「一斉砲撃!」
孤高の願の言葉とともに、コロニー・ビートルたちの卵が一斉発射される。
宙を舞うワイバーン部隊がまず、それの餌食になった。
「ぐわっ!」
「な、何だあいつら……まさか、卵!? 本物の砲弾にも引けを取らねえぞ!」
「一旦地上へ避難しろ!」ユーカーンの指揮の下、ドラグライドたちは地上の紅戦線に合流する。しかし地上も地上で安全ではない。
流石の火文明も、コロニー・ビートルたちの破壊力までは想定外だ。先頭にずらりと並んだ小型の《シェル・キャノン》たちが、コロニー・ビートルには珍しく一つしかない産卵口を正確に狙いを定めて発射し、なおかつ後ろに控える大型ビートルたちが孤高の願の指揮のもと卵を乱射する。
紅戦線の面々と、地上に降り立ったユーカーン軍も負けじと応戦するが、卵一つ一つを打ち落とすので精いっぱいだ。しかもその天然の砲弾は奇面ざくろのおかげでたんと授かっている身が先方。
「まだ弾切れ起こさねえのかよ、あいつら!」
「物量が半端ねえ……いったん引くか?」
「いや、あれを見ろ!」ドラゴノイド軍の中から、一人が言った……《爆裂兵ダーク・ブラスター》だ。
「闇の支援攻撃だ!」
彼が指さしたその先では……大地の下からぽこぽこと生まれ出ずる影がある。闇のゴーストたちだ!
「ゲット……助けに、来たよ……」
「ロンリー! お前も来たのかよ!」
「……ん。ゴースト軍の出撃はアザガースト様からの命令。オレも、志願した……! ゲットと一緒に戦う……!」
ゴーストたちはまるで痛みから逃げるように走り続け、実体のない体でコロニー・ビートルたちの体内に潜り込む。その小さな体で巨大なビートルたちに何が出来ようと思われたが……。
ズシン、と巨大なビートルが一匹、また一匹と地に沈みだす。「どうした!」と孤高の願が驚いた、その時だった。
「《ブラック・スレイヤー》……我々闇文明の秘術よ」
巨大なゴースト……ゴースト軍団の大将《絶望の魔黒ジャックバイパー》と共に現れ、その瘴気にしなやかな金髪を揺蕩わせる美しくも残酷さを漂わせる姫君の姿。メガリアだ。そして隣には、闘将バグザグールも共に控えている。
「気様……ダークロードか!」
「ええ、そうよ」孤高の願いの叫びにさらりと返したメガリアは凛然と告げる。「火文明の皆様、ここは我々に任せて頂戴」
「……すまねえな、姫さん!」
「メガリア様……何奴から攻めさせましょう……?」ジャックバイパーが問いかける。
「勿論、あのワンちゃんの乗るものを……と言いたいところだけれど、簡単に終わらせてはつまらないものね。お父様も望まれないことでしょう。外側から、じわじわといたぶり尽くして差し上げなさい……!」
「……御意に」
ブラック・スレイヤー。それは雑兵たちに、仮に自分の命と引き換えにしてでも相手が生きる命でありさえすれば確実に仕留めるほどの殺傷の魔力を纏う《スレイヤー》の力を付与する呪い。大将ジャックバイパーとメガリアの指揮で、その力を纏ったゴーストたちは次々に巨大なビートルたちを屠ってゆく。しかも、はなから肉体のない彼らは疲れ知らずであり……そして彼らは「不死」なのだ。
ゴーストのリーダー、ジャックバイパー。彼は不死を愛したアザガーストの寵愛を受け、その魔力に身を包んだ存在だ。彼の身体に渦巻く霊気はゴースト達の不死性を飛躍的に向上させ、文字通り「死んでも死なない」身にする。死すれば本来ならば闇文明で息を吹き返すはずのゴーストたちが、ジャックバイパーの身を構成するアザガーストの魔力により、その場ですぐに蘇る。
一体黙らせればまた一体と襲い来る、おまけに数自体は減らないスレイヤーゴースト軍団。彼らの勢いはとどまる所を知らない。
「クッ……いったん、引くか……」
「そうはさせん!」
撤退を言い渡そうとした孤高の願に、バグザグールが気づいた。そして彼は呪文を唱える。
「《ファントム・ベール》!」
彼の出した闇のマナが鮮やかな紫色へ輝き、宙へ乱舞してその場にいたもの全員を覆い隠した。すると……ゴーストたちに恐れをなしていたビートルたちが、それでもなお攻撃態勢へと移って行くではないか!
「こ、こいつは……!」
その魔術は、当人の意思を無視して強制的に闘争本能に体を支配させ、死ぬと分かっている戦いにでも向かわせる呪い。全ての兵士を確実に相打ち以上には持ち込める戦力化するメガリアのブラック・スレイヤーと組み合わせれば、無類の凶悪さを発揮する。
「わが軍を前に、引くことなど許されると思うな、けだもの風情が……さあ、者ども!」戦場に、アザガーストの忠実なる腹心たるバグザグールの声がひときわ大きくこだました。
「貴様らの命、死皇帝アザガーストに捧げよ!」
「御意に!」
死を拒み、彼らは霊体となった。
それに斯様な命令が下され、そして彼らは迷いなく御意にと返答した。そこにある覚悟、怨みは、いかほどのものか。
一層激しさを増すゴースト軍団の攻勢。生命力の象徴たる森が、たちまち死霊の踊る地獄と化した。
「(見誤った! あの魔力、相当上位のダークロードだ! てっきり、この段階ではまだ火文明だけに任せてくると思ったが……!)」
孤高の願が、そう焦りだした時だった。しかし、その時。空が金色に輝きだす。
太陽光とは違う、もっと明るい金色の光……金色の機体。そして眩しいほどの純白の翼を持った巨大な飛行物体が、空に現れた。
そしてその金の光を浴びた瞬間、ゴーストたちの動きが止まった。彼らは肉体を持つもののように苦しみ喘ぎだす。
「援軍に参りました。孤高の願」
そこに現れ出でたるは光文明のガーディアン……その中でも空母の役割を果たす、超巨大個体。《守護聖天ラルバ・ギア》。
そして大量のイニシエートを携えてその隣にいるのは、これまた巨大な金属の浮遊体。ガシャンと音を立てて変形し、それは精悍な二足の姿になる。こちらは大型のイニシエート。《聖天使クラウゼ・バルキューラ》だ。
護りのガーディアンに攻撃のイニシエート。光文明の軍勢だ!
「あっ! あいつら……!」その姿に見覚えのあるゲットは目を見張り、ジョーと顔を合わせる。
「光文明のやつらだ!」
「マジであっちも同盟してたんだな」
「神様方! 来てくださったんですね!」
「孤高の願、戦況は?」
クラウゼの問いかけに、「魔力の流れを読みますに」と孤高の願は答える。
「あのダークロードの女が乗っている巨大ゴースト。あれに、とんでもない量の闇のマナが与えられています……おそらく、奴が死皇帝アザガーストの……ゴーストを『不死身化』させる力の塊でしょう」
「では、彼を止めましょう」
クラウゼはイニシエート部隊を引き入れ、ジャックバイパーに襲い掛かる。
「非礼な……このお方をなんと心得る」
そのバグザグールの言葉に与えられた、天の民の言葉はこうだった。
「誰であろうと光文明には関係のないこと」
カッ、とクラウゼの両の瞳が瞬いた。慌ててバグザグールが、メガリアを庇って前に立つ。そしてその瞬間、バグザグールとジャックバイパーの動きが止まった。ラルバ・ギア同様の、光文明の拘束光線の力だ!
「突撃!」
クラウゼの指揮とともに、大量のイニシエートたちがジャックバイパーに襲い掛かり、光のマナでその闇のオーラを「外側から」浄化していく。流石に死皇帝直々の力、雑兵風情に易々と削り切られる謂れもなかったとメガリアは見たが……次の瞬間彼女は光文明側の思惑に気づいた。
ゴーストたちの不死の力が鈍くなっている。……そうか。ジャックバイパー自身は倒せずとも、その魔力がゴースト軍に届かなくさせれば十分、とみられたか。
しかも魔力に蓋をされつつ、わずかながらでも体を削られ続けていることには変わりない。
「まずいわね……お父様、ジャックを一旦、そちらに戻して!」
『んー。わかった、いいよ』
メガリアの持つ水晶玉からアザガーストの声が響くと共に、転移術が働く。ジャックバイパーは「おのれ……アザガースト様、お許しください……」とうめきながら、地下へと消え去っていった。
「よしっ! これでゴーストたちは弱体化だ!」
「まだまだです。次は、奴らの秘儀を消しましょう」
クラウゼは再び両の瞳を輝かせ、テクノロジー呪文を放つ。
「《レイン・アロー》!」
彼が呪文を唱えると共に光のマナが矢の形となって天から降り注ぎ、戦場に跋扈していた闇のマナを消し去っていく。「おのれ!」と一人のゴーストが再びビートルたちに挑みかかっていったのもつかの間、もはやその体にはメガリアの与えるスレイヤーの力は残ってはいなかった。彼はあえなく、その圧倒的な生命力の前にはじき返される。
「形勢逆転だ! お嬢さん方、まだ卵は撃てるよな!?」
孤高の願の言葉に、ビートルたちは是と返事をする。
「まだ、火文明部隊もいます。こちらも、守りを固めましょう」
ラルバ・ギアがそう言って、体内のカタパルトを解放する。その中からうじゃうじゃと、飛行機型のクリーチャーが出現する。
「げ!? 何体格納してやがんだ、あいつ!」
「またかなりの頭数を……」
メガリアとボーグが厄介そうに言った。しかし、その時であった。
誰とて、予測していない事態が起きた。
「シュ……シュイイイィィイ……!!」
突如、孤高の願を乗せたシェル・ストームが、ガーディアンたちの姿を見て怯えだしたのだ。
「ど、どうしたんだ、お嬢さん!」孤高の願は慌てて問いかける。
「ゴースト部隊はもう怖くないぞ!!」
「シュー……シュゥゥゥ……ッ!!」
シェル・ストームは突如、孤高の願の指揮を無視して卵を全方面に乱射し始めた。誰がどう見ても、明らかに彼女はパニックになっていた、
その隙を見逃す火文明ではない。ユーカーンが「貴様らはここで待機していろ」と告げ、クリムゾン・ワイバーンに飛び乗った。
戦略も何もなく、てんでバラバラに飛び交う卵の弾幕をかわすなら、後ろ銃撃戦に慣れている火文明には簡単なことであった。孤高の願が気付いた時、既に時は遅かった。
「貴様が指揮官だな?」
彼の眼前に、ドラゴノイドの王が現れた。
「覚悟!」
「……《ミステリー・ブレス》!」
孤高の願は慌てて呪文を唱える。とたんに緑色のマナで構成された盾が出現し、ユーカーンの攻撃をはじき返す。
「一筋縄ではいかんか」だがユーカーンも狼狽える様子もなく言った。
「では……これは、いかがかな?」
ユーカーンが指笛を吹いた。それと同時に、地上から歌が聞こえてくる。
ドラゴノイド軍に付き従っていたファイアー・バードたちが、急に歌い始めたのだ。「何だ、一体……」と、孤高の願が驚いたのもつかの間、彼の体の周囲に、赤い火のマナが充填される。
「火文明は確かに魔術には疎い。だがな……熟練したドラゴノイドの戦士《レジェンド・アタッカー》が織りなす術は……貴様らの魔術と近しきもの」
ユーカーンは片手をあげ、火のマナをさらに集める。
「この身に出でませ、《ボルザード・ドラゴン》の御力!」
そして、その時であった。
突如として赤いマナが一瞬、眩しい光を放つ龍の姿のオーラへと変わる。
そしてそれは一瞬のうちに……孤高の願の操る自然文明のマナを焼き尽くした。
「あれは……ドラゴン?」クラウゼが驚いた。
「馬鹿な。なぜ……奴らは千年前、封印されたはず……」
レジェンド・アタッカー。それはヒューマノイドの機神装甲にもあたる、ドラゴノイドの特別な戦士たちの称号。
彼らはいうなれば龍の覡(かんなぎ)。
千年前、ドラゴノイドたちの信仰するドラゴンは七日七晩にわたる大激突の下、光文明の手によって封印された。
それを機に龍の民たちの屈辱の歴史は始まったのだ。……だが、その中にあってもドラゴンに認められし眷属ドラゴノイドとワイバーン、そして龍が唯一友とした種族ファイアー・バードたちはドラゴンたちと在ることを諦めはしなかった。
その結果生まれたのがこのレジェンド・アタッカーの力。彼らはその身に、火文明の山々に封印されているはずの伝説の龍の力を憑依させ、短時間ながらもその力を操ることができる。
ヒューマノイドもその鮮やかな輝きを見て皮肉なもんだ、と苦笑した。自分たちを散々苦しめるドラゴノイドの切り札に、助けられるとは。
「孤高の願よ」ラルバ・ギアが一体のガーディアンを彼の下へ飛ばした。
「今すぐ私の体内へ避難を。危険です」
「し、しかしシェル・ストームが……」
「わが連合軍は、まだあなたを失うわけにはいきません、予言者様からのお達しです」
そしてそのような会話の交わされた、たった次の一瞬であった。
ボルザード・ドラゴンの力を得たユーカーンの攻撃がまさに火山の噴火のように炸裂し、シェル・ストームの巨大な体が一瞬のうちに打ち砕かれた。
「シュウウゥ……」
煙の舞う中。彼女の見上げんばかりの胴体は破れ、中から雄の芋虫たちがぽろぽろと力なくころげおちる。そして……。
「許せ……許してくれよ、お嬢さん。フィオナの森のマナになって、安らいでくれ……」
孤高の願は問答無用でガーディアンに乗せられ、難を逃れていた。
「さっすが、ユーカーンさん!」
地上でドラゴノイドたちが湧きかえる中。
「クッ……指揮官は逃したか」
ボルザードのオーラが消滅していく。ユーカーンといえども、レジェンド・アタッカーの能力はそう長く使えるものではない。
「龍の力が消えたようです」ラルバ・ギアがそれに気が付いた。「クラウゼ・バルキューラ。彼を仕留めてください」
「承知した」
クラウゼが攻撃態勢に入り、また瞳を輝かす。……しかし、次の瞬間だった。
突如として彼の姿が、そこから消えた。いや……ただの、ばらばらの金屑へと噛み砕かれたのだ。
「お父様……」その光景を見て、メガリアがため息をつく。
「少し転移に時間がかかったんじゃないかしら? ハウクスにそう伝えておいて」
「グジャガァァァッァァッッッ!!!!」
この世のものとも思えない咆哮を上げてその場に現れたのは、翼を持った巨大なパラサイトワーム。
それこそはこのフィオナの森侵攻作戦『ジェノサイド計画』の名をまさに与えられた、殺戮のためのパラサイトワーム……《魔翼虫ジェノサイド・ワーム》。
彼に特別な力はない。ただパワーのみに特化し、すべてを食らいつくし、破壊する。
さて、光自然同盟の本拠地の中央深部で、勿論予言者たちもバーサーカーを通じてその破壊力を見ている。カティノはクラウゼの呆気ない撃沈に驚くこともなく『ラルバ・ギア』と通信で言い放った。
『撤退を。その戦線は捨てましょう。ファル・イーガ・カーテンへと合流なさい』
「御意に」その通信を聞いたラルバ・ギアの方も冷静に踵を返す。クラウゼに付き従っていたイニシエートたちもガーディアンたちと一緒に彼のカタパルトの中へ吸い込まれていく。
理性なきジェノサイド・ワームはラルバ・ギアや光の兵士を追うことなく、代わりに栄養のたっぷり詰まった卵を宿すビートルたちを次々と美味そうに貪り尽くした。
見る見るうちに、あの恐ろしかった機甲師団が姿を消していく。次から次にたった一匹のジェノサイド・ワームの腹の中に飲み込まれていく。
「なんて破壊力だよ……!」
「流石千年の恨みの戦。随分手札があるもんだ、そっちは。助かったよ」
「どういたしまして」火文明部隊の前に降り立ったメガリアが言った。
「少なくともこの戦線は、我々の勝利ですわね」
最後のシェル・キャノンが飲み込まれたと同時に、コロニー・ビートル部隊は完全に壊滅した。
自然文明西南部、闇火連合軍の侵攻が完了。火文明本隊は中央深部へ向かって、さらなる進撃を続けていく。