが彼らの粛清計画は彼らのみによる主導とは言い難いものだった。

 まだ聖霊王子たちが本格暴走を始める「前」、突如シルヴァー・グローリーの通信機能がハッキングされ、通信が入ったからだ。

 ライトブリンガーたち……ちょうど、「燃え盛るフィオナの森」を複数人が予感し闇文明の襲来を危惧していた中彼らと話したいと言ってきたのは「水文明の代表」を名乗る存在。

 予言者たちはモニターに映るその姿に目を疑った。彼は自分をサイバーロードと言うが、こんな成人男性のようなサイバーロードは確認できた例がない。

 彼はまた名乗る名も大仰なものだった。水すべてを統べる皇帝、エンペラー・アクアと名乗った。

 

『初めまして、ライトブリンガーの御一同。唐突だが、ぜひとも頼みたい事がありこうして連絡させて頂いた。なに……さほど厚かましいものではない。海の支配者として当然の話さ』

 水文明に、絶対的支配存在は居なかった。「海の皇帝」なぞ、「その時点」では僭称でしかない名前を堂々と名乗った彼は、当然のように自分が海すべての統治者であるような態度で話してきた。

『さて、御一同。覇王ブラックモナーク率いる太古帝国の制圧劇、実に見事だった。これから貴方方は本格的に「秩序の神」として振舞う算段を立てていることだろう。だがもしこの海に住まう者達を、秩序の敵として見無し鎮圧することを考えているのであれば……ぜひとも、それは思いとどまってほしい、と言う旨だ』

 ……ブラックモナークが倒れ自然文明は素直に粛々と自分たちに従いだした今、光文明の仮想敵は二つだった。

 火文明の最強種族、ドラゴン。そして水文明の惑星最大種族、リヴァイアサン。それら災害的脅威が完全に消えてこそ、光の秩序の世界が生まれる。

「……なるほど。サイバーロードのあなた方にとっては確かに、リヴァイアサンを消されることは是非に避けたいことでしょうね」カティノが予言者を代表して話した。自分たちの計画が下々の民如きに読まれたとは屈辱だがそれはそれ、読まれていたとすれば全く納得はいく。

 リヴァイアサンは、サイバーロードの命綱だ。彼らの背中に都を作り、彼らを最強の兵器とすることで水文明の最強種族にのし上がった彼らからすれば、リヴァイアサンを奪われては知性だけが頼りの最弱種族に逆戻り、それを危惧するのは当然である。

「しかし、そのようなことは関係ありません。世界に必要なのは秩序が為されることです。秩序のために、過ぎたる力はこの世には必要ありません。あなた方はあなた方の身の丈に合った暮らしを新たにいくらでも展開できましょう。リヴァイアサンは災害なのです」

『ああ。勿論私も其方の言い分は理解するつもりだ。リヴァイアサンを奪われては困る、と言うこちら側の都合が根源である事は事実。故に私側からいくつか「誠意」を通させて頂く』

「誠意?」

『まず、リヴァイアサンがどうなっているか、今一度海をご覧いただきたい、御一同』

 その言葉に一同不可思議な気持ちを抱き……それでも、海を観察しているバーサーカー部隊から、リヴァイアサン数体の生体データを深海を見通す形で送らせた。次の瞬間、彼らは思わず驚いた。

 海に泳ぐ、島一つにもなろうかと言う巨大生命体。何物も寄せ付けぬ獰猛であったはずのそれは、生命の灯を失ったかのように……誇りと呼ぶべきか、凶暴さと呼ぶべきか、それらすべてを投げ捨てて、ただただ水槽の愛らしい観賞魚のように大人しく泳ぎ回っていた。

「……誠意」カティノが切り出した。「これは、あなたがやった、と……?」

 こくん、とモニターの中のエンペラー・アクアは頷いた。

『リヴァイアサンが非秩序的災害で「あった」ことは私も否定しない。そちらからすれば秩序に仇成す存在だ、邪魔で当然だろう。だが、その鎮圧を果たす責任がそちら側にだけあるかと言われれば……そんな理由は提示できないのでは? それ以上に、我々サイバーロードの責任であったはずだ、これは。リヴァイアサンを「完全に支配できなかった」始末をこちらがつけることには何の不条理もないだろう。だから、組み上げた。プログラム名「Dethronement」。リヴァイアサンは今日この日より、傍若無人なる水文明の王(キング)たちではない。自由意志と言うものは存在せぬ、大人しく無害な、秩序の存在に生まれ変わった。私のこのプログラムの力で』

 ……彼は。

 サイバーロードも光文明も辿り着かなかった規模の遺伝子改造プログラムを組み上げ、一夜にして海の全域にばら撒いた、という。リヴァイアサンの完全支配、それを望んでいたのはサイバーロードとて同じこと。寧ろ彼らに下手に暴れられたら一番困るのは光文明以上に彼らなのだから。……その渇望と、彼らの頭脳をもってして出来なかったことを、このモニターの向こうの彼は実現して見せたという。

「……大層なものです」カティノはその事実として成功した計画を端的にそう称した。

「しかし、それはあなた方がいつでもリヴァイアサンを自由に暴走させられる器になったということ、我々にとっては標的がリヴァイアサンからサイバーロードに移る話でありますが」

『本格的に話の続きに移る前に一つ訂正を。「サイバーロード」ではない。「私」だ。現状、このプログラムは私でしか扱えない。サイバーロード達は既に私に従わざるを得ない。我々は知に最も重きを置く種族だ。一番の知を証明した私は今やサイバーロードの頂点。標的にすべきは「サイバーロード」でなく「私」だ。「王(キング)」を統べる「皇帝(エンペラー)」たる私の意思無くしてリヴァイアサンを使った戦争などあり得ない。……あり得てくれてもそれはそれで楽しい事態だがね』

「そうですか、わかりました。訂正しましょう。それで『あなた』が非秩序存在でないことの証明は?」

『それをするため二つ目の誠意も準備した』エンペラー・アクアは凛と語った。

『御一同、これから私はそちらに「助言」をさせて頂く。それをもって、私が秩序の世界に有益存在足り得るか否かを考えて頂ければよい。ハッキリ言えば、私がブラックモナークのように世界を歪めたり水文明の天下を作りたいのならばこんな助言は私にはデメリットでしかない。ではなに故それが私のメリットになり得るかと言えば、私はこれよりリヴァイアサンの完全支配と共に更なるサイバーロード社会の発展を目指し、かつ他種族の支配統治を進め水文明を安定させる心づもりなのだ。だが水文明の他種族は殆どが土着信仰が強い者や理性に乏しい者……少なくとも我々サイバーロード以上に貴方方のような秩序に利益を見出す存在は海にはほぼいない。お分かりだろうか? リヴァイアサンをはじめ海の種族に秩序的支配が為される点において、そちらとこちらの利害は一致しているのだ。私には、そちらを邪魔する理由がなく、秩序を否定する理由がない。それは私がそちらの理想とする秩序存在足りえる事を十分指し示すはずだ。それを理解しこちらに過剰な干渉はしないことを決断して貰えればそれが私のメリットだ』

 ……光文明はなぜ、世界的秩序と言うものを求めたか? 

 秩序を愛し、秩序のために生きることを誉としているからだ。それ以上のものは何もない。

 彼らに、利己的な支配欲と言うのは確かに全く存在していなかったのだ。支配は手段でしかない。ならば……支配せずとも秩序が為されるというならば、彼らが支配の戦争に出る理由は全く奪われるのだ。

「助言とは?」

 にやり、とエンペラー・アクアは笑い発言した。「予言者」達を前にして。

 

『お気を悪くしないでほしいが。聖霊王子計画は遠からずして破綻する。彼らは折角秩序の民の国となったフィオナの森を傷つけ、せっかく生まれた自然文明からそちらへの崇敬の念を無にしかねないだろう。その前に貴方方は動かねばならん、事態は切迫している。私も協力しよう』

 

 ……その行動は、確かに。

 リヴァイアサンの力をもって世界の支配に乗り出さんと企む者にとっては何のメリットもなかったのだ。彼は自分の編み出した対聖霊王子用プログラムを光文明のコンピューターが破裂するほど送り出すことで、示した。

『プログラム……「Angelic Mass Production」』

 自分は世界征服などに何の興味もない、だからこちらに手出しは無用、と。

 

 そして、事実それは「成った」のだ。

 予言者でもない者が、一番未来を克明に予言した。

 聖霊王子たち……欲と言うものを教えられ、欲の美しさを教えられ、欲に飲み込まれてしまった存在たちは、フィオナの森を荒らして回った。神様、なぜこのようなことを、という言葉など全く聞こえない様相で。

 そして、なんでこんなことに、折角闇文明が去ったのに、と絶望しきった森の民のもとに。

 再び、輝く天のみ使いたちが舞い降りたのだ。

 

『御一同。そちらはドラゴンとの戦いも控えているだろう? ただでさえ聖霊王子になるほどの力量の精霊がごっそりと消えるのだ。これ以上精霊たちの戦力を削ぐ必要はない。あれらはイニシエート部隊だけで事足りさせるべきだ。そして私がそれを実現する手助けをしよう』

 聖霊王子たちは知る由のない所で交わされたその取引によって生まれたのは、「聖天使」の名を冠するに至った、エンジェル・コマンドにも匹敵しそうなほど強力に進化したイニシエート軍団。欲と退廃に溺れた聖霊王子たちは次々にそれに処分されていくか、それが届く前にお互いの欲をぶつかり合わせ共倒れするかの二択だった。

 そして、その死体から生まれるものがあった。

『そして、そちらは「神」の顔を維持しなくてはならない。自然文明の求める、優しい救い主の看板に傷をつけられては全てが無意味になる事くらいはお察しだろう。幸い連中は聖霊王子計画などと言う概念は知る由がない。ただ精霊が数体現れだした、見えているのはそれだけだ。だからその無知に遠慮なく付け込むことだ。まあ、結局の所聖霊王子の破綻と言うものはそちらにとっても想定外の偶然だ。いわば純粋に災害である面もある。結果的には災害から救ってやるという事でもあり、失敗に巻き込んだ者達へのけじめでもある。さほどの悪性、非秩序性は伴わないだろう』

 倒れた聖霊王子たちの身体からあふれるマナは、自動的に「変換」される仕組みになっていた。そのようなプログラムが聖霊王子たち全体の身体になされるよう、シルヴァー・グローリーから発せられていたのだ。

 その身体からは宿しているはずはない「闇」のマナが迸った。

 光文明は、安っぽく語らなかった。恩を売りはしなかった。ただ粛々と「非秩序存在」を制裁していく。

 だから自然の民たちは勝手に悟った。

 ああ、あの化け物たちは闇文明の仕業だったのか、と。

 そりゃあそうだ、優しい光文明の神様たちが、あんなことをするはずはなかった。ブラックモナークとその配下、地上を奪われた腹いせに精霊様を汚染するなど、地獄に落ちてさらにその性根を腐らせたか、と。

 一度ならず二度までも救って下さった光文明、あの方々は本当に神様だ、と。

 勝手に悟っただけなのだ。光文明は別段そう信じろなどと無理には言わなかった。ただ「助言者」の意向に準じ「それらしくあれる」振る舞いをし、自分たちの不始末に自分たちで蹴りをつけただけ……原因が自分たちだと説明する義務まではないから全ての説明はしないだけ。自然がこのまま自分達を崇拝し続けた方が、秩序の保持に都合がいいから。光文明にとっては、秩序が全てであったから。

 

 

 ……何が。

 何が、神だ。ギリエルは輝くフィオナの森、その輝きを崇める自然文明を見て、そう思った。

 自分たちは、聖霊王子は、フィオナの森に地獄を築いた。それはなぜ? 自分たちはあの日急に集められた、知らない熱を吹き込まれた。そして命じられた。望むものを求めよと。そして、それを実行した。それだけだ。

 それだけで。

 都合が悪くなったら全てを消す光文明。それを何も知らずに崇め奉る自然文明。感情に任せますます暴れまわり愛したものすら消していく聖霊王子たち。ギリエルの目に映ったフィオナの森はそんな者達が跋扈する世界だった。

 天使様、天使様と言われ崇められる見覚え無き使徒たち。だがギリエルには確信できていた。あの聖天使たちも、自分たちも。シルヴァー・グローリーも。ひょっとすれば……聖霊王アルカディアスまでも。

 その力は決して聖なるものではなかった。

 それを悟った時、彼の頭の中で思考の転換が起こった。

 

 グレゴリア。美しい人、愛している。この世で一番美しい所に君を置きたい。だから、醜い闇から君を連れ出そうと思った。けれど、間違いだった。

 美しいのは最初から「そっち」だったか。そうか、だから君は「そっち」に生まれたのか。

 確かにそうだ。君を闇から連れ出せるものか。こんな汚らわしい所に、いなくていい。

「あれは鏡灯の聖霊王子! 全部隊砲撃へ……」

 何かが聞こえているが、どうでもよかった。ギリエルは全力で飛んだ。

 覇王の死体が惑星を抉った孔、それと地上の境目が最も薄いと分析された場所……魔境湿地とのちに称される場所目掛けて。

 

 グレゴリア、グレゴリア。大丈夫、君を救うためなら、君と一緒に居られるなら、私は、何も惜しくない。

 どこへでも、いけるんだ。愛している。美しい人。

 

 

「討伐が完了しました。聖霊王子は残り一体となりました」

 シルヴァー・グローリーに入ったバーサーカー経由の連絡。それを見て「ありがとうございます」と返答したカティノに、聖天使たちは返す。

「はい。ですが、残り一体が……」

「……残り」カティノは聞いた。

「鏡灯の聖霊王子ですか? 彼は今、どこに?」

 次に飛んできた言葉に、カティノは言葉を失った。

 

『……ああ。そのことなら観測している。水と名のつくところに目を作れるのが我々の強み。あの湖沼地帯にも観察部隊は既に送っている。ブラックモナークの躯の中まではさすがに寄り付きようが現状ではないが』

 エンペラー・アクアから送られてきた情報からも、一つのことが明らかになった。

『鏡灯の聖霊王子ギリエルは、あの沼に潜ったきり、今に至るまで浮かんできていない』

 そのことを聞いたライトブリンガーたちは一斉に機器を立ち上げた。彼の執着対象が何であるかは、把握できていた。おかしい事では、無い。

 寧ろ……もし、彼が願いを成し遂げていれば、地底に消えた残党たちのその後を探る千載一遇のチャンスですらある。

「今すぐ、ギリエルの機体の感覚を傍受するのです! 彼が生きていさえすればあの地底に入れずとも、情報は追える!」

 

 ●

 何日、泳いだのだろう。

 何日、進んだのだろう。

 光のエネルギーが削ぎ落されていく。体が腐敗していく。

 けれど、それでいいんだ。光など、まやかしだった。自分たちも、自然文明も、秩序のために都合よく道具にされているだけ。

 まやかしの世界なんて、いらない。まやかしを愛する愚者の世界もいらない。自分と彼女が暮らす世界はそんなものじゃなくていい。

 本当に美しかった、戦場に舞う君。信念にあふれた君の姿は、まやかしじゃなかった。だからきっと私は、感情のなかったあの日から君を忘れられなかった。

 グレゴリア。好きだ、愛している。

 

「……あの姿は?」

「邪妃様、あれは……まさか!?」

 

 地底の国はどよめいていた。急に現れたその姿。

 覇王の瘴気に完全に侵され体中がガタガタに朽ち果て、動いているのがおかしなほどの姿に成り下がった、精霊の成れの果て。いったいそれはなぜ、動いているのだろう。動かぬものを動かせるために様々な論理を凝らし尽くした闇の民だからこそ、その姿に彼らは最早恐れを覚えた。動くはずのない身体が、論理的な理由など何もなしに動いていた。

「グレゴリア……」

 たった一つの執念で、ぱら、と関節を動かすたびに腐った金屑が落ちる体になり果て、それでも彼は……ギリエルと言う精霊は、グレゴリアを求めて、闇の地底までやって来た。

 流石のグレゴリアも、闇騎士団も……本気で驚き固まらざるを得なかった。その様子をギリエルは、嬉しく思った。グレゴリアが、あのグレゴリアが、こちらを見ている。闇に来て、良かったんだ。ああ、なんで恋人なのにわかってやれなかったんだろう。もっと早くこうしていればよかった。彼女は自分が闇に来て、闇の中で邪魔者共と蹴りをつけて本当にきれいな闇の世界で自分と暮らす日を彼女は待ってくれていたのに、と。

 この体が朽ちたことすら、嬉しい。

「ひかり、なん、て……なんの、いみも、なかったな」

 あんな国で生まれた身体には、美しい彼女に触れる資格なんて確かになかったのだ。

「わかった、よ……だから……」

 ぱら、ぱらと金屑を儚く散らし、彼は驚愕のまま立ちすくむグレゴリアに手を差し伸べた。

「もう、きみにはずかしく、ない……わたしと……キス、しよう……きみが……すき……」

 そして、その手が彼女の金の仮面を剥がそうとしたその瞬間。

 リングの呪いが降りかかり、ほぼ動けない体に本格的に動作不可能のダメージを与えた。

 

「……まさか、こんなところにまで邪妃様を追いかけてくるとは……」

「……すごい執念……」

 ザガーンとジェノサイドに抑えられながら、それでも彼はじっとグレゴリアだけを瘴気で澱み切った目で追っていた。そんな彼の思念を……アザガーストが読み取っていた。

 聖霊王子計画の、一番の張本人、聖霊王子そのものの記憶と感情。それらが何よりも、光文明が打ったおぞましき策の全貌を彼らに知らせた。

「……なるほどねー」

 地上に何故、変な精霊が現れたのか。

 何故この精霊はグレゴリアに本来抱かないはずの欲情を抱くのか。

 それらすべての答えが、そこにあった。

「吐き気がします」少年だったハウクスが吐き捨てた。

「我々に数多の屈辱を与えておいて! 自分たちがした悪行までも、覇王様の名になすりつけるのか! どこまで面の皮の厚い連中だ!!」

「まあ、それは僕も同意見だけどさ」

 だがアザガーストは、その光と自然に上塗りの冤罪まで押し付けられた件に関しては意外に無反応のまま「それより……『使える』んじゃないかなぁ、この子。グレゴリアのことがこれほどまで大好きだったら……ひょっとして」と呟いた。

「アザガースト?」とヒドラが怪訝そうに聞く。そして、聞かれた本人は。

「覇王様は言っていた。覇王様は神様じゃない。闇の神が生まれるとき、それは覇王様じゃない誰かである必要がある……って。光文明は今、地上に神様と崇められている。ねえ、神様って何だろう?」

 ブラックモナークの言葉に思いを馳せながら、彼は言っていた。

「この世を定義するのが、本物の神様。けれど光文明はただ奇跡に恵まれて崇められているだけ。偽物の神様。でも……それで事実フィオナの森は希望にあふれる。ねえ。神様と名の付く者って、ひょっとしてさぁ、ブラックモナーク様をはじめこの世の五元を最初に作った誰か以外にも、いていいんじゃないかな。自然文明が自分たちに都合のいい神様である光文明を求めるんなら、僕たちにも、僕たちに都合のいい神様がいていいんじゃないかな?」

 神とは、なんだったか? 

 ブラックモナークは、神ではなかった。アザガーストは知っていた。彼にとって誰より絶対の存在が神ではなかった。だから彼は考えた。ならば神とは必ずしも真に普遍的な絶対である必要もない存在ではないか、と。

「覇王様じゃ成せないことをしてくれる、覇王様と同じくらい僕たちを、僕たちだけを大切にしてくれる、僕たちだけの闇の神様。そう……その神様は僕たちにだけ優しいんだ。僕たちのことだけは絶対的に愛してくれる。たとえ、どんなに」

 彼の目が見たのは、グレゴリアが首から下げている、バロムの形見のリングだった。

「孤独と絶望の中にあってもそれだけは寄り添ってくれる、闇の神様。そんな存在が今の僕たちには必要なのかもしれない」

 

 ……孤独と、絶望の闇の神。

 彼が何を言おうとしているのか……グレゴリアにもうすうす察しはついた。「アザガースト」彼女は聞いた。

「バロムが……『それ』になると?」

「バロムの『実存』だけはリングに残っているんでしょ?」

 彼女は頷く。そう……地底国に来て暫くして、彼女は知れたのだ。生きているという言葉も使えないが、彼はあの聖霊王の攻撃で肉体を失った折、かろうじてリングを依り代に実存そのものは維持した。覇王自ら、消えるには勿体のない存在と言われたらしい自分自身を。

 ……覇王の口をもってして、理想の悪魔と言われた存在。彼は愛する者の敵は容赦なく殺戮し、かつ愛する者は命を懸け守り通した。それはまるで、下々の命が神に望む理想像のように。

「なってもらおうよ。バロムに、闇の神様に。君だけじゃない、僕ら皆の、悪魔の神様に」

「……」

 グレゴリアは……自分の「夫」が眠るそのリングを見つめ、逡巡している様子だった。「てなわけで」とアザガーストは最早精霊の身体がほぼ崩壊した彼に、膨大な闇の魔力を浴びせかけた。

「ここまでいっそ大したもんな君は、その触媒になってもらおうと思うの。まずは、悪魔に生まれ変わってね」

 地底の国に、身体構造を丸々書き換えられるギリエルの苦痛の声が響いた。それが途切れた際……光文明はギリエルの感覚の傍受が不可能となった。彼は最早エンジェル・コマンドではなく、その身体はデーモン・コマンドに変換させられた故だった。

 

 ●

「あのバロムを、復活させる……? 悪魔の神として?」

 光文明は最後に聞こえた言葉を聞き、驚いた。しかし。「皆さん、待ってください。……その計画、さほど気にするには値しないかと思われます」と発言する予言者がいた。

 くろがねに輝く予言者、《予言者フィンチ》。彼の脳裏に、その時浮かんだ光景があった。それを、彼は語った。

 フィオナの森に、バロムのような獣頭の巨大な悪魔が降臨する様と。

 そして……その悪魔が苦しみ悶えて、崩壊し闇に飲み込まれる光景が、彼には見えたという。

「法輪の騎士バロム。彼は闇騎士団の騎士団長、邪妃グレゴリアの夫でした。そして非秩序の民ながら、少なくともその二者間の間に存在したものは純粋な相互理解と助け合いです。生み出した行いは非秩序でもその関係性に限っては寧ろ秩序の範疇に近しかったと言ってもいい。そして、ギリエルに限らず聖霊王子たちが最終的に宿してしまったのは結局欲の段階から先に進まなかった、独善的で非秩序的な情愛です。その両の『愛』は混ざり合わぬ別物でしょう。邪妃グレゴリア、という同一の対象に、混ざりあわぬ別物の想いを持つ魂と触媒が融合する、と、起こるのはそういうことです」

 フィンチは、くろがねに輝く予言者は、変化を見守ることを選んだ。

「それを一つに宿してしまったならば、その者は自己矛盾を引き起こし、崩壊しておかしくはないでしょう。恐れるには足りません、闇文明は自ら、自爆装置を抱え込んだようなものでは」

 どんな変化が起こっても、結果は予言者の目には映ったが故に。

 彼らは、ギリエルの深追いはやめた。フィンチの言うとおり、と意見がまとまったからだ。

 騎士バロムの敵ながらひたむきな愛、それこそあれを直接再現できればあるいは計画は成功していたかもと言う愛と、失敗そのものであるギリエルの愛が混ざり合うはずがない。崩壊する計画に向けて爆弾を抱え込んでくれたなら万々歳。

 そして当のギリエル自身は、そんな計画のために闇文明から拘束を解かれることはないだろう。どうにせよ……実質的には処分できたのと同じだ。

 最後の聖霊王子が実質的には消えた。それをもってして、聖霊王子計画の一連には片が付いた。

 

 ●

 一方。予言者がそんな予言を下した傍ダークロードたちは何を話し合っていたか。

「大層な計画だが……」と、口を開いたのはヒドラ。

「それがこの精霊とそもそもどう関係があるんだ?」

 フィンチは言った。バロムとギリエルは混ざり合わぬ情を持つ者同士、それを融合させれば生まれた存在を崩壊させる自己矛盾が起こる、ゆえに計画は最早破綻が見えている、と……だが、アザガーストの視点は違っていた。

「ただの神様じゃなくって『闇』の神様、僕たちを愛して僕たちのために戦ってくれる神様が存在するために『愛』は不可欠だからだよ。愛のない神様なんて意味ないよ、偽物でもなんでも愛して大切に守ってくれるような存在として神様が必要なんだから。そして覇王様は言っていた。愛ってのは命の混沌にして根源だって。……バロムの愛じゃ足りないんだ。バロムの愛は、『きれい過ぎる』。ひたむきで、純情すぎる。きっと神様になれるような愛って、そんなのじゃ足りないんだよ。俗の愛すらそもそも混沌なんだから」

 彼も分かっていた。分かっていたからこそ、ギリエルを器に見出したのだ。

 彼は、逆に。

「だから、このグレゴリアにどこまでも気持ち悪い、自分のことしか考えてない奴の強すぎる愛情とバロムの強すぎてかつ純粋な愛情を混ぜ合わせて、大規模の混沌の愛を生み出すんだ。そしてそれほどの規模の混沌からなんでもいい、何かが生まれた時……それを『闇文明全体への愛』に変換させたい。それが、悪魔神計画」

 矛盾に、活路を見出したのだ。俗を逸脱する存在を意図的に存在させるための活路を。

「君は嫌って言わないよね、グレゴリア」

 地底に本格的な国を築き、「死皇帝」と名乗るようになったアザガーストは、君主の詔として告げた。それでいてそれは同志にかける言葉でもあった。覇王ブラックモナークの闇文明のためなら、なんであろうと捧げたであろう同志の思惑は聞かずともわかる、といった具合の。

 故にグレゴリアも無粋に返事などしなかった。口など動かさなくていい。首を揺らせばいいだけなのだ。

「バロム」

 自由に話もできない、腕輪の中の存在に向かってアザガーストは一方的に言った。

「君に直接了承が取れなくて悪いけど。でも君も嫌って言わないって信じてるよ」

 覇王のために、共に戦った騎士に。

 

「じゃ、とにかくこいつを拘束しながら育てようか」

 その頃、地下水が溜まって闇文明の下部分は淡水海のようになっていた。その中にポツンと生まれた孤島で、ギリエルは監禁されることとなった。

 グレゴリアと同じ場所にいながら彼女と一緒に居させて貰えない、そのストレスからさらにグレゴリアへの偏愛をどんどんと強め、神成の強力な触媒とするために。

 グレゴリアも、すべてを受け入れた。彼女にとっては何でもないことだった。最初から。覇王直々に祝福された夫、バロム、それとの思い出に、あの精霊の成れの果てが介在できる由など永遠にないのだから。よしんばリングの呪いを打ち破るほどの力を彼が得ようと、あんな手如き、女の身体の操にならばいくらでも手垢をつけられようと、忘れられ得ぬ過去までもに触れられる道理がどこにある。

 だから、何の問題でもなかった。そうして闇文明は、来たる日の復讐に向け、復興作業を進め、帝都魔霊宮を作った。

 

 

 純愛と愛欲という矛盾、それが凶と出るか吉と出るか、ふたつの文明は真反対の希望的観測のもと、一先ず争いから離れ、各々の求めるものを求め続けた。

 

 ●

 聖霊王子計画の引け際は成功と言ってよかった。

 光文明は自然文明からの崇敬も失うことなく戦力を保持した。どころか豊かなマナにあふれる自然文明が勝手に敬い捧げるマナはただでさえ強い光の戦力を大いに増強させた。そのため、火文明のドラゴン討伐も、七日七晩にわたる壮大な激突の末に、勝利を収めることが可能と相成り、光は名実ともに世界最強の文明となった。この星のすべての生き物は精霊に生かされているにすぎない、そう呼ばれる存在となった。

 ドラゴンの生体エネルギーを失ったことで火文明全土は大幅に国力が低下した。生来の戦好きの気質も痩せた地で内戦を行い資源を奪い合うことと下らぬ喧嘩に割くことが一義と化し、世界に向けて牙を向けるほどの文明でなくすることは出来た。もとより気質レベルで非秩序的な火文明、彼らに光文明が期待していた秩序化とはそのような形で十分であり、その十分が成せた。

 闇も火も秩序の脅威足りえるだけの力を失い、自然は穏やかに暮らしながら純朴に光文明を崇める。

 水文明も、自然のような絶対的従順は期待できずとも、少なくとも利害の一致でエンペラー・アクアは秩序の世界の保持にあたり協力的関係を築ける存在であることは最早この構図の実現に協力したことで十分証明できた。そのため光は大それたことをしない限りにおいては水文明の動きに関しては不干渉を約束した。世界が秩序的にあるならば、それでいい。彼らにとって世界の支配とは目的でなく手段に過ぎなかったのだから。感情、欲望から解脱した彼らにとっては。

 

 そうして、光の理想的な秩序の惑星は、千年間の相互不干渉の平和の時代を送って来たのだ。

 ただ、光文明の気にかかることは一つあった。

 

 アルカディアス。

 彼のエネルギーを宿す、金色のハート型のマナの宝石が、自然文明各地で発見されたのだ。下界の民が騒ぐそれに、消えたと思われていたアルカディアスの実存が保持されていることは直ちに突き止められた。

 無論のこと光文明はそれを回収しようとした。自然の民達も皆喜んで差し出した。だが……その宝石は、アルカディア・ハートは一つを除いて、「地上を離れようとしなかった」のだ。

 光文明に持ち帰ってもすぐに消え、また元いた場所に戻ってしまう。それの繰り返し。一体なに故そんなことが起こるのか、それまでは謎のままだったが……このまま戻らぬ宝石を求め続けていても威厳にかかわる。光文明は森の民に告げた。聖霊王アルカディアスは体を失い力を蓄える中、お前たちの近くでお前たちを見守ることを望んでいる。アルカディア・ハートを見つけた者達は、各々世界を救いし聖霊王の力の眠りし至宝と心得え丁重に守護せよ、と。……そうして、自然文明各地で森を守った優しい聖霊王の魂、アルカディア・ハートと言う至宝がある所では祭壇に祀られ、ある所では宝箱に納められることとなった。

 アルカディアスの実存がなぜ光に帰ることを拒んだのか? それはわからない。だが下手に光に逆らうことはないであろう自然の民たちの手に預けられたならまだ安心はできるというものだった。

 そして、唯一光文明に残った……と言うよりも「最初から光文明に現れた」一つ。それと語り合うことが出来る者がいた。千年前当時の、予言の出来ぬ最弱の予言者。予言の出来ぬ彼はたった一つ光文明に現れ、夢見の神殿で保存されたアルカディア・ハートを毎日見つめていた。何を話していたかは、彼の言語化に著しく難があったおかげで意味不明なものであったが。

 ある日、予言の出来ないその予言者は言った。

 

『アルカディアスは、また来るヨ。見えたヨ。きらきらで、おんなじに優しかったヨ』

 

 その「予言」を最後に、その予言者は活動を停止した。以来、アルカディア・ハートの声を聴けるものは居なくなった。

 その数百年後新たに生まれた予言の出来ない予言者……クルトも、じっと興味深く見つめることはよくあったものの話す様子は見られなかった。だが、どうにせよ予言がなされたのだ。

 アルカディアスは、復活する。

 悪魔神バロムは誕生するが矛盾に苦しみ闇に飲まれる存在として生まれる最中、アルカディアスは、変わらずに輝く慈悲の存在として復活する。

 その予言が、光文明の余裕と誇りを盤石にさせた。

 そうして、千年間、「大爆発」の時を待つまで、光文明のよしとする秩序的世界は続いてきたのだった。

 

 

 

 ●

「死の千年後、バロムが蘇る……」

 千年前、何が起こったか。自分もギリエルの最後の傍受の内容は聞かせて貰っていたエンペラー・アクアも、その内容で大方闇文明の企みの程は予測していた。

 海の底、彼は想いを馳せていた。長いような短いような千年。光が自分のことを神と信じて天上に輝いた千年。

 だがしかし、脆いものだ。たかだかこの自分でも予測できなかった唐突な自然災害、その程度で世界は惑星規模の戦争に身を投じた。

 だが結局、争い自体は千年前の火種が満を持して燃え盛ったような形に帰着した。地底でちりちりと酸素無くして火種のままで燻っていた恨みつらみに、龍をも育んだ熱が投下され、森を焼き天を燻す怨みの業火となる戦。

 彼には見えていた。

 もうすぐだ、始まる。

 

『エンペラー!』

 通信が入った。彼の側近、コーライルからだ。

『地底のマナの動きが、急に……』

「そうか。注視しろ。見逃したら勿体ない。中々見られぬ歴史の節目だ」

 心配そうな側近の声と裏腹に、どこか楽しそうに彼は言った。

「座標は、計算せずとも自明の理。そこの偵察部隊を動かすようエメラルに命令しろ」

 闇文明は現在、魔術の使えない火文明と組んでいる。移動に大きな魔力は割こうと思わないだろう。

 ならば、一番コストのかからない場所がある。生きた超獣すら、泳いで行けぬことはないほど闇文明との距離が縮まったあの湖沼地帯。

 

「魔境湿地だ」

 

 

 ●

 それは、ある朝のことだった。

 地上にありながら闇文明の瘴気漂う土地、魔境湿地。瘴気に適応した植物たちがひそかに実る中、彼らを蹴散らすかのように急に闇のマナが間欠泉のように大量に吹き出した。

 

 高く、高く伸びたフィオナの木々よりもより高く、狼煙のように湧き上がったそれを見てフィオナ森の民は悟った。

 ついに、彼らが再び現れたのだと。

 

 

 大量のマナをかき分け、沼の上に現れたのは火文明の軍艦を取り込んだヘドリアン、《戦艦男》。

 そしてその背中に乗る、火文明の第一部隊。

 

 

 飢えた戦士たちが、雄叫びを上げた。

 秩序の戦士たちも、最早怯えなかった。準備はお互いに万端だった。

 

 いよいよ幕を開けた惑星を二分する戦争、この激突は、後世こう呼称された。

 

 

『陰陽双滅戦争』。

 

 

 

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