『緊急ニュース! 危険度A+』
『地上にて、光自然連合軍対、闇火連合軍の戦争が始まりました!』
海底都市、アカシック3に響くアナウンス。水文明の「目」たるサイバー・ウイルスたちの映像を通じて、水文明中のモニターに映し出される、戦争の様子。
緊急ニュース発令にあたり、水文明の街中に電磁モニターが出現し、世界の5分の4を巻き込んだ世界戦争の様子を映し知らせた。
街中でざわめくリキッド・ピープルたち。そして……。
「わはー! ほんとうにせんそうしてるよやつら! おもしろーい!」
「クスッ。どうやら今のところ闇火連合が優勢かな。……どっちが勝つか賭けてみるかい? ソピアン」
「いや、遠慮しとくよ……姉さん」
それを見世物のように無邪気に面白がるサイバーロードたち。
「エンペラー」
そして街のそのざわめきも意に介さず、エンペラー・アクアの側近たるコーライルは主に語り掛ける。
「あなたは、どう見ておられますか?」
『何。ただの必然さ。いずれはぶつかり合うはずのものが、今ぶつかっただけのこと』
電磁の皇帝はその問いかけに対して、多くを語らなかった。
『そうだな……ただ一つ、望むものはあるがね。この戦争に』
「望み?」
モニター越しの彼は笑った。
『私は沢山のことを知り、沢山のことを考えていたいのだよ。もしも「あれ」がこの戦争を通じ分かれば儲けものなのだが』
「……せん、そう?」
そして、そのニュースを聞いたもう一人の姿。
マリン・フラワーガーデンに今日も訪れていたポップルの耳にも、そのニュースは届いた。
「なあニ? せんそーっテ……」
クルトがキョトンとしている。どうやら彼は、戦争の意味すら知らないようであった。
「な、なんでもないの……」
ポップルはそうごまかしつつ、彼を抱きしめる。戦争。その概念は知っていた。昔話で語られる、残酷な行為。それが起こっている? 今、地上で?
マリン・フラワーガーデンにあるモニターに映し出されるのは紛れもない、フィオナの森。しかしそこには彼女の見知った美しさはない。そこに跋扈する獰猛さも、彼女の知るものではない。
火文明の火器に、闇文明の魔術。それらが森を蹂躙していく姿。
「どういうことなの……どうして、火文明の皆が?」
あんなに優しかった紅戦線のメンバーたちも、参加しているのだろうか? この、フィオナの森の蹂躙に……。
ポップルの胸がチクリと痛んだ、その時であった。
「やあ。またお会いしましたね。ポップルさん」
振り返るとそこに、ハザリアがいた。
「ハザリア……さん」
「あまり、過激なものをお目に入れるのはお勧めはしません。このような美しい場所でね」
彼の腕からするりと薔薇が伸び、宙に浮かぶモニターを覆い隠す。実体のない電磁体のモニターは彼の魔力で、静かに消滅していった。
「サイバーロードたちも野暮なものです」
「ハザリアさん! あの、ハザリアさんは、知っているんですか? 地上で、何が起こっているのか……」
「えッ? やっぱり、特別なこト?」
きょとんとしたクルトが口をはさんだ、その時。ハザリアは不意に「……それは……!?」と、クルトに注意を向けたようであった。
「ボク? 予言者クルトだヨ! よろしくネ!」
「予言者……クルト……!」
その名を聞くや否や、ハザリアは「急用を思い出しました」と踵を返した。
「ポップルさん、クルトさん。いずれまた……」
「あっ、待ってください!」
ポップルが引き留めたにもかかわらず、彼は魔術でさっとどこかに立去って行ってしまった。
どういうことなのだろう。結局、何もわからない。
シュトラは言っていた、ハザリアは、ダークロードだと。
闇を統べる、恐ろしい種族。悪と欲望の権化のごとき存在。
きっと、今フィオナの森を痛めつけている彼らの上に立つのも……ダークロードであるはずだ。
わからない。
なぜ、紅戦線も、ハザリアも、優しいのに……火文明は、ダークロードは、戦争などをしているのか。
●
紅戦線・ユーカーン軍は現在、フィオナの森中央部を進攻中である。
彼らはなんとかワイルド・ベジーズ軍を打ち破ったヴァルディオス軍と、それについてきた闇の一部隊に合流した。
そして、それからのスピードは凄まじい。
「すげーな、この速さ!」
「廃棄の汽車に寄生したんだよ。とんでもねえな、ヘドリアンってのは」
ヴァルディオス軍とともに侵攻に加担したのはへドリアンの軍勢だった。
彼らはマシン・イーターの協力のもと、次々に火文明の兵器にそのヘドロの体を寄生させ、我がものにしている。今彼らを乗せて全速力でフィオナの森をなぎ倒すのは、その名の通り《汽車男》だ。
「ゲット?」
汽車男に乗ったロンリーが、何か考えている様子のゲットに声をかける。
「どうしたんだ? なんか、元気ない」
「え……そうか?」
そうごまかしつつ、ゲットは図星だった。汽車男の速さにはしゃぐ余裕もないほど、彼の心の中には一つ、燻る思いがあった。
彼には、見えていたのだ。
「(あの犬のやつ、悲しんでた……)」
ドラゴンの力で沈んだ凶悪なシェル・ストーム。それに沸き上がった火文明軍の歓喜。その中で彼の目は捉えていたのだ。
ガーディアンに乗って去りながらずっとそれを見届けた、それに悲しむ、孤高の願の姿を。
これは、戦争だ。
自然文明は敵だ。だから、あれは当たり前のことだった。
……あの犬の獣人だって、敵だったのだから彼が悲しもうと悲しむまいと知ったことじゃない。そのはずだ。その覚悟できたはずだ。だけれども……。
「キュ」
ゲットははっと気付いた。隣に座るサンドリヨンが、じっと自分の顔を覗き込んでいた。
パンとゲットは自分の両頬をひっぱたく。ロンリーたちが驚いたような顔をしたことには気が付かなかった。
これじゃ、だめだ。ロンリーやサンドリヨンにも心配されるようじゃ。
「(しっかりしろよ)」彼は自分に言い聞かす。ハウクスの言葉を思い出して。
光文明、自然文明の上層部が、憎くはないのかと。
「(ポップルとクルトは、あいつらのせいで死んだようなもんなんだ……!!)」
そうだ。迷うな、自然を憎まなければ。
「(ギリエルからも聞いた。光も、自然も、ひどい奴だ。ムカつくドラゴノイドより……! だから、いちいち悲しんだって……)」
「なーんか悩んでたのか、ヒューマノイド」
そんな中、ひょこっと声をかけてきたのはエグゼドライブだ。
「なんも悩んでねえ! オレは戦士だぞ、戦場では悩まねえ!」
「そーかよ。俺は……ちょっと、悩んでっけど」
「えっ?」
「ま、お前らには関係ねえよ」
そう声をかけたエグゼドライブも、内心では思うところがあるのだ。
自分が今攻め込んでいるのは、盗賊の盾が生まれ育ち、愛した国なのであるという想いが。
「けど……捕らわれちゃいけねえよ。死にたくなけりゃな」
見ろよ、とエグゼドライブは言う。
「そろそろ『お出まし』、ご降車の際はお足もとにお気を付け下さい、ってなもんだ」
森がより一層生い茂ってくる中、急に汽車男の動きが鈍くなった。
「な、なんだ?」
「体が重い……!」
いよいよフィオナの森の中心部に近づいた彼らを襲ったのは、自然文明の超重力であった。
そして、一瞬動きを鈍らせた彼らを待ち構えていたのは。
「みんな、準備はいいかい?」
透明な大剣を携えた猿の獣人……無垢の宝剣に率いられた、樹という樹の上にずらりと並んだ、獣人の戦士たち。
「出やがったな! 姫さん、あれが自然の自警団ってやつか!」
「ええ……」メガリアも彼らを睨みつけて言う。
「銀髭団ですわ!」
無垢の宝剣の剣が降りおろされると同時に、彼らは一斉に襲い掛かる。
「喰らえ! 闇文明! 火文明!」
ビーストフォークたちの槍や石斧、矢に魔術が次々に襲い掛かる。しかし、彼らの真髄はそこではなかった。
「奴ら……こんなに体が重い中でぴょこぴょこと!」
「さすがこの環境で生まれ育っているだけはあるぜ!」
身動きという点においては、銀髭団にかなう余地もない。しかし、そこは戦闘種族である火文明だ。
「なら……こっちは武器で勝負だ! ミサイル、準備はいいか?!」
「任してよ、兄貴!」
ホーバスが声をかけると同時に、ミサイルボーイが銃弾を装填させる。
「バースト・ショット!」
ホーバスの腕に仕組まれた散弾銃から大量の弾丸が展開される。
この重力の下なら重い砲弾よりも、かえって小型の玉を乱射する方が優勢に立てる。彼らはすぐに、そのことを理解した。
銀髭団も、自分たちが初めて見る技術を前に叫び合う。
「気をつけろ、敵は飛び道具を使ってくるぞ!」
「あれが銃ってやつか!」
「単純な近接戦はかえって不利だ、魔術を駆使しろ!」
青銅の鎧がマナを生み出し、魔術を唱える。
「ナチュラル・トラップ!」
瞬時に魔術をまとった蔦がシュルシュルと伸びる。ホーバスとミサイルボーイはすんでのところで躱したが、一人のゴースト兵がそれに飲み込まれ、あえなく闇のマナの姿になった。
「ひええ……とんでもないね、兄貴!」
「あれに捕まれば終わりだ! 皆、気をつけろ!」
現在先頭に立っているのはもともと地上戦担当故超重力の影響の薄いヒューマノイド軍と、実態が皆無のため重力の影響を受けないゴースト軍たちだ。後方で、メガリアとユーカーンが話しあっている。
「マナの力をジェノサイド・ワームやワイバーンたちに充填させますわ。それで、重力の中でも飛べるようになるはず」
「……ふがいない、あなた方の魔力に頼ろう」
しかし、それも銀髭団は見抜いていた……そのことを、瞬時にメガリアは察した。
「……! こざかしいこと……」
死皇帝の娘たるメガリアの魔力をもってしてもマナの充填が上手くいかない……マナが、使おうとした先から立ち消えてしまうのだ。自然文明の魔術《マナ・クライシス》。マナの魔術師たちはマナを産むのも自在なら、消すことも自在なのだ。
「頼むぞ……空中部隊が力を取り戻すまで、しばし戦ってくれ……」
「魔力の波長を辿りますわ」メガリアが言う。「この魔力の大元を絶たせましょう……お父様、ジャックを再びこちらへ!」
「バース! どうだい!?」
「マナ・クライシスの力は無事作動している。だが……魔力の抵抗の波が強すぎる! このままではこちらが押し負けるぞ! 孤高の願さんが言っていた、相当高位のダークロードの存在は本当のようだ!」
後方からマナ・クライシスを発動していた魔術師の一人である誕生の祈が、やってきた無垢の宝剣の問いかけに答えた。
その時だ。
「ここか。メガリア様に言われた場。……おぉ……こうも揃えば懐かしいな。ああ、懐かしい。我らを迫害した者共の末裔だ。楽しみだったな、ずっと、ずっと。お前たちに恨みを晴らす日が」
ジャックバイパーとゴースト軍が、彼らの目の前に現れた。
「危ない、バース!」
「馬鹿、危ないのはお前だ、イノセント!」
その佇まいから相手がただものではないことを一瞬にして見抜いた誕生の祈は、慌てて無垢の宝剣を木から突き落とした。
「今すぐにこの場を離れろ! この場は私たちが引き受けた!」
「……バース、どうか、無事で!」
「弱虫に言われるまでもない! 任せろ!」
無垢の宝剣は彼女の意を組み、瞬時にくるんと身軽に着地しその場を離れる。ジャックバイパーは逃がしたのがおそらく重要人物……そう理解した上で焦っては追わず、やれやれと瘴気のため息をついた。見たところあれは魔術師ではない。自分に与えられた命令はマナ・クライシスを発動する魔術師たちの討伐であるが故。
そしてもう一つ。
「くだらない……それで、絶望を回避したつもりであるのか?」
この程度の存在相手ならすぐ暗黒皇女の望みは成せると彼は理解したが故。
ジャックバイパーが指示すると共に、複数のゴーストたちが一斉に魔術師たちに襲い掛かる。誕生の祈の下へやってきたゴースト、《崩壊の影デス・タギア》は、キリリと固められた彼女の表情を見てあざ笑うように叫んだ。
「死の支配者たる我々に勝てると思うな!」
しかし、恐ろしいその光景にも誕生の祈は一切怯えることなく、その腕に魔力を充填させる。
「死ごときで、我らの鼓動を止められるものか!」
一方、誕生の祈たちと離れた前線においてはまた動きが変化していた。青々と茂っていた森が急に、吹雪いた。
「悪いやつらは……」
「ガチンガチン!」
「銀髭団! 助けに来たぞ!」
ヴァルディオス軍と共に訪れたヘドリアン部隊のヘドロの体が、「ある」勢力のせいでガチガチに凍らされてしまったのだ。
そこに現れたのは、吹雪とともに現れた、生きて動く雪だるまたちと新雪のような色白の美女たちと言う不思議な組み合わせの集団。
「あいつら……スノーフェアリーか!」タイラーが気が付く。
雪から生まれる妖精、強烈な冷気を操るスノーフェアリー軍を前に、液状のヘドリアンは相性最悪。汽車男はじめヘドリアン部隊は完全に機能停止だ。
●
「みんな、頑張ってくれている……!」
無垢の宝剣は魔術師たちのいる後方から離れ、一人戦場を駆けていた。
目まぐるしく変わる戦況。スノーフェアリーまでも来てくれた。
「僕も……僕も、頑張らないと! 僕が、自然の王なんだ。お父さん……僕に、力をください……!!」
その時だ。
彼の首元に、一つの銃口が突き付けられる。
「おい、見てたぞ。たぶん、お前が、あいつらの大将だよな……?」
無垢の宝剣よりもはるかに小さいその体……それは、ゲットだった。
様々なものが混ざり合う戦場でその二人のみが他と切り離されたように邂逅したのは、何の偶然であるのだろうか。
そんなはずはないのに静けさすら感じる森の中、無垢の宝剣は自分の前に現れた少年兵の姿に今一度、目を見張る。ゲットもゴーグルの奥底の目で、じっと彼を睨み付けていた。
「オレと、勝負しろ……!!」