陰陽双滅戦争 1
「いやに湿っぽい森だな」
自然文明侵攻の第一陣、機神装甲ヴァルバロスと騎兵総長キュラトプス率いる軍は現在、魔境湿地を出て自然文明西部にある森の中を進攻中である。
魔境湿地の周囲の森は湿っぽく暖かく、《バルーン・マッシュルーム》の群生地だ。マナに混ざってふわふわと浮かぶ幻想的なキノコの森の光景は平和そのもののようにすら見え、とてもではないがこれから戦争が始まるとは思えない。
「ダークロード側の情報によりゃ、あっちも第一陣が魔境湿地から入ってくるのは想定済みだろうってことだろ?」
「ああ。それにしちゃ……妙に静かだ」
「ヒューマノイド側も同じ意見か?」キュラトプスが言った。
「俺たちもだ。ここまで静かだと何やら、いやな予感が……」
「まあ、いやな予感以前に……」
ヴァルバロスはその言葉を受けて、自分たちの後ろを指さして言う。
「こいつらのお守をしなきゃいけねえってのが、一番きついところなんだけどよ」
「ドラグストライク……若造ながらエリートめ……最前線に送れなどと余計なことを、最前線指揮の苦労も知らずに……」
理性の通じないキマイラにリビング・デッドたち。ダークロードの魔術を受けて大人しくずるずるとついては来るものの、火文明の軍隊にとってはやはり気味悪いことに変わりはない。
彼らはアーアーと悲鳴を上げ、何やら興奮気味だ。「どうした?」とヴァルバロスが振り向けが、彼らはふらふらと大きく開いた赤い花に吸い寄せられるように道を逸れ歩いていく。
妙に甘ったるい香りのする花だ。蜜が、地面に滴るほど大量に出ている。キュラトプスは自分の乗るメタルウイング・ワイバーンまでもがそれに引き寄せられるのを見て、慌てて「よせ、はしたない!」と止めた。
「龍の民の自覚を持て、この戦争を制すれば蜜なんていくらでも……」
そうこうしているうちについに一人のリビング・デッドが赤い花にかぶりつく、続いて二人、三人と。
するとどうだろう。赤い花は抵抗するどころか更にぷんと不気味なほど甘い香りを増し、水たまりが出来るほどにボタ、ボタと激しく甘い蜜を滴らせた。
それを我先にと夢中でリビング・デッドたちは飲み込んでいく。しかし……その時眼前で、信じられない光景が起こった。
彼らの体が一気に腐敗し、液状化してなってぼたりと地面に垂れた。そしてその花はその瞬間、根元を地面から出現させ、柔らかく腐食した彼らの肉体を吸い上げにかかる。リビング・デッドたちはそれでも、甘い蜜を上半身だけで飲み込み続け、もうそれを溜める腹などなくなった身で筒抜けにぼたぼたと地面に零している。
この花の名は《毒吐きダリア》。腐食性の猛毒でありながら非常に香り高く甘い蜜で獲物を誘い、その肉体を吸い上げる恐怖のツリーフォーク。花言葉は「あなたを誰にも渡さない」。
それに誘われなかったリビング・デッドやキマイラたちもまた、急激に奇声を上げダークロードから与えられていたはずの統制を失ったように暴れ出し、共食いをはじめ、見る見るうちに彼らは自分たちで勝手に肉片と化していった。闇のエキスを肥やしとし、ジャムのような濃厚な赤い実を実らせた幻惑ベリー。それを一口齧った瞬間、たちまちその「幻惑」の力で本格的に気を狂わされ、本能に完全支配されたのだ。
そしてさらに上空からふわりと巨大なバルーン・マッシュルームが一斉に動き出した。
しゅるるる、と彼らは毒吐きダリアや幻惑ベリーの獲物たちを横取りし吸い上げていく。バルーン・マッシュルームの一種、《カスミダケ》。
幻惑ベリー同様に、闇の瘴気に適応した植物種族だ。
「こ、こいつは……」
目の前の惨劇に思わず目を見張るキュラトプスとヴァルバロスの耳に「お客様?」と、声が聞こえた。
「いよいよ来たんだね。ようこそ、フィオナの森へ……」
慌てて振り返ったそこには、顔の付いたバルーン・マッシュルームの一軍。マッシュルームたちの中でも知性と言語能力を身につけた種。《シビレアシダケ》という。
「て、てめぇら!」
「大丈夫」
「森が欲しいんだよね、森を素敵と思ってるんだよね」
「森は全てが生きる場所」
「帰れなんて、言わないよ」
シビレアシダケたちは光り輝くマナの中でくすくす笑う……違う。マナではない。
彼らの名前を現す……麻痺する毒の胞子の塊たちだ!
そのことにキュラトプスたちが気付いた時には、もう、遅かった。彼らの部下たちは次々にバタバタと倒れ伏す。自然文明の反撃は、既に始まっている。
「帰れなんて言わない。居たいのなら、ずっとここに居ればいい……フィオナの森の土として」
自然文明側の第一部隊。それこそが、植物種族たちであった。
ツリーフォークにバルーン・マッシュルーム。そして……。
●
第二陣としてやってきたヴァルディオス軍も、別方向へ向かった農村地帯で同様の攻撃を受けていた。
「くらえ、ポテト流! ジャーマンポテトホールド!!」
「クッ、何だよこいつら!」
「なんで畑の野菜が暴れだすんだ!」
無人の農村地帯かと思い通り過ぎようとした矢先、畑や果樹園に植わっていたはずのジャガイモやらブロッコリーやらベリーやらが急にクリーチャーに変身、たちまちのうちに大軍勢と化し襲い掛かってきたのだ。
「準備はできたベリ? 大活劇が始まるベリー!」
「おめーら! へたるんじゃねーベリー!」
《マッスル・ポテト》に《シャーマン・ブロッコリー》、《ハッスル・ベリー》……彼らはツリーフォークですらないただの野菜「だった」存在。そう、孤高の願が連れていたプリーチ・トマト同様のワイルド・ベジーズたちだ。すでにこの一帯の野菜たちに意志を吹き込みベジーズとして進化する魔術を、孤高の願は仕組んでいた。
知性を得た彼らは野菜の身で格闘術に魔術、武器を振り回し一丁前に大暴れ。
「森の仲間の仇を取るベリー!」
「食われるだけの存在だと思うなよ!」
「うるせー! 野菜なんか丸焼けがお似合いだ!」
一人のヒューマノイドが業を煮やして火炎放射器でシャーマン・ブロッコリーたちを攻撃する。……しかしだ。
「……ほらほら動け。やれ動け」
「死ぬなら死んだで大地の肥やし」
彼らが散り際に呪文を唱えるとともに、パンと大量の種が飛び散る。そしてそれらは畑に着地すると、また見る見るうちに成長しシャーマン・ブロッコリーの姿になった。
「何だこいつら……嫌にしぶといぜ!」
ちっ、とヴァルディオスは舌打ちした。
「これが……自然文明のお出迎えってわけか!」
闇文明は、火文明と手を組んでいる。おそらく本拠地は闇文明側。だが移動に使うマナは最小限に抑えたいはず。ならば先発隊はどこから来るだろう? ……それは既に、光自然同盟もお見通しだった。いかんせん彼らには、生身で魔境湿地を通じ闇文明に行き、更に生きて帰った盗賊の盾からの証言があるのだ。魔境湿地周辺に第一陣を配置することは簡単だった。
「先発隊の行方は?」
「植物種族たちに猛攻を受けてるようだぜ」
「なんだあの野菜は……」
さて、水晶玉を通じ、火文明の上層部とダークロードたちがその様子を見ていた。
「まあ、彼ららしいと言えばらしい。フィオナの森の種族全てによる総力戦ととらえるべきだろうな」と言ったのはヒドラ。「ま、そんくらいじゃねぇと張り合いもねえ」とボーグが答えた。
「こっちだって不意打ち程度で足は掬われねぇぜ」
●
ふよふよと胞子の舞う森の中。シビレアシダケたちは得意げにヴァルバロスたちを見下ろす。
しかし……彼らは彼らで不敵に笑っていた。
「何がおかしい……」
「おかしいに決まってんだろ、キノコ風情が!」と叫んだ部下たちを代表するように、ヴァルバロスが啖呵を切る。
「これしきで倒れているようじゃ、火文明じゃやっていけねえんだよ!」
『機械装甲』……展開! という掛け声。たちまちのうちにヴァルバロスの赤い鎧がガシャガシャと変形し、超巨大な砲台の姿になった。
「ま! まずい!」シビレアシダケたちが焦った。
「《食獣セニア》、早く、やって……」
「もう遅い! 吹き飛べ!」
ヴァルバロスの背後にたたずんでいた食獣植物が慌てて絡みかかったのもつかの間。彼が叫ぶと同時に砲台から数千発単位の砲弾が発射される。森は一気に吹き飛ばされ、焦土と化した。
当然、シビレアシダケの胞子も跡形もなく燃やされる。一隊はむくりと起き上がった。
「被害は」
「まあまあで済んだんじゃね?」
「……今回は貴様に花を持たせてやったぞ、ヒューマノイド」キュラトプスが言った。
「ドラゴノイドの秘儀は……もう少し後のお楽しみにしてやる」
彼らがバルーン・マッシュルームの森を吹き飛ばした頃、いよいよヒューマノイド側からは紅戦線、ドラゴノイド側からはユーカーン率いる本隊も投入、フィオナの森へ進軍を始めた。
しかも、それだけではない。
●
自然、中央深部。
「幻惑ベリーたちからの情報は?!」
「パ……パラサイトワームやキマイラたちが、とんでもない勢いで各地から進軍中!」
「あの身のこなし……今までと全然違うぞ! なんて身軽なんだ!」
ビーストフォークたちが怯えているのも無理はない。彼らの知っているワームやキマイラとは思えないスピードとパワーを得た彼らが縦横無尽に暴れまわり、各地で先発隊を迎え撃つ予定だった植物種族と食って食われてを繰り返している。
「これは……?」
「魔術じゃないね、おそらく、火文明のサイボーグ技術さ」盗賊の盾が答えた。
事実その考察は大正解であった。
「隊長、こっちどうします!」
「この神経、繋げちゃおうぜ!」
闇文明の医療室で、マイキーは一つの生きたペンチと共に闇種族の大規模改造に取り掛かっていた。
「どーお? 僕たちの発明!」
「ああ、しっくりなじむぜ!」マイキーはピーポ率いる、両部隊より遅れて闇文明にやって来たマシン・イーターたちに笑顔で答える。彼らは来るのは遅れたが、その代わりに手土産を持ってきた。自分たちの相方たるゼノパーツを、ヒューマノイドたちにも懐くよう改造し、ヒューマノイドたちに渡したのだ。
マイキーに懐いたのは《マイキーのペンチ》。まるで生体を機械のように扱える、改造手術の頼れるお供。彼にはピッタリだ。
「大したものですねぇ」とハウクスがため息をつく。
「魔術とはまた違う強化を為せるとは。おかげで……我らダークロードの魔力を節約できるというものです」
「嫌みな言い方するなあ」
「しかし、そうですから。切り札には……まだまだ早いですからね」
ハウクスは笑って「さあ……火文明の本隊の皆様も出発したし……そろそろお前も出番だ」と、巨大なパラサイトワームに言った。
「計画の名前を冠す最強のワーム……暴れてきなさい」
●
火文明本隊の一行が闇種族の一行に露払いを任せ、中央深部に真っすぐ繋がる道を進んでいく。
「すげえ勢いだな! マイキー先生の手術を受けた闇種族たち!」
「大したことねえぜ、植物種族も」
「ユーカーンさん、あいつらより早く行っちまいましょうぜ!」
「あせるな、エグゼドライブ。先鋒は奴らに任せておけばいい」
「ボーグ、早く行こうぜっ! オレも相棒の《ツールキット》もウズウズしてんだっ!」
ジョーは自分の手にある、ツールキット型のゼノパーツ《ジョーのツールキット》がぴょんぴょん跳ねているのを見て叫んだ。
「完治間に合ってよかったよ! ユリアちゃんの国のために戦えるなんざ、最高すぎてシビれちまいそうだぜ!」
「お前、懲りてなかったのか!?」
「こないだまで死にかけてたやつの元気っぷりじゃないよ、兄貴」
「恋とは何だろうな、ミサイル」
などなど彼らが騒いでいる間にも、闇火連合の進軍は続いていた。
「銀髭団とやらは」
「まだ見えないな……もっと後続に控えているのか」
と、ボーグとユーカーンが話したその時……戦況に動きが見えた。
先頭を進む、サイボーグ手術を受けた闇種族たちを屠る存在が現れたのだ。
「あれは……!?」
「すげえ……なんだ、あの巨大な虫!」
その身の獰猛を森への愛のため今は一時的に抑え協力した、ジャイアント・インセクトの連合軍だ。
本能的な生命のエネルギーではキマイラやワームにも引けは取らぬ彼らは畳みかけるように闇種族たちをその巨大な体で貪り、火文明部隊に向かって来る。
「ようやく、骨のありそうなのが出てきやがったな!」
「ヒューマノイド、お前たちは地上を! 俺たちは空から攻撃する!」
「分かった、しくじるんじゃねえぞ、トカゲ共」
ユーカーンとボーグがそう言葉を交わすと同時に、彼らは一斉に陣形を組み、インセクトたちに向かい合った。
森を燃やされた怒りに目を真っ赤に染め上げた《レッドアイ・スコーピオン》たちの毒の牙が、アーマロイドたちに襲い掛かる。だがガツン、と響いた金属音に、彼らがいささか戸惑っている様子をボーグは見逃さなかった。
「(奴ら、金属の身体を持つ種族を知らねえな)」彼は考え、そして指示を出す。
「アーマロイド部隊を中心に畳みかけろ! ホーバス、準備はいいか」
「合点だ! 行くぜ、みんな!」
ホーバスがアーマロイド部隊の起動スイッチを押すと、一斉に彼らは動き出す。
ジャイアント・インセクトの毒虫たちは、彼らの存在を前に一気に混乱しだした。何しろ森の中、せいぜい同族の外殻くらいしか硬いものを相手にしてこなかった彼らにとって、硬いのみならず毒の利かない相手というのは理解の及ばない存在であった。
しかしインセクト達も怯んでばかりもいられない。しからば、とばかりに代わりに躍り出てきたのは、今度は純粋に強大な破壊力を持つ種族たちだった。
たちまちのうちに派手な金属音が森を揺らす。
「いったーい! ウルヘリオン、怪我しちゃったー!」
「だ、大丈夫か、ウルヘリオン!」
中でも強烈なのが《シザーズ・ビートル》。そのハサミの切れ味たるやフィオナの森に生きる狂暴なインセクトの中でも一、二を誇る。
アーマロイドの装甲が、まるで紙のように引き裂かれていく。これはまずい、とホーバスが一旦アーマロイドをたちを引かせる。しかしその瞬間、空から援軍が降り注いだ。
「芋引いてる場合かよ、臆病ヒューマノイド!」
「物理的破壊力を持つ奴らは、俺たちが引き受けた! お前たちは毒虫どもをやってくれ!」
そう叫ぶドラグライドの声に対しホーバスが出したのは「……了解だ! すまないな!」と言う、意外にもシンプルで素直な一言であった。
彼ら自身、今までずっと宿敵と認知していた相手とここまで連携を取れていることが不可思議であった。しかし、彼らとでも手を組まなければ確実にやられるだろう、そう思わせるほど、この森は手ごわい……彼らの歴戦の勘が、そう告げていた。
如何せん敵は、この森の「全て」なのだ。
その連携のおかげで見る見るうちに、ジャイアント・インセクトたちは数を減らしていく。そんな中……一匹のレッドアイ・スコーピオンが怒りに打ち震えるまま、その目のみならず体の中から赤い光を発した。
彼の体内に、大地からマナが吸い寄せられる。
「……! 気をつけろ、何か来るぞ、ヒューマノイド共!」
ユーカーンがそう叫んだ時だった。レッドアイ・スコーピオンはその外殻をはじけ飛ばせて、進化した。見るも壮大なる大昆虫《大昆虫ガイアマンティス》の姿が森に躍り出る。
しかし、それもつかの間だった。
「……装甲展開」
ボーグの機神装甲が起動し、昆虫兵士たちの眼前にヒューマノイド最強の戦士、機神装甲ヴァルボーグが舞い降りた。
ボーグは鉄球をガイアマンティスに向かって振り下ろし、ガイアマンティスは仲間を護らんとでもするばかりにあえてそれを真っ向から受け止めた。
「チッ……虫のくせに、けた違いに硬い装甲だぜ!」
ガイアマンティスの方は鉄球に自分を破壊するだけの力がないとみるや、一気に攻勢へと転じた。彼の体中の何対ものカマが、ヴァルボーグめがけて襲い掛かる。
しかし、だ。
「なら、こいつはどうかな」
ヴァルボーグの鉄球が変形する。巨大な、ドリルの姿へと……。
「グギャ!?」
ガイアマンティスが声を上げて驚いた時にはもう手遅れであった。体中のカマを開ききった彼の腹に、ドリルの攻撃が炸裂する。
その一撃で、ガイアマンティスは体が引き裂け、沈んだ。ジャイアント・インセクト軍は総崩れだ。
「さっすがボーグ!」ゲットが興奮気味に言った。
「このまま進むぞ、てめえら、続け!」
「さすがだな、火文明……戦闘種族の集まりなだけはある」
その時、声が響いた。
うっそうと、空も見えなかったほどの森が開ける。そこには平原が広がっていた。そこで彼らを待ち構えている存在があった。その姿に……思わず火文明部隊は驚かざるを得ない。「こんなもの」がフィオナの森には生息している事実に。
こちらも昆虫だがジャイアント・インセクト部隊とは別。
見上げるほどの、建造物のような巨大な虫の群れ……コロニー・ビートルたちだ。自然文明にとってすら凶悪な種族たちで構成された機甲師団が現れた。
そしてその中心に立つシェル・ストームの上で指揮を取り火文明部隊を出迎える犬の獣人……孤高の願。
「行くぞ、お嬢さんたち……森の怒りを教えてやれ!」